MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第56話 秘策:前編
昨日の晩は勇美の仲間との憩いの一時を過ごして、実に充実したものとなったのだ。
そのような心地よい心持ちのまま一夜を過ごした勇美は、とても晴れやかな朝を迎える事が出来たのであった。
「う~ん、いい朝~」
勇美は窓に差し込む優しさと活力を兼ね備えたエネルギー源である陽の光を浴びながら、寝間着の白い襦袢のまま体を伸ばしたのだ。
それにより、気だるさが心地よさに体内で変換される快楽が勇美を包み込むのだった。
そして、襦袢で寝ているというのも快適さに拍車を掛けていたのだった。
それは永遠亭で用意された寝間着であったのだ。
最初の頃は和服には抵抗があったが、香霖堂で購入した自分用のスカート丈の和服に身を包むようになってからはそれにすっかり慣れっこになったのである。
寧ろ、慣れれば体を締め付けてしまう構造の洋服にはない解放感すらあるのだった。その肌触りと通気性は快適なのだ。
更に極め付きはこれであった。
「うん、やっぱり下着着けなくていいって最高だね♪」
厳密には襦袢は和服における下着のようなものなのであるが。
つまり、襦袢は和服であるが故に西洋の下着を着けなくていいという特典を勇美は余す事なく貪っていたのだった。
普段のミニ丈の和服ではノーパンだと大問題であるが、寝る時の襦袢なら問題ない、寧ろ襦袢の上からパンツを穿くのは無粋で邪道だろうと永遠亭の者達から許可されているのだ。
そのように、色々と気持ちいい朝を迎えた勇美、特に今朝は絶好調なのであった。
そしてそのまま勇美は襦袢から、普段の黒いミニ丈の和服へと着替えた。
その後はいつも通り朝食を摂ったりして普段そのままの朝を過ごしたのだった。
だが、一つ違う事があった。
それは今朝は依姫との修行の時間が設けられていなかったという事だった。
その理由は他でもない、今日は勇美はバッタの妖怪、皇跳流との再戦が控えているからである。
跳流は一度勇美が勝てなかっただけあって、非常に手強い相手である。そのような者を前にして直前に修行して力を浪費しては勝機は却って薄くなるというものなのだ。
『万全で戦えるように』それが依姫の考えであった。
依姫は厳格であるが、自分の満足の為に無理強いさせるような事は決してしない、配慮ある性格なのである。
その事が勇美にとってもプラスとなっているのだ。今までも、そしてこれからも。
そういう訳で勇美は朝の時間を依姫や、昨日から泊まり込んでいるメディスンとの談笑等に当てたのだ。
それによりリラックス状態になれるからという勇美の選択であった。
そして、その試みは功を奏したようだ。現在の勇美は大半が落ち着き、そこに適度な緊張があるという、正念場に打ち込むには非常にベストな状態となっていたのだ。
◇ ◇ ◇
そのような状態を過ごしながら時刻は午前の十時を迎えたのだ。
眠気も一頻り晴れ、体も覚醒し、まだ空腹も訪れないという、戦いには非常に好ましい時間帯である。
そう、この時間での再開を跳流は約束してくれたのだ。
その事実を心の中で反芻しながら、勇美は呟いた。
「やっぱり跳流さんって律儀な方ですね。私がより実力を発揮できる時間を再戦の時に選んでくれたんですから」
これから戦う敵だというのに、敬意さえ覚えてしまう天晴れな相手であると勇美は心踊る気分であった。
「そうね、私も見習うべき所があるわね」
依姫もそれに相槌を打ち、更に尊敬の念を浮かべた。彼女とて素晴らしい相手であると思うのだ。
だが、だからといってそれに酔ってばかりはいられないのだ。依姫はここで勇美、そして自分自身に釘を刺す意味合いで付け加える。
「でも、だからこそ油断してはいけないわよ。それだけ相手には余裕があるのだからね」
「はい、跳流さんは幻想郷の住人としても中々見ない方ですからね。
こちらも気を引き締めていかないといけないでしょうね」
依姫に言われた勇美の表情も凛々しく真剣なものとなっていた。
そんな二人に対してメディスンもいつになく真剣な面持ちとなりそうになる。
「……」
だが、そこで彼女は思った。余り緊張ばかりはしていられないと。せめて外野である自分は努めてリラックスして場を和ませるべき、そう考えたのだ。
「勇美、ここは『だっふんだ!』よ」
