MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第55話 憩いの時
バッタの妖怪の皇跳流に勝てなかった事への思いを依姫の胸の中で弾けさせた勇美。
そんな最中、割りと成熟しているそれを勇美は羨ましく思い渇望したりもしていた。
それはさておき、一頻り依姫の中で泣いた勇美は体を起こした。
そして、開口一番こんな事を言ってのける。
「あ~、すっきりしました~♪」
その時の勇美の表情は実に爽快なものであった。
例えが悪いが、さながら朝のあれが形も質も良かった時のそれを彷彿とさせるものであった。何がとは敢えて言わないが。
「一通り泣いたらスッキリしてしまいました、てへぺろ♪」
「何て単純な性格してるのよ」
依姫は呆れながら突っ込みをいれた。
加えて『てへぺろ』はやめなさいと心の中で突っ込みを入れるのだった。
つり目で黒髪だから丁度良いかも知れないけど。いっその事ロングヘアーにしなさい。
そんな無粋な事を思いながらも、依姫は表情を柔らかくして勇美に向き直った。
「でも、それが貴方の持ち味でいい所でもあるのよ。これからもそれを大切にしなさい」
「ほえっ……」
予想していなかった評価を依姫に言われて勇美は一瞬呆気に取られてしまうが。
「はい!」
すぐに気を持ち直して満面の笑顔でそう答えるのだった。
そのまま、勇美は依姫に付け加える。
「依姫さん、次は私は跳流さんに勝ちますから、これからみっちり鍛えて下さいね」
「ええ、容赦はしないから心しなさい」
そう言い合いながら二人は微笑み合う。
が、依姫はそこでこう言った。
「でも、それは明日からね。お腹も空いた事でしょう。腹が減っては……って言うでしょう?」
そして、依姫は「今夜はお楽しみよ♪」
それを聞いて、勇美は「『ゆうべはお楽しみでしたね』じゃないんですか?」等とのたまった。
「いや、それだとネチョになるからやめなさい。そもそも『食べる』の意味が変わってくるから……」
◇ ◇ ◇
そして、夕刻時。永遠亭も徐々に橙色の抱擁に包まれていったのだ。
そのような状況の中、勇美は条件反射的に腹の虫が鳴くのを止める事が出来なかったのだった。
「依姫さん……今の無しにして下さい」
勇美は頬を赤らめながら懇願するように依姫にすがった。
「ええ、バッチリ耳に焼き付けましたよ♪」
だが現実は非情だったようだ。依姫はニヤニヤしながら勇美を茶化すのだった。
「むぅ~っ……」
ぷっくりと頬を膨らませて依姫に抗議の念を送る勇美。
そんなじゃれ合いをしながら依姫は思うのだった。
──ああ、これこそいつも通りのやり取りだなと。
そう、いつもの調子をすっかり取り戻した勇美に安堵するのであった。
そして、後は夕食を待つだけかと思われたが、ここで来客があった。
「こんにちわ~」
幼げで、少し小生意気そうな少女の声が玄関でしたのだ。
その声の主に、永琳が応対していた。
「こんにちは。あなたはメディスンちゃんね♪」
「メディスンちゃん?」
その名前を聞いて勇美はハッとなった。
メディスン・メランコリー。他でもない、勇美が最初に弾幕ごっこで勝った相手であり、以後友人関係となった仲である。
そういえば最近あってなかったっけ? だから勇美はちゃんと顔出しをすべく玄関へと赴いた。
「メディスンちゃん、お久しぶり~♪」
そう言って勇美は人形妖怪のメディスンへと手を振り、声を掛けたのだった。
ちなみにこの時勇美はメディスンを抱き締めたい衝動に駆られていたが、さすがに彼女の毒に当てられてしまう事は経験で学習していたので何とか踏み留まったのだ。
それに対して相手からしても久しぶりの顔である勇美に、メディスンは応える。
「勇美、久しぶり♪」
そう言ってメディスンはニカッと笑顔を勇美に向けたのだった。
「メディスンちゃん、元気してた~?」
勇美は快活にメディスンにそう聞いた。
「ええ、お陰様でね」
