MOONDREAMER:第二章~
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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
第7話 金属対決・別章:後編
三日月の塔の最深部で待ち構えていた玉兎、クガネ。彼女からは金属『しか』扱えないという考えには繋がらなかったのである。
「では、その事が分かったら気を引き締めて下さいね。もう一発行きますよ【銅符「ブロンズロケット」】!」
既に掌に金属の粒子を集めていたクガネは、その宣言と共に一気に再び銅のミサイルを造り出して発射した。それも、今しがた倒れたままになっている勇美に目掛けて。
「う……ん」
対して、勇美はまだ立ち上がれる程ダメージが回復しないのか、仰向けのまま呻き声を出しながら体をもぞもぞと動かす。その際も、和服から覗いた生足が艶かしく強調される。
そして、その間にもクガネの弾頭が容赦なく発射されていったのであった。そして、グイグイと勇美への距離を縮めていった。
「……」
その様子を勇美は無言で見ていた。今度は呻き声を出すような事はせずにしたたかに見据えていた。
その後、事は起こったのであった。勇美を狙って撃ち出された筈のミサイルであったが、どこか様子がおかしかった。
それは、そのミサイルの軌道が先程よりもしっかりとしてはいなかったという事である。どこか覚束ない進行っぷりであった。
その原因は、今のクガネの心境が物語っていた。
(この子のお召し物……何だかえっちいですねぇ……)
そう、クガネは勇美の短い和服からチラチラ覗く脚線に集中力を削がれてしまっていたのである。故に、精密な動作を必要とする自身の金属操作能力を思うように使えなかったという事であった。
その為に弾頭の軌道は絞まらないものとなってしまっていたのだ。その好機を逃す勇美ではなかった。
──否、それは彼女が『意図して』引き寄せた好機なのであった。
「やっぱりクガネさん。私の足に気を取られてしまったみたいですね」
「!?」
それを聞いて、クガネはハッとなってしまった。この子、それをワザとやっていたのかと。
彼女がそう思った時には、些か遅かったようである。
「それじゃあ、遠慮なく『使わせて』貰いますよ♪」
そう勇美は言うと、この場に相応しい神へと呼び掛ける。
「まず、金山彦命よ。もう一度お願いします。それに加えて……」
金山彦命は先程も勇美が行使した金属の神である。そこに勇美は新たなる神の力を上乗せしようとしているのであった。
「射手の神アルテミスよ。更なる力を我が半身にお与え下さい」
その神は、嘗て依姫が『初めて』スペルカードを使った戦いで行使した神であった。その神の力を今勇美が扱う事に、彼女はどこか懐かしさと感慨深さを感じるのであった。
だが、今は浸っている時ではないだろう。そう思い直し、勇美は再びこの勝負に集中する。
勇美がそう思っている間にも、金属と狩猟の二柱の神の力を取り込んだマックスはその姿を変貌させていったのだった。
そして、そこに完成したのは、顔を布のような物で覆った、機械仕掛けのスナイパーの姿であった。その者の名前を勇美は口にする。
「名付けて【機狙「メタルヒットマン」】ですね」
自身の名前を呼ばれたその存在は、手に持ったライフルを眼前に翳した。
するとどうだろうか、先程飛んで来た銅のミサイルの成分が分解され、その彼のライフルの中へと取り込まれていったのだった。
それは、敵の金属攻撃の無力化と、自身の弾丸確保を兼ねた攻防一体の無駄のない行動であったのだ。
「まさか、そんな事が……」
これにはクガネも驚愕するしかなかったのであった。
そんな彼女へ、勇美は容赦なく相棒へと攻撃指令を出す。
「それじゃあ、お願いねヒットマン♪ メタルスナイピングってね」