「はえ……っ?」
メディスンに突拍子もない事を言われて、勇美は声が裏返ってしまったのだった。
そこで勇美は突っ込みを入れる。
「メディスンちゃん……せめてここは『だいじょぶだぁ?』にしておかないと……」
「ですよね~♪」
「全くもう」
そして勇美はやれやれと呆れつつも微笑ましい表情を浮かべるのだった。
そして、彼女は気付いていないが、今のやり取りで幾分肩の力が軽くなったのである。
これによってメディスンの場を和ませる役割は果たされたのだった。
(この子、やるわね……)
そんな二人のやり取りを依姫は感心しながら見守りながら思うのだった。──いつの間にこうもメディスンは成長したものだと。
彼女は少し前までは自分の個人的な復讐に固執して──楽園の閻魔の言葉を借りれば『視野が狭い』──いたのだが、それが今では勇美に然り気無い配慮を見せるにまで至っているのである。
これは勿論メディスン自身に秘められていたポテンシャルでもあったのだろう。そしてそれは他でもない、彼女自身の手柄なのである。
だが、そこに至るまでには、勇美の存在抜きにしては有り得なかった事かも知れないのだ。
そう、勇美には一緒に戦った者と打ち解けたり、その者が内に秘めているものを引き出す手助けをする、そんな意外な才能があるようだという事である。
今までその力によって得られる者は多かった。そして、これからも多く現れるだろう。
だが、勇美の当面の目的は目の前の相手──跳流に勝つ事である。これをこなさなければ勇美自身が前に進めないのだ。
その為にこれから始まる一戦を大切にしなければならない、そう依姫は考えるのだった。
そして、遂に依姫は勇美に声を掛ける。
「それじゃあ勇美、準備は出来ているわね?」
「ええ」
その問いに勇美は迷わず答えるのであった。もう、後は目標に向かって突き進むだけである。
そして、一行が永遠亭の玄関に向かうとその人物はいたのだ。
「やっほー、勇美。よろしくね」
そう軽い口調で勇美に話掛ける存在は。
「よろしくお願いしますね、豊姫さん」
紅魔館の件でもお世話になった、綿月豊姫その人であった。
それは、豊姫の能力で瞬時に跳流の元へ駆け付ける事で、勇美がより無駄な力の浪費を避けてベストな状態で挑めるようにという、綿月姉妹が事前に話し合って決めた事であった。
「それじゃあ、みんなを跳流って子の所へ送り届けるからね」
その豊姫の宣言に、皆は感謝の意を示したのだ。
「じゃあ、行くね♪」
そして、豊姫の能力は発動され、一行は跳流の待つ草原へと送られていくのだった。
◇ ◇ ◇
無事に一行は草原へと送り届けられたようだ。
このような移動手段には、創作物では何かと事故が付きまとう事が多いものであるが、豊姫に関してはその例に漏れるようで、今まで一度も事故が発生したケースはないのだ。
だからこそ依姫は彼女を信頼し、勇美達を送り届ける役目を任せているのである。
そして、一行の眼前には澄み渡った風に、なびく瑞々しい色の草、見渡す青空と、あの時と同じ実に爽やかな光景が繰り広げられていたのだった。
それらの要素に、勇美は幾分リラックス効果を堪能するのであった。
落ち着いた状態に適度に緊張が乗る。これが勝負に赴く上での理想なのだ。
故に勇美は今充実した心持ちとなっていたのだった。
後は、これから相手をする者と対峙するだけである。
「……」
そう思いながら勇美は辺りに視線を向けるとその人物はいたのだった。
「よく来たのう」
その少女の姿に不釣り合いな老人めいた口調を操るのは、先日勇美と戦ったバッタ妖怪の『皇跳流』その人であった。
「律儀に会いに来てくれて、わしは嬉しいぞ」
「そういう跳流さんこそ、そうやって私が来るのを待っていてくれたじゃありませんか?」
そう言い合い互いを尊重し合う二人。どうやら二人とも律儀な所があるようであった。
それを見ていた豊姫は、こう感想を漏らす。
「やっぱりあの子、依姫が言うようにあなたに似ている所があるね」
「ええ、分かりますか?」
そう微笑めいた表情で依姫は返した。
それに対して豊姫はこう言う。
「それはもう、依姫は私の妹だからね~♪」
「な、何言ってるのですかお姉様!」
「あっ、依姫のそんな所見れてラッキー♪」
メディスンは普段中々見せない依姫の態度を面白がり茶化した。
だが、その一方でこうも思うのだった。
