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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第十六話 士官学校入校

宇宙暦788年7月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市
自由惑星同盟軍士官学校、ヤマト・ウィンチェスター

 ふう。着いた。
「しかし、ヤマトとオットーが准尉殿とはねえ」
「一コしか階級違わないんだから気にするなよ、マイク」
そう、久しぶりに三人揃ったんだ。マイクはローゼンリッターに転属していたから、会うのも三ヶ月ぶりだ。というか、三ヶ月しか経ってないんだなあ。三ヶ月の内容が濃すぎて、久しぶり、っていう感覚がぴったりくるんだよ。卒業、配属、昇進、艦隊全滅…ほぼ全滅か、三ヶ月で中々体験できないぞ?
俺とオットーの三ヶ月も中々濃い内容だったけど、マイクの方も凄かったらしい。奴に言わせると、ローゼンリッターの訓練内容というのは『死んだ方がまだマシ』なんだそうだ。確かに見違えるような精悍さが漂っている…中身はマイクのままなんだけどね。何しろ、俺とオットーが一緒に入校するのも知らなかったみたいだし。

 「でも、見違えたな、マイク。本物のいい男だよ」
「ありがとう。でもなオットー、上には上がいるんだぜ?」
「そうなのか?」
「ああ、ローゼンリッターはいい男揃いだ。ローゼンリッターが嫌われてるのは、いい男揃いで女の子をみんなかっさらっちまうからなんじゃないかと俺は思うね」
「強い上にいい男…そりゃ女の子達もほっとかないよな」
「だろ?俺クラスのいい男なんかざらにいるんだぞ。あの連隊はマジでヤバい」
「俺クラスのいい男、って言われると、あまりいい男じゃなさそうだな」
「……」


 士官学校に向かう前に、統合作戦本部総務局に呼ばれた。昇進伝達なんだが、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊所属の者は皆昇進なんだそうだ。
エル・ファシル失陥の報は情報統制の見地から同盟市民には伏せられていたが、軍人の家族から人づてに拡がり、市民はパニックになりかけたという。逃げようとしたリンチ司令官が帝国軍に捕まるとの報が伝わると抗議のデモ隊が評議会ビルに押し寄せたが、ヤン中尉が民間人を連れて脱出した事が分かると、統合作戦本部ビルの周りはお祭り騒ぎの同盟市民で溢れかえったそうだ。

 「余計な事を言ってくれるな、っていう口止め料だろうな、これ」
オットーがそう言って、自分の襟元を摘まみながらため息をついた。
「余計な事も何も、リンチ司令官が逃げた事はバレているし、何を喋るなっていうんだ?」
「おいヤマト…しっかりしろよ、お前気づかないのか?アルレスハイムに哨戒に出てた連中は何も知らないんだぞ。エル・ファシルに戻ってみたら、司令官は逃げ出してました、民間人は脱出してました、僕らは何もしていません…なんて知れてみろ、マスコミに面白おかしく書かれちゃうだろ」
「あ」
「俺達だってそうさ。お前が発案です、なんてマスコミにバレてみろ。軍の公式発表はあくまでも『リンチ司令官の指示でヤン中尉は脱出計画を策定したが、当の司令官は逃げ出してしまった。ヤン中尉は冷静に、司令官捕縛に躍起になる帝国軍の隙をついて、脱出船団を大規模小惑星群に偽装してエル・ファシルから脱出に成功した』なんだからな」
「そう言われると、確かに余計な事は喋っちゃダメだな」
「だろ?ヤン中尉だって大変さ。司令官が逃げ出した不名誉を覆い隠す為に、必要以上にヒーローとして祭り上げられちゃうんだぞ。まあセンサーをごまかすのに大規模小惑星群に偽装、なんて思い付きもしなかったけどな」
「…オットー、お前、大人になったなあ」
「事情が分かれば、これくらい予想はつくよ…ヤン中尉は明日昇進らしいぞ」
「落ち着いたら昇進祝いだな。入学祝いやってくれるって言うし、兼ねて盛大にやろう」


