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MOONDREAMER:第二章~

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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
  第8話 半月の塔 SIDE:R 前編

 三日月の塔にてクガネにふざけた名前を名乗った勇美であったが、あの後ちゃんと本名である『黒銀勇美』を名乗ったのである。つまり、事なきを得たのである。
 そうして勇美の所の任務は無事に終えるに至ったのであるが……話は彼女達がそれぞれの場所に向かった頃に戻る。
 勇美とヘカーティアと解散した鈴仙が送られた先は、『半月の塔』と呼ばれる場所であった。
 そして、豊姫が自身の能力で去った後のその場所の目の前で、鈴仙は感慨深く呟いていた。
「まさか……、私がこの塔に来る時なんて想像もつかなかったですね……」
 そう、今彼女がいる場所は今後も鈴仙にとって無縁になると思われていたのである。
 何せ、月の都の結界を制御する為の一角なのである。そのような大それた場所にいくら優れた能力を有していたとはいえ、一介の玉兎である自分が赴く事になろうとは夢にも思わなかった訳だ。
「だけど……これは夢じゃない訳だから」
 そう自分に言い聞かせるように鈴仙は呟いた。これは夢でも、ましてや自分の能力が見せる幻でもなく、正に現実の事なのである。
 故に気を引き締めていかなければならないだろう。そう思い立ち、鈴仙は自分に割り当てられた塔の扉を開くのだった。

◇ ◇ ◇

「ここが……塔の中なの?」
 鈴仙が半月の塔の中へと潜入して中を見た時の第一声がそれであった。
 そこは、塔と言うにはかなり優雅な様相なのであった。
 まず、その作りは基本がシックなレンガ製のものであり、更にはいたる所に水路が流れていたのである。
 まさに、言うなれば塔の内部というよりも水の都ベネツィアの街の一角とみまごう程であったのだった。
 更には、ここは屋内である筈なのに、頭上には青空が広がっているのであった。月の都の技術力でそのような様相に仕上げているのだろう。
 それらの事を踏まえ、ここはどう贔屓目に見ても塔内には感じられなかったのである。
「月の都に、こんな所があったなんてね……」
 その事実に鈴仙は舌を巻くのであった。自分は月で生まれ育ったにも関わらず、このような自分の知らない場所が存在するとは驚きの一言であったのだ。
 だが、いつまでも驚いたままでもいられないだろう。鈴仙はそう思い直して塔という名の『水の都』を進んで行く事にしたのであった。
 まず、鈴仙はそのレンガの床を自らの味で踏みしめたのである。それだけで自分が別世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
 その未知の感覚に鈴仙はどこか気分が高揚してくるかのようであった。そして、それを噛み締めながら彼女は思う。
「きっと勇美さんだったら、今の状況を楽しんでしまっているんでしょうね……」
 そう鈴仙は今も離れた場所で任務に奮闘している自分の親友の事に思いを馳せるのだった。
 そして、彼女はこうも思ったのである。
「それじゃあ、私も楽しまないといけないですよね♪」
 鈴仙はそう自分に言い聞かせるかのように言い切ったのである。何事も楽しむ姿勢、それが勇美から教わった大切な事だから、自分もそれに倣うべきだと鈴仙は結論付けたのであった。
 そう思うと、鈴仙の気持ちは弾むような心地よさに包まれるのだった。この重要な任務も楽しんでやればいいのだと。
 だが、鈴仙には譲れないものがあるのだとた。
「でも、パンツは脱ぎませんよ」
 幾ら勇美の事が参考になろうとも、そこまで倣う気は鈴仙にはなかったのである。
 あの子ならやりかねないと思うのであった。気分の高揚のままに一線を越えた解放感を得ようとしてしまうのだ。
 そして鈴仙は思った──今頃あの子はどうしているだろうと。
 あの子の事だから、きっと楽しんで事に務めているに違いない。そこまではいいのだ。
 だが、誰もいないのをいい事に堂々とパンツを脱いでしまっているのではと、鈴仙には一抹の不安がよぎるのだった。
