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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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変革のラストナイト

 
前書き
サイトのトラブルなど色んな意味で遅くなりましたが、まずは明けましておめでとうございます。
一話進めるだけで相当時間がかかってしまい、本当すみません。

今回は丸々はやて回です。 

 
しかし……自分から挑んどいて何やけど、これ勝てるんか?

衝撃の事実を聞いたばかりなのもあるやろうけど、指先が冷たく、足の先の感覚が上手く伝わってこない。この感覚……緊張のそれとは全然違う。これはうっかりミスをしてしまってどうすれば良いのかわからず混乱してる時に近い。撃墜のダメージも体に残ってる以上、こんな万全とは程遠い調子でちゃんと戦えるかと聞かれたら、YesとNoの二択なら間違いなくNoと答える。

しかも相手はついさっきまで守護騎士達を散々なぶり殺しにした男、アルビオンや。4体1の圧倒的有利な状況でさえ傷一つ付けられなかった元最強騎士を相手に、私一人が加わって何とかなるんやろうか?

なんて、後ろ向きな考えばかりしてても仕方ない。ここで勝たなければ、私は私にとって大事な全てを失う。敵がどれだけ強大でも、逃げるなんて論外や。

「敗北必至の戦いに自ら挑むか。お前は愚かだ。こいつらをさっさと見捨てていれば、二度と次元世界に姿を晒さなければ、このような事態になることもなかっただろうに」

「罪から目を背け、ずっと隠れ潜んでいれば良かったと? ……確かに、そうすれば皆を苦しめずに済んだかもしれへんな」

「……」

「私が首を突っ込まなければ、最初から何もしなければ、地球で皆と幸せに暮らせたかもしれへん。こんな苦しい思いを味わうことも無かったかもしれへん。でも……それでも、私は選んだ! 戦うことを、私らは選んだんや!」

「選んだ、か。ならば問おう、お前達の選択で誰かを巻き込んだら? お前達が生きて戦うために、誰かの人生を壊したら? 死なせたら、責任はどうなる? ここにいる死者にどう償うつもりだ?」

両腕を広げたアルビオンは、観客席にいるアンデッド達の姿を、被害者達の怒りの声を私らに知らしめてくる。私も騎士達も皆、心ではわかってる。十億を超える死者に償いきるなんて、どんだけ時間があろうと不可能やって。でも、その事実を受け入れてしまったら、私は……。

「どう償うか、それは私らもわからへん。命は誰だって一つや、死んじゃったらもう取り返しがつかへんのに……言葉で謝って、許してもらえるとは思えへんよ! 命が一つ消えるだけで、私には重すぎて、辛くて、胸の奥がねじ切れそうなぐらい苦しくて……! 償うのも、謝るのも、この痛みをちゃんと受け止めて心で理解してからじゃないと、通じるとは思えへん。だから、それがわかるまで生き延びる。今は前に進んで、正しい償い方がわかるまで、戦って生き延びなければならないんや!」

「前に進む、だと? ふざけるのも大概にしろ。お前達は一歩も進んでなどいない。その場にうずくまって、怨嗟の声から耳を塞いで、幸せな夢を見ながら閉じこもっているだけだ」

アルビオンの言う通り、私らの世界はまだ閉じていた。……私は“疾風”なのに、風の通り道を未だに作れなかったのだ。2年前、心に換気しなきゃと思ったのに……。

「お前達が償い方を知らんのならば、今この場で私が教えてやる!」

「それは……死んで責任を取れってことか!」

「そう思うならそうしろ。お前自身がそれで納得するのならば!」

戦闘開始。

と同時にリフレックス・モードが発動。シグナム達の反射速度すらスローに見える中、アルビオンだけ早送りしてるかの如く接近してくる。即座に身体、及びデバイスへの魔力強化魔法を使用。私の首に迫る彼のダブルセイバーを反射的にシュベルトクロイツで受け止めるが、尋常でない力をいきなり受け止めたせいで腕の筋がミシミシと悲鳴を上げ、デバイスからピシッと嫌な音がする。

「主!」

私の眼前にいるアルビオンにシグナムが横払いを放つが、アルビオンは私の腹部を蹴って吹っ飛ばしたと同時に、驚くべきことに彼女の剣を左肘と左膝で挟み込んで白羽取りしてしまう。凄まじい速度で動く線を一つの点で止めるという絶技を目の当たりにし、シグナムは驚きを隠せず呆然としてしまう。

「ば、馬鹿な! そんな方法で止めるだと!?」

「ふん、ヌルいわ!」

レヴァンティン・データをへし折ったアルビオンはその直後、防御態勢を取ったシグナムを容赦なく切り刻む。一方、丸太で殴られたように蹴り飛ばされた私は、背後に回ったザフィーラが私ごとその衝撃を受け止め、更にシャマルが後ろにネットを展開して勢いを和らげてくれる。

「乗って、ヴィータ!」

「おう!」

阿吽の呼吸でシュベルトクロイツの上にヴィータが乗ると、ザフィーラと私が一気に押し出し、その力を受けとった彼女はロケットのように飛ぶ。足場になった私がザフィーラに一言告げるのを背後に、その勢いを利用してヴィータは回転、アルビオンに幾重も斬られて倒れたシグナムと入れ替わる形で彼との接近戦に持ち込んだ。

「エアッドレイン!」

白色の魔力散弾を発射し、さっきの突進を利用して鍔迫り合いに持ち込んでいるヴィータを援護しようとする。だが私の攻撃が届く前にアルビオンはさっきの回転で威力が増してるはずのグラーフアイゼンを容易く掴んでヴィータの動きを止め、ダブルセイバーで心臓を貫くと同時に彼女をこちら側に投げ飛ばし、散弾の弾除けにしてきた。

「クラールヴィント!」

シャマルがデバイスの糸でヴィータを攻撃範囲外に引き寄せることで一応フレンドリーファイアは避けられたが、一方でアルビオンは魔力散弾による光の視界不良を逆に利用し、俊敏な動きでシャマルの背後に移動、不意打ちを仕掛けてきた。

「二度もやらせはせん!」

しかしさっきの私の一言で先回りしていたザフィーラが防御魔法を展開、シャマルの脱落を寸での所で阻止する。だが驚いたことにアルビオンの剣は守護獣の防御魔法でも短時間しか耐えきれず、ザフィーラの腕もろとも完全に切り裂いてしまう。シャマルは恐怖の面持ちでアルビオンの追撃が迫りくるのを目の当たりにしたが、私が横から割り入ってシュベルトクロイツで彼の剣を弾き、シャマルが斬られることは辛うじて避けられた。

「シャマル、私に支援魔法全乗せ!」

「は、はい!」

治癒、身体強化を中心的にかけてもらった私は、我ながら無謀だったがアルビオンに突貫、真剣勝負に持ち込んだ。

「らぁぁあああああああ!!」

残る全エナジーをフル稼働させ、強引にリフレックス・モードを継続、身体の筋肉や骨、脳が悲鳴を上げるのを無視してアルビオンに必死に食らいつく。ダブルセイバーの一閃を受けて吹っ飛ばされても、体術を喰らって全身が壁や床にめり込んでも、大量の魔力を飛行魔法や身体強化魔法に無理やり注ぐことで強引に体を動かし、戦闘を再開させている。データとはいえビル群を腕力だけで薙ぎ払うアルビオン相手にタイマンを挑んでる以上、支援魔法込みであろうと私の体にはとてつもない負荷がかかっており、その影響は徐々に表れつつあった。

……ブシュッ!

「っ!? ……ま、まだまだぁああああ!!!」

鼻血が噴き出て、目元からは血涙が流れて視界も赤くなり、意識さえおぼろげになってきて……それでも敵の姿だけは決して見逃さずに、腕を振るい続けた。シャマルが壊れた細胞や筋肉、骨を片っ端から治してくれるが、それ以上に私の体が崩壊していく速度の方が早かった。文字通り破滅までのタイムリミット、それに待ったをかけたのは……、

ミシミシ……バキンッ!

「えっ」

シュベルトクロイツが折れる音だった。ファーヴニル戦からずっと使ってきたデバイスが真っ二つにへし折れ、先端部のある方が彼方へはじけ飛んでしまう。しかし問題はそこではない。
本当ならシュベルトクロイツにはアルビオンの剣を受け止めてもらわなくてはならなかった。だがそれが壊れたことで、彼の剣は何の障害も無く私に迫ってくる。

ズシャッ!!

「―――ッ!!!!」

斬られた。

真正面から、袈裟斬りにされた。

脳が激痛を麻痺させているからか半ば呆然とした意識で、私は徐に傷跡に手を当てる。

ぴちゃり。

湿った音がして、ぬめりとした血がこびりついた。

「あ……ア……」

致命傷を自覚したのと同時に、アルビオンが追い打ちをかけるように私の顔面に左ストレートを放つ。メキメキっと嫌な音がした直後、私の体はシュートされたボールのように後方へ吹っ飛び、間にあったビルを勢いだけで貫いて壁に叩きつけられてしまう。

「ふ……が……」

鼻血も大量に吹き出し、今までの度重なるダメージの影響もあって三半規管がイカレてしまい、立とうとしても足に力が入らずに再度転倒してしまう。それどころか吐き気もすさまじく……、

「う、うぼぇえええ!!!??」

我慢できず本当に吐いてしまった。吐しゃ物には血も混じっており、どうやら胃が破裂していたらしい。頭はグロッキーで、身体はズタボロ、もはや意識さえ遠くに飛びかけており、起きろ起きろと必死に念じても馬の耳に念仏、焼け石に水も同然だった。

「は、はやてちゃ……! くはっ!?」

急いで治癒魔法をかけようとしたシャマルだが、彼女は詠唱の途中でアルビオンの回し蹴りを受けて吹っ飛ばされてしまう。回復のスキなんて、アルビオンが見逃すはずがない。倒せる内に敵を倒す、そこに良心の呵責は存在しない。ましてや相手が仇の一人なら、なおさらだろう。

「闇の書の守護騎士だろうと、八神家だろうと、勝敗は覆らなかったな」

「ハァ……ハァ……! ……ま……だ……終わ……な…………」

だがその言葉に反し、私の意識は段々闇に沈んでいく。負けるわけにはいかない戦いなのに、私の力は及ばなかった。彼らの報復心に、私は太刀打ちできなかった……。

「うっ……」

アルビオンに首を掴まれ、身体ごと持ち上げられる。血も大量に失って、気道を塞がれたせいで脳に酸素が行かず、身体の生命力が尽きようとしていた。

「八神はやて、お前の意思はその程度か? やる気があるのか?」

「ぐ……がぁ……!」

「どうした? 抵抗しなければこのまま首をへし折るぞ!」

「い……、い……」

「ん? なんだ? 聞こえないな!」

「い、や……だ……」

「ふん、ならば足掻いてみせろ」

瞬間、首を掴む力が強まったと同時に脇腹へダンプカーが衝突したかのような衝撃が加わる。一発で肺の中の空気が全部吐き出される膝蹴りを受け、生命の危機から反射的に体が呼吸を求める。
吹っ飛ばないように首を掴んでいた手を外したアルビオンだが、私は私でその場にうずくまり、気管支が乾くほど激しく息を吸って凄まじい頭痛に襲われてしまう。

「げほっ!? ごはっ!?」

「ほら、お前はまだ負けたくないのだろう? ならさっさと立て、倒れてないで足掻いてみせろ。何度立ち上がろうと、私が再起不能になるまでねじ伏せてやる。さあ、早く立つがいい」

