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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第四十三話 派閥

宇宙暦792年2月16日11:00 バーラト星系、ハイネセン、ラクーンシティ、ヒルバレー14番街
ヤマト・ウィンチェスター

 今日で二十二歳か…。軍に入って八年、って…もう八年も経ってたんだな。
EFSFが再編成に入る事になったので、久しぶりに実家に帰って来た。やっぱり実家は落ち着く。俺達がエル・ファシルに居ない間は第二艦隊がエル・ファシルに出張っている。いや、こういうローテーションは非常に有難い。EFSFは現在、全艦艇がハイネセンに移動し修理、点検、人員の移動と補充を行っている。再編成後は慣熟訓練か…。
「兄ちゃん、誕生日おめでとう!」
「ヤマト、誕生日おめでとう」
いや、久しぶりの家族の団欒…午後にはエリカがうちにやってくる。士官学校を出てからは実家に帰ってなかったから、うちの人間をエリカに会わせるのも初めてなんだよな。それに、妹が軍に入っていたのも驚きだった。高校卒業後に入隊、その後軍専科学校を出て、今は後方勤務本部に在籍しているらしい。エリカも後方勤務本部だけど、教えてくれてもいいのに…。まあ普通家族だったら知ってる事だろうしな…。
「二人ともありがとう。だけど、まさかマリーが軍に入るとはね。マリー・ウィンチェスター伍長か」
「そんな事より大変だったんだから」
「何が?」
「だって将官推薦者の妹よ?色んな人に兄ちゃんの事聞かれて大変だったんだから。中佐は、中佐は、って」
「それは…済まんな」
「後方勤務本部の女どもはみんな兄ちゃんの事狙ってるからね…まあ本人見たら幻滅するでしょうけど…でもよくキンスキー曹長と付き合う事が出来たわね。私は会った事ないけど、男共から大人気なのよ?」
「そうなんだ…」
「だからね、女性職員は兄ちゃんの味方、男共はキンスキー曹長の味方なのよ」
「でもそうなると、女性職員はエリカの事を嫌ってるのかい?」
「キンスキー曹長は愛嬌あって性格もいいって聞くし、女性陣の中でも嫌ってる人はいないみたいよ。曹長の事は嫌いじゃないけど隙あらば、って感じじゃない?今日来るんでしょ?早く会いたいなあ」
「お前、変な事言うなよ?…母さんごめんな、勝手に婚約までしちまってさ」
「あんたは昔から我が道を行くを地で行く子だったからね。いいとこのお嬢さんなんでしょ?私は大歓迎だけど、どこを気に入ってくれたのかしらね」
「そうそう。兄ちゃんのどこがいいんだろうね」
「…二人とも本当に余計な事言うなよ?もう」

 「初めまして、エリカ・キンスキーです。今日はお招きいただいてありがとうございます」
「こんなむさい所によくいらっしゃいました。さあ、どうぞどうぞ」
むさいって何だよ母さん…。
エリカはうちの家族と相性がよさそうだ。というか、母と妹の質問攻めにひたすら答えていただけだったけど…まあ、女三人揃うと何とやら…とは地球時代から変わらないみたいだ。
「ヤマト、はい。誕生日おめでとう」
「ありがとう、開けてもいい?」
「気に入ってくれると嬉しいけど。何選んだらいいか分からなくて…」
「お。こりゃ嬉しい」
エリカからのプレゼントはスカーフだった。微妙に色を変えて三枚…これなら勤務に差し支えなく着用出来る。そうなんだよ、官給品のスカーフは安っぽくて、首が擦れて赤くなるんだ。
「これは本当に有難い。大事に使わせて貰うよ」
「よかった…」
…二人とも、ニヤニヤするのは止めてくれ。
「青春ねえ」
「あーあ、私も彼氏作ろうかな。曹長、誰か紹介して下さい」
「エリカさん、誰か将来性豊かな方はいらっしゃいません?」
「将来性ですか?だったら私の周りよりヤマトの周りの方がたくさん居るんじゃないかなあ。どう?」
「将来性ねえ…みんな才能が偏ってるからな…私生活は全くダメな魔術師とか、ケンカを売るのと逃げるのだけは一級品とか…頭をやたらかきむしりながらブツブツ言う奴もいるな」
「私生活がダメな魔術師って、ヤン中佐の事?」
「よく分かったな…ああでもヤンさんはダメだ、もう相手がいる」
「そうなの!?誰?」
「初耳です、誰なんですか?」
「…誰だっていいじゃないか、とにかく俺の周りは偏った奴だらけなんだ。ヤンさん以外なら紹介してやるよ」
やれやれ…。



