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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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騎士のリベンジェンス

 
前書き
大変遅くなり、本当にすみません。
なお、エピソード3はこの先かなりキツイ展開が多いので、ご了承ください。 

 
―――? なんだろう、ここ?

シオンに部屋をあてがわれて眠りについた私は、見覚えのない公園にいた。戸惑う私に関係なくこの体はブランコをこぎ、公園で遊ぶ他の子供達の姿を眺めていた。この体から伝わってきたのは、真っ暗な闇のようにぽっかりと空いた孤独感。

―――これは、誰かの記憶?

なら一体誰の記憶なんだ。この体から見える手はまるで4歳ぐらいの女児のものだ。にしても……ああ、なんてか細くて、なんて小さな手なんだ。

日も暮れて、遊んでた子供達は迎えに来た親に、満面の笑顔で駆け寄っていった。彼らの手は、親と子でしっかり繋がっていた。当たり前で、温かくて、ほっとする光景。だけど……、

この手が掴んでいるのは、鉄の棒……親の思いやりも温かみも一切無い、冷たい金属。この体には、あの子供達のような“普通”が与えられなかった。だからその孤独を、

「こんばんは、独りぼっちのお嬢さん」

“影”に付け込まれた。










「……あれは、誰の記憶だったんだろう?」

「ふわぁ~……はぅ……」

「あぁ、おはよう、フーちゃん」

ベッドの横で大きなあくびをするフーカをよしよしと撫でた私は、このままだとこの子もあの記憶の子みたいになってしまうのだろうかと不安に思った。出来ればそうならないようにしたい所だが……私に親の役目が務まりそうにないのなら、やっぱり出来る人に託した方が良いのかな……。

「おはよう。門番ありがと、ケイオス。おかげでちゃんと眠れたよ」

「ん、起きたか。シャロンが熟睡できたのなら何よりだ」

扉の外にいるケイオスと朝の挨拶をしてから、私は着替えを始めようとした時、思い出したようにケイオスが話しかけてきた。

「そうそう、昨日言ってた報酬のご褒美についてだが……今もらっていい?」

「あ、シェルターでの話ね。わかった、私に出来ることに限るけど、何をしてほしいの?」

「この前買った、“エクスシア・ドレス”を着て欲しい。着てる所、まだ見てないから」

「そういえば着る機会を逃してばっかりだったね。いいよ」

という訳で今日の私は、ゴシック調の妖艶な衣服の袖に腕を通した。実際に着てみると高級品らしい生地の触り心地の良さは抜群なのだが、今までしてこなかったタイプのお洒落をしてるせいか少し緊張してきた。

『ゴスロリに二本の刀が加わって最強に見えます』

「良い服着るだけで最強になれるものなの、イクス?」

『ただの戯言です。にしてもこうしてまじまじと見てみると……ベルリネッタ・ブランド、いいセンスしてますね。私も体を治したら着てみたいです』

「じゃあユーリ達に早く会えるように、これから色々頑張らないといけないね」

とりあえず昨日まで着てた普段着はもうボロボロだから生地として再利用できるように取っておくとして、ケイオスからもらったFOXHOUNDコートは後で洗濯しよう。昨日、湿度が高かったせいで、私の汗の臭いが……ね。

そんなことを思いながら部屋を出ると、入り口で門番をしてくれていたケイオスがガチっと擬音が出るほどに硬直した。

「急に固まって、どうしたの?」

「……」

「あの~、ケイオス?」

「ん……ああ……想像以上で見惚れた」

「あ、う……うん、ありがと……」

「こっちこそ、これだけで数日分の活力が出た」

いきなり褒めてくるからこっちも驚いたけど、そう言ってくれるのはやっぱり嬉しい。でもこれだけでご褒美になるかと言われると、何もしてない感があってあまり納得できてない気持ちがある。

「ねぇ、ケイオス。他に何かしてほしい事無いの? 服着るだけじゃ、私自身ちょっと……ね」

「ん、まぁ、シャロンがそう言ってくれるなら、してほしいことが一つある。でもこれは……少しだけ疲れることになるから、別に後でも」

「疲れる? え……も、もしかして……体?」

「違う。契約してシャロンのエナジーを直接注いでほしいだけだ。というのも、ギア・バーラーとして今の俺はバッテリー切れを起こしてるようなもので、残り僅かなエネルギーをやりくりして維持してたけど、そろそろ限界だって話」

今でもすごく強いのにバッテリー切れって、万全の状態なら果たしてどれだけ強くなるのやら。というか、

「契約?」

「ギア・バーラーはドライバーという契約者からのエネルギー供給があって、ようやく全ての力を出せる。この場合のエネルギーは魔力、エナジーのこと。要はエナジーさえ渡せば自立稼働する護衛ゴーレムだと言えばわかりやすい」

「あ、だから月詠幻歌を歌った後、少し元気を取り戻してたんだ。というかそれだとケイオスって、ずっと空腹で戦い続けてたようなものだよね。それなら早く言ってくれればよかったのに……」

「ん、自分の都合をシャロンに押し付けるような真似はしたくなかった。マキナの事や管理局のアレで色々辛かったんだし、落ち着いて信頼してもらえるようになってからで良いと思ってた」

ああ……自分だって今すぐドライバーになってほしかったのに、私のこと、そこまで考えていてくれたんだね、ケイオス。だったらその誠意に応えないと、申し訳が立たないや。

「会ってまだ数日だけど……あなたの事は、もうとっくに信頼しているよ。ケイオス、私があなたのドライバーになる。さあ、契約しよう?」

「ん……ならギア・バーラー、レメゲトン。ここに最大の感謝と永久の忠誠を示す。契約の下、ドライバーたる御身を守護し、御身を脅かす存在は全て打ち倒すことを誓おう」

ちょっとした儀式のように宣言するケイオスの手に、私は自分の手を重ねた。そして私のエナジーを彼の中に送り込んでみると……彼の中で瞬くゴーレムクリスタルの存在を感知し、目に見えない配線のようなものがそこに繋がったのを理解した。

「はぁ~~~~ッ……素晴らしい、あらゆるものが満たされていく。水も無く砂漠で彷徨ってた旅人がオアシスを見つけて喉を癒すような幸福感だ」

「その例えはすっごくわかりやすいけど……結構吸われるんだね、エナジー。疲れるって言った理由がわかったよ」

一応、イクスに回す分は保持してるから大丈夫だけど、これからはエナジーの自然回復がほぼ持っていかれると見ていいだろう。不足した時は歌唱チャージする必要がありそうだ。
なお、歌唱チャージとはサバタさんの暗黒チャージ、ジャンゴさんの太陽チャージと名前を似せただけで、することはかなり違う。太陽の光や暗黒物質といったエネルギー供給源が無い代わりに、私は歌うことで月下美人の能力を発動し、自力でエナジーの回復を促進させるのだ。ただ、仮にも全力を出す以上、非常に疲れるから内心やりたくない。いくら私の月下美人の能力が歌で発揮できるからと言っても、四六時中歌うのは普通に無理だし。

ま、昨日みたく夜中にぐずるフーちゃんに子守歌を聞かせるだけでもある程度回復するから、気分が向いた時に出来るだけ歌えば問題ない。ただ……周りの人も勝手に回復してる気がするけど、そこは別に知ったことじゃない。

「さて、と……身支度もできたし、食堂に行こうか」

「それは良いけど、ケイオスは体大丈夫なの? 門番してもらっててなんだけど、ちゃんと休んでる?」

「問題ない。シャロンがドライバーになってくれたおかげで、体調は回復している。正直、フレスベルグと戦った時よりずっと調子が良い」

「あぁ、文字通り飢えてた訳だもんね。じゃあ大丈夫だと思って良い?」

「ん、今なら一人で管理局も潰せると思う」

「それは今すぐお願いしたいところだけど、あの組織も無きゃ無いで後々面倒になりそうだし、上手くやれば囮役も押し付けられそうだから一応保留ね」

『さり気なく言いますね、シャロン。たった一日で大分擦れましたか……』

イクスの呆れる声をよそに、私はこの際ずっと疑問に思ってたことを尋ねてみる。

「ところでケイオス、この際聞いてみるけどその首輪って何なの? 趣味?」

「趣味じゃない、この首輪は封印だ」

「封印?」

「エレミア曰く、俺の力は強過ぎて外部からの制御が無いと簡単に暴走するらしい。だからこれはセーフティ装置ってことになる」

「ドライバーを得てもまだ100パーセントの力を発揮できないんだ。でもそれって取り外し可能なの?」

「可能だ。今の時代だと再現できないからロストロギア扱いの代物だけど、ヒトだろうとアンデッドだろうと効果はちゃんとある。ただ、これを俺から外すということがどういう意味を持つのか、シャロンは重々理解してくれ」

「……要は余程のことが無い限り、封印は解くなってことね」

首輪の秘密を知って少し恐怖を感じたけど、打つ手が無くなった時の逆転の切り札だと思えばいいだろう。タイミング次第じゃ、後で取り返しがつかなくなりそうだけど。

その後、フーちゃんを背負った私はシェルターを出て、食堂に移動する。なお、このシェルターは昨日の襲撃の際に市民も匿っているため、食堂にはアウターヘブン社員ではない多数の人の姿が見られた。

「こんなに知らない人がいると、ちょっと酔いそう」

「ん、朝食もらったら空いてる席探そう」

「あ、ごめんケイオス。フーちゃんのミルクも作らないといけないから、私の分の朝食も運んでおいてくれる?」

「(きゅるる)はぅ……」

「ああ、ならあそこでお湯もらえるぞ。わかってると思うけど、温度調整には気を付けて」

「その辺りの調整は炎と水の月光魔法もあるから大丈夫」

「月下美人のエナジーで赤子のミルクを温度調整……贅沢な使い方だ」

確かに。聞く人が聞けば、なぜそんなことに使った? と呆れる……いや、現在エナジー使いが全滅している管理局がこれを見れば、レジアス辺りは発狂しそうなぐらい頭を抱えるかもしれない。

「人肌の温度……よし、このくらいかな」

とりあえずミルクが完成したので辺りを見回すと、ケイオスが窓際に近いテーブルを確保してたのでそこに着席する。なお、朝食のメニューは鮭の切り身の塩焼き、ほうれん草と鰹節の胡麻和え、みそ汁にご飯で和食風だった。栄養バランスや、市民の分も多く作る必要があったという意味ではちょうどいいメニューだろう。

「「いただきます」」

「あす」

手を合わせ、食料になった命に感謝を送ると、隣でフーちゃんが私達の真似をする。なお、この食事の挨拶という日本文化は昔サバタさんから教えてもらい、いつしか私の中でも習慣になっていた。

『―――おはようございます、ミッドチルダ・ニュースです。昨日のミッドチルダ襲撃が起こる直前に発覚した、イモータルへの他管理世界の譲渡についてですが、これは一昨日の襲撃の後に極秘に行われた停戦協定の会談時に出された条件のようで、これに対して管理局はまだ返答していないと―――』

テレビでニュースキャスターが昨日の出来事について話しているのを、私は横目で眺める。避難してきた市民も自分達の今後に関わるこのニュースには注目しており、さっきまで騒がしかった食堂内がやけに静かになっていた。

『―――管理局は本局が占拠され、局員のエナジー使いも全員が戦闘不能という話があります。この状態での戦線維持はただ犠牲を増やすだけだという意見も出ていますが、一方で管理世界出身者からは今まで協力してきたのに身代わりにして切り捨てるのか、などの批判的な意見が多数寄せられています。これらに対し、管理局からの声明はまだ発表されていません』

そりゃあ世界単位の話だもの、個々人の意見だけでは決められない案件だよね、普通は。だけど私にとってこのミッドチルダという世界は、いわば次元世界に巣くう寄生虫も同然だった。周りから搾取して維持させている、力に固執した者達の巣窟。正直、いる意味ある?

『だから貴様はミッドを見捨てるのか! 貴様のエゴで世界を敵に回すつもりか!?』

……レジアス、あなた達管理局が先に手を出したのが悪いんだ。何もしてこなければ、私だってこんなに嫌うことは無かったんだよ。

『―――速報です。撃沈したアースラに搭乗していたクルー、及び本局所属の局員の救助活動が開始されました。アースラは現在、ミッド沖5マイルほどの海底に沈没しており、救助活動が難航していたのは入り口のロックが作動していたためで、それが先程解除されたので救助を行えるようになったとのことです。なお、救助された人は海岸最寄りの病院に搬送される予定ですが、病院側は連日の襲撃で収容人数の許容範囲を超えてしまっているため、被害が少なければ怪我人を匿う場所を提供してくださいとのコメントを―――』

「ん、生きてたんだ、あの艦の人達」

「あの時は出てこなかったんじゃなくて、出られなかったんだね。でもロックが作動って、ハッキングか何かで出口を塞がれてたのかな?」

そういえば……あの時ハッキングを行っていた人物を一人知ってるけど、ターゲットはアースラじゃなくてギジタイだったから、この件とは関係ないと思う。まあ関係はなくとも、何かしら知ってるかもしれないけど。

こんなことを話す私達をよそに、テレビでは防水カメラを通じてアースラ内部に閉じ込められてた局員や子供達の姿が、視聴者にも無事だと示すように映されていた。なぜ子供が? と一瞬思ったが、本局がギジタイに変形した際に放り出された人を救助したものの、その後に撃墜してしまったからだろうと納得した。

……それにしてもあの人達、なぜか大人だけ胸部にこぶのような大きさの腫れがあるように見える。見た目はエグイし気味も悪いが、私はあそこから嫌悪感とは違う別の恐怖を感じた。なんでだろう……?