「こひゅ……かは!?」

この時、まともに声が出せない私の中で何かが壊れた。そこからあふれてきたのは、黒一色の感情。生命体ならば誰もが持つ原始的な感情……恐怖だった。その恐怖は瞬く間に私の全身に広がっていき、頭上にいるアルビオンの赤い目が視界に入るだけで震えが止まらなくなるほどだった。

「あ、あぁ……!!」

恐怖に囚われた私は青ざめた顔で歯をガチガチ鳴らして震え、力の入らない身で後ずさりしながら、本能的に腰に携えたクルセイダーを引き抜き、魔力弾を発射した。だが正確な狙いをつけてないそれは、アルビオンに向かって飛んでいきはするものの、ただ立っているだけの彼に一発も当たることは無かった。幽霊に攻撃しても当たらないように、この抵抗は何の意味も無いと、お前の力はその程度だとわざわざ知らしめるように、彼は不動の表情のままこちらを見下ろしていた。

大量の血が無くなって体温が維持できず、手足が雪に覆われたように冷えて銃どころか、腕を持ち上げる力さえ失った。そんな無力な私のすぐ目の前にいるアルビオンは、ついさっきとは違って非常に大きく、得体のしれない怪物のように恐ろしく見えた。アルビオンの影がちょうど私の全身を覆うまで伸びてきているが、まさにそれは今の恐怖に飲まれた私の心そのものだった。

――――――ピシッ。

この瞬間、私の中で何かが壊れた。

もう……ええか。

もうどうしようもない、ここで私は死ぬ。この身に全ての報復を受ける、無慈悲に。嫌だと思ってはいるけど、この状況を覆すことは不可能や。そうして眼前に迫る死に対し、私は目を閉じて……諦めて全滅を受け入れようとした。






『夜明けの道を走り出せ、宇宙(そら)の果てまで飛び立とう! いつか闇を追い越し、光を飛び越す魂の飛翔。野原を駆け抜ける疾風、それは皆を導く羅針盤♪』

歌……?

歌が聞こえる……でも誰が……どこから……?

『私ならまだ諦めないね、例え数秒後に死ぬとしても』

この声、マキナちゃん……?

『八神、あんたはここで諦めるの? 最後まで諦めるなってサバタ様の言いつけをもう破るわけ?』

む……なんか癪やな、その言い方。でもな……私かて本当は、こんな所で諦めたくない、諦めたくないわ。せやけどこれは……。

『気持ちだけじゃどうしようもない? そりゃあ実力差が明白な上に相性最悪な相手に無謀にも挑んだから、案の定徹底的に打ちのめされるんだよ。大体さ……負けるとわかってたのになんで戦い挑んでるの?』

そんなん、家族を守るために決まっとるやん。ちゅうかこのマキナちゃんは私の右眼に宿った思念みたいなもんなんやろ? なら訊かんでも全部わかっとるやろ。

『わかってるから、改めて訊いてるんだ。元々これは戦い以外で解決する方法もあったんだよ』

え、戦わなくても……良かったん……?

『あのね、“諦めない”って言葉は“我が儘を通す”って意味じゃないんだよ。なにせ今回の発端は贖罪の手順を間違えたことだ。そのせいで報復心が一気に膨れあがり、怒った被害者達は妨害を始めるようになった。つまり最初にヘマしたのは、八神の方だってことは把握してるね?』

う、うん。でも仕方ないやろ? なのはちゃんのこととか、ヴァランシアのこととか、色々考えることやしなければならないことが多かったんやし……。

『別にスカルズと戦ったりフェンサリルに来たのが間違ってたとか、そういうことは言ってない。戦わなければ世界はスカルフェイスの手で狂わされてたから、あの時はあの時で最善を尽くしてたのは間違いない。だけど八神達は基本的に、周りを守るより先に自分を守らなきゃいけないんだよ。闇の書の報復心が大きすぎるから……八神達だけじゃ身を守り切れないから、周りに助けてもらう必要があった。その相手が聖王教会や管理局なんだけど、だからこそ支援してくれてる組織の内部事情には敏感にならなくちゃいけない』

内部事情……。

『カエサリオンとアルビオン……最悪の敵になってしまったこの二人は、本当なら最強の味方にもなりえたんだ。アルビオンの言う、全てのロストロギアの破壊。一昔前の管理局にとって、この目的は非常に不都合だった。自分達の存在意義を誇示できるロストロギアを全て壊されたら、管理局は強権を発動する言い分と一種の切り札を失うことになる。ここから、アルビオンと管理局の間には確執があるってことは普通に察せるでしょ?』

まあ、辛うじて。

『そもそも闇の書がニダヴェリールで覚醒した時や、八神の下で転生した時にアルビオンが動いてないことがおかしいとは思わない?』

あ、言われてみれば。アルビオンのように超強い実力者は危険なロストロギア対策に引っ張りだこになって当然のはず。なのに彼が直々に戦ったのは、彼が敵に回った髑髏事件以外では聞いたことがない。一体どういうことや?

『簡単な話だよ。アルビオンを出したら、事件に関わってるロストロギアは確実に破壊される。管理局はロストロギアを“破壊”ではなく“回収”したいのだから、問答無用で壊す彼に頼るわけにはいかなかった。例え相手が甚大な被害を出してきた闇の書だろうと……いや、多分昔から入り込んでた公爵などのイモータルが欲深い連中をそそのかしたせいで、管理局は自分達の戦力として吸収できると錯覚させていた。だからニダヴェリールの時は管理局主導で情報を封鎖してたし、八神の時はクライドの仇が云々言ってたグレアムのジジイですらアルビオンに頼らなかったんだ』

じ、ジジイ呼ばわりって……グレアムおじさん、ほんと嫌われとんなぁ。そういやまだ外交官は兼任してるけどおじさんとリーゼ姉妹がイギリスに隠居してから、とんと会ってないわ。今も元気なんかな?

っと、そんなことより今はマキナちゃんの解説や。ここまで聞いてわかったのは、要はアルビオンって闇の書に報復したい筆頭だったのに、実力があるせいで逆に蚊帳の外に置かれまくったことでかなり腹に据えてたんやろうな。しかもずっと倒したい相手が急に贖罪とか言い出してきて、その上過去のことを覚えていない、しかも私という新たな家族によって幸せそうな笑顔を浮かべてる……。

……それはブチギレるわ。馬鹿にされてると思って反逆もするわ。だというのに被害者達の報復心の制御もしとったし……借金で言うと、私らがツケを払いきれなくなったが故に、取り立てに来たようなもんか。

『だから八神達は……っと、その様子じゃするべき事がわかったようだね。そう、アルビオンだって闇の書の被害者の一人なんだから、彼や彼に関わる人達の人生を狂わせたことをちゃんと謝るのが、八神達が通すべき贖罪。家族を守るってのは一見良い言葉だけど、所詮は動機に過ぎず、筋が通せていない。いい? 世の中ってのは先に筋を通した方が何かと優遇されるようになってる。今回は相手に先に筋を通されたから、八神達の立場が悪化しているけど、それならこっちも改めて筋を通せばいい。それで全てが対等になる』

そう、物事には筋道や順序がある。例えばゲームでクエスト受ける時で、討伐系だと受注してからじゃないとクリアできないように、私らは先に通すべき筋を通していなかった。だから話がこんなにこじれた。故にこれを解決したいなら、戦うより先にやるべきことがあった。そのやるべきことをしていれば、この戦いは最初から避けられたんや。

今の絶体絶命の状況を潜り抜けるには、力づくで相手を倒せばいいと考える時点で間違い。私らが本当に戦うべき相手はアルビオンや報復心ではなく、己のプライドや未熟さ、そして視野の狭さ。本当に家族を守りたいのなら、相手が納得できる理論理屈を持ってこなくちゃならんかったんや。

『ま、戦いを始めちゃったら簡単には引き返せないから、次はそうならないように気を付けてね』

了解や。とはいえ次があれば、の話やけどな……。

『ば~か、八神はまだ自分で気づいてないだけで、全ての力を引き出していないよ。今は私の右眼からエナジーを借りてるけど、それじゃ“マキナ・ソレノイドに適した使い方”はできても“八神に適した使い方”はできてない』

私に適した使い方……?

『今こそ、八神は自分自身のエナジーを発現させる時だ。チュートリアルは散々させてあげたんだし、いつまでも人のものレンタルしてちゃあダメだよ。……というかさぁ、八神は使い過ぎ。エナジーは無限じゃないんだから、こちとら回復が間に合わないっつぅの。点滴打たないとヤバいほど衰弱してる病人から血液奪ってるようなものだよ、これ』

あ、あはは……それはホントゴメン。でも人の命かかってたし、あんま怒らんといてぇな……。

『はぁ……人の命を免罪符にしない方が良い。その先に待つのは人助けが仕事の“機械”だ、精神が擦り切れて真っ当な人間性を失うよ』

人助けの……機械……。

『話を戻すよ。ヴォルケンリッターのことだけど、かつてベルカの騎士として名を馳せた彼女達の実力はこの程度じゃない。なぜなら魔力素で構成されたプログラム体は暗黒物質の影響を大きく受けて弱体化してしまう。マテリアルズはサバタ様経由でエナジーを覚醒したから弱体化を防げてるけど、ヴォルケンリッターはエナジーがないから防げない。いわば知らない内にインフルエンザにかかってるみたいなものだよ』

そんな状態やったなんて……私、知らなかった。皆の体調に気づいてやれなかった……。

『まあ、彼女達が万全だったとしてもアルビオンにはまだ勝てないよ。なぜなら彼女達はプログラム……行動の中にどうしてもルーチンが入ってしまうんだ』

ぷ、プログラムやない! 皆は人間や! 人間なんや……!

『なに変な所にこだわってんのさ……なら訊くけど、八神にとって“人間”に当たる範疇ってどこまで? ドラゴンとかモンスターがもしヒトの姿を取ったら掌を返して人間扱いするの? 経歴は関係なくヒトの姿をしてたら全部人間? 相手の何をもって人間だと認識してるの?』

それは……心や。相手の内に宿る、誰かを慈しむ心……その存在が人間たる証明や。

『つまり生まれや育ち、経歴は関係ないと?』

せや。だってそれ言い始めたらツヴァイなんかユニゾンデバイスやで?

