星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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揺籃編
第五話 パランティア星域の遭遇戦(前)
宇宙暦788年4月16日03:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター
『全艦発進準備、艦内警戒閉鎖』
艦内放送が流れる。やっと出港だ。いやいや、慌ただしい事この上ない。
部隊実習の時だって緊急呼集は無かった。カヴァッリ中尉が一緒じゃなかったら一体どうなったことか。
再び艦内放送が流れ出した。
『こちらは分艦隊司令部だ。我々はパランティア星系に向かい、本隊及び第1、第3分艦隊の到着まで敵を牽制する。総員奮励努力せよ。以上だ』
艦内放送が終わった。アウストラは分艦隊旗艦だから、分艦隊司令部―分艦隊司令とその参謀たち―が乗り込んでいる。
「妙だなあ」
射撃管制主任のガットマン中尉が呟いた。俺はこの人の補佐だ。
「何がです?」
「いやあ、ウチの艦隊が先に出張るなんて珍しいと思ってね…ウィンチェスター兵曹だったな、俺はガットマンだ。よろしく」
「失礼しました。一等兵曹ヤマト・ウィンチェスターです、よろしくお願いします。…先行する事がそんなに妙な事なんですか?」
「そう。今までだって哨戒行動しかしてないんだ。今回帝国軍を見つけた哨戒グループだって、ウチの所属だ。それにダゴンやティアマトにも哨戒グループが行ってるから、満足に全員集合!…って訳にもいかないのさ。強襲揚陸艦や補給艦はアスターテで待機させるはずだから、多分…パランティアに向かうのは百五十隻もいないんじゃないか」
「百五十隻…少ないですね」
「だろう?司令部は牽制なんて言ってるが、もし大部隊がいてみろ、近づく事すら出来やしない。遠巻きに見てるくらいの事しか出来んさ」
「そうですねえ。敵が大部隊じゃないことを祈るしかないですね」
「そうだな…お前、なんだか落ち着いてるな。…本当に十八歳か?」
「え?十八ですよ?ID見せましょうか?」
落ち着いてるなと言われても…。中身は三十プラス十八歳なんだから落ち着いてて当たり前だ。中尉、あんたより多分年上だぞ、俺。戦闘直前にもなれば少しは緊張するんだろうが…。
出港してしまうと何もする事がない。
射撃管制員にはガットマン中尉と俺を含めて七人が配置されている。ガットマン中尉は主任だから、文字通りリーダー。残り六人で二人ずつ三つのペアを組む。出港中はそのペアで三交代制で管制卓につく事になる。俺のペアはオデット・ファーブル兵長。同盟軍て本当に女が多いな。出港中に乗組員が増えたらどうするんだ?
それはさておき、パランティアに到着するまで暇だから俺の仕事の説明でもしよう……誰に??
射撃管制の仕事を説明するのはとても喉が乾くからファーブル兵長、ちょっとコーヒーを淹れてくれ。
砂糖はいらない、ミルク多めだよ。
コホン、射撃管制は、センサーが捉えた目標の中から、自艦の武装の有効射程内に入っている目標までの距離を射撃用センサーで精密に測距して、それを射撃担当…射撃員に伝える事だ。そして射撃員が我々が伝えたパラメータを元に目標を直接照準して射撃準備が完成する。
アニメでは艦隊戦闘が始まる時『敵、有効射程に入りました!』『撃て!』なんてシーンがある。あのセリフの前には我々射管員の仕事が隠されている、という訳だ。
あらかじめ指定されない限り、自艦が味方集団の先頭にいると考えて有効射程内ギリギリにいる目標から先に測距していく。なぜなら味方集団…艦隊陣形には奥行きがあるから。陣形の先頭の艦と後方に位置する艦では有効射程が違うので、狙う目標も変わってくるのだ。常に敵艦隊の奥を狙うようにしておけば、各艦の射撃時に照準が被る事が少なくなるだろう、という考え方だ。
「そうなんですね!そういう事兵科学校では習わなかったです。管制卓の使い方しか習いませんでした」
ファーブル兵長が感心感心、と腕組している。…感心している場合じゃないよ??君の仕事でもあるんだからね??