それに対してメディスンも爽やかにそう勇美に返したのだ。
メディスンのその言葉に嘘偽りはなかった。あれから彼女はどこか充実した考えの下日々を過ごしていたのだった。
それは、勇美に『復讐』について考えさせられたからである。
自分は人形解放を盾にして彼女自身の復讐を正義で塗り固めて推し進めていたのに対して、勇美は自分自身の為の復讐である事を偽らずに依姫の下で励む事を打ち明けたのだ。
それからというもの、メディスンは復讐について思うようになったのだ。──復讐は恨みを晴らすだけで終わらせてはならない。自分が高みに登れる形でなくては意味がないと。
それからメディスンは人知れず努力した。
そして取り敢えず自分に出来る事を始めたのだ。
例えば自分の扱う弾幕に磨きを掛けるべく奮闘したり、永琳に対して出来る限りの手伝いをしたりと。
自分に出来る事は限られている。だが、その中で何かをしようとメディスンは思うようになったのだった。
だから、メディスンは勇美に感謝しているのだ。
そして、風の噂で勇美が跳流と戦った事を聞き付けたのだ。
その事に関して、うまく勇美に伝えられないとメディスンは思った。
だから彼女はこう勇美に言うのだった。
「今夜は、一緒に楽しもうね」
そのさりげない言葉に、勇美はどこか嬉しくなり、
「うん、そうだね♪」
と返すのであった。
二人がそのようなやり取りをしていると、続いて二人目の来客があった。
「お邪魔するよ、勇美はいるかい?」
その声の主を確認すれば、藤原妹紅その人だった。
「も、妹紅さん!?」
意外な人物の来訪に、勇美は驚愕してしまった。
それもその筈である。彼女とこの永遠亭の主たる蓬莱山輝夜は犬猿の仲なのだから。
だが、妹紅はその疑問に対してあっけらかんと答えた。
「なに、他でもない勇美の為だ、そんな事は些細な事さ」
「妹紅さん……」
その言葉を聞いて、勇美は胸の内が暖かくなる心持ちとなるのだった。
それに続いてレミリア、魔理沙、妖夢といった面子がやって来た。そして鈴仙は永遠亭に住まう者である。
そこで勇美はふと気付き呟く。
「この組み合わせは……」
そう、他でもない、当の気付いた勇美にこそ関係のある事であったのだ。
そして、その答えを勇美は口にする。
「私が今まで弾幕ごっこをした人達ですね」
それこそが正解であったようだ。厳密には勇美が最終的に一人で戦う事になった人達であるが。
答えを言い当てた勇美に、メディスンはニコっと笑って言う。
「正解だよ勇美、今集まったのは勇美が戦った人達だよ」
「メディスンちゃん、これってどういう?」
この取り合わせで皆が会いに来た事、それにどんな意味があるのだろうと勇美は首を傾げるのだった。
「分からないかい?」
そこに助け船を出すのは第二の客人の妹紅であった。彼女は竹を割ったような快活な笑顔を勇美に向けながら話している。
「妹紅さん……?」
だが、尚も答えの見えない勇美は妹紅に問い掛ける形となる。
「仕方ないな。それじゃあ教えてやるか」
そう言って妹紅は人差し指を立てて、得意気に振る舞って見せる。
「勇美、みんなお前に注目しているって事さ!」
そして妹紅はその答えを言ってのけたのだった。
「注目ですか……?」
意図の読めないキーワードに、キョトンと首を傾げてしまう勇美。
やはりそういった勇美の仕草は小動物っぽい訳で。そんな彼女に対して猛禽類の如く眼光を剥く者がこの場にはいた。
勇美は失念していたのだ。かつて勇美が一人で戦った者達が集うとなれば、自然と『あの者』も現れるという事を。
そして、その獰猛な狩人は勇美を見据えるや否や、声を荒げながら現れたのだ。
「いさみちゃあああ~ん♪」
いきりたちながら現れたのは、守矢の風祝東風谷早苗その人であった。
「はうあ!」
勇美は変な台詞と共に、一気に血の気が引くような感覚に襲われてしまった。
──ぶっちゃけ、この人だけには会いたくなかったのである。
「勇美ちゃん、会いたかったよぉぉぉ~」
