リリなのinボクらの太陽サーガ
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新生のフォックス
前書き
執筆が遅くてホントすみません。この話でようやく物語内の一日が終わりました。
ミッドチルダ中央部、管理局地上本部前。
「―――では、今回の人質救出料は30万GMPで請求書を発行しよう。領収書は金が入ったのを確認してから送ってやる」
私、フェイト・テスタロッサはこの会話を聞いた瞬間、無の表情を浮かべた。だって……私達の給料より報酬金額が多いんだもん……。そりゃ市民の命には代えられないけどさぁ、私達の苦労をもう少し労ってほしいよ……。
「ブラック企業も感服するほどの勤務体制だからな、管理局は。正式に所属するより、こうして外部から付かず離れずの距離でいた方がよっぽど旨味を味わえるのだよ」
ドレビン神父が棒状に丸めた領収書のコピーで、装甲車の傍で簡易イスに座っている私の頬をペチペチ叩く。今ならテレビとかでやってた、札束で頬を叩かれてる人の気持ちが身に染みて理解できる……。
なお、市民の命をベットした商談に当たっていたゲンヤ・ナカジマ三等陸佐は交渉の最中、ほろりと一筋の雫を目からこぼしていた。きっと何か大切なものを失ったような感覚に襲われているのだろう。私達のように純粋に誰かを助けようとする人にとって、金次第でさっき助けた人さえも見殺しにできるドレビン神父のような人は、見えている世界が違い過ぎて到底理解できない部分があるのだ。かと言って彼の協力がもし無かったら、助かった市民のほとんどが命を落としていたと察せるから、自分達の無力感を自ら示している気にもなってしまう。
というかこんな言い方だと、まるで真面目に頑張ってきた私達が愚かなように聞こえる。まぁ、私個人だけじゃなくて管理局の財布事情とかも含めて考えると、あながち間違ってると断言できないのが、とてつもなく悔しい……。
「毎度どうも、今後ともごひいきに。さて……これでショッピングモールへ出張した分の金は回収できた。後は……」
装甲車の傍に置いてあるフレスベルグが封印された棺桶に、私とゲンヤ、ドレビン神父は視線を送った。あのショッピングモールでエリオと契約を交わした後、約束通り見逃された私はドレビン神父の装甲車にこの棺桶を積み込み、ここまで運んでもらったのだ。で、暗黒物質の雨が止んでも夜に浄化なんてできないから、こうして私が直々に棺桶を監視している。尤も……右腕をギプス固定し、全身の至る所を包帯で巻いてる重傷者の私に、これ以上の戦闘は無理だと思うけど……。
そもそもなんで外で監視しているかというと、今地上本部には大勢の市民が避難している。時間も時間なので今は本部の近くで料理を作ったり、配給を受け取る列をなしているが、とにかくそんな所に敵の主力の一体を封印した棺桶を持ち込んだら、市民の恐怖を刺激してしまう上に、もし他の敵が奪い返しに来た時に市民が巻き込まれてしまい、まともに戦うことが出来なくなる。だから離れた場所に置いてた方が巻き込む危険が少なくて済むわけだ。まぁ、そんな理屈を口にしながらも今の私、ぶっちゃけ戦えないけどね。
「でももし誰かが浄化に挑むなら、北部の森林地帯に残ってる魔法陣まで運ぶしかないか。確かあの辺りの土地は聖王教会の管理下だったっけ……」
シェルター前のは市街地だということで復興の邪魔にならないようにファーヴニル事変後に消した。なのでゲンヤさんの言うように、ミッドチルダに現存するパイルドライバーの魔法陣は、4年前のアレクトロ社のイエガー社長……ロキを浄化した時のものしかない。こんな形ではあるが、サバタお兄ちゃんは今も私達を見守っていると思うと、胸の奥がポカポカ暖かくなる。
「その顔、さしずめ恋する乙女だな。思わずいじり―――こほん、からかいたくなる」
「それ、どっちも大して意味変わらないよね……」
「フッ、しかしエリオと交わした契約は、お前の今後に致命的な影響を与えた。お前が背負った使命、“全てのクローンを救う”……それをたった一言で不可能にした。“視界に入ったクローンを殺す”という、呪いを刻むことでな」
「……」
そう……エリオの殺人を止めた代わりに、私はボディブローの如きカウンターを打ち込まれた。母さんと、アリシア姉さんと、ビーティー姉さんに託された使命を、私の手で否定してしまう呪いの契約。私がクローンを救おうと手を差し伸べたら、その手は私の意に反してクローンを殺してしまうのだ。私にとって……それは最悪の呪縛だ……。
「話には聞いていたが、何ともキツイ呪いだな。ドレビン神父、何でもいいから解除方法は知らないか?」
「電気変換資質所持者同士が脳に刻んだギアスロールは、何者であろうと外部の者に解けるものではない。解けるとすれば契約を交わした相手のみだろうが、そもそもエリオはフェイト・テスタロッサと殺し合いたがっている。クローンだから、子供だからと考えたお前の甘さで手加減されてはなるまいと思い、この内容にしたのだろう」
「ただ私と殺し合いたいがために、こんな呪いを刻んだと……?」
「表面上はそう捉えられる。しかし、ここでもう一歩踏み込んで考えてみれば、面白いことがわかるぞ」
「もう一歩?」
「無料サービスで教えてやるが、公爵に引き取られたエリオは真っ当な人間と接することなく育った。今まで会った人間は、外道に堕ちた違法研究者と、研究の犠牲になったクローンのどちらかしかいなかった。故にあの少年は他人との真っ当な接し方を一切知らない。だから興味を抱いた他人に対しても、彼は自分が知っているアプローチしかできない。礼儀作法を知らない相手の国に出向いた使節団が、自分の知る礼儀作法で誠意を示そうとするように。親から虐待を受けた子供が親になれば、同じように子供を虐待してしまうように。当たり前の話だが、知らないことはやれないのだ」
「……」
知らないことはやれない。確かにすっごく当たり前の話なんだけど……考えてみれば、これは他人に常識を押し付けてしまうヒトがうっかり忘れてしまう言葉だと思う。自分や知り合いの皆が知ってるんだから、相手も知ってるはずだと。こちらの正義を相手も理解してくれるはずだと。
でもそれは違う。それは自己を大衆と同一化することで、多数の力を得た気になってるだけだ。何の疑念も抱かずに誰かのミームを受け入れ、それを周りにも守らせようとするのは、ただの思考停止だ。
「彼にとっては殺し合いこそが愛情表現、唯一親愛の意を示せる行為。公爵のミームのみを受け継いでいるからこそ、他人への対応が未熟なのだ」
「ほ~なるほどなぁ。俺達のような大人と違って、子供は何が正しくて何が間違ってるか、その境界は人生経験によって築かれるものだしな」
「子供は善悪の境界が定まっていない……うん、私としたことが失念してたよ。エリオも誰かに導いてもらう必要がある子供だということを……」
昔、私達もサバタお兄ちゃんに導かれたようにね。今思えば、あの時サバタお兄ちゃんに自分で考えて動くことをしっかり教えてもらってなかったら、私は次元世界のミームに何の疑念も持たないまま心まで完全に感染してたかもしれない。自分で考えるってのは、殊の外大変だもんね……。
「フッ、だが呪いを刻まれた今のお前では、救済のつもりで差し伸べた手が破滅をもたらす。クローンから見れば、文字通り全身が凶器になっている。故にエリオとの契約が何らかの形で改善されるまでは、人の多い場所に近づくべきではなくなった。もし人混みの中にクローンが一人でも混じっていたら、呪いが発動してお前はそのクローンを殺すことになる。それにアウターヘブン社が保護した子供は、半数以上がクローンとして生まれた者だ。忠告してやる、フェイト・テスタロッサ。呪いがある間、お前は目隠しか拘束具でも着けておけ。あるいはどこか人気のない場所で療養でもしているがいい」
「いやそんな拘束されてる姿、誰かに見られたくないよ!? でもまぁ、呪い対策としてはそれぐらい必要だし、怪我のことも考えるとやっぱり病院で療養するべきなのかなぁ……」
「あ~、コイツの言い方にヒトへの気遣いが一切ないのは俺もわかるが、それでも言ってる内容は至極もっともなんだよなぁ。俺の家の事情も鑑みると、娘達に近づけさせるわけにはいかねぇし……」
「娘?」
「エターナルブレイズのお前さんだから信頼して言うが、俺の娘は妻のクローンを素体にした戦闘機人だ。以前、どっかの違法組織が生み出したのを、俺とクイントが助けて引き取ったんだよ。で、素体がクローンならお前さんの呪いが発動する範囲に入っちまってるから、事が終わるまで娘に近づかないで欲しいってこった」
「あぁ、そういうことでしたら仕方ありませんよ。娘さんに挨拶ができないのは辛いですけど……」
「クックックッ、お前の不幸で飯が美味い」
すっごい愉悦顔でドレビン神父は今出来上がった激辛の即席ラーメンの麺をすすった。確かに私もお腹空いたけど、今は食べたい気分じゃない。というかよくそんなこと本人の前で言えるね!
