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探し求めてエデンの檻

作者:オイラム
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4-2話

 
前書き
 それは気ままな事だった。
 自分のミスで命を拾い上げるのも、見切りを付けてその命を放置するのも全て気ままな選択肢ゆえである。
 そして己自身が餌となって人知れず脅威から遠ざけてやるのも、天信睦月のタヌキのような気ままな行動である。
 

 


 ………ホント、おかしな所だ。

 どこぞのアマゾンかと思えるような密林は鬱陶《うっとう》しいほどジメジメしている。
 だが、それは一見未開の大自然のようだけど、蓋を開ければ奥にあるのは歪んだ調和。
 白と黒の画材で彩る濃緑のモザイク。

 周りで映えている雨林はどれも立派なものだ。
 だが植物が根ざすその土の下は、自然から成さない混合物の塊だ。

 人工物――小石サイズほどの――が何種ものも集まり、それを土や石に混ぜた似非《まがいもの》の大地。
 見た目は自然のものだが、知覚できる限り遠方までの大地のほとんどがそうだった。
 人の手が入ったとしか思えないような人造《ツクリモノ》の世界。

 しかし、それも年月が経ってはいずれは自然のサイクルに飲み込まれていくもの…今は地質を変えていく途中だけど。

 本当に、どういう意味をもってこの地は存在するのだろうか。


 試しにと、アタシは下にいる鳥頭達に訊いてみる事にした。

「ねぇ、貴方達はどう思う?」

 カァアアアアァァァッ―――!
 ゲァアッ、ゲェアァッ―――!
 コアァッ、コアァァア―――!

 眼下を覗けば、そこには獰猛な表情を浮かべる顔が三つ並んでいた。

「鳥頭に訊いても意味ないか。 これじゃあ猿蟹《さるかに》合戦の気分ね。 上にいるのは猿じゃなくて人間、下いるのは似非駝鳥《チョコボ》だけど」

 樹肌を枕に、地面から十メートルほど高い枝に腰掛けるアタシはあの怪鳥達三羽――たしか、ディアトリマだったっけ――を見下ろしていた。
 三羽は跳ねたりグルグルと廻ったりして、樹の周りをウロウロしていてアタシを喰おうと躍起になっている。
 走る事は得意でも、逆に木の上に昇る事すら出来なくなってしまった体躯《たいく》ではどうこうする事ができない。

 所詮は鳥、これからカラスの方がまだ賢い。
 鶏にも劣るのそのちんまい翼で飛べるものなら飛んで見せろって所だ。

「あんた達もしつこいわね。 あまりにも喧しいから少ししか寝れなかったわ」

 ふぁ~…、とアタシ眠気を噛み殺す。

 昨日から誘い出しておいて三羽も増えたディアトリマは長い時間に渡って追い回していた。
 一晩と朝を越しても、熱烈に食べたいアピールを繰り返しているがおあいにく様。
 アタシは木の上でほくそ笑むだけだ。

「(…あの子達は無事かしらね?)」

 “獣《ケダモノ》達”の食いでのある餌になり損ねたあの三人組を思い出した。
 眼下にいる似非駝鳥《チョコボ》に喰われるのを免れて、ぐっすり眠れただろうか。
 仙石《せんごく》と真理谷《まりや》、だったか…CA《キャビンアテンダント》の名前は聞きそびれた。

 三羽ほど誘き寄せて(囮になって)おいたけど、もう朝は越したからこれで十分だろう。
 アタシは枝の上で立ち上がって屈伸する。

「さて、と…アディオス」

 下で喚いている怪鳥達を嘲《あざけ》て、その場から跳躍する。
 跳ぶ先は数メートル先にある枝。 助走なしでもあれくらいなら届く距離である。

 下を見れば、似非駝鳥《チョコボ》達は血相を変えて追いかけてくるが、それらを置き去りにして次の枝へと跳ぶ。
 草原でならまだしも、森の中はあんたらの独壇場《ホームグラウンド》ではないのだ。
 次第にアタシの姿を見失って、あのけたたましい鳴き声も遠くなっていった。

