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神機楼戦記オクトメディウム

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第26話 八つの媒体と、神無月の巫女

「出でよ! 『邪神ヤマタノオロチ』!!」
 黄泉比良坂の巨大地下施設にて。そこで巫女二人に追い詰められたシスター・ミヤコはおもむろにその──今まで彼女達を裏から操っていた邪神の名を口にし、手に持ったリモコンの起動ボタンを押したのであった。
 すると、そのボタンから送られてきた信号に呼応し、彼女の背後にあった大扉は引きずるような重厚な音を出しながら開いていったのである。
 その中にいたのは、鋼の巨躯であるのだった。
 だが、その大きさは30メートル程はあろうかという、一般的な神機楼の倍は備わっているという代物であったのだ。
 その光景を見ながら、千影と姫子は息を飲む。
「これが……」
「私達が倒そうとしていた最終目標の……邪神ヤマタノオロチ……」
 そう再認識すると、二人の気は一気に昂ぶるのであった。
 ──漸くここまで来た。後はこの者さえ倒せば1200年の因縁に決着が着く。
 そんな二人を背を向けながら、ミヤコは恍惚に蕩けきった声で以てその邪神へと呼び掛けるのであった。
「ああ……何て見事なお姿なのですか。それでは、邪神様。是非ともあなたの悲願を達成すべく、このミヤコめに力添えをなさって下さい!」
 そう祈るように言うミヤコ。そして、その彼女へと巫女以外からの声が掛かってきたのである。
『ご苦労であった、シスター・ミヤコ。そなたのお陰で我は再び動き出す事が出来る』
 それは、紛れもなく目の前の邪神・ヤマタノオロチからの声であるのだった。
 鋼の造形物が録音やプログラミングではない人の言葉を発する。普通ならば度肝を抜かれてしまう状況であろう。
 だが、これは敵との最終局面にあるのだ。これ位の事で驚いていてはいられないだろう。
 そして、終始自分が支持してきた邪神自らの言葉を浴びる事が出来たのだ。そのミヤコの悦びは一入というものであろう。
 しかし、ここから先はどうやら彼女が望んだ形ではないものとなっていったようだ。
『だが、貴様に力など与えはしない。既に貴様は用済みなのだからな?』
 そう、ここで邪神から返ってきた結論は『お役御免』という無情のものであったのだ。
「そ、そんな……そこを何とぞ……!!」
 だが、ミヤコは引き下がらなかった。否、引き下がってしまっては……。
 そんな必至のミヤコに対して、邪神は更に淡々と口にする。
「……どうやら、一の首も破れたようだ。──これで、我にとっての全ての条件が揃ったというものだ」
 そう言うと、邪神はその巨大な両手を左右に開いたのである。まるで、何かを受け止めるかのように。
 その次であった。邪神に何やら無数のエネルギーが集まってくるのであった。そこには今ここにいるミヤコも含まれていたのである。
「そ、そんな……。大邪の力が……、今の私のたった一つの生き甲斐が……」
 そう、ミヤコの身体の中から大邪の力が抜けていくのが分かるのであった。
 この時、彼女は自覚した。自分は決して大邪の力に見初められて嬉しかった訳ではない、『それにすがるしか希望が無かったから』だったのだと。
 その事に気付いたミヤコは、自身の中から大邪の力が抜けると同時に、その場で気を失ってしまったのであった。
「千影ちゃん! ミヤコさんを安全な所へ!」
「分かったわ!」
 確かにミヤコは今まで大邪として暗躍して、結果様々な人がその運命を狂わされてきた。
 だが、彼女自身も被害者だったのである。だから、そんな者を心優しい姫子が見捨てる筈もなく、それには千影も同意を感じる所だったのだった。
 そして、千影はその身体能力にてミヤコをこれから始まる戦火に巻き込まれないだろう安全な場所へと置いて来るに至ったんのであった。