「なんで人が苦しんでるのを見て、お前はそんなに愉しそうなんだよ?」
「そもそもはやて達がイモータルの手に落ちた上、アースラまで撃墜されたと聞いて、私は今にも飛び出したいほど心配だというのに……」
「フッ、それは面白い。これでスパイの尻尾も少し掴めるかもな」
「な、スパイだと!? まさか八神達の誰かが……」
「いくらゲンヤさんでも言っていい事と悪い事があります! はやて達の誰かがスパイだなんてあり得ません! 彼女達が私達を裏切るなんて、そんなの……!」
「すまん、確かにその通りだ。あいつは少し腹芸が出来るようになったが、根本は善人だ。騎士達も主を裏切る真似はしないだろうし……全くこのドレビン神父、俺達に変な疑念を抱かせやがって……」
「クックックッ……知人の無実を信じるのは自由だ。真実がどうであれ、な。ところでお前達は、彼女達が運ばれた場所の検討ぐらいは付けたか?」
「う!? そ、そっちは……何も……。だって襲撃でそれどころじゃなかったし、頭も疲れてて上手く働いてくれないし……」
「ではアンデッドの元となった者の正体も考えていないのか?」
「なんでいきなりその話? 普通にアンデッドに襲われてしまったヒトが吸血変異したんじゃ……?」
「確かにそれもいるにはいるが、最初の襲撃が始まった時点で相手は相当数のアンデッドを用意していた。それだけのアンデッドを、否、それだけの死体をどこで用意してきたのか、お前達は想像すらしていないか」
「う……はい、考えてませんでした」
「ならば答えは保留だ。大量の死体が発生する事態は、少し考えれば思いつく。2年前の髑髏事件で誰が何にどう関係していたか、それをヒントにすれば後は芋づる式に答えを導き出せる」
「髑髏事件……そこにアンデッドが大量に現れた答えが隠されているの……? まぁその件は追々考えるとして、沈没したアースラだけど……フレスベルグの棺桶から迂闊に目を離す訳にもいかないし、救助に関してはクロノが部隊を率いて既に現場に向かっている。やっぱり私達の出る幕は無いかな」
「棺桶のことが無かったとしても、重傷者のお前が救助の現場に行った所で何ができる? その状態でやれることは……そうだな、救助活動中の奴らにエールでも送るか? まぁ、お前がチアガールの恰好をして応援すれば若干の効果はあるだろうが、病院行けとか空気読めと言われるのがオチだろう」
「そんな馬鹿なことはしないって。……ドレビン?」
「……冗談のつもりで言ったが、よくよく考えてみればいい金になるかもしれん。フェイト・テスタロッサの応援プロデュース」
「待って、まさか本気じゃないよね?」
「無論、冗談だ」
「だ、だよね……うん、わかってた」
『嘘を、ついておいでですね』
今の声って、きよひーベル!?
嘘を見抜く“きよひーベル”が反応したってことは……ドレビン神父、本気で私にチアガールやらせるつもり!? い、いや……半分が冗談だったせいでもう半分は本気だった所に反応しただけかもしれない。
「フフッ……」
「なんか言ってよ!?」
「では真面目な話をしよう。この戦況、もはやお前達で打破はできん。ファーヴニル事変も髑髏事件も生き延びたお前達といえど、実力でも策略でも公爵デュマには到底及ばない」
「い、いきなりズバッと言ってくれるね……私達が負けるというの?」
「そうだ、このままだと確実にな」
「うおっ!? 断言したぞ、このドレビン神父!?」
「断言できる要素しかないからな。管理局では二人しかいないエナジー使いの内、片方はご覧の通り重傷かつ爆弾持ちになり、もう片方は敵の手に落ちた。アンデッドとまともに戦える人材が最早アウターヘブン社にしかいない以上、管理局だけで逆転の目を出せる見込みはゼロだ」
「管理局だけならね。でもアウターヘブン社ともっと協力すれば……」
「アウターヘブン社は管理局との契約を切った。今後、管理局の要請を受けても彼らは動かんぞ」
え……? こんな状況だというのに、契約を切った? 馬鹿じゃないの?