 もう追いついて来れないだろうからここで降りてもいいのだろうけど…。
 せっかくなんで、アタシはそのままこの移動法で先へと進む事にした。

 ザア、っと葉が擦れるのを感じながら枝から枝へと軽やかに移動していく。
 見る人が見れば忍者だと思われそうな芸当である。

 足が向く先は、消去法(やむを得ず)で残った選択肢だ。

「…結局はあそこに向かうしかないかしら」

 強いて言うなら…アタシとしてはちょっと後回しにしたかった所に向かっている。
 それ以前は…昨日の事だが、アタシが求めているものがそこしか他にないからだ。

 四方は粗方《あらかた》捜し回って、結果は散々だった。
 求めていたものはゼロで、代わりに見つかるのは余計な情報ばかり。

 主な情報と言えば、あの謎の“獣《ケダモノ》達”だ。

 巨頭犬《ビッグヘッド》や牙虎《セイバートゥース》、似非駝鳥《チョコボ》、双角犀《オーグライノ》、鬣黒熊《ホースベア》、頬髭猪《マスタッシュボア》など――全てアタシの偏見と見た目による仮称――……どれもこれも尋常じゃない凶暴な生物だった。
 アタシでも世界を旅して回ってきたが、似たような生物は見たことあれど、あれほど凶暴な猛獣に遭遇した事はない。
 地上最強の生物()も、百獣の王(ライオン)も尻尾を巻いてその地位を譲ってしまいそうなほどにその危険度は尋常じゃない。

 時代がズレたかのような錯覚を覚える。
 ここは現代であるはずなのに…まるで白亜紀以降の、猛獣の黎明《れいめい》期に迷い込んだ気分だ。
 アフリカやアマゾンよりも過酷で、力が支配する猛獣達のユートピア。
 持ちつ持たれつの関係を持つ事すらできる西暦の生物とは違う…動物が力の赴くままに進化を遂げて、互いに食い合い、潰し合う事が全ての…現代という生態系に落ち着く前のような、弱肉強食がルールでの、力を持たない人間では淘汰されてしまう世界。

 どこかに人が住んでいて、この地から離れられるルートを知ってないかと期待していたが…一日かけて辺りを調べまわった結果、そんな考えは完全に否定した。
 ここは…人が住むべき場所ではないのだ。

 アタシとしては、この未知の場所から脱出するための手段を模索《もさく》する事を選んだ。
 生き延びる事よりも、誰かと協力してこの地で生き長らえるよりも、リスクを背負ってでもここから離れる方法を探さなければならなかった。


 そこでアタシが取った行動は…周辺の捜索《そうさく》。
 だがそれも手詰まりになり、次の行動は不本意ながら一つに絞られた。
 すなわち、旅客機周辺。 アタシはそこに向かう事にした。

 実のところ、この旅客機は既に、昨日の内に見つけてあった。
 なんとその鉄の鳥は五体満足で、翼どころかエンジンまで無事という破格の奇跡を体現していたのだった。
 そしてその周りには遭難者そのもので、何百ものの人が集まっていたのだ。

 無事なのはよかった事だ。
 だが、アタシはそこで姿を見せずに立ち去った。

 あの旅客機を使って帰還するという手段は保留したからだ。

 だから、他にもルートがないかと探し回った。
 最悪、原住民でもいいから人がいないものか、と一日かけて歩き回った。
 結論から言えば皆無だ。 ここには人がいない、収穫ゼロだ。
 つまり交通手段はないという事だ。
 これならサバンナのど真ん中の方がまだ望みがある方だった。
 自然と選択肢は狭まり、手段があるのなら確かめないわけにもいかなくなった。

「さて…どうなる事やら…」

 正直気乗りがしないのは、こんな危機的状況において人が多く集まる場所というのは賽《さい》の目ほどに無作為だからだ。
 吉と出る事があれば凶と出る。
 はたして、どれだけの人が正常でいるのだろうか? あるいはいつまで正常でいられるか、であろうか?