「ありがとう、千影ちゃん」
「お安いご用よ、姫子。後は……」
 目の前の邪神との最終決戦を行うのみだろう。だが、その邪神は今正に変貌を遂げ続けていた。
 彼の中に次々と大邪の力が取り込まれていったのであった。それを彼は満足気に説明するのであった。
「おお……どんどん我が分け与えた『八つの首』の力が我に戻っていく……」
 そう邪神が言うように、大邪が今まで繰り出して来た八体の神機楼。それは本体のヤマタノオロチがその身を切り離して造ったにすぎなかったという事なのだ。
 そして、一頻り『自身の力』をその身に戻した邪神の姿は大きく変貌していたのであった。
 最初にその姿を現した時には、30メートルはあろうとも、その造形は紛れもない人型であるのだった。
 だが、今では本来の顔部とは別に胴体に眼と口の存在するという、異形の龍といった現実の生物ではあり得ない姿となっていたのであった。
『うむ……これこそが、これこそが我が真の姿なり……』
 そして、自身の本来の姿を取り戻した邪神は実にご満悦といった雰囲気を醸し出していたのである。
「これが、本当の邪神の姿……」
「ええ、そして行くわよ、姫子!」
「勿論!」
 見ているだけで気を違えてしまいそうなその圧倒的な質量と雰囲気に対して、巫女二人は恐れがないと言えば嘘になるのであった。
 だが、同時にこれ位の事で怯まない意思が、二人には今までの戦いで培われて存在するのである。
 だから、その想いを胸に、後は最後の敵に立ち向かうだけなのだ。
「出でよ! ヤタノカガミ!」
「ヤサカニノマガタマ!」
 なので、この戦いでは自分達の出来る事をすべからく行っていくだけなのだ。まずは、自身の愛機の神機楼の召喚であるのだった。
 そして、召喚の済んだ二人はそれぞれの機体へとその身を投じていったのである。
 続いて、愛機に搭乗した姫子はその状態で千影へと語り掛けていった。
「千影ちゃん、こんな時だけどいいかな?」
「何かしら、姫子」
 まずは話し掛ける為の許可を相方に取る姫子。そして、意を決して姫子はその想いを自らの口に紡がせるのであった。
「千影ちゃん、今まではあなたの気持ちをうやむやにはぐらかしてきたけど、今ここで受け止めるよ」
「姫子……」
「確かに、女の子同士でってのは世の中のルールから見れば問題が多いけどね」
「……」
「でも、愛する心に、それが本当の愛だったら、その気持ちには正直になるのが自分の心も喜ぶ事だって、私は思うんだよね」
「……」
「だから、この先ずっと一緒にいる訳にはいかないかも知れないけど、『その時が来る』までは一緒にいようね、千影ちゃん♪」
「姫子♪」
 その姫子の言葉に千影は救われる気持ちであるのだった。生物学的に反するが故に、ずっと自分の中で燻らせていた気持ちを、姫子は快く受け入れてくれたというのだから。
 ここに、千影の心は晴れ渡る感覚となるのであった。その想いを胸に、千影は姫子に言う。
「ありがとう姫子。それなら、一緒の時をこれからも味わう為に、こんな化け物はさっさと倒してしまいましょう♪」
「そうだね♪」
 そんなやり取りを観ていた完全体の邪神は思っていた。
 ──なにやら虫ケラが身の程知らずの事を喚いているな、と。
 だからこそ、その虫ケラ共に思いしらせる今これからが楽しみで仕方がない、と。
 その為に、これから自分はどう出ようかと邪神は昂ぶる心が抑えられないようであった。
 彼は全ての首の力を還元した時に、それらの神機楼の武装を全て自身に備え付けていたのである。
 イワトノカイヒの光学兵器、マタタビノツワモノの獣性と爪と牙、マスラオノコブシの格闘能力、ヤゴコロノトウロの虚像実体化の能力、ガキノユウモンの捕食能力、タケノミカヅチの電撃、スクナノヒコの破壊の巨翼。
 どれも魅惑的な力ではないか。それが全て自分の物なのだから、その充実感は他の追随を許さないというものである。
 だが、その中でも彼が気に入っていたのは、カルラノカブトのある武装であるのだった。
