真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第100話 姉妹 後編
前書き
次回、烏桓族討伐編です
日が沈み私の部屋を一番最初に訪れたのは冥琳殿だった。
彼女を呼んだのは私だ。
謹慎になった私が城中を歩き回る訳にもいかず、私の侍女に文を渡して、今夜、私の部屋に足を運んで貰えるように頼んだ。
今夜の会合には彼女も居て貰った方がよいだろう。
「揚羽殿、体の方は大丈夫なのですか?」
冥琳殿が開口一番に言った。
「正宗様のお陰で傷の方は大丈夫です」
私は腰に手を当て、問題ないように数度叩いた。
「あのような真似は今回限りにしてください。あの時、揚羽殿の傷口からは骨が露出していて・・・・・・、思い出すだけで寒気がします。正宗様がいなければ、傷が元で死んでいたかもしれません」
冥琳は自分の肩を抱きしめうんざりな表情をしていた。
「冥琳殿にも迷惑をかけました。今回のような無鉄砲はこれで最後です」
私は彼女を見て微笑んだ。
「そうですか・・・・・・。しかし、劉備は本当に疫病神です。あの女が正宗様の元に現れなければこのようなことにはならなかった」
「確かにそうですね。ですが、彼女のお陰で、正宗様にご自分の至らなさを気づかせることができたののも事実」
「憂鬱な話題はこれで終いにしましょう。そういえば、いただいた文には今夜、正宗様、私達、風、稟を交えて話したいことがあるとか?」
冥琳殿を俯き気味に頭を軽く左右に振って言った。
「烏桓族討伐の件です」
「話の件はあのことですか? 確かに事前に正宗様と話しておいた方がいいですね。幽州の民には悪いですが、幽州が政情不安の方が正宗様にとって都合がいいです。実際のところ、我らが本腰をいれても烏桓族討伐は骨の折れる仕事です。仮に勝利を得ても、戦後処理の負担が大き過ぎます。それなら、初めから積極的にせず、示威行為のみに抑えた方が経済的です」
冥琳殿は真剣な表情で眼鏡の位置を直しながら言った。
「問題は正宗様がそれを容認くださるかです。あの方のことですから、単騎で烏桓族の本隊を潰すなどと言い出さないとも限りません。それでは意味がありません。正宗様頼みの戦はいい加減終わりにしないといけません。とはいえ、討伐できる賊達を敢えて、見逃すなど正宗様の矜持が許さないでしょう」
私は目を深く閉じ口を開いた。
そこだ。
あの方は民を愛している。
民を害す者達を絶対に許さない。
それは今まであの方を側で見ていたからこそ分かる。
「受け入れていただくほかありません。そうせねば、いつ冀州を去る勅命が下るかどうか分からないではありませんか? この冀州は10万の軍を維持することが可能な肥沃な土地です。それに正宗様の施策により、押し進めている事業もあります。天下を狙えるこの地を捨てるなどありえません」
冥琳殿は真剣な表情で熱く語ってきた。
「正宗様には10年、20年先を見据えていただかなければいけません。今の我らが勢力を築きつつ、地盤を確固たるものにするには選択肢は多くはない」
私は正宗様のことを考え、しみじみと口にした。
私とてできることなら、時間を掛けずに烏桓族を討伐したい。
だが、それでは幽州どころか冀州を失いかねない。
冀州と幽州が正常不安であればこそ、皇帝陛下は正宗様を中央に招聘なされない。
現皇帝がお隠れになるまでに、この地の地盤を盤石なものとし、幽州へ影響を広げなければいけない。
私と冥琳殿が会話をしていると、正宗様と風、稟が部屋を訪れた。
「冥琳も来ていたのか?」
正宗様は私の部屋に冥琳殿がいることに少し驚いていた。
それは、他の2人も同様だった。
「これは驚いたのです~」
「冥琳様もこちらにいらしゃっておいでだったのですね」
「正宗様、先に来て居りました。今日の話には私も参加させていただきます。風、稟もよろしく頼む」
「いえいえ~、こちらこそ~」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私は各々に椅子を進め、侍女にお茶と茶菓子を頼んだ。
侍女は手際良くお茶を各人に配膳すると去っていった。
私は侍女の気配が完全に無くなると同時に口を開いた。
「それでは烏桓族討伐の戦略の概要に説明させていただきます」
その後、半刻程掛け、烏桓族討伐の戦略の概要を説明した。
その間、風と稟から矢継ぎ早に質問を受け、それに私と冥琳殿が応えた。
正宗様は私達の話をただ黙って聞いていた。
沈黙を守っていた正宗様が口を開いた。
「幽州の民が苦しむのをただ見ていろというのか?」
正宗様は感情の篭らない視線を私に向けた。
「それは違います。漢の民を襲う烏桓族の息の根を止めずに、程よく叩くと言っているのです」
