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MOONDREAMER:第二章~

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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
  第57話 秘策:中編

 バッタの妖怪、皇跳流との再戦の最中、人間として奮闘する事を再認識した勇美。
 そして、彼女はその思いを胸に戦況を覆す為に次の手を打ち始めるのだった。
「まずは『アルテミス』様、お願いします」
 月と狩猟の女神に勇美は呼び掛けると、彼女が現出させた分身たる機械に取り込まれ、そして目映い光を放ち始めた。
 それを跳流は人間の姿だったら目を見開くような振る舞いでそれを凝視した。
「何をする気かのう……」
 そして跳流はそう思わず呟いた。
「まあ見ていて下さい。次に……そっちがポセイドンなら、こっちはネプチューンですよ」
「はえっ!?」
 跳流は勇美の突拍子もない発言に素っ頓狂な声を出してしまった。一体自分のどこにポセイドンの要素があるのかと。
 そんな跳流には構わず勇美は続ける。
「ネプチューン様、お願いしますね」
 そしてその海神の力はアルテミスと共に勇美の機体へと取り込まれていったのだった。
 すると、黄金色に輝いていた機体に淡い水色の光が追加された。
 次の瞬間、鮮やかな光の中から何者かが飛び出して来たのだ。
「うん……?」
 その様子を目を見張りながら跳流達は見ていた。
 そして、彼女達は更に驚く事となる。何故なら……。
「三体じゃと?」
 跳流のその言葉通りであったのだ。
 即ち、勇美の生み出したのは『者』ではなく、『者達』という表現が正しかったのである。
「ふふっ」
 勇美が得意気に笑みを浮かべて見せたのを合図にしたかのように、彼女の周りには三体の火器付きのドローンのようなものが展開するのだった。
 それを目にして、跳流達も弾むような声色で返す。
「成る程のう、目には目を、三体には三体という訳かの」
「じゃが、わしの連携に付いては来れるかのう?」
 跳流の二体目がそうふてぶてしく言うと、彼女達は再び飛び交い勇美を包囲する形を取ったのだった。
「これでお互いフィフティーフィフティーって事ですね」
 跳流達に目をやりながら、勇美は楽しげに言う。
 その様子を見ながら依姫は思った。
(あの子、ふっ切れているわね……)
 それは前回とはうって変わって快活な様子で戦う勇美を見ての事であった。
 その事はまず勇美自身が気持ちのコントロールを行えるようになったという、彼女の成長の証であろう。
 だが、もう一つには跳流の計らいがあった事を忘れてはいけない。
 彼女が勇美が人間である事についての問いかけに奮起された事も、今の勇美を形作っているのは揺るぎない事実なのである。
 そして、依姫は思う──やはり跳流は自分に似ていると。
 そんな彼女に対して勇美はどう戦っていくのだろうか、依姫はそう考えながら行く末を見据える事にするのだった。
「名付けて【狩符「スチールハンター・III」】ですよ」
 一方で勇美は得意気に新たな技の名前を呼称した。
「ほう、楽しみじゃのう♪」
 対する跳流もどこかワクワクした様子で向かい合った。
「跳流さん、行きますよ!」
「おう、受けて立つとするかのう」
 勇美と跳流は互いに意気揚々と向かい合うのであった。
 そして、まず動きがあったのは勇美の方であった。
 一体目の飛行機体が素早く動き出し、そして瞬時に小型のビームを放った。
 それを跳流は迎え打った。
「その程度」
 言って跳流は緑色の小さな弾丸を吐き出した。
 そして、それら二つは空中でぶつかり合い、爆ぜて相殺されたのであった。
 勿論、互いにそれで終わりはしない。
「まだまだ、次がありますよ!」
 勇美は二体目の機体を作動させたのだ。それでなくては三体出した意味はないのだから。
 二体目の機体が跳流達の内のもう一体に狙いを定めて飛び出した。
「こっちにも来るか」
 二体目の跳流はやや愚痴るかのように呟いた。
「だが、同じ攻撃では通用せんぞ」
 しかし、そう言って余裕を見せた。
 その様子を見て勇美は口角を上げた。
「誰も同じにするとは言ってませんよ♪」
 そう言い切ると勇美はその二体目の機体に念で指令を送った。
「何をしようと!」
 対する二体目の跳流はフンと鼻を鳴らすと、彼女も迎撃すべく速攻で出せる小型のエネルギー弾を発射したのだ。