 それは、毒の巨龍をその身から放出するという、泉美が一度も使わなかった力なのであった。
 それこそ、この思い上がった虫ケラ共に『手本』を見せてあげるには最も相応しい力だと邪神は踏み、それを実行に移そうと動き始める。
『巫女共……貴様等に一つ良い事を教えてやろう。実は、カルラノカブトには貴様等が見ていない力があってな、それを今から見せてしんぜよう!』
 そう言うと、邪神はその身に膨大なエネルギーを溜め始め、そしてそれを胴体の口から一気に解き放ったのであった。
 すると、そこから禍々しくおびただしい量の毒により形成された巨大な龍が現出されていたのである。
『これこそがカルラノカブトの最強の力、『八雲の龍』なり!』
 その圧倒的な力を見せた邪神は意気揚々と畳み掛けるように言う。
『あの小娘には扱えなかったこの最強の力で、取るに足らない貴様等を喰らいつくしてくれようぞ!』
 そう言う邪神に呼応するかのように、毒で創り上げた龍が盛大に咆吼を行ったのであった。
『では行け! 八雲の龍!』
 その主の命令のままに、毒の龍はまるで意思を持っているかのように巫女二人へと喰らいつかんと迫っていった。
 それを見ながら、千影は冷静に言葉を放った。
「あなた……勘違いしているようだけど、一つ言っておくわ。あの子はその力を使えなかったのではなく、『使わなかった』という事よ」
 それは、泉美の優しさであったのだ。このような物騒な代物を平気で使えば、周りに甚大な被害が生まれるが故に、決して彼女はこれを使わなかった。それが事実なのだ。
 だが、その言葉は当然邪神には通用しなかった。
『ふん、虫ケラ共の戯れ言が! そのような負け惜しみはこの力を少しでも防いでから言ってもらいたいものだな!!』
 そう言うと、その昂ぶる邪神の感情に呼応するかのようにまたも毒の龍は吠え猛り、一気に巫女二人へと飛び掛かっていったのであった。
 それを聞きながら千影は呟いた。「防げばいい」のであるのかと。
「姫子、あれをやるわよ!」
「合点承知!」
 やや古風な返答をした姫子だが、既に相方の千影と巧みに息が合っているのは明白であるのだった。その証拠はすぐに出る事となった。
「「『月輪鏡玉大防壁(がちりんきょうぎょくだいぼうへき)』」」
 そう二人が同時に唱えた後すぐであった。彼女らの操る神機楼二体をすっぽりと包むように防護膜が出現したのであった。
『な……まずい!』
 その護りが決して自分では貫けるものではないと、力に溺れていた邪神もなけなしの勘にて察する事が出来たのであった。
 だが、時既に遅く、毒の龍はそのまま防壁へと突っ込んでいったのである。
 その後は、邪神の予想した通りとなったのだ。その毒の龍による攻撃は防壁の力により『そっくりそのまま』邪神へとはじき返されてしまったのであった。
 邪神は力に溺れたツケが、ここで払うはめになってしまったのだ。巫女二人に思いしらせる為に、特に強大な力をと選んだ武器により、自らの首を絞める事となってしまったようだ。
『ぐああああああああああっ!!』
 その力の奔流に飲まれた邪神は、そのまま自ら放った毒の暴流にその身を滅ぼされていったのであった。
 それを見届けた千影は、最後にこう言った。
「世の中はおかしいものでね。力を持つ者は常に裁かれずに正しい存在として幅をきかせるもの。だから、あなたは恥じる事はないわ」
 そして、それに追従するように、姫子は締め括る。
「でも、それが『正しい』んだから、その結果がどうなろうとも受け止める義務ってものもあると、私達は思うよ」
 それは、力に頼らずに知恵で持って戦ってきた自分達の仲間や、敵として戦ってきた大邪衆の面々を想起しての言葉であるのだった。
 こうして、その絆によって邪神を退けた二人の月の巫女を、後に人々は『神無月の巫女』と呼んだ。 
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