探し求めてエデンの檻
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4-1話
前書き
ほんの少しでも運がなければ命はなかった。 まさに九死に一生である。
それは一重に、一人の蒼い女性がもたらした幸運である。
そんな命の恩人に対して、仙石アキラが思う所は「コスプレなのだろうか?」という疑問だった。
「これでよし、っと」
滝の音が遠く聞こえる沢にて、明るい声で完了を言い渡された。
本格的な治療セットを出した時驚いたが、それを扱う手際にオレは素直に感心した。
「む……すまない」
捻挫した足首を手当された真理谷《まりや》は、靴下を履き直しながらぶっきらぼうに礼を言った。
大抵誰に対してもそうだが、元から頭がいいからか言動がすごく偉そうだ。
実際偉いのだろう。 9年連続学年トップという肩書きはそれだけで力を秘めているような気がする。
そのせいか年上が相手でも敬語が形式的であるか、このように礼儀の欠けたぶっきらぼうな口調をする。
「ん、どういたしまして」
だが…真理谷を治療した当人…蒼い髪をさせた女性は、欠片ほども嫌味を感じていなかった。
それどころか…頑張ったわね、と労うように真理谷の頭を撫でる始末だ。
まぁ、これには当然真理谷は怒る。
「き、気安く撫でるな!」
と、その手を振り払った。
プライドが高く、子供扱いされるのを嫌いそうな真理谷からすればその手は鬱陶《うっとう》しく感じられただろう。
「さいですか」
蒼い女性は飄々と、真理谷の態度に気に障る事なく引き下がる。
切り替えて、使い終えた治療セットをショルダーバッグの中に仕舞い始めた。
ちなみに、オレもCAも治療されている。
擦り傷程度のもので、消毒と軟骨の上に絆創膏を付けてもらうに終わっている。
一番怪我が重い真理谷は、痛めた足で無理に走らせたから捻挫をひどくさせたが、それもちゃんと処置してもらったから休めば完治する程度で済んだらしい。
とりあえず一安心だ。
しかし…それなりに揃えられた治療セットのサイズは合わせてそこそこある。
にも関わらず、ショルダーバッグの半分くらいの容量を占めるソレはあっさりと中に仕舞われた。
よく入るな…。
「はいコレ。 食べてないんでしょう?」
ショルダーバッグから入れ替わりに、女性の手には菓子サイズの食べ物が握られていた。
それボールのように投げ渡されて、オレは慌ててキャッチした。
「おっととっ……サンキュ、えぇと……」
「名前?」
「あ…ああ、うん」
オレ達は、この女性に助けられた。
あのダチョウのような怪鳥に襲われ、死ぬかと思った時…この人は助けてくれた。
こうして手当もして貰えて、非常食らしきものまで恵んでくれもしたが、オレ達はまだ名前を知らないのだ。
「…」
しかし蒼い髪と蒼い目をさせた女性は逡巡する。
視線をわずかに真理谷とCAに向けて、考えるような素振りをさせてから口を開いた。
「………睦月《むつき》よ。 天信睦月《あまのぶむつき》」
日本の名前だった。
髪が蒼いから日本語のうまい外国人だと思っていたけど、実際は日本人だったようだ。
それほど年が離れていないように見えるけど、どことなく年上っぽい雰囲気が窺えた。
もしかしたら…本当は見た目より若く見える日本人なのではないか?という考えが頭をよぎった。
「ハーフなのよ。 育ちは日本だしね」
「え、あ…?」
口に出していないのに、睦月さんはオレが知りたい事を喋り出した。
それがいきなりの事で咄嗟に反応できなかった。
「訊きたそうに顔に書いてあったよ」
「う……そんなに分かりやすい?」
「腹芸が出来ない顔ね」
そりゃそうだろう……オレ、バカだし…。
ふてくされて、渡された非常食を食う。
あまり美味しいわけじゃないが、腹が減っていたから贅沢は言えなかった。
「よ、よろしく…睦月、さん…」
「ええ、よろしくね」
睦月さん――若く見えるからさん付けはちょっと慣れないな――は非常食を真理谷にも渡す。
続いてCAに渡そうとした。 だがその非常食に眼もくれず、ただひたすら泣くばかりで取り付くシマがなかった。
「まだ泣き止まない?」
「えっぐ……っう……ぅ~……えっぐ…」
この調子である。