 未知に状況に置かれて、人々はピリピリしているはずだ。
 ストレスを抱れば、その苦しさをどこかに吐き出そうとするのが人間だ。
 そういう時に人は集団心理で強烈な軋轢《あつれき》を起こして、目に付いた個に集中するさせる性《さが》がある。
 そしてこの地には“獣《ケダモノ》達”がいるのだから、命の危険まで加わればストレスは計り知れないだろう。
 遊びや酒で紛らわすのもあれば…くだらない攻撃性で他者に敵意を向ける事だってあるだろう。

 アタシみたいに無傷で、特徴的な人間なら特にだ。

「魔女狩りなんてバカな真似しなければいいけど」

 ヘタに姿を見せた結果…連中にイチャモンつけられたらどうしてやろうか。

 アタシも人間だが、意味も無く数の暴力で無力な人間を痛ぶる愚かな人の性《さが》は、同胞(同じ人間)であっても嫌いだ。
 せめて、そんな行動に出ない程度に理性があるのを期待するしかないだろう。
 まぁ、そんな行動に出るようなら煙に撒いてドロンするだけだ。

 内心で皮肉笑いを浮かべながら、アタシは枝のしなりで高く跳んだ。



 ―――。


「………驚いた」

 二度目に見る旅客機は今尚健在だった。
 そこはさして驚く所ではない。

 アタシが驚いたのは、一日だけとは言え、いまだにこれだけ集団が固まっていながら混乱状態にない事だった。
 この人達はまだ“獣《ケダモノ》達”に襲われていなかったのだ。
 アタシがこの地に降りた夜には“獣《ケダモノ》達”の息遣いを感じながら、警戒して朝を迎えたものだ。

 もし…そうだとしたら、これだけの集団であの凶暴な生物に襲われていないのは幸運《ラッキー》だ。
 やはり数百人もの人間と…あの巨大な鉄の鳥という未知の遭遇も、警戒してるからか遠巻きに“獣《ケダモノ》達”も様子見をしていたんだろうか。

「(何しても好都合ね。 今の内なら、動きやすいかもね)」

 息を潜め、大地の感触を掴んで足音を忍ばせる。

 隠れ蓑にしている森から、隠行《おんぎょう》で近くを通った乗員らしき人の後に続いた。
 おかげで自然に人に紛れた事で奇異の目線は少なかった。
 前を歩く人は多少は視線を感じるだろうが、それだけだ。
 人の輪の中を歩く事で、影のようにひっそりとストーキングしている者を案内をしている事など露知らずにいる。

 ある程度中に入り込めた所で足を止めた。
 後を付けられていた人は最後まで気配を断っていたアタシに気付く事なく遠のいていき、その後ろ姿をヒラヒラと手を振って見送った。

「さて、と」

 ここまで問題を起こす事なく入り込む事はなかった。
 あとはどこから知りたいモノを得るかが問題だ。

 候補《こうほ》としては…旅客機の乗組員辺りだろう。
 それが機長であれば最有力だろうけど…まぁ、怪しまれないよう努力するしかないか。
 女の武器(色香)を使え…と手段を選ばない人は言うだろうけど、アタシにそういうのは無理だ。

「(…にしても怪我人が多いわね、打撲に骨折、といったのが主な所か。 この数じゃあアタシの持っている分じゃあ賄えないわね)」

 見渡せば、怪我をしている人がそこかしこにいる。 包帯の数が足りなくて布で代用している人がいるほどだ。
 聖人君子でもないアタシはそれを見ているだけ。 彼らは自前で手当しているのだから、身を削る必要などない。
 少なくとも、飛行機が墜落する惨劇がなかっただけマシなのだから。

 怪我人達の安否はよそに、アタシは視線を流して人を探した。

「…あら」

 そこで、ふと見覚えのある金色が眼に止まった。

「ハロハロ~」

 アタシは近づいて挨拶を投げかけた。
 声をかけた背中は大きく、大きめの学生服は踵を返してこちらを向いた。

 見上げるほどの長躯《ちょうく》に、獅子《ライオン》のそれを思わせる金色の髪。
 アタシの声に反応して振り返って見詰めてくる力のある瞳。
 グアムで出会った、あの獣を思わせる暴れん坊のような少年だった。

