リリなのinボクらの太陽サーガ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
追憶のアンサング
前書き
Q:なんでこんなに遅くなった?
A:エルジアでトリガーが懲罰部隊で無人機とダークブルーしてました。
というわけで遅くなって申し訳ありません。平成の終わり際ですが、ようやく投稿できました。
2年前
第13独立世界フェンサリル
「ッ!!!! 皆伏せろぉ!!!!!!」
ジャンゴが叫んだ次の瞬間、部屋が爆炎に包まれた。
咄嗟にサクラ達を抱えて倒れこんだ彼の背中を容赦なく時限爆弾の炎が焼き、即死級の痛みでジャンゴの顔が苦痛に歪む。ホテル内は火災警報のベルが鳴り響き、突発的な事件に周囲の客が急いで逃げ出し始める。
「お、お兄ちゃん! 私達をかばって……!」
「そこかぁ! ジャガーノート!!」
かばわれた体勢のまま、不穏な気配を感じたポイントへジャガーノートを発射するディアーチェ。その対応の速さ故に襲撃者は隠れるどころか回避も間に合わないと判断し、防御態勢を取った直後に闇の砲撃が直撃、小規模の爆発で一帯が煙幕に包まれる。
「サクラ、貴様はアギトと共にジャンゴを連れて下がれ! 招かれざる客の相手は我らがするぞ! レヴィ! ユーリ!」
「了解。ごめんねサクラ、せっかく遊びに来たのに襲われる羽目になって。その尻拭いぐらいはさせてね」
ディアーチェに続いてユーリと共に臨戦態勢に移ったレヴィは、指示通りに下がりつつあるサクラ達に向けて謝罪する。その寂しげな子犬みたいに落ち込んでるレヴィに対し、サクラは首を振る。
「ううん、レヴィちゃんが謝ることじゃないよ。それよりも、皆で無事にこの場を乗り切ろう!」
「……うん! 任せといて!」
気を取り直したレヴィは煙幕の中にいる襲撃者に対し、改めてバルニフィカスを構える。相手のアクションへ瞬時に反応できるよう、爆発による炎がまだ揺らめく部屋の空気の流れにすら意識を集中するマテリアルズ。意識が朦朧としているジャンゴを背負いつつ、サクラはマキナの遺品となったシャマルの本から学習中の、まだ不慣れな回復魔法で彼の治療を開始する。マキナと違って治療中は完全に無防備になるが、彼女達ならどんな襲撃者が相手でも大丈夫だと思い、背中を預けた。
そして砂漠の風で煙幕が晴れて襲撃者の姿が露わになると、マテリアルズは敵戦力の分析を発見と同時に終わらせる。
「怒れ! マテリアルズ! 感情を露わにしろ! もっと怒っていいんだ! 怒りは怒りを産む! さぁ! 怒って見せろ!」
強化服から浮かび上がる肉体のラインで女だと思われるが、マスク越しで顔が見えない敵が怒りの声と共に、背負っているグライダーが奴の怒りを具現化するように燃え上がり、高速戦闘機に匹敵する速度で地面へ飛翔、驚くべき事に水の中に消えるように潜っていった。
「装備は専用強化服にグライダー、それとグレネード類が多数……時限爆弾を設置したのは彼女で間違いないでしょう」
「目視できる敵は一人だが……あの地面に潜る能力、もしや……。いや、詮索は後だ。とにかく潜伏したのはここら一帯に先程のような爆弾を仕掛けるためだろうな」
「アイツに既視感がある理由はボクもわかったけど……なぜ彼女が襲ってくるんだろう? ん? ってことはユーリ!」
「新しい子の狙撃ですね、わかってます! R式スピリット・フレア展開!」
考えにふけかけたレヴィは即座にあることを思い出し、理解したユーリはホテルの外へ飛翔、遠方から泣くような悲鳴と共に飛来してきた狙撃を眦翼で防御し、飛散した魔力を即時吸収、損傷した防御の翼を補填どころか更に強化する。
「か~ら~の~、S式エンシェント・マトリクス!」
すかさず翼の中で展開していた大剣をユーリは投擲したが、その大剣はほんの少し先で急に消える。まさか不発かと思ったサクラだが次の瞬間、遠方で爆発が起こった。
「え、えぇ!? あの子何したの!?」
「あ~説明するとね。あれはエンシェント・マトリクスをサーチ技にした新魔法だよ。ボクのゼロシフト・リンクスはデバイス間を瞬間移動するものだけど、ユーリのは投げた攻撃魔法が相手の場所に瞬間移動するんだ。要するに『ユーリに狙われる=瞬間移動する即死攻撃に四六時中襲われる』んだよ。しかも本体を狙ってもR式スピリット・フレアが全部防ぐし、攻撃すればするほど防御力が強化されるんだもん。いやぁ、言葉にするとヤバいね!」
「いやヤバいで済まないよ!? 一人無敵要塞!? 知らないうちにマテリアルズの皆、異常に強くなりすぎ!」
マテリアルズのレベルにサクラが驚く中、冷静に周囲の伏兵を探していたディアーチェに向かって、この部屋にあったテーブルの残骸がまるで触手のように動き出し、彼女を捕らえようと迫り―――、
「たわけ、見えておるわ」
実は仕込み刀に改造していたエルシニアクロイツから抜刀、居合いで触手を斬り飛ばす。すると先の爆発で吹き飛んだ残骸の中から、不気味な笑い声と共に先程の敵と似た強化服を着た女が現れ、彼女が腕を一振りすると多くの残骸が脈動と同時に動き出し、一斉に彼女達の下へ襲い掛かってきた。とはいえこの程度で彼女達が押されるはずもなく、ディアーチェに続いてレヴィがバルニフィカスを振るって薙ぎ払った。
「あ、やば!」
ドドドドン!!
