神機楼戦記オクトメディウム
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第24話 大邪の大将
黄泉比良坂の城内の王座のような部屋にて。予定が狂いこの場から離れていったミヤコを千影と姫子の二人が追って行き、後に残ったのは士郎と、玉座に座り全身にローブを纏った得体の知れない男が一人が向き合うという状況となっていた。
そんな最中、士郎は思っていた。──やはり、泉美さんが読んだ通り、シスター・ミヤコが大邪のボスではなかったのだな、と。
それは、彼女曰く、あの人の目は『誰かに仕える女の目』であり、リーダーを務める者の目ではないとの事であるのだった。
その事は、不確定ながら信憑性の感じられるものであったのだ。それを言うのが同じ女性である泉美だった事に加え、四人のリーダーを務める事になった泉美の目には迷いがない凛とした意思の強い輝きが携えられていたからだ。
対して、ミヤコのそれは蕩けるような恍惚さを称えた瞳であったのだ。それが故に泉美の言う事は的を得ているのだろうと。
そして、今自分が対峙しているのは、そのミヤコが仕えていた大切な人であり、大邪衆の真の大将という事なのである。
故に、頭の首が今すぐそこにぶら下がっているという訳なのだ。だが、物事はそう簡単な事ではないのは彼から放たれる雰囲気から、否応にも感じさせられる所なのだ。
そんな雰囲気の中にいるのだ。自然と士郎は身が引き締まる思いとなり、思わずごくりと唾を飲み込んでしまうのであった。
そんな士郎の雰囲気を察してだろう。そのローブの男は静かに彼に言うのであった。
「士郎……そう固くなる事はない」
そのような言葉を投げ掛ける彼は、どこか敵の大将とは思えないそんな振る舞いがあった。
そんな接し方をしてくる男に、士郎の心はみるみる内に確信へと変わって行く。
その士郎に対して、ローブの男は更に続ける。
「『お前』相手にずっとこんな格好をしているのも無粋というものだろう。だから、少し待ってくれ」
そう言うと男はローブの襟元を掴むと、一気にそれをバサリと脱ぎ捨てたのであった。そして、宙を舞ったそのローブは粒子となってその場から掻き消えた。
その後に存在していたのは、何と少年なのであった。
その姿から判断するに、年齢は17歳程であり、士郎よりも丁度一つ上位であろう。だが、士郎の身長は16歳男子のそれよりも低い為、彼よりもその少年は大人びた印象が伺えた。
髪は緑色であり、瞳の色は赤であった。その整った顔立ちも手伝って、どこか彼からは妖艶さが感じられる所であった。
そのような彼であるが、紛れもなくその姿は少年であるのだ。だが、士郎は迷わずにこう彼に言うのだった。
「やっぱり……あなたは翼『父さん』なんだね?」
それに対して彼──翼は最初無言であったが、意を決したようにこう士郎に返すのであった。
「ああ、久しぶりだな、士郎」
その言葉に翼は否定しなかったのだ。つまり、今のこの二人は端から見ると兄弟のやり取りにしか見えないのだが、実際はれっきとした『親子』という事のようであった。
そして、士郎の実の父親である『大神翼』はその理由を語っていく。
「親子の再会をこんな形にして済まないな。私は大邪の力に目覚めてからは肉体が歳を取らなくなり、加えて未成年の姿となってしまったようなのだよ」
「父さん……」
対して、士郎は実の父が少年の姿になってしまった事には当然驚きながらも、それよりも自分に血を分けた人から受ける温もりの方が上回っているようであった。
「そんな事は気にしてないよ。でも……」
そこで士郎は言葉を詰まらせてしまうのであった。それを言ったら、もう引き返せない事が分かっていたからだ。
そう躊躇う士郎の代わりに、翼はそこへ踏み入るのであった。
「ああ、これから私達は神器の遣いと邪神の遣いとして相まみえなければならないという事だ」
それが現実なのであった。彼と士郎は親子であっても、自分は大邪の大将として、自分へ挑んできた敵を倒さなければならないのだ。
そして、士郎の心に纏わりつく迷いを振り払うべく、彼は行動で示すのであった。