その指令を受けて、機械の狙撃手は手に持ったライフルを敵に向けて発射したのであった。
その弾丸は、見事にクガネを捉えたのであった。そして、命中するとパァンと弾け飛んだ。
これは弾幕ごっこだから、本物の銃のような殺傷力は出さないようにしているのである。でなければ本当の殺し合いになってしまうであろう。
「くぅ……っ!」
だが、命中は命中であった。その着弾の痛みに、クガネは仰け反り、呻き声を出してしまうのだった。
「効いてるね、じゃあもう一発行くとしますか♪」
そう言うと勇美は再び相棒の狙撃手に攻撃の指令を下した。それに呼応して彼は再度標的に狙いを定める。
そして、狙撃手は再び引き金を引き、そのライフルからは銅の弾丸が発射されたのである。
またもクガネに弾丸が命中する事となったが、今度は彼女はダメージを受けた様子は無かったのであった。
「あれ……?」
当然その事に勇美は訝ってしまう。確かにクガネへの狙いは的確だった筈である。
「何で……?」
「気にする事はありませんよ勇美さん。あなたの狙いは確かなものでしたから」
そう落ち着き払いながらクガネは言うと、パッパッと自分の服を埃を落とすような動作見せたのである。
すると、それに伴って彼女の服から細かい銅がパラパラと落ちていったのだった。
それを見て勇美は確信して「あっ」と声をあげた。対してクガネは微笑を湛えながら諭すように勇美に言う。
「いい読みをしているわ。恐らくあなたの考え通りね。つまり、私自身が金属を操る能力者だったってのが答えね」
「やっぱりね……」
勇美はそのクガネの答えに納得するのであった。そう、クガネ自身が金属を操れるが故に、当然自分に向かってくる金属も操る対象と出来るという事であった。
つまり、クガネは二度目の狙撃を受ける際に、寸での所で自分の能力で銅の弾丸を操り攻撃が届かないような形状に変化させたという事なのであった。
「やるねぇ……」
「ええ、伊達に金属の専門家はやっていませんからね♪」
そうして皮肉の応酬のやり取りを互いにしながらも、勇美は『これは厄介だ』と思っていたのだった。
確かにこちらには金山彦命の力があり、それを使う事で相手の金属攻撃に対処する事が出来る。
だが、その力で相手の金属を流用しての反撃に出てもそれを自身の力で無効化されてしまうのだ。
つまり、防御には申し分なくても、そこから攻撃に転じるのには些か向かないという事であった。
それに……と勇美は思う所があるのだ。その疑惑は正しいかどうかはクガネの次の出方で分かるだろう。
そのような思案をしている中でクガネは次なる手を打つべく動き出すのであった。
「では、次に行かせてもらいますよ」
そう言いながらクガネは懐からスペルカードを取り出し、そして宣言する。
「【銀符「シルバーパンツァー」】」
クガネがその宣言をすると共に、彼女の傍らに砲身からボディーまで全て銀で造られた戦車が形成されていたのだった。そして、クガネはその造形物に対して命令を下す。
「『シルバーパンツァー』よ、砲撃です!」
シンプルで分かりやすい指令がその銀ずくめの近代兵器へと下されたのであった。そして、それに応える形で銀の戦車はその砲身を唸る機械音を出しながら勇美へと向けたのであった。
「『発射』」
その主の掛け声と共に戦車の砲身から砲弾が射出される。そして、それは寸分違わぬ狙いの元に勇美へと迫っていったのだった。
それを勇美は何とか自力でかわした。まずは第一撃の回避には成功したようであった。
「避けましたか、でもこれは小手調べですよ」
「でしょうね」
そう軽口を叩き合いながらも勇美は厄介な代物だと思うのであった。なので、彼女は『それ』に狙いを定める。──勿論銀の戦車に対してである。
「やはりそう来ますね。でも、そう易々とはやらせませんよ」
クガネはそう言うと頭の中で戦車へと次なる行動指令を送ったのであった。