「まさか……さっきレジアス中将が出した、歌姫が逃走したという通達が関係してるのか?」
「ああ。管理局が拉致同然に捕獲した歌姫だが、そもそも彼女はアウターヘブン社の重役の関係者だ。社の重要人物に手を出されたらPMCと言えど当然怒る」
「ら、拉致同然に捕獲って……もう! なんでシャロンを追いつめるような真似するの、上は! こういう時だからこそ、彼女とはちゃんと事情を話して真摯に頼まないといけないのに……おかげで状況はむしろ悪くなっちゃったじゃん!」
「管理局は歌姫の力を借りるつもりが、結果的に喧嘩を売った。ただでさえ悪かった彼女の管理局に対する印象は、これで最悪になった。クックックッ……やることなすこと悉くが悪化の一途をたどっているな。お前達の不幸でとにかく飯が美味い」
「だから私達で愉しまないでってば! あ~もう、前途多難過ぎて胃が痛いけど、それでもやれることはやっていかないと」
「だな。まずはアースラの救助が無事に終わるのを待とう。なに、今回はクロノ艦長が出たんだ、問題なく終わるさ」
「……フフッ」
「その笑い方……ドレビン神父、あなたまだ何か知ってるね?」
「ああ、お前達が公爵の掌でここまで綺麗に踊らされてるのがあまりに滑稽でな。あれが公爵の罠だと知らずに呑気にしているのが……実に笑える」
「罠!? ドレビン、あなたは公爵の策を見抜いているの!?」
「少しだがな。尤も、これはタダで教えてはやらんが」
「ま、またお金ぇ!? もう私に払う余裕は無いのに……」
「管理局の財政も既に赤字なんだぞ!? これ以上支出が増えれば、マジで破産しちまう!」
「フッ、足りなければ暗黒ローンで借りればいいだろう。返済が間に合わなければ返済分だけ借りて、次の返済に間に合わせればいい。なに、お前達なら身体で払えば短時間で大金を稼げるだろう」
「色んな意味で徹底的に絞りつくす気!? 本当に人生破綻しちゃうよ!」
「えげつねぇ、コイツ本当にえげつねぇ……!」
こ、怖い……。この人、私達の倫理や正義感を揺さぶって、借金地獄に叩き落そうとしてる。自力で罠の内容に気付ければ情報量を払う必要は無いけど、それができてないから本当に困っている。友人の命、敵の情報、私の人生、借金の闇……何かが足りないなら、それを補うために何かを支払えってことか。
「お前達に足りないのは、まさにそういう部分だ。生温い倫理観に囚われたまま、全てを救うなどという世迷言を本当にかなえたいなら、悪魔に魂を売るぐらいの気概を持て」
「いや魂売ったらダメなんじゃ……」
「何も知らないくせになぜダメだと言える? そういう固定観念から生まれる認識に囚われていては、公爵に勝つなど夢のまた夢。この状況を勝利に持っていきたいのならば、自分を変えるのだ。それが出来なければお前達は前に進んでると思い込んでるだけで、実際はその場で足踏みしてるだけの存在となる。フェイト・テスタロッサ、お前は目的のために命を捨てるほどの覚悟はあるか?」
「そ、それは……」
皆を助けるために、悪魔に魂を売れるか。己がエゴを成し遂げるためなら、例え世界を敵に回してでもやれるのか。かつて開発中の魔導炉ヒュードラの暴走でアリシア姉さんを失った母さんは、意思を通したことで私という存在を生み出した。そういう意味では、私は未だに母さんを超えられていないんだ。……世界を売るほどの強い覚悟を出せなかった、今の私では。
「このご時世、生半可な優しさは最早毒と化している。私にとって今の管理局は、ロイコクロリディウムに感染したカタツムリにしか見えん。イモータルの、アンデッドの餌となるためにわざわざ狩場に現れ、人々を守るという名目の下で犠牲になることで奴らの勢力を増やし、復讐心という名の寄生虫を広げていく。その寄生虫がヒトを惑わし、仲間を守ろうとする自分達の理屈こそが唯一正しいのだと信じ込み、真の意味で正しい選択を選べなくなる」
「……それってまるで、仲間を見捨てろと言ってるみたいだよ」
「クックックッ、寄生虫の恐ろしい所は、寄生された生物の思考に違和感を与えない所だ。本来不自然なことをしているにも関わらず、それに疑問を持たない。これは即ち、ミームも寄生虫であると言える。お前達は植えこまれた“常識”、あるいは“仲間意識”というミームに操られているのを自覚していないのではないか?」
「“常識”や“仲間意識”が無い人の方が、正しい選択ができると? ふざけないで、それを否定してしまったヒトは社会性を放棄したことになる。ヒトの輪の中に入らないことになるんだよ。普通のヒトがそんな精神でやっていけるはずがない!」
「ヒトの輪? コミュニティの輪だろう、そこは。ヒトという種族としての輪は、歴史上一度も作られたことがない。国家、組織、主義、宗教、理念、思想、ヒトはそれぞれのコミュニティでやっていくために、各々異なる理の下で折衷案を出し合ってるに過ぎない。例えばの話だ、今まで別のコミュニティで生きてきたヒトが、いきなり別のコミュニティの中に何の覚悟もなく放り込まれたら、そのヒトは最初に何を考える?」
「それ……もしかしてシャロンのことを言ってる?」
「さあな、クックックッ……。なんにせよ公爵を相手にするならいっそお前達とは価値観が違う人間……それこそアウターヘブン社のように、管理世界の人間に対して仲間意識の薄い奴が仕切った方が都合がいい。公爵がお前達の性質を熟知している以上、お前達が取りうる策はほぼ全て想定済みだ。奴の策を打ち破りたいなら、攻撃されてばかりの現状を打破したいなら、奴が知らない者の視点が必要なのだ」
「公爵の知らない視点を持つ者……公爵の策は対人間、対英雄に特化している。だったら対抗できるのは……さしずめ魔王?」
「今必要なのは、英雄より魔王、か……もはや名ばかりだが、次元世界の守護者が頼る相手じゃないよなぁ。これも時代の流れって奴のせいか?」
スカルフェイスの時も思ったけど、なんで命や心を大事にしようとする思いが踏みにじられてばかりなんだろう。なんで敵は私達が仲間や優しさを選ぶことで逆に犠牲が増えるような策ばかり講じてくるんだろう。やっぱり私達の覚悟が足りないの? それとも敵がそれだけ狡猾なの?