『じゃあ尚更ヴォルケンリッターがプログラムであることを拒否する必要は無いね。彼女達はそうやって誕生したんだから、その事実から目を背けるんじゃなくて、認めて受け入れてあげることが彼女達の家族としての務めだ』

そ、それはそうなんやけど……でもやっぱり本人達が否定してるんなら私もそう思ってあげた方が良いかと……。

『うわぁ、これはアレだね。八神はヴォルケンリッターの皆がプログラムであることを否定していると思い、ヴォルケンリッターは八神が自分達とは人間として接したいと思ったから、プログラムであることを否定している。違う規格のネジとネジ穴で偶然固定できちゃったみたいに、互いの気遣いが変なままで噛み合っちゃったのか』

あれま、私ら家族の関係、そんなこじれたことになっとったん? やっぱ外からの視点ってのは大事やね。

『とにかくさぁ……八神、彼女達をただのプログラムから変えろ。あんたが彼女達の主なら、ちゃんと導いてやれ。なにせアルビオンはヴォルケンリッターの一挙手一投足、ある動きをあるタイミングで取ればこう動くと、その全てを見抜き、把握している。例えばシグナムが剣を右上、垂直から角度7.8度くらいから1.35秒で振り抜いてきた時は、斬り上げに続く2連撃。10.8度くらいから1.13秒で振り抜いてきた時は振り抜いた直後にバックステップして蛇腹剣で薙ぎ払いをする、って感じでクセや攻撃の順序さえ手に取るように理解してる。肘と膝の白羽取りができたのはこれが理由だ』

ま、マジで!? そんな角度や秒単位を見るだけで全部わかるっちゅうんか、アルビオンは!? どんな化け物や……。

『これがヴォルケンリッターがヴォルケンリッターのままでは決して勝てない理由。格ゲー風に言ってみるならヴォルケンリッターは決められたコマンドでしか動かないCPUなのに対し、アルビオンは1フレームの隙も見逃さないプレイヤーだ。そもそもアルビオンの剣術は対ヴォルケンリッター特化型なんだし、人生かけて磨いてきた研鑽を甘く見ちゃダメだよ』

なるほどなぁ……ゲームのTASさんのように、騎士達の仕様や行動のプログラムを細部まで完璧に把握しとるんか。おまけに相性も悪い戦術を使ってくるさかい、負けるのは自然の流れや。

『ただ、逆に言えばそれ以外の戦術に対してなら真っ当な実力勝負になる。さっきの戦闘でもヴォルケンリッターの動きは全て見切っていたのに対し、八神とは真っ向から打ち合ってたでしょ?』

あぁ、読めてきたで。要するにプログラムを超えた動きが出来れば、アルビオンの“予習”は無効になるんか。しかし……皆にプログラムを超えさせるには、どうすればええんやろ?

『知らんがな』

そんなご無体な~。

『聞かれても知らないものは知らないよ。私に質問しても、答えられるのは知ってることだけだし。もしシャロンが戦ったら相手がアルビオンだろうと最終的に千日手になるとか、せいぜいそのぐらいさ』

んん? それ、地味に重要な情報やないか……?

『本人は弱いと言ってるけど、それは事実であり虚構でもある。あの能力を知ってたら二度と戦おうと思わなくなるからね。今は関係ないから話を戻すけど。とはいえまぁ、本題のあいつらだけど騎士道精神がうんたらで真面目過ぎて頭カタいからなぁ……何かこう、これまでの人生観をひっくり返すほどの決意か何かが良いきっかけになるかもしれないね。そうすりゃ少しは頭柔らかくなるだろうし』

皆を融通の利かない頑固者っぽく言うのやめぃや。しかし人生観をひっくり返すかぁ……例えば騎士を辞めるとか?

『お! それ採用!』

え!? 今の冗談のつもりやけど!?

『冗談だろうが何だろうが、ここで最後の殻を破らないと死ぬんだから、使える手は全て使わないと。じゃ、後はテキトーに頑張んな~♪』

最後は丸投げかいな、マキナちゃん! 確かにこれは八神家の問題やけどね! でもちゃらんぽらんに締めるのは止めて欲しかったわ!

……でも、わざわざ会いに来てくれてありがとう。おかげでほんのちょっとだけ、立ち直れた。

こうなったら死なばもろとも、一か八かでやったるで!!







「ついに。ついに、報復の……終焉が訪れる」

倒れて動かなくなったはやてを見下ろし、アルビオンは粛々と呟く。長きに渡って積もった報復心、その解放のために彼はダブルセイバーを頭上に構える。

「これが、分不相応な重荷を背負った末路だ。安心しろ、お前の亡骸をイモータルに引き渡しはしない。奴らが知る前に、火葬してやる……!」

宣告後、いざ斬首しようとした、その瞬間。

「炎なら間に合ってるって」

どこからともなく白い光が纏わりつき、雰囲気の異なる(マキナの操る)はやての体が突然、流水の如く滑らかに動いてダブルセイバーを回避、同時にアルビオンの右腕を絡め取るなり、近くの壁に投げて彼を背中から叩きつけた。

これが初めて、アルビオンに有効打が与えられた瞬間だった。

「ぐ……CQC!?」

八神はやてが今まで一度も使っていない体術……これはザフィーラ経由のベルカ式護身術ではない。元最強騎士に初めてダメージを与えたのは、はやて(マキナ)のCQCだった。

咄嗟に距離を取り体勢を立て直したアルビオンは深く呼吸しながら、気迫のこもった目で八神はやてを睨みつける。

「ハァハァ……他人の体、勝手に借りて何しとんねん、あの子……! でも、おかげでギリギリ助かった……」

一方ではやてはさっきまでの動きが幻だったかのように(マキナの意思が消えたことで)再び膝をつき、激しい呼吸を繰り返しているが……白い光がはやての左眼に宿っていた黒い光(報復心)を拭い去りながらダメージを癒していき、破裂した内臓や致命傷だった刀傷も塞がっていった。そして彼女の精神も怯えや恐怖は残りつつも、微かに灯った闘志が再び燃え始めていた。
更に白い光ははやてだけでなく、試験場の至る所で倒れている騎士達も包み込んでいった。するとはやてと同様に騎士達のダメージもみるみる回復していったが、それは再生プログラムの無慈悲な治療とは違い、確かな慈愛が込められていた。

「こ、これは……“聖なる光”……。彼女の……治癒魔法。嗚呼……ずっと、いたのね、マキナちゃん……」

「死して……なおも、輝き続ける。仲間の下で……」

「それも因縁深いアタシ達のためにか。マキナの奴にはホント、一生頭が上がらねぇな……」

「幸福を運ぶゴールド・フォックス……。彼女がもたらす幸福は、人の温かみに満ちている」

そやね。彼女は運命に身も心も翻弄されて闇に堕ちても仕方がなかったのに、それでもヒトで在り続けた。在り続けようと必死だった。だからこそ彼女の慈愛は尊いものなのだが、それを凄いと、素晴らしいという言葉だけで片付けてはならない。彼女が強いからって、次元世界と闇の書が彼女を追い込んだことから、目を背けていい免罪符にはならないのだから。

「死者に喝を入れられたか。……否、そうではないな。お前は月下美人でもないのに自らの精神を浸食されず、他者の思念をその身に宿せるのだな」

「宿したんやない、託されたんや。それとな、アルビオン。今更かもしれへんけど少しだけ……ちょっとだけ時間をくれへんか。どうしてもケジメをつけたいことがある」

「遅すぎると言いたいが、その目……何か考えがあるようだな。…………いいだろう、人生かけて待ったんだ、今更数分程度増えても変わらん」

ダブルセイバーを納刀したアルビオンはゆっくりと距離を取り、ビルの陰に姿を消した。すぐに散り散りになっていた騎士達が私の下に集まってくるが、皆物憂げな表情だった。

「ゴメン、はやて。せっかく信じてくれたのに、アタシ、役に立てなかった……鉄槌の騎士の名が泣くぜ」

「それを言うなら私もだ、ヴィータ。烈火の将ともあろう私が、剣で太刀打ちできないとは……騎士として大いに屈辱を感じている」

「何を言う、盾の守護獣を自負してるくせに何も守れなかったことの方が不甲斐ない。この俺のように……」

「……何が……湖の騎士よ……。私の手は誰も救えてないのに、救われてばっかりなのに……」

どうやら共に戦っておいて主を守り切れなかったことが、騎士として非常に堪えているようだ。いつもなら皆を慰めている所やけど……それはただの傷のなめ合いや。彼女達をプログラムの先に行かせるには、彼女達の中にある強固な概念……ううん、執念を突く必要がある。傷口に塩を塗るも同然やけど、今は心を鬼にしよう。

「皆、こんな時やけど“トロッコ問題”って知っとるか?」

トロッコ問題。これは線路を走っているトロッコが制御を失い、前方で作業中の多人数……この場合は5人いるとする。このままではこの5人が轢かれてしまうが、この時自分は線路の分岐路のレバーを引ける場所にいる。つまりこのレバーを引いて進路を切り替えれば、5人は助かる。しかし切り替えた線路の先には1人の作業員がいるため、代わりにこの1人が轢かれて死ぬことになる。他に手を打つ猶予は無く、どちらかを選ぶ以外に助ける方法は無いものとする。この時自分はレバーを引くのか、という倫理学の思考実験や。

要は『多数の人を助けるために、少数の人を犠牲にするのは許されるか?』という問題をわかりやすく示しているんや。この場合、アルビオンはレバーを倒して1人を犠牲にするんやろうけど、皆はどうなのか、ここで確かめておかなくてはならない。

「アタシなら……レバーを引く。そりゃあ、その1人にはすまねぇと思うけど……」

「我らの立場上、多く助かる方を選ぶべきだからな……」

「もちろん、犠牲にした者への罪は背負う。それが責任だ」

「私も……5人、ね」

まあ、大体の人はこういう答えにする。でも、この問題はもう一つのパターンがある。

走るトロッコが制御不能で、その先に5人いる。このままでは轢かれるって所まではさっきと同じや。この時、自分は橋の上にいて、近くには体の大きい人がいる。そしてこの1人は、自分の存在に気づいていない。ここでこの大きい人を突き落とせば、トロッコを停めて5人を助けられるが、突き落とされた大きい人は死ぬ。自分は体が小さいので、自分が飛び降りてもトロッコを止めることはできない。この時、自分は大きい人を突き落とすか? という内容や。

「な、なんだよそれ……手を直接汚してでも大勢を助けるのかって……そんなの嫌だけど……やるしか……」

「合理的な判断をするなら、突き落とすしかないのだろう。後味は悪いがな……」

「だがこれは人を殺すのに慣れてしまっている我らならではの意見だ。主のように今の時代を生きる人間からすれば、自分の手で同じ人間を死なせるのは、どうしてもためらってしまうものだろう」

「ねぇ……はやてちゃん、なんでこんな話を?」

「じゃあ、もしもの話やで? この“1人”……“大きい人”の立場が私やったら?」

「「「「なっ!?」」」」

今の言葉に皆は大層驚愕し、一瞬で凄く青ざめた。自分達がどんな考え方をしていたのか、一体誰を犠牲にするつもりだったのか、その光景を想像したのだろう。そして同時に、この状況を招いた要因、被害者達の怨嗟の声、アルビオンの戦う理由、全ての点が線として繋がり、彼女達の騎士道精神を大きく揺るがした。

「大丈夫や、皆優しいから気にしとらんよ。でもなぁ……もうええ、もうええんや」

「主……?」

「皆が騎士として生きてきたのもわかっとるし、騎士であることに誇りを抱いとるのもわかっとる。せやけど……そのせいで苦しむっちゅうんなら、私はこの言葉を皆に言わなくちゃあかん」

「ま、待ってくれ……。は、はやて、その先は……!」

「ごめんなぁ……皆と一緒にいたくて、皆と笑い合いたくて、そのままの皆を受け入れてたつもりやったけど……それだけじゃダメやった。皆の事、ちゃんと受け入れるにはマキナちゃんのように正面から向き合う必要があったんや」

「あ、主……まさかその言葉とは……!」

「皆、ベルカの騎士として誇り高くて、かっこよかった。その姿に私もたっくさん励まされてきた。だからこそ私は皆の主として、皆の心を縛る鎖を解きほぐし、新しい風を送らなあかん」

「はやてちゃん……!」

鉄槌の騎士ヴィータ。
烈火の将シグナム。
盾の守護獣ザフィーラ。
湖の騎士シャマル。

その血まみれで、しかし誉れある名とは裏腹に、今の皆はまるで小動物の様やった。歴戦の騎士が、まるで怯えた子供や。でも……辛いけどこの言葉の先にしか、皆といられる未来が繋がっていない。だったらこの痛みも受け入れる。それが皆の主たる者の責務や!