 会うのは二度目だけど…ホント、ライオンのような印象を覚えるような男である。

 少年というには些か育ちすぎな立派な体がとても威圧的だ。
 挨拶をするもスルーしてるのか無言の威圧感も加わって、結構強面(こわもて)の雰囲気をさせる。
 見方を変えれば、ちょっとワルイドっぽいとも言える。

「また会うとは奇縁ね。 貴方も同じ旅客機に乗ってたのね」
「…ああ」

 ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
 アタシはそれが素直に嬉しく思えた。

「あら。 あの時は一言も喋らなかったけど、ちゃんと答えられるのね、獅子くん」
「あ?」
「名前知らないからね、それともレオとでも呼んでほしい?」
「……勝手にしろ」

 ふむ…よくも悪くもなし。
 興味ないといった感じだけど敵意があるわけじゃないか。
 獅子くんとかレオとかそんな舐めた呼び方をして、ヘタしたら殴りかかられると思ったけど、そんな事はなかった。
 彼は見た目よりも理性的で、琴線《ことせん》とも言える怒りの感性が人とは違う所にある…とアタシは見た。

「お互いとんだ災難だったわね。 アタシもこの旅客機に乗っていたけど、まさかこんな事になるなんてね」
「………」
「にしても、貴方は全然慌てた風には見えないわね。 この状況にそんなに早く慣れた? それとも…」

 ニヤリ、とアタシは不敵な笑みを浮かべて二の句を繋げた。


「退屈しない世界が見つけられそう?」

 アタシの言葉を聞いて、獅子くんは眼を剥いた。

「てめぇ…」

 図星を突かれたせいか、強烈なほどに意識を向けてくる。
 およそ、自分でもハッキリと気付いていなかった事なのか、信じられないものを見るかのように眼光を鋭くする。

 彼の内面なら何を思うか、己の勘が囁いた推測はどうやら的外れではなかったようだ。
 アタシを射抜くその眼を見て確信する。
 獣に似たその本質が、いつ逆上して牙を剥いてもおかしくない剣呑さが匂わせるが…そうしないのは力を持つがゆえの理性と、いつでもその暴力を引き出させる場を見極めている彼はやはり獅子《ライオン》だった。

 だからこそだろう。
 もの静かそうに沈黙しているそうで、どこか心躍らせているように見えるのは。

 まるで獅子が弱肉強食の世界に生み落とされたかのように、暴力的な力を秘めた彼向きの環境。
 この世界の“異常”はまだ彼の目に映ってはいないけど、どことなく期待を帯びているようなそんな目をしている。
 己の我が通用するかも知れない。
 彼の中の獅子《チカラ》が開放されるかもしれないルールが在る社会世界とは全く違う世界。

 草原が広がる野生の世界に放たれたライオンが今にも走り出そうとしている。
 そんなイメージを連想するのは間違いではないだろう。

「ふふふっ…人間向きではないけど、貴方みたいなタイプにはさぞかし爽快かもよ、ここは」
「知った風な口を聞くんだな」
「一日くらい辺りを見て回ったからね」

 くくっ、と得意気になる。
 口が饒舌になって教えるべきじゃない事まで言ってしまうが、この子なら言いふらす事はないだろう。

「…そう言えば、お前は昨日この中にはいなかったな。 行方不明者の内に含まれていたのか」
「行方不明者?」
「乗組員と一般人、それと俺と同じ学校の生徒がな。 その内の一人がお前だろ」
「かもね」

 行方不明とはちょっと違うけどそう言っておく事にする。
 その他については心当たりはあるけど、獅子くんは別に知りたいというわけじゃなさそうだ。
 単に思い当たる事があって口にして、アタシが疑問を浮かべたらそれに答えた。 それ以上でもそれ以下でもない何でもない会話だ。

