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MOONDREAMER:第二章~

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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
  第32話 桜対戦:前編

 勇美と妖夢の勝負は、どうにか勇美が勝利するという形になった。
 依姫は良い試合を観させてもらう事となっていたのだ。ここまで充実した観戦はそうあるものではない。
 だが、依姫はただ観て満足するような人物ではない。詰まる所は……。
「亡霊姫さん、次は私達がやりませんか?」
 不意に自分に話題を振られて少し驚く幽々子。
 いや、『不意』にではなく、この流れはごく自然なものか……幽々子はいつもの優雅さを崩さずにそう思った。
「ええ、それでは私達も始めるとしますか~」
「そう来なくては。これで晴れて貴方に『復讐』が出来るというものですよ」
 依姫はそう言ってから、永琳の方を向いた。
「……という訳です。よろしいですか、八意様」
「いいわよ。催し物は多い方がいいからね」
「そうよ。その方がみんな楽しめますわ」
 永琳に続いて、輝夜も賛同の意を示す。これで躊躇う必要はもうないだろう。
「そういう事です。勇美、私の戦いを良く観ておきなさい」
 依姫はそう勇美に強気の姿勢を見せた。これこそ彼女が自分を追い込み奮闘する為のやり方であった。
「妖夢も、私の晴れ姿をよく拝んでおいてね~」
「え、はあ……はい」
 幽々子に言われて妖夢は気の抜けた返事をした。──『晴れ姿』っていうのはどこか違うような気がすると思いながら。文法的には間違ってはいないのだけれども。
 ともあれ、色々な意味で『因縁』のある依姫と幽々子の戦いの火蓋は落とされたのだった。

◇ ◇ ◇

「では、試合開始!」
 この勝負の審判を買って出た永琳の宣言の元、戦いは開幕した。
「それでは、私から行きますよ」
 そう切り出したのは依姫であった。
 相手の攻撃を切り崩すのが得意の戦法である依姫であるが、今回はそうも言っていられないだろう。
 何せ相手は掴み所のない亡霊なのだ。いつも通りの戦い方では通用しきらないと思われるのである。
 そう結論づけて依姫は踏み込むと幽々子目掛けて、まずは小手調べの一太刀を放ったのだった。
 幽々子に容赦なく迫る刃。だが幽々子は相も変わらずのほほんとした態度でいた。
 そして余裕の振る舞いでスペルを発動する。
「【華霊「ゴーストバタフライ」】」
 そのスペル宣言と同時に依姫の刃が幽々子に到達した。
 ──捉えた、かに思われたが。幽々子に肉薄したように見えた刃には彼女を斬ったような手応えは無かったのだった。
 そして、気付けば幽々子のいた位置から、無数の蝶の群れの形をしたエネルギーがまるで紙吹雪の如く舞ったのだ。
 幽々子がいない……依姫はそう思った。
 事態はそれだけではなかった。今度は無数に舞った蝶が依姫目掛けて襲い掛かったのだった。
「姿を眩ましただけでなく、攻撃まで仕掛けて来ますか」
 そう依姫は呟くと、先程空振りとなった刀を蝶型のエネルギーの一つに向けて振りかざした。
 するとパチンと妙な音を立てて蝶は粉微塵になって雲散した。どうやら耐久力自体は大したことはないらしい。
 だが、如何せん数が多い。しかも当の幽々子は軽々と攻撃をかわして姿を眩ましてしまっている。
「──ここは、まともに相手してはいけないわね」
 それが依姫が出した結論であり、彼女なりの幽々子への敬意の示し方であった。
 そして彼女は神へと呼び掛ける。本家本元の神降ろしの瞬間だ。
「祇園様に、風神よ。我が刃となれ!」
 そう言って依姫は刀を空に向けて掲げる。するとその刀身に、みるみる内に風の渦が巻き付いていったのだ。
「【剣符「乱舞の風刃」】!」
 宣言と共に依姫は刀を振り下ろすと、そこから無数の風の刃が放出された。
 刃の一つが蝶を捉えると、容赦なくそれを真っ二つに切り裂いた。
 それに続いて同じように風の刃が刀から繰り出されていき、他の蝶達もまるで紙切れのように切り裂いていったのだった。
「……やっぱり見事ですわぁ~」
