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神機楼戦記オクトメディウム

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第23話 現ならざる地

 異空間『黄泉比良坂』へと向かう決意をする一行。そんな皆の心を確かめ合った後、それを実行する為に、士郎は自分の肉体を変化させるのであった。
 一瞬にして、彼の白い髪は目映い金髪となったのである。それは、異空間たるかの地へ向かう為に大邪の力を行使する為であったのだが……。
 その様はどうにも既視感というものがあるのであり、それを思わず姫子はツッコミを入れてしまう。
「うん、何だか今の士郎君。まるで『スーパー』な戦闘民族だね……」
「また……別次元な話を……」
 そんなツッコミには士郎も頭を抱えるしかなかったのであった。そのような例えは見も蓋もないというものなのだから。
 しかし、一度火の着いた姫子の別次元語りは留まる所を知らなかったのであった。
「その内、挙句の果てに金髪から赤髪になって、更にそこから青髪になったりしないよね? ちなみに、例えそれが原作者自らが作った正史でも、非公認になった猿人間の方の話の方が私は好きなんだよねぇ~。ごく少数の意見だけど」
「あ、分かるわ姫子。私も無印の時のように冒険中心になっていたのは良かったわね」
「あ、千影ちゃんも私の同志って事だね。この意見の人、少ないから味方がいると嬉しいよ♪」
 と、やんややんやと別次元の話に華を咲かせる乙女二人であった。
 無論、そんなやり取りには士郎は呆れてしまうのであり。
「二人とも……、そういう話は主に男子が好むものだろう?」
 そう正論で以ってこの場を嗜めようとした二人。しかし、どうやらその言い方が良くなかったようであった。
「何言ってるの士郎君。これは女の子だって楽しんで見られたものだからね♪ ……泉美ちゃんもそう思うでしょう?」
 突如としてこれから別行動となる『お留守番』の泉美にまで話題を振る姫子。だが、当の泉美も『同志』だったりするのであった。
「姫子の言う通りね。今の士郎君の発言は失言ね」
「失言……ってね」
 やたらとムキになる女子三人に、士郎は少々着いていけない心持ちとなっていたが、ここで気持ちを改める。
 そもそもこれは『黄泉比良坂』へ向かう為の準備なのだ。ここで穏やかな心を持ちながら激しい怒りで生まれた戦士の事で盛り上がっている場合ではないのだ。
「みんな……、本題入るよ?」
「「「あ、ごめん」」」
 その士郎の現実に引き戻す一言に、案外素直に従う女子三人であった。
 そして、件の異空間へ向かう為の力を行使すべく、士郎は意識を集中し始めた。すると、彼の手にはおびただしい電気のエネルギーが集まってくるのであった。
 それを見ながら士郎は、「これでいける」と踏み、ここから一気に畳み掛ける。
 そこからは一瞬であった。士郎はその電流の篭った両手を掲げると、そこにその力で練り上げたエネルギーの剣が握られていたのだから。
 こうなれば後やるべき事は一つなのだ。それを迷わずに士郎は執り行う。
「電導烈波──」
 そして、彼は剣を振りかぶりながらそのまま言い切る。
「次元断!!」
 全て言い切りながら、彼は宙でその雷の剣を切ったのであった。
 すると、それは起こったのである。何と、その剣が何もない宙を、まるで布を切るかのように切断してしまったのだ。
 それは正に、士郎の大邪の力により生み出された剣が、『空間を斬る』という絵空事のような暴挙を成し遂げてしまった事に他ならないのであった。
 その斬られた空間の先からは、得体の知れない空気が流れてくるのが分かった。それは、この先こそが異空間『黄泉比良坂』である事を証明しているかのようであった。
 そして、当の偉業をやってのけた士郎は、間髪入れずに千影と姫子に言う。
「それじゃあ、早く行こう! この次元の裂け目はそう長く持ってはいられないからな」
「そうね、急ぎましょう」
「そうだね」
 そう口々に言葉を返した三人は頷き合うと、後は余計な口数を並べずにその裂け目の中へと飛び込んで行ったのだ。その非現実へと足を踏み入れる事への恐怖も、今は意識しないで前へと進むだけなのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、巫女二人と騎士一人が辿り着いたのは、正にこの世とは掛け離れた空間であるのだった。
 紫のグラデーションの空に、サーモンピンクの地面。そのような歪な場所は、現実の世界にはないが故に、否応にもこの空間が異空間だと思い知らされる事となるのだ。
 しかし、それは同時にストーリーが大いに盛り上がるタイプのRPGだとお眼に掛かれる事もよくある、『異世界への突入』イベントそのものであり、それは本来ならそういう作品が好きな姫子が喜ぶような展開だとも言えよう。
 だが、今回ばかりは姫子はそれを自重していたのであった。今起こっているそれは、ゲームの出来事ではなく、実際に起こっている事なのだから。
 そう、これは遊びではないのだ。大邪との決着を着け、元の平和を取り戻し1200年の因縁に蹴りを着ける為の戦いなのである。
 故に一向は異世界冒険という好奇心を刺激するような展開を享受する事なく、一切の寄り道もなく『目的の場所』まで辿り着いていたのであった。
 そして、三人は既に戦闘の為の出で立ちとなっていた。千影と姫子はそれぞれ赤と青の袴の巫女装束に、士郎は純白の外套とスーツといういつもの通りの格好なのだった。
 その状態で今のこの場所を三人は見る。そうすればこの異空間ではかえって悪目立ちするような、荘厳な城のような建造物が眼前に見えているのであった。
 そう、そこは……。
「ここが、泉美ちゃんの言っていた大邪の居城みたいだね」
「ああ、間違いないだろう。発信機の信号は、ここから来ているからな」
 姫子の言に対して、士郎は相槌を打つのであった。ここが紛れもなく目的の場所である事を確認したのだ。
 そして、試してみても泉美の予想通り、ここは携帯電話の圏外であるのだった。現実世界でも山奥等でなるのだから、このような異世界では当然の帰結だと言えよう。
「つまり、これで泉美ちゃん達と連絡を取る事は出来ないって事だよね」
 そう姫子が言うのも無理はないだろう。現代人は、もしもの時の為に携帯電話にその身を護ってもらっている状態なのだから。それが出来ないというのは、何とも心細い事だろうか。
 だが、士郎はその事実に臆さずに言い切るのであった。
「だからと言って、それが引き返す理由にはならないだろう? 俺達はそういう中での戦いをする覚悟でこの場所に来たんだからな」
「そうだね、士郎君」
「あなたの言う通りね」
 その士郎のもっともな意見に、巫女二人も一切反論する事なく同意するに至るのだった。
 そして、意見が同じになった三人は、その城の中へと入り込んでいくのであった。
 だが、その中はがらんどうとしていたのである。当然だろう、この場所を居城としていた者は、一人、また一人と次々に彼らの手によって解放されていったのだから。
「でも、メイドさんとかいてもいい気もするんだけどね~?」
 そう言うのは姫子であった。彼女の自宅がそのような場所であるが故の意見であるのだった。
 それに対して、士郎は少々反論するのであった。
「いや、大邪とは人ならざる邪神。だから、人間の感覚で判断するのは危険だと思うぞ」
「そう……かも知れないね」
 そんな慎重な士郎の意見に姫子は同意し、意識を再び集中した。
 そう、この戦いは人間との戦いではないのだ。だから、人間の常識を定説だと思って立ち向かうのは無謀もいい所だろうと。
「それに、ここで間違いはないからな?」
 そう言って士郎は泉美にインストールしてもらった発信機の受信アプリを起動させる。すると、この城に入ってその反応が近くなっているのである。
 後は、その反応を追って一同は向かっていくだけであるのだった。