 ──その懸念は、意外にも払拭される事になるのは、この時点での鈴仙は知る由も無かったのである。
 それはそうと、やはりこの塔内は益々を以て建物内だという事を忘れさせるような代物だと鈴仙は感じていた。
 何故なら、ここには心地よい風が吹き抜けているからであった。しかも、辺りの水が海水だからである為か、それを掬い上げて潮風にすらなっているようである。
 改めて、鈴仙は月の技術に舌を巻くのであった。そして、今では自分は地上の兎になったからこそ、それを敵にする事の恐ろしさをまざまざと感じさせられるのであった。
 だが、鈴仙に後悔の二文字は無かった。その我がままといえる選択を、かつての師である依姫は容認してくれていて色々手を回してくれている事は彼女も知る所であったし、何よりこの選択は鈴仙自身が決めた事であるのだ。
 故に鈴仙は自分の決めた事は最後までやり遂げよう、そう心に秘めるものがあるのだった。
 そのような想いを胸に携えながら鈴仙は水の迷路の中を歩を進めていたのである。
 そう、迷路と呼ぶにこの場所は相応しかったのである。周りは幅の狭い通路が幾重にも張り巡らされ、平行感覚を失わされる事がもうけ合いだったのである。
 だが、鈴仙はその迷路の中を迷う事なく進んでいたのだった。それが出来るのは彼女の能力が故であった。
 彼女の能力は『波状』のもの全てを操るもの。そして、それは波状のもの全てを『感知』出来るものでもあるのだ。
 勿論、それは水の波も含まれるのである。
 そう、鈴仙はこの水の迷路に張り巡らされている水から微弱な波を感じ取っているのだった。
 そして、当然これらの水の都を装った塔内は人工的に造られているのだ。故にそこに生み出されている波も意図的に造られたものなのだ。
 つまり、その波はこの半月の塔の中枢で造られているのである。そして、鈴仙の能力でその波の出所を辿っていけば……という訳だ。
「う~ん、これは私の能力が役に立ってるって事なのかな?」
 そう呟きながら、鈴仙は複雑な心境となっていた。
 思えば、この力があったから、綿月姉妹の目に留まり戦争の前線に送りこまれそうになり、結果彼女達の元から逃げ出すに至ったのである。つまり、曰く付きの力とも言えるのである。
 今までその事を呪ったのは確かにある。だが、今では後悔はしていないのであった。
 何故なら、そのお陰で今こうして永遠亭の面々と関係を持つに至っている訳であるし、なにより勇美という掛け替えのない友人を持つ事も出来たからである。
 そう鈴仙は思い返すと、胸の内が熱く何かで満たされるような、そんな心地良い感覚を覚えるのだった。
 その想いを胸に、彼女は今の自分が出来る任務を確実にこなしていこう……そう思えてくるのである。
 そうと決まれば、今はひたすらこの迷路を目的の場所まで進んで行くのみである。もう迷いのなくなった鈴仙は威風堂々とした態度で、先を進むのだった。
 鈴仙がそうしている内に、彼女の目の前には頑丈そうな扉が現れたのである。
「これは厄介な代物が現れましたね……」
 そう鈴仙が呟く通り、その扉は塔内の他の部分を構成している物とは明らかに様相が違ったのだ。
 他の部分はシックなレンガ造りであるのに対して、その扉は無骨なまでの金属製の一品であったのだ。
 更には、扉の内部は複雑な機械仕掛けになっていたのである。
 それを見て、鈴仙は早速自身の波長を感知する能力にてその内部の検索を試みるのであった。
 すると、ある事が分かったのだ。その事を鈴仙は自分に言い聞かせるように呟く。
「この扉を開けるには、他の場所で二つのキーを作動させなくてはならないようですね……」
 鈴仙のその推測を裏付けるかのように、扉の傍らには二つのランプが存在している。彼女の読み通り、そのキーを作動させてランプを両方とも点灯させれば扉は開く仕組みのようである。
「それならば、その仕掛けを作動させに行くまでですね」
 そう言って鈴仙はこの扉の場から一先ず去る事にしたのだった。
 その彼女の行動には迷いは無かったのである。何故なら、この扉の先には彼女の能力で探知した『波の出所』が確かに存在しているからであった。
 そうと決まれば後は行動するまでである。鈴仙は扉から離れてキーを作動させるべく動き出したのだ。

