MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第33話 桜対戦:後編
依姫と幽々子の刀と槍の打ち合いで、遂に幽々子の槍が退けられる事となった。
そこには丸腰になってしまった幽々子がいた。端から見れば刀を持った人が、艶やかな着物を着た姫を追い詰めているというえげつないものであった。
幸い、そこで依姫の『神剣』の有効時間が切れたようであった。
この二柱を同時に降ろすのは、依姫にとっても多少無理をする行為なのだった。片方一柱づつなら無理なく長時間使役出来るのであるが、同時となるとその負担も大きいのだ。
──電池で例えるなら『直列繋ぎ』を思い出してもらえればいいだろうか。
「祇園様、天宇受売命、ありがとうございました……どうやら効き目はここまでのようですね」
先程まで修羅の形相であった依姫は、ここで普段の落ち着き払った表情になっていた。
「さて、どうしますか? これ以上続けたら、お互いどうなるか分かりませんよ」
と、依姫は挑発とも忠告とも取れる言い回しで幽々子に言った。
それを聞いて幽々子は複雑な気分となる。
──自分は目の前の依姫や、従者たる妖夢といった、所謂『侍』と呼ばれる人種とは根本的に違うのだ。故に荒事には余り精通していないのだ。
だから、武士道というものは持ち合わせてはおらず、正直言うと勝負に命を掛ける者達の心情は完全には理解出来ないのである。
しかし……。
(ここで止めちゃったら、何かいけない気がするのよねぇ……)
そう幽々子は心の中で呟いた。勝負には拘らない自分であるが、ここですんなり身を引いては何かが『違う』気がするのだった。
それが何かは、具体的に幽々子には分からなかった。もしかしたら、生前に自害した自分自身の事が関係しているのかも知れない。それは『命』を途中で放棄してしまったのだからだろうか。
幽々子自身は自分の生前の事は忘れている。しかし、潜在意識には多少影響しているようであった。
その引っ掛かりの理由を探るような心持で、幽々子の考え方は決まったようだ。
「いえ、このままやらせてもらいますわ」
そう言い切った幽々子の表情は普段らしからぬ、凛々しいものであった。
「そうですか、では続けましょう」
対する依姫も、その言葉を聞いてどこか安心したかのようだった。
寿命から逃れ、不老を貪る事となった月人でありながら『死』という概念を真剣に見据えながら生きてきた依姫。
そして、生前自身の能力が『死を操る』ものになった事に苦悩し自害し、その記憶は亡霊となった現在失われながらも潜在意識に残っている幽々子。
この二人、方向性は違えど『死』と深く関わる事で桜のような儚さとわびさびをその心に携えるようになった似たもの同士とも取れるのである。
その共通のものを持った二人が心行くまで弾幕ごっこを堪能する事になったのが互いに心躍らせる訳となったようだ。
それは、冷徹に見えながらも笑みを浮かべる依姫と、普段どおりのほわほわした微笑を向ける幽々子の様子が物語っているかのようだ。
二人の意は決したようだ。だが、ここで幽々子が提案を打ち出すべく口を開く。
「でも、このままの調子で続けたら、私の分が悪いですからね~。ここは奥の手を使う事を許してはくれませんか~?」
「奥の手ですか?」
依姫はその幽々子の言葉に首を傾げた。彼女にはこの状況を打破する秘策が何かあるというのだろうか?
何か得体の知れないものを感じる。普通の戦いでは易々とそれを許してはいけないだろう。
例を挙げると、第二形態のセルとの戦いに退屈したばかりに、彼に敢えて完全体になるチャンスを与え、結果として形勢逆転されて痛い目を見たベジータだろうか。
故に殺し合いのような正真正銘の戦いで、そのような余裕を見せる事はタブーであろう。
だが、これは『弾幕ごっこ』なのである。美しさを競い合い、楽しみ楽しませてなんぼの勝負なのである。
元より月でも互いに楽しみ尽くす為に依姫は魔理沙やレミリアに実力を最大限に発揮させる機会を与えているのだ。
だから、依姫の答えはすぐに決まったようであった。
「分かりました。貴方の『奥の手』、しかと見届けさせて頂きますよ」
笑みを浮かべながら依姫はそう答えを示したのだった。
「有難い答えですわ。では行きますよ」
そして幽々子は懐から新しいスペルカードを取り出して宣言する。
「【越符「ユグドラシルドリップス」】」
「『ユグドラシル』ですか……」
その用語は依姫にも聞き覚えがあった。地上の全ての地域の神の力を借りる為に世界各地の神話の内容を調べ尽くしたのだから。
──確かそれは北欧神話における『世界樹』。正に樹木で世界一の規模の体躯を誇る大樹の事だ。
幽々子は妖怪桜『西行妖』の下に自分の死体を埋められている存在である。故に彼女の亡霊としての力の源は西行妖にあるのだ。