 そして相も変わらずにのほほんとした口調で幽々子は依姫の側に再び姿を現した。
 その様相は正に『亡霊』に相応しい、掴み所がなく異質なものであった。
「今の貴方から言われても嫌味にしか感じられませんよ」
 と、憎まれ口を叩く依姫であったが、その口調とは裏腹にどこか楽しそうであった。
 ──これは久しぶりに面白くなりそうだと。
 依姫は自分の実力を慢心ではなくかなり高い事を知っている。
 故に万が一にも自分はこの勝負で負ける事はないだろうと。
 だが、今回は弾幕ごっこという事もあり、『簡単に』とはいかないだろう。
 だから、依姫はとことん『楽しんで』やろうと心に決めるのであった。
 そう、楽しんでやるのであって、楽しませてもらうのではないのだ。
 相手は仮にも一度自分を出し抜いた存在であるのだ。それでなくても相手に『私を楽しませなさい』等という、相手の侮辱に繋がる事は依姫の流儀に反するのであった。
 そして、依姫は今一度幽々子に向き直った。
「今ので怖じけづいたりしませんでしたか~」
「冗談言ってはいけませんよ」
 両者とも口で負けてはいない。だが、最初に仕掛けたのは依姫である。故に次に動く者は決まっていた。
「次は私の番ですわぁ~」
 そう言って幽々子は自前の扇を依姫の前に翳す。
「【死符「ギャストリドリーム」】……」
 あくまでのったりとした口調で、だがそれでいてどこか力強くスペル名を幽々子は宣言した。
 すると、幽々子の頭巾の中央に描かれた模様に次々と霊気が集まっていったのだ。
 それを見た勇美はすかさず指摘した。
「即ち、ドリームキャストって事ですね、幽々子さん♪」
「ご名答、基本ですわよね勇美ちゃ~ん♪」
「……何よ、この不毛なやり取り」
 おバカさん二人の仕様もない波長の合いっぷりに頭を抱える依姫。
 ──本当にこの場にお姉様がいなくて良かった。あの人がいたら話は更にややこしくなっていただろうから。
 気を取り直して依姫は再び相手を見やる。
 気付けば霊気の奔流はみるみるうちに増幅していたのだ。
 そしてひとしきり霊気が集まると幽々子は言ってのけた。
「発射~」
 ──気の抜けた号令を掛ける『艦長』もいたものだ、そう依姫は心の中で突っ込みを入れた。
 だが油断はしなかった。何故なら禍々しくも美しい霊気の流動は幽々子から打ち出されて、今にも依姫に差し迫らんとしていたからだ。
 しかし、依姫は慌ててはいなかった。このような危機的状況は今まで何度も味わったからだ。
 そして、依姫は迷う事なく刀を自らの前方に突き出して構えた。
 まるで、それに吸い込まれるかのように霊気の砲撃は突っ込んで行ったのだった。
「あらあ~やりますわねぇ~」
 そう幽々子は変わらないような態度で言うが、内心は些か焦りを覚えていた。彼女が『生物』であったら、きっと冷や汗をかいていた事であろう。
 そして、依姫はそんな幽々子の内なる心に追い打ちを掛けるかのように、この状況でスペル宣言をした。
「【霊炎「夢幻の焔の魂」】……」
 すると幽々子の放った霊気が依姫の繰り出した愛宕様の火と混じり合い、彼女の持つ刀に纏わり付いているではないか。
 その炎の色は本来燃やしてはいけない化学物質に火を付けたかのように禍々しいものであった。
 そして依姫はその不気味な炎を刀身に纏ったまま、一気に幽々子目掛けて振り下ろしたのだった。
 すると幽々子は炎に包まれて妖しいくもあるが美しく燃え上がった。
 直撃である。これにはさすがの幽々子とて無事では済まないだろう。
 依姫がそう思っていると、炎は一際盛大に燃え盛ると嘘のように鎮火したのだった。
 そして、その場には……何も残っていなかったのだ。
 そう、何も。
「……」
 依姫は無言となる。これは弾幕ごっこであり、断じて本物の殺し合いなどではない。
 依姫自身、そのルールに抜かりなく従っているつもりである。
 その一方で、弾幕ごっこで死者が出る事はない訳ではない。不慮の事故として起こり得るのだ。
 だが、依姫は冷静であった。自分が行う弾幕ごっこで亡くなる者を出さない自信があったし、第一……。
「……貴方、スペル発動の為に出してる霊力を隠せていないわよ」
「あら~、バレてしまいましたか~」
 依姫の指摘に、何処からともなく返す幽々子。
