MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第31話 白の侍と黒の機士:後編
「何勘違いしているんだ? まだ私の機関銃攻撃は終了してないわよ?」
そんな事を言う勇美に対して、いや、別に勘違いしていたりしてはいないと妖夢は思った。と言うか、私はどこぞの虫野郎なのかと。
取り敢えず、勇美の攻撃は続行される、その事は明白となったのだ。
「続きいくよ~! ドロー! 機関銃!」
遂に攻撃が再開されたかと妖夢は覚悟を決めた。しかし、まずその狂戦士な発想から離れなさいと彼女は突っ込みを入れた。
次々に放出された鉄の群体。そしてそれが妖夢へと再び襲いかかっていった。
このまま攻撃を食らえば先程の二の舞だろう。だが妖夢とてそのような二の足をむざむざ踏むつもりはなかったのだった。
そして彼女はおもむろに新たなスペルを宣言する。
「【魂符「幽明の苦輪」】……」
静かにスペル名を呟く妖夢。そんな彼女に対して機弾は容赦なく突撃していった。
次々に妖夢に降り注ぐ銃弾。そして辺りは激しい閃光に包まれたのだった。
これで妖夢を追い詰めただろう。そう勇美は思ったのだったが。
「え……?」
閃光が収まると妖夢は案の定銃弾と格闘していた。
それだけなら別におかしくはない事である。問題だったのは。
「妖夢さんが二人……?」
そう、白髪の少女剣士が、その場に二人いる状態で銃弾を切り落としていたのである。
これが妖夢の幽明の苦輪の力である。彼女の半霊を実体化させて分身のように操る術だったのだ。
一人では銃弾を捌き切れないなら、二人で行えばいい。それは単純故に効果覿面な戦法であった。
そして、敢えなく機関銃の弾は全て彼女『達』に処理されてしまったのだった。
それも『全て』。一つ位は着弾していて欲しいという勇美の儚い願いは脆くも崩れ去ってしまったようだ。
「……どうやらこの攻撃方法はもう通用しないみたいですね」
そう言って勇美は自分の相棒の武器を、機関銃の形態から解放した。
「そうですよ。ですが安心して下さい。この幽明の苦輪とて、継続的に使う事は出来ないのですから」
対する妖夢もスペルの効果を解放して、自分の現し身を元の半霊へと還す。
これで勝負は振り出しに戻った。妖夢は機関銃によるダメージを受けて、体力的にも互角となったようだ。
ここでこのまま勝負を平行線で続けても埒が明かないと妖夢は考えた。そこで彼女は打つ手を変える事にした。
そして、突如妖夢の体を目映い光が包み込んだ。
(?)
その様子を訝ったのは、端から見ていた幽々子であった。妖夢の事をこの場に居合わせる者の中で一番良く知る彼女が首を傾げるという事は今まで誰も見たものでないという訳だろう。
「一体何が起こるんですか……?」
そして一番警戒するのは、当然妖夢と相対している勇美であった。油断する事なく彼女は身構える。
「何はともあれ、攻撃に備えないとね」
そこで勇美は再び『神機』を起動させるべく心の中で神に呼び掛けた。その神は先程と同じ、金山彦であった。
呼び掛けが終わると、勇美の目の前に大きな盾を備え付けたかのような車体が形成されていった。
「【装甲「シールドパンツァー」】……」
それが勇美が打ち出した防衛手段の名称であった。
見るからに頑丈そうな車体である。これさえあれば並大抵の攻撃なら受け止められるだろう。
そして、対峙していた妖夢から放たれていた光は収まったようだ。
──来る。そう勇美は確信して相手を見据えた。
だが、今の自分には強固なバリケードが存在している。そう簡単には攻撃を通す事はないだろう。
「いざっ!」
刹那、妖夢が脚のバネの力で跳躍し、一気に宙を舞いながら勇美へと距離を詰めてきた。
そこから妖夢は楼観剣と白楼剣を上空で鞘から一気に抜き放った。
するとその刀身は眩く輝いていたのだ。そう、先程妖夢自身から放たれていた閃光を一身に集めたかのようであった。
「【眩符「陰陽双剣」】ッ!!」