会談の時、公爵デュマは言った。『もしオレが倒れたとしても、銀河意思はまた新たなイモータルを送ってくる。それもオレより強い奴を次々と……無限にな』と。
つまりこの戦いに勝てたとしても、状況は何も解決しない。ただでさえ厄介な公爵より強い奴が来たら、人類種は本当に勝ち目が無くなる。こっちはもう限界間近なのに相手はまだまだ余裕だなんて、いくら私でも何かの拍子で心がポッキリ折れそうだよ……。
「(本局から放り出された人間……助けた対象にこそ、奴らが罠を仕込んでいると思わないか。やれやれ、これではもう間もなく“ミッド語”は死ぬ。魔導文明の終焉だ)」
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ミッドチルダ西部、ポートフォール・メモリアルガーデン。
トンネルから出てアースラの撃沈を見届けた後、私達はアウターヘブン社に身を隠すべく移動していたが、連日の襲撃のせいでまともな道は全て瓦礫で塞がっていた。そのため獣道などを通って遠回りをする必要があり、気づけば無数の墓石が立ち並ぶ庭園にたどり着いていた。
「あれ? ここって墓場?」
「うわちゃぁ……日の沈んだ頃に墓場を通るって、ホラーのテンプレっスね」
「夜の探検にはおあつらえの場所よねぇ。さぁて、一体誰が今夜の惨劇の犠牲になるのかしら?」
「縁起でもないこと言わないでくれ。もしこれがホラー映画なら、負傷している上にどこかの軍人で天然娘にそっくりな私が真っ先にターゲットになるだろうが……」
「ん、ニーズホッグ達は帰ったとはいえ、夜はアンデッドの時間だ。いつどこから出てきてもおかしくない、注意しておこう」
気づけばパーティメンバーが大所帯になっているが、そもそも私としては前に出て戦うこと自体避けたいから、味方が多いと頼もしくは思う。
にしても……、
「連れてきちゃったね」
トーレが背負っているティーダを視界に、はぁ、とため息をつく。尤も、知ってる人が生き埋めになるよりはマシだけど。
……ノソリ……ノソリ……。
墓場の方から聞こえてくる耳障りな湿っぽい音と、なまぐさい腐臭。多分、アンデッドが死体を貪っているのだろう。生理的嫌悪感を催す光景は可能な限り見たくないのだが……見なければ警戒して動けない。辛い話だ。
気温はそこまで低いわけではないのだが、肌が露出している部分に触れた風が妙に寒い。この怖気を生み出した元凶たる敵の首領は空の上にいると思われるが、雑兵はそこら中で勝手に大量発生する。なにせ“死体の数=敵の数”と言っても過言ではないのだ。
そもそもアンデッドはグールでさえ正面から挑むと想像以上に頑丈で、こちらの攻撃には全くひるまずに致命傷となる一撃を繰り出してくる。あのジャンゴさんだって背後に回り込むことを徹底しているのだから、敵の攻撃が太陽仔にとっても凄まじく痛いのが推し量れるだろう。何が言いたいのかっていうと、つまり……。
「皆、もし敵を見つけても、バレてなければやり過ごすことを徹底して。今戦っても大したメリットは無い、むしろデメリットの方が多いから」
「ん、シャロンがダメって言うならそうする」
「まあ、メリットが無いのは同感だ。今目立てば管理局などの余計な敵の介入を招きかねない」
ケイオスとトーレの言葉にチンク達も同意を示したことで、早速私達は移動を開始した。墓石に隠れたり、草むらに身を潜めたりして進むうちに、私は次元世界ではあまり見られなかった、全身が包帯に覆われた真っ白な敵に気づいた。
「ストップ、あれはマミーだ。あいつは音に敏感だから、足音を立てたらすぐに気付かれるよ」
小声で忠告すると、皆の間に漂う緊張感が少し増した。……でも、マミーならまだ対処は楽な方だ。
なぜかジャンゴさん達はやらなかったが……手頃な小石を拾った私は、進行方向とは関係ない方向に向かって放り投げる。マミーの頭上を通り越した小石は向こう側の墓石にぶつかり、カチンッと小気味良い音を立てた。
「!」
想定通りに反応したマミーは音のした方へ向かった。私は音をたてないように移動しながら、小石を投げてマミーを遠くへ誘導する。誘導しては移動し、誘導しては移動しを繰り返すことで、聴覚が強い敵をやり過ごすことができた。
「ん……今までのことを見て思ったけど、シャロンは直接戦うのが下手なだけで、戦術や戦略は巧いのかもしれない」
「それは私も思ったわ。彼女、脳内の情報処理は驚くほど早いのよ。戦闘機人の中でも情報処理能力は上位であるこの私でさえ、素直に称賛するほどにねぇ」
なにか後ろでコソコソ話してる気がする。内容が少し気になるけど、別にどうしても知りたいって訳じゃないから適当に聞き流しておこう。
「う、ぅ……ここ、は……って!? お前達なんで!?」
「あ、ちょっ!?」
あちゃぁ……ティーダが目を覚ましたせいで、彼が驚きのあまりに大声を出してしまった。トーレの近くにいたウェンディが慌てて彼の口を押えたものの、周囲から一気に集まってくる闇の気配に彼らを含む一同は、一様に口を閉ざした。
「……」
辛うじて位置までは気づかれなかったが、今、ほんの少しでも音を立てたら、この場に集まったマミー12体が一気に襲い掛かってくる。動いたらダメ、という状況はどこか“だるまさんが転んだ”を彷彿とさせた。ただしこっちは命がけだが。
ティーダもマミーの特性は察したらしく、無言で頷いた。彼はトーレに「任せろ」と口パクで伝えると、チャージ音すら出ないビー玉サイズの小さな魔力弾を作り出し、墓所の草むらを潜り抜けて遠くへ向かわせる。
ポンッ。
「!」
周囲をうろちょろするマミーが私達の体に接触しかけたその時、今の魔力弾が軽い爆発を起こしたことで、その音に反応したマミーは私達の近くから離れていった。足音が聞こえないほど離れた所を見計らい、私達はその場を忍び足で移動した。
「………ふぅ、撒いたみたい。今の魔力弾は良い使い方だったと思うよ」
「歌姫さんにお褒めいただき光栄ってね。そんなことよりも、なんで君を撃った俺をトンネルの崩落から助けたんだ? 俺は君の自由を奪おうとする管理局側の人間なのに」
「……敵になっても、過去に受けた恩が無くなるわけじゃない。だったらこの程度の恩返しぐらい、誰だってするはず……」
「人間ってのは普通、一度裏切られたら今までの事を忘れて掌を返したように攻撃的になるものなんだ。だから……その考えはむしろ貴重だ。俺にとってはありがたい話なんだけどね」
「今まで悪いことを一度もしなかった人が悪さをすると、とても酷い人間だと思われる。逆に今まで悪さばかりしてきた人間がたまに良い事をすると、実は良い人だと思われる。今までの積み重ねを簡単に捨て去り、最新の出来事に対する評価だけで人柄を判断する。人間にとって過去とは、そんなに軽いものなの?」
「いや、軽くはない。でも普通の人は目の前の感情や衝動に引っ張られてしまうんだ。過去の積み重ねを無視してしまうのは、事が起こった時にそれを思い出せず、沸き上がった感情や裏切られた怒りに支配されるからなんだ。あと、喜びや嬉しさといった感情を保持したいがために、怒りや憎しみといった負の感情を抑え込もうとする時もあるな。ほら、アニメや映画などのフィクションで誰かが助かったり許されたりするシーンが何かと美徳扱いされる傍ら、復讐を果たそうとする人はやたらと悪役扱いされるだろう? 彼らはただ、過去を蔑ろにしたくないだけなんだがなぁ」
「……ティーダ、やっぱりあなたは優れた人間だ。だからこそ、お願いする。今は余計なことをしないで。私はあなたを害する気はない。でも私を捕まえようと……世界の傀儡にしようというのなら、恩人だろうと私はそれ相応の態度をとらせてもらう」
「ああ……わかった、今は大人しくしていよう。(彼女の意思はどうであれ、レジアス中将のことだから確実に次の手を打ってくるだろう。でもあの人が何かすればするほど、彼女に悪影響ばかり与えている。……自らの意思を踏みにじられ、他人の手で強引に“正義の味方”にされることは、確かに“世界の傀儡”なんだろうな……)」
「……」
何を考えてるのかわからないが、ティーダが大人しくしてくれるっていうのなら構わないか。管理局員の中でも、実力だけ見ればゼストのように彼より強い奴はいるが、頭の回転の速さでは正直レジアスより上だと思ってる。正直、あんな組織の一員にしておくにはもったいないレベルだと思う。
にしても……墓場にいると思う。私は独特の静寂、死者の想念に最も近くいられる雰囲気、優しくも懐かしい過去を思い出せる墓所が……とても居心地が良い。アンデッドとは死者でありながら生者のように動く存在……であるならば、私は生者でありながら死者のように動く存在とも言える。
ならば夢も生き甲斐も失った私は、果たして生者足りえるのか? 死んでいないだけで、ヒトは“生きている”と言えるのだろうか?