「そういや話は変わるけど、シャロンは知ってる? クアットロ達がミッドに来てた理由」

「いや、知らない。そもそも彼女達は何者なの?」

「一言で言うと元テロリスト」

「え」

「彼女達戦闘機人は、培養された細胞から精製された人間に機械を組み込む改造をして誕生してる」

「先天的に改造されてるから、サイボーグというよりアンドロイド……女性だからガイノイドってこと?」

「それ故に質量兵器が云々、クローンが云々うるさい管理局法に照らせば、彼女達は生まれながらに法を犯してることになる」

「生まれただけで罪人扱い……それは酷い話だ」

「昔は色々違法行為をしてたみたいだけど、今は開発者(スカリエッティ)共々、アウターヘブン社と協力体制を取ってる。ただ俺はどういうやり取りを経て、今の関係に至ったのかまでは知らない」

「知りたきゃ当事者達に聞けってことか。まぁ、管理局と敵対してる意味では私達全員同じ穴の狢だから、テロ云々はこの際気にしないでおこう」

法の加護から外れた者が集まる天国の外側、アウターヘブン社はそういう場所だ。彼女達にとっても、何者にも束縛されない場所は居心地が良かったのだろう。

「ところでシャロン、この後どうする? D・FOXを結成したのは良いけど、当面の目的ぐらい教えてくれないと、俺達も迂闊に行動できない」

「目的……私個人の目的は、“世紀末世界に皆で帰る”かな。ここで言う皆とは、ザジさんやジャンゴさん達世紀末世界出身者は当然として、ユーリ達も本人が望めば一緒に。他にも私の知らない誰かが世紀末世界に行きたいと言うかもしれないから、余裕があればその人もって感じ」

「そ。じゃあそれを果たすために、これからどうする?」

「そうだね……まず情報が無いと私も行動の決めようがない。だから今日はアウターヘブン社の手に入れた情報や記録を片っ端から見ていくことにする。後、少しでもいいから“ウーニウェルシタース”を使う練習をしておきたい。同じ刀でも重さとかリーチとか違うから感覚に慣れる必要があるし、初めての武器で実戦なんて、怖くていざという時に信頼して使えないよ。だってどんなトラブルが起きるかわかったもんじゃないもんね」

「ん、確かに使おうとした瞬間壊れたら目も当てられない。武器の調子を把握しておくのは闘う者の義務。新装備がいくら優れていようが、実戦テストすら怠る奴はただの愚か者だ」

なぜだろう。今のケイオスの言葉で、どこかの並行世界(StS)新設部隊(機動六課)、主に隊長陣にグサッと何かが刺さった気がする。私には知ったことじゃないけど。

「他にも余裕があれば聖王教会や管理局が保管してる資料も見ておきたいけど……管理局とは敵対してるようなものだし、そっちはしばらく保留かな」

「じゃあ俺はシャロンの護衛についとく。クアットロ達なら調べ物の手伝いも出来るんだろうけど、俺はそういうの無理だから、管理局とかが余計な手出しをしてこないように見張っとく」

「ありがと。まあ管理局の件は私もさっさと解決したいところだけど、一応ブルームーンに行けば何とかなるから、当分は放置で構わない」

「なんで?」

「最高評議会からもらったゾハル・エミュレーター。彼ら曰く、これをブルームーンにあるSOPのサーバーに接続すれば、管理局員の魔法は全てこっちで制御できる」

「へぇ……それ、シャロンが持ってたんだ……。ま、いっか。最高評議会の権限を利用すれば連中も黙るしかなくなる。文字通り、管理局の首根っこを掴む訳だし」

「そんな訳だからいずれ宇宙へ行く手段が必要になってくるんだけど……」

ギジタイのせいで他の世界から次元航行艦が来れないし、管理局の次元航行艦を奪うにしても、ギジタイが変形した際にアースラを除く全てが分解、吸収されてしまった。このシェルターも避難所として使われている以上、私情で動かしてくれるとは思えない。ということは、

「沈没したアースラを引き上げて使うか、ギジタイに乗り込んで無事な次元航行艦があることに賭けるか……」

「そもそも、今すぐギジタイに乗り込める?」

「敵の本拠地だし、やっぱり難しいね。まあ今すぐ宇宙に行かなきゃならないって訳じゃないし、タイミング次第じゃこのシェルターを飛ばして行く可能性だってある。これも当分は保留ってことにしよう」

一瞬、今の絶好調なケイオスをけしかければレジアスも私を狙うのを止めてくれるんじゃないかと思ったけど、やり過ぎて地上本部ごと滅ぼしそうだから一応最終手段ということにしておく。

「ただ調べ物に集中しようにも、毎日来るアンデッドの襲撃に何らかの対策を取らないとマズいか」

「ん、格ゲーで言うなら壁際でハメ技喰らってるような状態だしね、今のミッド。多分、今日もアンデッドの襲撃があると思うから、それまでに何かしら手を打っておいた方が良い」

「そういえばアンデッドと戦う時、アウターヘブン社の兵士と管理局の魔導師はそれぞれどう戦ってるの? 私、まだここの人達の戦い方を熟知してるわけじゃないから今のうちに知っておきたい」

「じゃ、説明する。兵士は主にバリケードを設置して、銃火器やIRVINGで無理やり押し返してる感じ。だからショットガンとかグレネードといった威力のある兵器が重宝されてるけど、弾数は無限じゃないから、直接触れないように盾やトラップ、あとついでに魔法もそれなりに活用して、どうにかやりくりしてる感じ」

今のでイメージしたのは、身体が液体金属のターミネーターが出る映画だった。まさか本当にそんな敵が現れるとは思ってないけど、特定の人物をターゲットにした途轍もない強敵が出てくるパターンは普通にあり得そう。

「じゃあ管理局の魔導師は?」

「相変わらず魔法頼りでお綺麗な戦術ばっか使ってる。確かに魔法はあらゆる状況に対応できるけど、暗黒物質で魔力素が分解される以上、効果がかなり減衰するのが厄介だ。俺の見た限り、グールに砲撃魔法を撃っても威力は本来の半分にも満たない。空気中にも暗黒物質が漂ってるからその分減衰も激しく、実際の威力は十分の一にも満たない」

「……」

「そんな脆弱な威力じゃ、倒すどころか傷つけることもできない。防御も弱くなる以上、魔法は強化などのサポートに専念させるのが最も有益だと思う。一応、属性変換すれば多少は効果があるし、身体強化を主に使って前線で戦う局員や騎士は、一般的な魔導師と比べてある程度まともに戦えてる。尤も、エナジー無しじゃ結局倒せないから、あくまで足止めしかできないんだけど」

「皆頑張ってるんだろうけど、それが実を結ぶかは別物だもんね。しかし各個人の努力も空しく現状維持すらできてないこの状況で、更に各勢力はバラバラになってる。相手は宇宙から次々来るのに、こっちは地上に押さえ付けられ、じわりじわりと戦力をそぎ落とされてる……」

D・FOXを立ち上げたは良いが、今後が暗雲に覆われていることに変わりは無く、憂鬱な気分に苛まれる。何でもいいからとにかく情報が……きっかけになる情報さえあれば何か思いつくかもしれないのに……。

「なんで俺の故郷が売られるんだ。それもミッドの連中のせいで……」

近くの席にいる市民が、ボソッと怒り混じりに呟く。ただその言葉はミッド語ではなく、別の言語で発せられていた。恐らく彼の母語なのだろう。

よく耳をすませば、ここに避難してきた市民のほとんどが管理世界出身者のようで、様々な言語があちらこちらから聞こえてきた。

「毎日毎日襲撃されて、知ってる顔がどんどん減っていって……もうたくさんよ!」

「どうしてここの人達のために、私達の世界が捨てられなきゃならないの……?」

「故郷が管理世界になったのはあくまで平和のためであって、道具にされるためじゃない。管理局は何を考えているんだ、畜生……」

「アンデッド相手じゃ管理局は役に立たないし、そもそもアウターヘブン社しかまともな戦いが出来てない。経済的支援のことも含めたら、最初からこっちを頼るべきだった」

「そうだ、管理局を信じたのがそもそもの間違いだったんだ!」

「こうなったらミッドチルダがどうなろうと関係ない! 俺達の手で故郷を守るんだ!」

「そうよ! あっちが私達を売るのなら、私達だってこの世界を売ったらいいのよ!」

あ、この流れヤバい奴だ。学生運動じみた熱気が食堂にいる市民達を包みつつある。きっと連日の襲撃によるストレスで、冷静な判断が出来なくなっているんだろう。

このタイミングでデモ活動なんてしたら、争って互いが疲弊した所をアンデッドが我が物顔で蹂躙してくるのが目に見えて浮かぶ。どうにかして彼らを落ち着かせないと、自滅に巻き込まれることになる。さて、どうする?

1:月詠幻歌に頼る。
2:水の魔法で頭を冷やさせる。
3:説得して止める。
4:むしろ煽ってみる。
5:いっそ放置してどこかに逃げる。

「6の唐突なストリップショーで連中の眼を釘付け、なんてのはどうかしら?」

「いきなり現れてなんてことを言うの、クアットロ!? 私、痴女じゃないよ!」

「コイツの冗談はともかく、デモ活動なんかに労力を割かれたら、後でこっちの負担が大きくなる可能性もある」

「かといって言葉だけで落ち着く様子じゃなさそうよ、アレ。なんかやたら熱の入った若造が天井に吠えてるし、最低限ストレス発散ぐらいはしないと落ち着かないでしょうね」

「ストレス発散、か……。……」

それじゃあ水をかけてもあまり効果は無さそうだし、説得の効果も止める方向には働かないだろう。となると……、

『いっそ爆弾のような歌でも歌ったらどうです?』

「爆弾のような歌? ロックのこと?」

「メタルのことじゃない? イクスが言ってるのは」

め、メタルっすか。ヘヴィメタルとデスメタルの違いもわからない私に、メタルを歌えと言うのですか、お二方は。

『いや私、メタルを歌えとは一言も言ってませんが』

「まあ俺はあの時の叫ぶような歌……題名何だっけ?」

「アクシア・イーグレット」

「そうそれ。ここで披露してみたら?」

「この熱気を逆に利用するって訳ね。演出なら私がシルバーカーテンで手伝ってあげるし、後で面白いことになりそうよ」

あ、なんか乗り気だこの人達。いやもう、歌ってどうにかなるなら別にやっても良いんだけど、変に盛り上げたら最後まで止まらなくなるんじゃ……?

「フフフ、準備は万端っスよ」

「これも修行の一環だと思えば中々に面白いものだ」

「ふ~む、皆朝から元気なのだな……。私も何かした方が良かったか?」

「こらこら、怪我人が無理をしないでね。とりあえず中央に簡易ステージは用意したから、いつでもOKだよ」

うっそだろマジカぁール!?

ウェンディ達まで勝手に、というかシオンもいつの間に!? というかこの人達、実は娯楽に飢えてるだけじゃないの!?

……まあ、真面目な話。ここにいる市民達の多くが管理世界出身なのはもうわかってるけど、故郷を蔑ろにされることに憤る気持ちは多分、私と同じなのだろう。勝手な都合で大事な思い出のある場所を滅ぼされたら、そりゃあやりきれないもんね。だって……生きる気力ってのは心だけじゃなく、土地からも沸き上がるものなんだから。

それに原因が原因だから、今鎮めた所ですぐに再燃するのが関の山だ。なにせ管理世界の今後がかかってる以上、一過性の怒りで収まるはずがないからだ。だったらこの怒りは無駄に発散させるのではなく、“有効利用するため”に今は溜めておくようにするしかない。

―――腹、括るか。

逃げ場が無い以上、窮鼠猫を嚙む勢いで私も覚悟を決めて、次元世界を変革させるまで走り抜けてやる。例え志半ばで燃え尽きるとしても、世界の傀儡にされるよりはマシだ!