(姉妹……か……)
思えばそれは一人で九十九神と化したメディスンには無縁の概念であった。
故に彼女は孤独であったのだ。
確かに彼女を産み出す事となった鈴蘭達とは心を通わせる事は出来る。
しかし、言葉を交わせ合い話に華を咲かせ合える存在は自分の周りにはいなかったのである。
そんな彼女に特にかまけてくれたのが勇美であったのだ。そしてメディスンにとって永琳に次ぐ親友となった訳である。
つまり、メディスンに人と人との温もりを教えてくれたのは勇美なのであった。
だからメディスンは思うのだった。──この勝負、是非とも勇美に勝って欲しいと。
勇美に勝って欲しいのは依姫も同じであった。
何故なら彼女は今まで勇美を手塩に掛けて面倒を見たり稽古をつけたりとしてきたのだ。その分勇美への想いも強いという事である。
そして、その姉である豊姫も同じ願いであった。
彼女はかつて勇美と似た志を掲げ『悪』を全うする『同志』になると言葉を交わしたのだから。
故に豊姫の勇美への想いは依姫と同様に熱いのであった。
三人に密かにそのような想いを馳せられている勇美であったが、彼女らは別段それらの想いを勇美に押し付ける考えは毛頭ないのである。
ただ、この場では勇美自身が前に進む為に相手に勝つ、それだけを望むのであった。
勿論勇美は三人がそのような心持ちである事を察する事は出来ない。
だが、先日の宴会の事からも、自分が幻想郷の者達からいかに大切に思われているのかはよく分かるのであった。
だから、その者達の為に、そして自分自身の為にもこれからの勝負、負ける訳にはいかないと勇美は意気込むのだった。
そして、改めて勇美は目の前の跳流に呼び掛けた。
「それでは始めましょうか」
その言葉に対して跳流はニイッと笑みを浮かべ、
「そなたが良ければいつでも始めよう。わしはいつでも準備は出来てるぞ」
跳流のその言葉を皮切りに二人は互いに一戦交える為の距離を取ったのだった。
◇ ◇ ◇
いよいよ臨戦体勢に入った勇美と跳流。そしてこれが勇美にとってのリベンジ戦となるのだった。
どう攻めていくか、それが勇美にとっての課題であった。
前回のように戦っては、相手に面白いようにいなされてしまうのが目に見えている。
そこで勇美は大胆な行動に出た。
「【光符「宙を彩る青き戦」】!」
天津甕星と天照大神の力を使い、勇美はレーザー機銃を使ってそこから高出力の青く光る光線を放出したのだった。
このスペルは前回は巨大な機械要塞を形成した時に放ったものである。だが、今回のように勇美自身が銃を携えて放つ事も出来るのであった。
そのように、スペルカードに応用が効くのが、勇美が神の力を借りて自身の機械の分身を操る上での強みなのである。
そして、銃口から放たれた光線は跳流へとグングン距離を詰めていったのだった。
このままいけば跳流を貫くには十分な出力であろう。
だが、跳流は至って冷静であった。
(ほう……)
そして、同時に感心していたのである。
それは今の勇美に迷いが見られなかった事である。
勿論跳流は勇美の周りの先日の出来事や勇美自身の心境を知るよしはないのだ。
だが、ひた向きになって物事に打ち込む、その姿勢に跳流は心打たれるのであった。
だから、跳流自身もその心意気に応えなければ、そう思い彼女は今使うべきスペルを選ぶのであった。
「さすがじゃ。狙いも威力も申し分ない攻撃じゃ。だからわしも人肌脱ぐとしようかの?」
「えっ? 脱ぐ?」
その跳流の言葉に、勇美は餌を前におあずけの命を受けていた忠犬の如く食らい付いた。
それは勇美が真っ当な和服の者に飢えていたのが原因であった。巫女のような役職に就く早苗ですら『和服のような何か』と言うべき出で立ちだったのだから仕方がない。
更にまずい条件に、跳流の着物は短いスカート丈になっているという事であった。これにより勇美の欲情は尚駆り立てられていたのだった。
勿論勇美自身もそのようなミニ丈の和服に身を包んでいる訳だが……。
この場合、言ってみれば『蛇は自分の毒では死なない』という感じのものだろう。
もしくは、荒木飛呂彦先生の発言の『作者は自分の作品を【読む】事は出来ない』が正にそれを示しているだろうか。
つまり、勇美は自分自身では味わえない甘美な感覚を、跳流を用いて堪能しようとしていたのだった。
その事にある程度共感する情けが、皇跳流にも存在したのだ。
