| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

揺籃編
  第十五話 ハイネセン帰還

宇宙暦788年6月29日11:00 ジャムジード星系、JE船団、船団旗艦ナウシカアⅢ
ヤマト・ウィンチェスター

 まもなくジャムジードに到着だ。これでやっと戦闘糧食(レーション)ともおさらばだよ。
原作通りの脱出行とはいえ、散々なものだった。人を載せるのに精一杯だから糧食も飲料水も最低限しか
積んでない。通常食は民間人に、軍人はレーション。イゼルローン脱出の時のキャゼルヌさんの苦労が分かるわ。まあ俺達は味の不味さに苦労しているだけなんだけども…。

 「ウィンチェスター、この後の予定を確認しておこうか。バルクマンを呼んできてくれないか?」 
「分かりました」
ヤン中尉だ。エル・ファシルで一生分の勤勉さを使い果たしたって言うのは本当だろうな。逃げ出したリンチ少将が帝国軍に捕まった、っていう情報が船団を駆け巡った後は針のむしろだったし、見てて可哀想だったよ。警備艦隊司令部は信用ならない、中尉風情があてになるものか!…脱出するときの騒ぎが再燃したんだ。俺やオットーも同じような目で見られて正直腐ったよ。そんな状況だったから、途中すれ違ってエル・ファシルに向かって行った第1艦隊の姿をみた途端の変わりようが凄かった。やはり軍は頼りになる、ありがとう、ヤン中尉!だもんな。

 「…二人とも、ジャムジードに到着した後の予定は分かっているかい?」
「はい。ヤン中尉に同行してジャムジード警備艦隊司令部に向かいます。警備艦隊司令官に報告後、身辺整理となります」
「うん、そうだね。その後なんだが…よかったら食事にでも行かないか?」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「一緒に仕事出来たのも何かの縁ですからね。ご一緒します」



6月29日19:00 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤン・ウェンリー

 「任務の無事終了に乾杯だね。乾杯」
「乾杯」
「乾杯!」
「…ヤン中尉、司令部での事情聴取、長かったですね。何かしつこく聴かれたんですか?」
「…避難計画の指揮を執った経緯さ。経緯も何も、避難計画の策定、準備命令は出ていたから、そこは問題が無いんだが、やはり私の階級が引っかかったようだよ。実際、上位者は他にも居たからね」
「そうだったんですね」
「君とウィンチェスターも事情聴取はされたんだろう?」
「はい、でもまあ俺はオマケみたいなもんですからね。大したことなかったですよ」
「そんなことはない、私もウィンチェスターも君には救われているよ。君がいなければ、ウィンチェスターだって潰れているはずだ。違うかい、ウィンチェスター?」
「…はい、というか恥ずかしいから止めてくださいよ」

 そう、彼等と知り合う事が出来てよかったと思う。
私の友と言えば、ジャン・ロベールとジェシカくらいなものだ。あとはキャゼルヌ先輩やアッテンボロー
…。結果としてきつい任務になったが、ウィンチェスターとバルクマンという知己が出来た。
…軍隊は不条理の塊だ。なぜなら一個人としての評価と、軍人としての評価は別だからだ。優秀な軍人が、個人としても優秀な人間、と言うわけではないんだ。こいつとは友達づきあいなんて無理だな、なんて同期や部下、上官は不幸な事に沢山いる。この先どうなるかは分からないが、彼等という存在を大事にしていきたいものだ…。

 「はは、本人を目の前にしてはそりゃ言いづらいか、悪かった悪かった。…ウィンチェスターはどんな事を訊かれたんだい?」
「そうですね…私の聴取担当官の方はジャムジード警備艦隊司令部の作戦参謀でしたが、何故下士官の私の発案がすんなり通って警備艦隊司令部が動いたのか、ということに納得がいかなかったようです」
「なるほど。それはそうだろうね、私が思ったくらいなんだから。で、なんて答えたんだい?」
「正直に答えました。以前にも思いつきが取り上げられた事があった、だから今回もそうしたんだ、って答えましたよ」
「ははは、でもその答えだと担当官は納得しなかっただろう?」
「はい、でも、軍の任務に民間人を護る事は含まれていないのですか、次善の策を考えて戦いに望むのは当たり前ではないのですか、端的に言えばそういう事を上申したまでです、と言ったら黙ってしまいましたよ」
「確かにそうだね。指揮官としては戦いに勝つ事がベストだ。でもそうはならない時の事を考えることもとても重要だ。勉強になるなあ、広い視野、理想と現実ということかな」
「そうなんですかね。人として、軍人として、為すべき事は為す、ということを実行するのはとても難しいと実感しました…」
「…ヤマト、もう悩むのやめろよ。俺達は頑張った、そうだろ?」
「そうだな、オットー…」


6月29日19:30 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤマト・ウィンチェスター

 オットーの言う通りだ、もう悩むのは止めなきゃな。俺がグジグジしていても死んだ人は戻って来ないし、捕虜になった人が帰ってくる訳でもない。
考えてみると、指揮官ってすごいよな。戦闘中だけじゃなくて、普段からこういう事で悩まなきゃいけないんだから。ヤンさん、あなたにその覚悟はありますか?…まあ、今は無いだろうねえ…。
自分の決断が、相手を部下を、運が悪ければ自分の事も殺してしまう。ううう、悩むのは止めようと決めたのに、これからを考えると胃が痛くなりそうだ。
「…何か悩みでもあるのかい?」
「いえ、大丈夫です。オットー、お前が変な事言うから中尉に心配させちゃったじゃないか」
「…そうだな。そういうことにしておくよ。すみません、中尉」
「いや、何もないならいいんだけどね」