その事を幽々子は知らない筈である。しかし、西行妖の妖力か、何かの因果が幽々子にその名付けを行わせているのかも知れない。
閑話休題。幽々子のその世界樹の名を冠したスペルの発動により、空に霊気が集まっていったのだ。
そして、その規模も膨大であった。何せ辺りの空一面を覆い尽くしてしまったのだから。
「……」
依姫は無言でそれを見ていた。表情には出していないが、正直な所驚いているようだ。
「一体何が起こるんですか……。──妖夢さんは知っていますか?」
その様子を見ていた勇美はそわそわしながら妖夢に聞いた。
「いいえ、私も初めて見るスペルです。何が起こるか分かりませんよ」
落ち着かない心境なのは、幽々子の従者たる妖夢も同じ事のようであった。
今やすっぽりと空を覆った幽々子の霊気。その様子を確認した彼女は扇子を優雅に翳すと言ってのけた。
「発射ぁ~」
だが、いささか気の抜けた号令であった。それを観戦していた者達は全員脱力してしまったのだった。
「幽々子様、何ですかその合図は……」
「はい、こんな事言うのは失礼ですけど、気が抜けちゃいますよね」
そう突っ込みを入れながら勇美は「幽々子さんって、酸の抜けたコーラみたいな人だな~」と思っていた。
だが、号令は温くても、攻撃の方は違っていたようであった。
幽々子の合図を受けて、空に溜まっていた霊気から玉状の小さなエネルギーが打ち出されたのだ。
だが問題はその量であったのだ。一つや二つではなく連続して大量に放たれたのだから。
依姫はそれを問題なくかわす。
この調子で順調に回避していける。そう思われていた。しかし。
幽々子による空からの砲撃は尚も続いていった。その度に依姫は攻撃をかわし、地面に着弾した雫は小規模の爆発を起こして地面を抉る。
その流れのサイクルが何度も繰り返されたのだ。さすがの依姫とて疲弊していった。
「……これではキリがないわね」
やや愚痴るかのように溢す依姫。地道な行為をコツコツこなす事が得意な彼女とて、これでは埒が明かないというものである。
積み重ねは依姫の十八番である。だが、堅実さだけが勝負の全てではないのだ。
そう、先程の勇美の戦い方からも依姫は学んでいたのだ。
依姫ほど修練を積んだ者は、基本的に教える側になるであろう。
だが、経験を積んだとはいえ、『全てを知った』訳ではないのだ。
だから、教える者に対してから逆に学ぶ事も時にはあるのである。
その事を今の依姫は実践しようとしていた。
(さて、どうしたものか)
依姫は思った。やはり神降ろしの力を携えた自分には選択肢が多いのだ。
贅沢な悩みと言えるかも知れない。だが依姫はその事実を甘んじて受ける事としたのだ。余裕のある者は余裕のある者なりの奮闘というものがあると。
(あれでいきますか)
そして、依姫は贅沢な思考を終えて意を決したようだ。
その間にも幽々子の砲撃は続いていた。依姫はそれを掻い潜りながら考えていた訳であった。
「どうしたのかしら~、反撃はしないんですか~?」
幽々子は相も変わらずまったりとのたまう。別段イライラしている様子はない。それが今の幽々子の良い所でもあるのだ。
「少し待って下さいね。神の力を借りられる私には色々な手段があるから、どれにしようか迷っているのですよ」
「あらまあ~。それはそれは」
やや挑発的な台詞に対しても幽々子は寛容な態度を見せる。それが彼女の強みなのだ。
幽々子とそんなやり取りをしながら、依姫は思った。たまにはこういう緩い掛け合いもいいものだと。
だが、それに対して幽々子の張る弾幕は申し分なく辛口なのだ。だから依姫はいつまでも考えていないで答えを出そうと思えるのだ。
そして依姫の答えは決まったようであった。
「『火雷神』よ!」
答えとなった神の名を唱える依姫。そしてその存在は彼女の力として取り込まれていく。
「【暴風「獅子の心の如き氾濫」】!!」
続いてスペル名を宣言する。
すると辺りがゴロゴロと地の底から響くかのような音に包まれたのだ。
続いて空からポツポツと何かが降り出した。と言ってもユグドラシルドリップスのエネルギーの雫ではなかった。
本物の雫、即ち雨であった。そうと分かった時には一気に空から降り注いで、激しく地面を打っていたのだった。
「ひゃあ~……」
堪らず幽々子は緩くも悲鳴をあげる。いくら自分は霊体とはいえ、こうも容赦なく豪雨を打ち付けられては堪えるというものだ。
そうこうしている内に豪雨は収まった。
それにより安堵する幽々子。だがその安心は見当外れになる事を彼女はまだ知らなかった。
雨雲が晴れた夜空は、気付けばユグドラシルドリップスのエネルギー体までもが吹き飛ばされていた。
「綺麗……」
そして見事なまでの星空が澄み渡っていたのだった。それに勇美は見入ってしまう。
「どうやら収まったみたいですねぇ~」
幽々子はそう判断すると余裕を取り戻しながらそう言った。
「どうでしたか? 火雷神の豪雨の味は?」
「ええ、凄く辛口でしたわ~」