2月17日12:00 ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街、アレックス・キャゼルヌ邸
アレックス・キャゼルヌ

 しかしだ、こいつらが来る時は何故いつもメシ時なんだ?前にも言ったがここは士官学校の宿舎じゃないんだぞ?ヤンを筆頭に、アッテンボロー、ウィンチェスター、バルクマンとマイクにフォークとスールズ…
今日はジャン・ロベールも居るな。よく言えば気鋭の若手士官の私的研究グループ…よく言えばだが…ただどう見ても飲んだくれ共の集まりだな…。
でもこれだけ人が集まるとそれぞれ飲み方が違って面白い。
ヤンとウィンチェスターはどちらかと言えば上品だ。だがヤンが酒量をわきまえているのに対してウィンチェスターはマイペースで眠くなるまで飲むタイプ。アッテンボローとマイクは賑やかに、バルクマンは何かしらブツブツ言っているし、フォークは酒乱という訳ではないが絡み酒で酔いつぶれる。スールズは泣き上戸…。だからこいつらが来ると、俺は酔えない…俺まで酔うとオルタンスに叱られるしな…。
「本日は皆さんに報告があります」
「ラップ、どうしたんだ急に改まって」
「不肖、このジャン・ロベール・ラップ、婚約することになりました!」
ブーイングと拍手が混ざって騒がしい事この上無い…。相手は…ああ、あの娘さんか。懐かしいな、士官学校時代からちゃんと続いていたのか…。
「…ヤン、いいかな?」
「何で私に聞くんだい。おめでとう、ラップ。心から祝福するよ」
「…ありがとう、ヤン」


