ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第四話 訪れる者
唯一神のコマを弄び、眺め、いじくり回す3つの影。
その一人────金色の長髪に狐耳と二つ尾をもつ獣人種が、残る二人にこう問いかけた。
「初瀬いの、初瀬いづな────あんたらぁ、これをなんやと思う?」
その言葉に、初瀬いのと呼ばれた初老の獣人種は恭しく答える。
「見たままを言えば、黒いポーンですが……しかし、決してただのコマではないでしょうな」
「いづなのはナイトだった、です……巫女様は、ビショップ、です?」
いのの言葉にいづなが続き、問う。
巫女と呼ばれた高い身分を思わせる獣人種は、かんらかんらと笑って答える。
「そやねえ……けど、なんで黒いんやろね?」
そう重ねた問いに、いのもいづなも閉口する。
────言葉の真意が理解できた訳ではない。2人には、なぜチェスのコマが黒いのか、などと問われても『敵味方を色で判別する為』以上の回答は用意できない。
だが────問いかけたのは、巫女だ。半世紀で獣人種を統一し世界第3位の大国を造り上げた巫女だ。
その巫女が、意味もなくこのような問いを発する訳が無い。ならば彼女の問いには、いのやいづなでは気付けない大きな意味がある────2人は、その意味の大きさを感じて黙ったのだ。
だが、この場合、意味を理解する必要はどこにもなかった。
何故なら────『意味』は、向こうから訪れてきたのだから。
「よ、巫女さんにいづなちゃん。……と、ついでにいの?」
薄笑いを貼り付けたグシが、軽々な態度で姿を現す。
その手には黒い二つのポーンと、黒いクイーンが握られている────巫女も、いづなも、いのも、それを瞬時に確認した。否、グシが確認させた。
────巫女達は、何故唯一神のコマが現れたのか、その訳を知らない。
最初にゲームをしたステフが、唯一神のコマの事を欠片も知らない様子だった以上────テトからは一切の説明を受けていないということになる。まさかステフに対してだけ説明するのを面倒くさがったわけではあるまい、テトは満遍なく説明を面倒くさがるタイプの神様だ。
ならば、巫女達もステフと同じように、何の説明もなくコマだけを渡されているはずだ。
そして当然、いきなりコマを渡されたりなどすれば、コマが何故現れたのか、そもそもこのコマは何なのか、疑問に思う。そこにこれ見よがしにコマを見せつける者が現れたら────?
当然、コマの詳細を知る者と踏んで、その情報を引き出そうとするだろう。
それによって、本来コマが欲しいグシがゲームを仕掛けなければならない状況が一転する。巫女たちもまたコマの情報が欲しいのだから、互いの立場はイーブンになるのだ。
そう、グシは必ず仕掛けなければならないという劣勢を、ただコマを見せるだけで覆したのである。
そうとは知らず、巫女達は────グシの思惑通りに、コマの情報を求めて口を開いた。
「ちょうどえぇな。シグ────話があるんやけど」
「悪いがその名前はもう使ってねぇんだ。グシ────そう呼んでくれよ」
互い、不敵な笑みを湛えて。
にこやかではあれど、決して和やかではない視線を────交錯させた。
■■■■
────グシが巫社を訪れるのと同時刻。
空達一行は────ジブリールの空間転移で、オーシェンドへと乗り込んでいた。
当然、唯一神のコマを集めに来たのである。
彼らの前にいるのは、2人。
黒いコマを持つ2人。
背中から黒い羽を生やした1人と、下半身が魚のように出来ている1人。
2人は────空より空々しい笑みを浮かべて、口を開いた。
「……へえ、このコマって空さま達が欲しがるような価値があるんですねえ」
そう、幸薄そうな顔に悪意を貼り付けて言うのは────プラム。
「う〜ん、アミラちゃんは渡す気ないよ〜ウフフ☆」
馬鹿の皮を被り、コマを賭けないと断言するのは────アミラ。
しかし、そんな二人の反応など、空は聞いてすらいない様子で
話を切り出す。
「なあプラム────覚えてるか?ゲームにおける最高の勝ち方」
「────?」
唐突な話題の転換に首を傾げるプラム。いったい、その話をなぜ今切り出すのか────空の意図が読めず、プラムは警戒心を潜めつつ言葉を返した。
「不戦勝────でしたっけぇ?駆け引きでそれを成すのは、今回は不可能ですよぉ?」
────不戦勝は、確かに最高の勝ち方。理想と呼んで差し支えない勝利ではある。
しかし、理想というだけあってその難易度は気が遠のくほど高い。
それを、警戒している相手に対して行うなど────ほぼ不可能に近い。まして、その相手が一言も嘘をつかずに空達を誘導しきったプラムなら尚更だ。
そして、プラムはそれを自覚している。故にわざわざ空が不戦勝を匂わせる理由が分からない────だからこそ、不戦勝の可能性を否定する事で話を広げ、意図を探る他にやれることがない。
だが、空はその思考を知って知らずか、プラムの言葉が聞こえなかったかのように無視し、勝手に自分の話を続ける。
「その不戦勝を、唯一神相手のゲームでグシが先にやりやがってさ?