◇ ◇ ◇

 そこは、大邪がいつも集っていた大きなテーブルのある部屋ではなかった。
 広々とした空間に、その奥に玉座が一つ。そう、ファンタジー作品であるような王の間とでもいうべき場所がそこであったのである。
 その玉座の傍らには既に顔の割れたシスター・ミヤコがいる。そして、玉座という大それた産物の上に座る者はというと……。
 その姿は完全にフード付きのローブに包まれており、その素性を垣間見る事は出来なかったのであった。
 そんな得体の知れない者に対して、ミヤコは恍惚とした表情の下に言葉を紡いでいく。
「もうすぐですよ、『翼』様。じきに士郎が大邪となってこの場に来ます」
「……そうか」
 ミヤコに言われたその者──『翼』は感情の読み解くのが難しいような、淡々とした口調で言葉を返すのであった。
 そして、暫しの間そこには沈黙が走っていたが、やがてそれが破られる事となる。
「姫子さん、千影さん。ここです!」
 その声はミヤコが待ちに待った大神士郎の到来であるのだった。だが、同時に彼女には予想していなかった言葉が耳に入っていたのである。
 ──その口ぶりからすると、巫女どもが一緒にいるという事か。いや、それだとおかしい。
 そう思ってミヤコは聞き間違いだろうと流す事にしたのであった。何故なら、彼女の頭の中には、この場には大邪衆となった大神士郎ただ一人の到来だけであるのだから。
 しかし、それは取らぬ狸の皮算用というものであるのだった。その事をすぐに彼女は思い知らされる事となるのであった。
「な……に!?」
 ミヤコが耳にした台詞に手違いは無かったのであった。そこには士郎の他に二人の月の巫女がいたからである。
 しかも、その士郎の髪は自身が予想していた金髪ではなく、透き通るような白であったのだから。
 つまり、これが意味する所は……。
「くっ……! 大神士郎を大邪の眷属にする手筈が!」
 そう言うとミヤコは血相を変えて翼に向かって言う。
「翼様。申し訳ありません、予定が変わりました。どうか私がこの席を外す事をお許し下さい!」
「構わない」
 その主の許可を得たミヤコは空気が流れるかのような身のこなしでこの『王の間』を後にするのであった。
 勿論、それを逃す三神器組ではなかった。
「姫子さん、千影さん。あの人はあなた達に任せる。俺は『この人』と向き合わないといけませんから!」
「分かったわ!」
「士郎君も気を付けてね! これはあなたにとって避けて通れない事みたいだから!」
「ああ、済まない二人とも」
 巫女二人はそう言うと、士郎一人を置いて行くのを心許ないと感じながらも、ミヤコの後を追う事に決めるのであった。