その為に彼は懐からある物を取り出したのであった。それ一枚の羽根なのだった。
それをどう使うのかは、最早分かるだろう。翼はそれを天高く掲げると、高らかに唱えるのであった。
「出でよ、『スクナノヒコ』っ!!」
その宣言に呼応するかのように、この王の間の天井が自動的に開かれたのであった。そして、それはその開かれた空に既にいたのであった。
その姿は、剣神アメノムラクモに瓜二つであるのだった。だが、それに加えて、徹底的に違う物が付属されていたのであった。
それは、背中に生えた翼のようなオブジェクトであるのだった。それを機械で造り上げられているのだから、その造型は巧みの一言に尽きるだろう。
そして、今正にそれが宙を舞っている所から、その翼は断じて飾りなどではなく、れっきとした空を飛ぶ為の推進装置である事を伺えるというものだ。
これが、大邪の大将の翼が駆る神機楼たる『スクナノヒコ』であるのだった。
こうして敵は神機楼を繰り出してきたのだ。それは、最早士郎には後に引けない状況にされたという事なのだ。
ならば、士郎のやる事は一つである。
「ならば、こちらも出でよ! 剣神アメノムラクモ!」
言うと士郎は手に持った刀を天高く掲げる。するとそれに呼応する形で彼の駆る剣の巨躯が出現したのであった。
「これで、お互い後には引けまい」
「そのようだね」
翼と士郎は言い合うと、それぞれ光となって自身の駆る神機楼の中へと取り込まれていったのであった。
◇ ◇ ◇
そして、城の屋外にて二人は互いに神機楼に搭乗した状態で向き合っていた。
しかし、その片方である翼の駆る機体は宙に浮きながらである。そのため、士郎と剣神を見下ろす形となっていたのであった。
親子同士の対面でそのような事は子に失礼と分かりながらも、翼は自身の機体が空中戦用なのを思い出してその想いを振り切る。
「このような形で申し訳ないが、始めさせてもらうとしよう!」
言うと翼はスクナノヒコの両翼を一気に広げさせ、まるで威嚇するかのようにそれを士郎へと見せつけたのである。
勿論、それはハッタリや見せ掛けではなく、翼が今から行う攻撃の体勢に他ならなかったのであった。
そして、遂に翼は行動に出る。
「喰らえ! ウィングガトリング!」
そう彼が唱えると、その立派な両翼から次々と羽根を模した弾丸が放出されたのである。
それを士郎は剣神に避けさせたり、手に持たせた剣で切り払ったりしてその攻撃を防いでいった。
「くっ……!」
だが、そうしながらも彼は自身が押されるのが分かるのであった。自身の剣神には飛び道具などなく、更には地上用の機体であるのだ。どう贔屓目に見ても、自分には分がない事は明白なのだ。
しかし、士郎にはそれらの要素を一気に覆す奥の手があるのであった。
そして、敵はさすがは大邪の大将といった感じである。とてもではないが、この羽根の乱撃だけが攻撃手段だとは思えはしなかったのであった。
故に、ここは『出し惜しみ』している場合ではないだろう。そう思った士郎の行動は早かったのであった。
「──『剣神・形態変化』」
そう士郎が言い切ったと思ったらそれはすぐに起こったのであった。──一瞬にして剣神のカラーリングが純白から『純黒』とでもいうべき黒一色となったのだ。
加えて、コックピット内の士郎の姿も黒一色へと変化していた。
当然、相手がそのような変貌を遂げたが故に、翼もそれに驚くのであった。
「士郎……その姿は……大邪の力ではないようだな?」
翼は敵がミヤコの謀略を利用して、士郎に大邪の力をそのまま流用させるに至った事は知っているのであった。
だが、どうやら今しがた士郎が繰り出したこの力はその範疇にはないようだ。
故に、敵に質問するという行為が無粋だと知りながらも、翼は聞かずにはいられなかったのであった。
「一体、その力は何なんだ?」
そして、敵であるからそれに答える義務も士郎にはないのだが、彼も律儀にそれに答えるに至る。
「この力はね、『剣神クサナギノツルギ』……。アメノムラクモのもう一つの姿ですよ」
そう言うと、士郎はその『クサナギノツルギ』に跳躍の動作をさせたのであった。
そして、それはそのまま空を駆る力となったのである。
「何? 飛行能力か?」
