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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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第四十二話 夢想

宇宙暦791年9月18日15:00 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊
ヤマト・ウィンチェスター

 …まさか、あの二人が乗っているのか?
ははは…捕虜にしたら、銀英伝終了じゃないか…。
「…機密保全は完了しております。データバンクに移送中です」
「それはありがたい。皆さんの身の安全は保証します。乗員は何名ですか?」
「士官、下士官合わせ四十名です。リストはこちらです」
「ありがとうございます……艦長のお名前が載っておりませんが」
「ご容赦願いたい。私は責任を取らねばなりません」
「…はいそうですか、という訳にもいきません。艦長も我々とご同道してもらいます」
「…了解した」
あるぞ、名前がある。航海長ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉、保安主任ジークフリード・キルヒアイス少尉…
「武装解除の作業に入らせてもらいます。不本意でしょうが、作業の協力者をこちらから指名させてもらいます…ミューゼル中尉、キルヒアイス少尉。いらっしゃいますか」




帝国暦482年9月18日15:00 イゼルローン回廊出口(同盟側)、銀河帝国軍、イゼルローン要塞第二三七駆逐隊、ハーメルンⅡ、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 センサーの死角に同盟軍が居たとはな…。沈められなかっただけマシという事か。
姉上、申し訳ありません、どうやら姉上をお救いするのは叶わぬ様です。そしてキルヒアイス、俺が着いて来いと言ったばかりにこんな事になってしまって…本当に済まない。
「航海長、保安主任、なんとか君達だけでも脱出してくれないか。皇帝陛下の寵姫の係累が反乱軍に捉えられたとあっては事は重大すぎる。私が時間を稼ぐ」
「そういう訳には参りません。第一味方を置いて我々だけ逃げるなど、そんな卑怯な真似は出来ません」
「しかし」
“反乱軍艦艇、まもなく接舷します……接舷した!…ハッチ強制解放されます”
ハッチ解放と共に反乱軍の装甲兵が雪崩込んでくる…それはそうだ、敵艦に乗り込むのに完全武装は当たり前の話だ。
「とにかく、隙を探すんだ、いいな」

 「負傷の為左手での敬礼をご容赦願いたい…イゼルローン要塞第二三七駆逐隊ハーメルンⅡ、艦長のアデナウアー少佐です。小官はともかく、部下の命はお助けいただきたい」
最後に現れた同盟装甲兵のヘルメットの中が見える。遮光装置を切っているのだろう。
「…自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第二〇一哨戒隊司令、ヤマト・ウィンチェスター中佐です。通信で指示した機密保全は為されておりますか。それを渡していただければ、艦長以下あなた方の身の安全は保証します」
答礼と共にバイザーが上げられた。私が言うのも何だが、声も若いし見た目も若そうだ。だが真っ先に機密情報を要求するあたり、若さに反して抜け目は無さそうだ…。
「武装解除の作業に入らせてもらいます。不本意でしょうが、作業の協力者をこちらから指名させてもらいます…ミューゼル中尉、キルヒアイス少尉。いらっしゃいますか」
俺、だと?それにキルヒアイスも?



9月18日15:05 自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊、ヤマト・ウィンチェスター

 ラインハルトだ…キルヒアイスも…。
ちょっとやだ、まじイケメン!…言葉が出ない。
小説を読み始めた当初は、この二人が大好きだった。小説、アニメと進む内に、感情移入の対象が同盟側に移っていった。対象がヤンや同盟側に移っただけで、今でもこの二人の事は大好きだ。読者としては同盟も帝国もない。
攻撃的で不遜な蒼氷色(アイス・ブルー)の瞳、豪奢な金髪……長身で燃える様な紅い髪…うんうん、この二人はこうでなくちゃなあ!
「ミューゼル中尉です」
「キルヒアイス少尉です」
「初めまして。自由惑星同盟軍、ヤマト・ウィンチェスター中佐です。中尉には機密情報および航路データの提出、その後の電算機の封印を、少尉には艦内の武装解除を手伝ってもらいます」
「了解しました」
「了解しました」
俺の合図と共に、キルヒアイスと装甲兵二十名が艦内の全部に向かって行く。こうやって別々にしておけば、何か考えていたとしてもお互い変な気は起こさないだろう。
「お若いですね。幼年学校を卒業したばかりですか」
「そうですね」
「データによると、貴方の姉は皇帝に仕えていますね…ああ、怒らないで下さいよ?…云わば寵姫の弟だ。そんな貴方、いや貴方達が何故こんな前線に?」
「…貴官には関係ないでしょう」
「周りに嫌われていますね、相当」
「……」
「それとも前線で武勲をお望みだったのかな。まあそれもあるでしょう。だが、戦死する事を願われている…思い当たる節はありませんか?」
「…航路データの移動、終了。あとは機密のみです」
「…ありがとうございます」



9月18日15:05 銀河帝国軍、イゼルローン要塞第二三七駆逐隊、ハーメルンⅡ
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 …こいつは何を知っている?帝国軍の人事情報が洩れているのか?…確かに戦死を望まれている節はたしかにある…それを知っている。そして貴方達はと言い直した。俺とキルヒアイスの関係を知っている言い方だ。
「…航路データの移動、終了。あとは機密のみです」
「…ありがとうございます」
物腰は低いが、油断ならない奴だ…だがそう心配する事はないだろう。俺達はもう帝国に戻る事は無いのだから…しかし、俺が同盟に囚われてしまったら姉上は…。
「姉上が心配ですか?もう帝国に戻れないと?」
「失礼ですが、黙っていては貰えませんか。敵の貴方に小官の素性を詮索されるいわれはない」
「そうですね」