 それを見て勇美は「してやったり!」と心の中で活きづいた。
 そして、決定打となる指令を機体に送る。
「お召し上がり下さいっ♪」
 言って勇美が機体から発射したのは、小型のビームではなく円筒型の実弾──ミサイルであった。
「何じゃと!?」
 それには跳流は驚くのであった。三体の分身を操る事にかまけて、そんな器用な芸当は出来ないだろうと高を括っていたのだった。
 そして、駆け引きに負けた跳流に審判を下す為に、ミサイルは跳流のエネルギー弾を弾き飛ばして跳流本体に差し迫ったのだ。
 ミサイルは見事に跳流を捉えると、小規模ながらも盛代に爆発を起こした。
「くうっ……」
 爆発を綺麗に浴び、その一体は体を焦がし、ダメージによりよろめいてしまっていた。
 それを見ていた三体目の跳流はすかさず提案した。
「同志よ、ここは再び合体すべきじゃ」
 それに続いて最初の一体目も同意する。
「それがいい、あの者の今の戦い方に、三体に分かれて戦うのは些か不利というものじゃよ」
 二体にそう言われて、攻撃を受けた跳流も頷いて見せた。
「そのようじゃな。では元に戻るとするかのぅ……」
 三体の妖怪バッタはそう言い合うと、素早く飛び交いながら三体とも一点を目指して集束していったのだった。
 そして、三体が集まると目映い緑色の光が放たれる。
 それが収まるとその場所には、勇美のようなミニ丈の和服に身を包む褐色肌の少女、正真正銘の皇跳流が存在していたのだった。
 そして、彼女は考えを巡らせる。
(ダメージは……対した事はないようじゃのう)
 そう思い、彼女は胸を撫で下ろす。
 先程攻撃をもらったのは三体に分けた自身の肉体の一体だけである。故にダメージは三分の一のようだ。
 当然三体ずつに分離させていたのだから耐久力も三分の一になっていた。
 だが、そこは跳流は丈夫な妖怪という事である。一体一体の体の出来自体が人間を遥かに凌駕するのであった。
 即ち、勇美が作戦の末に与えたダメージも余り決定打にはなっていないようである。
「……余り効いてないみたいですね」
「悪いのう、妖怪は人間とは体の造りが違うのじゃ。そこは勘弁してはくれぬかの?」
 勇美に言われて跳流はやや申し訳なさそうに言う。やはりこういう律儀さは他の妖怪では余り見受けられないものだろう。
 対して、言葉に反して勇美は実は余り悔しそうにはしていなかったのだ。
「それは残念……と言いたい所ですが──寧ろ『チャンス』ですね♪」
「!」
 勇美の意外な言葉に、またも跳流は驚愕してしまう。
「どういう事じゃ?」
 堪らずに跳流は聞き返す。
「つまり、あなたが元の一体に戻ってくれた事で『これ』が使えるんですよ♪」
 そう言うと、勇美は指をパチンと鳴らした。すると三位一体の鋼の狩人達は瞬く間に解体されてしまった。
 そして、勇美には次なる行使する神々に呼び掛ける手筈が整った。だが、彼女はそこでこんな事を言い始めた。
「そっちが100万パワーなら、こっちは1000万パワーですよ」
「いや、言ってる事がおかしいぞ」
 跳流はたじろいだ。自分のどこに100万パワーの要素があるというのだろうか。そして『1000万パワー』とやらにも嫌な予感しかしなかったのだった。
 そんな心の葛藤をする跳流をよそに、勇美は着実に準備をしていく。
「『風神』様に『祇園様』、お願いします」
 勇美は風の神と、牛頭大神と合祀される祇園様に呼び掛けを行ったのだ。勇美の前で風と雷が激しく舞った。
 それが収まりそこにいたのは、逞しい体躯に立派な二本角を持った──早い話が『猛牛』、それを模した機体が存在していたのだった。
「やっちゃったのう~……」
 跳流は頭を抱えて項垂れた。これは色々まずいなと。
 だが、まだ彼女は諦めてはいなかった。ただ造形が似ているだけだと。コンセプトまでは同じではないだろうと。
 続いてそこへ勇美のスペル宣言が行われる。
「いっけえ! 【牛符「バッファローハリケーン」】!!」
 ……ここに希望は潰えた。
 やりやがった。もろにパクリだった。
 これでもう、どこぞの超人との関係は否定出来ないだろう。
「まあいいや、そんな事」
 だが、ここで跳流は首を横に振った。大人の事情はこの場では置いておこうと。ただ相手の攻撃に対処すればいいやと。
「!!」
 しかし、ここで跳流に問題が発覚したようだ。
 相手は遠距離から攻撃してきた。故に得意の体術では対処出来ないだろう。
 では、こちらも遠距離攻撃をすればいいだろうか?