「はい、これで父さんと同じ土俵に立てますよ♪」
驚く翼に対して、士郎はそのあどけない顔で思いっきりはにかんでみせたのであった。彼とて、父親という自分の上を行く者を出し抜く事が出来たのは嬉しいのである。
しかし、そのような手に出た翼は、平静さを取り戻しながら言う。
「だが、ただ空を飛んだだけで私の所へ来れると思わない事だ」
そう言うと、再び翼はスクナノヒコの両翼を広げさせて迎撃の体勢に入り、
「今一度喰らえ! ウィングガトリング!」
そして、再度羽根の弾丸の砲撃を繰り出してきたのであった。そう、スクナノヒコには揺ぎ無い遠距離攻撃の性能が備わっているのだ。
だが、『クサナギノツルギ』ならば、その問題も想定内なのであった。
おもむろに士郎は愛機に空でこれまた刀身の黒く染まった剣を振り翳させた。すると、そこから無数の黒い刃が放出されたのだ。
そして、その刃が次々と敵が送り込んだ羽根の弾丸を消し飛ばしていったのであった。
更には、ご丁寧に『お釣り』もしっかりと確保していたのである。
「ぐぬぅぅぅっ!!」
アメノムラクモの時は敵は地上で自分の攻撃をかわすのに手一杯であったのに対して、今はこうしてこちらの攻撃を防いだばかりか反撃の傷まで負わすに至ったのだ。当然翼は驚愕する。
「その力は一体……」
三神器の神の一柱にそのような性能があろうとは、そう思いまたも翼は聞いてしまうのであった。
「泉美さん曰く、三神器は邪神に対抗する為に創られたとの事。だから、その性能も邪神に太刀打ち出来なければならなかったようなんだ」
その言葉の後に士郎はこう締め括った。
「アメノムラクモが『光の力』なら、このクサナギノツルギは『闇の力』といった所みたいでして。その性質も表裏一体の正反対なもののようなんだ」
「そのような事が……だが!」
その事実に驚く翼であるが、まだ彼には奥の手があるのであった。今の相手が思わぬ力を発揮する以上、最早出し惜しみなどしてはいられないだろう。
「『これ』に対してはどう抗う?」
言うと翼は愛機の両翼を更に大きく展開させる。すると、その機械の翼は粉々に砕けたのであった。
そして、その物質の産物の翼を捨てた彼は、今度は神々しく光輝くエネルギーの翼をそこに携えていたのであった。
無論、それは子供騙しの類ではなく、そこから発せられる重圧感が、この力の強大さを嫌という程醸し出していたのだ。
「ではゆくぞ! 『極光の大比翼』!!」
言うと同時に彼の機体はその翼を大きく羽ばたかせる。すると、そこから凄まじい力の奔流が繰り出されたのであった。
このような常軌を逸した力とまともにやり合っては、とてもではないが押し負けるのが自然というものだと士郎は直感したのであった。
しかし、ならば『やり合わなければいい』だけの事なのだ。
「こんな事するのは武士ならば失格なんだろうけどね……」
今対峙している父が武士のように潔く育って欲しいという意味合いを籠めて名付けてくれた『士郎』という名前。
勿論、それは彼にとってこれ以上ない誇りなのであった。だが、時に誇りだけでは物事は解決出来ない事もあるのだ。
故に、士郎は恥じずにこの技を使うのであった。
「これで終わりです、『ダークマターエッジ』!!」
言うと士郎はクサナギノツルギの持つ剣に一層黒いオーラを纏わせて宙で振り翳させたのである。
その瞬間に、翼の駆るスクナノヒコは一瞬の内に黒い爆炎に包まれたのであった。
「何!? 『極光の大比翼』を突き抜けて!?」
驚愕しながら機体を爆破されて爆発に飲み込まれる翼。これでスクナノヒコは破棄しなければならなくなった。
こうして勝負の着いた状態で、士郎はその種明かしをするのであった。
「このダークマターエッジはね、このクサナギノツルギの視界に入っている場所なら『どこでも』その闇の炎で焼き切る事が出来るものなんですよ。こんな技使った俺は、やっぱり武士失格なんだろうね?」
だが、そういう士郎の心は落ち込んでいる事はなく、ある種の清々しさすら爽やかな風の如く流れ込んでくるかのようであったのだった。
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