「言えるっスよ」
「え、ウェンディ?」
「独り言聞いちゃってゴメンっス。だけどそれは置いといて、シャロンに一つだけ言いたいっス。生きるってこと、そんな深刻に考えないで、もうちょっと気楽に受け止めたらどうっスか?」
「気楽に?」
「今のシャロンみたいに夢も目的も生き甲斐も無くしちゃって、もう自分がこっから先どうしたらいいのかわからなくなっちゃったヒトって、自分が諦めてることに色々小難しい理由と理屈を作ろうとするんス。自分がこうなったのはこれこれこういう理由があったせいで、自分は悪くない、周りが悪い、運が無かったとか、そんな風に自分を慰めるっス。あ、別にそれが悪いとは言わないっスよ、周りに当たりさえしなければ。だけどその状況って見方を変えれば、“心の休息期間”と言えなくもないんス」
「心の休息期間?」
「人間生きてれば絶対に心が折れないなんてことは無い、どんな不屈の心の持ち主でも折れる時は折れるんス。でも、折れたから何だって話っスよ。折れたら治るまでしばらく休んで、また頑張ればいいんス」
……やっぱりウェンディって、ヒトの生き方ってものをよく理解してると思う。彼女の言葉は、ストンと心に収まった。……休息期間、か。その言葉だけでほんの少し救われた気がする。
「心が折れたら、治るまで休んで……か。もし想像を絶する苦痛を味わった場合、治るまでの期間は一体どれだけかかるのだろうな……」
チンクの呟きを聞いて、ふと思う。ツァラトゥストラによる永劫回帰をしている者、接触者。その者は何をきっかけに、世界をやり直したいと思うようになったのだろうか? 過去に何があったせいで、世界は何度もやり直される羽目になったのだろうか? 本当の意味での元凶、真実とは一体……?
「私達の手には、表面的な情報しかない。もっと深い水底の先にある、歴史のエクソンだけじゃなくてイントロンに隠れている真実を見つけ出さないと、根本的な解決は出来ない。今回の事態解決に必要なのは敵を倒す力じゃない、敵を知り、敵を視る力なんだ……」
「ん……倒す力は必要ない?」
「そうは言ってないよ、ケイオス。敵を倒す力が必要なことに変わりない。私が言いたいのは、謎解きは力業で解けないって話だよ」
「そ。人間は力では勝てない相手に、知恵で勝つ生き物。シャロンがどうするのかわからないが、俺は信じる」
「ありがと、ケイオス」
無償の好意を向けてくるケイオスに私は少し微笑む。ただ……、
「早速、何か考え事?」
「うん、敵を知るって自分で言った言葉に、ふと思ったことがある。高町なのはのことだ」
「あぁ、あいつね」
「彼女がどうしてああなったのか、私は何も知らない。彼女の別人格であるリトルクイーン、マキナを殺した仇を生み出してしまった過去。彼女を復讐心に身を任せて倒してしまうのは、私の嫌いな次元世界の人間とまるっきり同じになってしまう」
「ってことは、復讐しないつもり?」
「ううん、どんな事情があろうと、マキナを殺した件を許すつもりはない。高町なのはを許してしまえば、マキナの命が軽くなってしまう。そんな真似は認められない。それは彼女の友であり、アクーナ唯一の生き残りとして、絶対にやってはならないことなんだ」
「じゃあ……」
「私は……彼女のことを知ってから裁く、事情を知った上で断罪する。安直な復讐で終わらせるつもりはない」
それと、私としてはミッドチルダが滅んでも別に構わないが、今こちらを攻めているイモータルが再び世紀末世界を襲うようになったら、サン・ミゲルにいるスミレ達に被害が及んでしまう。だったら次元世界を囮にしている間に、準備や対策などをしておいた方が効率的だと思う。
「それじゃあ早速だけど、高町なのはについての情報、誰か教えてくれる?」
「ん、俺は彼女のことはあまり考えていたくないからパス」
「じゃあ僭越ながらこの私、クアットロが高町なのはの個人情報を洗いざらい教えてあげるわ。と言ってもシャロンの場合、まずは基本情報からおさらいするべきね」
「うん、お願い」
「高町なのは、現13歳。第97管理外世界地球、日本の海鳴市出身。父・士郎、母・桃子、兄・恭也、姉・美由希の5人家族で、はたから見れば善良な人間だけど、実は家族そろって一般人もどきよ」
「不破の血統、人斬りの血」
「友人にアリサ・バニングス、月村すずか、フェイト・テスタロッサ、八神はやてなどと交友関係はかなり広い。ぶっちゃけ、高町なのはを倒そうとすれば彼女達も障害になる可能性が高いわね」
「……続けて」
「彼女が魔法と、次元世界と関わりを持ったのは4年前のジュエルシード事件。地球に21個のジュエルシードが落下し、管理局が早急に動かなかったことで回収に向かった発掘者のユーノ・スクライアが、結局力及ばず協力を要請したのがきっかけよ」
「その辺りの話は昔、サバタさんからも聞いてるけど……なんで化け物との戦いを何も知らない一般人にやらせたのか、理解に苦しむよ」
脳裏に浮かぶのは、この時代から15年前のニダヴェリールで起きた闇の書事件。あの時、私はアクーナの里で共に育った友達達と一緒に、足がすくんで動けなかった友達の右手を引き、ヴェルザンディ遺跡へ逃げていた。だけどその途中、管理局と交戦していた闇の書の管制人格が放った広域殲滅魔法が流れ弾のように私達の方へ飛んできて……私が手を引いていた友達は、右手だけを残して空間ごと削り取られた。あの子だけじゃない、その場にいた皆が……服の切れ端さえ残らず……。
その時の闇の書の管制人格の冷たい眼は、未だに忘れられない。あれほど恐ろしい化け物が次元世界には大勢いると思うと、怖くて仕方がなかった。系統や力量は違うとはいえ、そんな化け物との戦いを一般人に任せたことや、力があるとわかったら露骨に取り込もうとする管理局の姿勢に、正直怖気が走る。
「魔法関係はいいや。もっと他のことを教えて」
「他のことと言えば、日々の暮らしとかかしら? そういえば、彼女の父親が一時ラタトスクの手駒にされていたってことは知ってる?」
「うん、サバタさんから聞いた」
「高町なのはが大体幼稚園に通ってたぐらいの年齢の頃、一家の大黒柱が急にいなくなったせいで、あの家は建てたばかりの店に毎日かかりきりになってたのよ。パティシエの母親もそうだけど、年の離れた兄と姉も母親を手伝ったり父親の行方を捜していたりしたせいで、彼女と接する時間がほとんどなかった。だから彼女との話のタネなんか何もなくて、日々の疲れや情報の整理やらで頭がいっぱいだったのか、家族はいつも彼女に対して『良い子だから大人しくしててちょうだい』みたいなことばかり言ってたらしいわ」
「…………」