だが薙ぎ払った残骸に仕込まれていた、というより残骸を運んでいた機械のハチが今の攻撃で自爆し、レヴィが巻き込まれかけるが咄嗟に気づいたディアーチェが防御魔法で彼女をかばう。
「敵の特性も知らず、迂闊に攻撃するな」
「いやぁ、少し前まで切り込み隊長やってたから、ついクセで……。でも今のハチって、ザ・ペインのを模したもの?」
「となると相手の特性も大方察せるが、ともかく残骸が多いここは場所が悪いな。一度撤退するぞ。ジャンゴはサクラと我で抱える、空で編隊を組むぞ。レヴィとユーリは護衛を頼む」
「了解!」
サクラと共に瀕死状態のジャンゴを両脇で抱えたディアーチェはレヴィと共に爆破で空いた穴から飛行魔法でホテルを脱出、編隊飛行で追撃を上手くやり過ごしながらその場を後にした。
「後でホテルの人達に謝らないといけませんね」
「ふむ、しかし今のあやつらからはCEOの話にあったBB部隊と同じ気配がした。断言は出来ぬが、そういうことだろうな」
「記憶転写の技術によって、“BB部隊の記憶を移された”んですか?」
「いつ解析されたのかはわからんが、彼女達の記憶は精神を破壊して尚余りあるほど悲惨なものだ。正直、BB部隊運用に関してはCEOの決定と言えど気に喰わんが、元々は『愛国者達』から奪い、結局救えなかった者達だからな……。あの運用もCEOの目的を聞いた以上は仕方のないことだと割り切りはしたが、しかし……それがこういう形で次元世界に影響してくるとはな」
「今の彼女達は植え付けられた記憶のせいで暴走しているの?」
「豹変の理由はそれだろうが、装備が変わっている理由は不明だ。何にせよ、一刻も早く帰還し、あの博士を問いたださねばならぬな。あまり悠長にはしていられん」
と、呟いたディアーチェの端末に狙ったかのようにCALLが入る。通信を繋げると、相手はこの問題の渦中になりかけている人物、スカリエッティ博士だった。
「この状況でそちらから通信してくるということは、説明してくれると見て間違いないな?」
『無論さ。むしろ彼女達を正気に戻す力を貸してほしいからこそ、急ぎこちらから誠意を示したんだ』
「ほう、だが詳しく説明を聞くのは後でだ。ひとまずこれが“事故”なのか、“事件”なのか、それを聞きたい」
『ふむ、その二択で答えるならば“事件”が妥当だね。メンテナンス、あるいは製造中だったとはいえ、彼女達の精神に私自身が何かした訳ではない』
「故意でも過失による事故でもないのだな。ならば相手は貴様でも対処できん頭脳の持ち主なのか?」
『まぁ、電子戦は本業じゃなくとも負けない自信はあったんだがね。まさかこの私が負けるとは本当に思いもよらなかったよ。無限の欲望たるこの私が、勝負にすらならなかった……あまりに一方的だった……』
「なんと……貴様が全く太刀打ちできなかったのか?」
『非常に屈辱だがその通りさ。情報、記憶、術式、ウイルス、バグ……電子におけるありとあらゆる武器がまるで一つの生き物のように娘達の精神に喰らいついて、津波のように汚染していったんだ。とはいえ、私の方もむざむざ敗北した訳じゃない。相手の端末からほんの少しだが情報をかすめ取ることができた。“デウス”という固有名詞らしき言葉なのだが……君達は心当たりがあるかい?』
「ッ……! いや……ないな」
『とにかくだ、“デウス”の浸食が及ぶ前に接続を切り離した娘達は辛うじて無事だったが、汚染された娘達は君達も見たように敵の操り人形にされてしまった。今度ばかりは私も本気でやろう。相手が何者だろうと、私の娘達をたぶらかした奴にはすぐに報いを受けてもらうつもりだ』
そこに込められた感情には、自分の大事な作品……否、家族である娘達に対する愛情と、彼女達を狂わした何者かに対する憤りが込められていた。
『依頼を出そう、アウターヘブン社の支社長、王のマテリアル。目的は浸食、洗脳を受けてしまったナンバーズの救出。報酬はこの私の全て、でどうだ?』
「ふむ……確かに貴様の頭脳は魅力的だが、割に合わん。今回の襲撃は次元世界に大きな火種を撒くことになる、なにせ我らだけでなくジャンゴとサクラも巻き込んだのだ。フェンサリル政府だけでなく管理局も犯人探しに躍起になるに違いない。アウターヘブン社に貴様を受け入れるということは同時に、貴様を厄ネタ共々匿うことでもあるのだ。我らが管理局と同じ所業をしてしまえば、今まで培ってきた世間の支持を大幅に失う羽目になる」
『もちろん、私もそれは把握している。メリットに対してリスクが大きすぎることもわかっているとも……ああ、重々わかっているともさ! だがな……父親がどこの何者とも知れない輩に娘を奪われて怒るのは当然のことだろう!』
「ッ……!」
別の世界じゃブーメランになりそうだが、ここでは一応まともな思考をしているスカリエッティの口から放たれたその言葉に押し黙るディアーチェ。そのやり取りを見ていたサクラはジャンゴの方に少し視線を向け、彼の兄サバタのかつての境遇を思い出した。
「はぁ……仕方あるまい。あまり気は進まぬが、“表”の世情は我が何とかしてやる」
『感謝する。この無限の欲望、全霊を以って君達の力になろう。あ、それとだね。もう一つ、火急で対処してもらわなくてはならない問題がある。つい先程、次元世界全体に巨大な虚数反応を探知した』
「なに、虚数反応だと?」
ディアーチェとスカリエッティの会話に知らない単語が出てきて困惑するサクラ達に、ユーリが説明する。
「虚数反応とは要するに、現実世界では実体を持たないエネルギー反応のことです。現実世界におけるエネルギーはニュートンやワットなど……そういう風に物理学や数学で実数値として表せますが、虚数値だけの力は何の効果も及ぼしません。しかし虚数が重なれば実数に変化し―――」
「ごめん、私にもわかる言葉でお願い……」
「え~……お願いするなら、ちゃんとした態度を見せてくれないとですね~……」
「ゆ……ユーリお姉ちゃん! 私に……お姉ちゃんの知ってること、教えてくれる?」
「は~い! お姉ちゃんにまっかせなさ~い!」
「(やっぱりチョロい)」
「え~っとですね。例えるなら二つの部屋があって、壁の防音が完璧だとします。片方の部屋では宴会や乱闘などでジュースが飛び散ったりどったんばったんいや~んで騒がしくしても、もう片方の部屋には音が届きません。しかし音が届かなくても、騒ぎによる震動は届きます。あくまで例なので実際の現象とは差異がありますが、感覚だけならこれでわかるはずですよ」
「うん、途中変な例えが混ざってたけど、私も何とか理解できたよ。つまり虚数空間にいる何かが現実世界に出てこようと暴れたから、攻撃があったことはわからなくてもその震動……虚数反応がこっちに出たってこと?」
「はい。どれだけ膨大なエネルギーだろうと虚数値であれば静電気すら起きないほど無害なのですが、次元世界全体に行き渡るほどとなれば無視する訳にはいきません。なにせ虚数空間にいるのは……サクラ、あなたもオリジナルの記憶で知っているでしょう」
「……うん」
「だから私達もアレが彼女の力を凌駕してしまった時に備えて、虚数空間の仕組みを解析したり、対策方法を研究していたのですが……どうやら状況は私達の想像以上に悪くなっていたみたいです」
スカリエッティから虚数反応の話を聞いた時点で、ユーリやディアーチェ達は虚数空間で何が起きたのか察していた。だがその直後、先程の悲鳴込みの狙撃が再びユーリ達へ襲撃してくる。
「あれ、さっきので仕留めきれなかったんですか? よほど硬い強化服を着込んでるんでしょうね」
「ふむ、十分移動したし、ここ砂漠地帯なら無関係な人を巻き込む心配はない。丁度いい、我らはここで反撃に移る。サクラ達は地上に降りてしばらく身を隠し、私達が敵を引き付けたのを確認してからウルズへ向かえ」
「オッケー王様! サクラ、ジャンゴさんは任せたよ」
「うん、今度は私が守るよ。必ず」
そう約束するとサクラとディアーチェ達は二手に分離した。地上の砂漠、ちょうど狙撃ポイントから死角になる砂山の間に降りたサクラ達は、ディアーチェ達が敵の相手をしに引き返すのを見届ける。
「ごめんね、お兄ちゃん。おてんこさま、お兄ちゃんの傷の具合は?」
「防具無しで爆発の衝撃を受けたから相当なものだった。だが幸いなことに、サクラのおかげで深刻な事態にはならなそうだ」
「……んん?」
おてんこの称賛に、サクラは大きな違和感を抱いた。ジャンゴの怪我は最初、出血も酷い痛々しい無残なものだった。サクラは自分のつたない治癒魔法では、この怪我を塞ぐだけで2時間はかかると見込んでいた。しかしここに来るまでにかかった時間はせいぜい20分近く、しかも移動しながらだから治療効果も低いはずだった。
しかし今、ジャンゴの傷はちゃんと塞がっており、後は体力さえ戻れば戦闘も問題なく行えそうだった。この回復速度はどう考えても自分の治癒魔法を超えている。そしてとあるアクセサリーをジャンゴが装備しているのを見て、サクラはこの驚異的な治癒速度の答えにたどり着いた。
「マキナちゃんのファイヤダイヤモンド……ずっと着けてたんだね、お兄ちゃん」
「大事な仲間の……彼女の遺品だからね。これは絶対に失くしたり手放したりしちゃいけない……そんな代物だ」
「だからだよ。そうやって大切にしてくれてるから、彼女は今も力を貸してくれてるんだ」
「うん、まるで彼女の力が流れ込んでくるようだ。これなら……ぐ!」
「お兄ちゃん! 傷は塞がってもダメージは残ってるんだから無理しないで!」
「大丈夫……これ以上サクラに心配はさせられないよ」
まだ相当痛いはずなのにそれをやせ我慢して微笑むジャンゴ。そして今の『心配はさせられない』というセリフに、サクラは理解した。この人は大切な人を守るためならどんな無茶もまかり通してしまうと。だが、悪い事は立て続けに続くもので、状況は彼等に更なる牙をむく。
ズン……!