 その答えもNOであった。前回見せた『パズズの熱風』では今の威力に対して使っても押し負けてしまうだろう。
 では、再び三体に分離して回避するか?
 これもNOである。今回の相手の攻撃は、凄まじい風圧である。
 故に範囲が広い為、分離などすれば纏めて吹き飛ばされてしまうだろう。
 即ち、跳流には残された手が存在していなかったのだ。
「ふっ……」
 故に跳流は潔く敵の攻撃を受ける事にしたのだった。
 そして、とうとう跳流は勇美が放った強風に飲まれた。
「くぬぅっ……」
 跳流の全身を強烈な風の奔流が飲み込み、彼女を容赦なく押し流そうとする。
 勿論彼女はそうはされまいと抵抗はした。その際裸足で地面を踏み締める姿は健気であり、痛々しくもあった。
 だが、その健闘空しく彼女はその身を吹き飛ばされ、上空に舞い上げられてしまった。
 宙を舞いながら跳流は思った。──こうもあの子は計算してこの攻撃を選んだのかと。
 相手のあらゆる出方を想定して最善の対処をする。
 随分したたかだと跳流は思った。
 このような戦い方が出来るようになるには、相当良い経験を積まなくてはならないだろう。
 今まで良い者達に遭ったのだろうな、跳流はそう思いを馳せるのだった。
(だから……)
 そのような良い磨き方をされたあの子に是非勝ちたい、跳流は想いながら空中で体勢を整えた。
 そして、跳流は地面に体を打ち付ける事なく、しっかりと力強く地を踏み締めたのだった。今度の裸足で踏み締める様は先程とは違い、とても頼もしく見えるものであった。
 そして、跳流はその状態から立て直し、呼吸を整えるのだった。
「やってくれるのう」
 思わず跳流はそう呟く程であった。
 そして、その悔しげな口調とは裏腹に、跳流の様子はどこか楽しげだったのだ。
「跳流さんこそ、あそこから立て直すなんて思いませんでしたよ」
 対する勇美も口調と振る舞いが一致しない、跳流と同じ様子である。
 それは、彼女が今回の戦いを楽しんで行えている証拠であった。即ち、前回の時とは違うのである。
 そして、両者は向き合い視線を交わせたのだ。その様子は互いに凛としたものであった。
 その様子を見ながらメディスンは呟いた。
「何だが二人とも楽しそう……」
 彼女のその台詞が今の二人の印象を如実に表しているのだった。
 そして、メディスンは思った。──これがライバルってものなのかと。今の私には早いけど、いつか私もそういう関係が欲しいなと。
 でも、まずはこの戦いを見届ける事か。メディスンはそう思い再び二人の戦いに集中するのだった。
 そして、暫く向き合っていた二人だったが、沈黙を破ったのは跳流であった。
「やはり、わしには小細工というものは、まどろっこしくて性に合わん。だから、ここからはわしらしく行かせてもらうぞ」
 そう言うや否や、跳流はぐっと腰を踏み込んだ。
 それを見て勇美は「仕掛けてくる気だ」と意識をそこに向ける。
 刹那、跳流は一気に体のバネを使って勇美目掛けて飛び出したのであった。
 来た。勇美は思った。しかし、それは好機だとも考えるのであった。
 と、言うのは勇美にはどうしても確かめておきたい事があったからだ。そして、跳流は体術でも得意とするものが決まっている。
 そこに勇美が狙うものへの切符があるのだ。
 だが、それを確かめる為にはまずは相手の攻撃を受け切らなければ行けない。勇美は意を決して向かって来る跳流を見据えるのであった。
 そして、勇美のすぐ側まで距離を縮めた跳流は向かう遠心力に体を乗せたままスペルを宣言する。
「【蹴上「バッタのトンボ返り」】っ!」