「これじゃあサプライズにはなりませんね~。仕方ありませんね。【再迷「幻想郷の黄泉還り」】」
 宣言後、プチプチと妙な音を立てて地面から何かが形成されていった。
 それこそが先程から姿を見せていなかった幽々子であった。まるでパズルのピースを一つ一つ埋め込むかのように幽々子の姿が再構築されていった。
 このスペルは幽々子の再生手段だったようだ。彼女は完全復活を遂げたのだった。
「見事な復活劇ね」
「お気に召していただいたようで何よりですわ~」
「ええ、さすがに自分の霊気をぶつけられて消滅なんてされては拍子抜けですからね」
 軽口を叩き合う二人。だが依姫は流れが現在幽々子に傾いている事を実感していた。
 攻撃を仕掛けてものらりくらりとかわされてしまう。さすがは亡霊だと。
 だが、依姫は慌ててはいなかった。──それでこそ、かつて自分達を出し抜いた者だと。
 そして思う。今流れが相手にあるのなら、自分に引き寄せてしまえばいいと。依姫は次なる神降ろしを行った。
「天照大神よ、この黄泉の迷い人の退路を断ちたまえ!」
 続いてスペル宣言をする。
「【照冥「あの世すら照らす導きの光」】!」
 その瞬間、辺りは優しい包み込むような朝日のような光に覆われたのだ、──今が夜であるにも関わらず。
「……」
 そして、幽々子は気付く。自分の身がいささか重く地に縫い付けられかのような感触に。
「気付いたようね。勝手ながら、貴方のフィールドでの戦いは取り止めさせてもらいましたよ」
「これは参りましたわ……」
 幽々子はいつもの飄々とした態度を、この時ばかりは崩していた。
 自分が亡霊らしく掴み所なく振る舞えないのだ、無理はないだろう。
 だが、幽々子は取り乱してはいなかった。意を決すると、普段からは考えられないような意志の強さの宿った瞳で依姫を見据えたのだった。
「【蝶符「鳳蝶紋の死槍」】……」
 その宣言により、幽々子の右手に『ゴーストバタフライ』で見せた時と同じ蝶が次々に集まっていった。
 そして一頻り集まると光に包まれ、溶けたチョコレートのように形を変えていったのだ。
 その蝶の変態が終わると、幽々子の手には立派な槍が握られていたのだった。
 レミリアのそれは、正に悪魔のように禍々しい物であったが、幽々子のは桜のように優雅であったのだ。
 それを着物を着ながら携えている為、薙刀を持ち勇敢に戦う昔の女性を彷彿とさせるものがあった。
「感心するわ、貴方も槍が使えるのね」
「ええ、でも知っての通り得意分野ではないから、余り期待しないでね」
 幽々子らしくなく謙遜しながら言うと、彼女はいよいよ意を決して槍を構えて依姫に一思いに振り下ろしたのだった。
 それを依姫は難なく刀で受け止める。ガキンという小気味良い音と共に火花が舞う。
 攻撃を防がれた幽々子は、ふわりと宙を舞って依姫と距離を置いた。
 どうやら幽々子は亡霊としての特性は封じられても、その柔軟さは失われはしないようだ。
「幽々子様、素敵です……」
 それを見ていた妖夢は思わず呟いた。普段余り……と言うか滅多に見ない主の姿だったからであろう。
 普段からこれ位凛々しかったら良いのに。いつもだらしなくて人使いが荒くて私は困っていて……そこまで妖夢は思い、考える事を止めた。
「感心、貴方は荒事もこなせるのね」
「本当は面倒だから余りしたくはないのですけれどね、今はそうも言っていられない訳だし……」
 依姫は幽々子と余裕を見せながら会話するが、先程の槍捌きと動きを見て内心意表を突かれていた。
 これが『肉体が存在しない』という非現実的な存在が成せる業かと。依姫も寿命から逃れた地で育った訳であるが、それでも自分を構成するのは『肉体』という物体なのである。
 故にまともにやり合っては分が悪いというものであろう。
 そこで依姫は『ずる』をする事とした。
「天宇受売命よ、我と共ににこの亡霊の舞者と存分に踊ろうぞ」
 そう言って依姫は天宇受売命の力をその身に降ろし、宣言する。
踊符「最古の巫女の舞踏」
 すると、依姫の身体が眩く輝き始めた。これで彼女は舞いの女神の力を授かり、洗練された身のこなしをする事が出来るようになったのだ。
「そのスペルは攻撃をかわしやすくする為ではないのかしら~♪」
 対して幽々子は暢気な口調で指摘した。そして、その指摘は実に的確なものであったのだ。