依姫に問われて、幽々子は務めて余裕を見せる。しかしその実、内心は穏やかではなかったのだった。
なので、ここで腹を決める事とする。
「なので、私はもう一度奥の手を使わせてもらいますわ」
「!?」
その発言にさすがの依姫も驚いたようだ。先程の世界樹の名を冠した技だけが幽々子の奥の手ではなかったというのか。
だが、依姫の答えは決まっていた。
「構いませんよ、どうぞ見せて下さい」
自分に逃げ道を作らない。それが武士として、何より依姫自身の信条なのである。
「いい覚悟ですわね。では行きますよ」
そう言って幽々子は扇子を閉じたまま一振りするとスペル宣言をする。
「【妖炎「冥界の太陽」】♪」
その宣言と共に幽々子の持つ扇子の先に青白い炎が灯った。
そしてその炎が付いたまま彼女は扇子を指揮棒のように──はたまた世界中で有名になったファンタジー大作の杖のような要領で振り翳した。
「!?」
依姫は異変を察知すると、咄嗟に身を翻してその場から離れたのだ。
「あら~、あなたも霊夢みたいに勘がいいのね~」
そう幽々子が言った瞬間であった。先程まで依姫がいた辺りが一面、火事のような大火に包まれたのであった。
それも普通の赤と橙の中間ではなく、幽々子の杖代わりの扇子に灯るものと同じ蒼白な炎である。その光景は禍々しくも美しくあった。
「……随分と洒落た事が出来るのね」
「お褒めにあがり光栄ですわ~」
軽口をかわす二人であったが、その心境は互いに穏やかなものではなかった。
依姫は幽々子が隠していた力に驚いていたし、幽々子はこの力を使うまでに追い込まれていて焦りを覚えていたのだ。
なので、幽々子は迷わずに第二波を繰り出すべく扇子を再度振り翳す。
それにより、依姫の周囲が再び業火に包まれる。今度は直撃したのだろうか。
だが、その火災現場から何かが勢いよく飛び出した。
そしてそれは勢いよく、それでいて着実に地面に降り立ったのだった。
藤色でポニーテールの髪に、最近地上で暮らすようになってからの巫女装束姿。──紛れもなく綿月依姫そのものである。
「……よくあれをかわせましたわね」
「この力のお陰よ」
そう言って依姫は自身が今しがた使った力の名称を口にする。
「【跳符「跳躍の舞踏」】……」
そして、依姫は天宇受売命と韋駄天の力を同時に使っての瞬時の跳躍である事を付け加えた。
「やりますね~。でもまぐれは何度も続きませんよ」
「まぐれではありません。この二柱の力のお陰です」
そう言いながらも、このまま回避に徹するのは得策ではないと依姫は考えを巡らせていた。
幽々子の冥界の太陽とやらで繰り出される炎の火力は半端ではないのだ。何より天宇受売命と韋駄天の二柱の力にいつまでも頼っている訳にはいかないのだ。
そこで、依姫は次の手を打つ事にした。
「火雷神よ!」
依姫は先程まで降ろしていた神に再び呼び掛ける。だが、今度はその使い方は異なる。
そう、月で咲夜に行った戦法と同じである。
「八柱の兄弟を携え、この亡霊の放つ炎とどちらが勝るか思い知らせよ!」
「面白いわね。力比べという訳ね!」
幽々子は柄にもなく、力強くそう言い切った。
そして二人は、『らしくなく』熱くなっていたのだ。互いに桜に通ずるような性質故に負けられないものを感じての事であろう。
「では行くわよ! 冥界の太陽!」
幽々子は三度扇子を振り翳し蒼き業火を吐き出す。それに対して依姫は宣言する。
「【番龍「ヤマタノドラゴン」】!!」
すると、依姫の前方に炎で出来た八つ首の大蛇が出現したのだ。
向こうが冥界の炎を繰り出すなら、こちらは地獄の炎を用意するまで。
そして蒼炎に向かって炎の龍は牙を向き、その長い首で飲み込むように突っ込んでいったのだった。
炎と炎がぶつかり合い、激しい爆風と熱が辺りを舞った。当然この状況を見ていた者達全ては一体どうなったのかを把握出来なくなっていた。
だがそれも永遠に続く訳ではなかった。徐々にエネルギーの嵐は収まっていったのだった。
そこには水色の着物の亡霊と赤い袴の神の依代が立っていた。
「くっ……」
そう言って片膝を付いたのは神の依代の方であった。
「依姫さん……!?」
その光景を見ていた勇美は思わず息を詰まらせた。まさかこの人が……?
その最中幽々子が口を開いた。
「いい勝負でしたわ。そして……」
そこで彼女は一息置き、そして言葉を続けた。
「勇美ちゃんだっけ……?」
「あ、はい」
突然話を自分に振られて、何事だろうと勇美は首を傾げる。
「安心しなさいな。この勝負……あなたのお師匠様の勝ちよ」
「えっ!?」
幽々子に言われて勇美がそう頭に疑問符を浮かべるのとほぼ同時……。
ポンッ! ポップコーンが弾けるような小気味良い音を出して──幽々子が煙に包まれてその場から掻き消えたのだった。
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