あの怪物のような鳥に間近で襲われていたから、すごい怖い思いしたのはわかる。
だけど、いい加減泣き止んでほしいと思うほどに鬱陶《うっとう》しくなってきた。
「……ふぅ、しょうがないわね」
そう言って睦月さんはCAの隣に座った。
その時、丈の短いスカートから太ももの付け根がギリギリまで見えてしまいそうになる。
それを見て、う…とオレの顔が熱くなった。
こんな時にスケベ心は出ず、気恥しさが勝って視線が横を向いた。
「よしよし…」
慰めように頭を撫でた。
「う…うぅ………えくっ……」
いや、実際慰めているのだろう。
頭を撫でられたおかげか、CAの嗚咽《おえつ》が少しだけ一段階下がったような気がする。
まるで子供扱いだ。
「ねぇ、せめて名前くらいは言ってくれないかしら? ね?」
なんとも優しい口調だ。
睦月さんの方が童顔で年下のように見えるが…実際は女性らしい魅力――主にスリーサイズ的な意味で――に勝るCAは終始泣いてばかりで、頭を撫でられているのだからどっちが年上なのだか判断できない。
と言っても、実年齢なんて知らないのだけれど。
「ひく…ひっく………んぅ……えぐ……」
「ふぅ…仕方ないわね」
「全く……おい、真理谷!」
こんな時だってのに…自分は関係ないとばかりにノートパソコンで弄っている真理谷を諌める。
「てめぇー、こんな時でもパソコンかよ! こんなトコじゃあ、ネットが使えるわけがねぇーだろ!」
「………」
無視を決め込む態度に苛立ち、掴み掛ろうと手を伸ばす。
だが、その前に真理谷は口を開いた。
「ネットは繋がらなくても、ソフトの起動は出来る」
「…はぁ?」
だからなんだ?
真理谷の肩越しにノートパソコンを覗くと…オレは、そこに映っていたものに眼を奪われた。
忘れるはずがない。 忘れようがない。
その特徴的な姿は勿論の事、あれだけ強烈な体験を与えた存在をオレは忘れていなかった。
そこに映っていたのは……あのダチョウもどきのような飛ぶ事よりも走るためにある体躯《たいく》―――あの怪物のような鳥の写真だった。
これは…図鑑、か?
「それ、さっきの鳥か?! あんなの本当にいたのか」
「違うっ!」
突然、真理谷は声を張り上げ全力で否定した。
必死さ…いや、落ち着きさを失った声色に、オレは言葉が出なかった。
「違うんだ…こんなの…ありえない。 いるはずがない…いるはずがないんだ……生きて存在しているはずがない…」
「ど、どういう事だよ?」
真理谷は躊躇うように間を溜めた。
彼自身それを認めるのを拒むかのように…逡巡の後、ようやく口を開いた。
「この図鑑はただの動物図鑑なんかじゃ…ないんだ」
ただの?
オレはその言葉の意味を理解できないまま、真理谷は言葉を続けた。
「これは―――絶滅動物図鑑。 遥か太古に存在して“いた”動物だ…!」
―――…!?
真理谷の口から出てきたのは、突拍子もない事実だった。
希少動物ならわかる、だがそれにしたって“絶滅”という単語があまりにも結びつかない。
「そして…僕らを襲ったこの動物の名前は“ディアトリマ”。 これは確かに実在していたが……5000万年も前に滅びている」
「ぜつ、めつ…? 5000…万年って、お前…何言っちゃってんの? だって、ホラ……オレ達はさっきこの目で…」
口では何とか否定しようとするものの、こうして図鑑に書かれている事実を無視する事はできなかった。
この事実を覆す言葉が浮かばない…おそらく、真理谷もオレと同じ心境だったのだろう。
しかし…本当にそっくりだった。
本当にこんな生物が実在していたなんて…と、記憶を擦り合わせるように“ディアトリマ”の姿写しを見ていたら…。
「…歪《いびつ》ね」
後ろで突然、天信睦月がそんな事を言い出した。
「ずいぶんと、よく似てるけど…あぁ、だから歪《いびつ》なのね」
要領を得ない。
いつの間にかオレの後ろに立ってていた彼女の蒼い瞳は、まるで出来の悪い細工を見ているような雰囲気をしていた。
彼女の言動に疑問を抱いた真理谷は問い掛ける。
「一体…何を言っているんだ?」
「……さあてね」
返した答えは実にあっさりしたものだった。