「(ん、少しシャロンの雰囲気が変わった)」

「そこで見ていて、ケイオス。これから先、私は目的を果たすまで止まらないから。そうだ……もう止まれない、止まっちゃいけない……!」

厳かにそう伝えた私はなぜかボードをベースギターにしているウェンディからマイクを受けとり、展開したキーボードに手を置くクアットロがニヤリと見てくる中、どこから取り出したのかわからないスネアドラム越しに見守ってくるトーレの視線を感じながらステージに上がり、肺の限界量まで思いっきり息を吸って……、

「全員清聴せよッ!!」

「「「「「「「ッッ!!!!???」」」」」」」

「私はシャロン・クレケンスルーナ! 第66管理世界ニダヴェリール唯一の生存者にして、月詠幻歌の歌姫だ!」

「と、突然なんだ? 歌姫……って、ちょっと待った!?」

「月詠幻歌って、まさか彼女が例の?」

「知っての通り、4年前に私は歌でファーヴニルを封印した。私の故郷、ニダヴェリールを滅ぼした静寂の獣を、この世界の大地に眠らせた。知っての通り、ニダヴェリールはかつて魔導結晶の産出量トップだった世界だが、4年前に滅ぼされた。だが、直接滅ぼしたのはファーヴニルでも、ファーヴニルを目覚めさせた原因は管理局や管理世界の企業にあった! 彼らが欲望のままに私の世界を蹂躙した結果、封印を弱めさせてあの化け物を解き放ったのだ!」

「ということは……」

「そうだ、私はここにいる皆と同じなんだ! この世界の勝手な都合で、ニダヴェリールは滅ぼされた。その矛先が今度は皆の世界にも向いた! 目を開けてよく見なさい、私は未来のあなただ、あなた自身だ! 故郷を失い、家族を失い、友も失い、それでもこの世界の奴らは更に奪おうとしてくる。自由、権利、機会……それらさえ奪って奴らは好き勝手に弄ぶ! でも、それらは実は最後の搾取だ。皆が知らないだけで、既に搾取……侵略は進んでいる」

「ど、どういうことだ?」

「皆の世界は管理世界になってから、色んなことが変わったと思う。生活も便利になっただろう、でもそれは皆の祖先が大事に守ってきた文化を犠牲にして得られたものだ。例えばそこのあなた」

指さしたのは、最初に他の母語で現状を嘆いていた男性だ。

「あなたの母語……カーラ語でしょ?」

「あ、ああ。よく知ってるな……」

「あなたの世界でカーラ語を話す人間が減ってること、あなたは気づいてる?」

「そうだ、嘆かわしいことに、近頃の若者にはカーラ語すらしゃべれない者もいるんだ……」

「その理由は簡単だ、母語のカーラ語ではなく、ミッド語を使う方が社会進出しやすいからだ。もちろん管理世界の社会でやっていくにはミッド語は不可欠だから、それも仕方ない。だけど管理世界の文化に慣れ親しんだ結果、あなたの世界では母語のカーラ語ではなく、よその世界の言葉であるミッド語を常用言語にしてしまった。そう、あなたの世界の言葉は“浄化”されてしまったんだ。言葉だけじゃない、言葉によって培った文化、習性、慣習、概念……あなたの世界は、ミッド化されたんだ。誰もが無自覚なままに」

「そ、そうだったのか……」

「ある概念を現す言葉を消し去れば、その概念自体が世界から喪われる。例えば“リュミア”、これはカーラ語で“美しい”という意味だ。だけどあなたが“リュミア”と口にした時に思い浮かべる情景と、ミッドの人達が“美しい”に仮託するイメージとは異なる。夕焼けの光、赤く反射する大海、そして空。あなたの世界が“リュミア”に込める意味は、あなたの世界の文化に根差したものだ。“リュミア”という言葉が喪われれば、その美しい海の景色も一緒に忘却の彼方に押し流されるだろう。だってこの世界のヒトは、“リュミア”という言葉自体知らないのだから」

「そ、そんな……」

文化の侵略に打ちひしがれる男性を前に、私は近くにいた女性に指をさす。

「次にそこのあなた。あなたの母語はヘリヤ語だ」

「そ、その通りよ……」

「ヘリヤ語を使う世界……あなたの世界は確か、電子機器分野において大いに発展していた世界だ。管理世界化してもその文化が大きく変わったとは言い難いが、しかし根源的な部分を挿げ替えられた結果、いつの間にかミッド語が浸透している事態に陥った。電子機器に必要な言語……プログラム言語をヘリヤ語からミッド語に変えられた結果、ヘリヤ語で構成された機械は他の世界ではまともな修理もできず、ミッド語で構成された機器と接続すると干渉を起こして機能も低下してしまうから売れなくなり、干渉回避やシステム共通化のためにミッド語で構成するしかなくなった。故に、あなたの世界ではミッド語を重視するようになり、母語であるはずのヘリヤ語はいつの間にか暗号化言語という僻地に居場所を用意されてしまった」

「ええ……私達の言葉は情報を隠すために作られたものじゃないのに……ミッドの都合でそうなってしまった……」

「そう、彼らにとって都合が良いように、私達の意志は無理やり捻じ曲げられてきた。私達は彼らの道具じゃない、彼らを生かすための作業機械じゃない、彼らを守るための兵器じゃない! だから私は歌わなかった、私の歌は侵略者のためにあるものじゃないから! だけどあなた達はまだ戻れる、あなた達はまだ侵略者から故郷を守る英雄になれるんだ!」

「え、英雄……? 私達が……?」

「そう、あなた達は英雄になる素質がある。この世界のヒトと違って、まだ守るべきものが見えているから。だから私は、あなた達が英雄になれるように歌おう。あなた達の未来に祝福が訪れるように、この月詠幻歌の歌姫がエールを送ろう! 立ち上がる時が来たら、存分に抗えるように! 私は……私達は、ダイヤモンドだッ!!」

演説を終えた私は、いったん後ろにいるクアットロ達に視線を送って、ライブの開始を告げる。そして深く息を吸い、

「AHHHHHHHHHHHHッッ!!!!!!!!」

ドォーン!!!

私の叫びと同時にクアットロの幻影で背景に爆発が発生し、激しいドラムと素早いベース、巧みなキーボードの旋律が合わさって途轍もないインパクトが市民達を震わせる。そこから始まったのは一曲限りのステージであり、熱気が情熱に、情熱が高揚に、高揚が生命力に変わる、たった数分だけ作られたライブだった。食堂がやたら蒸し暑くなる中、私のボイスが響き、ここにいる人全員の魂を熱くさせた。

「夜明けの道を走り出せ、宇宙(そら)の果てまで飛び立とう! いつか闇を追い越し、光を飛び越す魂の飛翔。野原を駆け抜ける疾風、それは皆を導く羅針盤。月の光がボクらを照らす! 響け! そこが暗くても、ここにいると叫べ!! 轟け! 憂鬱に心が捕まってるなら、魂で燃やし尽くせ!! さあ立ち上がろう! ずっと君を探している誰かが、必ず君を見つけるから!!」

ウェンディのベースがギュイーンと盛り上げ、トーレのドラムが空間を震動させ、クアットロのキーボードがそれらを波に乗せて一つにコントロールし、私の歌と重なった旋律が鳴動する。次元世界全体がまるで燃え上がるような錯覚を抱きながらも、私達は短くも濃密なライブをこなし、彼らのストレス発散を果たすことができた。

「ぶ、ブラボー!」

「ヒューヒュー!」

「おかげで今日も頑張れそうな気がしてきたわ!」

「ヤバい! もうファンになります!」

彼らからの評判は意外と良くて安心したけど、とりあえず……無駄な暴動は起きずに済みそうだ、うん。我ながら力業だなぁ。この人達が単純だとも言えるけど。

「さっきの選択肢、シャロンは4を選んだのか」

「おぉ~! 見て、ケイオス。今のシャロンの歌に込められたエナジーの波長を記録したんだけど、ギジタイの次元断層を突破しているよ。もしかしたら遠くの世界にいる、誰かに届いたかもしれない」

「次元断層は無敵の障壁じゃない。生半可なやり方じゃ無理だが、突破することは可能だ。ま、ギア・バーラーの俺では、こんな真似は不可能だ。だけどシオンの秘匿通信みたいに、エナジーを介した方法なら割と何とかなるんだろう?」

「おや……知ってたんだ」

「裏でコソコソ何かしてるらしいけど、俺は別に構わない。ただ……俺の言いたいことはわかってる?」

「ああ、そこは安心してくれ。誓って、皆の害になるようなことはしてない」

「そ、ならいい」

「あっさり引き下がったね。普通ならもっと追及してくるものなのに」

「俺は尋問官じゃないし、シオンの事は仲間だと思ってる。シャロンのためにも、あまり不和を招くようなことはしたくない」

「へぇ、君がそう言えるようになったのはドライバーを得たおかげ?」

「かもな……」

「でもさっきの演説は少しアレかな。言ってることが扇動っぽいし、彼女、革命家にでもなる気?」

「革命家だろうが思想家だろうが、一度誰かがこの世界を変えなければならない。今のミッドは存在自体が世界の火種になっている、まさに次元世界の火薬庫だ」

「魔導文明を中心とする世界で火薬庫と表現するのは一種の皮肉かい? ま、私は最悪の事態にならない程度には見守っておくさ。尤も下手するとこの先、次元世界はアレクサンドロス三世没後のマケドニアみたいに瓦解しそうだけど……あ、いや、どちらかというとローマ帝国のように衰退する方が近いかな?」

「俺からすると瓦解と衰退、両方進んでると思う。何にせよシャロンが戦場に赴こうと言うのなら、俺はどんな敵からも彼女を守り抜く。そのために誰が犠牲になろうと、何が破壊されようと知ったことじゃない。シャロンは止まっちゃいけないと言った、なら俺は誰にも彼女を止めさせない。彼女が自らの意志で止まるまで、目的達成まで走り遂げられるようにする」

「ブレーキを排除してでも、アクセルを踏ませるのか、君は……。とんだドラッグマシンだ、チキンレースなら別に良いんだろうけど、曲がれない点はこの先どう影響を及ぼすのかねぇ。(ただ、どんな形であれ、ギア・バーラーはエネルギーの供給源であるドライバーの精神に大きく影響を受ける。ドライバーが慈愛の心を持つ者なら他人に優しくなれるし、狂気の心を持つ者なら大量殺戮もためらいなく行える。故にギア・バーラーを制するなら、ドライバーを制する必要がある。ケイオスの……聖王のゆりかごも葬るレメゲトンの力を正常に振るってもらうには、シャロンの精神を慈愛に寄せた状態で安定させなくてはならない。つまり……)」

「次のライブも近いうちにやるだろうから、その時は応援よろしく!」

「「「「「ワァァァ!!!!」」」」」

「(シャロンが狂気に魅入られた時、ケイオスは悪魔として覚醒する、か。レジアス中将、頼むから余計なことはしないでくれ……。暴走しかけているのはあなた達だけじゃない、シャロンもなんだ……)」

と、月が陰ることを懸念するシオンの端末から、いきなり着信音が響く。

「メール?」

「そうみたいだ。相手は……あぁ、やっぱり案の定だ」

「カリム・グラシア……管理局員の肩書きも持ってる聖王教会の現トップか。で、どんな内容?」

「色々理屈並べてるけど、要は早急に面会したいってさ」

「ふ~ん、狙いはシャロン?」

「それと君だね。なにせ君は教会が崇める聖王オリヴィエを抹殺した張本人。今まで共に戦ってきたとはいえ、聖王教会としてはその事実を無視するわけにはいかないんだろうさ」

「ゼストも同じこと言ってたけど、面白いくらい悪名が残ってるな。自分のことなのに思わず笑ってしまいそうだ。で、シオンはどうするべきだと考えてる?」

「私としては断った方が良いと思ってる。向こうから来るならともかく、こっちから行く理由は無いからね。大体用事があるのは向こうなんだから、向こうから来るのが礼儀だと思わないかい?」

「違いない。ただ、シャロンもこの話に関係があるから、落ち着いたら彼女に話を持って行って、そこで改めて相談しよう」

「わかった。あと今の歌のおかげで、教会関係なく相談したいことが出来た。次元断層と衝突した影響で、ギジタイにエネルギーを送ってる拠点を逆探知できたんだ」

「シャロンの歌が掘り起こした逆転の芽か、腕が鳴るね」

「ただ、場所が複数あったのはともかくとして、その内の一つが君達二人にとって因縁のある場所なんだよ。ミッドチルダ北部、極点に近い位置にある極寒の孤島」

「……!」

「アレクトロ社研究施設……マキナ・ソレノイドが被検体として捕らわれていた場所、イモータル・ロキが使っていた人体実験場だ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第6無人世界、キリーク軌道拘置所。


「―――ふ~、今のは75点ってところだな。中々面白かったぞ」

ヴォルケンリッターが拘束されている牢獄の前で、ニーズホッグがとある映像をわざわざ椅子やスクリーンを用意した状態で堪能していた。イモータルに捕まってから彼女達は魔力封印の手錠と鎖に繋がれた状態で、幾度となくこの映像を見せ続けられていた。