「な……この重圧は……!」
ズン……!!
「じょ、冗談でしょ……!」
「地面から漂うこの気配は……まさかこんな場所でだと……!」
ゴゴゴゴゴゴ!!!!
突然、マグニチュード8クラスの地震が発生し、ジャンゴ達はその場に膝をつく。同時に目の前にあった砂丘があっという間にすり鉢状に抉れ、中央に向けて砂が流れ始める。先程の地震を引き起こした存在、この流砂を引き起こした原因を前にして、ジャンゴは目を疑った。そいつは背後で時空の穴が歪み、虚数空間から身を乗り出してきていた。一部に石化が残りつつ、しかし彼女の封印を打ち破って本能のまま現世を破壊しようと、再び目覚めた怪物……。
ギィイィイイィイイィイイィイイッッ!!!!!
「嘘、ヴァナルガンド!? なぜこんな所で虚数空間の穴が開くの!」
「ってかこの状況、蟻地獄そのものじゃねぇか!!」
地面の中に空いた虚数空間に通じる穴、ヴァナルガンドが這い出た場所に砂が流れこむことで図らずも蟻地獄の巣にはまった蟻の状況に陥ったジャンゴとサクラ。足元が急に砂の中に埋もれていったことから、サクラは飛ばなければマズいと直感して飛行魔法を展開する。だが、
「ぐがぁっ!?」
砂の中から伸びてきたヴァナルガンドの腕がサクラの両腕を挟み込むように胴体を捕まえ、グイっと砂の中に引きずり込む。砂漠の柔らかい砂は水に近いレベルで対象を沈めてしまうもので、ヴァナルガンドに引っ張られて一瞬で首元まで埋まったサクラは必死に脱出しようとするが、力は圧倒的にあちらの方が強く、その様子は海難事故で溺れかけている遭難者同然だった。
「はっ、はっ! 息が……わぷっ!! す、砂が口に……!!」
「サクラ! く、くそ、アタシの攻撃じゃビクともしねぇ……!」
「(このままじゃ、サクラが死んでしまう……! 完全に回復はしてなくとも、戦う力はある……! なら動くんだ! もう守れないのは嫌なんだ! 誰かを失うのは嫌だ!!)おてんこさま!」
「何をする気だジャンゴ!?」
「太陽ォー!!!」
サクラが自力では抜け出せず、他に戦える者がいない以上、自分が助けるしかないと悟ったジャンゴは、今出せる力を振り絞ってトランス・ソルを発動、ソルフレアの跳躍力を用いて自力で流砂から脱出する。一時的に上空に跳んだジャンゴはそのままヴァナルガンドの頭部へ向けて、ソルフレアの蹴りを放ち、自分諸共虚数空間の穴の中へ落ちていった。もう誰も死なせたくない以上、彼としては本能的に動かずにはいられなかった。例えそれが自分の命を縮めることだとしても。
今の一撃で拘束から逃れられたサクラは辛うじて上空に退避できたが、振り向いた彼女の目にはジャンゴの姿は映らなかった。砂の中の闇に消えた太陽……完全に見えなくなってしまった兄の姿に、サクラは彼の名を呼んで叫ぶ。
一方、ジャンゴはヴァナルガンドと共に虚数空間に落下していくのだが、両者ともに落下で身動きが取れずにいた。
「(ここが虚数空間か……まるで奈落だ)」
いつの間にか封印が解けていることとか色々問題はあるが、ひとまずヴァナルガンドが地上に出て破壊の限りを尽くす事態は避けられた。しかしこの場所では足場自体が無く、魔法でどうにかしようにも虚数空間では対策無しではまともに使えない。要するに、ハマった。
「あちゃぁ、我ながら盛大にミスったかも。これは、腹をくくらなきゃいけないかな」
『諦めないで! しっかりなさい、ジャンゴ!』
「え、この声、カーミラ!? 無事だったの!?」
『霊体に無事というのも変な話だけど、とにかくヴァナルガンドの抵抗は私の想像以上だった! だからあなたは生きて、あっちの世界で対策をしてもらわなくちゃいけない! こんな所で死んではいけないの!』
「だけどどうすればいいの? 空中じゃ僕は戦うどころか動くことすらままならないんだけど」
『…………困ったわね』
「君も打つ手なしなの!?」
『いえ。でも一瞬……ほんの一瞬でもヴァナルガンドの意識を奪いさえすれば、私の力でもう一度だけ封印できる。ジャンゴ、何か良い手は無いかしら?』
「絶対存在の意識を奪える攻撃……あ!」
今回の旅行の直前にレヴィからもらったメイスを、ジャンゴは待機状態から展開して取り出した。そこに宿るは次元航行艦の装甲をも穿つ、ビーティーのパイルバンカーの槍。あくまで予想だが、これから繰り出される攻撃ならヴァナルガンドと言えど気絶は免れないと思った。
「切り札はある。だけどここからじゃ届かない……!」
実際、重量の差でジャンゴよりヴァナルガンドの方が落下速度は速い。眼下の暗闇に自分より先に落ちるヴァナルガンドに攻撃を当てるには、少なからず加速させる要因が必要だった。それに攻撃した後にどうやって離れるか。回避できずに吸血で回復されたら元も子もない以上、やはり空中を移動する手段は必要不可欠だった。
だが、
「お兄ちゃぁぁぁああああああん!!!」
「えぇ!? サクラ!?」
エナジーの使えない普通の魔導師なら魔法が使えなくなる虚数空間の、暗黒物質の真っただ中だというのに彼女は飛行魔法をブーストさせてまでジャンゴの下へ飛んできた。もう生きて帰れないかもしれないというのに、サクラはそれでも駆け付けたのだ。
「サクラ……どうして……」
「決めたんだ。どこだって一緒に行くって!」
そんな彼女の想いに、ジャンゴはここまで来てくれた感謝と来させてしまった悲しみを同時に抱いた。だが来てしまった以上は共に戦うしかない。
彼女を胸元で受け止めた時の勢いで落下速度が増したことで、ジャンゴはこの機を逃すまいとメイスに力を入れる。そしてもう一つ、想いを告げたサクラの手が触れた途端、縁の下の力持ちとして支えてきたファイヤダイヤモンドからポゥっと小さな篝火が飛び出て、それが深紅のマフラーに宿ると、赤い軌跡を残す炎の翼となった。
「マキナ……」
闇の中でも飛べる翼を得て、二人は思わず苦笑する。死してなお彼の力になってくれる、この世界で会えた頼れる仲間……ジャンゴはついさっきまで抱いていた絶望が吹き飛んだのを魂で実感した。
「よし、生きる希望が湧いてきた! 行こう!」
「うん!」
ファイヤダイヤモンドの回復で取り戻した貴重な体力をフル稼働し、炎の翼をはためかせてジャンゴ達は暴れまわるヴァナルガンドに近づいていき、進路を邪魔してくる腕にはメイスをぶつけて対処する。サクラは炎の翼の姿勢制御を自らの体内に展開した飛行魔法を介してコントロールし、ジャンゴのサポートを的確に行う。文字通り内臓が暴れまわるような痛みに耐えつつ、サクラとジャンゴは頭部に到達すると、二人の手でメイスの先端を突き刺す。
「「DIE!!」」
トリガーを引く。たったそれだけの動作で虚数空間全体が鳴動するほどの衝撃と共にパイルバンカーが放たれる。ジャンゴ達が反動で離れる中、驚異的な破壊力を直に受けたヴァナルガンドは雄叫びを上げる間すらなく気絶し、カーミラによる石化封印の速度が格段に早くなった。
「か、勝ったのか……?」
『辛うじて封印は間に合いましたが……己の力不足を嘆きます。これもあくまで一時的なものに過ぎませんから……』
「じゃあどうすればちゃんと封印できるの?」
『ヴァナルガンドの力を削り続ける何かがあれば、今度こそ永久に封印できるのですが……』
「削り続ける何か……とにかく封印の要になる物が必要なんだね。わかった、僕達が探して―――ッ!」
その時、ジャンゴは見た。落下中に石化しつつあるヴァナルガンドの全身から、全て道連れにしてやると言わんばかりの、禍々しい色のクロロホルルンが無限に放たれるのを。
「(マズい、あの濃度ではエナジー使いでも即ちに吸血変異してしまう!)サクラ!!」
「え―――」
いきなりジャンゴからぎゅっと抱き締められたことに内心ドキドキするサクラだが、次の瞬間、ヴァナルガンドから放たれたクロロホルルンが襲来、地獄のような痛みがジャンゴを襲う。
「ア、ガァァアアア!!!!!!!!!」
「お兄ちゃんッ!?」
顔を上げたサクラは、ジャンゴが下から迫る大量のクロロホルルンから自分をかばうことで、LIFEがぐんぐん減っていく様を目の当たりにする。
『いけない! このクロロホルルンは強すぎる! トランス・ソルの太陽では浄化が追い付かない! ジャンゴ、今のあなたでも長時間は耐えられないわ!』
「だ、だけど僕が……守らないと、サクラが……う、ぐあぁああああ!!!」
だがこのクロロホルルンの波はかつて黒きダーインが使役していたものより強力かつ大群のため、いつ途切れるのか……そもそも終わる予兆すら見えなかった。
「(こ、このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう! 私が何とかしなきゃ!)」
急ぎサクラは練り上げた魔力を用い、ビッグシェルを展開する。スカルズの一斉攻撃すら耐えたサクラ自慢の防御魔法は……、
ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ!
