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カーク・ターナーの憂鬱

作者:ノーマン
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第10話 ドラクールでの再会

 
前書き
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています

誤字報告、一文字かあ......。悔しいぜ。そこまで読み込んでくれて感謝!ってソフィアさん、投資家の方までチェックありがとう。もはやノーマンの作品はウォーリーを探せ状態です。みんな誤字報告するんや!! 

 
宇宙暦723年 帝国暦414年 8月末
酒場ドラクール 防音個室
グスタフ・フォン・ウーラント

「父上~」

嫡男であるユルゲンが右の拳を差し出してくる。我が息子ながら小さな拳だ。優しく右の拳を合わせると、何が楽しいのか?笑顔になった。昨日覚えた同盟流の挨拶らしいが、だいぶ気に入ったらしい。朝から何度も拳を差し出してくるが、ユルゲンの小さな手を見るたびに、何とかこの拳が一人前の大きさになるまでは、守ってやらねばと感じていた。

「それにしてもお父様、私たちも同席して宜しかったのでしょうか?」

「大丈夫だ。書類上の亡命は既に終わったからな。これからは、同盟に向かうにあたって乗船する商船主との商談になる。それに出かけておる間に抜け出すのではないかと気に病むくらいなら、同席させた方が気が楽だ」

「まあ、お父様。もう抜け出すような事は致しませんわ」

フェザーンに到着して以来、亡命申請や情報収集で多忙だった私は、仕方のない事ではあるが、滞在先のホテルに2人を残して駆け回っていた。ただ、落ち着いて考えれば、ホテルの一室に閉じこもったままと言うのも、慣れないフェザーンという事を加味すれば、それなりに負担だったのだろう。
戻ってみればもぬけの殻の部屋に唖然とし、どうしたものかとロビーに向かうと、ちょうど二人が入ってくる所に出くわした。フェザーンは自治を認められているとは言え、名目上は帝国領だ。最悪の事も想定したし、つい取り乱してしまい、長めに説教をしてしまった。

「分かっておる。ただ、部屋におるのが気づまりなのも確かであろう?同席しても構わぬことなら一緒にいた方が、ユルゲンの為にも良かろう」

ユルゲンの為と言うと、クリスティンは納得したのか、外出の際にするすまし顔に戻った。クリスティンも13歳となり、どんどん亡き妻に似てきたがまだまだ子供っぽさが抜けぬな。儂だけなら同盟なりフェザーンなりの場末で朽ち果てても構わぬ。だが、妻が残してくれた2人の事を考えれば、なんとかウーラント家が同盟で根を張れるようにしたい。その思いが、尚更今後の方針を決めるにあたって儂の決断を鈍らせていた。

「でもお父様。亡命が受け入れられた以上、どの商船で向かっても同じではなくて?」

紅茶でのどを潤したクリスティンが疑問を口にする。ユルゲンはだいぶ気に入ったのだろう。アップル・フレーズルを嬉しそうに飲んでいる。この酒場ドラクールは商人たちにとって縁起の良い場所だと聞いた。先行きが読めない状況だが、少しでも良縁に恵まれてほしいと言う思いで、子供にも飲めるカクテルをと頼んで用意してもらった。もともとリンゴジュースは好物であったのも良かったのだろう。

「うむ。向かう予定の同盟もな、必ずしも一枚岩ではないようだ。例を挙げるとすればブラウンシュヴァイク公、リヒテンラーデ侯、ケルトリング伯。どなたを頼るか?と言う感覚が近いやもしれぬ。どの閥につながる商船で入国するかで、ウーラント家が属する閥が決まるのが暗黙のルールになっておるらしい」