そう言って早苗は勇美を盛大に抱擁してしまったのだ。その勇美には無い、肉鞠のボリュームに彼女は困惑と悦びと妬みが入り混じった複雑な念を抱くのであった。
「勇美ちゃん、とても悔しかったでしょう~。だから私がお婿さんになってあげるからね~」
「ええっ!?」
どちらが嫁でどちらが婿であるかの疑問は前々からあったが、今その疑問が晴れたのだった。
ある意味納得である。この人は現人神であり中身が神なので、その気になれば『生やす』事も可能にしてしまうのではなかろうか? かなり嫌な『不可能を可能にする』であるが。
そんな二人のやり取りを見ながら、紅魔館の主、レミリア・スカーレットは同情の視線で勇美を見据えていたのだった。
フランドールの一件で綿月姉妹と勇美の助力を借りてから、彼女は家族想いな姿勢から豊姫にいたく気に入られて、時折迫られているのだ。それはもう今の勇美の如く。
しかも、豊姫は誰もが羨む能力の一つである『瞬間移動』のようなものまで持ち合わせている為、なおタチが悪い。これではプライベートもへったくれもあったものではないのだ。
それはさておき、この場には勇美にとっての歴代の勇士達が集まった訳である。
そこでこの面子の中で一番良識のある者が勇美の前に現れた。白玉楼の庭師兼剣術指南役の魂魄妖夢である。
「妖夢さん」
騒がしい面子の中で落ち着いた者であるから、じっくり話が聞けるだろうと勇美は安堵しながら妖夢と向き合うのだった。
「勇美さん、ご無沙汰しています」
妖夢はペコリとお辞儀をして勇美に挨拶をした。この礼儀正しさは幻想郷の他の者達も参考にする所は多いだろうと勇美は思うのだ。
なので、勇美も彼女の出来る限り丁寧な態度で妖夢に応えるのだった。
「妖夢さんこそ、わざわざお越し頂いて、ありがとうございます」
言って勇美もお辞儀をした。
その仕草が可愛いかった為に早苗に再び変なスイッチが入ってしまったが、依姫の計らいにより大事には至らずに済んだ。
勇美は依姫の計らいに感謝しつつも、尚収まらない疑問を妖夢にぶつけた。
「でも、何で私の為にここまでしてくれるのですか?」
勇美のその疑問はもっともだろう。高々一幻想郷の住人である自分に、そこまでする価値があるのかと。
そこまで勇美に言われた所で、妖夢は首を横に振った。
「妖夢さん……?」
そんな妖夢の振る舞いに勇美はどういう事だろうと思った。
「勇美さん、あなたは幻想郷でも珍しい存在なのですよ」
その言葉の後に続いて、妖夢は説明を続けていった。
曰く、勇美のように誰かの力を借りて戦うというケースはない訳ではない。
だが、それが完全な人間であるのは勇美が初めてであったようだ。
人間は力の弱い存在である。そんな人間が他者から力を借りて戦う。そこに一種の『貪欲さ』が生まれたのだと皆は言うのであった。
それ故に、他の者にはないひた向きさが生じているのだ。
幻想郷には様々な人妖がいるが、その実力者の多くは一生懸命さを見せる者に悪い印象は受けず、寧ろ好感を覚えるというものである。
だから勇美は幻想郷の有力者達にとって、『気のおけない存在』である、そういう事なのであった。
「皆さん……」
その事実に勇美は当然嬉しくなるのだった。
確かに跳流に勝てなかった悔しさは、依姫の胸の中で泣いて綺麗さっぱり洗い流して心機一転した訳である。
だが、注目してくれる皆が応援に駆け付けてくれた、この事を勇美は嬉しく思わない訳がなかったのだ。
喜び、幸せには摂取しすぎで悪いなんて事はないのだ。
「みんな……ありがとう♪」
当然勇美は皆の好意を快く受ける事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
そして、勇美の為に開かれた宴会は滞りなく無事にこなされたのだった。
形だけではない、心のこもった暖かい料理の数々。
そして、かつて戦った友、即ち『仲間』とも言える存在の人妖達との楽しい談笑と絡み合い。