「高町なのはも家族の邪魔になりたくなかったのか、それを受け入れて一人ぼっちで家では大人しく過ごしていた。外に出かけても、彼女は他人の迷惑にならないよう日陰者じみた行動ばかりしてた。噂ではその頃、なんか虚空とか影に向かってブツブツと妙なことや独り言を言ってたとか何とか。まぁ家族の前では明るくて聞き分けがよくて大人にとって都合の良い子を演じてたから、接する時間がほとんど無かった家族はそれを知らないようだけど」
「…………はぁ、もういいよ。ありがとう」
「あら、もういいの? これだけで何がわかったのかしら?」
「高町なのはの闇、リトルクイーンの正体、今のでおおよそ察しが付いた。皆が言う通り、リトルクイーンは確かに高町なのはの暗黒面を司る存在だ。だが、それが目覚めたのは体が暗黒物質に浸食されたからじゃない。昔から……ずっと昔からいたんだ、彼女の中に」
「つまり、リトルクイーンを生み出した原因は暗黒物質ではなく、高町家にあると?」
「うん。解離性同一性障害、多重人格……とは少し違うけど、人格が分離した仕組みは似ていると思う。恐らくリトルクイーンは元々、高町なのはが空想上に生み出した存在……エア友達なんだ」
「ぶふっ!? え、エア友達って、あの高町なのはがボッチの見栄っぱりの権化を生み出したってワケ!? うっそぉ~!」
「正確には自分の境遇に対する愚痴を吐露できる存在として、彼女の心が自己防衛のつもりで創造したのかもしれない。確かに血に宿った殺人衝動とか誰かに八つ当たりしたい気持ちとかを無意識に抑え込んだこともあるにはあるんだろうけど、要するに当時の彼女には自分を観測してくれる他人が必要だったんだ」
「でも他人にあたる家族も友達も、あの頃はいなかったか、全然関わってくれなかった。だから自分で用意するしかなかったのね」
「一般的にネグレクトと聞けば暴力や虐待で考えるだろうけど、多感な幼少期に放置されるのもネグレクトの一種だ。事情はあったといえど、彼女を歪めた責任は彼女の家族にある。どれだけ歪なものでも必要だったから、彼女の心は無理やりにでもリトルクイーンを生み出さなくてはならなかった。そうなると、リトルクイーンの他者を害してでも生きようとする行動の裏に隠された真意も、大体察せる。だってあれも“高町なのは”なのだから、最も嫌なことの正体はオリジナルと同じなんだよ」
「ほ~、なぁ~るほどねぇ~。いや~とても興味深い内容だったわ。でもたったこれだけの情報で、なんでそんなところまでわかったのかしら?」
「それは……私と彼女が似ているからだよ。個人的には認めたくないけどね」
「似てる? あぁ、そういえばあなた、闇の書の被害者だったわね。長期間、孤独でいることの辛さは身に染みてわかるって訳か」
「……。ところで、こうして考えててふと思い出したんだけど、高町なのはの歪みはサバタさんも気づいていたんじゃないかな」
「あら、あの暗黒の戦士が?」
「昔のことだし、呟いたのを偶然聞いただけだからうろ覚えだけど、高町家が何かおかしいとは感じていたみたい。でもそれを本人達に指摘、是正する時間は諸事情で無かった。ファーヴニル事変の後、たった数日でもいいから時間さえ残っていれば、こんなことには……」
意地悪な言い方だけど、サバタさんが存命中に対処できなかった問題が、高町なのはのリトルクイーンを目覚めさせ、マキナを死なせるという結果を招いた。でも……それは彼の責任じゃない。そもそも彼が解決したことは本来、彼の力無しで解決すべきことのはずだったんだ。当事者で問題を解決できなかった、それこそが彼に助けられた私達全員に課せられた、本当の問題なのだろう。
「シャロンの洞察力は感嘆すべき領域ねぇ。で、その上で聞きたいんだけど、あなた今も復讐心はあったりする?」
「当然。相手を理解すればするほど、相手にとって効果的な手を打てる。敵を知ることが、敵の勝利を消す最も確実な方法なんだ」
「へぇ、境遇を知っても同情はしないのね?」
「違う、同情もしてるし、共感だってしてる。だけど彼女の罪を許すつもりはない。相応の報復はさせてもらう」
「うわぉ、これはまた私好みな展開ねぇ。最大の理解者こそが最大の脅威となる……アウターヘブン社のCEOが警戒する理由の一端がわかった気がするわ。あぁ……こういうのゾクゾクしちゃう♪」
クアットロが恍惚とした表情で身震いする。彼女きっと、昼ドラの愛憎劇とか罵り合いとか、そういう人間の醜い部分が現れた映像とかがすっごく好きそう。
さて、そんなこんなしている内に私達はいつの間にか墓所を抜けており、左手に深い森が見える街の外れに足を踏み入れていた。この辺りは……ラーン商店街の西口に近い位置だろう。
「急げ!」
ん? 中央区の方から何やら慌てたような男の声が聞こえる。
私を追って局員が来たのかと思い、石でできた段差に身を潜めて様子をうかがうと、黒い局員服の青年を先頭に、彼らは慌ただしく大量のワイヤーや酸素ボンベ、重機械などを搬送していた。道具類から察するに、どうやら私ではなく海難救助に向かっている部隊のようだ。
「仕切ってる男はクロノ・ハラオウンっスね。管理局の執務官で、上層部の席に所属していて、その上アースラ艦長まで勤めてるっス」
「彼らは墜落したアースラの救助に向かっているんだろう。ついさっき我々が見たあの戦艦だ」
「あらあら、無駄なお勤めご苦労様ねぇ。墜落後に脱出してきた生存者がいなかったところから、中の人間はとっくに全滅してると思いますのに」
「そもそも暗黒物質の雨が降った直後だというのに、エナジーが使えない人間が海に入って大丈夫なのか?」
「それは局員として俺も気になる。実際どうなんだ?」
「海は……水の比率的に暗黒物質の濃度は相当薄まるし、一般人が触れてすぐアンデッド化するようなことは流石に起きないと思う。だから水自体に危険は無い、はずなんだけど……」
「?」
言葉を濁したことで、ケイオスが首を傾げる。皆もよくわかっていないようだけど、私はさっきから嫌な予感を感じている。イクス曰く、私が恐怖を感じたら確実に何かがあるらしいけど、それ以前に情報が足りない。だから罠っぽいニオイは感じてるけど、その正体はまだ見当がつかないや。
「いつまで考え込んでるんだ? 見つからないうちに早く行こう」
「あ、ごめんケイオス」
思考にふけってたせいでバレるのも間抜けなので、ケイオスの言う通り、私達は彼らに気づかれる前に人気のない商店街を進み始めた。この辺りにいたアンデッドはアウターヘブン社のシェルターに集まって殲滅されたから、一応の安全は確保されている。だから移動しながらになるが、ようやく落ち着けるようになった。
「こんな時に何だがシャロン、感謝する」
「え? 急にどうしたの、チンク?」
「あそこで荒事に首を突っ込まない選択をしたことだ。見ての通り皆疲弊してるし、私はその上右眼が負傷して使い物にならないから、遠近感が掴みにくいんだ。こういう状態での戦闘は本人もそうだが仲間への危険も増すから、避けられるなら可能な限り避けてほしい」