「先に亡命されたお家の方々を頼りませんの?昨日、私たちを助けてくださった方もオルテンブルク家が後援する学校でマナーを習ったと言っておられましたが」

「それなのだがな。今から向かう同盟では本来は階級のない社会なのだ。オルテンブルク家を始め、亡命された方々を取りまとめる為に帝国のような貴族制を布いている惑星もある。ただ大部分はそうでもないのだ。それにフェザーンが出来たことで、亡命系と呼ばれる方々は経済的にもダメージを受けているらしい。我らが頼ったところでどこまでご支援いただけるか分からんのだ」

どこまで理解できたのか分からんがクリスティンが頷きながら紅茶のカップを手に取った。これはあまり解っておらんのだろうな。ただ、帝国騎士であったウーラント家で、貴族社会における一般教養はともかく、政治的な視点での分析は分不相応だ。分からぬのも無理はないか。

「それにな。わざわざ苦労して同盟に向かうのだ。ユルゲンが身を立てる上でも、帝国風の価値観に敢えて染まるのがよいのか?同盟で身を立てるなら、価値観も同盟に染まった方が良いのではないかと悩んでおるのだ」

「そうですわね。あの方も同盟の方でしたが、困った私たちを無償で助けてくれました。精神的には騎士に通じる部分がありましたし、ユルゲンの将来を広く考えるのも良いかもしれませんわね」

あの方か......。道に迷った所を助けてもらったらしいが、敢えてお互い名乗らずに済ませたらしい。確かに道に迷う貴族子弟など、フェザーンでは厄介事でしかないだろう。こちらもまだ方針が決まらぬ以上、身元を明かしたときにどうなるか分からん。とはいえ、助けてもらったのも事実。いつか正式に礼をすべきだろうが、フェザーンを発ってしまえば、それも適うまいが。

亡命貴族と言っても、ウーラント家は帝国騎士の家だ。政争に巻き込まれたとは言え、難なく亡命できたのは逆に言えば帝国騎士の一人や二人、どこに行こうが構わないという判断もあったはずだ。亡命系に属せば、ユルゲンの才覚に関係なく、閥の中でも下位に処されるだろう。敢えてわざわざそこに飛び込むべきか?
クリスティンも我が子ながら美しく育っている。亡命系に属せばせいぜい侍女になり、仕えたお家のどなたかのお手付きになるのが関の山だ。亡き妻が残してくれた儂の宝に、亡命してまでそんな将来を用意するのは嫌だった。

「それでな。今から会うのは同盟でもバーラト系に属している商船の船長だ。平民ながらゼロから商船を持つまでになり、それなりにやり手だとも聞いておる。方針を決めるにあたって、判断材料を集める意味でも話を聞いておいて損はないと考えていてな」

「承知しました。ユルゲンの将来の為にも、お話を色々とお聞きいたしましょう。私も至らないなりに、励みますわ」

状況をすべては理解してはいないだろう。ただ、分からないなりに励もうとするクリスティンを儂は誇らしく思った。確かに亡命する以上、あらゆる事を学びなおす必要があるだろう。亡命するにあたって大切なことを、こんな歳になって娘に教えられるとは......。儂もまだまだよな。


宇宙暦723年 帝国暦414年 8月末
酒場ドラクール 防音個室
クリスティン・フォン・ウーラント

部屋を抜けだして小さな冒険を終えた私とユルゲンだったが、部屋を抜け出したことが発覚してしまい、お父様から久しぶりにお説教を受けました。ただ、部屋に閉じこもっているのも確かに良くないとお考えになり、翌日から出かける際には私たちも同席させる判断をされました。家族そろっての外出など久しぶりです。
それだけでも嬉しいのに、昨日見たフェザーンの街並みは、今日も私には新鮮に映ります。帝都とはどこが違うのか?疑問に思いました。確かに帝都では禁止されている高層建築もそうですが、一番の違いは、街を行きかう人々の活気でしょうか?皆様笑顔で、それだけで感じる印象も明るくなります。