「正宗様、これは必要なことなのです。この冀州を我らの地盤にするためには、幽州を政情不安とし、正宗様が彼の地に不可欠と民だけでなく、中央にも思わせなければいけないのです」
私と冥琳殿は間髪いれずに、正宗様に説明をした。
「そのために、民を苦しめる烏桓族を見逃せというのか! 戦費とてただではない。戦時となれば、各郡に戦費の拠出を強要させることができるといっても、その戦費は結局のところは民が拠出するものになる。何故、民を苦しめる為に民の金を使わねばならない!」
正宗様は私達の考えに腹を立て、大声を張り上げた。
「将来、正宗様が幽州を納め豊かな土地にすれば、民はその恩恵を受けることができるのです。それとも、凡庸な官吏に彼の地を納めさせ、飢えに苦しむ民をただ傍観なさりますか?」
私は感情的になる正宗様を制するように淡々と言った。
「飢えるとは限らないだろう」
正宗様はなおも食い下がった。
「幽州はただでさえ貧しい土地なのです。その上、烏桓族に限らず異民族の脅威により、更に酷い状況にあるのです。仮に我らが遠征して、大規模な戦闘を行えば、その貧しい土地は更に荒れ、結果、大勢の餓死者が発生するでしょう。我らが積極的に攻めようと、消極的に攻めようと死ぬ人間の数はそうは変わりません。早く死ぬか遅く死ぬかの違いです」
冥琳殿が正宗様に厳しい口調で言った。
「くっ、・・・・・・」
正宗様は冥琳殿の言葉に言い返すことができないようだった。
幽州の民には酷なことですが、いずれの方策でも死人が大勢でるなら、利の高いの方を選ぶのが上策です。
「長城外での戦闘に持ち込めばいいのではないか?」
「それではこちらの戦費が一気に増大します。仮に勝利を納めても、莫大な金を失った上、平和になった幽州、冀州から私達は去ることになります。政情不安だからこそ、この地で好き勝手ができるのです。それは、正宗様も分かっているでしょう」
私は正宗様の言葉を封殺した。
「まあまあ、正宗様も冷静にお考え下さい~」
「正宗様の気持ちもわかりますが、ここは揚羽様達の意見を採用された方が無難だと思います」
風と稟は正宗様を諌めた。
「風、稟。お前達も民を見捨てろというのか?」
正宗様は2人の言葉が信じられないという表情で応えた。
「揚羽様も冥琳様も民を見捨てるとは言ってはいませんよ~」
「遠征軍になる以上、我らの戦費はかさむと思います。また、烏桓族のような遊牧民が敵となれば、有利に戦闘を進めることができても、そう容易く殲滅できないです。それは優れた武器を持って、挑もうともです」
稟は正宗様が会話に割り込むのを許さず、話を続けた。
「遊牧民は定住していないため、烏桓族をの居場所を捕捉するのは難しく、小規模な戦闘になりやすいためか?」
「ええ、正宗様が仰る通り、彼らの居場所を捕捉するのは容易ではないでしょう。私達に出来るのは、彼らが村を襲撃するのを予想して、攻撃をしかけ、その行動から彼らの本拠地を捕捉する地道なものになると思います」
「そうなると、自ずと持久戦になります。ただ、幽州の民が安心して暮らせるようにするには、大軍を率いていく必要はあると思うのです~」
「大軍を率い幽州に駐屯すれば、好戦的な烏桓族の行動に一定の歯止めをかけることはできます」
「分かった」
正宗様は沈黙して、深く考え込んでいる様子だったが、腹を括ったのか短く一言だけ言った。
「よくぞ決心なされました」
冥琳殿は正宗様を見つめながら強く頷いていた。
彼女とて好きで今回の策を押し進めている訳ではない。
全ては正宗様の陣営を確固たるものにするために頑張っているのだ。
それは風も稟も同じだろう。
軍師にできるのは自軍にとって最善を選ぶだけだ。
「これで私も静かに謹慎をすることができます」
正宗様の表情を察するに渋々、今回の策を受け入れている様子だった。
だが、渋々でも今回の策を受け入れて下さった。
「正宗様、今回の烏桓族討伐は消極的なものになりますが、難楼は可能ならば討ち取ってください。ですが、無理は禁物です。難楼を討伐できずとも、戦力を削れば上々です。難楼を討伐すれば、周囲で略奪行動をする烏桓族は大人しくなるはずです」
私は正宗様に今回の討伐で重視していることを告げた。
「分かっている。当初の目的通り、難楼の首は獲るつもりだ。だが、首を獲るかは難楼に会ってから決める」
正宗様はもう迷いを払ったのか、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうですか。お任せいたします。ですが、正宗様が飼えぬ犬と少しでも思われたら、情けは禁物です」
難楼がただの賊でないなら、自軍に引き込む気なのだろう。
それならそれでもいい。
難楼が正宗様に忠誠を誓うと言うなら、上谷郡周辺の烏桓族を恭順させるのは容易くなる。
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