真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第96話 糾弾
北郷を討伐した私達は、彼の死体を麻袋に詰め、山を降りました。
私達が残した兵達と合流すると、その場で野営をすることにしました。
北郷から助け出した子供は山に放置する訳にもいかず、一緒に連れてきてます。
私はその子供のことを兵士の一人に任せると、真悠と風に声を掛け、私の陣幕に移動しました。
私は陣幕に入ると椅子に腰を掛け、立ったままの真悠と対面する形で向き合いました。
風は私の左隣に立っています。
「正宗様、何かご用でしょうか?」
口火を開いたのは真悠でした。
彼女は至って冷静な表情で私を見ています。
「お前を呼んだのは他でもない。私は北郷を殺す前、彼から興味深いことを聞いた。何だか分かるか?」
私は敢えて意味深な言い方をしました。
「興味深いことですか? 賊が語る事など、この私には皆目見当がつきません。北郷は何と言ったのです」
真悠は要領を得ない表情で私に言いました。
「北郷は『お前が自分を見逃した』と、言っていた。その上、北郷と行動を共にしていた逃亡兵を全員惨殺したとも言っていた」
「これが事実なら、無視することはできませんね~」
風は私の言葉を継ぎ、真悠を凝視すると、間延びした声で言いました。
「正宗様、賊如きの戯言に耳を貸されるのですか? 仮に、この私が北郷を逃がしたとしましょう。それで私に何の得があるのしょうか?」
真悠は表情を崩さず、淡々と応えました。
「そうですね~。真悠殿の仰ることには一理あるのです~」
風はアメを舐めながら真悠の言葉に同調しました。
「話はこれだけでしょうか?」
真悠は淡々と言いました。
「真悠殿、話は終わりではないのです」
風がアメを舐めるを止め、真悠を凝視しました。
「お前に得が無くとも、お前が誰かの指示で動いたというなら関係ないだろう」
私は風と同じく真悠を凝視しました。
「誰が賊如きの逃亡を手助する指示を出すというのです。北郷は自暴自棄になり、戯言を言っただけです。私は北郷討伐の責任者でしたから、彼は私を恨んでいたのでしょう」
「私の目は節穴ではない。真実を語っているか見極める位の目は持っている。お前の話をする時、北郷は怒りに内震えていた」
私は真悠の態度に苛立ちを覚えましたが、それを抑え言いました。
「それは私を陥れようとする演技ではないのですか?」
真悠は私の追求の言葉に面倒臭そうに言いました。
「お前は北郷がそんな手の込んだ真似をできる男と思っているのか?」
北郷があの緊迫した状況で、感情を制御して演技ができる訳がないと思います。
そんな計算高いことができる男なら、こんな事態にはならなかったでしょう。
真悠が北郷を逃がした証拠がないのは痛いです。
「北郷の人と也は知る由もありません」
真悠はきっぱりと言いました。
「あの時の北郷の態度が演技なら、彼が一時の感情で督郵を襲撃するなどなかった。私も彼との面識は多くはないが、これまでの彼の行動を見る限り、自分の思うままに行動していると思うぞ」
「そうですね~。私も正宗様のご意見に同意するのです。私は北郷という人物と直接の面識はないですが、正宗様が彼を説得している様子を私は遠目から拝見していました。その行動を見る限り、聞き及んでいる彼の経歴を加味しても、短慮な人間の域を脱しませんね。真悠殿のような人物ならいざ知らず、彼にそんな高尚な真似はできないでしょう」
風は私の言葉を援護するように言いました。
「風殿、何が言いたい」
真悠は苛立ちを覚えた表情で風に言いました。
「真悠殿、白を切るのもいい加減にしてはどうですか? 元々、不自然なのですよ~。逃亡兵は北郷に唆されたとはいえ、悪徳を働く督郵を襲撃するような気骨のある者達です。あなたが本気で説得すれば、全員とは言わずとも最低数人は大人しく投降するはずです。しかし、あなたは逃亡兵全員を皆殺しにした。そんな状況で最も戦闘能力の劣る北郷が逃げ切れる可能性など皆無です」
風は真悠の態度など気にせず、真悠の表情を凝視して言いました。
真悠は風の言葉にしばらく押し黙っていました。
「ふぅ……。正宗様、私が北郷を見逃したことをいつお気づきになったのです」
真悠は小さく溜息を吐くと口を開きました。
「確証があった訳ではない。お前の報告を受けた時だ」
私は真悠に短く言いました。
「だから、風殿をこの討伐に連れてきた訳ですか」
真悠は誰に言うでも無く、自問自答するように言いました。
私と風は真悠が話し始めるのを待ちました。
「正宗様のお見立て通りです」
「何故、逃亡兵を皆殺しにした?」
多分、口封じの為に言ったのでしょう。
「北郷を見逃す以上、それを知る者は生かしておける訳はありません」
真悠は予想通りの言葉を口にしました。
「北郷の右目を何故、抉り出した?」
「北郷の肩を押してやったのです」
「どういう意味だ?」
「屑を更に、最低の屑にしてやっただけです。正宗様、私が北郷と会った時、あの男は私に何と言ったと思います?」
真悠は北郷のことを口にすると、面白そうに私に質問してきました。
「お前と談笑するつもりはない」
私は厳しい視線を真悠に向けました。
「残念……」