すると、戦車はキャタピラを動かして移動を始めたのである。
「!」
「どうしました? 戦車なんですから、動いて当然でしょう?」
ただ砲撃をしたいだけなら、砲台の形にでもするでしょうと付け加えながらクガネは得意気に振る舞う。
そして、銀の戦車は移動をしながら勇美への砲撃を行っていったのであった。このように移動能力と攻撃能力を兼ねているのが戦車の強みと言えよう。
二度目の戦車の砲撃。これも勇美は避ける事が出来た。だが何せ移動しながらの攻撃である。先程よりも避けるのがギリギリとなってしまうのだった。
だが、こうして回避に専念する中で、勇美はある一つの事実を確信するのであった。
──やっぱり、このまま金山彦命の力を使い続けながら戦うのは難しい……と。
そう思い立ったが吉日、勇美の作戦の切り替えは早かったのであった。
勇美がそのように脳内で構想をしている内にも、戦車は走行しながらの砲撃を繰り返していった。
「ちょこまかと動き回りますね。でも、次で当てますよ」
そう言ってクガネは勇美に指を指すと、今一度戦車に砲撃命令を下す。そして、戦車は走行しながらも的確に狙いを勇美へと合わせるのだった。
「チェックメイト……ですよ♪」
その掛け声と共に、遂にクガネの操る戦車からの砲撃は行われたのであった。そして轟音と共に射出される銀の砲弾。
妖力の籠められたそれは、勇美の元へ着弾すると勢いよく爆発を起こしたのであった。そして、爆炎に包まれる勇美。
勝負あったようね……。そうクガネは勝ち誇るのだった。この動き回る戦車の攻撃に敵は金山彦命の力を合わせられている様子はなかったのだから、今の的確な一撃に対処出来ずに敢えなく沈んだだろう、クガネはそう確信するのだった。
そして、勇美を包んだ火の手は徐々に止んでいくのだった。クガネは後は、その下でうずくまっている敵の姿を確認するだけであったが……。
「……!?」
その光景を見て、クガネは驚愕してしまったのだった。自分の想定していたのは倒れた敵である。
だが、現実は何事もなくピンピンしている勇美であった。そして、彼女の側に存在するものを見てクガネは納得するに至った。
「成る程……それを盾にしたという事ですね……」
そう呟くクガネの視線の先には、分厚い金属の盾を持った車両が佇んでいたのである。
そう、これまでも勇美を幾度となく守って来た……。
「その通りですよ。【装甲「シールドパンツァー」】です。目には目を、戦車には戦車をですよ」
以上が答えであった。勇美はマックスに備わった金山彦命の力を咄嗟に組み直し、金属分解形態から自身を金属で守る形態へと移行させたのであった。
それを見ながら、クガネは悔しがった様子もなく、寧ろ感心している姿勢すら見せていたのだ。
「金山彦命の金属分解の力に固執せずに状況に合わせて戦法を変える、ですか。さすがですね」
さすがは依姫の下で育っただけの事はあるかとクガネは思うのだった。柔軟な考えを持つ依姫を見ながら成長していったが故に、このような機転を見せる事が出来るに至ったのだろうと。
そう思いながら、クガネは改めて勇美への評価を上げるのだった。そして、もうこの人に対して出し惜しみをする必要もないだろうと。
その思いを胸に、クガネは口を開きこう言った。
「次は本気で行きましょう、お互いにね」
その言葉を聞いて勇美は狐に摘ままれたような表情となるが、すぐに調子を取り戻してこう返すのであった。
「ええ、お互い悔いのないようにしようね」
こうして二人は互いの了承を取り合うと、次の勝負に備えるべく距離を取るのだった。
暫く均衡する二人。彼女達は互いに次の相手の出方を探っているのである。
だが、やがてその空気は破られる事となる。先陣を切ったのはクガネの方であった。
「これで終わりにしますよ!」
そう言って両手を掲げる彼女のそこには目映く輝く黄金の粒子が集まっていたのだった。