「さて、次の闇の書事件の編集映像は……お、『スプラッター総集編』ってのはどうだ? 首チョンパとかプレスとか細切れとか内臓ポロリとか、見所たくさんあるぞ。それとも気分を変えて『引き裂かれし恋物語・128』なんてのも見てみるか? 主人公の女がいざ告白しようとした瞬間に、恋人ともども後ろからサクッてやられるシーンがいい塩梅に盛り上がるぜ?」

「も、もう勘弁してくれよ……!」

「こんな映像ばっかり見せて……何のつもりなの?」

「何のつもりかって? ただの暇つぶし」

「な……」

「ついでにオマエ達が過去の事を覚えてないなら、こうやってまざまざと見せてやることで思い出してもらおうかと思ってさ。ほら、オマエ達ってカエサリオンが流した映像の全てをじっくり見た訳じゃないんだろう? 誰だって自分の汚点は見せたくないよなぁ、大切に思う相手がいればなおさら。とはいえ自分達が引き起こしたことを棚に上げて、騎士だと言える根性だけは理解できないがな」

「……」

彼女達も闇の書が今までどんな惨劇を引き起こしてきたのか、記憶は無くともその内容自体は把握していた。しかし……文字で見るのと、映像で見るのとでは全然違った。2年前の髑髏事件で流出した映像も一部は見たものの、こうして改めて多くの映像を見せられた今、それは氷山の一角に過ぎなかったのだと彼女達は思い知らされていた。

「今日はもうその辺でいいだろう、ニーズホッグ」

「アルビオンか。ちぇ、良い所だったのに」

「な、アルビオン、大司教……!? なぜお前が……」

2年前の髑髏事件でSOPを通じてはやて達局員のリンカーコアを封印した、かつての聖王教会最強騎士であり、教皇カエサリオン共々アウターヘブン社に敗北して捕まったはずの初老の男。彼はイモータルの襲撃を利用し、この無人世界の軌道拘置所を管理局から乗っ取ったのだ。

そんな男の登場にザフィーラ達は思わず茫然とするが、アルビオンはそれを横目で一瞥しただけですぐニーズホッグとの会話に意識を戻した。

「公爵から連絡だ。最高評議会の権限が何者かに奪われた。当分、SOPの機能は使えなくなる。よってAMF搭載兵器の開発を急いでほしいとのことだ」

「ゲコッ!? 一体どこのどいつが奪ったんだ!? チクショウ、SOPの権限さえあれば開発を急がなくても済むと思ってたのに……!」

「ポリドリがAMF搭載兵器の開発を指示した理由も判明したな。最初からSOPだけで制するつもりは無かった、恐らくこの事態を見越していたのだろう」

「どこまでもお見通しってか? ……仕方ない、ひとまず既存の端末兵器にもAMFを搭載しておく。例のアイツもいることだし、一応真面目に開発してた風に見えるはずだ。……告げ口するなよ?」

「成果さえ出せるなら、サボってようと見逃してやる。要は結果次第だ」

「結果次第、か。ならオマエも結果を出せよ? そのためにわざわざ牢から出してやったんだから」

「言われずとも、成果の一つは出した」

「ゲココ! もう用意できたのか、相変わらず仕事が早いな、堅物真面目野郎。そんじゃ、オレも最低限の役割ぐらいは果たしてやるとするか」

やる気を出したようにニーズホッグが機材を片付けて去っていき、残されたヴォルケンリッターは因縁のある相手を前に、残された気力を頼りにキッと睨みつけていた。

「……2年ぶりだな、ヴォルケンリッター。こんな形だが、また会えて嬉しいぞ。お互い、無様な生き恥を晒してるな」

「まだ……お前は戦う気なのか? まだ闇の書に復讐するつもりなのか?」

「当然だ、私はそのためだけに生きてきた。闇の書を、最悪のロストロギアを殺す。ただそれだけのために」

「なぜ……もうアタシ達は他人を襲う事はしない。誰かを無暗に傷つけるようなことはしない。はやてがしなくて良いようにしてくれたんだ……それが信じられねぇのか?」

「今はそうでもお前達の主、八神の身に命に関わる事態が起きた時、それを守れるか? 八神の身に後遺症が残る危害、あるいは命を落とした場合、それを行った者を許せるか?」

「それは……許せるはずがないでしょう。家族を傷つけられたら、誰だって……」

「そう、誰だろうと憤怒する。そこに力の有無は関係ない。だが今までやってきたお前達の贖罪とは即ち、自分達が手に入れた幸福を失いたくないために、被害者へ家族を傷つけられたことを水に流せと脅してるようなものだ。八神の視点で例えるなら、スカルフェイスに両親を殺された報復心を捨ててみろと笑われながら言われるも同然だ。リンディ提督に最初に言われたはずだ、贖罪は誰かのためではなく、自分のためにする行為だと。お前達は自分達で“許す”ことができないくせに、他人に“許させ”ようとしている。なんとも押しつけがましく、浅ましい行いだな」

「じゃあ……もしはやてちゃんに何かあったとしても、私達はそれを許さなければならないと? そうしなきゃ、私達の罪は一生消えることはないって言いたいの?」

「何を勘違いしている、罪が消えることは決してない。そもそも罪を消すということは、被害を被った者の存在を消す、ということだ。どんな道筋であろうと、辿ってきたその過去の事を、犠牲になった者達のことを忘却の彼方に消し去ろうとしたのは、どうあっても許すことはできん。私は幼き頃、父も母もお前達に殺された、目の前で直接な。だがお前達はそれを覚えていない。故郷の村を滅ぼしたことも、お前達は覚えていない。難産の末に生まれた赤子を殺したことも覚えていない。これからの未来を担う若者を大勢屠ったことを覚えていない。あれもこれも覚えていない、何も覚えていない、一切合切覚えていない。記憶もないくせに無暗に殺してきた不幸ばかり嘆き、殺された者達の不幸は見て見ぬフリ……そんなザマで償うなどとほざくとは、片腹痛いわ!」

「お、お前なんかに笑われる筋合いは無い! マキナを……はやてを常日頃追いつめていた、お前なんかに!」

「ではお前達は追いつめていないとでも? 愚か者め、お前達の存在そのものが、彼女達を追いつめていたとなぜ気づかない? お前達がさっさと死んでいれば、彼女達が責められることはなかった。お前達さえいなければ俺は何もしなかった、お前達さえいなければ被害者達の人生が歪むことはなかった、お前達さえ消えていれば報復心が爆発することはなかったのだ」

「俺達にばかり責任を押し付けるな……!」

「誰だって……私達にだって生きる権利ぐらいはあるわ……!」

「その権利を大勢奪った奴らが何をほざく。あまりヒトの報復心をなめない方が良い。ゴエティアとは既に会っただろう、あれを復活させたのは被害者達の報復心が爆発したためだ。全く、被害者の報復心を曲がりなりにも制御していた私とカエサリオンがいなくなった途端コレだ。まこと滑稽な話だ、お前達が良かれと思って行動したことが、結果的にはお前達の首を絞めたのだからな」

「私達の贖罪は全部裏目に出るって言いたいの……!?」

「そうだ、お前達の贖罪は贖罪の形を成していない、まるで話にならない状態だ。……サルタナの手で舞台を用意してもらったというのに、その舞台に乗る前……開始の合図が出る前にパフォーマンスをした。パフォーマンスを観客が見てないのに、感想を求めてどうする? 見えない所でやるな、と言われるのが普通だ。お前達の贖罪は、ただのフライングだ。出だしから反則をしておいてまともな成果が得られる訳がないだろう」

「アタシ達のことを見てないから、被害者達にアタシ達の想いが伝わってない。場を、タイミングを読み違えたのが、アタシ達のミスって言いたいのか……」

自分達の真意を伝えようにも、まず見てもらわなければ話にならない。見てもいないのに演者の誠意が観客に伝わることはあり得ない。

ここに連れてこられる前にニーズホッグは言った。被害者の恐怖、報復心が爆発したのは、謝罪と贖罪の想いを伝えることをやめたせいだ、と。ニーズホッグとアルビオンの指摘は一貫して、ヴォルケンリッターにこう伝えていた。

『身内の機嫌ばかり伺い、周りを疎かにした。それが破滅を招いたのだ』と。

「ヴォルケンリッター……今のお前達の在り様は騎士ではなくイヌにしか見えん。一見忠犬のようだが、本能のまま周りに噛み付き主人に多大な迷惑をかける狂犬。もはやリッターの名を捨ててドッグズに改名した方が良いぞ」

「イヌ、だと……! 我らの騎士道を、愚弄するな……!」

眉間を細めながらザフィーラが吠えるが、唯一動物形態、それも狼のザフィーラがそれを言うのか……と、仲間に対してそう思ってしまったヴィータとシャマルはちょっと気まずくなった。

「そ、それよりはやてちゃんとリインはどこ? あなたなら知ってるはずよね?」

「八神とリインフォース・ツヴァイは、この第6無人世界にある別の軌道拘置所・ゲルダの方に捕らえている。そして今からお前達もゲルダへ移送する」

「ハッ、わざわざ送ってくれるってか?」

「ああ。だが余計な抵抗はするな。私が一報送れば、ゲルダにいる仲間が八神にある処置を行う」

「処置?」

「記憶転写。クローンがオリジナルの記憶を植え付けられるのと同様に、外部から他人の記憶を無理やり書き込む技術。プロジェクト・Fが普及する傍らで、こういった記憶関連の技術も大きく発展を遂げた。使い方次第では、ある特定の記憶を引き抜いて都合の良い記憶に差し替えることで、過去や認識を自由自在に変えることができる。洗脳するにはこれ以上ない技術だな」

「!?」

「元々、洗脳は管理世界の十八番だ。自分達にどうしても必要な人間が意のままにならない時、何が何でも従えさせるために連中は長年研究、開発を続けていた。しかしやはりというべきか、実際の記憶と植えられた記憶の齟齬や、消した記憶にある体験をもう一度させるなどの刺激を受けると自ずと解けてしまうことが多く、その反応をどう抑えるのかが課題だったが……今は関係する記憶を含めて操作することで、一応の解決をしている。管理外世界出身だった者は故郷の場所を書き換えることで管理世界出身だと疑わなくなったり、長年仇だと思っていた相手への憎悪を恋慕や愛情に変換させることで恋人ないし家族だと信じたり、場合にもよるが性別の違いさえ意識しなくなるようにもできる」

「そんな技術で、はやてちゃんに何をするつもりなの……!」

「闇の書の被害者の記憶を植え込む」

「な!? そ、そんなことをしたら……」

「殺された者が殺してきた者に対して抱く感情なぞ、憤怒や憎悪、恐怖に絞られる。それも強烈な。そのような他者の記憶を大量に流し込まれることで、八神の精神は崩壊し、黒く塗りつぶされる。自然界ではあり得ない量の記憶……情報の奔流だ。記憶の差し替えや、一人二人程度の記憶が書き込まれるだけならともかく、数百、数千、数万……それ以上の人間の一生分の記憶だ。自らの一生を終えていない人間の脳は、それに耐えきれない。自分の本来の記憶がどれなのか、どこにあるのか、八神は完全に見失うことになる。そしてそれは、八神本来の人格が消滅することを意味している」

それはかつて、サバタの昔話でザジが星読みを暴走させた時の症状と同じだった。つまり闇の書の被害者達の記憶を一気に転写されてしまえば、はやてはかつてのザジのように自分に関する記憶を失い、恐怖と孤独に支配されてしまう。その上、転写される記憶が被害者のものである以上、ヴォルケンリッターやリインフォースは恐怖の象徴も同然となる。要するに、

“はやてに家族と認識されなくなる”ということであった。

「安心しろ、ゲルダに着くまで何もしなければ、八神には何もしない。要は大人しくしていれば何の問題もない。さて、理解したのなら腕を縛らせてもらおうか」

「……一つ聞かせて。何のために私達を移送するの?」

「一言で言うなら、制裁だ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第6無人世界、ゲルダ軌道拘置所。


私は……敗北した。

私は……捕まった。

敵の手中に落ちた今の私には、もう打つ手がない。でも……まだ……、諦めてはいない。きっと今は耐える時……いつかチャンスは巡ってくる。それを信じて待つんや。

「さて……もう少ししたら、アルビオンがあなたの騎士を連れてきてくれます。良かったですね」

拘束台に括りつけられた私の前で、相変わらず温厚そうな表情を浮かべるご老体が思わず安心してしまいそうになる口調で言う。教皇……いや、元教皇カエサリオン。かつて次元世界屈指の善人だった人がこうして敵に回っていることが、実際に目にしても未だに疑ってしまう。

「あなたほどの人がどうして、こんなことに手を貸しとんねん……」

「こんなこととは?」

「この期に及んでまだイモータルに協力しとることや……!」

「イモータルに協力、ですか。ふむ、どうやら少し誤解があるようですね。信じてはもらえないでしょうが、今の私はただ、友人の願いを叶えるために動いています。我が生涯最大の友、アルビオン。彼の最期の復讐に協力しているだけです」

「復讐……ここでも闇の書への憎しみが爆発したんか……」

「まぁ、捕まるまでは瀬戸際で爆発させないようにしてきたんですけどね。なにせ裁判の結果が結果だったので、被害者達の心のバランスが非常にシビアだったんですよ。サルタナさんから聞きませんでしたか? 被害者の中にも真実から目を背ける者や、自分の眼でしか物事を見ようとしない者もいると。その人達への説得に私やサルタナさん達がどれだけの努力を費やしたのか、あなたはご存知ですか?」

「……」

「今更無駄に終わったことを蒸し返してもしょうがないですね。ツケを払うのはあなた達自身なのですから。……ところで、八神はやてさん。元になりますが、教皇なりにあなたのことを見ていて一つ思ったことがあります。あなたは守護騎士を人として見ていますが、実際はプログラムであることを必死に見ないようにしていませんか?」

―――ッ!?