「か、片っ端から喰われてる!?」
ボリボリボリボリッ!
「そんな……まるでせんべいみたいに容易く……!」
ありったけのエナジーも込めたのに、防御魔法が消し去られた。むしろあの様子を見る限り、食べ応えが増していたようにすら感じられた。
虚数空間に封印されていた絶対存在、世紀末世界から来た破壊の獣……その中から放たれたクロロホルルンはただのクロロホルルンとは違い、エナジー込みの魔法でも簡単に抵抗できるものではなかった。オリジナルの記憶からファーヴニルの実力も知っているサクラだが、脅威度で言うならヴァナルガンドの方が断然上であった。
「(ど、どうすれば……! どうすればお兄ちゃんを守れるの!? どうすれば……はっ! 今のお兄ちゃんはトランス・ソル状態……でも私は知っている。お兄ちゃんには太陽と対となる力、ヴァンパイアの血を覚醒させるトランス・ダークがある。その状態はサバタさんと同じように治癒魔法が効果を発揮しなくなるけど、虚数空間にいる以上まともに使えないから今は関係ない。だから今、お兄ちゃんのLIFEを回復させるにはこれしかない!)……お兄ちゃん、トランス・ダークで私から吸血して!」
「な、何てこと言うんだサクラ! そんなことできない! それにこの攻撃は―――」
「いいから早く! このままじゃお兄ちゃんの体が持たないよ!」
「嫌だ! 僕はヒトから吸血だけはしない! その一線を越えてしまったら、僕は……! うぐ……!」
クロロホルルンに襲われている背中を中心に体中から血が流れ、貧血状態に陥って意識が朦朧となってくるジャンゴ。その上、
「しまった! 合身が!?」
あまりの奔流にジャンゴの体からおてんこが抜け出てトランスが解除されてしまい、おてんこはそのままいずこかへ流されてしまう。助けに行くどころか、むしろジャンゴがヤバいと判断したサクラはもはや一刻の猶予も無いと察し、ホテルからずっと着ていた浴衣の帯を緩める。
シュルっと音を立てて帯を抜き取ると、襲撃でボロボロになっていた彼女の浴衣が落下の風ではだけ、脆くなっていた部分が千切れ飛ぶ。自ら首筋を見せつけるようにジャンゴへもたれかかるサクラはまだ幼い容姿とはいえ、そこからは育ちかけの女の色香が漂っていた。
「お願い……私の血を吸って、お兄ちゃん。虚数空間に落ちた以上、二人で生き残るにはどんな形でも力を合わせなくちゃいけないんだ。うん、一緒に生きるためなら、私はお兄ちゃんに何をされたっていい。あの時から、私の命はお兄ちゃんのものだよ」
「グァ……だ、めだ! 僕は……守るんだ……! 守らなきゃ……また失ってしまう……!」
「守りたいのは私も同じなんだよ。だからお兄ちゃんが生きるため……ううん、二人で生き残るために私の命を使って。お願い、もっと周りを頼って! 私を受け入れて!」
「ア……、グ……い、やだ! もう……誰も失いたく、ないんだ!! だから……だか……ら……」
ピシッ……!
今、ジャンゴは太陽の戦士として意地だけではなく、一人の人間としての恐怖、兄としての矜持、それらを支柱に耐えていた。だが、意地だけではどうしようもない時もある。見る見るうちに吸血変異の影響が現れ、トランス・ダークを発動していないにも関わらずジャンゴはヴァンパイアになりかけていた。
「ぐ……こう……なったら、カーミラ! 僕を……石化するんだ!」
『え!? ですが……!』
「信じて! 君の力だけが……変異を止められる! 早……く!!」
『わ、わかった……あなたを信じるわ!』
カーミラの返事が聞こえた瞬間、ジャンゴの体が石に変化していき、同時に変異も強引にだが止まっていった。
「お、お兄ちゃん……どうして!?」
「ごめん、ね……サクラ。こうするしか……なくて……」
「お兄ちゃぁああああああん!!!!」
―――何この世の終わりみたいな声出してるんですか。
その声と共に虚数空間の中へ真っ赤な砲撃が降ってきた。その炎は石化したジャンゴとサクラを襲っていたクロロホルルンを焼き尽くし、一時的だが継続ダメージから解放される。
「全く、世話が焼けますねあなた達は」
サクラと同じだが低い声、それはもう聞くことは叶わないと思っていた、彼女のものだった。
「え、えぇ!? シュテルちゃん!?」
「はい、シュテルです」
理のマテリアル、シュテル・ザ・デストラクター。彼女の姿は最後に見た時とほぼ同じだったが、服装が少々変わっていた。バリアジャケットがここでは上手く展開できないのか、最小限の魔力で済むデザインになっていて……。
「って、まんまジャージじゃん! しかも赤地に白黒のラインが入ってるから、余計そんな風に見える!」
「何言ってるんですか。魔力を補充できない虚数空間で魔導師が活動するには、最小の魔力消費で済むこれが最も適した恰好なんですよ」
「それなら上だけじゃなくて、ズボンも展開してよ!? パンツ見えちゃうから!」
「誰かに見られる訳じゃありませんし、別に良いじゃないですか。動きやすいですし、スースーして気持ちいいですよ」
「私! 私見てる!!」
「ですが以前、諸事情でストレスが溜まってとにかく盛大に鬱憤を晴らしたくなった時、私一度だけ森の中を全裸で全力疾走してみましたが、非常に爽快な気分になれましたよ」
「気分転換と一緒に常識も変換しちゃった!? っていうかシュテルちゃんって痴女!? 実は露出狂なの!?」
「いえ、私だって有象無象の他人に裸見られたくはありませんよ。ですが、ここは虚数空間です。どうせ誰もいないのですから、魔力とエナジー効率を考えたらいっそ全裸の方が……」
「やめて! 関係が少しややこしいけど、私とシュテルちゃんはほとんど同じ顔と体型してるから、間接的に私も全裸晒すことになっちゃう! いくら事情があろうと、外で裸になるなんて普通に恥ずかしいことなんだからね!」
「あの……サクラ? 今の自分の姿を鏡で見たらどうですか」
シュテルのジト目を受けてサクラは自分の恰好を見つめ……叫ぶ。
「うわぁぁあああああ! しまった! 私、現在進行形で全裸だぁああああ!」
「まあ下着はつけてるんですから、貞淑な部分は隠せてますよ」
「フォローになってない! あぁ~私、色々ブーメランだぁ~!」
「ふふふ……なんだかんだ言ってサクラも大胆ですね。元が同じだから似ている部分も自然と多くなるのかもしれません」
「元と似ていると言われるのは、嬉しくない!」
「あぁ、これは失敬。ところで長野県の麻雀少女はこんな格好で山を歩き回ってるそうですが、そこは?」
「それ咲時空! ここ関係ない!」
「やれやれ、炎を司る私を差し置いてヒートアップしてますよ、サクラ。少し落ち着いてはどうでしょう」
「シュテルちゃんが再会早々ボケ倒すからでしょぉおお!! ……っていやいやいや!? シュテルちゃん、ニブルヘイムの決戦時に分子まで分解されちゃったよね!? なんで生きて……それにどうして虚数空間にいるの!?」
「ふふ……いい感じにからかって満足したので真面目にしますか。実はこのジャージは虚数空間のデータ収集用に特別に拵えたものなんです。ここでは従来のバリアジャケットが展開できないので、専用の対策を施した別のバリアジャケットを作る必要があります。なので肌が露出している部分やバリアジャケットの布面積などのように条件を変えた魔力消費量のデータを集めているのです」
「一応、ジャージの理由はわかったけど、復活は?」
「私は理のマテリアルです。時間など多少の条件は必要になりますが、分子にされようと自力で復活できるんですよ。まあ今回の復活はマテリアルだけでなく他の助力もありましたので、早い復活に驚くのも無理はありませんが」
「分子からも復活できるなんて……マテリアルズってすごいね。でも助力ってことは、誰がシュテルちゃんの復活に力を貸したの?」