 何故なら、このスペルは幽々子の指摘通り、回避という防御一辺倒のものなのだ。
 だから、幾らかわす事に身を置いても、亡霊らしく振舞う幽々子には肝心の攻撃を当てる事は出来ないのである。
 だが、依姫はそれで終わらせるつもりはなかった。
「誰が天宇受売命の力『だけ』を借りると言いましたか?」
 口角を吊り上げながら依姫はその言葉を紡いだ。
「?」
 そう言われて、幽々子は思わず首を傾げてしまう。これで終わりではなかったのか。
「まあ見ていなさい。続いて祇園様よ、我にその膂力を分け与え賜え!」
 そして依姫は第二の神の力をその身に降ろしたのだった。
 先程天宇受売命を降ろした時から身体から放っている白い光に、今度は赤い光が混ざり、紅白の大理石模様のように変貌した。
「まあ綺麗。でも、綺麗なだけじゃあいけないわよ~」
「私がそのような失礼な事はしませんよ」
 依姫が得意気に言ってのけた。それは幽々子に対してのみならず、自らが今降ろしている二柱の神々に対してにも向けたものであった。
 そう、これから依姫は神に対して無礼のないように抜かりなく戦わなければいけないのだ。
 二柱の神を降ろした依姫は宣言する。
「【神刀「剣の舞い」】……」
 静かな依姫の宣言の後、辺りは水を打ったように静まりかえった。これは平穏が訪れたからではない。正に『嵐の前の静けさ』なのである。
 そして、嵐は巻き起こったのだ。依姫は神の宿った身体のバネの力で一気に幽々子目掛けて踏み込み、距離を詰めた。
 その勢いに乗ったまま、彼女は居合いの要領で刀を抜き放つと幽々子にそれを振り抜く。
 それは一瞬の事であったので、さすがの幽々子も掴み所のない動きで対抗する事が出来なかったのだ。
 だが、辛うじて手に持った槍で依姫の攻撃を受け止める事は出来たのだ。ガキィンとけたたましい金属音が辺りに響く。
 それに続いて、幽々子の持ち手には激しい振動が走ったのだった。幾ら肉体を持たない幽々子と言えど、その衝撃の体感は半端なものではなかったようだ。
「くぅ……っ」
 普段からの振る舞いらしくない、苦悶の声を漏らす幽々子。
 だが、幽々子とて易々と相手の攻めを許そうとは思わなかったのだ。彼女はその衝撃の勢いをそのまま利用する形で、後方へと距離を取った。
「ふう、驚きましたわぁ~。でも、そう簡単には好きにはさせませんよ~」
 生物だったら汗を掻いているような状況の中でも、幽々子は務めて余裕に振舞って見せた。
 だが、この場は依姫の方に分があるようであった。
「甘いですよ」
 言うと、依姫の普段から赤い瞳が更に禍々しく真紅に輝き、幽々子をその眼光で見据えた。
「!」
 それにはさすがの幽々子も戦慄を覚えたのだ。彼女に霊体であっても分かる程のピリピリとした空気が幽々子の肌を襲った。
 だが、彼女は尚も余裕さを振舞って見せる。
「威圧だけでは意味がありませんよ~」
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
 対して依姫は目を仰々しく見開くと、再び身体を踏み込み、幽々子に肉薄した。
 そして再度振り下ろされる依姫の刀。だが幽々子も負けじと槍を構えて攻撃を相殺する。
 またも激しい金属音と共に、刀と槍の間に火花が舞い散った。
 その鍛冶でも行っているかのような光景に幽々子はどぎまぎしつつも、再びその勢いを利用して後方へ下がり距離を取ろうとする。
 その事を察した依姫から、彼女らしからぬ無慈悲な言葉が吐き出される。
「無駄ですよ……」
 羅刹の如き獰猛な笑みを浮かべ、依姫はその場で刀を槍から離すと、再び攻撃を加えた。
 それも幽々子は槍で受け止める。いや、『受け止めるのがやっと』という状況に陥ってしまった。
 その間にも、依姫は剣戟を三度、四度と次々に繰り出していったのだ。
 それに対して幽々子は成す術がなくなってしまったのだ。
 まさに、依姫が今降ろしている二柱の神の効能にあった。言うなれば、『力の祇園様』と『技の天宇受売命』となるだろう。
 鬼神の如き猛攻で依姫は幽々子を追い詰めていった。そして……とうとう幽々子の手から槍が弾かれ、宙を舞って地面へと突き刺さってしまったのだった。 
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