「ハッキリとした事なんてアタシにもわからないわ。 でも…この島はおかしいって事は確かよ。 とうに絶滅した動物が存在する…ありえない、とは言わなけど理の埒外だわ」
冷めた雰囲気を漂わせる蒼眼を伏せて、彼女は肩を竦《すく》めた。
わからない、と自分で言うが…拾う情報に戸惑うばかりのオレ達と違って、その蒼眼にはハッキリと何かを捉えている…。
誰よりもこの事態を冷静に捉え、悠然《ゆうぜん》としている。
「……おかしいのはそれだけじゃない」
「? どういう事だ、真理谷」
「ここは状況から見てここは島なのはまず間違いない。 だが、これを見ろ」
手馴れた操作で、図鑑の画面から別の画面へと変わった。
それは世界地図…というより、航路図だった。
「僕らが乗った飛行機の航路がこれだ」
それは世界地図のような画面に、グアムと書かれている島から日本列島を繋ぐ点線。
オレ達が昨日乗った旅客機があのまま飛び続けていたら…と思わずにはいられない道筋だ。
真理谷は指を動かすと、画面の中で矢印のポインタがグアムと、その近くにあるロタ島の中間辺りの点線を示した。
「ここが、最初にアナウンスの入った頃の位置」
だいたいの位置を示すその場所にオレは頷く。
「それから30分後―――機体が突如、落下を始めた………ちょうど、この辺りだ」
地図がズームアップされて映し出される…そしてその画面を見て、オレは背筋が凍った。
「―――!」
点線が拡大されて、そこに映るのは…一面真っ青な海の図だけだった。
陸と思われる色は一切ない、水だけの地表だけである。
「な、何もねぇっ!?」
それを意味するのは考えるまでもない不可思議で、ありえない事。
睦月さんの言を繰り返すように…ありえない、とは思いたくない…だが、これは埒外であると言いようがない事実。
「そうだ、仙石…無いんだよ―――地図のどこにも探してもこんな島はない……ここは―――存在しない島なんだ…!!」
存在しない…島。
ありえねー……ありえねぇよ…。
絶滅した動物に、地図に存在しない島……なら、ここは一体何処なんだ!?
「公式に存在しない島―――未開の秘境、かしらね?」
慌てもせず、まるで他人事のように睦月さんはそんな事を言い出した。
それに対し、真理谷はメガネのブジッジを押し上げて、視線を鋭く返して反論する。
「可能性は0……とは言えないが、現代に置いて陸地すら見つかっていないというのは考えにくい。 どちらにしても判断は出来ない」
「見つかってない、ねぇ…」
「飛行機が墜落したと思っている地点から半径四十八キロメートル…何度探しても小島らしきものは一切見当たらないんだ。 影も形すらない」
「実効支配下にない在日米軍基地ですら、その細かい内情はわからなくても陸地自体はちゃんと載るものなのにね」
「確かに、実効支配下にない島が存在して、載らない可能性はあるかもしれない。 だが、いるはずのない動物が存在していて、それが地図に載ってないというのは只事ではないぞ」
「おっしゃる通りね」
「で、でもよ…地図になくたってオレ達は実際ここにいるんだぜ。 森の中にいたんだから本当はもっと小さくて地図に載ってないってことは…!」
なんかどんどん悪く聞こえる方向に転がっていくような感じがして、オレは咄嗟に何の根拠もなく反論を割り込んでみた。
「ないわね」
だがそれは軽く一蹴された。
「森にいたから知らないだろうけど、ここは意外と広いわよ。 少なくとも地平線が見えるほどの土地を、小さいとは言わないわ」
「う…」
軽く凹んだ。
悪気は感じられないが、ハッキリと不正解を叩きつけるその物言いはストレートだった。
不愉快な性格でないけど…真っ直ぐな物言いと、何となくスパルタな先生、あるいは師匠のようなイメージを抱く。
「仙石…僕は非科学的な事は信じない人間だ。 だが……この島はおかしい」
どれだけ考えを巡らせても、結局は真理谷の言葉に帰結した。
「地図にない島に飛行機が落ちて、そこにあるのは絶滅したはずの動物…」
どれだけ非現実的でも、非常識でも、自分の目で見たものは間違いなく本物。
それは…どうしたって覆すことの出来ない。
どう足掻いても現実。 事実。 リアル。
「これは―――本当にただの墜落事故なのか?」
これが今……オレのいる明日/世界……!