そんな事を思う跳流の前に、刻一刻と高出力のレーザーは差し迫っていた。
「さて、やるか♪」
そう言った跳流に、勇美は物凄い勢いで食らい付いた。
「やってくれるんですね、着物脱ぎ脱ぎ♪ うわあい、男のロマンですぅ♪」
そんな事を平気でのたまう勇美は、最早狂犬の域であった。
「落ち着け、そなたは女の子であろう」
そのような勇美に、さすがの跳流と言えどたじたじになってしまう。
ともあれ、いつまでもそのような茶番をやっている訳にはいかない。ここで跳流は遂に新たなスペルカードを発動させる。
「【離符「オープングラスホップ」】!」
その宣言の後であった。突如として跳流はポンッというコミカルな音と共に黄緑色の煙に包まれたのであった。
「!?」
勇美は何事かと目を見開いて見せると、そこには青い光線に貫かれた跳流の姿などはなかったのだった。
そして、代わりに存在していたものを確認した勇美は更に驚愕する事となった。
「バッタさんが……三匹……?」
一見勇美が言い出した事は、支離滅裂に聞こえるかも知れない。だが、それ以外に今の状況を説明する術は存在してはいなかったのだった。
確かに勇美の言う者達が存在していたのだ。
そこには紛れもなく三体の小学生位のサイズのバッタが羽音を立てて宙を舞っていたのであった。
「これは一体どういう事ですか?」
堪らずに勇美は彼女……いや、『彼女等』に聞く。
「知っての通り、わしは妖怪バッタの集合体じゃからのう。お主の攻撃が当たる前に『一体』から『三体』に体を分離させてかわしたという訳じゃ」
「へええ……」
勇美はその答えを呆気に取られながら聞いていた。
如何わしい大人向けの本かと思ったら変態格闘技の指南書だったように方向性が違いすぎるながらも、これはこれでロマンを掻き立てる技であったのだった。
「すごいですね、憧れちゃいます♪」
「いや、これは人間には使えん技だから諦めるのじゃ……」
突拍子もない事をのたまう勇美に、今度は跳流が呆気に取られる番であった。
だが、ここで彼女『達』は気を取り直す事にする。
「ちなみに、この技は防御だけのものとは思ってはおらんかの?」
「そういう事じゃ♪」
そう口々に跳流達は言い始める。
「……」
それを聞いて、勇美はやはりそう来るのかと思うのだった。
体を三つに分けるという人間には不可能な芸当。それを守りだけに使うなどという宝の持ち腐れのような事は跳流程の者は決してしないだろう。
「では行くとするか」
「いざっ」
跳流達は言い合うと、その場からそれぞれの方向に展開しながら飛び出していった。
そして、上空で三方向に繰り出しながら勇美を見据える形となっていた。
そして、その中の一体が言葉を発する。
「これから何をするかわかるかの?」
「3Pで私に乱暴する気でしょ!?」
「いい加減そういう発想から離れんか」
そしてこの小説はエロ同人になる訳か、冗談じゃないと跳流は思うのだった。
「まあいいわ。行くぞみんな!」
「よしきたぞい!」
跳流達はそのような言葉を交わし合うと、その内の一体の口元にエネルギーが集まっていったのだ。それは目映いエメラルドグリーンの光の粒子であった。
それが一頻り集まると、そのエネルギーの塊は勇美目掛けて発射されたのだった。
「危ないっ!」
勇美は思わず叫びながら、その緑のエネルギー弾をひらりと回避した。
そして、弾は地面に着弾すると草を蹴散らして穴を開けたのだ。
「ふう、間一髪っと」
勇美は額の汗を拭いながら一息ついた。
だが、跳流達はその状況を嘲笑うかのような心持ちであった。人間の姿を取っていたら口角が歪に上がっていた事であろう。
「甘いのう」
「わしらが三体になった意味、完全には理解していないと見受けられる」
「では教えてしんぜよう」
三体がそのような意思疏通をすると、それを有言実行すべく二体目のバッタが行動を始めたのだ。
「まさか……」
勇美は思わず唾を飲んでその様子を見やった。
「ほう、今度は勘がいいのう」
そう、エネルギーを溜めていない跳流の一匹が言った。
「察しの通りじゃ♪ それじゃあ頼むぞ」
その言葉に応える形で、今しがた迎撃体勢に出ていた個体は遂に行動に出た。
そして、再びバッタ形態の跳流からエネルギー弾が放出されたのだ。
「くっ……」
それを毒づきながら回避する勇美。