「夜天の主の名の下に命ずる! 鉄槌の騎士ヴィータ、烈火の将シグナム、盾の守護獣ザフィーラ、湖の騎士シャマル。貴方達を騎士の任から解く! 以降、ヴォルケンリッターと名乗ることは許可せん」

「「「「ッ!!!!!!」」」」

この瞬間、皆の中にあった何かが壊れた。それは騎士道……誇りと拘りと、呪いの象徴たる生き方。厳粛に守ろうとするが故に、何も変われなくなる牢獄の道。

皆の価値観、人生観はベルカの騎士道の上に成り立っていた。だがその“騎士道”は土台の枠を超えて型となり、心の変化を止めて固定させていた訳だ。それを失ったことで、彼女達は“ヴォルケンリッター”、“誇りあるベルカ騎士であらねばならない”、という枷から外れたのだ。当然、ずっと抱いてた価値観を消し去ったのだから、今まで培ったものが無くなって混乱するに決まってる。せやけど……それでこそ、彼女達がただのプログラムを脱するきっかけになる。

「……ん? あれ? なんか妙だぞ。アタシ、すっげぇショック受けると思ってたのに、全然ショックじゃねぇ。むしろ遠征の間一度も脱がなかった甲冑をようやく脱いで、汗まみれの体にシャワーを浴びたぐらいサッパリした気分だ」

「ヴィータちゃんも? 私も、予想と違ってあんまり衝撃は無かったし、気分も晴れやかよ。なぜかしら?」

「今の我らは騎士道に対して、こだわりをほぼ失くしている。アルビオンらの罵りもだが、主のトロッコ問題によって我らが自らの在り方の是非を問うていたのが大きいだろう。うむ、これが“変わる”ということか……」

どうやらヴィータもシャマルもザフィーラも、次のステップに進むことはできたようやね。まぁ、サバタ兄ちゃんのおかげで土台は出来ていたから、一度型から出れば変わるのは容易いやろ。

「……なぜだ」

……一人を除いて。

シグナムだけ顔が俯いたまま、我慢するように手を力強く握り締めていた。皆が固唾を飲む中、彼女は顔を上げると、

「なぜお前達は、そんな簡単に騎士道を捨てられる? 我らの誇りはそんなものだったのか? お前達の忠誠心はその程度のものだったのか!?」

「シグナム? いや、別に騎士じゃなくなっても忠誠心が弱くなったわけじゃ……」

「そんなわけあるか!!」

必死な形相で否定した彼女は、再生プログラムが使われていないことで折れたままのレヴァンティン・データを私の前に見せつけると、

「主はやて。私はこれまでの人生のほぼ全てを剣に捧げてきました。騎士として、烈火の将として、誰よりも最前線で戦い続ける。それが私の役目だと心から信じて、鍛錬を続けてきました。しかし2年前、髑髏事件で私はサヘラントロプスに踏みつぶされ、愛剣も培った力も失ってしまいました。確かに私のような戦闘狂が戦いを退くには、むしろ都合が良かったのかもしれません。ですが……戦えない自分はあまりに恥ずかしく、屈辱でした。主や皆が今も戦っているというのに、私だけが安全な場所でのうのうとしていることが、何より苦痛でした」

「シグナム……」

「前線から退いても、私は皆が帰る場所を守る騎士なのだと心で思うことで、この屈辱を辛うじて受け入れていました。このデータで作られた偽りの愛剣のように、虚構の誇りではありましたが、私にとっては自分の在り様を確立させるのに必要だったのです。なのに……主はその拠り所さえ、無くすように仰るのですね……!」

心の底から絞り出すように、シグナムは2年間感じていた悔しさをぶちまけてくる。唯一前線から退いていたからこそ、彼女は騎士であることにすがっていた。そうでもしないと自分が保てないから。だから騎士を辞めることにここまで拒否反応を示しているのだ。

「さっきからどうしたんだよ、シグナム? いつものお前らしくねぇぞ」

「私は正気だ! むしろヴィータ、今はお前達の方が変だ! なぜ我らの誓いを捨てた!? ベルカの騎士の誇りはどこにいった!?」

「待て待て、別に捨てちゃいねぇよ!? ただ皆、はやての家族でいるのに騎士である必要は無いって気づいただけだ。アタシらの今に“騎士”の名はいらない、それだけの話だぞ?」

「騎士がいらない、だと!? ふざけるな! 守護騎士として存在してきた以上、騎士の名を捨てることは存在意義の放棄も同然! この戦乱から遠く離れた時代において、我らの在り方を証明できる“騎士”を捨ててしまえば、一体我らは何と言って自分を示せば良い!?」

「そんなの、はやての家族だって言えば良いじゃねぇか! もうわかってんだろ! アタシらは過去の遺物だけど、まだ生きているからこそ、今の時代に順応していかなきゃならないってよ!」

「だがお前達には力がある、存在価値を示せる戦場がある! しかし私はそれを失った。この場を離れてしまえば、元の戦う力も無い、騎士くずれの女に戻ってしまう! 嫌だ! あんな屈辱の日々に戻されるのは、耐えられない! お前達が“騎士”をいらないというのなら、せめて私に譲ってくれ! 戦いを、力を私に渡してくれ!!」

「無茶苦茶言うなよ! お前ちょっと本気でおかしいんじゃないか!? 一回ぶっ叩いてやるから大人しくしてろ!」

「二人とも、ちょっと落ち着いて! こんな時に仲違いしてる場合じゃないわ!」

「そうだ、冷静になれ。仲間にやつ当たりしてどうする」

頭に血が上ったシグナムとヴィータが喧嘩を始めてしまい、ザフィーラが両者の間に入って押しとどめ、シャマルが説得する。こんな喧嘩をさせるために、私は彼女達を騎士から解放したんじゃないのに。

「教えてください、主。主にとって、今の私は何なのですか? 戦う力を失い、烈火の将を名乗る資格さえ失った私を、主は今も受け入れています。ですが、それはただの家族の一人として見ているのではありませんか? 特別な価値も無く、ただ家族の輪にいるだけの、頭数の一人として……」

「変な方に思い込みすぎや、シグナム。私は皆をそんな風に見とらん」

「ではどのように見ているのですか!? 私はこの家において、どのような役割があるのですか!?」

「役割とか、そんなの誰も何も決まっとらんし、決めるつもりもあらへん。そもそも家族の間にそんなのいらん、少なくとも八神家には無いで」

「なら私は……私は自分を何者だと定義すれば良いのですか!? 何をもって自分の価値を証明すれば良いのですか!? どうしたら……過去の罪を償い、主の家族だと言える資格が手に入るのですか!?」

「過去の罪は戦い以外の方法で償えばええやん。それと私の家族を名乗るのに、なんで資格が必要と思ったんや? それを言い始めたら、サバタ兄ちゃんはどうなんねん? あの人はガチで異世界人やったけど、それでも家族として一緒に暮らして来たやん。資格云々はその時点で関係ないって、これだけでわかるはずや」

「主……しかし!」

「しかしもかかしものろしも関係あらへん」

「……なんでのろし?」

ヴィータのツッコミは置いといて、私はまるで駄々をこねる子供をなだめるようにシグナムを肩から抱きしめ、私の心臓の音を彼女に響かせる。

「あ、主……」

「不安、なんやね。いきなり騎士を辞めろって言われて。せやけど私は、今までが間違ってたと、そんな風に言ったつもりはあらへん。さっき言ったように騎士の皆には何度も励まされたし、力もたくさんもろた。そんな皆に……私は頼り過ぎとった」

「頼り過ぎだなんて、そんなことはありません。騎士として主に頼られるのは、むしろ誇りに思うことなのです」

「そこや、そうやって騎士として頼りにされることを誇ってしまうから、ますます騎士であることに縋ってしまう。騎士ではない新しい自分に変わることを恐れてしまう。変わった後の自分が誇れる存在ではなくなってる可能性を考えてしまって、前に踏み出せなくなってしまう」

「では……変わらずにいるのは間違いなのですか? 変わらないでいるのは逃げなのですか? どうしても……変わらなければならないのですか?」

「……そやね。いつもならそんなことは無いと、そのままの自分で良いと、そんな風に慰める所やけど……今回はそうやって何も指摘しなかった結果こじれたようなもんやからな。そりゃあ良い所は変えなくてもええけど、悪い所まで変わらないでいい訳やない。……もういい加減、理解せなあかん。私らは今、『時代』に試されとるんや」

「時代……」

「私は皆にいなくなって欲しくない。ずっと傍にいて欲しい。だけどこのままやと、皆は『時代』に殺される。戦乱期として騎士の時代があり、管理局による魔導師の時代も終わりが近い。そして過去に力を持ってた存在は、次の時代で何かと淘汰されやすい。せやから変わらなければならないのは皆だけやない。時代の変化は管理世界に関わる全てのヒトにとって他人事やないんよ」

「では主も……?」

「うん、私も。フェイトちゃんやカリム、クロノ君達も次の時代に対応しないとあかん。なんせここで下手な真似したら、次の時代で魔導師が世紀末世界における魔女と同じ扱いになってしまうんやから」

4年前からサバタ兄ちゃんは警鐘を鳴らしていた。今の時代で受け入れられているものが、次の時代でも受け入れられるとは限らない。“魔導師”は今その瀬戸際に立たされている。もし“魔導師”が次の時代に受け入れられなかったら、私らは一転して秩序から狩られる側になる。世界から自分の存在を隠さなければならなくなる。そんなの……私らにとっては拷問に等しい。なのはちゃんのようなタイプなんか、まさに地獄やろうね。

そう考えると今の情勢で、アウターヘブン社の立ち位置は生存戦略において理想とも言える。4年前の時点でこれを見越していたのなら、王様の慧眼は凄まじいわ。

「な? シグナムだけやない、皆これから自分がどうなっていくのか不安なんや。でも私は皆が一緒なら、きっと何とかなると信じてる。自分一人じゃ変われなくても、誰かがどう変われば良いのか教えてくれるから。私にとってのマキナちゃんのように」

「……そして私にとっての主のように、ですか。……はあ、ヴォルケンリッターで在り続けるのはもう間違いなのですね。形は違いますが、アルビオンとカエサリオンもそれを示してきた訳ですか。主はやて、あなたの御心をようやく全部理解しました……。すみません、情けない姿を見せてしまいました、ですが……!」

私の肩を掴んで離し、改めて剣を握り締めたシグナムは、迷いが吹っ切れた眼差しをしていた。

「もう“雲”はいりません。私は私の騎士道を胸に、新しい道へ踏み出します。過去の栄光に縋るのではなく、次へ進むための糧にする。雲の向こうにあるのは、輝く太陽の光だと信じて進みます!」