◇ ◇ ◇

 まずは、一つ目のキーを作動させに行くのである。鈴仙はこの扉の前に来る前にある気になる場所を目にしていたのだ。そこへ彼女は歩を進めて行った。
「ここね……」
 そう彼女が呟くその場所には、先には水路があり行き止まりとなっているのであった。だが、そこにはまるで先に進めと言わんばかりに途中までは足場が存在していたのである。
 これはどういう事か? その答えは鈴仙は分かっていたのである。
 無論この塔は月の民が造った代物である。それが故に、月の民にしか作動出来ない仕掛けをするというのがセキュリティー上懸命な試みといえよう。
 そう思い至り、鈴仙は月の住人である自身にしか出来ない事をここで試みるのであった。
 それは、月の民特有の波長を照射するというものであった。それを鈴仙は何もないかに見える足場の途切れた場所へと向けたのであった。
 するとどうだろうか? 今まで何もなかったかに見えた場所に、足場が次々と浮上して来たのである。
 それは、まるで飛び石のように水路の間々を繋ぐように出現していったのだった。その光景はまるで……。
「地上のゲームに存在する『RPG』そのものね……勇美さんが見たら喜びそうね」
 そう鈴仙はしみじみと呟くのであった。そして、今頃彼女が担当している塔でももしかしたら同じような仕掛けがあり、勇美はそれを楽しんでいるのではないかとも予想してみていたのだ。
 それはさておき、漸く自分はこの塔で仕掛けを作動させたのである。後はそこを進んで行くだけである。
 だが、そこで鈴仙は一瞬身を竦めてしまったのだった。何せ、水の上に飛び飛びで足場は出現したのである。その上を飛び跳ねながら移動する訳なのだから。
 そして、鈴仙は今ミニスカートを履いている訳である。
 そう、地上の兎となった事を自覚する為に月にいた頃に着ていたブレザー風の軍服はもう来てはいないが、今の彼女もブラウスに青のスカートを履いているのだった。
「……スカートも止めた方が良かったかな?」
 鈴仙は割りと本気でそう思うに至った訳だが、それは最早後の祭りというものであろう。そこで彼女は腹を括って『スカート着用』の状態にて、飛び石を渡る事にしたのだった。
「気を付けて渡らないといけませんね」
 そう鈴仙は自分に言い聞かせるように呟く。何せ、その足場は水の上に出現しているのだ。故に上手く足場を移らなければ水の中に落ちてしまう事であろう。
 だが、彼女はそれに臆する事は無かったのである。何故なら、彼女はかつて依姫の元で修行を積んでいたのだから。精神面は完全には磨き切れなかったものの、肉体的には確実に向上していったのである。
「それが、ここで役に立つ訳ですか……」
 その事に鈴仙は些か複雑な心境となるのであった。依姫の元を逃げ出した身だというのに、彼女の元での鍛錬がこうして役に立つ場面が現れたという事に。
 だが、活かせるものは何でも活かす。それが彼女が勇美と交流を持つ上で学んできた理論の一つであった。
「勇美さん、あなたに倣わせてもらいますよ♪」
 そう鈴仙はまるで勇美がここにいるかのような口調で独りごちたのである。どうしてもここで彼女には感謝しておきたいという気持ちがあったからだ。
 そして、鈴仙は意を決して飛び石の一つ目へと跳躍して踏み込んだのであった。
 それは意外に簡単な感じであった。そして、その勢いのまま二つ目へと自身を移行させる。
「よっと♪」
 軽やかな口調と共に、鈴仙も身軽な動きを見せて難なく二つ目の飛び石を迎えたのであった。
 こうも鈴仙が軽快にこなしていけた理由。それは、彼女が兎である事も要因していたのである。
 元来、兎はすばしっこい生き物なのだから。『うさぎとかめ』の話のように足の早いイメージは幻想のものではないのである。
 実際に、肉食獣から襲われた際の、まるで忍者のような身のこなしで敵の攻撃をかわす様子を見た事がある人も中にはいるのではないだろうか。
 そのようにして、鈴仙も元来の兎の身体能力を用いて、このバランス感覚の要する飛び石の仕掛けを無事にこなしていったのであった。
 そして、彼女は飛び石の先にあった足場の先の壁にある物を発見していたのだった。
 それは、壁に嵌め込まれた、ガラス玉のような物体であった。
 鈴仙はそれを見るや否や、手で触ってみたのだが、何の反応も無かったのである。だが、すぐに彼女は今どうするべきかすぐに分かったのだった。
「成る程、『これも』ですか?」
 そう言って鈴仙は先程飛び石を出現させた時と同じように月の民特有の波長をそのガラス玉へとあてがったのである。
 するとどうだろうか? その玉はみるみる内に赤い輝きを携え始め、全体が十分な輝きを放つまでに至ると、『ピンポン』と擬音で形容すべき音がそこから発せられたのであった。
 それが意味する所は一つであろう。
「まずは『一つ目』といった所ですか♪」
 仕掛けを順調に作動させて行く時の爽快感。今鈴仙は正にその心地よい感覚を味わっているのだった。
 だが、世の中そう順風にいかないように出来ているのである。辺りの様子がおかしくなっている事を鈴仙は瞬時に察したのであった。
 その原因を鈴仙は冷静に察知する。
「……『足場』が!?」
 そう彼女が呟いた通りであった。今までこの場所へと辿り着く事を可能にしてくれた足場、それに異変が起こっていたのだ。
 もしかしたら、それはこういうシチュエーションではお決まりの事かも知れなかった。
 そう、最早ご察しの通りかも知れないが、今しがた浮上した飛び石がものの見事に沈没を始めていたのであった。
「んっ、まずいって……!」
 これには当然鈴仙は慌てたのである。何せ、足場が無くなっては無理に泳いで戻るしかなくなるのだから。
 彼女とて女性。いや、男性であってもそうむざむざと身に付けている衣服をずぶ濡れに晒す事など好む由もなかったのである。
「急がないと!」
 そう言って、鈴仙は今までこのキーの前まで運んでくれた飛び石を実にリズミカルな足捌きで以って戻っていったのだった。
 先述の通り、彼女は依姫の下で訓練を受けた優秀な兵士であるのだ。故にその身体能力も優れたものとなっており、こうして強制的に時間制限を設けられたアスレチックに出くわした局面でも冷静に対応出来るのであった。
 そのようにして、鈴仙はさすがは兎、さすがは兵士といった身のこなしで以って、見事に沈み行く足場の攻略を終えていったのであった。 
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