| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

揺籃編
  第六話 パランティア星域の遭遇戦(中)

宇宙暦788年4月21日01:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令。偵察の結果、敵の規模は二百四十隻。戦艦六十隻、巡航艦百隻、駆逐艦五十隻、ミサイル艇三十隻。現在、我々と正反対に位置するパランティアⅥ近傍に横陣形を展開中、との事です」
「…アルレスハイムの情報は入っているか?」
「アルレスハイムですか?…いえ、何も入っておりませんが」
「ふむ。我が方の本隊の位置は?」
「アスターテにて待機中ですが…」
「主任参謀、リンチ司令官に連絡。…来援を乞う、アルレスハイムの状況を確認されたし、と伝えろ。そして、全艦戦闘用意、だ」
「了解しました。…全艦戦闘用意!」



4月21日03:05 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 『戦闘用意、総員配置につけ』
急に忙しくなってきた。タンクベッドに入ってなくて良かったよ…。
艦橋に入る。艦橋内は三つの区画に分けられている。俺たちがいるのは第三艦橋。砲術科のうち、射撃管制員が配置されている。一段高くなった所が第二艦橋。航法科員と副長がそこにいる。更に高くなった所が第一艦橋。艦長、砲術長、内務長がいる。アウストラは旗艦だから第一艦橋が広く作られていて、分艦隊司令部もそこに詰める。
総員配置時は、射撃管制卓に着くのは三人だ。射撃管制主任補佐は俺の他に二人いて、俺とその二人が管制卓に着く。バーンズ兵曹長と、エアーズ一等兵曹だ。
「早かったな、坊や」
「そうそう、タンクベッドで夢見てると思ったのに」
二人とも大ベテランだ。その間に俺。新人としては冷や汗しか出ねえ…。
残りのファーブル兵長、イノー兵長、ザハロフ二等兵曹は俺たちの後ろで待機、伝令だ。
「戦闘用意がかかったからといって、すぐ戦闘が始まるわけじゃない、落ち着いてやれよ、坊や」
「そうそう。ファーブル、コーヒー淹れてきなさい。新人君の分もね」
「は、はい!」
皆が俺を気遣ってくれている。俺の年が若いせいもあるだろうが…いい船だな、アウストラは。



4月21日04:00 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令、警備艦隊司令官よりFTL(超光速通信)が入っております」
「おう。自室で受ける。後を頼む。敵情監視を怠るな」
「了解しました」

”ダウニー准将、苦労をかけているな“

「いえ。それほどでもありません。ところで閣下、アルレスハイムの状況は掴めておりますでしょうか?
定時哨戒のグループは我々の所属ですが、敵発見の報告以降、哨戒グループの消息が不明です。同時にダゴン、ティアマトの定時哨戒グループも消息不明となっております…。現在我々は総数二百四十隻と思われる帝国艦隊と恒星パランティアを挟んで対峙しており、敵艦隊はパランティアⅥの軌道上に展開しております。第1または第3分艦隊の来援があれば敵を撃滅することも容易いのですが」

”…第1、第3分艦隊はダゴン星系に向かっている。本隊はこのままアスターテで待機する。無理をするなよダウニー准将。敵わぬと思ったら引くことだ“

「…閣下!」

“…貴官は今パランティアで敵と対峙している。私はその敵が、敵本隊から先行している索敵部隊ではないかと考えている。となると、ダゴン方面にも同様の敵部隊が展開しているかもしれない。故に第1、第3分艦隊をダゴンに送ったのだ。両分艦隊には敵を発見したなら牽制しつつアスターテに引け、と伝えてある。また、敵が我々の裏をかいてヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれない。故に本隊はアスターテで待機する。既にハイネセンからこちらへ第3艦隊が向かっている。約二十日後の到着予定だ…決して貴官らを見捨てる訳ではないぞ。健闘を祈る、以上だ”

「…あらゆる可能性について対処する、ということですか。微力を尽くします」


 「司令、リンチ少…いえ、警備艦隊司令官将は何と?」
「増援は送れない、との事だ。司令官は未発見の敵がいる、と考えておられる。ダゴンに既に第1、第3分艦隊を向かわせたそうだ。その敵がヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれないから、本隊はアスターテを動かん、とさ」
「なるほど…ですが、そう司令官がお考えなのであれば、最初から艦隊全力でアスターテで待機すればよかったのではないかと小官などは思いますが」
「主任参謀、敵を発見してしまったからこそ、他に敵がいないか探らねばならんのだ。考えてみたまえ、最初から我々がアスターテで待っていたら、敵は何の妨害もなくすんなりアスターテまで来てしまうじゃないか。ハイネセンから第3艦隊がこちらへ向かっている。第3艦隊到着まで時間を稼がねばならないんだよ。全くもって迷惑な話だ」
「しかし…パランティアには我々だけですが」
「警備艦隊司令官はアスターテまで引いてもよい、と仰っておられたな。君ならどうするかね?」
「小官が司令のお立場であれば…撤退したします」
「だろうね」