「うん、私も避けられる戦いは避けたいからね。それに……私もいい加減体力も限界だし……」
「ああ……お前は今日一日、本当に大変だったからな。正直同情する」
負傷中の銀髪少女に同情されたよ……。まぁ確かに、我ながらよく生き残れたものだ。というか今日巻き込まれたことの半分以上が、管理世界の人間が原因なんだけど……何なの? 管理世界は私を殺したいの? こっちに来てから散々な目にしか遭ってないんだけど。
ゴロゴロゴロ……。
「あれ? 何あの、黒くて丸いの?」
一抱えサイズの黒い球体の何かがシェルターの方から転がってきて、私は注意深く見つめてみた。やがてその物体は私達の前まで来ると、三つの手が伸びた球体の機械となった。
ビビッ、ビビッ。
「ん、これはトライポッド。通称、仔月光。IRVINGこと月光のサポートとして開発された機体だ」
「じゃあアウターヘブン社の兵器ってことだね。ところでこれ、何しに来たの?」
「情報収集兼見回り。見ての通り小型だから人が入れない狭い場所にも入り込めるし、武装してるから多少の戦闘も可能だ。わかりやすく言うなら、銃器搭載の移動監視カメラみたいなものか」
「へぇ、なんか便利かも」
「あと、機械だからアンデッドに襲われて吸血変異する心配もない。この状況だとぶっちゃけ、人間に任せるより安心感がある」
「確かに生身の人間に任せてたらいつの間にか吸血変異してたなんて笑い話にもならないよね。ところで、どうしてこの仔月光は私を見て反応してるの?」
実際、目の前で手を叩いて喜んでるような動作をしてる。最初見た時は不気味だったけど、こうしてじっくり見ると……案外、小動物みたいで可愛いかもしれない。
「シオンが仔月光を使ってシャロンを探してたからでしょ。今頃こいつの目を通じて、シオンの所に映像が届いてるはずだ」
「映像はともかく、声は届いてないの?」
「一応届いてる。ただ通信してるわけじゃないから、会話はできない。あくまで聞くだけ、見るだけに留まっている」
「ふ~ん。……こほん、え~シオン、こっちの声が聞こえますか? あなたがチンク達に応援を頼んでくれたおかげで、見ての通り私は無事です。もう少しでシェルターまで戻れるから、部屋の用意をお願いします。くれぐれも防犯完備でね」
「あ、やっぱり眠い所を不意打ちで襲われたの、意識してる」
「こんな目に遭ったんだから、二度とそうならないように意識するに決まってるでしょ……」
『そりゃそうだ』
一同に同意された。とりあえずメッセージを送ったことで仔月光は喜ぶ動作をした後、私達についてこいとジェスチャーしてきた。どうやら道案内してくれるようだ。
そこからは仔月光の案内のおかげで、シェルターまで何の問題もなく到着できた。ギジタイのハッキングで非常に疲れてるというのに、シオンが管制室からわざわざ出迎えてくれたが、どうも今回の件で管理局とは契約を切ったらしく、以降はアウターヘブン社独自の判断で動くことになったとのことだ。
「それで、管理局がこの先もシャロンの身柄を狙ってくるのはこっちも想定している。だから彼らが君に手を出せないように、私達はある決定を下した」
「決定?」
そう聞くとシオンはロケットランチャーを持って……、
「これから毎日管理局を焼こうぜ?」
「よし乗った」
「乗るなぁああああああああっっ!!!!!!!!」
ティーダの絶叫が夜闇に轟いた。……個人的には本気のつもりだったんだけど。
ちなみに彼は今、シェルターに到着したことでデバイスを没収されており、両手を手錠で拘束されて座らされている。いわゆる処遇待ちの状態だ。
「まあこれは置いといて、シャロンにはアウターヘブン社の特殊部隊の指揮官になってもらいたいんだ」
「し、指揮官!? ちょっと待って、なんで急にそんな大役……!」
「まあその反応も当然だ、私もそれは想定していた。ただね、何も無謀な試みとは思ってないよ。だって君、今日一日だけでアンデッドと敵兵器の撃破数、ケイオスさえ上回ってるんだよ?」
「ん、言われてみれば確かに」
「え、私そんなことしたっけ? ……あ、もしかして旧シェルターのアレ?」
「そうだよ。あの時の君の作戦が無ければ、今回の戦闘はまだ続いていた。それに君が一部隊の指揮官になれば、私達は君の援護を大っぴらに行える。今回みたく事を荒立てないよう隠密的にやる必要はなくなるんだ。要するにアレだ、私達が君を守るためにも、君には私達を導く“旗”になってもらいたいのさ」
「旗……」
「もちろん、シャロンは指揮なんて経験したことないだろうから、私達が全面的にサポートする。特殊部隊って言い方で勘違いしたなら、専属のSPって見てもらっても構わない。でも君はずっと不在だったとはいえ、アウターヘブン社の中では古参だし、世紀末世界にいたことでアンデッド対策の知識も豊富だ。だから君が自由に動かせる特殊部隊を用意すれば、この絶望的な戦況をひっくり返すきっかけになると私は確信している」
「……」
「はいはい、言われずともわかってるよ、君がこの戦いに巻き込まれたくないって思ってることは。だから安全地帯に引きこもってもらっても構わないし、他の社員も君がそうしたって仕方ないと理解している。なにせ君の心は、次元世界の人間を味方と思っていない。むしろ敵視していると言っていいだろう。そんな君を無理やり戦わせた所で、わざと負けるか裏切るかして余計窮地に陥る結果を招くだけだ。だから君自身がどうしたいかを決め―――」
「ありがとう、でももういいよ、シオン。あなた達の配慮の気持ちは十分伝わった。最初から管理局は無理だってわかってたけど、やっぱりアウターヘブン社なら信じられる」
「じゃあ……」
「アウターヘブン社新設特殊部隊の指揮官、自信は無いけど引き受けるよ」
「おぉ、ありがとう引き受けてくれて。まぁ正直にぶっちゃけると、私もちょっと役割分担したいんだよね……切実な話」
「役割分担?」
「もうね、外交とか報告書とか承認のハンコとかメンタルカウンセラーとか武器兵器電子機器などのメンテナンスとかギジタイのハッキングとか諜報活動とか情報収集とか作戦や戦略の構築とか、とにかくやることが多すぎて時間も手も回らないんだよ……」
「いや、それなら元からいた人を昇格させるなりして、シオンの補佐をさせればいいんじゃ……?」
「既にした上で足りないのさ……。管理局と契約を切ったことで、この先は彼らの情報提供は無くなり、自分達の手に入れた情報だけを下にして動くことになる。まあ管理局の情報よりアウターヘブン社で掴んだ情報の方が精度も信頼度もはるかに上なんだけど、それはともかくとして、ギジタイが出てきたことで私に戦略面を担当する余裕がなくなった。要するに今のアウターヘブン社ミッド支部は、現状維持で手一杯って訳なのさ」