「おや、義妹ともあろう者がわかりませんか? 今、私が纏っている力が誰のモノなのか。プログラム体である私が虚数空間で活動できるのは、誰の加護を受けているからなのか。二人はご存知のはずでしょう?」
「まさか……サバタさん? でも……」
「彼は生きています」
「ッ!!」
「ですが、彼はまだ戻れません。一度分子になったからこそ、刹那のひと時だけですが私は彼と会えました。そこで私は真実を教えてもらいました。発端となった一つと、間違い続けている無数の世界を救うアニムスとして覚醒するため、彼にはまだ時間が必要であることを」
「一つと……無数の世界を救う?」
シュテルから語られた内容にサクラが首を傾げるが、一方で先程シュテルが砲撃で蹴散らしたクロロホルルンが再度集まってきた。それらから逃れるべく、シュテルはルナ属性のエナジーで転移魔法の詠唱を開始する。
「話は転移の後で。サクラ、ひとまず私に掴まってください。あのクロロホルルンは大量に浴びれば太陽の戦士でも変異は免れないほどなので、恐らくエナジー使いの魔導師でもあれには触れるだけで吸血変異してしまうでしょう」
「私やシュテルちゃんでも、アレに触ったらアウトなんだ……」
「という訳で……発動、ゼロシフト・メビウス!」
虚数空間でも使える暗黒転移を大規模にした転移魔法の発動で、シュテル達は閃光と同時に闇の中に落ちる石化したヴァナルガンドの視界から消え、虚数空間の別の場所に転移した。
「え? 嘘、虚数空間に地面は無いって聞いてたのに……」
興味深く足踏みして感触を確かめるサクラ。裸足から伝わってきたのは草原みたく柔らかい感触だったが、しかしどことなく違和感があった。言うなれば命の無い草原という、矛盾している大地……命あるモノの形だけを模した、虚無の世界だった。
「ひとまず一難は去った、というべきですか。あくまで一時しのぎに過ぎませんがね」
「うん、ヴァナルガンドもカーミラさんに任せっ放しじゃなくて、ちゃんとした封印をしないと……。って今思い出したけど、なんでシュテルちゃんは虚数空間でも魔法が普通に使えるの? さっきの転移魔法もだけど、砲撃だってまともな威力を保ってたし」
「だから対策してると言ったじゃないですか。何の準備もしないでこんな場所に飛び込む訳がありませんよ。大馬鹿野郎以外は」
「お、大馬鹿野郎じゃないもん……」
「クスクス……そう拗ねないで下さい。私としては褒めたつもりなんですよ」
「全然褒めてる気しないよ……」
ふくれっ面のサクラを微笑ましく思いながら、シュテルは石化しているジャンゴを背負って近くにあった家屋らしき残骸に入り、そこで彼を下ろすと隣で彼女も腰を下ろす。同じく座ったサクラは中を見回すと、虚数空間内の拠点としてシュテルが利用しているようで、レトルト食品などいくつか生活用品が置かれていた。
「さて、いい加減じれったいと思われるのでここで説明します。ここは虚数空間の中にいくつか存在する、周回世界の残骸です」
「周回世界? じゃあここに来る途中に見えたいっぱい浮いてる黒い綿雲や、大きなクモにサイみたいなのって……」
「周回世界の残留思念です。あれは絶望そのものが形になった存在なので、生者は決して近づいてはいけませんよ。迂闊に触れれば彼らの仲間入りをすることになります」
「わ、わかった……でも……」
「どうしても気になりますか? 元は個々の生命であった彼らが、あのまま漂うしか無いことが」
「うん……何とかしてあげられないのかな?」
「残念ですが、私達ではエナジー込みの魔法で弾き飛ばすことしかできません。彼らを浄化するには死者と心を交わし、導く力が必要になります。そして私は……私達は、それが出来る人を知っています」
「サバタさん、だね……」
「一つと無数の世界を救う。それはツァラトゥストラの存在回帰によって肉体も魂も無理やり転生させられて、記憶のみの存在となった彼らをあるべき場所に還す事も含まれています。復活したサバタが彼らを浄化することこそが、彼らを救う唯一の手立てなのです」
「そうなんだ……。ところでツァラトゥストラの存在回帰で彼らがああなったみたいだけど、ツァラトゥストラってそもそも何なの? 誰がそんなものを作って、使ったの?」
「良い質問ですね、しかしそれは全ての始まりから説明しなければなりませんので、先にそちらから説明します。―――イストラカン、サン・ミゲル、楽園……世紀末世界で行われた数多の戦いを見届けた銀河意思ダークは、これまでの生きとし生ける者達の説得を、不死の者が相手でも屈しないヒトの意思を目の当たりにしたことで、その思考に変化が生じました。即ち『ヒトは銀河に生きて然るべき生命体なのか』……本当に滅ぼさねばならないのか見極めるべく、試験を与えることを決めたのです」
「ってことは、銀河意思が出したその試験に合格すれば……この戦いは終わるってことなの!?」
「ええ、その通りです。これはジャンゴとサバタ、世紀末世界に生き、散っていった者達が力を合わせて掴んだ、人類生存の唯一のチャンスです」
それはとてつもない吉報だった。スカルフェイスが言っていた、永遠に続く戦いを子孫まで押し付けるのか、という問答。石化しているジャンゴもだが、サクラは髑髏事件の最中にマキナからその話を聞いてからずっと、心の中にしこりとして残り続けていた。抗い続けること、それしか方法が無いと思いつつも、やはり次の命に問題を押し付けてしまうことへの拒否感。
シュテルと……サバタからもたらされたその話は、その拒否感を消し去れる唯一無二の方法だった。例え何があろうと、果たさねばならないものだった。
「問題はこの試験の内容です。銀河意思は多くの並行世界で生まれいずる生命の、たった一人だけに因子を植え付けました。彼らが世紀末世界に生きる者達と同じような精神、未来を信じる強い心を得られるかどうか確かめるために。銀河意思の力をその身に宿し、その魂を以って試験の合否を決める因子……人類種の生きたいという願いを叶える力を持つ“天の聖杯”。彼らが人類を愛する心を持ったまま生涯を終えたのなら、その世界の人類は合格とし、吸血変異から見逃すと。実際、銀河意思は世紀末世界を含めていくつかの世界には手を出さなくなったらしいです。まぁ、これは“ミズキ”って名前の死者から聞いた話で、私達が確かめたわけではありませんが……」
「あ、あはは……そういえば幽霊と意思疎通できたっけ、サバタさんって……。そういやミズキって名前も、なんか聞いたことがあるような……」
「ただ、残存しているアンデッドを取り除くといった後始末まではしてくれないので、世紀末世界でも掃討戦が続いてしまっているのですが、規模自体はもうこれ以上拡大しない……はずでした」
「はず?」
「ここからが重要です。“天の聖杯”の意思を弄び、彼らの人類愛を消してしまった世界の人類は全て銀河意思の攻撃にさらされることになります。そしてその中の一つ……この次元世界は“天の聖杯”の意思を強制的に歪め、道具として、兵器として利用したことがあります」
「次元世界は不合格になっちゃったから、こんなにまで攻撃されてるんだ……」
「いえ、少し違いますね。歪める者がいれば救う者もいたんです。皮肉にもそれが今の状況に繋がってしまったのですが……」
「……?」
「かつて、闇に囚われていた“天の聖杯”を心から救おうとした者がいました。その者は人生をかけて“天の聖杯”を悪しき者達から守り抜き、“天の聖杯”は誰かのために戦える人類に可能性を見出しました。そして“天の聖杯”は自分達の下に集った人達に、力を分け与える触媒を生み出しました。それがツァラトゥストラ……その最古のロストロギアからもたらされたのは、それぞれにとって大切な人を、皆が生きられる未来を守る力……リンカーコア」
「リンカーコア!?」