そう宣言したシグナムに、私やヴィータ達は一斉に抱き着いた。わしゃわしゃと頭を撫でたり撫で返したり、世話かけやがってと笑い合ったり、そんな風に家族の成長を喜んだ。

でも、それはほんのわずかな時間のものだった。私らはそんなホームドラマを許してくれるような場所にはいないのだから。

「望み通り待ったぞ。やるべき事は全部済んだか?」

観客席にいるグール達がブーイングをかます中、わざわざ待ってくれていたアルビオンが物陰から姿を現した。

「さっきと雰囲気が変わったな。だが、お前達が騎士を辞めた所で、過去の怨嗟は収まらん。こいつらのようにヒトの報復心はそう簡単に止められるものではない」

「わかっとるよ。それとやるべき事はまだ済んでへん」

「なんだ、辞世の句でも詠むのか?」

それには返答せず、私は無言でその場に膝をついた。私と同じように皆も膝をつき、観客席にいるグール達、そしてアルビオンに向けて……、

『申し訳ありませんでした!』

土下座した。地面に頭を着けて、誠心誠意謝罪した。そう、さっきまでの私らは手順を間違えていた。彼らは被害者なのだから、許される以前にまず謝ることから始めないといけない。

突然の謝罪を目の当たりにしてブーイングをかましていたグール達は黙り、流石のアルビオンさえも驚いていた。だが彼はすぐに平静さを取り戻し、グール達はそんな彼がどう対応するのか一様に注目していた。

「……聞かせろ。今更、謝って許されると思っているのか?」

「全部許されるとは思っとらん、でも無駄やない」

「人生、命、故郷、財産、何もかもを奪っておいて、そんな態度が被害者に通じると思っているのか?」

「全部通じなくても、する意味はある」

「今のお前達が本気で謝罪しているなら、なぜもっと早くにしなかった?」

「今までの謝罪が正しいと勘違いして、被害者のことをちゃんと理解しとらんかったから。だからもう一度謝り直すんや。今度はちゃんと通じるまで、根気強く続ける」

アルビオンがどんな表情で私を見ているのか、土下座してるからわからない。怒っているのか、呆れているのか、無表情でいるのか、私には見えない。せやけど……、

「……遅い、こうなるまでが致命的に遅すぎる。しかし……」

心まで押し潰されそうな殺気は、ほんの少しだけ収まっていた。

「本人は殺めた記憶が無い、主は当事者でもない。そんな奴らが今更何をした所で許されることは決して無いが……あえて言おう。ようやく筋を通したな、八神はやて、ヴォルケンリッター……いや、騎士をクビにされたお前達をその名で呼ぶべきではないか」

「……」

「騎士。時代錯誤の懐古厨にして戦闘狂。そんなものには未来どころか、命も守れはせん。守りたいものほど守れはしない、それが騎士という在り方だ」

「……」

「故に断ち切ってもらう必要があった。過去より続く報復心の連鎖、お前達はそれを止めたいと願いながら、一方で報復心を守っていた。皮肉なことに、ヴォルケンリッターは報復心の大きさによってその強さを証明されていた。騎士道に拘っていたお前達は、そのせいで報復心を止められずにいた。が、それは今終わりを告げた」

「……」

「騎士を辞めたお前達に、この“制裁”はもはや何の意味もなさない。報復心が晴れない以上、この戦いを続ける必要は無くなった……」

アルビオンの声音はまるで別人かと思うぐらい穏やかなもので、どこかカエサリオンのそれを彷彿とさせた。多分、報復心が無い相手……それこそ一般人やまともな人間相手なら、こんな風にすごい安心感が抱けるような態度で接してたんやろう。さっきまで殺し合ってた私らでもそう感じるんやから、被害者が頼ってしまうのもすごく納得できた。

土下座から立ち上がった私は、今なら話し合いで解決できるかと思って、寂寥感漂うアルビオンの前に語りかけようと―――

「―――故に感謝するぞ、八神はやて。おかげで真の制裁が始められる!」

「なッ!?」

直後、これまで以上の殺気がアルビオンから発せられる。彼を中心に突風が吹き荒れて思わず顔を覆った私らは、彼の体から発せられるそれに驚愕した。

「そんな……! なぜその力を……!?」

暗黒物質ダークマター。アルビオンが纏う黒い粒子はサバタ兄ちゃんと同じ、ヒトを蝕む闇の力だった。

「お前達は騎士の呪縛を克服し、新たに生き直す覚悟を持った。少しでも未来を作り出そうとする意志を取り戻した。希望をすぐ目の前にまで手繰り寄せた。だからこそ、その希望を消し去れば、お前達は真の絶望に苛まれる。お前達の意志、覚悟、その全ては報復心ごと雲散霧消する」

「アルビオン……! あんたは……!」

「上のグール達と同様に、私は報復心に暗黒物質を宿した。対リインフォース・アインス用の切り札としてな。魔力素で構築されたプログラム生命体が闇の力を纏った剣に斬られたらどうなるか、暗黒の戦士の傍にいたお前なら想像つくだろう?」

ああ、わかるとも。魔力を喰らうダークマターで攻撃されれば、魔法や魔法陣はバターのように容易く消される。それはプログラム生命体も同様だから即ち……、

「リカバリー・コードどころか、エナジー込みの回復魔法でも治せない、完全な消滅……! 斬られた部分から喰われていき、存在を維持できなくされる……!」

「その通り。マテリアルズのようなエナジー持ちではないお前達では、触れるだけで死ぬ破魔の剣だ」

故に、さっきの“制裁”ではわざと使わなかったのだ。完全消滅してしまえば、報復心を晴らせなくなるから。さっきの戦闘でシャマルが驚いてたのは、彼の体に暗黒物質が宿っていることに気づいたからだろう。

でも……月光仔の血を引いてないのに暗黒物質を宿すということは、今のアルビオンの体はなのはちゃんとほぼ同じになる。エナジーを引き出すために寿命を削る戦術……そんな自殺行為をするまでに彼の報復心は巨大だったのか……。

この事実を目の当たりにした以上、策も対策も無しに戦えば間違いなく皆は消滅させられる。今度こそ、殺される。もちろん私だけで戦うことも考えたけど、夜天の書では諸共斬られる可能性が高いし、皆のデバイスを借りても同じ結果になるだろう。そもそも一度全滅された程に実力差があるのに、一人で戦っても勝ち目がある訳がない。ましてや私は血を流し過ぎたせいで貧血症状が出ていて、正直立ってるだけでやっとや。クルセイダーを持ち上げることすらできんのに、どうやって戦えっちゅうねん。

せっかく立ち直ったのに、今度こそ終わりなんかな……。……ううん、マキナちゃんに叱責されたのに、すぐ諦めてどないすんねん! 考えろ……考えろ……! 何か、生き残る術が何かあるはずや! 何か……何か戦う方法……、あぁ、そうか。マキナちゃんの疑問の正体は、これか。

カシャリ……。

「……何のつもりだ」

唯一使える武器である聖騎士(クルセイダー)を放った私に、アルビオンは疑念の眼差しを向ける。

「これは力で解決してはならん。私らは何度か絶望に追いつめられたけど、ずっと力に頼って解決してきた。でも、それで解決できない問題もあるんや」

「だから自らその命を捧げると?」

「ううん、本か何かで見たんやけど、真面目過ぎる人ってのは、極端から極端に走りやすいらしい。確かに全てのロストロギアの破壊なんてのは極端な思考でしか思いつかない、正直崇高過ぎる理想や。でも……私はその理想が間違ってるとは、どうしても思えないんよ」

「何を言っている……?」

「夜天の魔導書を所有してる私が言うのも変やけど……あなたのその理想に込められた、被害者達への感情。これ以上、自分と同じ目に遭う人が増えないように、闇の書の再来が起こらないように、事件を未然に防ごうとした、その意思。私は……その意思を引き継ぎたい」

「何だと?」

「もちろん、髑髏事件でスカルフェイスに味方したり、マキナちゃんを死なせる要因になったことは間違いやし、簡単に許せるものやない。せやけど、あなたをその道に走らせてしまったのは、私らが間違ったせいでもある。間接的でも全ての元凶だった私らが、マキナちゃんを殺したようなもんや。だから、その罪は私らも背負わなければならへん。そして……」

「戒めとして私の理想も受け継ぎたい、と? 八神はやて、お前は自分が何を言っているのかわかっているのか? 全てのロストロギアの破壊とは即ち『夜天の魔導書もいずれ破壊する』ということになる。お前はあれほど守ろうとした家族を、自らの手で殺せるのか?」

「それは……」

「その心配はない」

シグナムが私の前に立ち、アルビオンにそう宣言する。続いて、

「まあ、他の誰かに消されるのは嫌だけど、はやてなら良いかな。どうせ死ぬなら、アタシは家族のために死にたい」

「うむ、我らは既に死んだ身。主……じゃない、家主はやての望みなら、この身の消滅も受け入れられる」

「はやてちゃんが思いついたことは、私達も察してる。だからそれに準じるだけよ」

「私達は騎士では無くなったが、一蓮托生の家族であることに変わりはない。ならば、最後まで共にあるのはむしろ自然のことだろう」

ヴィータ、ザフィーラ、シャマルも私の考えを察したうえで、同意してくれた。なら、今ここでちゃんと宣言しよう。上で見守るグール達にも聞こえるように。

「私らの人生全てを賭けた所で、全部のロストロギアを破壊できるかはわからんけど、これだけは約束する。私が死ぬ直前になったら、私の手で夜天の魔導書を破壊する! その時がどんな状況でも、最後の夜天の主として、務めを果たして死ぬ! もし他のロストロギアが全て破壊できていたら、夜天の魔導書は最後のロストロギアとなる。そして今の約束を果たせば、人々に報復心を与えるロストロギアは次元世界から消える。私の生涯を以って、その理想を果たしたる」

そう、この宣言は家族の死神に私がなると言っとる。今後私は皆から、やがて自分を殺す存在として認識されることになる。正直辛いけど……人間ってのはいつか必ず死ぬからこそ、生きる意味を見出せる。皆はプログラムやからある意味不変で不死とも言えたけど、私が死を導くことで、彼女達はヒトと同じ運命を背負うことになった。死を以って生を為す。死の運命が定まった彼女達は、これで本当の意味でヒトになれたんや。

『ファ~……!』

「見て! 被害者のアンデッドが……!」

観客席を見て、シャマルが驚きの声を漏らす。そこにいた無数のアンデッドの大半が、報復心と共に浄化されていったのだ。その光景はとても哀しいが、闇の書のせいで全てを狂わされた死者達がついに安らぎを手に入れた瞬間でもあった。

「誰よりも家族想いなお前が、最期に家族を殺すと誓う、か。私の“制裁”を超える地獄を自ら選んだことで、被害者の報復心はお前達の贖罪を認めた。……ふっはっはっはっはっ! なんだこの展開は! 茶番にもほどがあるぞ!」

高笑いするアルビオンに私らは沈黙で答える。何とも言い難い空気が試験場に漂う中、徐にもう一人の当事者がこの場に現れてきた。

「いやはや、あのアルビオンがここまで笑うとは、あまりに珍しい光景ですね。この世の見納めには十分なほどに」

「カエサリオン……?」

「八神はやてさん。あなたは自らの人生を捧げ、彼の理想を引き継ぐと仰いました。そしてそれを為す方法の一つを、自らの手を汚す覚悟と共に提示しました。実に素晴らしくて、強くて、しかし哀しい意思を見せてくれました。今のあなた達なら、確かに彼の理想を果たせるかもしれませんね」

「……」

「ですが、それはイバラなどでは済まないほどの苦難に満ちた道です。なにせ我々が一生かけても為せなかったのですから、この制裁に一生挑み続けるぐらい、過酷な人生となるでしょう。もう普通の女性として、まともな人生を歩む余地は無くなります」