9月18日15:10 自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊
ヤマト・ウィンチェスター

 そりゃまあ、めっちゃ警戒するよな。赤の他人、しかも敵国の人間に自分の事を詮索されるんだから。でもなあ、言いたくなっちゃうんだよなあ。いちいち反応がアニメ通りなんだもん。
だけど、ラインハルト達を帝国に連れ帰ったら、銀英伝終わっちゃうな…。のちのラインハルトならまだしも、今は中尉で駆逐艦の航海長に過ぎない。どう逆算しても危険性を訴える事など出来ないな…変に騒ぐと情報部に睨まれそうだ…。
だけど連れて帰ったらどうなるんだろう。俺の知っている銀英伝は終わる。ラインハルトが同盟で栄達?
そんなバカな…。俺がこの物語を壊す?いや壊したくはない、でも…

“ジョンドゥー、ジョンドゥー。アイオワ・エース”

「アイオワ・エース、ジョンドゥー。どうしました?」

“ジョンドゥー、アイオワ・エース。先程撃破した艦が緊急電を発していた様です。イゼルローン回廊内に熱源反応。まだかなり遠いですが、まっすぐこちらに向かって来ます”

「アイオワ・エース、ジョンドゥー。時間的にはどれくらいの余裕が?」

“ジョンドゥー、アイオワ・エース。現在の敵の速度だと約三時間程です”

「ジョンドゥー了解」

「ミューゼル中尉、助かりましたね」
「え?」
「貴方方のお味方がこちらに向かっています。純粋に救援に来たか、死なせたら色々マズイ人間が乗り込んでいる事に誰かが気付いたか…どうです?同盟に来ませんか?亡命と言う形で。私は貴方達を色々と助ける事が出来る。これは本心です」
「…何を言っているんだ」
「…ジョンドゥー了解。あまり時間的猶予はありません、どうです?」
「断わる」
「そうですか。まあ、それでこそラインハルト中尉らしいというものです。あ、機密は渡して貰いますよ。もうデータは移し終わっている筈です、違いますか?」
「…ほら、持っていくといい。機密と言っても大した物は入っていないぞ」
「それはこちらで判断しますよ、ありがとうございます。では艦長の元へ戻りましょうか」

 「解放していただけるというのですか」
「機密情報はいただきました。これさえいただけたら、身の安全は保証すると言った筈です。まあ、個人的に帝国人の恨みはあまり買いたくはありませんし…今から皆さんには脱出ポッドに移って貰います。ポッド離脱確認後、ハーメルンⅡは撃沈させて貰います。そうすれば機密が洩れた事も分からない。如何です」
「…承知しました」
「さ、早く。我々も逃げねばなりませんので」



9月18日15:40 銀河帝国軍、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「艦長、ハーメルンⅡ、破壊されました…残念です…。イゼルローン要塞までの航路計算終了、救難信号発信済みです」
「了解した…しかし変わった敵も居たものだな、航海長」
「はい。それと艦長、敵に渡した機密情報はダミーですのでご心配はいりません」
「…はは、命の恩人を騙したのか。まあこちらも乗艦を破壊されたのだ、あいこと言うべきだろうな」
変わった敵…俺らしいだと?
ヤマト・ウィンチェスター中佐…あいつは一体…。



9月18日19:40 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊、戦艦アイオワ
ヤマト・ウィンチェスター

 「敵艦艇群、イゼルローン回廊に向かう模様」
「センサーの範囲外に出るまで警戒を怠らないように」
「了解しました…隊司令、帝国人にお知り合いでも?」
「何故です?」
「いえ、小官との通信がずっとオンになったままでしたから…ミューゼル中尉とやらと話し込んでおいでだった」
「ああ…ミューゼル中尉は皇帝の寵姫の弟なのですよ。情報部が公表している帝国軍の情報に、中尉の名前が有ったのを思い出しましてね、どういう人物か話して見たかったのです…でもまさか本人に会うとは思ってませんでしたが」
「重要人物なのですか?」
「公開されている所をみると、じょ重要視していないと思います。ですが、我々からすれば普段絶対見る事の出来ない、銀河帝国の皇帝に近い人物である事には間違いありません」
「でも情報部はそうは思っていない…」
「年齢から見て、幼年学校を卒業したばかりです。階級も低いし、寵姫の弟だからといって軍内部で重要なポストに近い訳でもない。まあ、重要な人間であればこんな最前線にいる訳がありません」
「でも亡命を…と仰っていたじゃないですか」
「単なる思いつき、ですよ」
「思いつきですか」
「はい。重要人物ではないとはいえ、皇帝の寵姫の弟が亡命したら、どうなるのかな、と思いましてね。我々で言えば…最高評議会議長の身内がいきなり帝国に亡命する様な物ですからね」
「それは…確かに大騒ぎになりますな」
「でしょ?帝国がどう反応するかで何か見えてくるのではないかと思ったのです」
「それに中佐の功績も大きな物となるでしょうな。あちらさんから見れば、我々は共和主義を僭称する不逞な叛徒共ですからな。それが皇帝の寵姫の弟を降したとなれば、怒り心頭でしょう。自由戦士勲章ものだ。ミラクル・ヤンを抜いて、隊司令が同盟最年少の大佐になる事でしょう。いやはや、惜しい事をしたもんだ、ははは」
「ああ、そこはどうでもいいんですけどね、はは」
覚悟が足りなかったんだ。この銀英伝の世界を終わらせる覚悟が。同盟人からは将来誹謗中傷の的になるかもしれないな…でも、俺は…。 
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