「リンカーコアがなぜリンカーコアと呼ばれているのか、考えたことがありますか? LINKERとは結合の意味……ツァラトゥストラが生み出す魔力と結合し、己が力として振るうための核、それがリンカーコアの正体です。即ち、ツァラトゥストラこそが全ての魔導師の根源で、“天の聖杯”こそが原初の魔導師なんです」
「“天の聖杯”が私達魔導師の生みの親で、力の源……」
「ただ……一方で過去に“天の聖杯”を捕らえていた者達は、その力を今度こそ掌握しようと最悪の兵器を生み出しました。まだ手元にあった時に削り取った“天の聖杯”の力と、“天の聖杯”が生み出した遺物を奪い、それら全てを組み込んで生み出された兵器……『恒星間戦略統合兵器デウス』」
「デウス……? あ! それさっきスカリエッティ博士との通信で聞こえた!」
「やはり動き出していましたか……。ただ、デウスが完全に起動したことはまだありません。それはツァラトゥストラの永劫回帰が、その周回で蓄えたデウスの力をそぎ落としているからです」
「……」
「デウスの力は“天の聖杯”と同質。故にデウスの脅威に気づいた“天の聖杯”はツァラトゥストラを改造することで、人類の可能性に希望を託しました。それが永劫回帰……デウスの力を削ぎつつ、いつかデウスを倒せる人類が現れることを願い……同時に力を与えた人類がその力に酔って道を違えた時も考慮した、究極のセーフティとして……」
「永劫回帰が、セーフティ……? デウスの力を削ぐための機構……?」
「アリシアが“太陽意思の代弁者”ならば、“天の聖杯”はさしずめ“銀河意思の代弁者”……銀河意思の思惑も一部知ることができます。それで銀河意思の試験を知った“天の聖杯”は、あえて自らツァラトゥストラに分解され。永劫回帰の中に入りました。自分の心からはもう人類愛が失われていたので、無限に続く次の自分に役目を繋ぐことを選びました。最期まで守り抜いてくれた人と共に……」
「見方を変えれば、これって銀河意思の試験に合格できるまで世界をやり直せるようにしたってことなんだね」
「はい。ですが“接触者”は一応再構成された“天の聖杯”なので、永劫回帰の後も力と因子を引き継いでいます。故に銀河意思は……『永劫回帰によって“天の聖杯”が死を迎えたことで試験は不合格だと判断し、再構成された世界へ攻撃を行う』ようになってしまったのです」
「ッ! それじゃあ銀河意思の試験は既に……」
「いえ、永劫回帰を止めて“接触者”が銀河意思に接触すれば、試験をやり直せる可能性はあります。ですが、ツァラトゥストラだけを破壊しても意味がありません。デウスも同時に倒さねば、遠くない未来で人類が滅亡することは変わりません」
「つまりツァラトゥストラとデウス、どっちも倒さないといけないんだ。“接触者”を守り抜いたまま……」
「その通りです。しかしこれはそう簡単にはいきません。なにせ永劫回帰の条件は人間の本性や欲望に上手く引っかかる形になっているので、デウスではなくヒトの手でも数えきれないぐらい繰り返されてしまったようです」
「もしかして……“接触者”の力を利用しようとしたから……?」
「はい。また、先にデウスを倒すという選択も取るべきではありません。なにせデウスは狡猾なことに、魔力を自らのパーツにする方法を得ていますので」
「魔力をパーツに?」
「デウスとツァラトゥストラは“天の聖杯”と同じ力を動力源としているので、魔力を取り込むことは容易なんです。つまり『魔力の生産元であるツァラトゥストラを先に破壊しなければ、デウスは無限に回復するので決して倒せない』ことを意味します」
「そんな……!」
「だからこそ永劫回帰だけでは袋小路に陥ると判断したツァラトゥストラは打開する方法を模索し、見つけてしまいました。“天の聖杯”の力の源である銀河意思……それと最初に戦い、生き延びた世紀末世界を」
「そ、それじゃあ……サバタさんを最初に呼び寄せたのって……!」
「ツァラトゥストラ、になりますね。事態を打開するために、他の並行世界に助けを求めたんですよ。せっかく戦いを終えたはずの世紀末世界を、勝手な都合で巻き込んで。ジャンゴやサバタが倒したイモータル達が復活しているのは、彼らと戦わせることで次元世界の人類を世紀末世界の人類のように強くしたいという目的もあるんです」
ようやくほとんどの線が繋がった。サクラなりにものすごく簡単にかみ砕くと、次元世界の永劫回帰が終わらないのは、デウス、ツァラトゥストラ、“接触者”の不幸、人類の支配欲が原因だった。この膠着状態打開のために世紀末世界の力を借りているのが今だが、そもそもこうなったのは世紀末世界の戦いで銀河意思が試験を出そうと考えたから、というのもある。しかし世紀末世界の人達は力を合わせて生きる意志を示しただけであり、次元世界の人達も同じようにすれば状況の打開はまだ十分可能なのである。しかし……、
「次元世界は哀しい世界だって、お兄ちゃんがニブルヘイムの決戦前に言ってたらしいけど、今の話を聞くと私もそう思えてきたよ。この状況の全ての元凶……“ゼロ”なんてものはどこにもないし、どこにでもあるものだったんだ。皆、自分が正しいと思ったことを信じて頑張って、それが対立や衝突につながって、結局皆で泥沼にはまって、抜け出せなくなって…………グスッ……シュテルちゃん、次元世界は……本当に哀しい世界だね」
「次元世界に限った話ではありません。ヒトという生き物はどこまで行っても、そういうものなのでしょう。ですが、それでも私達は正しいと思ったことを正しいと信じ、未来へ貫き通す。そうやって生きていくしか出来ない、不器用で、哀れで、愚かで、愛しい存在なんです」
「うん……結局のところ、やれることをやっていくだけなんだよね。それで肝心なことを聞きたいんだけど、“接触者”って誰なの?」
「あぁ、それを訊きますか。ついに訊いちゃいますか……」
「……? なんでそんなに溜めるの?」
「良いでしょう、お答えします。実は―――」
シュテルの口から発せられた“接触者”の名前に、サクラは目を丸くして驚き、すぐに苦虫を口いっぱいに入れたような渋面を浮かべる。
「うわぁ……いやホントこれ、うわぁしか言えないよ」
「この気分を例えるなら、大学受験を三浪した浪人生が必死こいて二次試験の問題を解いていたら、実は解答欄が一つずつズレていた時の超やっちまった感ですかね」
「私の場合は……試験の日を間違えて当日じゃなくて次の日に会場に来ちゃって、始める前に終わってたと知らされたぐらい? とにかく普通ならもうやってらんないと諦めるレベルの絶望感だよ。最善の方法だと信じてやったことが、実は取り返しのつかない失敗だったなんて……はぁ……これからどうすればいいのかな?」
「そうですね。今の話は王達にも伝えているのですが、世間に公表すべきことではないでしょう。世界が繰り返されていると知れば、そして輪廻の突破が非常に困難である現状を伝えれば、今やってることは全て無駄になると思い込んで自棄になる人も出てしまうでしょうし、魔力が敵の力であると知れば、下手すれば魔力に関わる存在に対し、魔女狩りが行われるかもしれません。あくまで信用に値する人だけが知るべきでしょう」
「ふんふん」
「かと言ってサクラが今慌てて動くのも止めておくべきです。石化したジャンゴは無防備なので、クローンを作られたりなど悪用されないためにも誰かが傍で守らなければなりません。二人とも情勢の見極めも含めて、しばらく世間から身を隠して暮らした方が良いでしょう」
「でもヴァナルガンドの封印に使う要探しはどうするの?」
「王とユーリに任せてみては? サクラはロストロギア鑑定の知識なんて持ってないですし、アウターヘブン社が掴んだ管理局の保管したロストロギアの情報も一応極秘扱いなので……」
「あ~私には情報開示の権限が無いって訳か。まあ、専門家に任せた方が良いってことには納得かな」