「成る程……銅、銀、とくれば次は金って事だね」
勇美は心得たといった様子でそう呟くのだった。これは何とも風情があるなと。
ちなみに、銅、銀、金はメダルの種類にもされている通り、金属原子のカテゴリーにおいて同系列に分類されているのである。
その同一カテゴリーを今回の勝負に使用した辺り、そこにクガネのこだわりというものを勇美は感じとる事が出来るのであった。
そういったこだわりは勇美は嫌いではなかった。何せ、敬愛する依姫にも、そして自分自身にもそういったポリシーが存在しているからである。
勇美がそのように想いを馳せている間にも、みるみる内にクガネの周囲には金の粒子が集まりに集まっていったのだった。
そして、一頻り金を集めたクガネはこう宣言するのであった。
「【金符「ゴールデンゴーレム」】っ!!」
その宣言が起こると、辺りは一瞬の内に目映い光で覆い尽くされたのであった。それを受けて勇美は思わず目を瞑る。
そして、光が収まった所で目を開けた勇美は、そのまま目を見開いてしまったのであった。
何故ならば、そこには見事に燦然と輝き、かつ猛々しいまでの巨体を携えた黄金の巨人がそこにはいたからであった。
そのような産物を目にした勇美は、こう呟くしかなかったのだった。
「すごく……大きいです……」
「……金は金でも断じてキン○マではありませんからね」
よりにもよって自分の自慢の一品をそんな『くそみそ』な感想で返してくれるのかと、クガネは心の中で遺憾の意を示すのであった。
だが、感想はあくまで感想である。クガネは自分の切り札たるこの黄金の巨人を繰り出した時点で、優位は自分にあると踏んでいたのであった。
何故なら、この巨人は単に巨体を携えているだけではなかったからだ。
その事の証明となる一つを、これからクガネは行おうとしていた。
「それでは、まずは小手調べですよ。【金符「ゴールデンハンマー」】!」
主のその攻撃指令を受けた黄金のゴーレムは、自らのその腕を大きく振り被り、そしてそのまま勇美へと振り下ろしたのであった。
それだけで凄まじい威圧感があった。だが、それを前にしても勇美は自分でも驚く位に冷静に対処した。
「『シールドパンツァー』、もう一回その盾で敵の攻撃を受け止めて!」
その勇美の指令を受けた盾の戦車は、その身を勇ましく敵の攻撃の前へと繰り出したのであった。
そして、敵の文字通りの『黄金の右腕』は勇美が繰り出した鋼の盾によって受け止められる事となったのである。
その衝突により、辺りには甲高い金属音が余す事なく響いたのであった。加えて攻撃は受け止めたものの、その振動は確実に伝わってきた。
「っ……!」
この激しい衝撃に、勇美は思わず怯みそうになる。だが、取り敢えずは彼女は無事に攻撃を抑えているのは事実である。
それを見ながらクガネは悔しい素振り等は見せる様子もなく、ただただ達観した風にその一部始終を見守っていたのだ。
「やはり、その盾の防御力は申し分ないですね。私の黄金の巨人の一撃を受け止めるなんてね……」
「まあね。この盾には何度も助けられたからね」
どこか余裕を見せながら感心する敵に対して、勇美は余裕が少ないながらも気丈に軽口で返して強気を見せるのだった。
だが、その勇美のなけなしの勇気の炎は次の瞬間冷め上がる事となる。
「いや、見事ですよ。でも、『一撃』ならの話ですがね」
その言葉を聞いて、勇美は「えっ!?」という声を思わず漏らしてしまうのだった。そんな勇美に対して敵は容赦なく次の手を打って来る。
「行きますよぉ! 【連金「フルメタルゴールドラッシュ」】!!」
そうクガネは宣言すると、巨人は一旦両腕を腰元まで引っ込めたのである。
攻撃の手を緩めるのだろうか? いや、それは全くを持って逆であった事はこれから分かる事であるのだった。
案の定、ゴーレムの一連の動作は次なる大技へ繋げる為の予備動作だったのである。彼は腰元へ引っ込めた反動を利用して、次々に拳撃の連打を繰り出して来たのだ。