その回避事態は成功するも、彼女の心境は決して穏やかではなかった。
その様子に気付いた跳流の一体が勇美に指摘をしてくる。
「どうやら気付いたようじゃのう♪」
「ええ、数を生かしての『一人での連携プレー』見事です」
勇美のその指摘こそが答えであった。
単純な事である。自分の体を複数に出来るのなら、それを攻撃に使用してしまえばいい。それだけの事である。
勇美に言われて、跳流達も得意気になる。
「分かってもらえたならば、後はやるだけじゃな」
「そういう事じゃ♪」
そして、跳流達の連携攻撃は始まったのだ。
一匹が弾を発射する内に、他の一匹が攻撃を溜める。そしてエネルギーを溜めたその一匹が発射する中で更にもう一匹が溜める。
それを勇美は辛うじてかわし続けていた。だが、やはり彼女の肉体は人間のものである。
「はあ……はあ……」
攻撃をかわし続けた勇美は、体力の問題で壁にぶち当たっていたのだった。
「やはり辛そうじゃのう……」
そんな最中跳流の一体はそう言い始めた。
そして、こんな事を言い始める。
「そなたは人間だからのう。やはり限界があるのじゃのう」
「もしそなたが妖怪などであったら、存分に戦う事が出来たかも知れぬのにな」
「……」
その跳流の言葉を聞いて勇美は暫し無言になる。俯き加減なので表情を読み取る事は出来ない。
そして、勇美はおもむろにがばっと顔を上げて跳流達を見据えたのだ。
「いいえ、ご心配には及びません」
そう勇美ははっきりとした声で言い始めた。
「ほう……?」
それを首を傾げながら聞き入る跳流達。その状況の中で勇美は続ける。
「それはどういう事じゃろうか?」
その疑問を一体が口にする。
それに対して勇美は堂々と答えていく。
「それは、私がここまで来れたのは、私が人間だったからだと思うんです!」
「『人間だから』か……」
その言葉を跳流達はどこか達観した様子で聞き入る。
そして勇美は続ける。
「私が非力な人間だったからこそ、依姫さんから借りた神降ろしの力をもっともっと使いこなしたいという気持ちになっていったんです。
私がもし妖怪だったらそうは思わなかったかも知れない、だから私は今人間でいる事が誇りなんです!」
そう言い切った勇美の表情は晴天の如く澄みきっていたのだった。
その言葉を跳流達は余す事なく聞いていた。今はバッタの形態をとっているからその表情を読み知る事は出来ないが、やがて一体が口を開く。
「いや、勇美殿。よく言った。そなたは立派な人間じゃな。今のそなたは実に良い面持ちをしているぞ」
「ええ、朝のトイレで綺麗なバナナが出て来た時位すっきりしています♪」
「いや、その例えはどうかの……」
些か下品な比喩に、威風堂々とした跳流もたじろいでしまうのだった。
しかし、下品な事はどうあれ、依姫は今の言葉を慧音に聞かせてあげようと思うのだった。
何故なら、今の勇美のような考えを持てる者がいるからこそ、慧音は人間を愛しているのだから。
今後慧音にとって更なる励みになるだろう。
「勇美……」
そして、今現在勇美の言葉に感銘を受けている者がいた。
メディスンである。今まで落ち着いた様子で勇美と跳流の戦いを見守っていた彼女であったが、先程の勇美の言葉を受けて状況が変わったのだった。
胸から喉にかけて苦しくも心地よい締め付けの感覚、そして熱でも帯びたかのような目頭。
正にメディスンは今、勇美に感動を覚えているのだ。──あれ程憎い人間である勇美に。
無論メディスンにとって人間は今でも憎い。
だが、その感情を上回る程の感銘をメディスンは今受けているのだった。
それは勇美が成長したのと同じように、メディスン自身の成長の証でもあるのだ。
その感情を依姫に悟られないようにメディスンは努めた。彼女は真面目な性格であるが、意外に相手を茶化すのが趣味であるのだ。その事は今までの付き合いで明白である。
別段茶化されてどうなるという事はないが、早い話が『癪』なのだ。
新参妖怪たるメディスンにもなけなしの自尊心というものがある。なので彼女は平静を装う事にしたのだった。
そして、視点は勇美に戻る。
人間である事を誇りにする生き方を彼女は選んだ。だがそれだけで今の戦況が覆る程世の中は甘くないのだ。
そこで勇美は次の手を打つ事にした。
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