心臓の鼓動が大きく聞こえ、何もしてないのに息苦しくなる。じわりと冷たい汗が流れ、思考が乱れてしまう。

「ど、どういう……意味や……」

「ニブルヘイムでの高町なのは撃墜事件、あれで重傷を負った鉄槌の騎士を治療するためにあなたは夜天の書にある再生プログラムを用いましたが、あの時のあなたはそういったプログラムを使いたくない表情をしていました。ヒトとプログラム、その違いを意識しないのは共存のために必要なことなのかもしれません。しかし、それで相手を理解したと言えるのでしょうか? 違いを無視するのは、ただの思考停止ではありませんか? 違うことを受け入れてこそ、本当に理解したと言えませんか? プログラムであることで何が便利で何が不便なのか、ヒトとの違いはどういった所に現れるのか、成長の概念、時代の変化、価値観の相違、生と死、心の在り方、騎士と一般人……その違いを把握せずに、一体何が理解できるというんですか?」

「あ……そ、そんなん、いっぺんに聞かれても……わからへんよ……」

「まあそうでしょうね。今まで見ないようにしてきたんですから、考える時間が必要でしょう。それにしても、突然現れた人でさえ家族扱いするあなたの図太さは正直感服しますね。お前も家族だ、的なことがしたかったんですか?」

「私の家はホラゲーの舞台かいな……!」

「でもこの言葉、あなたに妙にしっくりきますよ。なのでファミパン娘というあだ名を進呈します。エターナルデュークよりは洒落が効いてますね」

「謹んでご遠慮願うで」

苦笑交じりにそう言うとカエサリオンは通信機で何かを伝え、数分後、部屋の入口からクレイゴーレムに拘束された誰かが連れてこられた。その誰かを目にして、はやては驚愕した。

「な、シグナム!?」

「申し訳ありません、主。このような醜態を……」

「先のミッド襲撃の混乱に乗じて、アルビオンが秘密裏に連れてきてくれたのです。右腕が故障しているので、無力化は子犬を相手にするぐらい簡単だったそうですよ」

傷を抉られて「うっ」と胸を押さえ―――るのは拘束されてて出来ないので、シグナムはがっくりと項垂れた。

「まあそれはともかく、彼女を連れてきたのはヴォルケンリッターを万全にするためなんです」

「我らを万全に、だと?」

「ようわからんけど、敵に塩を送るつもりなんか?」

「アルビオンにとっては、そんな感じなんでしょうね。戦う力もない私には騎士の矜持とやらはよくわかりませんが、彼はヴォルケンリッターを正面から倒すとのことです。何でも、騎士に復讐するには誇りを壊すのが最も効果的なんだとか」

「正面から? 私達を侮っていることには文句を言いたいが、しかし見ての通り、私の右腕は故障している上、レヴァンティンも喪失している。もう万全にしようがないぞ?」

「烈火の将、その問題の対策も既に用意済みです。あなた達がヒトではなくプログラムであるからこそ、出来る芸当があります」

その言葉を放つ際、チラッとはやてに視線を送るカエサリオン。彼が言葉の裏で言っていることは、はやてもすぐに察したが……それを認めることは、ヴォルケンリッターがヒトではなくプログラムであると認めるも同然であった。故に、はやては無言で唇をかみしめ、拒否反応を抑えた。

「おや、ちょうど良いタイミングでアルビオン達が到着したようです。場所を移しましょうか」




ゲルダ軌道拘置所内、特別試験場。

ドーム並みに広い空間、管理局内にある試験場とほぼ同じような造りでできたその場所に、ヴォルケンリッター4人が集められた。ザフィーラ達はシグナムまで捕らわれていたことに驚愕したが、それよりも今は目前の問題……アルビオンとの勝負に意識を向けていた。それもそのはず、ヴォルケンリッターがアルビオンに勝つことが出来れば、八神とツヴァイ共々ここから解放するという条件を出されたのだ。彼女達にとって、これは願ってもない好機だった。なにせ小難しい事をせずとも、この戦いに勝ちさえすれば良いのだから。……勝てれば、の話だが。

試験場内を見通せる高所に設立された観測場では、夜天の書を小さな台座の上に置いて試験場の機械設備を操作しているカエサリオンと、魔力封印手錠を着けたはやてとリインフォース・ツヴァイが、不安そうに家族の姿を見つめていた。

「皆……大丈夫やろか?」

「信じるしかないですよ……。今の私達には見守ることだけしかできないです……」

「せやな……。ところで……なんでリインは拘束されてへんの?」

「……さ、さあ……? えっと……私サイズの拘束具が無かったからじゃないですか?」

「だとしても、魔法が使えるまま野放しにするのはおかしいんちゃう? あの用意周到なカエサリオンがこんな誰でもわかるミスをするはずは……」

「ご心配なく。リインフォース・ツヴァイさんを拘束しないのは、我々には何の脅威にもならないからです」

「……」

リインがカエサリオン達の脅威にならない? 一体どういうことや……?

なあリイン……なんでさっきから目を背けてるんや? なんでそんなに辛そうに落ち込んでるんや? なんか……言ってよ……答えてよ……。

一方、いくつもの小型ビルが床から生えて疑似的な障害物を乱立させていく試験場内に現れたアルビオンは、持ってきたヴォルケンリッターのデバイスを放り投げて騎士達に返していた。

「取り上げていたデバイスだが、メンテナンスしてあるから故障の心配はない。それと、余計なプログラムやウイルスなども入れてはいないぞ、これからの戦いにそんなものは無粋だからな。だが先の戦闘で負ったダメージがそのままでは、全力の勝負は出来ないか。カエサリオン、早速だが回復してやれ」

『わかりました。対象、守護騎士プログラム、リカバリー・コード入力』

「「「「ッ」」」」

アルビオンがそう告げると、ヴォルケンリッター4人の周りに数字や文字の羅列が見える帯が展開され、そこから奇妙な文字が刻まれた光体が騎士達の負傷した部分などに注がれていく。すると光が触れた傷や怪我が液晶画面の砂嵐みたいなものに一瞬覆われた後、半透明の状態から皮膚が実体化されて傷を綺麗に塞いでいった。はやてにとってそれは、機械の壊れたパーツを別のパーツに交換する工事のように見えていた。

「な、なんてことだ……我らのダメージが、すっかり治ってしまった……」

「魔力が使われた気配も一切なかったわ。悔しいことに……人間として扱われなかったからこそ、私達は治癒魔法も無しに治ってしまった」

「怪我が治ったのは別に良いけどよ……アタシ達が純粋なヒトじゃないって、まざまざと味わわせられたのは最悪な気分だぜ……」

「右腕が……右腕の感覚が……元に戻った。烈火の将として戦えるようになるのはもう二度とないと、諦めていたのに……。敵がそれを成したのも含めて、この感情はどう表現すれば良いのだ……」

などと元通りの肉体に回復したことに驚く騎士達だが、しかしこの回復はあくまで一時的なもの、これから始まる戦いにおける準備の一つに過ぎなかった。

「今の回復についてだが、この試験場には特殊な機材を設置してある。お前達のようなプログラム体や融合騎などといった、機械生命体の仕組みを自動的に解析し、コードを与えたり、中身を一部改ざんすることができる」

「改ざん……!」

「誤解するな、先のコードに治療以外の効果はない。改ざんもあくまで物の例えで言ったに過ぎない。それとな、烈火の将、お前はレヴァンティンを喪失している。しかし代理の剣を用意したところで、本来の実力を発揮できるとは思えん。だがこの場所なら話は別だ。データ再現体になるが、ここだけならレヴァンティンを実体化させることができる。右手を見るがいい」

「なに!?」

驚いたシグナムが右手を見ると、数字と文字の羅列が渦上に広がり、最終的に剣の形を成した。それはまさしくシグナムの得物である、レヴァンティンだった。軽く振ったり、シャコシャコとカートリッジ機構を空撃ちしたりして挙動を確認したシグナムは、そのレヴァンティン・データを抱えて細部を見ながら呟いた。

「重さも感覚も同じ、蛇腹部分も円滑に動くし、カートリッジ機構も問題ない……。寸分違わず同じ物を再現できるとは、技術の進歩は凄まじいな……」

「ここにあるビル群もそうだが、プログラムだけで物体を再現して実体化させる技術は、管理局がお前達を解析して別の形で実用化した成果だ。つまりこれらの技術は守護騎士プログラムを基にして完成したと言っていい。今後、使い方次第では訓練場のシミュレーターなどにも活用できるだろう。尤も、機材の関係で金は相応にかかるがな。それより腕の調子はどうだ、その剣なら問題なく全力を出せるか?」

「ああ、これなら大丈夫だ。2年前失った烈火の将としての力量も、遺憾なく発揮できるだろう」

「そうか……それを聞いて安心した。ようやくこれで……!」

一瞬で凄みを増したアルビオンが自らのダブルセイバーを取り出し、黄金色の刃を展開する。彼の雰囲気が殺意に変わったことで、ヴォルケンリッターも各々デバイスを展開、位置も変えて即時対応できるように警戒する。

「復讐を始められる……!」

もう言葉では止まらない、アルビオンの憎悪。それは闇の書の被害者達が彼に託した報復心と、彼自身の報復心と融合したもの。今のアルビオンは被害者達の報復心の結晶であり、ヴォルケンリッター自身がいずれ対峙しなければならなかった存在であった。

「闇の書に関わる全ての者よ、刮目して見よ! これより始まるは我が怨讐の果て、恨みと憎しみに染まり果てた力が形成せし憎悪の刃なり! 次元世界で長きに渡り植え付けられた報復心がここに集束し、培われた怨念を清算せし瞬間なり! 問答無用で現れては友を、親を、住処を、故郷を、心を、未来を破壊していく理不尽な暴力。その権化にして象徴たる存在に、今こそ私の剣で報いを与えよう!」

これまでのやり取りは全て、この戦いのためのお膳立てに過ぎない。本当は今すぐにでも斬りかかりたくて仕方が無かったアルビオンも、準備が終わった今では我慢する必要は無く、はやて達には彼の演説と気迫だけで試験場全体が蜃気楼のように揺らいで見えた。

「にしたって、ずいぶんと好き勝手言うやんか。そりゃあ被害に遭った人達の憎しみもわからんでもないけど、皆だって望まない戦いを強いられて苦しんできたっちゅうのに」

「はやてさん、今の言葉を彼らの前でも言えますか?」

「彼ら?」

はやてが尋ねると、カエサリオンは試験場周囲の観客席を覆う防壁を解放する。そこにいたのは、席を埋め尽くすほどのグール達だった。しかもその全員が、凄まじいブーイングの嵐をヴォルケンリッターにぶつけていた。

「こ、こいつらはっ!? 一体どんだけのアンデッドがおんねん……!!」

「彼らは闇の書に殺された犠牲者です。公爵デュマは闇の書に報復心を抱いた者達をこうしてアンデッドとして蘇らせ、手駒にしていました。彼らは他のアンデッドとは少々特殊で、報復心に暗黒物質を宿らせることで吸血変異を起こしています。故にその報復心が晴れれば太陽の光を浴びずとも浄化されるのですが……十億を優に超えている彼らの報復心の総量は私如きでは計り知れません」

「じゅ、十億……!?」

「動員数の都合で、ここにいるのは極一部に過ぎません。他の犠牲者達はモニターなどを介して、この試験場を見ています。アルビオンが背負っている被害者達の報復心は、数千人の生者達だけではありません。こうして十億人を超える死者達の報復心も含まれています……もうおわかりかと思いますが、最近の襲撃で現れている膨大なアンデッドは、彼ら闇の書の犠牲者達なのです」