「たまには三人で歩くのも良かろう」

お父様に続くように、ユルゲンと手をつなぎながら歩みを進めます。往来を整理する標識が赤になると、立ち止まることになるのですが、その度にユルゲンはお父様に右こぶしを差し出して、あの方が教えてくれた同盟流の挨拶をせがみます。余程気に入ったのでしょう。
まだ小さなユルゲンですが、私を守れるようになると目の前で約束してくれました。嬉しい気持ちもありましたが、母を亡くして以来、ユルゲンの母親代わりを自認している私としては、ユルゲンが誓いを守れるように支えていこうと心に決めています。

「うむ、ここだな」

目的地に着いたのでしょう。お父様は重厚なドアを開けると、私たちに入る様に促します。店内に入ると、活気があった店外とは別世界のようでした。静かな店内はさりげなく帝国の物とは違う音楽が流れ、従士のような制服を着た男性が、カウンターの向こう側でグラスを磨いています。その立ち姿がなんとも様になっています。
抑えられた照明を磨き上げられたグラスが反射し、まるで星空のようでした。もっとも初めて宇宙を体験した時は、とにかく急がねばならず、どこか不安が付きまとい、冷静に振り返れば美しかった光景も、楽しむことはできませんでした。

父に促されるようにカウンターから先に進み、がっしりとした造りのマホガニーの円卓に、同じく造りの良い黒革のソファーが備え付けられた個室に腰を落ちつけます。

「折角だ。カクテルを試してみるか?」

お父様が問いかけてきますが、どこか心が浮ついていたのを見透かされたようで気恥しく。私は紅茶をお願いしました。ユルゲンはノンアルコールカクテルを頼んでいましたが、円卓の中央にともされた蝋燭の灯も相まって、すごく美しく見えます。次のオーダーでは私もカクテルと頼もうと思います。

この場の雰囲気がそうさせるのか?お父様はウーラント家の先行きに関してお悩みな事を、吐露されました。すべては分かりませんでしたが、亡命してまで貴族社会の端である帝国騎士にこだわるべきなのか?これから向かう自由惑星同盟では、才覚次第で平民でも商船持ちにもなれる社会です。
姉バカかもしれませんが、ユルゲンは天才ではないかもしれませんが、勉強も良くでき、何より優しい心持ちです。時に同僚と貶めあう事もある貴族社会には正直向いているとは思えません。ただ、帝国で貴族制に慣れ親しんだ私たちにとって、階級が存在しない社会と言うのは未知も相まって不安が残ります。先に亡命された方々が、帝国のような貴族制を踏まえた社会をつくられたのも、ある意味、その不安が無視できなかったのでしょう。

「お寛ぎの所失礼します。お約束を頂いておりましたキャプテン佐三でございます」

「お世話を担当しております。カーク・ターナーでございます」

お父様と色々と話していると、男性の声が響きます。視線を向けるとお父様がお話していた商船の船長と見覚えのあるオレンジ色の髪の少年が、入口に控えていました。

「ウーラント・フォン・グスタフだ。今日はよろしく頼む」

「長女のクリスティンと申します」

「嫡男のユルゲンと申します」

お父様が応じるのに合わせて名乗りながら改めて確認する。間違いない、あの方だ。ユルゲンも気づいたのだろう。さりげなくターナー様に手を振っている。小声でお父様にターナー様が昨日お助け下さった方だと伝え、視線をもどす。何か不都合があったのかしら?ターナー様はユルゲンがいたずらが発覚した時によくする表情に似た表情を浮かべておられた。

でも、ウーラント家はきっと大丈夫。親切にして下さったターナー様ならきっと良いアドバイスを下さるはず。それまで感じていたもやもやした不安が晴れていくような気がした。視線を向けるとユルゲンがさりげなく右こぶしを差し出そうとしている。さすがにこの場ではまずいでしょう。さりげなくユルゲンの手を制して、私たちは席に着きました。
 
 

 
後書き
暁さんでは13話までの公開とさせていただきます。毎日投稿はハーメルンさんで予定しています。感想欄もハーメルンでログインなしで書き込めますので、お気軽にお願いできれば嬉しいです。 
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