一発、二発、三発……。一撃でも強烈だったゴーレムの拳が怒涛の勢いで連続で勇美の造り出した鋼の盾へと打ち込まれる。
それにより、その鋼の盾はみるみる内にその表面にクレーターの如き陥没跡を刻まれていったのである。それを見てか否か、敵のテンションも上がっていき……。
「無駄無駄無駄無駄無駄ァーーー!!」
実に、黄金のラッシュを繰り出す者らしい掛け声を上げていってしまったのであった。
「クガネさん……結構ノリノリな所があるんですね……」
そうツッコミを入れる勇美であったが、今の自分にはそのような余裕など無い事を再認識するのであった。
そう、ゴーレムの怒涛のラッシュをその身で受け止めた盾は、今や見るも無惨なスクラップ寸前の状態であったからだ。
そして、敵のとどめの拳の一撃を浴びた盾は、見る影もないようなボロ雑巾のような姿となって弾き飛ばされてしまったのであった。
それにより盾の形態を維持出来なくなった金属の塊は、地面に叩き付けられるとそのまま分解されてしまったのだ。
マックスが形状維持出来なくなった事により、そのダメージが勇美にフィードバックされる。
「くぅっ……」
盾の性能に安心していた所に、それを破壊され、更にはダメージを喰らう事となり、勇美は心身共に痛手を負う事となるのだった。
だが、勇美は何とかそれを堪えてその場に踏み留まった。彼女とて、伊達に今まで弾幕ごっこで鍛えられて来てはいないのである。
「中々根性がありますね」
そんな勇美の様子を見ながら、クガネは本気で感心しながらそれを見守るかのような状態であったのだ。
対して、勇美はこう返した。
「そうやって余裕ぶっていられるのも、今の内ですよ」
「!?」
そう返した勇美の表情は、実に不敵なものであった。それを見たクガネは思わず目を見張ってしまう。
「つ、強がりも大概にしなさい。今のあなたがこの状況をどう覆すというのです!?」
そのように言葉を紡ぐクガネであったが、明らかに彼女の声色には動揺の色が含まれていたのだった。
そんな心境のクガネに追い打ちをかけるかのように勇美は口を開く。
「『大黒様』に『マーキュリー』様。その力を掛け合わせてみて下さい」
「何、その組み合わせは?」
思いもよらぬレパートリーに対して、クガネは警戒しながら身構える。そのような万全の体勢を取りながらも、彼女の不安の懸念は決して拭い去れなかったのであった。
そして、勇美はその神々の力をマックスへと取り込み、顕現させていく。みるみるうちに彼の形状は変化していった。
その過程を経てそこに存在していた者を見て、クガネは様々な感情を入り混じらせながら呟いた。
「……液体の……巨人?」
そう呟くクガネの心境は複雑であった。
まず、その巨体に対してである。自分の操る黄金の巨人にタメを張れるまでの大きさになった敵の操る存在に肝を冷やすのであった。
次に、何故液体なのかという点である。自分の黄金の巨人に対抗するには、些か頼りないのではなかろうかとクガネは思う所なのである。
そうクガネが思案している所へ、勇美からのスペル宣言が行われた。
「【王符「キングウォーターマン」】です。では行きますよ」
言って勇美は、その液体の巨人に攻撃指令を送ったのであった。その名前をクガネは脳内で反芻している内に、じわじわとそれが一大事となる事を悟っていった。
「……まずい! ゴーレムよ、ここは一旦退きますよ」
「もう遅いですよ!」
血相を変えて自身の相方へと呼び掛け身を引こうとするクガネに対して、勇美は容赦なくその撤廃を跳ね付ける態度を見せたのであった。
そして、勇美の形成した液体の巨人はその腕を無慈悲に振り下ろしたのである。
相手は黄金という、意外に柔らかいがそれだけ耐久力のある体躯の巨人であるのだ。その屈強なボディーを、液体で出来た腕で一体どうしようというのか?