「大体探し物は単独で行うより組織で行った方が効率は良いです。それにサクラがジャンゴの傍にいてくれれば、私達は非常に安心できます。なにせ次元世界の情勢は混沌としているので、いずれアウターヘブン社の介入が結果的に状況を悪化させてしまいかねない時があるかもしれません。そんな時に社会のしがらみに縛られず自由に動ける、信用のおける誰かがいるというのはとても頼もしいんです」
「そ、そこまで言われたら反論できないや……。わかった、お兄ちゃんの石化が治るまで一般人らしくするよ。いっそ花嫁修業でもしてみようかな。ところでシュテルちゃんはこの後どうするの?」
「私はまだ虚数空間でデータ収集を続けなくてはなりませんし、調べたいこともあります」
「調べたいこと?」
「虚数空間はこれまで誕生し、滅びた周回世界全ての残骸が集まる場所。故に周回世界の情報はここにしか残されていません。『次元世界の未来は、周回世界の過去』とも言えるので、まだ起きていない事実を探るにはここを調べるのが最も近道なのですよ」
「回りくどいけど、未来人に未来の出来事を尋ねるようなことをしてる訳だね」
「実際は過去の人に尋ねてるのですが……要は私も一通り手を尽くす前から諦めたくないだけですよ。さて、伝えるべき話もこれで十分しましたし、そろそろあなた達を地上へ送り返しましょう。こちらへ」
再びジャンゴを背負い、シュテルは家屋を出て虚無の草原を歩き出す。彼女の案内する先でサクラが見たのは、祭壇のような場所の中央で、淡い光が中で渦巻く謎の穴だった。
「これは?」
「現実世界と虚数空間を繋ぐワープポイントです。星が壊せるほどの力があれば、現実世界と虚数空間の穴は力づくでこじ開けられますが、そんな力を振るえば周囲に被害が出るのは当然のこと。なのでそういった影響が出ない穏便な移動手段が無いか探した所、このようなものが存在していたのですよ」
「ヴァナルガンドやあの残留思念がこの穴を通ったりはしないの?」
「どうでしょう……ヴァナルガンドはこの穴の存在を知らないので、確かめたことがありませんから。ただ、残留思念はこの穴を通れないことは確認済みです。なので現実世界に彼らがあふれ出てくる、なんてことにはならないので安心して良いですよ」
「そっか。でもこれ、どこに繋がってるの? もし人目のある所だったら、バリアジャケットを今のうちに何とかして着ないと裸見られちゃうから……」
「あぁ、そこも大丈夫です。この先は第78無人世界ニブルヘイムに通じています。アウターヘブン社の監視装置はありますが、人目はありませんよ」
「監視装置ィ! 機械越しだけど見られてるってば!? っていうかこの先ニブルヘイムなの!? あんな場所にこの格好で行ったら凍え死んじゃうって!」
「ご心配なく。穴は地下遺跡にあるので、吹雪に襲われたりはしません。まあ防寒機能があるバリアジャケットを着てても寒いのは事実ですが、それなら裸で温め合うという山小屋イベントをこなせば良いではありませんか」
「こう言っちゃお兄ちゃんに悪いけど、石とどう温め合えと……」
「冗談です。私が持ってきたストーブが近くに置いてあるので、ニブルヘイムにいる間はそれを使って構いません。あと虚数空間から戻ったことをマザーベースに伝え、迎えを寄越してもらうための簡単な通信装置もあるので、それでフェンサリルまで戻ると良いですよ」
「わかった。だけど簡単な通信装置ってどういうこと?」
「ニブルヘイムは吹雪などの悪天候で通信が乱れやすい上、次元断層に覆われた世界で行き来が非常に厄介です。故に大きな装置を持ち込んだり、それを維持させるのは中々莫大な費用が必要になってきます。別にニブルヘイムの土地を開発したい訳でもないので、この場合は安否が確かめられるだけの装置があればそれで十分なんですよ」
「なるほど……うん、ありがとう。シュテルちゃんのおかげで後は何とかなりそうだよ」
「助けになれて何よりです。王やレヴィ、ユーリ達にもよろしくお願いします」
シュテルに別れを告げ、サクラはジャンゴを背負って共に穴へ飛び込み……
「ふべ!?」
地面に顔を打ち付ける。
「ああ、言い忘れてましたがワープするにはその穴の上に立ってしばらく待つんですよ」
「そ、それ先に言ってよぉ~……」
ジャンゴを背負っていることもあってダメージが倍だったサクラは、涙目でシュテルのにやけ顔をふくれっ面で睨む。最後がしまらない中、足元の穴から光が立ち上り、サクラ達は虚数空間から脱出したのだった
「ってさぶいぃぃいいいい!!!!! 砂漠地帯から豪雪地帯に移動したから体感温度が酷い!!!!!! へっくしょん!!!」
その後、迎えが来るまでサクラはレックスから展開したバリアジャケットやストーブで何とか寒さを凌いだものの、翌日熱を出して風邪を引いたそうな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現代。
第13独立世界フェンサリル、イザヴェル東地区
アウターヘブン社FOB 待合室
エルザから事情聴取を行う予定の部屋に搬送されたはやては、そこでレヴィと二人で連邦の士官が到着するのを待っていた。今回の事情聴取に全員が同席する必要はないため、リインやシグナム達は別室で待機している。
「大丈夫?」
「緊張してきたせいかな、お腹痛い……」
「さっき連絡が来たんだけど、もう少しで来るってさ」
「じゃあ私はその人の前で無実を証明すればええんやね」
「そうなるんだけど、誰が来るのか教えてくれなかった点でボクは心配なんだよ。こういう仕事してる人の中には、ホラ、何ていうか……ね?」
「始まる前からそんな不安を煽るようなこと言わんでくれんか……すっごいドキドキしてきたわ」
「ドキドキで済めばいいんだけど……ここで来るのが“アイツ”だったら、ボクははやてんに疫病神が憑いてるって断言できるね」
「知り合いの中でも特に人懐っこいレヴィちゃんにそこまで言われるなんて、その人ってどういう人なん?」
「一言で言うなら……超ドS」
「超ドS?」
「そこそこ昔の話なんだけど、アイツのいる世界に無断で侵入してきた犯罪組織がいたんだ。管理世界で主に暴力や魔法関係の犯罪をやらかし過ぎたせいで管理局に目を付けられたその犯罪組織は、管理局の手の届かない管理外世界に隠れ蓑を作ろうとしてその世界に逃げ込んできた」
「管理外世界に逃げられた時点で管理局の大失態やんか……」
「彼らは少し前の管理局と似て過激な魔力至上主義に染まってて、魔導師である自分達こそが至高、それ以外は底辺の存在としてしか見ていなかった。つまり魔力の無い人は彼らにとっては奴隷同然だったわけ」
「力に溺れた愚か者はいつの時代もいるんやね……」
「で、例のアイツに話を移すけど、アイツははやてん達と同じく管理外世界出身でありながらリンカーコアを持ってるから、一応魔導師のくくりには入ると思う。だけど使うのはミッド式でもベルカ式でもない彼が独自に作ったもので。それはその犯罪組織との交戦中に編み出したものなんだ。ユーノからレイジングハートをもらって魔導師になったなのはとは違って、道具無しでスタートしたタイプってワケ」
「デバイスのサポートも無しに自ら魔力の使い方を導き出したって、私らとはまた別の方向ですごい才能があるんやね」
「まあそこで終わるならまだマシなんだけど……正規部隊の増援が到着した時、犯罪組織のメンバーは全員死体で発見された。アイツは無傷で立ってて、死体の山の前で笑ってたらしい……。普段からつまらなさそうな顔ばかりしてた彼が、その時はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供みたく笑ってたんだって」
「ッ……!」
「彼はその犯罪組織との接触によって自らの本質を、人間を、魔導師を、魔法を理解した。管理局が培ってきた価値観とは真逆の形でね」
「真逆って……」
「だから間違いなく、はやてんとは反りが合わない。だって……」
―――人の悪口はそこまでにしたらどうだい?