 今日はとりあえず着校だけで何もない。明日は挨拶、面接、筆記試験を行う事になっている。。
俺達の住まいは士官学校の敷地北側、B-1棟3階、42号室が割り当てられた。士官学校生だけど、現役の軍人でもあるから敷地外に部屋を借りる事も出来るみたいだけど、面倒だからやめた。
「オットー、お前はどの課程を希望するんだ?」
「戦略研究科。マイクは?」
「俺も同じ」
「…みんな同じかい」
「術科学校の時は元々友達でもなかったし、課程もバラバラだっただろ?、今回はヤマトに合わせようと思って、マイクと話してたんだよ」
「理由が雑すぎる。戦略研究科って、エリートコースなんだぞ?お前達に務まるか?」
「お前だって務まるかどうか分からないだろ?」
「……頑張るか」



7月16日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部、
参事官室 アレックス・キャゼルヌ

 「着任した早々に大事だったな、ヤン」
「大変でしたよ。緊急出撃に遅れたのがいけないんですが」
「お前さんのその呑気さにエル・ファシルの民間人、いや同盟は救われたんだ。そうぼやくな。それに出撃していたら戦死していたかもしれん」
「まあそうですが…そういえば新しい友人が出来ましたよ」
「ほう。どんな奴なんだ」
「まだ下士官なんですがね、懐の深い、優秀な若者ですよ。ヤマト・ウィンチェスター曹長とオットー・バルクマン曹長…昨日付で准尉に昇進したのかな。今頃は士官学校にいる筈です」
「おいおい、まさか将官推薦された三人の内の二人か?」
「そのまさかですよ。それにしても将官推薦ってそんなに大事なんですか?五十年ぶりなんでしょう?」
「…将官推薦だぞ。統合作戦本部でも大騒ぎになったよ」
「へえ、そうなんですか。そんなにご大層な物だとは…そもそもそんな制度があった事も初耳です」
「それはそうだ、全く使われなくなったから、知らない人間も多いだろう。それに将官推薦というのは推薦する方も大変だから、誰もやりたがらない」
「何故です?」
「考えてもみろ、推薦する理由があるだろう。結果、どうなる」
「…将官が推薦するくらいだから、人物、才能共にとても優秀な人間じゃなきゃ無理でしょう?それくらい私にだって分かりますよ」

 「…お前さん、本当に宮仕えの人間か?まあいい、推薦する側の人を見る目が問われるのさ」
「当たり前じゃないですか」
「…ヤン中尉、お前さんは本当に世渡りというか、こういう事に疎いな。推薦された方は過度の重圧がかかる。期待に応えなくてはならないし、教官や学生からもそういう目で見られるからな」
「…推薦ですから当たり前なのでは?」
「それを全うすればな。途中で挫折してみろ、軍はあたら優秀な人間を失う事になる。推薦した側も、人を見る目が無かったと面目丸潰れだ。当然昇進や配置先に響く。推薦した者、された者お互いにプレッシャーがかかるんだ。この制度が出来た当初は上手く機能していたらしい。が、徐々に機能しなくなった」
「……政治家、官僚や大企業、それと繋がるお偉方達が乱用したのですね」
「そうなんだ。縁者や後継者に箔を付けるためにな。だが箔付けだけの為に入校した者は挫折する事が多かったそうだ。結果面子を潰す事になって使われなくなった。頼み込む方もそれを知っているから、依頼する者は皆無になって、制度だけが残ったのさ」
「…本当にすごい制度ですね」
「だから大騒ぎになったんだ。推薦者のドッジ准将…死後特進して中将だ、彼は昔の上官でね。とても優秀な人だった。驚いたよ」
「そうだったんですか」
「お互い会う機会はすごく減ったが、知っていたら止めただろうな」
「でも、何故推薦したんでしょうね」
「そりゃあ、優秀だからだろう。落ち着いたらアッテンボローと一緒にウチに連れてこい。お前さんの友人だ、入校祝いとお前さんの昇進祝いをしないとな。…二階級特進、おめでとう」