「承知の上や。私の道は今……ううん、4年前のファーヴニル事変でエターナル・デュークの称号を拒否した時から、既に定まってた。もう誰も不幸にしないために、私が全ての不幸を食い止める!」

この決意によって、私は“正義の味方”というものになったのだろう。いや、あえてこう言おうか。“世界の奴隷”と。

「八神はやてさん、あなたが意思を示すというのなら、お返しに我々の意思も示しましょう。……さあ、あなたも観念して出てきたらどうですか?」

カエサリオンがそう促すと、彼の背後から現れたのは、俯いて顔が見えないリインフォース・ツヴァイやった。彼女の頬に濡れた跡があるのに気づかぬフリをしつつ、私は……、

「おかえり」

「ッ!」

あえて何も聞かず、リインを迎え入れた。八神家の末っ子は泣きながら顔を上げ、「なぜ……です……?」と尋ねてくる。

「リインが内通者だったこと、私はもうとやかく言わんよ。だってリインの意思でやったことやないから。私は許す。他の誰かが許さないと言っても、それ以上に私が許す」

「でも……私が情報を伝えたせいで、たくさんの被害が……! 裏切り者の私がいたら、皆に迷惑が……!」

「今更迷惑の一つや二つ増えた所で、まとめて責任持てばええ。そもそも本当に裏切ってたんなら、髑髏事件の時点で私らを切り捨ててたはず。もうわかってるよ。リインは私らの事を大切に想ってたからこそ、監視プログラムのことを言い出せなかったって。せやから……もうええんや」

「なんで……、なんで許して……くれるんですか。だって……私は皆を騙して……う……うわぁーん!! ごめんなさいっ! はやてちゃん、ごめんなさぁい!!」

大泣きして飛び込むリインを受け止め、しっかり抱きしめる。もうこんな目には遭わないと安心させるように、彼女の頭を撫で続ける。今ようやく……八神家は真のスタートラインに立てたのだ。

「監視用プログラムはまだ機能していますが、その情報は私とアルビオンにだけ届くものです。よって我々が告げさえしなければ、イモータルに情報は渡りません」

「被害者達の大半は浄化されたが、私は許した訳ではない。理想を成し遂げてこそ、報復心が晴れると思え」

「わかってる。もし、未来で私らがまた間違ったら……今度は容赦なく斬り捨てて構わんよ、アルビオン」

「ふん、二度と視界に入れたくないお前達の要望を、なぜ私が聞き入れてやらねばならん。だが……」

直後、アルビオンはダブルセイバーの魔力刃を消し、柄を私に投げ渡した。咄嗟に受け止めた私は、彼が自らの剣を渡した真意を一瞬で理解した。私が人生最期に行う家族の処刑には、この剣を使えと……。

「我が剣の譲渡を以って、報復心を晴らす役目は引き継がれた。力に染まりし騎士ではなく、人類種の守護騎士へと昇華せし者、八神はやて。剣の新たな銘は後で勝手につけるがいい」

「あまりに乱暴かつ簡易的ですが、これはアルビオンにとって初の騎士の叙勲式でもあります。実のところ、アルビオンは今まで一人も騎士を叙勲したことがありませんでしたからね」

「当然だ、目的を果たせぬ者が騎士なぞ名乗れるか。というかカエサリオン、お前何勝手に人の過去をバラしている」

「まあまあ、別にいいじゃないですか。あなたがどう思おうと、その資格は今もあるんですし。聖王教会最強騎士に叙勲されるのは、管理局で言うエース・オブ・エースに匹敵する名誉なんですから」

エース・オブ・エースに匹敵する名誉……頂に達した者にだけ与えられる資格。そんなとんでもないものを、仇を受け入れた者に授けるとは……。

だけど私は気づいている。この叙勲は私らの居場所を守る武器になってくれるが、同時に逃げ場を完全になくす首輪でもある。決して普通には戻れない証なのだ。

にしても……なんて重さや。剣自体の重さやない、剣に込められた数多の被害者達の報復心、人生、期待、信用……ありとあらゆる責任が、剣を持つ者にプレッシャーとして圧し掛かってくる。こんなものをずっと背負っていたのか……今まで誰にも任せず、自分一人で背負い続けていたのか。本来、私らが受け止めなくてはならなかったプレッシャー……それが今ようやく、あるべき場所に降り注いだ。

「八神はやてさん。かつてアルビオンが唯一取った弟子さえ叙勲しなかったその資格、今後の活動で有効に使ってください」

「誰も知らない叙勲式で与えられた資格が役立つか微妙やけどな……え、弟子? アルビオンに弟子がいたんか?」

「はい。昔の話ですけど、とある孤児が彼の鍛錬に勝手についてきたことがありまして、気まぐれでアルビオンが手解きしたことがあるんですよ。実力的には全盛期のアルビオンをも上回っており、今ではどこまで達したのか想像もつきませんね」

「超人的な剣術が使える孤児……あ、……いる。一人だけ思い当たるのがおるけど……」

「お察しの通り、弟子はサルタナ。彼とアルビオンは自らの出生や根本的な精神性が似ていたので、かなり良い関係を築けていたのですが、最後は思想の違いで袂を分かちました」

言われてみれば、サルタナとアルビオンは似ている部分が多い。未来で被害者を増やさないために今の時点で行動を起こす所とか。そして思想が違うのも、当事者の私らならよくわかる。
アルビオンは被害者の報復心を優先し、自らの手で次の禍根を残さないようにする。
サルタナは被害者と加害者の意思疎通を仲介し、当事者達の手で次の禍根を残さないようにする。
要するに、加害者の事情を視野に入れるか否かの違いが二人の間には存在しているのだ。いわゆる検察官と弁護士みたく。……あぁ、私らの失敗はサルタナ閣下のその、和解を信じる心に泥を塗るようなことだったのか。彼にも一度、謝らないといけないなぁ。

「あ……」

気が抜けたせいか、貧血で倒れそうになる私を慌ててシグナムが支える。考えてみれば私の出血量はかなりヤバい、致死量ギリギリのラインだろう。流石に限界なので、これからの事とかを彼らに訊こうとした……刹那。

「来る。そこの二人、壁から離れろ」

アルビオンが壁の近くにいたザフィーラとヴィータに告げた直後、何か巨大な質量を持った存在が、ぐにゃりとしか言い様の無い不気味な音と共にいきなり壁をすり抜けてきた。際どいタイミングだったが彼の指示が早かったおかげで、ヴィータとザフィーラは反射的に跳躍して、突然現れたそれに触れずに済んだ。

「な、なんだこいつ!? どっから出てきたんだ!?」

「こんな生物、ベルカでも見た事が無い! 新種か!?」

ヴィータ達が疑問を抱いたそいつは、全体的に半透明だが体色が白と翡翠色で、ワイバーンを彷彿とさせる光り輝く巨大な翼を持ち、頭部に奇妙な機械が取り付けられており、周囲が蜃気楼のように揺らいでいる存在そのものが不確かな生物だった。

「テレシア……!」

テレシア? 初めて聞く名や。
アルビオンがどこからか漂ってきた白い布の切れ端を掴み取り、眉を顰める。チラッとこちらに視線を向けた彼は、あえて何も言わずにその布を捨てた。

「あぁ、なんてことですか。やはり魔導師の宿命は潰えていなかったのですか……!」

「カエサリオン、あなた達はあの生物について何か知ってるの!?」

だがシャマルの質問に、今のカエサリオンは答える余裕が無かった。あのカエサリオンが絶望的な表情を浮かべていることがどれだけの事態なのか、事の重みを察した私は唯一冷静さを保っているアルビオンに視線を向ける。

「……霊獣テレシア。ひとまずコイツが現れたということは、タイムリミットまで残りわずかだということだ」

「残りわずかって言われても、何のタイムリミットなん?」

「ふん、後は自分で調べろ。それよりも……出てこい、ポリドリ! こいつはお前の差し金だろう!」

テレシアのいる方の反対側に向かってアルビオンが怒鳴ると、宇宙人みたいな見た目のイモータルが暗黒転移でテレシアの隣に現れた。

「せっかく要望の場を用意してあげたワタクシを土壇場で裏切っておいて、何を言うかと思えば……牢から助け出した恩はお忘れですか?」

「あいにくだが、私達はヒトの魂まで売ってはいない。可能な限り人類種を生かす公爵デュマの思想は賛同できたが、根絶やしにしようとするお前の思想に賛同した覚えはない」

「ええ、そうでしょうね。アナタ達がワタクシの意にそぐわない行動を起こすことは想定していました。なのでこうしてワタクシが直接出向いてあげたのですよ」

「ふん、わざわざご苦労なことだ。人望の無い奴は大変だな」

「だから何だというのです。減らず口をきけるのも今のうちだけですよ。テレシアの前ではアナタほどの武人だろうと無力なのですから。それに、今までアナタ達を生かしておいたのは、ヒトでありながら十億のアンデッドを従えることが出来ていたからです。だというのにワタクシに黙って勝手に浄化するとは、つくづく遺憾ですよ」

「だろうな。機嫌が悪いお前の姿は、中々に面白い。しかしテレシアまで出してくるとは、相当怒り心頭のようだな」

「ええ、もちろんですとも。故に、ニーズホッグのおかげで支配下においた霊獣テレシアの力、その身で存分に味わいなさい!」

直後、雄叫びを上げたテレシアが一直線にこちらへ突っ込んでくる。咄嗟にヴィータ達が魔力弾や鉄球で迎撃を試みるが、その全てが当たってるはずなのにすり抜けてしまい、まるで空気に攻撃してるかのように効果が無かった。攻撃が効かず、蜃気楼のような巨体が一直線に接近してくる光景は、文字通り透明な津波のようであった。

それを……、

ズンッッッ!!!!

「ヌルいわっ! この程度で私を御せるものか!」

闇の力を解放したアルビオンが真正面からテレシアを受け止め、たった一人で進軍を停止させてしまった。暗黒物質を使えばテレシアに触れることは可能らしく、凄まじい力の衝突で床が抉れていくが、本人は平気な顔で…………あれ?

彼の両腕って、あんなに白かったっけ? 気のせいか、サラサラと粉状の何かが飛び散ってきている。あれは一体……?

「アルビオン! どれくらい持ちそうですか!」

「5分だ」

咄嗟に気を取り戻したカエサリオンの質問にアルビオンは淡々と答える。でもどうして耐えられる時間に明確な数値を出せるんやろう?

「八神はやてさん。この先に物資搬入口があります。そこに小型艦がありますので、急ぎ脱出してください!」

「カエサリオン?」

「質問に答えてる時間はありません! テレシアを倒す方法が無い以上、アルビオンが持ち応えている間に、早くこの場から離れなさい!」

倒す方法が無い? アンデッドはエナジーがあれば倒せるけど、テレシアはエナジーでも倒せないってことなんか? 闇の力を得たアルビオンが勝てないってことは、実際そうなんやろう。
そもそもさっきの戦闘で疲労困憊な以上、すごく悔しいが今は逃げて、自分達が生き延びることを優先しなくてはならないのは事実や。

「これが扉の鍵です。さあ、走って!」

カエサリオンに背中を押されて、私らは試験場の端にあった物資搬入口へ通じる通路へ向かう。だがそれをポリドリが見逃すはずが無く、ESP・サイコキネシスで私の体を無理やり引き寄せてしまう。

「ぐぁ!?」

「はやて!!」

咄嗟に手を伸ばすヴィータ達だが、同様に伸ばした私の手は虚しく空を切り、吸い寄せられる。しかしその直後、

「馬鹿者!」

「げふぅ!?」

私の腹部が蹴られて皆の下にダメージと共にカムバックした。何をされたかというと、テレシアを止めていたアルビオンがこちらの状況に気づき、横から蹴りを入れたのだ。さっきの戦闘とは違って殺意は無いとはいえ、ボロボロの体にはかなり堪えた。

しかし待ってほしい。私を助ける間、テレシアを止めていなかったということは……!