それらの実に充実した憩いの一時を勇美は存分に堪能したのだった。
その楽しい時間もやがて終わりを迎えるのだった。
夜も暮れ、集った一同もあるべき所へ帰るべく腰をあげるのだった。そう、彼女らにも帰る場所はあるのだから。
「またね、勇美。それと、あの時はありがとうね」
そう言ったのはレミリアであった。あの時とは他でもない、フランドールとの一件の事である。その時は共に力を合わせて戦った仲なのである。
「いえ、あの時は力になれて何よりです。そして、それはレミリアさんの協力があったからこそですよ」
言って勇美は満更でもないように照れてみせた。
そんな様子を見せている勇美に、レミリアは更に声を掛けた。
「跳流とか言ったっけ? 勇美なら次は勝てるわよ」
「えっ?」
今この話題が出るとは思っていなかった勇美は、やや面食らってしまった。
「あ、ごめんなさい。この話を今振られるとは思っていなかったから驚いちゃって」
「それは失礼したわ」
レミリアもそう言われて素直に謝る。普段傍若無人に振る舞っている印象がある彼女であるが、根は律儀である事はあの一件でも明らかな事であろう。
そこで一呼吸置き、レミリアは続けた。
「相手の実力はどれ位のものか分からないけど、今のあなたはそう簡単に負けはしないわ。
だからまた戦えばきっと勝てる。
──あなたと一緒に戦った事のある私が保証するわ」
「レミリアさん……」
その言葉を聞いて勇美は嬉しくなった。きっとこの気持ちは力を合わせた者達同士にしか分からない事であろう。
そして、レミリアに続いて他の面子も永遠亭を後にしていったのだった。
「あれ……?」
そこで勇美は、はてと思った。今回勇美の為に集った『仲間』達はこの場から去っていったのだ。
だが、それは『全ての者』ではなかったようだ。
そして、勇美はその者の名を口にする。
「メディスンちゃん……?」
それが答えであった。永遠亭に残った一人とは、メディスン・メランコリーだったのだ。
「勇美、明日跳流って奴とリベンジ戦するんでしょ。
だから私もその場に付き添おうと思ったの。
という訳で明日の為に今晩は永遠亭に泊まるわ」
「永琳の許可は取っているわ」とメディスンは付け加えて締め括った。
「メディスンちゃん……」
そんな律儀なメディスンに対して、勇美はこそばゆい心持ちとなるのだった。
だが、当然疑問も出て来る訳である。それを勇美は言葉に表す。
「どうして私の為にそこまでしてくれるの?」
その疑問に対して、メディスンはさも当然といったような振る舞いで答える。
「それはね、あの時も言ったと思うけど、勇美のお陰で気付かされた事があったから、そのお返しという訳よ」
そしてメディスンは付け加える。「だからその事を気付かせてくれた勇美の戦いは見届けなきゃいけないと思ったのよ」と。
そんなメディスンの意気込みを聞いて、勇美は腹が決まったようだ。
「メディスンちゃん、ありがとう。あなたの為にも次はきっと勝つからね!」
そう宣言する勇美の表情は、迷いなどというものとは全くの無縁であった。
そして、勇美は付け加えた。──今の私には『秘密兵器』があるしね……と。
その勇美の様子を見ていた依姫は言う。
「勇美、また一回り大きくなったわね」
そう言う依姫の表情は、あらゆるものを包み込むかのような慈悲に満ちているかのようだった。
「え? 大きくなんてなってませんよ?
私ってば胸も小さいままだし、背も14歳にしては小さいちんちくりんだし……」
「……」
依姫はお約束の展開を恨んだ。何故こういう状況だと決まって体格の話になってしまうのだろうと憎らしい心持ちとなるのだった。
ともあれ、勇美の成長は能力的にも精神的にも目を見張るものがある事を依姫はよく理解していた。
これは明日の決戦がさぞかし見物になるだろうと、依姫はメディスン共々想いを馳せるのだった。
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