4月21日04:30 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 「…なんで保安要員が艦橋をうろうろしてるんだ?」
ガットマン中尉が苛ついた声を出した。…げっ、マイクじゃないか…!まっすぐ俺に向かってくるんじゃない!周りの視線が痛いだろ!
「よお、無事か?」
「…どうした、マイク…戦闘配備中だろうが」
「俺たちは戦闘配備中も巡察があるのさ。普段は巡察なんて艦橋には来る事無いから、こうやって白い目で見られるって訳さ…ところで、小耳に挟んだんだが…」
「なんだ、勿体つけるなよ」
「…増援は来ないらしいぞ。参謀連中が話しているのを聞いたんだ」
「本当かよ」
「ああ、それだけだ…皆さん、失礼しました~」
マイクはキョロキョロしながら去っていった。戦闘配備中の艦橋の様子が珍しいようだ。マイクが去って行くと、ガットマン中尉が駆け寄って来た。

 「彼は知り合いか?」
「はい、同期です。ちょっと遠慮の無い奴でして…申し訳ありません」
「それはいいんだが、何かあったのか?」
「ええ、ちょっと。巡察中に聞こえて来た話らしいのですが…増援が来ない様なのです」
「確かなのか?」
「参謀の方達がそう話していた、と言っていました」
俺の話を聞いたガットマン中尉は、第1艦橋に走り出した。
「坊や、主任に何を言ったんだ?」
バーンズ曹長がコーヒーを片手にニヤついている。俺がそれに答えようとしたら艦内放送が流れ出した。

『参謀および旗艦艦長集合、場所は士官室』



4月21日04:35 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、士官室 
セバスチャン・ドッジ

 士官室にはダウニー司令、私ほか司令部の参謀たち、旗艦艦長が集合した。
「集まって貰ったのは他でもない。我が艦隊の今後の方針を話し合う為だ。現状維持か、戦うか、退くか。忌憚のない意見具申を期待する」
ダウニー司令がそう言うと、まず口火を切ったのは、ウインズ少佐だった。
「撤退して本隊に合流すべきです。敵は二百四十、我が方は百五十。明白ではありませんか」
「戦ってもいないのにか」
艦長のパークス大佐が呆れた声を出した。パークス大佐は司令部要員ではないが、旗艦艦長であるためこの会議に参加している。
「そうです。本隊と合流してアスターテで待ち受けるのです」
「君の意見を実行した場合、敵が本隊と合流する機会を与える事になる。我々は撤退しているから、合流後の敵の規模が分からないままアスターテで待ち受ける事になる。事は明白ではなくなってしまう。まずくはないかね?」
「それは…」
パークス大佐の指摘に、ウインズ少佐は黙りこんでしまった。 
「艦長。君ならどうする??」
「司令の命令を実行するのみであります」
「主任参謀、君はどう思う?」
「撤退を進言する事には変わりありませんが、元々の任務は牽制でありますから、撤退する、という事を感知されないようにせねばならないと思います。敵がこの星系での合流を企図していたとして、合流後の敵戦力の規模を見極めた後の撤退でも問題はないように思います」
「そうだな。では、どう牽制するか、だが…」



788年4月21日04:40 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、第3艦橋 
ヤマト・ウィンチェスター

 どれだけ原作を知っていてもなあ…。
作中『イゼルローン回廊付近では常に遭遇戦が行われており』なんて数行で終わってしまうような戦いなぞ分かるわけがない。俺だってアニメで言ったら『同盟軍下士官A』なんだ。
出番すらあるかどうかのモブ中のモブなんだ。しかも味方は百五十、敵は二百四十、負けフラグ、死亡フラグ立ちまくりだ。つまり自分の才覚でどうにかしなきゃいけないわけだが、いち乗組員という立場じゃなあ…。死んでもまた都合よく転生してくれるかなあ。

『こちらは副長だ。各科とも現配備のまま適宜休息を取るように。以上』

 ファーブルちゃん、コーヒー頼む…。
「おい、ウィンチェスター。君の同期の言っていた事はどうやら本当のようだ」
ガットマン中尉が戻ってきた。目には諦めの色がある。
「おい坊や、手前が余計な事言うから本当に援軍が来なくなっちまったじゃねえか」
「そうそう。コトダマという存在を新人君は知らないようですよ、兵曹長」
…ねえねえエアーズさん、言霊とかそんなオカルティックな事を信じているの?地球教なの?
「俺が司令だったらなあ…」
ガットマン中尉が遠い目をした。

 「はは、主任がもし司令だったならどうしやす?」
バーンズ曹長が笑いながら尋ねている。
「うーん。退くね、絶対。勝てない戦はしない主義なんだ」
「…だから中尉のまま、って訳ですかい。納得納得」
オイ、と中尉がバーンズ曹長の脇腹を小突く。…いいなあ、ベテラン下士官と士官の和気藹々の会話。これぞ軍隊、だな。
でも待てよ?勝てないんだろうか?
「主任、うちの艦隊って、どういう構成なんです?」
「お?お前も分艦隊司令やってみるか?…戦艦六十、巡航艦五十、駆逐艦三十、空母が十であります、ウィンチェスター司令」
「止めてくださいよ…でも、戦艦が多くないですか?」
「うちは哨戒専門の独立愚連隊みたいなもんだからな。全体の定数は変わってないが、哨戒グループで小分けに出撃することが多いから、少しでも打たれ強い方がいいだろうって戦艦の比率を上げてくれたのさ。俺なら巡航艦を増やすがね」
独立愚連隊とかウン十年ぶりに聞いたな…。そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