◇ ◇ ◇

 そして、突如としてあの場から離れて単独行動を取ったミヤコは、この居城の地下へと来ていたのであった。
 そこは、天井から縦幅も横幅も広い、とにかくだだっ広い空間が展開されていたのである。そんな部屋の奥には厳重そうなこれまた巨大な機械仕掛けの扉が存在していた。
 このような物々しい空間にて、良からぬ事をしでかそうとミヤコは何やら独りごちていた。
「……まさかね、『このお方』を今解放する事になろうとはね……。まだ期は熟していないのに……。でも、もうこうなっては背に腹は変えられないわ」
 そう言うミヤコの手にはリモコンのような物が握られていたのであった。無論、これで何かを起動させる算段であろう。
 だが、それを行う前に巫女二人はこの場に辿り着いたのであった。
「漸く追いつきましたよ、シスター・ミヤコさん!」
 駆けつけるや否や、姫子はそう声高く呼び掛ける。
 彼女と千影の二人を見ながらミヤコは忌々しげにポツポツと言う。
「忌まわしき巫女どもめ、お前達さえいなければ……」
「ミヤコさん、聞いて下さい」
 憎しみの言葉を漏らそうとするミヤコに対して、姫子はそこで彼女に言いたい事があるので、それを口にするのであった。
「ミヤコさん、あなたの事を調べました!」
 そして、姫子はその内容を説明していく。
 曰く、ミヤコはとある孤児院で身寄りの無い子供達を養っていたのであった。
 その日々は彼女にとってとても充実した毎日なのだった。だが、その平和は長くは続かなかったのだ。
 ある日の事、彼女の経営するその孤児院にて食中毒が起こってしまったのである。
 不幸中の幸いというべきか、皆命に別状は無く、その後元気になったのだ。
 しかし、その食中毒を起こしたのが調理師である事であっても、ミヤコはその責任を取ってその孤児院を閉鎖するに至ったのだ。
 その後は、彼女の心の中にポッカリと穴が開いたような虚無の気持ちだったのである。
 そこまで語って、姫子は可能性の高い推論を出す。
「そこで、あなたの場合は邪神そのものからのコンタクトがあったのでしょう?」
「……」
 その姫子の言葉を聞きながらミヤコは無言となっていた。
「でも、今からでも新たなスタートを切れると思います。だから、邪神になんか心を奪われないで下さい!」
 その言葉は姫子の出来る限りの本心をぶつけた言葉であるのだった。これで、ミヤコの心が動いてくれれば……。
 だが、現実は非情であるのだった。
「勘違いしてもらっては困るわ、お嬢さん! 私はね、邪神からのコンタクトがあって、その力が私の中に流れて来た時、とても充実した感覚だったのよ! だから、今の私は邪神に身も心も捧げるのが生き甲斐となっているのよ!」
「そんな……」
 説得が出来そうもないと知ると、姫子は落胆し、それを千影が宥める。
「やはり邪神の力は根強いという事よ。姫子の優しい気持ちは分かるけど、ここは実力行使に出るしかないという事よ──お互いにね」
 その千影の言葉が真実である事を証明するかのように、ミヤコは高らかに唱える。
「まだ全ての鍵が揃っていないけど、仕方ないわ。では出でよ! 『邪神ヤマタノオロチ』!!」 
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