「ガハッ……!! こ、これも……人々の期待を裏切った、報いですね……!」

「か、カエサリオン!」

ヴィータ達の前に立ち塞がったカエサリオンが、テレシアの爪に貫かれていた。何の力も無い彼は彼女達をかばい、その身で攻撃を引き受けたのだ。

「ど、どうして……ですか……!」

リインの疑問には答えず、カエサリオンは何てことないようにいつもの微笑みを浮かべる。そうして彼はあっという間に足元から白い粉状の何かに変異が進み、

バリンッ……!

私らの目の前で粉々に砕けてしまった。後に残ったのは、山のように積もった白い粉のみだった。

「な、何が起きたの……ヒトの体が、あんな風に砕けるなんて……!?」

人体について詳しいシャマルでも、いや、だからこそ目の前の光景は信じがたいものだったらしく、私らの誰もが困惑していた。一方、アルビオンは友の死を前にしても何も言わなかったが、その胸中は私では推し量れそうになかった。

「盾の守護獣の役目は無くとも、仲間は守る!!」

テレシアの再突進をザフィーラが食い止めようと手を伸ばす。その手がほんのわずかに触れた瞬間、

「な!? ガァアアアアッ!!!!!????」

ザフィーラの両腕が削岩機で削られるかの如く粉々に消えていき、凄まじい激痛が彼を襲う。このままでは彼もカエサリオンと同じようになるかと思ったその時、

「どいつもこいつも対策無しでテレシアに触れるな! 死にたいか!」

アルビオンが間に入ってザフィーラを安全圏まで蹴り飛ばすと同時にテレシアを食い止める。これまでの事を鑑みるに、エナジーあるいは暗黒物質を持ってる者は変異速度が遅いらしいが、それでも完全に抑えることは出来ないようだ。

「無駄なことを。何の力も無い人間が抵抗したところで、無意味に死ぬだけですのに。アナタ達だってそう思ってるんでしょう? 自分より劣る存在が生きていたところで、何の価値があるというのです」

「……」

「カエサリオンは無力だった、だから今みたく無駄死にするんです」

「……言いたいことはそれだけか、緑頭」

刹那。アルビオンがテレシアを膂力だけでポリドリの方にぶん投げる。そこから“制裁”以上の目で追えない高速戦闘が始まる。だが、テレシアには勝てない。触れるだけで変異してしまう以上、徐々に彼も変異し、最終的には肉体すら消滅する。それがわかっていても彼は戦闘を続けていた。

ポリドリの言葉ははらわたが煮えたぎるぐらい強い怒りを抱くものだが、しかし今の私らに抵抗する力は無い。彼が戦えている内に、尻尾を巻いて逃げるしか……ない!!

「(それでいい。私達の屍を超えて役目を果たせ、最初にして最後の騎士よ!)」

戦闘の最中、鍵を使って物資搬入口へ向かう私らをアルビオンはしかと見届けた。反対に私らも、彼の胸に宿る憎悪を超えた覚悟をしかと見届け、お互いに闇の底から這い上がる力として背中を押し合った。例えその先が死の崖に通じていようと……地獄に転落しようと、私らは二度と止まるわけにはいかない。

背後からとてつもない震動が何度も響き、闇のエナジーが扉の隙間から大量に漏れてくるのを背中で感じながら、私らは必死に逃走する。が、その途中、薄明かりに照らされた通路でシグナムが急にうめき声をあげて立ち止まった。

「ぐ……! 身体の感覚が……試験場から出たせいか……!」

突然その場にうずくまったシグナムにヴィータが駆け寄ると、彼女はシグナムの右腕から力が抜けていき、レヴァンティン・データが消滅するのを目の当たりにした。

「大丈夫か?」

「ああ……心配させてすまない。単純に、身体が元に戻っただけだ」

だけどそれは……シグナムにとって大事な誇りを、せっかく取り戻せた力を再び失うことである。こうして改めて突き付けられると、私としては責任が……、

「お気になさらず。私は……大丈夫です」

「ほんまか?」

「正直に申せば、喪失感はあります。ですが、家主はやてのおかげで力に拘る理由は無くなりました。むしろ、心が少し軽くなった感じがします」

「そっか……でも無理はせんでええよ。悩みがあったら、ちゃんと相談してな?」

「はい、気を付けます」

ということで、改めて逃走を再開しようとするが、シャマルがやけに焦った声を漏らした。

「なんでよ……ザフィーラの腕が治らないわ……!」

テレシアに触れて消滅したザフィーラの腕を移動しながら治療していたシャマルだが、どうもその治癒が上手くいかないらしい。

「もういい、シャマル。テレシアに触れて理解した、アレは全ての生命を葬る存在。即ち生命の範疇にある存在であれば、問答無用で消滅させる力を持っているのだ」

要するに、ザフィーラの肉体の構成プログラムそのものがテレシアに一部消滅させられたから、治癒魔法でも治せないということだ。無いものは治せない……よってザフィーラはこの先、両腕無しで生きていかねばならない。

「フッ、図らずも同じ境遇になったな、シグナム」

「何を言う……私よりザフィーラの方が、よっぽど生活に支障をきたす負傷ではないか……!」

「だが後悔は無い。お前達を守れたのだからな」

そうやってニヒルに笑うザフィーラ。彼の無骨で優しい気遣いに、私らも応えないといけないな。

「もし……カエサリオンがかばってくれなかったら、アタシも……」

隣では、寸での所でテレシアに触れずに済んだヴィータが、もしもを想定して身震いしていた。確かにヴィータの場合は腕どころか完全消滅の可能性が高かった……そう思うと私もゾッとする。

そんなこんなで何とか物資搬入口に到着した私らは、部屋の奥にあった小型艦……っておい、こんなのしか無いんかい。
そこにあったのは3人以上が乗ることを想定していない、どんぐりみたいな形状の複座型戦闘機で、一応コクピットはそこそこの広さはあったものの、明らかにこの人数が乗ったら満員電車並みのキツさ間違いなしやった。
アルビオンが皆を運んできた時の輸送艦もあるにはあるが、今の状況を鑑みると攻撃機能も無いし機動力も遅すぎて到底話にならない。つまりこの小型艦に乗るしか生き残る道はないのだ。

「四の五の言ってる場合じゃない。彼らが身を挺して稼いだ時間を、無駄にするわけにはいかへん!」

その一言と共に全員乗船を開始、操縦席に座った私の膝の上にヴィータ、肩にリインを乗せて発進シークエンスを開始する。このメンバーにしたのは、操縦できる最低限のスペースを確保するためだ。一方……

「ぐ……これは、想像以上にキツイ……!」

「ちょっとシグナム! 胸引っ込めて! 息苦しいわ!」

「そういうシャマルこそ、もう少し腹を引っ込めてくれ!」

「ふふふふふ太ってないわよ! ってちょっ、お尻くすぐったいからモゾモゾしないで!?」

「んんぅ! だからって私の胸に顔をうずめるな……! そこで息吸うなぁ!!」

「(隣で美女二人がくんずほぐれつしていると言えば聞こえはいいが、実際は狭苦しい場所でもみくちゃになってるだけだからな……。ふぅ……下手すれば酸欠になりかねんが、我慢するしかない)」

後部座席にはシグナムとシャマル、ザフィーラの大人3人が押し込められている訳だが、なぜか羨まけしからん状況になっとる声が聞こえる。おかげで集中が乱れて仕方がない。まぁ何とか私はシートベルトで体を固定できて、その間に小型艦がカタパルトへ運ばれた。カウントダウン後、どこかのロボットアニメみたいにエンジンが音を立てて発進した。

救難信号も発したし、次元転移すれば一息つける……といきたかったが、現実はそんなに甘くは無い。このまま私らの逃走を敵が見逃す訳も無く、確実に追手がかけられるはずや。

「皆、後ろにけいか……い……」

「できねぇな……」

後部座席がぎゅうぎゅう詰めになってるせいで、後ろを確認することが出来ない。これじゃあ追手が来た時に姿が見れないやんか!

「はやてちゃん、後方から砲撃魔法です!」

「砲撃魔法!?」

追手を放つどころか、いきなり撃墜にかかるって容赦ないなぁ!

「ふぇ!? こ、この魔力波形は……!」

「リイン! どっちに回避すればええ!? どこに撃たれとるのかわからんのよ!」

魔力探知で出た反応にリインが目を剥いて驚くが、それよりも急いで回避機動を取らねば撃墜される。そのことをすぐに理解した彼女は、「右です!」と叫ぶ。反射的に舵を右に取り、小型艦を旋回させると、ピンク色の砲撃が機体をかすめて前方へ飛んでいった。

ふぅ、何とか直撃は避けられ―――なんやと!?

あまりの光景に私も驚いた。飛んでいったはずの砲撃が、目の前で折れ線のように屈折したのだ。理論上は可能とはいえ、射撃魔法と砲撃魔法では全く次元が違う! なのにそれを為すなんて、信じられん魔力コントロールや! 一体どんな化け物魔導師が敵に……!

考えてる場合じゃない。とにかく私は正面から再び飛来してきた砲撃を、舵を上に取ることで再度回避を試みる。だがその結果、死角となった機体の裏側で砲撃がまた屈折、どてっ腹に直撃してしまう。ダメージアラートが鳴り響くが、その表示を見て私は更に青ざめた。

「マズ……次元転移機能が暴走しとる! ここからじゃ制御できひん!」

コントロールを受け付けなくなった小型艦は次元転移を勝手に開始、結果的には追撃から免れたし第6無人世界から脱出を果たすも……、

「くっ……この……! はぁ……ダメや、全く動かせなくなってもうた」

「さっきの砲撃でエネルギータンクも破損してるです。おかげで次元転移機能の暴走も収まりましたが、残ったエネルギーは転移で全部使っちゃったようです」

「マジかよ。機器がイカレて座標もわからない以上、次元空間の真っただ中で漂流か……」

ヴィータが眉をひそめて嘆く。ぶっちゃけ宇宙であても無く漂流するに等しい状況に陥って、私らは心に小さな絶望の影が差すのを感じた。

「なぁ、皆は次元転移魔法とか使えんの? 使えたら誰かに助けを求められるやろ?」

「ほへが……ひひほうはひほほひは」

「シャマル……説明しようとしてくれるのはありがたいんやけど、シグナムの胸で口元塞がってるせいで全くわからんわ」

「ぷはぁっ! それが……一応闇の書にはその魔法が記録されてたから、それを使って他の世界に蒐集しに行ったことは過去にあったみたい。だけど」

「兄様がその魔法も含めて闇の書の内部を破壊したので、今は使えないようです。それとシャマル! 頼むから何か話す時は合図を出してくれないか! そんな所でしゃべられるとくすぐったいんだ!」

「そういうシグナムも俺の耳元で怒鳴らないでくれ……。鼓膜は鍛えようがないのだ」

うん、冷静に見ると後部座席マジでカオスやなぁ。漂流という事実は私ら以上にキツイはずやのに、なんか励まされるというか、空気が弛緩するというか……。

にしても……、

「あの砲撃魔法……ピンク色やったな」

「ああ……」

「ヴィータ、言わんでもわかると思うけど、あえて訊くで。……戦える?」

「アタシは……その時までに覚悟を決める。でもさ、それははやてだって……」

「私はもう覚悟を決めたで、あの“制裁”の時にな。せやから彼女と戦うことになっても……殺さなければならない状況になっても、私はためらわない。人類種の守護騎士として、その役目を果たす」

とは言ったものの、実際にその場面になったら多分戸惑いそうやな。私の精神はまだ、“人殺し”の一線までは越えていないのだから。

―――ガコンッ!