勇ましく妖夢がスペル宣言すると共に、その光の双剣が同時に勇美目掛けて振り下ろされた。
「来ましたか! でも今のマッくんなら全ての攻撃を受け止めて見せますよ!」
勇美も負けじと自らの相棒を妖夢の前に繰り出し、防御態勢を取る。
そして、剣をその鋼の盾で貪欲にかぶりつくかのようにその身で受け止めた。
すると、激しい閃光とけたたましい金属音が辺りに振りまかれたのだ。
「くぅぅっ……!」
その凄まじい光景と圧力に思わず唸る勇美。だが、彼女の繰り出した装甲の方は見事に妖夢の攻撃を防ぎきっていた。
「さすがは金属の神様の力ですね……っ!」
妖夢はやや表情を歪めながら呻くように呟いた。
「まあ、私の自慢の盾ですけどね。今考えたスペルですけど」
対する勇美も余裕がないながらも軽口を叩いて見せる。
だが、それは空元気になる事となる。攻撃を受け止められながら、妖夢は淡々と呟いた。
「……【剛剣「烈剛陰陽剣」】」
その宣言と共に、妖夢は白楼剣を鞘に仕舞うと、楼観剣のみを両手に持った。
すると、楼観剣は一際鋭く光り輝いたのだ。まるで、先程の白楼剣の分の光をその身に加えたかのようであった。
そして、妖夢は楼観剣を振り下ろす。けたたましい金属音がマックスからほとばしる。幸いマックスの機体は無事だったようだ。
「これなら……」
顔に冷や汗をかきつつも安堵の言葉を漏らす勇美。
だが、攻撃はこれだけでは終わらなかったのだ。妖夢は振り下ろした楼観剣を返す刀で再び振り抜いたのだ。
そして、振り抜いては刀の向きを変えて再び振り抜く。その継続的な攻撃を妖夢は淡々とやってのけていったのだった。
その動きは正確無比であった。さすがは生真面目な妖夢の性格が出ていると言えよう。
その動きに続くように剣から漏れる光の奔流が妖夢と勇美の周りを舞った。その光景は、さながら計算され尽くされたイルミネーションのような流麗さがあったのだった。
そして、一頻り攻撃を加えた妖夢はそこで身を引いたのだった。
「諦めてくれましたか……?」
激しい猛攻を耐えていた勇美。妖夢が引いた事により自分が守り切ったと思い安堵の言葉を漏らした。
「いいえ、もう『終わりました』から」
「!?」
妖夢が意味深な台詞を呟くのを聞いて勇美は辺りに注意を巡らせるとハッとなってしまった。
──見れば鋼の装甲には大きく五芒星の切り傷が刻み込まれていたのだ。
そしてそれだけでは終わらず、その傷が激しく閃光を振りまくと、みるみる内に機体にヒビが入っていった。そこからも光が壊れた蛇口から出る水のように止めどなく漏れ出し始めた。
やがてヒビと光の漏洩は機体の全身に及び──木っ端微塵に爆散してしまったのだった。それはまるで寿命を迎えた巨木が倒れるかのように一瞬の事であった。
「マッくん! ……ぐっ!」
装甲となって自分を護ってくれた相棒の最期に対して悲壮な気持ちに浸る間もなく、自分の分身が破壊されたダメージのフィードバックが勇美を襲った。
それにより今までの戦いでのダメージの蓄積もあり、勇美は短い着物から除く生足で地面に立て膝をついてしまった。
「はあ……はあ……。守り切れると思ったのに……」
悔しさと肉体の疲弊により息を荒げながら、勇美は忌々しげに妖夢を見据えながら漏らした。
「どうですか? 妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなどあんまりないんですよ!」
そして、妖夢のお得意の言い回しをここで決めたのだった。
だが、今回妖夢とてそう簡単にはいかないだろうと感じていたのだ。神の力を巧みに操って練り上げられた鉄壁は易々とは切り崩せないだろうと。
しかし、彼女とて自分の掲げる言葉にはポリシーというものがあった。故に楽な仕事ではないが、達成しようという意気込みがあったのだ。
そして、妖夢はそれを成し遂げたのだ。見事な『有言実行』である。
「やっぱり、妖夢をあの子と戦わせたのは正解だったみたいねぇ~」