7月17日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
第57講堂 マイケル・ダグラス

 ヤマトもオットーも無事に帰って来てくれてよかった。推薦されたのはいいけど一人で士官学校なんて
事になってたら大変だったぜ。
しかし…何なんだこの人だかりは。中途編入がそんなに珍しいのかね…そうか、現役のまま入校だからか。でも、教官以外の軍人を見るのがそんなに珍しいもんかねえ。
「ヤマト、将官推薦ってそんなにすごいのか?ローゼンリッターじゃ誰も知らなくてさ」
「五十年ぶりらしいぞ。でも誰も知らないなんてそんなことあるのか?」
「士官学校に入校とは聞いてたけど、誰も理由を教えてくれないんだよ。ただ、将官推薦枠としか。ひでえだろ」
「そうだったのか。辞退するなら今のうちだぞ」
「三人揃ったのにするわけないでしょうが。しかし長いな、オットーの面接…おい、誰かこっち来る…あ!カヴァッリ大尉!」
「お久しぶりね、二人共。バルクマン候補生は面接中か。まさかここに来るなんてね…入校おめでとう」

 “ヤマト、知ってたのか?” ”ああ、知ってたよ“
「カヴァッリ大尉、俺の事はマイクとお呼び下さい、といった筈ですよ」
「もっといい男になったらね」
くぅー!やっぱりパオラはいい女だぜ!って、なんだあのニヤニヤ笑ってる奴は。
「入校そうそう女漁りとは。さすが将官推薦者は違いますね。当然の余裕という奴ですか」
「…なんだお前」
「紹介が遅れました、候補生一年、アンドリュー・フォークです。宜しくお願いします、ダグラス先輩」
「何で俺の名前を」
「将官推薦で中途編入、学校内では有名人ですよ。そちらの方はウィンチェスター先輩ですね、アンドリュー・フォークです、宜しくお願いします」
「ああ、ウィンチェスターだ。宜しく」
「くっ…バルクマン先輩は面接中でしたか。いや、先輩方が戦略研究科希望と聞いたのでご尊顔を拝しに来たのですよ。希望が通れば講義をご一緒する事もあるでしょうし。では、これにて失礼します」
「なんだアイツ。陰気なヤローだ」
「まあまあ。彼ね、学年首席なのよ。ライバル出現で気が気でならないんでしょうね」
「ライバル?…麗しのパオラよ、白兵の講義もあるんでしょう?」
「あるわよ…ていうか、ファーストネームで呼ぶのはやめなさい!あなた、ローゼンリッターに行ってからますます軽くなったわね」
そうか。白兵戦技の講義もちゃんとあるのか。こりゃ楽しくなりそうだぜ。

 「ヤマト」
「なんだ?」
「中々楽しそうな所だな、士官学校って。まさか軍人になってまで初日に因縁つけられるとは思わなかったよ」
「まあ、色んな奴がいるだろうしな」
「だな。それで、だ。将官推薦って、特別なんだよな?」
「ああ」
「アンタッチャブルってやつだよな?」
「…まあ、そうなる…のか?何でそれを俺に聞く?」
「お前のせいで、良く言えば、お前のおかげで士官学校に来れた訳だ。望外の望みってやつだよ。しかも将官推薦なんてアンタッチャブルな位置付けでな。だったら、ああいう陰気なヤローにはそれをちゃんと分からせてやらねえとな。取り巻きの役目としては」
「おいおい、いつから取り巻きになったんだ」
「お前、アッシュビー元帥の再来って言われたそうじゃねえか。オットーに聞いたよ。再来なら再来らしく、マフィアを作らなきゃいけねえだろ?」 
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