「そ、そんな……!」

十億ものアンデッドがミッドチルダに大挙して押し寄せれば、抵抗の余地なくあの世界は滅亡する。イモータルが直接出張る必要なんてない、圧倒的な数の暴力。広範囲に攻撃できるはやてでも万全の状態で挑んだとして、これだけの数を相手に戦えば、せいぜい一万体倒せたら良い方だと言えるほどのものだった。

「さて、はやてさん。先程の言葉、覚えていますね? 彼女達も望まない戦いを強いられてきた、そのせいで苦しんできた、などと。その言葉を殺された者達にも言えますか? 十億もの被害者達を前にして、あなた達が殺されたのは仕方なかったことだから、全員納得して消えろと言えますか?」

「あ……あ……!」

観客席にいるグール達の怨嗟の声の凄まじさを目の当たりにしたはやて、騎士達は最近の襲撃で現れるアンデッドが何が原因で発生したのかを知ったことで、精神的に大きなショックを受けた。なにせ見方を変えれば、自分達が原因で次元世界が滅びの危機に瀕している、とも言えたのだから。

それだけではない。2年前の髑髏事件……否、それより前からアルビオン達が敵側に回っていたのも、この大量のアンデッドの存在を知っていたからだと考えれば、見方も変わってくる。十億のアンデッドが一斉に襲ってこないために、彼らの報復心を代わりに晴らしていたのだとすれば、それは……。

「人類種の存続のために、私達を生贄にしていた……?」

「そもそもはやてさんは、アルビオンがなぜああまで頑なに復讐に拘るのか、理由を把握しているのですか? 闇の書が奪ったのは、命や場所といった目に見えるものだけだと思っているのですか?」

「……」

「少し昔話をしましょう。アルビオンはヴォルケンリッターの襲撃で故郷と家族、財産の全てを失いました。天涯孤独となった彼は金も力も無い状態から生き延びるために少年兵として過酷な戦いに身を投じることになり、やがて色々あって聖王教会が経営する更生施設に預けられました。しかし彼の心は既に戦場へ囚われていました、闘争と復讐に染まってしまっていました、それ以外の生き方がわからなくなるほどに。周囲も心の傷を治せるようにカウンセラーを送ったり、まともな生活を送れるように教育などを施したのですが、彼を変えるには至りませんでした」

「……」

「しかし普通の生き方を拒否はしても、別に望んでいない訳じゃありませんでした。彼は本来自分が送るはずだった普通の生活、普通の家族、普通の人生を内心切望していました。しかし、彼には出来なかった。というのも彼は少年兵としての経験から他人の力をあてにしなくなり、何事も自分がやらなければならないと思う責任感が非常に強かった。普通なら一人でできることには限界が云々を実感する流れなんでしょうが、彼の力はその常識を凌駕してしまいまして……まあ要するにアレですよ。強すぎたが故に他の被害者達の羨望を集めてしまい、彼らが自分達の分の復讐まで彼に託してしまったのですよ」

他人の想いを背負った責任感もあって、止まることが出来なくなった。意思を貫く、普通はプラスの意味で捉えられるこの言葉が、はやて達にとって悪い形で発揮してしまったのだ。

「故に彼は手を伸ばせば手に入る平穏すら鍛錬の糧にすることで、力無き被害者達の望みを一身に背負う存在になろうとしました。全てのロストロギアを破壊し、自分のように人生を歪められ、復讐一色に染められた存在が二度と生まれないようにする。誰もしようとしないであろう、その宿願のために彼は心を鋼に変えて、邪魔となる者は全て切り捨てる修羅の道を突き進んだのです」

「……でも、全てのロストロギアの破壊を誰もしようとしないのは、どうしてなん……?」

「おや、管理局が管理しているロストロギアを時に使うことがあるのは、ご存知ありませんでしたか?」

そういえば公爵デュマとの会談後の会議で、確保してきたロストロギアの力がある、と誰かが言ってたような。あぁ……そゆことか。曲がりなりにも力である以上、ロストロギアは管理局の武器として活用されることもある。だから管理局にとっては、ロストロギアを全て破壊されるとむしろ困る訳だ。……力への渇望は、どんな所にもあるもんなんやなぁ。

……そういや本局が公爵デュマに乗っ取られて変形した際、確保していたロストロギアが宇宙に放出、大気圏突入でほとんど燃えてしまったと報告を受けた記憶がある。間接的にやけど、公爵デュマはアルビオン達の宿願の手助けをしたんやな。

「というかあなただって、自分のためにロストロギアを手放そうとしないではありませんか。それも闇の書……夜天の書という、次元世界を現在どころか未来含めて報復心で満たしてしまう大災害級の代物を」

「う……だ、だって……」

「そもそも闇の書にバグが発生したのは何故なのか、あなたはその原因も知らないのではありませんか? ただ魔法を記録するための、次元を渡る辞書のような存在であった夜天の魔導書を、闇の書という核兵器級の代物に変えてしまった何か……それすら存じていないのではありませんか?」

「バグの原因……?」

「ナハトヴァールは元から夜天の魔導書に存在していた防衛プログラムがバグで暴走したものですが、後から付け加えられた守護騎士プログラム、封印されし永遠結晶エグザミアにマテリアル……根本から書き換えたという点を鑑みるに、それらが元凶とはどうも思えないのです」

「はぁ……」

「私はアルビオンに協力する傍ら、バグの真の原因について考察を巡らせていました。何者が何の意図で夜天の魔導書を闇の書に変えたのか、バグが生じるほどの改ざんとは何なのか。かつて私は完成された闇の書の行動パターンを独自に調べてみたところ、管制人格が主を吸収する機能を持っていたことに着目しました」

「主を吸収?」

「闇の書が完成して主が吸収されると、管制人格が主の体と入れ替わるように現れます。これはユニゾンデバイスとの融合事故によって、デバイスに持ち主の体が乗っ取られる状況と非常に酷似していたのです。ここで唐突ですが少し豆知識、古代ベルカの王族たちは自らの肉体にロストロギアを埋め込むなどの改造をすることで絶大な力を手にしましたが、それはアルハザードから流出した継承技術を基にしたものであり、文字通り命の危険を伴うものでした。故に彼らは肉体に必要以上の負担をかけることなく、肉体改造を簡潔かつ安全に行うための技術を開発しました。ええ、それこそがユニゾンデバイスの原型です」

「ユニゾンデバイスとは、古代ベルカの王族と同じ肉体改造を短時間だけ施す技術……。要はインスタントにベルカ王族の力を与えるデバイスなんか……」

「ここで私はある仮説を立てました。夜天の魔導書が闇の書になった原因は、ユニゾン機能を無理やり追加したからではないか、それを施した者は何らかの脅威に備えていたのではないか、事件は暴走ではなく力を扱いきれなかったが故に暴発していただけなのではないか、と」

「脅威? 暴発?」

「闇の書の力は世界を破壊するほどのものです。一方、静寂の獣ファーヴニルも4年前に目覚めた際にニダヴェリールを滅ぼしました。世界を滅ぼせる化け物に対抗できるのは、同じく世界を滅ぼせる力……ミッドチルダにアレが到来し、人智を超越した力による蹂躙を見届けた私は、仮説に出した“脅威”が“絶対存在”であると確信しました。つまり……」

「夜天の魔導書を闇の書にした誰かは絶対存在の恐るべき力を知っとった。絶対存在に対抗できる力を未来の誰かに持たせるために、闇の書は無数の人々から力を蒐集してきた。せやけどその目論見は、未来で誰も力をコントロールできなかったこと、相手の都合も考えずに力を奪ってしまったことで破綻してしまった」

「その結果、闇の書の力は本来向けられるべき絶対存在ではなく、守るはずだった人達に向けられてしまいました。それが今日に至る報復心を生み出したのです。……あぁ、すみません、長々と話が脱線してしまいましたね。ええ……過去の記録や遺物を残すのは、未来で同じ過ちを犯さない意味では必要かもしれません。無害なロストロギアなら多少は残しても大丈夫かもしれません。ただし、闇の書はどう考えても遺物の範疇を超えています。元々アルビオンだって家族が襲われていなければ、少年兵に身を落とすことも、こんな復讐に走ることも無かった。最初に彼の人生を歪め、復讐以外の道を破壊したのは闇の書の守護騎士……ヴォルケンリッターなんですから」

「闇の書に奪われたのは命だけじゃなく、生活、人生、選択肢、いわば未来……それを私達は理解しとらんかった……。守ろうとしている場所が限定的やったら、その外にいる人達からしたらたまったもんやない。私も昔は普通から弾き出されてたから、被害者の人達が憤るのはよくわかる……」

未来を守る、というはやてが家族や友人達と共通で抱いている想い。しかし視野に入っていない部分があったことを指摘され、はやてはようやく闇の書が何を壊してきたのか、事の大きさを理解した。

グール達が見る中行われる、ヴォルケンリッターとアルビオンの戦い。それは守護騎士が撒いた報復の種が芽生え、育ちきったが故の産物。はやては察した。これを乗り越えなければ、騎士達は未来永劫、憎悪の黒い炎に焼かれ続けるのだと。人生全てを復讐に捧げた最強騎士という報復心の結晶と決着をつけねば、守護騎士を縛る罪の鎖は決して解けることが無いのだと。

「上にいるグール達は我らへの憎しみを募らせ、変異した被害者達。つまりここは我らの処刑場、ならばさしずめこの戦いは魔女裁判も同然か……」

「こんなアウェーな状況だが、正々堂々の決闘は血が滾ってしまう。2年も戦いをお預けされてしまったせいで、どうしても衝動が抑えきれん……!」

「おいおいシグナムさぁ、こういう因縁事を戦いで解決しちゃダメじゃね……? ましてや根本的原因がこっちにあったら尚更さぁ……」

「そうも言ってられないみたいよ、ヴィータちゃん。アルビオンはこの戦いのためだけに、全てを賭けてる。周りのグールもそう……あの様子じゃ、私達が何を言ったって聞きやしないわ。残念なことに、ね……」

シャマルの頬に冷たい汗が流れる。彼女の言う通り、アルビオンは捕まってからの時間の全てを鍛錬に費やし、今では全盛期一歩手前程度の力を取り戻している。即ち、レヴィに敗北した2年前とは、もはや強さの次元が違うのだ。

『お待たせしました。双方、心の準備はよろしいですか? それでは戦闘開始の合図として、カウントダウンを始めます。5……4……3……2……1……0!』

―――ドンッ!

誤解のないように伝えるが、今の音は開始の合図ではない。掌底の打音だ。シグナム達がその意味を把握した直後、幻影のビルを突き抜けて試験場の壁に何かが衝突する音が響いた。

「ぐは……ッ!」

その何か―――ザフィーラは視認すら出来ない速度の掌底を胸部に受け、一時的な呼吸困難に陥る。ダブルセイバーを得物とするアルビオンだが、体術も達人レベルまで収めている。その気になれば今の一撃で心臓を破壊することさえ容易かった。

「ざ、ザフィーラ!」

一秒も経たずに盾を破壊された守護獣に急いで彼に治癒魔法を施すシャマルだが、一方でシグナムとヴィータは息の合った連携をしながらアルビオンの剣と幾度も打ち合う。
剣と剣、剣と鉄槌が当たる度に弾け、火花が飛び散る。ほんの数秒の間に数十合を超える立ち合いは、しかし牙城の要塞の如きアルビオンの威容に傷をつけることすら叶わずにいた。
シグナムがレヴァンティンに炎をまとい、目くらましと威力増加も兼ねて迫っても、ヴィータがグラーフアイゼンを巨大化させてブースターで回転しながら重量任せの攻撃をしても、アルビオンは左ストレートだけで鉄槌を押し返し、右手のダブルセイバーで炎の剣を弾き飛ばし、あらゆる面で完全に凌駕してきた。

「嘘だろ……あのスカルズもぶっ飛ばせたアタシの力が、片腕だけで払われちまったぞ……!」

「私の剣も同様だ。何の肉体改造も施すことなく、剣術だけで古代ベルカの王に並ぶ力量に達するとは、一体どれほどの修練を重ねたのだ……!」

「お前達を屠るためには、人並み外れた力が必要だったのでな。一念鬼神に通じると言うが、気付けば一時期最強騎士の称号を授かるほどになっていた。……ハッ、何が騎士だ。闇の書を倒していない者が騎士なぞ名乗れるか」

実際、アルビオンは今まで一度も自分が騎士だと名乗ったことは無い。周囲は彼を騎士と呼んだことが多いが、彼自身は少将などのような階級で呼称することはあれど、騎士だけは決して名乗らなかった。なぜならアルビオンは自分を騎士だと認めていないのだ。

「ふむ……貴様にとって我々は家族を奪った殺人鬼であり、倒さねばならない怨敵であり、騎士としての到達点でもあったのか」

「到達点扱いはまぁ、光栄っちゃ光栄なんだけどさぁ……ぶっちゃけ力は超え過ぎだっつぅの……!」

「だが……フッフッフッ……! ベルカの戦乱から幾星霜、ようやく出会えた強者だ! 滾る! 血が滾って仕方がない!! これだ、これこそが戦いだ!! 殺し合いだぁ!!」

「シグナムの奴、戦闘狂スイッチが入りやがった。癪だけどよ……やっぱりアタシ達は戦場で生き甲斐を感じてしまう存在なんだな。アタシだって騎士だ……死力を尽くせる戦いには、どうしても心からの快感を抱いちまうんだよ!」

再び構え直し、果敢に攻め立てるシグナムとヴィータ。また、彼女達の後ろからシャマルの魔法で治療を終えたザフィーラも一直線に飛翔し、剣と鉄槌に拳が加わった同時攻撃を開始する。
シグナムの飛竜一閃とヴィータのギガント・シュラーク、ザフィーラの鋼の軛による波状攻撃。試験場の床を隆起させるほどの威力が備わったそれは、並みの魔導師では防御魔法を展開していようと紙のように打ち砕かれることだろう。だが歴戦の騎士三人の技を相手に、アルビオンは汗一つかかないまま同時に全ての攻撃に一太刀ぶつけるだけで難なく対処、それどころかシグナムへカウンターの突きを放ち、反射的に回避を試みたものの、間に合わなかったことで彼女の右耳を横に大きく切断されてしまう。

「チィッ!! なんという反応速度だ!」

「これが……こんなものがお前達の限界か。残念だ、長年の仇の力がこの程度だったとは……」

その目まぐるしく動く戦況を前にして、シャマルも後方から旅の扉でアルビオンのリンカーコアを抜き取らんと隙を伺うのだが、それで探知、解析魔法を展開していた彼女はアルビオンの異常性に気づいてしまった。

「そ、そんな……これって!」

ズシャッ!