一方で、二人の戦いを見守っていた幽々子はそうのたまった。一見のほほんとしているようで、どこか重みの感じる口調で呟いたのだった。
「さて、今回の妖夢は強いわよ~♪ 勇美ちゃん、どうするつもりなのかしらね~」
そして幽々子は再び、この目の離せない催し物に見やるのであった。
◇ ◇ ◇
興に乗って来た妖夢。ここで彼女は勝負に出ようとする。
「このまま流れに乗らさせてもらいますよ、勇美さん!」
と、妖夢は無慈悲に自分の意気込みを相手にぶつけた。
その情け容赦なさは武士道に反するかも知れない。
だが、勝負とは非情なものなのだ。ここぞという時に情に捕らえられてしまっては、勝てる勝負も勝てないのである。
その妖夢の宣告を聞きながら、勇美は覚束ない足取りでその身を起こした。
「勇美さん、悪く思わないで下さいね」
「ええ、遠慮する必要はありませんよ」
流暢な物言いで妖夢に返す勇美。だが、その言葉とは裏腹に彼女は満身創痍であった。
「では、いざ尋常に!」
そう言って、妖夢は新たなスペルカードを取り出し宣言した。
「【樹符「天空之塔」】!!」
その宣言を終えると、妖夢は楼観剣をスペルに含まれる文字が示すかのように、天に向けて掲げたのだ。
すると、刀に光の粒が集約していき再び刀身は極光に包まれた。
芸がないかも知れない。そう思われるかに見えたが、実際は違った。──光を纏った刀がロケット花火のそれを大規模にしたかのようなエネルギーの放出を始めたからだ。
そして、みるみる内に高度を上げていったのだった。
気が付けば、その光の束は空高くそびえ立っていた。それはまさに『塔』であった。
「凄い……」
そう勇美は呟く。自分自身の絶体絶命の危機だというのに、ただただ感心するしかない程であったのだ。
「どうですか、天空の塔は?」
そう言ってのけた後、妖夢は流暢にこのスペル誕生の経緯を説明し始めた。
──それは、自分が庭師を務める最中に思い立ったという事だ。
彼女は白玉楼の庭の木の手入れを楼観剣で行っていたのだ。そしてそれは冥界に存在する木々なのである。
つまり、冥界の霊力を蓄えた木々から長い時間を掛けて楼観剣に力を分け与えて貰う形となっていたのだった。
長い時間を掛けた蓄積の賜物。それが今妖夢が繰り出そうとしている『天空之塔』であった。
そして、ますますその存在感を膨れ上がらせていく光の塔。この攻撃をまともに食らえば勇美はひとたまりもないだろう。
だが、勇美はそう簡単には攻撃を許す気は当然なかったのである。
(でも、どうしたら……)
それが問題であった。この妖夢の渾身の一撃の回避は困難であろう。
(仕方ない……)
そこで勇美は腹を括る事にしたのだ。この試みははっきり言って邪道であるし、第一成功する保証は全くないのであるが。
しかし、勇美にはもう『これ』しか方法は残されていなかったのだ。それに彼女は賭ける事にしたのだ。
そして勇美はおもむろに口を開く。
「ところで妖夢さん」
「何でしょうか?」
突然勇美に話しかけられて、妖夢は首を傾げる。
だが、それは両手に光の塔を携えながらの事である。その状態で受け答えする妖夢の表情は固くなっていた。
──これは狙い通りかも知れない。勇美は自分の読みがいい方向性を突いていると感じ始めた。後は……、一押しするだけである。
「妖夢さんって二刀流剣士ですよね、つまり両刀使いですよね」
「……それがどうかしましたか?」
この状況で唐突な質問に妖夢は訝る。だがこれは序の口であった。
「両刀使いなのは『あっち』の方も何ですかぁ~♪」
「何言って……!」
勇美の言わんとする事の要点が読めずに頭に疑問符を浮かべる妖夢であったが、どうやら『気付いて』しまったようだ。──出来れば気付きたくない事であったが。
話がふしだらな方向に向かった事を認識してしまった妖夢は、そこで一瞬取り乱してしまった。
だが妖夢とて歴戦の剣士。その心の乱れは一瞬であった。しかし、その一瞬の間に隙が出来ていて、光の塔を持つ手に多少のブレが出来てしまっていたのだ。