「もののついでに訊くけど、機長とか知らないかしら?」
「知らねぇな。 忙しそうに声をかけて回っているようだがな」

 成程。 あまり動かずに適当に周りを見ていれば見つかるかな。

「ありがとう、獅子くん」
「…その呼び方はやめろ」

 不機嫌そうになって眼を細めるが、さほど怖いとは思わない。
 ニックネームを付けられてむくれる程度とは、可愛い所があるじゃないか。

「あはは、名前を教えてくれたら考えておくわ」

 名前など知らなくてもアタシが彼という存在を知っているだけで十分だ。
 彼みたいな存在はその在り方と印象だけで物語るのだから。

 だから、彼に名を出す暇もなくアタシはその場から立ち去っていった。

 ―――。


 しばらくして、機長は見つかった。

 獅子くんが言っていた通り、乗員に声をかけて元気付けて回っている様子だった。
 眼の下には隈が浮かんでいて疲れているのが見て判る。
 それを気遣っている乗組員はいるが、その他の一般人は全ての面倒とプレッシャーを彼に押し付けている。
 何とも強い人だ。 責任感が高く、精神力で体を突き動かしている様は褒めたくなる。

 そういうのは嫌いじゃないけど、何ともご苦労な事だ。
 ついでにもう一つアタシの分の苦労を背負ってもらうとしよう。

 溜め息を漏らしながら森の中へと行こうとする後ろ姿を追う。
 周りに誰もいない事を確認して、一人のところを見計らって接触してみた。

「機長さんですね?」

 隠行《おんんぎょう》で気配を消して近づいたら驚かれた。
 彼の眼には影から突然現れたように感じられたのだろう。

「あ…あぁ、君は?」
「客の一人ですよ」

 蒼い髪をさせた女が珍しいのか動揺で目線が忙しない。
 初老《しょろう》漂わせる皺《シワ》のある顔に考えが透けて見える。
 訝しんではいるようだけど、客の一人だと聞いて平静を装って穏やかに応えてきた。

「…そう、ですか。 どうかしましたか?」
「旅客機の状態について」

 ビクリ、と反応して目の色が変わった。
 機長は一瞬だけ返事に窮して、すぐに取り繕って言葉を返した。

「…残念だが、飛ばす事はできない。 エンジンは生きてはいるが、滑走路もなしには…な」

 ふぅん…飛ぶ事は出来るってわけか。
 アタシならその滑走路を何とか出来ると言ったら、この人はどんな顔をするだろうか?
 いや…やめておこう、色々と面倒を引き起こすから今は様子見だ。

 それに…「旅客機の状態」と訊かれて反応を見せたのは“何かある”という事…だけど、それは“飛べる状態”とは別の所にある。

「だが安心してください、救助は必ず来る。 無線で救助を要請していたから、そう心配しなくても大丈夫ですよ」
「…ダウト」

 機長の言葉を聞いて、アタシは呟いた。

「え?」
「何でもないですよ。 わかりました、アタシも挫けないように頑張りますね」

 満面の作り笑いを浮かべて、取り繕《つくろ》った言葉を向けてからアタシは踵を返した。

 今の受け答えで解ってしまった。
 薄っぺらい表情を張り付かせ、アタシを真っ直ぐに見ない目が泳ぎ、喉を震わせた声を出す機長は雄弁《ゆうべん》に語った。
 彼は…己の言葉に嘘を付いている。

 彼自身、希望を見出していない言葉はアタシを不愉快にさせる。

 嘘を付いている本人がその表情の裏で不安を押し隠しているのがわかる。
 だが、それでもこの人達は希望に縋りたいから、彼の嘘を見破る事が出来ない。
 皆の不安を和らげようとするその場凌ぎの苦しい嘘に騙されている…というのを理解した。

 アタシから彼から訊く事は何もない。
 機長が何か隠しているのか…その理由を探るためにアタシは、視線の先にある旅客機へと向かった。



―――。

 真っ先に向かったのは操縦室。
 何かあるとしたらまずはここ。
 機械類に関してはそれほど詳しくはないけど、機長が知るものがあるとすればまずはここだろう。

 狭い通路の先に奥まった機首部分に当たるコクピットにアタシは一人佇む。
 お邪魔しますよ、と誰に言うでもなくそう呟いてから扉を開けようとした。

「…ん? 鍵がかかってるのかしら?」

 前に押しても後ろに引いても、かと言って横にも上にも動かない。
 鍵をかけたのは機長だろうか?
 わざわざ鍵をかける意味は? もしかして…ビンゴ? いや、素人が入っては困るという可能性はあるかも知れない。
 だけど、アタシとしては中を確かめないわけにはいかない。

「……誰もいない、っと」

 一度来た道を戻って誰もいない事を確認する。
 ちょっと大きな音を出すから、誰かに聞かれても困る。

 うん…大丈夫だ、問題ない。

 再び踵を返して、木材のドアよりも薄そうなの扉の前に立つ。、
 体を半身前に出し、目から力を入れて、すぅ…と鋭く息を吸い込む。

「………ッぜぁあ!!」

 ―――バギン!!