 恐らくは自分はバッタなのに、そう自虐的な意味合いを込めて名付けたスペルであろう。
(いけるっ……)
 それを聞いて勇美は思った。確かめたい事を知る、これとない条件だと。
 だが、まずはこれから起こる攻撃を防がねば。勇美はそう思い、心の中で神々に念じた。幾度となくお世話になっている『祗園様』と『金山彦命』にである。
「【地護「アースシールド」】!」
 そう勇美が先回り的に宣言すると、彼女の足元から、鉄の隆起が発生したのだ。
 そして、それが跳流の攻撃を見事に受け止める事となる。
 何故なら彼女が放った攻撃は他でもない、宙返りから繰り出す蹴り、所謂『サマーソルトキック』だったからである。
 跳流の地面から抉るように放たれた蹴りは、同じく勇美が地面から繰り出した城壁に阻まれる事となる。
「ぬうっ……」
 自慢の蹴りが鉄の壁に防がれ、思わず跳流は唸り声を絞り出してしまった。
 だが、彼女は妖怪。素足で鉄を蹴ってしまうという、人間で言えば大惨事(?)に至っても彼女はものともせず、逆にその鉄の壁をへこませるまでの事を成し遂げたのであった。
「っ……」
 その衝撃の余波は、城壁越しに勇美まで届いたのだ。その威力に勇美は表情を歪める。
(だけど……っ!)
 これで条件は整った。後はその目で確かめるだけである。
 意を決して勇美は意識を向けていった。跳流の足の付け根へと。
 知っての通り跳流は勇美と同じで、その身に纏っている和服はミニのスカート丈なのだ。
 だから本来不安定な和服でありながら肉弾戦、特に蹴り技なんて荒業をこなせてしまうのだ。
 だが、同時に足を露出したその衣裳は無防備極まりないのだ。詰まる所が、『中身が容易に見えてしまう』のである。
 それを勇美は確かめるという偉業を成し遂げたかった訳である。
(さあ、跳流さんは何を穿いているんだろうね……)
 心臓を高鳴らせながら勇美は視線を送る。
 定番の生パンツだろうか。だが最悪幻想郷の少女らしくドロワーズという可能性が高い。
 逆にノーパンだったら、勇美は天にも昇る心持ちとなれるだろう。
 ミニ丈かつ裸足というワイルドな出で立ちの彼女なら下着の存在を知らないか、はたまた敢えて身に付けていないかという可能性もある筈である。
 理由はどちらでもいい。とにかく勇美は自分が(主に依姫の制止により)成し遂げていない『穿いていない』という事実を確かめられれば心が満腹になれるだろうと思うのだった。
 そして、とうとう跳流の足の付け根の秘密が明らかとなる。
 そこに存在していたのは……。
 まず結論は、残念ながらノーパンではなく、勇美の第一志望は打ち砕かれたのであった。
 代わりに存在していたのは、V字型になり脚のラインを強調するものであった。
 しかし、それはパンツの類いではなかったのだ。パンツよりも頑丈な生地で作られ、最大の特徴はその紺色である。
 つまり、その結論は。
「ブルマ……!?」
 勇美の指摘するその言葉が答えであった。
 ブルマ。それはかつて女子の体操着の下半身の衣類として活用されていたものである。
 しかし、その際どい肌の露出度が問題視され、ついには日の目を見る事はほぼ無くなってしまった代物である。
 そして、幻想郷には外の世界で幻想になったものが流れ着くのだ。つまりは。
「幻想郷に辿り着いてくれたんですね……」
 そう言いながら、気付けば勇美は貴重な衣類を見せてくれた跳流を拝んでいたのだった。
 和服のインナーにブルマ。これ程邪道なものはないかも知れない。だが、勇美には自身も外の世界ではお目に掛からなくなった代物を目に焼き付ける事が出来、感謝の念の方が上回るのだった。
「ほう、これはブルマというのか?