それを勇美は逃しはしなかった。いや、彼女がこの隙を人為的に呼び込んだのである。
「今だ!」
勇美は弾かれるようにそう叫ぶと、瞬時に神に呼び掛けを行った。
呼び込んだのはまず「愛宕様」であった。
そして目には目を、冥界の者には冥界の者と言う事だろうか、次に呼び込んだのは冥界の神である「ハデス」であった。
その二柱の神を核として、勇美は新たな機神を生成し始めた。
徐々にその外観を現していく機神。そして露わになったのは、黄土色で表面に凹凸の多い楕円形に悪魔のような目と口の形に掘られた穴がある物……。
それは、ジャック・オー・ランタンそのものであった。
その目と口の中から怪しく赤と橙の中間のような光が漏れる。
そして勇美はスペル宣言をした。
「【乱射「覇王の勝利を撃ち抜く弾」】!!」
宣言に続いて、機械仕掛けのカボチャの口が一層不気味に光ると、そこから禍々しい色の光の弾丸が無数に発射されていったのだ。
その攻撃は妖夢ならば十分に対処出来るものであった。──普段の彼女であったなら。
しかし、知っての通り、今の妖夢は大技を繰り出していた最中だったのだ。今からでは防御に移る事は出来ないだろう。
これは即ち、駆け引きに勇美が『勝利』したという事であった。
容赦なく弾丸は妖夢に全て着弾した。そしてそれだけでは終わりではなかった。
バランスを崩した妖夢は、その場でそのまま倒れてしまったのだ……エネルギーの塔を掲げたまま。
そして、塔は崩落し。妖夢は自ら築き上げた建造物の瓦解に巻き込まれてしまったのだった。
「くぅああああっ!!」
悲鳴と共に光の奔流に飲み込まれる妖夢。すると彼女は爆発に包まれてしまった。
◇ ◇ ◇
「幽々子様、申し訳ありませんでした。私の修行不足です」
試合が終わり、妖夢ボロボロになりながら自らの主に自分が貢献出来なかった事を詫びた。
この台詞からも察する事が出来るように、結論から言えば勝負は勇美の勝利であったのだ。
「いいえ、妖夢はちゃんと修行しているわよ。ただ、ちょっと真面目で純粋すぎるだけよ~」
と、幽々子はいつものほわほわとした振る舞いで妖夢に労いと導きの言葉を掛けた。
そして、妖夢はその言葉を聞いて薄々感じ取った。──何故幽々子が自分を勇美と戦わせたのかを。
勝負は必ずしも正々堂々だけが決め手ではない、その事を妖夢は学ぶのだった。
一方、勝者である勇美の方は……。
「う~ん」
勝ったにも関わらず唸っていた。
「どうしたの、勇美? 貴方の勝ちなのよ」
そんな様子の勇美を依姫は窘める。
「そうなんですけど、今回自分でも思う程、姑息な手段で勝ったなぁ~って……」
「それなら、これからは真っ向勝負で勝てるように精進すればいいのよ。この勝負は勝ちは勝ちと受け止めておきなさい」
ため息をつきながらぼやく勇美に、依姫は諭すように言った。そして彼女は続ける。
「でも、今の貴方、そこまで落ち込んでいるようには見えないわよ」
「あ、分かりますか?」
そこで勇美は表情が明るくなった。
「そうなんですよ、不思議と嫌な気分は余りしないんですね。これも私が悪として箔が付いてきたって事なんでしょうか?」
「私には分からないわ。それは貴方自身が決める事よ」
依姫はいつものようにやや突き放す姿勢で言った。それが彼女が周りの者達が自ら成長していくのを後押しするためのやり方だからである。
その一方で依姫は勇美に感心していた。彼女は自分らしさと誇りをどんどん身に付けていっていると。
母親の教育により自分の自信の芽を踏みにじられて育ってきた勇美。だが、依姫の元で精進し、幻想郷の者達と関わる事で『解毒』が行われて順調に成長していっているようだ。
これからが楽しみであろう。依姫はそう期待するが、勇美自身にもプラスになっているようであるのだった。
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