 呼吸からの横回転してからの流れるような回し蹴りが繰り出された。
 ブーツが床を踏み締めての綺麗な横回転。
 そこから繰り出された抜き払う居合の如きミドルキックは、鍵となっていた壁の一部が吹っ飛ばした。

 ふわり、とポニーテールが帯のように舞って、鼻先をくすぐった。

 後に残るは無残にも鍵の意味をなくした扉とアタシだけだった。
 鉄版入りのブーツ越しに衝撃が伝わるが、操縦室の扉を初めて蹴り破った感想としては、脆《もろ》い…の一言に尽きる。
 …悪い事をしてる自覚はあるけど、いちいちそれで足を止めてはいられない。

「さて、何かがあるのかしらね…」

 カツ、カツ…とブーツで床を叩きながら、傍若無人にも操縦室の中に踏み入る。
 そしてアタシは、そこにあったモノを見た。

「―――」

 歩む足は止まり、もはや調べるまでもなく結論に至った。

「………そういう事、か。 これじゃあ、どうにもならないわよね」

 機長が…なぜ嘘を…あの態度だったのかも納得がいった。
 真っ先に希望を折られるのを見た彼はきっとそうするしかなかったのだろう、とアタシは理解する。

 ―――無線機の残骸《ざんがい》だ…。

 墜落した際の影響だろう。
 操作するべきパネルの場所は、大きく歪んでいてとてもじゃないが操作が出来るような状態ではなかった。
 歪みは内部にまで達していて、いくつかの部品が潰された形でその無残さを露出させている。

 機械に詳しい人が……いや、飛行機の設備はデリケートだ、これぐらいとなると詳しい程度じゃ無理だ。
 専門の人でちゃんと修理する環境を整えていなければ繋がる事は不可能だろう。

 救助は望めない…か。
 希望があるとすれば、この旅客機そのものだけど……果たして、それは“正しい選択”になるか?
 …その事実を伝えたらどうなるか…?

 無線が通じた、と信じて救助を待っている人はどれだけ絶望する?
 希望があると信じて待っている人は、絶望に耐えられるか? 喜びが絶望に勝るか?
 この旅客機を動かす事ができたとしても…それ以上のストレスを受けて正常でいられるかどうかはわからない。

「……今は、やめといた方がいいかもね」

 アタシの中で、それをする事の危険性を訴える。

 機長の言葉という希望以上に一塊の集団を支えるほどのモノを、アタシ個人は持ち合わせていない。
 カリスマの一つでもなければ、都合よくはいかない可能性が高い。
 アタシ程度では異端(人じゃない)と見られて排斥されるだけだ。

 今は…とりあえず様子を見て目立たずにいるべきだろう。
 アタシも機長と同じ選択をする事になり、この旅客機に触れない事を選ぶ。
 まるで凶兆の証であるかのように、無線機を忌避《きひ》する。

「結局、まだこの地に押し込められるのね…」

 アタシはまだ、世界を見終えていない。
 まだまだ……この身は何一つ目的を果たしていない。
 “アイツ”を捜すまで―――この足は世界の果てにだって赴くのだ。

 パタン…と、もう鍵がかかる事のない扉を閉じて、二度とその機械に囲まれた箱の世界を訪れる事はなかった。
 
 

 
後書き
■獅子くん
 睦月が印象で適当に決めた呼び名。
 睦月の過去に“獅子”を思わせる強い存在がいて、睦月が旅をする理由とは無関係ではないが、本編では特に関係はない。

(ケダモノ)達の呼称
 睦月(筆者)の適当なネーミング。
 日本生まれで日本育ちですがナチュラルイングリッシュを使うのでそっちの呼び方である。 
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