心にこびりつくようなねっとりした声が聞こえ、レヴィは「あちゃー」と頭を抱える。扉を開けて入ってきたのは、レイピアを腰に携えて連邦の軍服を纏った黒髪の青年だった。
「キュリオス・クライン……本当に君が来るなんてね。どうしてここに?」
「ふっ、これでも僕はミルチア正規軍の将軍だよ。相応の問題には相応の資格を持つ者が当たるべきだ。間違ってるかい?」
「そうは思わないけど……でも相応の問題って、この状況で連邦が動くというの?」
「さあね。だけどラジエルもアウターヘブン社も、何を考えているのかわかりにくいんだよ。レヴィ、君達は何を目的に動いている?」
「……」
「まあいいさ、上の命令なんてものは建前だ。僕はね、管理世界の人間を知りたいんだ。こいつらがどういう連中なのか、どんな価値観で僕達を見ていたのか、知っておきたいのさ」
他の世界のことを知りたい。はやてから見てクラインのその動機はまともで、純粋なものに思えた。だが……先程の話を聞いたせいか、それが真っ当な心から出た言葉だと思えなかった。
「(これは……確かに反りが合わんわ……)」
「ククク……待たせて悪かったね、八神はやて。それじゃあ始めようか、事情聴取を」
「はい、お願いします。では夜天の書の所有者であり、騎士を辞めた皆の代表として、私達が連邦に害を為す意思が無いと証明してみせます。それで何ですが……事情聴取を始める前に一つお伺いしたいことがあります」
「ほう、何かな?」
ゴクリと唾を飲み、額から大量の汗をかきながら、はやては満を持して答える。
「―――トイレ行ってきていいですか……!」
SOPの機能停止以降、はやての体調は最悪だった。なにせ数日前に食べたシャマルのケミカルダイナマイトウェポンをSOPの体調管理機能で耐え続けていたのに、それが無くなったからはやての腹は劇物の残滓に蝕まれ、何度も激痛を発生させていた。
「アッハッハッハッハッハッ!!!! そうか、君はずっと我慢していたのか! これは気付かずにいてすまなかったね!」
「ゴメンゴメン! トイレは部屋を出て右の突きあたりに―――」
「行かせるわけないだろう。今の君は容疑者なんだ、そんな自由は無いよ」
「え、ウソん……」
「行きたけりゃさっさと事情聴取を終わらせることだね。さあ、八神はやて……君の力を見せてもらうよ」
「と、とりあえず……オムツは用意してあるから、その……頑張って我慢してね? 出来るだけ早めに終わるようにするから」
「ひ……いぃぃいやぁぁあああああああ!!!!!」
泣きながらはやては確信した。クラインは確かに超ドSだと。
後書き
R式スピリット・フレア:要は敵弾吸収陣です。
S式エンシェント・マトリクス:ある意味ゲイボルグ?
仕込み刀:ディアーチェも刃物使うようになってます。動きはゼノギアスの後半シタン先生をイメージ。
ザ・ラフィング、ザ・レイジング、ザ・クライング:MGS3 コブラ部隊とMGS4 BB部隊の要素に、戦闘機人のISを組み合わせたもの。ザ・スクリ―ミングはまだ登場していません。なお、チンク達が仲間として動き回ってる理由がコレ。
ヴァナルガンド;一度封印が解けたので何とか再封印したものの、代償としてネメシスが出没するようになり、ジャンゴが2年間石化しなければならなくなったのが真相。
虚数空間:本作ではFF11のプロミヴォンをイメージしたらわかりやすいと思います。
シュテル:サバタの助力で早々に復活しました。最初に慰安旅行に来てなかったのは、今回説明したように虚数空間に潜っていたため。
ゼロシフト・メビウス:シュテルが開発したゼロシフトの派生魔法であり、虚数空間用に調整した転移魔法。このように虚数空間でも魔導師としてまともに戦えるのは現状シュテルのみです。
天の聖杯:ゼノブレイド2より。本作ではゼノギアスで言うゾハルや波動存在みたいな扱いです。
デウス:ゼノギアス ラスボス。本作ではツァラトゥストラと対を為す存在となっています。アウターヘブン社勢の目下の討伐目標。
キュリオス・クライン:オリキャラ。コンセプトははやて達と絶対に分かり合えないタイプ。
マ「こんばんは~! いつでもカンダタの糸的な場所を目指しています! マッキージムで~す!」
フ「ついに新年号、令和が始まるのう、弟子フーカじゃ」
マ「さぁて、八神の腹下りでオチがついた本編だけど、ここで一つ疑問が出てくるよね。覚えてる? ニーズホッグに捕まった時も八神が腹痛で悶えてたこと」
フ「ああ、なぜか彼女がジョニー枠になっとるのが少し可哀そうじゃが、それはそうとあの後どうなったんじゃ?」
マ「ヒント! アルビオン戦の時、八神はノーパンでした」
フ「ってことは漏らした直後であのシリアスぶっ通したんか!? ある意味すごいのう!」
リ「別に失禁したっていいじゃないですか。ゴブスレみたいに」
マ「おっと女神官さんいらっしゃ~い!」
リ「ところでこの世界がループするまでの経緯が今回判明しましたが、それならもし銀河意思が試験を出さなかったら、この世界は原作通りに進んだのでしょうか?」
マ「残念! そうなったら無印時点で次元世界の人類全て吸血変異してます! だってエナジー使いが一人も現れないからね」
リ「一人も? キャロさんはともかく、サルタナ閣下がいるのでは……?」
マ「そのサルタナ閣下は実はループに関係しているんだよ、直接じゃなくて間接的にだけど」
リ「う~ん、並行世界の同一人物に関する話が関わってますか?」
マ「お、いいとこに目を付けたね。今後その話も出てくるから待っててね」
ページ上へ戻る