真悠は本当に残念そうに言いました。
「北郷は私のことを下卑た視線で、私のことを犯してやると、言っていました。周囲を私の兵に囲まれているとも知らず。正宗様、滑稽でしょう。自分の命が風前の灯火であるにも関わらず、盛っているんだもの」
真悠は北郷のことを嘲笑しました。
「それとお前が右目を抉ったことと、どう関係がある」
「だから、屑を最低の屑にしたと言っています」
真悠は淡々と応えました。
彼女の余計な行為が北郷の凶行の一端に関係しているのでしょう。
「正宗様、北郷は私の行動が無くても、遅かれ早かれ、同じことをしていたと思います」
真悠は悪びれもせず、私に言いました。
「お前が北郷を見逃さなければ、被害者が出ることは無かっただろう!」
私は真悠の態度に激昂しました。
「正宗様、落ち着いてください。それより、あなたに北郷を見逃すように指示を出したのは誰ですか?」
風は私を制止すると、真悠へ質問しました。
「私に指示を出したのは揚羽姉上です。ですが、最初から、北郷を見逃すつもりはありませんでした」
真悠は私と風を見て言いました。
「回りくどいことを言うな」
私は真悠に厳しく言いました。
「私は揚羽姉上から、北郷がどうしようもない屑なら見逃せと指示を受けていました。彼を見逃したのは正真正銘の屑だったからです」
「揚羽様は何故そのような指示を出されたのです?」
風が真悠の言葉に反応して言いました。
「北郷が英雄の資質を持ち合わせていたら、生かして見逃したら正宗様の脅威になります。ですが、彼が屑なら程よく悪事を働いて、いずれ野垂れ死ぬのは目に見えています。そうなれば、正宗様は今後、賢明な判断をされる良い切っ掛けになります」
「揚羽がそう言ったのか?」
「ええ。正宗様が賢明な判断をなさるという下りは私の推測です。揚羽姉上はあまり想いを口にされる方ではないです」
真悠は両手をお手上げのような仕草をして言いました。
私は真悠の言葉を聞いて、動機が激しくなりました。
「お前と揚羽には罰を与える」
私は俯きながら、重い口を開きました。
「その前にお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「今回、正宗様は揚羽姉上に直接、北郷討伐の指示を出されたのですか?」
真悠は私に言いました。
ふふ……。
この女は本当に狡賢い性格をしています。
私は揚羽の北郷討伐の報告に同意しただけです。
北郷討伐の件は揚羽に全て任せていました。
「真悠殿、正宗様の直接の指示が無くとも、賊を逃がすなどあっては成らぬことです」
「風殿、ならば私と姉上は賊一人を逃がした罪で罰を受けるのだな」
真悠は風に念押しをするかのように言いました。
「賊一人とはいえ、正宗様の顔に泥を塗った者を逃がすことは不忠なのです」
風が声高に言いました。
「それは道義であって、軍令ではない。正宗様、違いますか?」
真悠は風に反論し、私の意見を求めました。
「そうだな……。だが、お前の意見は正論であるが、筋は通らない。私がもみ消したが、北郷は朝廷の使者を半殺しにした事実は変わらない。その使者が悪徳官吏であることを差し引いても、許されることではない。違うか?」
私は冷静な表情で真悠を見つめました。
「正宗様の仰る通りです。真悠殿、もう少し自分の仕出かしたことを反省してはどうです」
風は私の意見に同調して言いました。
「わかりました。その罪はこの私一人で被ります」
真悠は私と目を反らさず言いました。
「なっ!」
風が真悠の発言に言葉を失いました。
「この一件は正宗様と風殿しか知らないのでしょう」
「何故、お前が全て罪を被る必要がある」
真悠は風に罪の範囲を確認した上で、罪状があまり重くないと踏んでいるのでしょう。
彼女が揚羽を庇う理由はよく分かりません。
彼女が揚羽を庇うつもりなら、揚羽の名を決して出そうとしなかったはずです。
「私一人が罰せられれば、揚羽姉上は今後自重なさります。ああ見えて、家族想いですから……。姉上は常に沈着冷静で、本来このような真似をしません。感情が先行するのは正宗様のことが発端だからです」
「揚羽様の罪を見逃しては筋が通らないでしょう」
風が真悠に言いました。
「正宗様と風殿が口裏を合わせればいいだけです。世の中、正しき事だけがまかり通る訳ではないでしょう。そう思うのは子供だけです。万事の為に小事を切り捨てることも肝要と思います」
「当事者のあなたが言う言葉ではないです」
風が真悠を批判しました。
「風、お前の意見が聞きたい」
「正宗様、揚羽様を特別扱いするべきではありません。今後、このことが露見する方が問題です。揚羽様には折りを見て、汚名を注ぐ場をお与えなさればいいのです」
風は真剣な表情で私を見て言いました。
「真悠、お前を賊の逃亡幇助の罪で棒叩き50回の罰を言い渡す。揚羽への罰は改めて言い渡す。罪の執行は城に戻ってからだ」
私は真悠を真っ直ぐ見て言いました。
「正宗様、ご賢明な判断です」
風は私を見て言いました。
「わかりました。謹んで罰を受けます」
真悠は私の裁決が下ると、表情を変えずに拱手をして応えました。
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