「―――え?」

刹那、湿った音が響き、シャマルが呆然と声を漏らす。突然の事態に流石のシグナム達でさえ硬直する。それもそのはず、数瞬前まで目の前にいたはずのアルビオンが、次の瞬間シャマルの背後にいたのだから。

―――貫手でシャマルの心臓をぶち抜いた状態で。

「ギ、カハッ……!」

爆ぜた。シャマルが視認する時間も、言葉を交わす猶予も、治癒魔法で傷を治す余裕さえなかった。アルビオンは一切表情を変えぬまま、シャマルの心臓を無慈悲に握り潰した。

「旅の扉で数多のリンカーコアを握り潰してきた湖の騎士よ、逆に握り潰されたことはあったか?」

「―――ぁ!?」

胸から消火器のホースみたく大量の血を吹き出し、バタッと倒れるシャマル。淡い金髪で柔和な笑顔を浮かべる湖の騎士、そんな彼女が物言わぬ真っ赤な姿になるのを目撃したはやてがたまらず彼女の名を叫び、シグナム達も激怒の雄叫びを上げた。

「き、キサマァァアアア!!!!」

「オオォ、オォァァァアアアァァァアア!!!!!!!!」

「て、テメェェ!!! シャマルになんてことしやがるんだぁあああああ!!!!」

その瞬間、騎士達に鬼が憑いた。仲間を、同胞を、家族を手にかけたあの男、アルビオンを決して許すまじと、怒りに染まった剣を、拳を、鉄槌を振るい―――

「ヌルいわ!」

一回の瞬きの内に三筋もの黄金色の剣閃が走る。直後、3つの物体が観測場のガラスに飛来、赤のペンキをぶちまけたように表面を塗りつぶした。

「あ……う、腕が……皆さんの腕が……!!」

ショックを受けたリインが真っ青になって、その飛来してきた物体が何なのか口にする。レヴァンティン、グラーフアイゼンが彼女達の右腕だった肉塊からこぼれ落ち、試験場の床に落下する。

「ア、 あああ、うわああああああああ!!!!!」

「な……そんな……馬鹿な!!」

「グ……ガァァアアアッ!!!」

ヴィータが幼子のように悲鳴を上げ、シグナムはせっかく取り戻した力でも全く太刀打ちできない無力感に苛まれ、ザフィーラは歯を食いしばって残った左腕で渾身のストレートを放つ。唯一放たれた二度目の攻撃にアルビオンは正面から左ストレートをぶつけ……骨ごと打ち砕く。

「ぬぐあぁあああああ!!!!」

「お前達は何も変わっていない、一切の成長をしていない、人間のような進歩を全くしていない。故に断言してやる。この先、お前達に勝利がもたらされることはあり得ない……決して!」

フォンッ!!

――――バシャッ。

次の瞬間、はやては全ての理解を拒否した。今の一閃で()ナニ()と分離し、なに(家族)オワッテシマッタノカ(死体となった)。試験場に残された肉塊は、もう、騎士達じゃなかった。

「う、ウソや……ウソや! み、皆が……あ……うぁ……!!」

「「「「「FOOOOOOOOO!!!!!!」」」」」

呆然と膝をつくはやてと対照的に、グール達が歓声を上げる。大事な家族、憎き仇、一人の生者、十億の死者、はやてとグール達は反応や立場、認識などのあらゆる意味で対照的だった。

「ファ~……!」

と、その時観客席にいた4体のグールが何やら満足げな表情を浮かべて消滅した。まるで彼女達が無残に倒されたのを見て、報復心が浄化されたように。

「消えたのは4体……ふん、最初はこんな所か。カエサリオン、やれ」

『いいでしょう。対象、守護騎士プログラム、リカバリー・コード入力』

淡々とカエサリオンが先程の治療コードをヴォルケンリッターだった肉塊に施す。はやての思考が停止している間に、騎士達の体はまるでビデオを巻き戻すかのように修復が始まり、そして……、

「ケハッ!? はぁ、はぁ……な、なんで……どうして私、生きているの……!? それに心臓も戻っている……何が起きたというの……!?」

「い、一体どうなってんだ……痛みも完全に消えてるし、腕も元通りになってやがる……」

「私達は集団幻覚を見ていたのか? いや、そんなはずは……!」

「失ったのになぜか戻っている感覚、これは我らの記憶の片隅にあるものと同じ。もしや……」

まるで何事もなかったかのように騎士達は元通りの姿になった。はやても再び家族を失ったと思っていたため、彼女達が復活したことには喜びの念があったのだが……同時に思考能力が回復した彼女は、先程のグールの消滅も含めて、この治療が何を意味しているのか、把握してしまった。

「ま、まさかこの決闘って……!」

「流石は八神はやてさん、早くもお気づきですか。ええ、これはアルビオンとヴォルケンリッターが決闘を好きなだけ繰り返すための舞台です。そしてヴォルケンリッターの敗北を見届けたグールは報復心が晴れた個体から浄化される。アルビオンは思う存分彼女達に復讐を果たせるし、ヴォルケンリッターは倒れても何度も蘇ります。しかも再生する度にグールも数体浄化できます。さっき浄化されたアンデッドの数から単純計算すると、2億5千万回これを繰り返せばほとんどの被害者達を浄化できます。良かったですね、あなたが恐れている家族の死は避けられますし、最終的には自由を取り戻せますよ」

違う、これはそんな生易しいものじゃない。アルビオンとヴォルケンリッターの実力差は今の戦いで十分明白になっている。彼の言う通り、成長しない騎士達が彼を超えることは不可能。つまりこの決闘でヴォルケンリッターが勝利するなんてあり得ない、何度も何度も殺されることになる。だが……主の自由のため、騎士の誇りのため、過去の贖罪のため。アンデッドの浄化のため、ヴォルケンリッターは決してこの戦いに背を向けることが出来ない。初めから勝ち目の無い戦いを繰り返し、そして殺され続ける。それが騎士達に与えられた“制裁”……!

「意識はハッキリしたか? なら再び始めるとしよう、この決闘を。復讐の災禍を」

「あ、ああ……! 何だかわからねぇけど戦うってんならやってやる、まだまだやってやらぁああ!」

「烈火の将として、再戦は望むところだ。例えそこが死地であろうとな!」

「逃げちゃダメ……逃げちゃダメよ……! だってこれは、はやてちゃんを助けるためなんだもの!」

「考えうる限り最悪の状況に追い込まれたな。だとしても……我らには決して退けぬ道理がある!」

そこから始まったのは無限に続く生と死の地獄。真実を知っても変えられない騎士の矜持、誇りがある限り殺され続けるヴォルケンリッターの姿。そして彼女達の死と同時に報復心を晴らすグール達。

そんな家族の姿を見ている内に、はやてはこのままでは騎士達の精神がおかしくなってしまうと本能的に理解した。否、それより先にはやて自身が、今の時点で狂いそうなほどの苦しみを味わっていた。

「お、お願いや、カエサリオン、この決闘を止めて……!」

「聞けない相談ですね。まだ16体しか浄化されてませんよ? そもそもこの決闘は最後にあなた達が勝つ仕組みになっています。なのに止めてほしいとは、あなたは自由が欲しくないのですか?」

「私の自由より、皆の方が大事なんや……! せやから……せやからこれ以上、皆を殺さないで……!」

「無限に再生できるのですから構わないじゃないですか。被害者達の報復心も直接晴らすことが出来てるのに。そりゃあ何度も死ぬので辛いでしょうが、ちゃんと元通りに治療してから決闘させています」

「ち、違う! 違う違う違う! こ、こんなの決闘ちゃう! こんなのは……決闘やない! これは……ただの拷問や!」

「確かにその面があるのは否定しません。ですがよく考えてみてください。今あなたが味わってる苦しみ、それは被害者が味わった苦しみと同じであることを。真に贖罪をしたいと言うのであれば、どんな形であれ、彼らの痛みを体験しなければなりません。八神はやてさん、あなた達は今この瞬間、闇の書の被害者と同じ目線を獲得したのです」

「そんな御託はもうええから! お願い……お願いですから、どうか止めてくださいっ……!!」

「過去の被害者達もそう懇願しましたが、騎士達は聞き入れてくれましたか? やめて、助けて、奪わないで、殺さないで……そう言った彼らの声を守護騎士は、主のため、運が無い、邪魔だ、うるさい、耳障りだ、しぶとい……そういった言葉で無慈悲に切り捨て、一切聞く耳持ちませんでした。騎士達はそういうことを長年してきたのだと、本当にわかっていますか?」

「わ、わか……わかって……います……!」

「いいえ、わかっていません。バグの影響で騎士達がそうせざるを得ない状況にいたことぐらい把握していますが、それで仕方なかったのだと弁護するには、あまりにもやり過ぎました。故に騎士達は自らが何をしてきたのか、己が身をもって理解しなければならないのです。そうでないと、夜天の書を取り巻く報復心の連鎖は永遠に終わりません。ここで報復心を受け止めてもらわねば、本当に世界が滅ぶほどに憎しみが膨れ上がってしまうのです」

2年前から変わらず、カエサリオンの言葉には一つの正論が混ざっている。際限なく膨らみ続ける報復心を急いで止めねばならない、そのためにはやて達も手を尽くしてきたのだが、こればかりは被害者達の報復心を理解してきた時間の積み重ねもあってカエサリオン達の方に優位性があった。

「チクショウ、チクショォォオオオオ!! 当たれ! 当たれよぉおおお!!! これじゃあはやてを助けられねぇじゃねぇか! こんちくしょうがぁああああああ!!!!」

「こ、これほどまでに……差があるというのか! 私の剣はあの男の足元にも及ばないのか! ならこれまでの鍛錬は、一体何だったというのだ!?」

「何なの……これ……。治癒が全然間に合わない……! 動きが早すぎて追いつかない、手が届かない、先が遠すぎる……! こんなのどうしようもないわ……!」

「これが、一度は最強を手にした男の本気か……! 何と底知れない……! 主も救えず、仲間も守れない盾に何の存在価値があるのだ……!」

未だに騎士達が蹂躙され続ける試験場に視線を向け、しばしの間苦悶の表情を浮かべたはやては……、

「―――私がやる」

左眼に黒い光を宿し、そう宣言する。

「夜天の……ううん、闇の書の主は私や。闇の書に向けられた報復心は、主の私が受け止めてもええやろ。騎士の皆が罰を受けるっちゅうなら、私も罰を受けたる!」

「話になりません。あなた個人が闇の書で何かしようとしたことが無い以上、あなたが罪を背負う行為自体に世界の歪みが生じてしまいます。報復心は正しい場所に向けて発散させる必要があります。闇の書で罪を犯していないあなたは、元々発散できる場所ではないのです」

「罪……か。じゃあ聞かせてもらうで、ヴォルケンリッターを受け入れたのは罪か? 闇の書の管制人格、リインフォースを受け入れたのは罪か? あの子達を家族にするのは、被害者達にとっては罪にしか見えないんか?」

はやては常々疑問に思っていた。なぜ自分達がここまで強い報復心を向けられることになったのか。確かにニーズホッグの言う通り、贖罪の意思を伝えなくなってしまったのも一因だろう。だが彼らがこの答えを推測したように、はやてもはやてなりに答えを出していた。

「私が皆を家族扱いしていること、皆に家族が出来ていることが納得いかへんのやろ。法律上では既に罰を受けとる、だけど感情は許すことが出来へん。そんな感じなんやろ」

「確かに、そういうことを仰っていた方は多かったです」

「ならば言わせてもらうで。皆を受け入れたのがそんなに腹立つなら、私も罪人として扱えばいい。罪人なんやから良心の呵責なんて無視して、思う存分憎めばいい、好きなだけ恨めばいい。私自ら、あんたらの怒りの炎で焼かれたる、その報復心を全部飲み干したる!」

「その覚悟は立派なように見えますが、それは家族と言う名の依存対象である騎士達を失いたくないが故に衝動的に発したのではありませんか?」

「なら私を試せばええやん! この覚悟、へし折れるもんならやってみろ!」

―――吠えたな、小娘が。

今の宣言を聞いていたアルビオンが、強化ガラス越しでありながら底冷えするほどの冷徹な声と目で、はやてを射抜く。ダブルセイバーに脳天を貫かれ、ずるりと血を吹き出しながら落ちていくシグナムの体を前に隠せない怒りを抱きながら、それでもはやては彼の眼光に負けじと睨み返す。

淡々と回復処理を行うカエサリオンを背景に、アルビオンとはやての間で意思の衝突による見えない火花が飛び散る。だが、一瞬だけ拮抗した睨み合いは容易く打ち破られ、押し潰されそうな威圧感がはやてを襲った。

「(ぐぅ……! け、気圧される……! 睨まれてるだけやのに、まるで全身にとてつもない重りを着けて海の底に沈められてるような……!)」

ズシャッ!!!