「うひゃぁ!? な、なんですか!? 機体が何かのアームに掴まれたです!?」

今の私らには何も出来ない以上、背筋に冷たい汗が流れる。もしこの小型艦がオーギュスト連邦の領域内に入ってしまってたのなら、私らは捕虜として……いや、それならまだマシな方だ。相手が犯罪グループなどだったら、慰み者にされる展開間違いなしや。

だから上の方に見覚えのある巨大な艦影が見えた時、私らは心の底からホッとした。私らの乗る小型艦を収容した戦艦は、アウターヘブン社製次元航行艦エルザ。髑髏事件で殉職したシュテルちゃんに代わり、レヴィちゃんが艦長になった戦艦や。

ようやく安全な場所にたどり着けたと安心した気持ちを抱きながら小型艦を出た私らは―――

「はーい、再会して早々悪いけど拘束するね~」

「はいぃ!?」

レヴィちゃん率いるエルザクルーに拘束されてしまった。訳が分からないと困惑する私らを前に、ちょっと破天荒なデザインの艦長服を着たレヴィちゃんは「あ~そういや知らないんだっけ」と頭をかいて呟く。

「管理局がアウターヘブン社に敵対行為をしたから、それを知ったオーギュスト連邦がかなりピリピリしてるんだ。ま~向こうからちょっかい出したんだから、怒るならその判断を下した人に向けてね」

「マジで!? 私らの知らん間に何やってんねん……!」

「だから例え知り合いでも不審な行動を起こしている管理局員を見逃すわけにはいかないんだ。連邦が敏感になってる今の次元世界じゃあ、たった一人の管理局員が下手な真似をするだけで……ううん、ただ一発の魔力弾で全てが滅亡へ向かってしまう程ヤバいの。だからそういった小さな火種すら起こさないためにも、一度拘束して事情聴取しなければならないのさ。すっごくメンドーだけど。……ある意味立場逆転だね、これ」

全くや。法の外にいる存在が、法を守る存在に対し、世を乱さないための取り調べを行う。皮肉な話や。

「ま、ヤバいことしてないなら大丈夫だよ。取り調べは連邦関係者も同席するけど、不審な点が無ければ大した問題にはならないし。要は『なんでそこにいたの?』って教えてもらうだけだからさ」

「一応確認なんやけど、身柄の保証は……」

「あ~大丈夫ダイジョーブ、乱暴なことはしないって約束するよ」

何だか改造されそうな呼び方が混じってたけど、レヴィちゃんの事やさかい、嘘は言うとらんやろ。第一この拘束もあくまで形式上のものやろうし、目的や理由も納得できるものやから、抵抗する必要は特にあらへんな。むしろ抵抗したら後がヤバいと普通にわかるわ。

そんな訳でデバイスを預けるだけの緩い武装解除をされた後、私らは空いてる寝室に軟禁された。疲労困憊な私らの姿を見て、今のうちに休めって意味も含めてこの部屋にされたんやろう。

「ところで事情聴取はいつするん? こっちはいつでもええけど?」

「今はエルザに連邦関係者が乗ってないからね。その人がいる所に戻ってからになるかな」

「じゃあそれまでは休んでてええの?」

「いいよ~。そこのお布団はゲスト用のだからちゃんと綺麗にしてるし、ふっかふかの羽毛布団だから最高の寝心地だよ~? ほ~ら、もふもふ~♪」

う……た、確かに気持ちいい……! ふわぁ……ハッ! あかん、これ一度入ったら出られん奴や……! せ、せやけど……久しぶりにまとまった睡眠が取れると確信した体と脳が、私の意思を無視して誘惑されとる……!

って、私が悶絶しとるのをよそにヴィータ達はいつの間にか布団の中に潜り込んで熟睡していた。家族そろって欲望に忠実やね、もう!

「私も寝ちゃうのを我慢しとる間に、せめて行き先だけは教えてくれへんかな……?」

「あ、そういや言い忘れてたね。行き先はフェンサリルだよ」

「フェンサリルって確か連邦に加盟したんやっけな。管理局員の私らを乗せたまま行っても大丈夫なん?」

「本来は駄目なんだけどね。捕虜として事情聴取するなら、新しいアウターヘブン社の拠点内だけ入国を許可されてるんだ」

「新しい拠点?」

「ウルズとミーミルの中間地点ぐらいの場所に、二国間共同開発都市ってのが作られてるんだよ。まあ元々廃棄都市になってた場所を再利用してるのさ。名前はイザヴェル、いずれ貿易の中心地になると見込まれてる場所なんだけど、そこの一角に小さい拠点(FOB)を建てたんだ」

「イザヴェル……FOB……」

「そうそう、はやてん達はまだ知らないだろうから教えとくよ。イザヴェルには新しく学校が建てられたんだけど、今サクラがそこに通ってるよ」

「サクラちゃんが学生!?」

「あれ? 学生なのがそんなに驚くことかな……日本の年齢的に、はやてん達も中学校に通ってて当然なんじゃないの?」

「あ、あはは……すみません、最近全く通っておりません」

「あのね……連邦が管理局や管理世界に対して抱いてる不満は、はやてんのような子供が任務やら仕事やら勝手にターゲットにされてるやらのせいで、満足に学校に通えなくなってる点も含まれてるんだよ?」

「返す言葉もあらへんなぁ。でも、それならレヴィちゃん達はどうなんよ?」

「ボク達はマテリアルだから見た目通りの年齢じゃないって、連邦の人達に理解してもらってるから大丈夫。それに、いざとなれば“大人モード”でごまかせるから初対面の人でも問題ナシ!」

「大人モード?」

「ふふん! ボクの大人モードはすっごいぞ~! バインバインだぞ~!」

バインバイン。

「むっちむちだぞ~!」

むっちむち。

「皆曰く“ないすばでぃ”なんだぞ~!」

ないすばでぃ。

「まあいつか使う時が来たら、その時にご覧あれ!」

ヤ、ヤヴァイ。大人モード……うわぁ、すっごく魅力的なワードやし、今すぐ見てみたい! それに……ぐふふ……。

「おっと禁断症状が。え~話がそれてもうたけど、サクラちゃんも無事やったんやね」

「今だからこんな風に言えるけど、あの時はその後も含めて色々大変だったんだよ? 詳しい説明は後にするけど、結論だけ言えばあの場にいた人は全員助かったんだ」

「全員ってことは、ジャンゴさんも?」

「あ~……うん。一応」

「なんや、歯切れ悪いなぁ」

「あの人だけは事情が違ってね……まあ、二人の身柄を世間から隠してた理由も後で話すよ。とりあえず雑談はこのぐらいで切り上げて、はやてんもそろそろ寝たら? フェンサリルまでまだ時間かかるし、ボクも色々やることあるし」

なるほど、確かに艦長やさかい入国手続きとかせなあかんのやろう。あんまり長々と引き留めるのも悪いか。

それに行き先をしっかり教えてくれたし、大人モードも期待させてくれたし、安否が不明だったジャンゴさんとサクラちゃんの無事が知れただけでも十分儲けものや。

話を切り上げてレヴィちゃんが部屋を去った後、私はまるで吸い寄せられるようにお布団に入ると、あっという間に眠りに入ってしまった。毎日毎日アンデッドの襲撃で常に寝不足気味やったさかい、こうしてゆっくり休めるのはもうホント、ガチで久しぶりやねん……おやすみなさい。








「あ、もしもしサクラ? 今大丈夫? うん、今エルザでそっちに向かってるところ。……え? それホント!? 良かったぁ~! ラジエルの報告は本当だったんだね! 想定より早く済んだのは、やっぱり太陽仔だからかな? そうそう、実はこっちも面白いものを見つけたんだ。しかも片方は世紀末世界からの来訪者だ、会ったらジャンゴさん絶対驚くよ~? じゃ、また後でね~!」
 
 

 
後書き
シャロンの歌:前回の歌がここで効果を発揮しています。もしこれが無かったらマキナの残留思念が起きず、はやて達はそのまま没してます。
人類種の守護騎士:新たな世界における最初にして最後の騎士。はやてにとっては家族を守る最大の武器ですが、同時に家族を傷つける最悪の武器でもあります。
ダブルセイバー:アルビオンから継承した、はやての新たな武器。
テレシア:ゼノブレイドより、サニー・テレシアがモデル。ゼノギアスのアイオーン、ゼノサーガのグノーシスの要素もプラスされているので、対抗策が無い今は触るだけでアウトです。なお、正体は……
イザヴェル:北欧神話の地名より引用。
FOB:MGSV TPPより。
大人モード:Vividより。レヴィの場合はイノセントのGEみたいな感じです。
サクラとジャンゴ:エピソード2ラストの展開がアレでしたが、一応無事です。


マ「新年なので晴れ着でやるよ! 突っ込めイノシシ! マッキージムで~す!」
フ「謹賀新年、明けましておめでとう。弟子フーカじゃ」
リ「せっかくなので私も祝います、リンネです」
マ「まずは謝罪を。実は年末に投稿してたけど、トラブルで遅れました!」
フ「まあ、そのおかげで八神家が助かる場面まで進んだのは幸いでは?」
リ「年末の時は漂流の所で切ってたらしいです。今回はすぐに助かったけど、もし遅くなってたらダブルオーのアレルヤ的な極限状態になってましたね」
マ「助かるといえばサクラ達。あの爆発の時に何があったか、その答えは次回で説明予定だよ」
フ「それは良いのじゃが、状況がごちゃごちゃし過ぎて情報が整理しきれんぞ」
リ「一つわかるのは……テレシアが出てきたのがフラグとしてヤバすぎるってことですね。なんかそれっぽい描写ありましたし」
フ「正直、人類が生き残れる気が全くせんのじゃが……」
マ「敵の能力や要素がやたら豊富だからそんな気がしてるだけで、実際に倒さなければならない敵の数自体は変わってない。むしろ今回の八神の努力のおかげで減ってもいるから、まあ気長に見守ろうか」
リ「確かに十億のアンデッドが浄化された訳ですから、ミッドの襲撃の規模も低下するはずです」
フ「代わりに別の問題が起きそうじゃがな。にしても管理局がシャロンに手を出したことが、連鎖的に連邦の警戒心にも作用するとはのう……」
マ「そこは管理局上層部……というかレジアスの視野にはその辺が入ってないってことを示唆してるんだ。ミッドの治安を優先しすぎているから、アウターヘブン社と連邦の線がよく見えてないって感じ」
リ「要するに連邦はアウターヘブン社というレンズを通して管理世界の動きを見ているから、レンズに攻撃すれば連邦も攻撃されてるように見えてしまう訳ですね」
フ「はぁ……もう少し状況が単純にならないもんか。突撃思考のわしには厳しいわ」 
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