────だから、二連チャンでテメエらから不戦勝を奪わないと、気が済まないんだよな」
────その言葉に、プラムが凍りつく。
なるほど、空は嘘など何一つついていないらしい。
不戦勝など不可能、故に不戦勝を臭わせ隙を生みその隙を突く勝利を空は狙っていると踏んだが────どうやら違ったようだ。
要するに、先を越されて腹立ったから憂さ晴らしさせろ、と。つまり空が言いたいのはそういう事だ。
しかし、不戦勝を警戒している相手に対し行う難しさは前述の通り────それを理解できない空ではない。
つまり空は、難易度が急激に上がることを理解した上で、プラムにわざわざ不戦勝の可能性をチラつかせたと言うことになる。
それは、舐めプ以外の何物でもない行為────故にプラムは怒りのあまり、凍りついたのだ。
だがそれも一瞬の事、プラムはすぐさま平常心を取り戻し。
先程まで空の意図を探ろうとしていたのがバカバカしくなったとばかりに、純粋な悪意をむき出しにして言う。
「……このボクに、ゲームなしで勝てると思ってるんですかぁ?もしそうなら……身の程を弁えてください♡」
それは、ありったけの侮蔑の言葉だった。
確かにプラムは、空達を出し抜こうとする度失敗し、それどころか利用すらされている。
だが、それは単なる前例────前回勝てたからという理由で、今回も勝てると舐めてかかるには、プラムというゲーマーは危険すぎる。
そんな事さえ忘れたか、劣等種と────
かつての空のアドバイスを踏みにじるように、プラムは空達を見下す笑みを浮かべた。
だが、空はそんな事はまるで気にしていない────というかそもそもプラムを見てさえいない様子で。
本当に気楽に、気軽に、だがプラムにとっては必殺であろう、一言を口にした。
「え、そう?対テト戦まで好きなだけ俺の汗を舐める権利と交換しようと────」
「スミマセンでしたァ!!唯一神のコマなぞどうでもいいですぅ!!」
────光速にさえ迫るスーパー手の平スクリューを決め、プラムはすぐさま黒いビショップを空へ贈与する。
その姿には欠片の威厳もなく、取引を持ち掛けた空も、アミラでさえも呆れるしかなかった。
早速空の首を舐め始めたプラムを半眼で見やって、アミラはやれやれと首を振る。
「ん~プラムちゃんはホントにも~ッ!でも私は大丈夫だし問題ないよね~あは☆」
その言葉を、だが空は笑った。何故か?たった一つのシンプルな答えだ。
────フラグなんだよなあ、ということである。
さてそのフラグを回収しようかと、空はおもむろに口を開いた。
「ああ、確かにお前は大丈夫だろうな。だから、全権代理者にでも頼もうか?お前の持つ黒いポーンを渡してくれ〜ってな☆」
空はわざとらしくアミラの口調を真似て、そう言った。
────。
静寂が、訪れた。
結末を悟ったのだろう。アミラは、渋々と空へ黒いポーンを渡した。
────空にベタ惚れしている頭の弱い全権代理者は、空の要求を全て飲むだろう。そして、そのライラが持つ権利の中には、アミラの人権も、そのアミラが持つ唯一神のコマの所有権も含まれる。
ならば、アミラの意思は関係ない。そもそも、アミラの所有物を手に入れるのに────アミラの存在が介入する余地さえない。
そんな簡単に過ぎる、故に対策など出来ようもない手段で、空はあまりにあっさりとアミラからコマを強請ったのだ。
そうしてゲームを行うことすらせず、コマを二つ一気に掴んで空は不敵に笑う。
「さて、これでタイだな、グシ?お前の方、首尾はどうなってるか……見せてもらうぜ」
「では、巫社へと転移致しますので、おつかまりください」
本当に、プラムにもアミラにも興味がなかったらしい。
空はもはや2人に見向きさえせず、ただ戦果を自慢すべき相手の事だけ考えている様子で。
ただ戦果を挙げるためにコマを巻き上げられたアミラを置き去りに、プラムをお供にして。
ジブリールにつかまり、オーシェンドから姿を消した。
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