6月30日17:00 ジャムジード星系、戦艦ユリシーズ
ヤマト・ウィンチェスター

 チヒル・ミナールに着いたと思ったら、次の日にはさっそくハイネセンに向かわなきゃならんとは…。
ハイネセンまでは十二日。
エル・ファシルでの出来事は、俺にとってすごく苦いものだったけど、一つだけ朗報?救い?があった。
アルレスハイムに哨戒に出ていたエル・ファシル警備艦隊、第2分艦隊の残余四十隻がユリシーズを先頭に戻って来たのだ。アルレスハイム方面の哨戒に出ていた彼等は、特に任務変更を受けることなく哨戒を続けていて、第2分艦隊司令部や地上作戦室との連絡が途絶したのを不審に思い、エル・ファシル星系に戻ったところ、警備艦隊が全滅した事、リンチ司令官が囚われた事、民間人が脱出した事を知ったのだという。
要は忘れられていたんだけど、無事でよかった。
タイミングがずれていたら、彼等も捕虜にされていたかもしれないのだ。ちょうど第1艦隊と帝国軍が睨み合いをしている最中で、彼等は助かったらしい。
で、その彼等、第2分艦隊の残余もハイネセン向かうというので、俺達も便乗させてもらっている。

 チヒル・ミナールの基地を出る時、辞令を貰った。士官学校編入の辞令だ。今考えてみると、コピー用紙の規格って、地球時代から変わっていないんだよな。辞令書の入った封筒もA4版用、いろんな資料もA4版が多い。当然のように使っていたから、今まで気がつかなかった。個人携帯端末(スマートフォン)だって、当然のようにそう呼ばれている。便利な物は多少形は変わっても残り続ける、ということか。
それはさておき、士官学校か…。

 「ヤン中尉、士官学校ってどんな所です?」
「士官学校?懐かしいな。懐かしいといっても一年ちょっと前までそこにいたんだけどね。そう、懐かしいな…私は戦史研究科にいたんだが、途中から戦略研究科に転科したんだ」
「戦史研究科は廃止になったんですよね」
「そうなんだよ。あれは残念だったなあ」
「戦史を学べば、戦いの原因から結果、総括までいけますからね」
「そうそう、戦略研究科でも戦史について学ばない訳ではないが、艦隊シミュレーションが大半を占める。確かに艦隊シミュレーション、戦術は大事だけどね、まずは戦いの方針というか、何を目的として戦うのか、の方が大事だと私は思うね」
「シミュレーションがお嫌いなのですか?」
「嫌いではないよ。好きか嫌いか、ではなくて嫌いではない、だね」

 確か戦略研究科は人気ナンバーワンの課程なはずだ。士官になって艦隊指揮官、宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長を皆が夢見ると聞いている。確か同期首席のマルコム・ワイドボーン氏をシミュレーションで負かした事がキッカケで、戦略研究科に転科したんだったなあ。そのマルコム・ワイドボーン氏は今は何をしてるんだろう?
「君たちは士官学校に編入生として入学するんだろう?」
「ご存知だったのですか?」
「チヒル・ミナールの警備艦隊司令部で聞いたよ。将官推薦なんて五十年ぶりだって言っていたな。すごいじゃないか、おめでとう」
「ありがとうございます」
「一年次から編入かい?」
「いえ、二年次からの編入です」
「そうか。君たちの一コ上にアッテンボローっていう奴がいるから、よろしく言っておいてくれないか。私からも君たちの事は話しておくから」

 ダスティ・アッテンボローかあ。あの人大好きなんだよな。伊達と酔狂、逃げ足一級、ケンカの売り方一級…ジャーナリスト志望って言ってたから、生粋の軍人志望ではないところがヤンさんと馬が合ったのかな。…ちょっと待て、ということは一コ下にアンドリュー・フォークがいるのか?…楽しそうな学校生活になりそうだ…。
「そのアッテンボローという方は、どういう方ですか?」
「面白い奴だよ。先輩であれ後輩であれ、頼りになるいい奴さ。そうだなあ、キャゼルヌ先輩にも君たちの事話しておくよ。入校して一段落したら、連絡をくれないか。入学祝いをしないといけないからね」
「何から何までありがとうございます。その、何故我々に良くしていただけるのです?」
「面と向かって聞かれると恥ずかしいな。…そう、友人といい酒はよく吟味しないといけないだろう?」
「そうですね、その二つは生涯の付き合いになりますからね」
「そうそう。ああ、吟味と言うのは言葉が悪いな。簡単さ、君たちとならいい友人になれると思ったからさ」
「失礼ですが、こちらにも選択権はありますよ?」
「…駄目かい?」
「いえ、こちらこそ喜んで。改めてよろしくお願いいたします」
「ありがとう。こちらこそよろしく頼むよ」 
 

 
後書き
ジャムジード星系の有人惑星や都市名ですが、原作に記述がありませんのでなるべく原作のもつ雰囲気を壊さないような名前にしたつもりです。この先もこういう事が多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