2月17日16:00 アレックス・キャゼルヌ邸、ヤマト・ウィンチェスター

 「悪いな、お前さんだけ残って貰って」
「いえ、構いませんよ。ミセス・キャゼルヌの手料理を独占できますからね」
「はは、褒めてくれて有難い。お前さんを残したのはまあ、あれだ。酒が入るとヤンは理想家の面が強く出るし、アッテンボローは過激な共和主義者に変貌するし…まあ、ヤンはラップと久しぶりに旧交を温めたいだろうし、ヤンを含め他の連中にはまだ聞かせられん話だ」
「なるほど。私なら大丈夫なんですか?」
「お前さんはハイネセンに居ないからな」
「ああ、そういう事ですか。なら確かに私は適任ですね」
「済まんな」
密談の相手か…。うん、嫌いじゃない。
「宇宙艦隊司令部に来ないか」
「またその話ですか…前にも断わった筈ですが」
「そうなんだがな、まあ聞いてくれ。司令長官代理はイゼルローン攻略を考えておられる」
「…大きな話ですね」
「参謀の陣容を整えたいんだ。宇宙艦隊司令部にも秀才、英才は沢山いるが、どいつも似たり寄ったりでな」
「ヤンさんがいるじゃないですか」
「ああ、四月にはヤンも宇宙艦隊司令部に移動させる。だが、分かるだろう?ヤンは自説を通そうとする時に弱いというか、若さも手伝って周りに受け入れられない所がある」
「私だって若いですよ」
「お前さんは違う。なんてったって将官推薦だからな、ヤンと同じ様に若くても発言に重みがあるんだ。確かにヤンは大きな功績を立てたが、普段があの有り様だからな。あのエル・ファシル脱出だってまぐれ当たりと思われている」
「それは違います、ヤンさんは頑張っていましたよ。我々はその御膳立てをしただけで、指示は全て当時のヤン中尉が出していました」
「確かにそうだろう。だがそれを正しく理解してくれる人は少ない」
「…有り得る事ですね」
「ヤンを支えて欲しいんだ。これは、友人としてのお願いだ。頼む」
「…一杯頂けますか?」
「ん?ああ、ほら」
宇宙艦隊司令部か…行きたくなかったけどな…。ヤンさんは押しが弱い、確かにその通りだと思う。非常勤参謀。言い得て妙、全くそのままなんだよな。どうせ行くならもっと経験を積んでからの方がよかった…確かにヤンさんを支える事は出来るだろう、でもその結果、俺達を使うシトレ司令長官代理への反感は増すんだよ…って事は要するにシトレ派として入閣しろって事か?ああもう…まぐれ当たりの非常勤参謀、ぽっと出の将官推薦者…やっぱりラインハルトとキルヒアイスをとっ捕まえときゃよかったかな…三顧の礼よろしく、もう一度断るか…いや、さすがに悪いな…仕方ない。
「分かりました。この話、受けます」
「受けてくれるか、いや、本当にありがとう」
「移動はいつです?」
「七月頃だな。お前さんも何も準備していないだろうし、任務の引き継ぎもあるだろうからな」
「了解しました」
「明日は空いているか?」
「この後大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)で酔い潰れない限りは」
「はは、そうか。明日の昼にまた連絡するからな、飲み過ぎるんじゃないぞ」



2月17日19:00 ハイネセン、ハイネセンポリス三番街、大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)
ヤマト・ウィンチェスター

 いやあ、いつ来ても懐かしいなここは。いつ来ても、と言っても、ここに来るのは下士官術科学校以来だな…アッテンボロー先輩が手を振っている。
「お、来た来た、キャゼルヌ大佐は何の話だったんだ」
「…お前はまだ結婚しないのか、って言われましたよ」
「なんだ、てっきり大佐がまた悪巧みしているのかと思ったのに」
「悪巧み?」
「お前さんやマイクは被害に遭った筈だがな。フェザーンに行かされただろう?」
「知ってたんですか」
「ヤン先輩だってエコニアに行かされたからな。被害者だらけだ。ふーん、結婚ねえ」
「あれ、ラップ大尉はもう帰ったんですか?」
「ジェシカさんが待ってるんだと」
「そうなんですね」
ジェシカ・エドワーズさんか…俺達が士官学校に編入された時には、もう彼女は士官学校に居なかった。
アニメの印象だと、ジェシカさんはヤンさんの事を…いや、よそう。ポロっと話に出たらなんか気まずい。
「ヤン中佐、宇宙艦隊司令部に移動だそうですね。おめでとうございます」
「おめでたくないよ。私は結構第八艦隊司令部が気に入ってるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。司令部にコーヒー党がいないんだ。航海中でも気兼ねせずに紅茶を楽しめる。それに旗艦では茶葉はいいのを使ってるからね」
「…なるほど、と言うか、茶葉は自前ではないんですか?」
「シロン産を使っているんだよ。自宅にある物よりいいやつだからね」
「…ブランデーを入れてるでしょう?」
「よく分かったね。だけど、たまに入れてるだけだからね、誰にも迷惑はかけてないさ。でも宇宙艦隊司令部に移ったら忙しくなるだろうし、こうもいかないだろう?」
「…多分、今だって忙しい筈なんですけどね」
ヤンさんの未来を思うと、第八艦隊で紅茶を飲んでいた方が幸せだったのかも知れない。平和な国の軍人だったら…早々に退役して、私家版の歴史の本でも出版してのんびり暮らしていただろう。未来か…。俺の知らない銀河英雄伝説…。
 
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