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ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア

作者:シグ@グシ
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第五話 紛れもない愚者



「……グシ、なのか?」

空が、絞り出すような声でそう言った。
その目には、仮想空間で巫女、いづな、いのを相手に単身で挑むグシの姿が映っていた。

────この状況を傍から見れば、無謀極まりないゲームに挑むグシの姿が信じられず、空が目を疑ったように思えるだろう。
しかし、事実はそうではない。空が声を上げたのは、もっと単純な理由だ。
グシの茶髪も、闇のように黒い目も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()────それが、空が言葉を詰まらせた理由だった。
────何を髪の毛ごときで、と思うだろうか?
確かに、その言葉は正しいだろう。だが、この場合だけは話が別だ。
グシの髪の毛は赤く染まり、そして揺らめいていた。そう、それはまるで────『()()()()()()



「フゥッ……やっぱキツイな。『疑似血壊(オーバーヒート)』してる訳だし、当たり前ではあるか」

グシは、他の誰より鮮やかな血染めの瞳で、呟いた。

『血壊』────体内精霊の暴走による物理限界突破の異能。本来人類種には出来ない所業。
だが、グシは不可能であるはずのその異能を、まるで当然の如く扱っていた。
『誘導術式』により、自分の体内精霊に干渉することで、疑似的な血壊を使用可能にする────種を明かせば単純な方法で、グシは人には踏み込めない領域へと足を踏み入れていたのだ。

「…3対1でいいなどと申された時は、無策な愚者かと思いましたが…そうでもないようですな」

いのはグシの赤い姿に感心しながら応戦する。しかしそれは感心する余裕があるという事でもある。
────当然、劣勢なのはグシだった。
いかにグシが人として限界を超越した存在であろうと────その能力は、獣人種にとって限界寸前の能力でしかない。つまり、獣人種である3人からすればその力は自分一人でも拮抗できる程度の力でしかないのだ。その力をこれ見よがしに見せつけられたとしても、いのの余裕を崩す事さえ出来はしない。

しかし、そんな劣勢にあってなお、グシの薄笑いは崩れない。それどころか、明らかに()()()()()()()()()
そして、いのの勘違いを訂正する。

「いや、その通りだぞ?俺は愚者、それは大正解だ」
「……どういうこと、ですかな?」

疑問符を浮かべるいのに、グシは諭すような笑顔を浮かべる。
そして、いのの疑問に対して、答えを列挙した。

「愚かだから、諦められないんだ。愚かだから、挑むんだ。だからこそ、限界を超えられるんだ」

そう、グシは答えを告げた。その言葉に徐々に鬼気がこもり始め、お遊びは終わりだと言外に告げる。そして、亜音速の弾丸を放ち────グシは、その笑みを意地悪く歪めた。



「そもそも、賢く生きるなんて真っ平だからな。愚者なのは自明だろ?」



その言葉の意味は、いのには分からない────分かるのは、自分が弾丸を撃たれた事、グシに攻められている事だけだった。

────速い。抜いてから撃つまでの挙動に、一切の無駄が無い。しかし、血壊を使った今の状態なら、それでも十分避けられる。
先の発言の意図は気になるが、単なるハッタリという事も考えられる。どちらにせよ、今回避行動を取ることを躊躇う必要は無い。
そういのは確信し、悠々と回避行動を取ろうとして────

「────ッ!?」

嫌な予感に駆られた。心臓が止まったとさえ錯覚するその予感は、見事に的中する。
十分避けられるはずだった弾丸、それが視界から消えて失せ────気づけば、それは()()()()()()()()()()()
その理解が出来ない事象に困惑しながら、いのはグシの言葉を聞いた。

「血壊個体がこの弾丸を避けられることなんざ────疑似血壊使い(おれ)が把握してないわけないだろ?避けさせねえ一手まで、当然用意してるさ」

いのにそう悠々と言ってのけ、グシは次の獲物を狩りに向かった。
それを呆然と見送り、いのは未だ混乱の収まらない頭で信じられないとばかりに呟いた。

「……その一手がなぜ打てるのか、とそう問いたいですな」



一方、その様子を観戦していた空が口を開く。

「ジブリール────()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

グシの不可思議な挙動を魔法と断じ、ジブリールに問う空。しかしジブリールは、その質問に眉をひそめる。
────マスターの言う通りだ。獣人種の電子ゲームでは、魔法を使う事は出来ない。そのようにプログラムされている────いかにグシとて、その例外にはいない。
しかし、にも関わらず、空はそんな当然を疑問に思い口にした。それはつまり、当然の前提条件を疑っているという事にほかならない。だが、自分でさえひっくり返せなかった前提条件を、ただの人類種であるグシにひっくり返せるものなのか────
ジブリールはそう逡巡したのだろう。だが、白がその迷いを断ち切るように一言、ジブリールに呟く。

「にぃが、使ったと、感じたなら……グシ、魔法、使ってる」

()()()()()()()()()()()()()のだから、その推測は正しいに決まっている────そう、常軌を逸した信頼からなる白の発言に、ジブリールはハッとして。
続き、マスターたる空を疑った事を恥じるように顔を伏せ────今はそうしている場合ではないと頭を振り払って、空の質問に答えた。

「思い当たる魔法はあります────しかし、彼が使えるとは思いません」
「あ、ならその魔法だ。ジブリール教えてくれ」

ジブリールの二言目は聞こえていなかったかのように空が言う。その言葉に、ジブリールは今度こそ疑うまいと恭しく答える。

「はい────『時間操作』かと思われます。私すら精霊量が足りるか怪しい魔法ではありますが」

────このデタラメが「怪しい」レベルの魔法行使?本当にその魔法かなあ……?
すこぶる不安になってきた空だが、他に候補がないならそれで合っているのだろうと己を納得させ、続ける。

「やばいな、その魔法。マジで『切り札』じゃねえか」
「でも、そんな魔法……グシ、喀血せず、使える、の?」

白が、当然の疑問を口にする。しかし、空はそんな常識的な疑問など既に棄却していた。
────()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、空はその認識を骨の髄まで徹底していた。咄嗟に常識的な疑問を思ってしまった、白よりも────徹底していた。
だが、だからこそ空はグシの脅威を誰よりも正しく認識してしまった。
ジブリールすら扱うのは難しい────そんな魔法をあっさり使ってのけるなら、今のグシは限りなく無敵に近い。何せ、その頭脳は『  』に追随するほど、魔法適性をぶち壊す故にその魔法の扱いは恐らく森精種にも劣らない。天翼種すら超える精霊量行使、『血壊』まで使う故に身体性能さえ物理をねじ伏せている。
もはや人類種とカテゴライズしていい者ではない────いや、そもカテゴライズなどしようがない。
正しく最強、完全無敵。いのの余裕など、無知が故の驕りでしか無かったという────事実。

「────さすが『愚志』ってわけだ。こりゃー、先輩面するのも大変になってくるな────」

空はその事実に冷や汗をかいた。
だが、グシがそんな脅威へと成長しているならば、尚更その脅威のレベル────グシの情報を理解しなければ、『  』といえど敗北する他なくなってしまう。
『  』の片翼として、そんなヘマは出来ない────空はそう考え、すぐさまディスプレイへと目を向け直した。

────そこには、追い詰められた巫女といづなの姿があった。
 
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