「僕が主砲を担当するから、君はミサイル手にデータを送るんだ、分かったね」
「はい!…ところで、ウィンチェスター兵曹って、まだ十八歳なんですよね?」
「そうだけど…やっぱり年下に指示されるって嫌なものかい?」
「いえ!…やっぱり少し気になります。でも仕事出来そうな感じじゃないですか、ウィンチェスター兵曹は。だから平気ですよ」
ぐ…はっきり言ってくれるなあ。でもはっきり言ってくれた方が変なしこりを残さなくていいか。
…オットーとマイクは上手くやってるかな。
4月20日13:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ パオラ・カヴァッリ
「司令、我が隊はパランティア星系に到着しました。帝国軍はちょうど星系公転面の我々の反対側に位置するものと思われます」
「おう。近いな」
分艦隊司令のダウニー准将と主任参謀のドッジ大佐だ。
「艦長、横陣にするので艦を中央に頼む」
「了解しました」
艦長のパークス大佐の了解が聞こえると同時に副長のバーン少佐、航海長ピアソン大尉、航法管制主任デクスター中尉が動き出した。アウストラは旗艦だから、分艦隊に関わる仕事もこなさねばならない。
副長から艦長に報告が上がる。艦長はそれを司令に報告する。
「司令、各艦の位置計算および各艦への座標の伝達、終了しました。以後、横陣形における位置計算および座標伝達は自動となります」
「ありがとう、艦長」
球形陣から横陣への変換に約十五分。私はこの艦隊しか知らないけど、これってまあまあの時間なのかしら。
司令が主任参謀にささやく。主任参謀が了解しました、と答え、そして声を張る。…参謀はオペラ歌手の才能が必要ね。
「艦隊は現位置で待機!スパルタニアンを十機、偵察に出せ」
司令が主任参謀に次々と命令を伝えている。それを主任参謀が大声で示達する。命令を伝え終わると、司令は司令室に戻っていった。
「艦長」
「何でしょうか、主任参謀」
「以後を任されました。…各員交代で一時間の休息を許可します。状況に変わりなければ、これを継続します。司令部も適宜交代で休息します」
「了解しました。各艦に伝えます」
ふう。一段落ね。
「内務長、当艦の状況はどうか」
「はっ、各科、内務班ともにオール・グリーン、異常なしです。身体的、精神的ともに異常を訴えている者もありません」
私の配置は内務長。各科…砲雷科、航法科、機関科、補給科、飛行科の状態把握と艦内に被害が出た時のダメ・コンの統制、被害復旧…が私の仕事。私の下には内務班として運用員、武器整備員がいる。
砲術科は砲術長セーガン大尉の下に射撃管制員、射撃員。
航法科は航海長ピアソン大尉の下に航法担当員、通信員、電子整備員。
機関科は機関長チャーチ大尉の下に機関員。
補給科は補給長コブ大尉の下に補給員、給養員、衛生員。
飛行科は飛行長コックス大尉の下に単座戦闘艇搭乗員、飛行整備員。
「宜しい。内務長、先に休みたまえ」
「ありがとうございます副長。でも副長がお先にどうぞ」
「…そうか、ではお言葉に甘えるとするか」
ふう。一段落ね。
4月20日14:30 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ オットー・バルクマン
やっと昼メシだ。現位置待機で助かった。
まったく、誰なんだ、航法オペレータなんて仕事考えたのは。どう考えても俸給以上の仕事だぞ!
それに何で今日の昼メシは炒飯と青椒肉絲なんだ!食べ終わったら仕事したくなくなるじゃないか!
くそう、何でこんなに旨いんだ!
「…オットー、一人で何をブツブツ言ってるんだ?危険だぞ」
「え?なんか俺言ってたか?」
「言ってないけど…人のまばらな食堂の真ん中に一人で座ってたら、独り言言ってる様に見えなくもない」
テーブルの前に立っていたのはヤマトと、眠そうなマイクだ。
「お前たちも今から昼メシか?」
「俺はそうだけど、こいつはサボりだ」
そう言うと、ヤマトはトレーを取りに行った。
「いいなあマイク。サボれて。まあ艦隊陸戦隊本部付つっても、この艦に派遣されてる保安要員だもんな。暇でしょうがないだろ?」
「エル・ファシルを出て…アスターテに入ったくらいまでは良かったさ。…この二日間、何してたと思う?…おーい、当番、コーヒー淹れてくれ」
食堂当番兵にコーヒー淹れさせてやがる…まだ乗って五日だぞ、馴染みすぎじゃないのか?
「…何をしてたんだ?」
「暇だなって言われて…装甲服着て格闘だよ」
「二日間まるまる?」
「そう、二日間まるまる。疲れきってからじゃないと本当の力は出ないんだと。やっぱ薔薇の騎士は伊達じゃねえな。やっと抜け出して来たって訳さ」
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