 そんなに貴重なのかえ? わしとしては単に動きやすいから身に付けているに過ぎんのだが?」
「ええ、もう外の世界ではお宝ものです♪」
 勇美は親指を上に立てながらニカッと笑って言い切った。
 ブルマを巡って、そんな変な友情がこの場には生まれていた。
 だが、余りにも滑稽な流れなので、これはいけないと依姫は口を出す事にする。
「……二人とも、勝負に集中しなさい」
 月でも見せたように真剣勝負の中にも、緩いやり取りは必要だというのが依姫の考え方である。それは常に意識を張り詰めさせていては身が持たず、勝負において逆効果だからなのだ。
 だが、それはそれ。今の勇美と跳流は脱線にも程があった為、依姫はそれを正す事にしたのだった。
「「はい……」」
 そんな依姫の貫禄に縮こまりながら素直に答える二人。
 気付けばその振る舞いも二人は息が合っていたのだった。
 ──遭えて良かった。そう二人は互いに思っていたのである。
 そんな思いの片側である跳流。最早彼女には迷いはなかった。
 彼女は今の考えを率直に勇美に言う。
「実にいい戦いじゃ。つまり、もう出し惜しみは必要ないという事じゃのう」
「……来ますか」
 言い切った跳流に、勇美も意を決したようだ。彼女の瞳にブレは全く生じてはいなかったのである。
 ここに互いに本気を出す事に了承は生じた。後は双方で悔いなく全力を出すのみだ。
 まず動いたのは跳流であった。彼女はその跳躍力を使い一気に後方に飛び退き、勇美との距離を取ったのだった。
 どういうつもりだろう? 勇美がそう思っていると跳流は距離を取った場所でその両足を踏み込んだのだ。
「あの時と同じって事かな?」
 そう勇美は指摘した。前回の戦いでは跳流は上空に跳躍した後で一気に蹴りと共に飛び込んでくる。そういう戦法を用いたのだ。
 だが、跳流の口からはこう出た。
「いや、本気を出すと言った筈じゃ。前の二番煎じなぞ失礼に当たる事はせんぞ」
「それはどうも」
 その跳流の言葉を聞いて、勇美は複雑な気分になった。
 跳流が自分に向けてくれる心構えは嬉しいが、当然その分手強くなるだろう。
 なので、勇美は気を引き締める事にした。それに、こちらには『秘策』もあるのだ。
 動じずに跳流を受け止める。それが今の勇美に出来る事であった。
 勇美がそう意気込む中、とうとう跳流はその脚力で地面を蹴り、勢いよく宙へと飛び出したのだ。
 そして、そのまま彼女は上空へ飛び上がると、重力を無視したようにその場に固定されたような形となった。
 何が始まるのか、勇美が思っていると跳流はその場でスペル宣言をした。
「【星符「皇式流星郡脚」】!!」
 跳流は宙を舞ったままの姿勢で目にも止まらぬ速さで蹴りの連打を見せたのだ。
 それだけの攻撃を何故直接勇美に繰り出さないのか? そう思われたがその答えはすぐに出るのであった。
 見れば跳流の蹴り捌きにはエネルギー弾と同じく緑色に輝く光が纏わり付いていたのだった。そして、一蹴り一蹴りの度にその纏ったエネルギーが放出されたのだ。
 放出されるエネルギー一つを見れば、先程バッタ形態で放った弾と同じか、それよりやや大きい位だろう。
 だが、それらは跳流の蹴りの連撃の度に発射されるのだ。つまりはその数が半端なかったのだった。
 尋常ではない、飛び道具と化した『蹴りの群れ』。それらは容赦なく勇美に差し迫っていった。
「勇美っ!」
 その猛攻の標的にされている勇美を案じて、メディスンは堪らずに叫んでしまった。
