八条学園騒動記
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第五百四十話 快適な旅その九
「世の中は嘘だとか虚しいとかな」
「そう思うことはじゃな」
「ねえよな」
「うむ、ない」
実際にという返事だった。
「わしにはな」
「そうだよな」
「わしがニヒリズムを抱いたことはない」
一度もという言葉だった。
「性格柄な」
「そうだよな」
「本当にそこまだよね」
二匹で博士に話した。
「旅行だって楽しむし」
「美味い酒や食いものもな」
「全部楽しむし」
「他の趣味だってな」
「二百億年生きてじゃ」
その間というのだ。
「ずっとな」
「趣味とかも楽しんで」
「そうして生きてるね」
「殺人においてもな」
この趣味もというのだ。
「やはりな」
「楽しんでいる」
「虚しくはないんだね」
「そんなものは感じぬ」
一度もという返事だった。
「全くな」
「だから色々な殺し方でだね」
「殺すのじゃ、しかしな」
ここで博士はこうも言った。
「あの大菩薩峠は三十年も続いたが」
「長いな」
「大長編だね」
二匹が聴いてもそうだった。
「三十年も書いてるとか」
「並大抵じゃねえな」
「しかしオリジナルの作者は完成させられなかった」
中里介山はというのだ。
「途中ご母堂が亡くなり士気が落ちてな」
「それでか」
「書けなくなって」
「そのまま終わったんだな」
「作者さんも死んで」
「それで長い間未完であったが」
それがというのだ。
「新しい作者によってな」
「終わった」
「そうなんだね」
「ようやくな、しかし」
博士はコーヒーを飲みつつこうも言った。
「未完の作品はいかん」
「絶対に完結させないとなんだ」
「よくない」
こうタロに話した。
「やはりな」
「それはだね」
「うむ、止むを得ない事情があれど」
それでもというのだ。
「やはりな」
「作品はだね」
「小説も漫画も絵も彫刻もな」
その全てをというのだ。
「完結若しくは完成させんとな」
「創作するのなら」
「そうするのが作者の義務じゃ」
「だから博士もなんだ」
「何を造ってもじゃ」
そうしてもというのだ。
「完成させておるのじゃ」
「そうしているんだね」
「未完はよくない」
博士は言った。
「やはりな」
「それで大菩薩峠もだね」
「作品自体が困っておった」
博士はこうも言った。
「早く完結してもらいたくてな」
「そうだったんだ」
「その声を聞いておった」
作品から聞こえてくるそれをというのだ。
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