「ッ!!!???」

い、今……首と両足を斬られた!?

冷たい汗を流しながら思わず手と足を見るはやてだが、実際には斬られていないことに心臓を激しく鳴らしながらも安堵する。だがそのせいで彼女は理解した。今のはただの錯覚で済んだが、ある種の直感がはやてに告げたのだ。

アルビオンと戦えば確実に死ぬ、と。

「(侮ったつもりはあらへんけど、想像をはるかに超えとる。これが元とはいえ最強騎士の“圧”……十億もの被害者達の報復心を背負ってきた男の意志……!)」

「ふん、偉そうに吠えたかと思えば、なんとも呆気ない。それでよく私に挑もうとしたな、ええ?」

「殺気をぶつけただけでもう勝った気か……? 私の覚悟はまだ折れてへんで……!」

「家族が大事だから、か?」

「当然や! 今だって皆は私を家族として信じてくれとるんやから、私はそれに応えるまで! 家族として、皆の気持ちを裏切るわけにはいかへん!」

「家族を裏切るわけにはいかない、か。ふっ……ふっはっはっはっ!」

「何がおかしい!?」

「そのセリフ、隣で聞いてて耳が痛いだろう! なあ、リインフォース・ツヴァイ!」

嘲笑いながら投げかけてきたアルビオンの言葉に、はやては耳を疑った。その言い方ではまるで、リインが裏切ってきたかのように聞こえてしまうではないかと。

「……ごめんなさいです」

「リイン? な、なんで謝るんや……? ここは反論する所やろ?」

アルビオンの言葉を肯定するかのように、謝罪の言葉を口にするリインフォース・ツヴァイ。信じられないものを目の当たりにするように、はやては驚愕の面持ちで家族の一人を見つめる。

「私は……私の創造主は、騎士カリムじゃないんです。本当の創造主は、そこの二人……カエサリオンとアルビオンなんです」

「え? え??」

「初めて会った時、私の製作期間が想定より一年短かったことに、はやてちゃんは疑問に思いましたね。そして騎士カリムから、ユニゾンデバイスに関するデータが豊富にあったと教えてもらったことを覚えていますか?」

「た、確か……無限書庫の開拓で本局がユニゾンデバイス製作技術の復活を考えてたから、既に資料とかデータを集めてたって……」

「その資料とデータは一体誰から、どこから提供されたものなのか、はやてちゃんは知ってるですか?」

「いや……リインは知っとるんか?」

「知らないです」

「って知らんのかい!?」

「だって私、そういう情報は教えられてませんし……。でも、私がはやてちゃんの所に送られる前に、ある指令が私の中に書き込まれました。それは“闇の書監視用プログラム”……位置や動向じゃなくて、上司から受けた命令やそれに対する感情、日々の生活も含めて何もかもを私は監視し、秘匿回線を通じて二人の下に送っていました」

「そ、そんな……リイン、ウソやろ? あんたがスパイの真似なんかするわけはない!」

「ツヴァイの言ってることは本当だ、八神。ツヴァイはそのようにプログラミングされている。そしてツヴァイの製作に使ったデータ、それはスカルフェイスが烈火の剣精アギトを実験台にして得た代物だ」

「スカルフェイスの!? アギトが実験台って……それじゃあリインはスカルフェイスの手が入った上で誕生した……!?」

「更に付け加えるならあなた方に対して行われた被害者達の妨害、それと次元世界で何度も行われてきたアンデッドの襲撃。それらはツヴァイからもたらされた情報を下に、タイミングを見計らって行われていたんですよ。あなた方が休息に入る直前、疲れ切っている所を狙い打てるようにね」

「な!? いつも狙いすましたように嫌なタイミングで襲撃されてたのは、リインから情報が手に入ってたせい……!? い、いや……これは全部ウソや、私達を惑わそうとしてついたウソや! 私達家族の絆にヒビを入れるための策略なんや!! きっとそうだ、そうに違いない! なあ、リインもそう思うやろ!? なあ!!?」

「……」

「なんで!? なんで何も言ってくれへんの!? リイン! 私達、家族やろ!? ずっとだましてきたなんて、ずっと隠してきたなんておかしいやろ! リイン!!」

「……ごめんなさい……ごめんなさいです……!」

か細い声で謝罪の言葉を投げると、リインはまるで私から逃げるように去っていった。心から信じていた家族の裏切りを目の当たりにした私は、糸が切れたようにその場に崩れ、放心状態に陥ってしまった。

「あ……り、リイン……ウソ、こんなのウソや、何かの間違いや……。信じてたのに……家族なのに……なんでや、なんでこんなことに……」

「さっきまでの威勢が嘘のように消えたな。そんなザマで俺と戦えるのか?」

「戦う……私が家族を守らな……でもリインは私を……うぁ……あぁ……!」

「ダメですね。少なくともこの状態を何とかしない限りは」

「だったら着火剤でも与えてやれ。お前だってそのつもりだったはずだ」

「いや~あまりにイイ反応するので、私もついタイミングを逃しちゃいまして……」

「ふっ、わざとだな?」

「やっぱりわかります?」

「長年の付き合いだ、それぐらい察せる」

「いやいや、私の機微に気付けるのは後にも先にもあなただけですよ、アルビオン」

そう苦笑しながらカエサリオンは今の会話すら聞こえていないはやての耳元に近寄り、今の彼女でも聞き逃せないあることを告げた。

「もしアルビオンに勝てたら、リインフォース・ツヴァイに仕込んだ監視プログラムも削除してあげますよ」

「ッ……!?」

カエサリオン達の言う着火剤を与えられたはやては意識がハッキリと戻り、彼らの掌に踊らされてると気づきつつも……自分が自分であるためにフラフラと立ち上がった。

「戦って……あの男と戦って勝てば……皆無事に……全部元通りに……!」

「だ、ダメだはやて! そいつと戦っちゃダメだ!!」

ヴィータの声……。

「主! これは罠だ! 我らのことは気にせずに逃げてくれ!!」

ザフィーラの声。

「命を粗末にしちゃダメよ! はやてちゃんには生きていて欲しい、それが私達の願いでもあるのだから!!」

シャマルの声。

「私達は騎士だ! 主のために死ねるのなら、この戦いも本望だ! 主が生き延びることこそが、私達の勝利なんだ!!」

シグナムの声。

皆の静止の声が聞こえるが……私は退くことができなかった。ここで退けば、私は家族を失い、独りになってしまう。また……サバタ兄ちゃんが来る前の、あの寂しい空間に閉じ込められてしまう! それだけは嫌や、それだけは絶対に嫌なんや!!

「戦う気持ちが戻ったのなら、手錠は外しておきましょう。あと、夜天の書や他のデバイスも返還します。まあ、リインフォース・ツヴァイは彼女の意思次第ですが」

「……リインは……無理してまで呼ばんといて。ただ……私はあの子を信じる。それだけや」

夜天の書とシュベルトクロイツ、クルセイダーを携えた私は、観測場から直接試験場内と繋がるリフトに乗り、カエサリオンにそう告げて下に降りる。降りた先には騎士達がいたけど、「まだ間に合う! ここから逃げて!」みたいなことをまだ言っていた。せやけど皆を失うことと比べたら死んだ方がマシや、と決意を示すと皆はなぜか頭を抱えてしまった。

「ああ、そうだよ。はやてがそういう奴だから、アタシ達だって守りたいんだよ。だけど今回は……」

「確実に死ぬとわかる戦いに巻き込むことになる。それだけは避けたかったのだ……」

「未来に命を繋げられる主だけは、何としても守らねばならない。それがプログラムである私達の役目だと、心に誓っていた」

「マキナちゃんに続いてはやてちゃんまで失うことになったら、もうサバタさんに会わせる顔が無いわ。ううん、もう私は耐えられない。だから逃げてほしかった……」

「皆大げさやな。まだ負けると、死ぬと決まった訳やないで。今までは闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターとしての敗北を刻まれた。なら今度は八神家として挑む、全員で力を合わせればきっと勝てるはずや」

「だけど……」

「やる前から負けると思ってたら、勝てる戦いも勝てへんよ。大丈夫、今は私もついてる。せやから……行こう! 闇の書から続く報復心の連鎖、今ここで断ち切って見せるんや!!」

 
 

 
後書き
シャロンの見た記憶:夜に月詠幻歌を歌って彼女の魂の修復が進んだ影響。
アースラの大人:アレにかかってます。
シャロンの言語力:実は次元世界全体のバイリンガルレベル。
シャロンの歌:オリジナル歌詞なので大丈夫だと思いますが、問題があるなら早めに教えてください。
アルビオンとカエサリオン:エピソード2から再登場。闇の書に関わる報復心をどうにかするには、この二人の存在は必要不可欠でした。
試験場:StSの訓練シミュレーターの原型。及び、ゼノサーガ3序盤のKOS-MOS VS オメガ戦をイメージ。
十億のアンデッド:実はジャンゴとフェイトなら太陽魔法ライジングサン一発で全員倒せます。というかアンデッドが相手なら何体いても理論上は勝てるんですよね。流石は太陽の戦士。
リインフォース・ツヴァイ:ゼノサーガ3 カナンをイメージ。この小説では彼女だけ外から八神家に入ってきてるので、本人は不服ですがそういうポジになりました。
はやて:歪みを刺激した結果、精神が崩壊しかけています。なお、この小説の騎士達がやたら弱く見えるのは、実際に弱体化しているからです。理由は彼女達プログラム体を構成しているのは魔力で、暗黒物質は魔力を喰らうので、エナジーを持たない彼女達は常に力を奪われています。マテ娘はエナジーがあるのでそれを防げていますが、彼女達にはそれがありません。故に彼女達が本領を発揮するためには……。



マ「こんばんは~! バッドエンドまっしぐらなあなたに合いの手~じゃなかった、愛の手を! 絶望堕ちしそうな所に欲しいファーストエイドコーナー、マッキージムで~す!」
リ「反省中のフーちゃんに代わって、私リンネが今回ゲストで入りま~す!」
マ「いや~にしても今回アレだね! シャロンは輝美ルートに入りかけて、八神はメンタルブレイクされて、イイ感じに闇が出てきたね!」
リ「そもそもエピソード3に入ってから、今まで活躍してきたキャラがやたらと打ちのめされてませんか?」
マ「それは情勢的に仕方ない。今の所エナジーが使えるのはこれまでメイン張ったキャラばかりだから、必然的に負担が押し寄せちゃうんだよ。まあ、八神家に関しては最も厄介な案件を対処する時期がやってきただけなんだけど」
リ「報復心……私も他人事では済みませんね」
マ「ただ、アルビオンは未来のシャロンを投影してもいるんだ。周囲の期待で止まれなくなったアルビオン、止まらないことを選んだシャロン……そういう対比でね」
リ「そういう意味では、アルビオンって実は原作キャラに近い性質がありますね。自分が苦労を背負いさえすれば問題ないと考える点が特に」
マ「だからこそ、逃げる選択肢が取れないのが皆にとって一番の歪みなんだ。リンネもさ、辛い事を一人で抱え込んじゃダメだからね?」
リ「あ、はい」 
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