 対して依姫の方は冷静にその様子を見ていた。そして、諭すように跳流に言う。
「メディスン、勇美を信じなさい」
「でも、あの攻撃は……」
 それを聞いて依姫はメディスンがそう思うのも無理はないと感じた。
 その理由は、かつて自分も豊姫にそのような感情を抱いた事があったからだ。自分は大丈夫でもそれ以外の者はどうなのかという不安からであった。
 だが、心配は無用だったのだ。あの時豊姫は永琳の仕掛けた罠を使い、見事に首謀者を捕らえる事に成功しているのだ。
 だから、依姫はメディスンに言う。
「信じる事は、その者への礼儀であり信頼になる。
 そして、その者は必ずではないけど応えてくれる。だから必要な事よ」
「『信頼』か……」
 その言葉をメディスンは噛み締めた。
 信頼。その言葉を乱用して他人を従わせる事に利用する者は多い。
 だが、今の場合はそれとは無縁の、純粋な思いとなるのだ。
「分かったわ、勇美を信じる」
 だから、信じて見守る。その事をメディスンは選ぶのであった。
 そうメディスンが心に決めている時にも、当然ながら勇美には跳流の放つ猛攻が迫っていたのだった。
 だが、勇美の表情を見ると……。彼女は微かに笑みを称えていたのだった。
 それにメディスンは気付く。
「勇美、笑ってる……」
 勇美の様相を確認して、メディスンは思わずそう呟いた。
 この状況で笑みを浮かべる。そのある種異様な光景にメディスンは身震いすら覚えるのだった。
 だが、それと同時に得体の知れない期待も生まれてくるのであった。そして、メディスンはこう思う。
 ──今の勇美なら、何かしでかしてくれるだろうと。ならば、自分はそれを見届けるだけであると。
 そして、当の勇美はと言うと、こんな事を思っていたのだった。
(遂に、『秘策』を使う時が来たか……)
 そう感慨深く想いを馳せる勇美。そして彼女は懐から『ある物』を取り出す。
 それは、手のひらサイズの水晶のようなものであった。そう、先日フランドールから自分を救うのに奮闘してくれたお礼にと貰った、彼女の文字通りの意味での『体の一部』である。
 その物を見た跳流は首を傾げた。
「何じゃ、それは?」
 その疑問に勇美は答える。
「名付けて『クリスタル・セル』。
 私の大切な友人の体の一部の細胞で出来た物です。
 私はこれを使って精進します」
 ……。この瞬間、跳流は「何か変な物が出てきたなあ」と思うのであった。セル=細胞だからって、色々混じっているなと。
 相手はそんな事を思っていたが、勇美にとってはこれが迷いを捨てた証なのであった。
 勇美は先日の跳流との勝負の時まで、フランドールの一部を勝負に使う事に抵抗を感じていたのだった。
 それは、他人から貰った力をむやみに使用するのは何か良からぬ事をしているのではなかろうか? そのような躊躇いが勇美にはあったのだ。
 だが、跳流と戦い彼女の力を見せ付けられた事でその考えは捨てるべきだと思うに至った訳である。
 彼女に勝つには生半可な心構えでは不可能だろう。そう、今の自分に持てる、どんな手段でも用いなければいけないのだ。
 もとより、勇美は『悪』を信条に掲げているのだ。だから自分はいい子になろうなどとは思ってはいけないのである。
 その事を結果的に跳流は思い起こしてくれる事となったのだ。そんな跳流に、心の中で密かに感謝する勇美であった。 
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