端から見れば、そのような疑問が浮かんでくる事であろう。だが、今この場にいる者達にそのような暢気な考えを持つ存在はいなかったのである。
その理由が今、証明されようとしていた。液体の巨人がその手で敵のボティーを抉るように突っ込むと……本当に敵は抉れてしまったのだった。
そう、敵を構成する黄金の屈強な身体が、まるでプリンをスプーンで掬うが如くその部分が綺麗さっぱり刈り取られてしまっていたのである。
そして、身体を容赦なく抉り取られてしまった巨人は、自身の重さを支え切れずに床に倒れてしまった。
当然これにはクガネは驚愕していたが──同時に納得もしていたのであった。
何故なら、今敵を構成している成分が何だかを彼女は把握しているからである。
勇美は、彼を『キングウォーターマン』と称した。──それは即ち『王水』なのであった。
『王水』。それは、現存する物体で唯一金を溶かす事の出来る酸なのである。勇美はその物体を造り出してクガネの黄金に対処したという事なのだ。
黄金の巨人が倒れるのを見届けた勇美は、確認の為にクガネに対してこう言った。
「それで、この勝負。続けますか?」
その言葉を聞いてクガネは、一瞬呆けたものの、すぐに我に返って憑き物の落ちたような爽やかな笑みで以てこう答えたのであった。
「ゴールデンゴーレムは私の切り札です。それを破られた以上──私の負けですよ」
◇ ◇ ◇
こうして勇美の担当する区画での任務は無事遂行されたという事であった。敵のクガネはスペルカード戦のルールに従い、こう宣言した。
「では、これにてこの『三日月の塔』からは我々玉兎は撤退する事とします」
「うん、何か気持ちいい位話が早くて助かるよ」
これがスペルカード戦の力かと、改めて勇美はその影響力の凄さを噛み締めるのであった。
そして、いざクガネは身を引こうとする前に勇美にこう言うのだった。
「勇美さん。確かにあなたからはフルネームを聞きましたが、もう一度教えてはいただけませんか? あなたの名前はしっかりと頭の中に刻んでおきたいので……」
それがクガネが思う所なのであった。
王水の存在を知っていた事。そして、それをあの土壇場で活用した事。何より依姫から受け継いだその勇美のひた向きさにクガネは心打たれるものがあり、彼女の名前は確実に自分の胸に刻んでおきたかったのである。
「私の名前ですか……?」
対して勇美は、ここで余計な事を考えてしまうのだった。
まず、今別の場所で任務に当たっている者の一人の鈴仙は『月の兎』である。
そして、同じく任務に当たっているヘカーティアはモチーフが惑星であり、かつ姓のラピスラズリは瑠璃の意味である。つまりは『惑星の瑠璃』。
彼女達の……具体的には『三石○乃氏』『南○美氏』……。
それらが共演した、原作はギャグがあるながらも地に足を着けて描かれていたがアニメは『へっぽこ実験』的な試みで六割程粉微塵に粉砕された曰く付きの作品を思い浮かべていた。
そして、その二人と密接な関係のある人の名前を勇美は口にしていた。
「私の名前は──『テラ子安』です」
その瞬間、一瞬にして場の時は止まってしまっていた。
そして、時は動き出すと。
「そんな名前があるかぁーーー!!」
「うひゃああああーーー!!」
クガネは勇美の両頬を指で引っ張りながらそう吼えるのだった。加えて、クガネは勇美の頬を見て引っ張り心地が良さそうなのを見抜いての行動故に、彼女は至って冷静なのであった。
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