「確かにまた暗黒物質の雨を降らせたら、今度こそ全滅しちゃうか。それで戦略面と内政関係を私にやってほしいと……でも、いいの? 私はそういった専門的な教育、受けてないのに」
「対テロ戦闘なら最初から任せたりしないさ、そういうのは兵士の仕事だ。でも今回の相手はそうじゃない、イモータルだ。それも次元世界の人間を知り尽くした……。だからこそ全く違う発想を持った人間がやった方が、逆に相手のスキを突ける。私はちょっとこっちの考え方に染まり過ぎたからね……」
「こっちの?」
「気にしないでくれ。あと、専門的な教育なら、君は既に受けている。サバタやジャンゴ、世紀末世界の人間から学んだアンデッドとの戦い方。次元世界では学べない知識という、ダイアモンドに匹敵する価値のある情報を、君は持っているんだ。だからほら、もっと自分に自信を持って!」
軽く肩を叩いてくるシオン。彼女の手を通じて心遣いが伝わってくるが、それより次元世界の人間とは何か違う雰囲気のおかげで、より安心できた。
「さてと、ティーダ・ランスター執務官。君の処遇だが……」
「待ってシオン、彼のことは私に任せて」
「シャロン?」
首を傾げるシオンを横切り、私はティーダの両手を拘束していた手錠を外してやった。
「お、おい、せっかく捕らえたのに解放していいのか?」
ちょっと焦った様子でトーレが尋ねるが、私は無言で頷いて彼と向き合う。
「この一度だけだ。この一度だけ何もしないであげるから、帰って」
「え!? い、いいのか? 俺は君を……」
「だからと言って、あなたを拘束してしまったら奪還の名目で管理局が動き出す。今回、私を助けるためにアウターヘブン社が動いたのと同じように。……よく聞いて、ティーダ執務官。敵を間違えるな、自分に忠を尽くせ」
「忠……?」
「あなたが戦う理由は、妹さんのためなんでしょ? トンネルであなたが言ってた……」
「ああ……」
「家族や大事な人を失う辛さは、私もよく知ってる。その人が辛い目に遭ってたら、こっちも苦しいのも、ね。あなたもお兄さんなら、妹さんを悲しませるようなことはしないでほしい。私だってその妹さんの恨みを買うようなことはしたくないし、何より家族の下へ返してあげたいんだ。会いたかったのに会えなくなるのって、本当に辛いから……」
「…………わかった。もうなんか色んな意味で完敗だ。シャロン、君の慈愛に感服した。その優しさを噛みしめながら、帰らせてもらうよ。大事な妹の下へ」
というわけで色々あったけど、トーレからデバイスも返してもらったティーダは家族の下へ帰っていった。ただ去り際に、こうも宣言していた。
「俺は二度と君を撃たない」と。
「ごめんね、トーレ、皆。勝手に決めちゃって。この件は報酬に色を付けるから、それで許してくれる?」
「その必要は無い。指揮官の判断なら、それで納得できるさ」
「ん? 指揮官って……」
「まぁ、そういうことよ」
トーレに続いてクアットロがニヤついた表情で私の右肩に手を乗せる。そして左肩にはウェンディが手を乗せてきた。
「アタシらナンバーズはシャロンの特殊部隊に入隊してあげるっス。あ、これ治療ポッドに入ってるチンク姉も同意してるっスよ?」
「私も都合がつく間はあなたの動向を見ていたいものね。面白そうだし」
「こういう戦いも、イイ感じに腕の振るい甲斐がありそうだ。存分に楽しませてもらう」
「ん、シャロンの味方が増えるのは俺も嬉しい」
「たいよ!」
「皆……ありがとう。私……嬉しくて、涙出そう」
「それじゃあシャロン、早速指揮官として一つ大事な仕事してくれないっスか? ほらアレっスよ、アレ! 部隊名!」
ぶ、部隊名かぁ。確かに必要だけど、いきなり決めろって言われてもそう簡単には………あ、…………決まっちゃった。
「その顔……良い名前思いついた?」
「うん、ケイオスのくれたこのコートと、シオンがさっき言ってくれた言葉から、思いついた。それじゃ発表するよ、この新しい特殊部隊の名前は……
『ダイアモンド・フォックス』!」
後書き
フェイトの呪い:ある意味クワイエット。
マミー:ボクタイ アンデッドの一種。火をつけると走ります。MGSみたいになったら、マガジン投げで遊ばれる率No.1でしょう。
高町なのはの歪み:エピソード1で解決しなかった問題はエピソード3で焦点が当たります。
シャロンのトラウマ:目の前で友達がガオン!されて、血しぶきをバシャッと浴びました。
仔月光:MGS4より。MGRではアーイでイメージ回復に成功?
ダイアモンド・フォックス:MGS ダイアモンド・ドッグズ FOXHOUNDより、命名。
マ「俺とお前は鏡のようなもんだ。向かい合って初めて本当の自分に気づく。似てはいるが、正反対だな」
フ「いきなりエスコンZEROのセリフからスタートとは、どういう風の吹き回しじゃ?」
マ「エピソード3におけるシャロンと高町のコンセプトっていうか、この二人は似ているけど真逆だって意味さ。あとついでにベルカも関係してるし」
フ「いや名前が同じなだけじゃろ」
マ「なんにせよD・FOXはある意味アウターヘブン社版機動六課として、これから運用される訳だ。シオン的にはシャロンの中にいるイクスヴェリアのことも考慮して指揮官の立場を与えている訳だから、ベルカ関係者がいるというのも共通点だね」
フ「ベルカといえばシャロンのトラウマについてじゃが、バシャッて血しぶき浴びたとか、そりゃトラウマにもなるわ!」
マ「私はあの後に合流したんだけど、発見した時は茫然自失状態に陥ってたんだよね。私が引っ張って何とか避難したけど」
フ「聞けば聞くほど闇の書がやってきたことがヤバいってわかるのう」
マ「ところで話は変わるけど、リンネが最近のアニメに出てるね。しかも声があの人だし」
フ「わしとしては妙な感覚に襲われるが、まあアニメとはそういうもんじゃろ」
マ「太陽が云々というのも共通しているね。いっそ呼んでみる、彼女?」
フ「え、呼べるんか!?」
マ「呼べるよ、弟子フーカがキタキタ踊りすれば。はい腰ミノ」
フ「キタキタ!?い、いやじゃあ!!」
マ「あ、逃げた!仕方ない、カモン、リンネ!」
リ「リンネ・ベルリネッタ参上!フーちゃん確保ぉ!」
フ「どっから現れた!?っていうかリンネお前もかぁ!!ちょ、動けない!あ、あぁ……!だ、誰か……!」
マ「ふふふふ」
リ「えへへへ」
フ「こ、こうなったら……ベルカ式国防術ぅ!!」
どぉぉぉぉん!!!
マ「どわぁ!?なんで爆弾持ってんのぉ!?」
リ「きゃぁ!?爆発オチなんてサイテー!!」
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