「ひ…ひどい…」
絶望感に打ちひしがれる中、おののいたような声が震えた。
「ひどい……こんなの…こんなのあんまりですよおぉー!!」
ずっと泣きっ放しだった女性、CAは泣き喚き始めた。
少しは嗚咽《おえつ》が収まっていたと思ったら、オレ達の話を聞いていたようで、余計に心情を悪化させたみたいだ。
「私…今回が初フライトだったんだからあぁぁ!!」
「お…おい……」
「じゅ…十六回も採用試験を受けて…やっと、やっと……」
えっぐえっぐ…と亀のように蹲って泣くその姿はもはや大人も子供もない。
その姿に見かねて、睦月さんははよしよし、って宥めているが泣き止む様子がない。
こうなると、精神的にタフそうな彼女も参ったようで困った顔をさせた
「ふぅ…」
宥めるのは諦めたように溜め息を漏らすと、今度は周りに視線を泳がせた。
「…何探してるんだ?」
そう訪ねたが、それに答えない内に何か見つけたようだった。
ヒュイ、と何かの鳴き声に似た口笛を吹くと…森の中から何かが飛び出してきた。
“ソレ”は弧を描いて、ピタリと睦月さんの腕に留まった。
「プティロドゥス…」
ポツリと真理谷はそう呟いた。
それは…リスっぽい動物だった。
手脚が縞模様の毛並みをしていて、人の腕に二回ほど巻きつけそうな長い尻尾をさせた変わった動物だった。
真理谷が何も言わない所を見ると、どうやらこいつも絶滅動物だと見て間違いなさそうである。
だが、そんなやつがなぜ睦月さんの腕に招き寄せられたのか不思議だった。
「ひく……ひっく………?」
何事かと訝しんで、CAは顔を上げると……面白いほどビックリした。
きっと彼女の目に突然現れたかのように見えただろう。
睦月さんは調教師のように言葉もなく操って、芸を仕込まれたと思うような動作で、CAのすぐ傍に立ち留まった
それを見た瞬間、驚いたあまり亀のように頑として動かなかった体勢からひっくり返って尻餅を付いた。
「ひっ…あっ…ネ、ネズっ…!?」
オレから見ればリスっぽいけど、彼女からしたらその尻尾の長さからネズミを連想したっぽい。
既に泣いているけど、涙目になって怯えていると、リス……プティロドゥスの方が先に動いた
「ひゃっ……!!!」
強ばった身構えたその腕にプティロドゥスは飛びついた。
小柄ながらに俊敏な動きは一瞬だった。
「ぇ…ぁ……」
そこから先は可愛いものだった。
プティロドゥスは尾長ザルのようなその長い尻尾を腕に巻きつかせながら、その小さな手脚で袖を掴んでいた。
特に危害を加えるつもりはなく、クリクリッとつぶらな瞳が見詰めているだけのその様子は、決して恐れるようなものじゃない。
オレから見ても、その姿には愛嬌があった。
「(こ…この子…可愛い、かも…)」
CAもその可愛さに打たれて、意識がそっちに傾いた。
可愛さというのはこれほど威力があるものなのか、彼女も泣くのを止め、真っ赤に腫らした目はリスサイズの瞳と視線を交わし合っていた。
「これで少しは気を紛らわせないかしら?」
「あ……は、はい…」
そうなればずいぶんと大人しいもので、やっと初めて素直に返事を返した。
「…アニマルセラピーのつもりか?」
「アニマ…何?」
アニマルセラピー、動物と触れ合う事で心を開かせるという療法。
噛み砕いて言えば、カウンサラーや薬を使わず、精神的負担を和らげる一つの手段…と真理谷は言う。
効果は見ての通り。 たしかに犬や猫などでああやって触れ合う事ができれば、あんな風に少しは心が和らぐ納得だった。
―――ァァァァ…。
「―――…」
「…なんだ、鳥か」
ふと、どこか遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
そしてその事にさして誰も気に留める事はなかった…彼女以外は。
「……さてと、アタシはそろそろ行くわ」
鳴き声のした方に目を向けていたと思うと、睦月さんは急にそんな事を言い出した。
「え、えぇ!?」
「もしかしたらもう会う事はないかもしれないけど、ここでお別れね」
腰に付いた草土を払い落とし、CAの分の非常食を残して、本当に身支度を始めた。
いきなりの別れ。 前触れのないその宣告を聞かされて、オレは動揺して慌てふためく。
「そ、そんな…ちょっと待ってくれよ! なんでそんな急に…!」
こう言ってはなんだけど…オレはこの人を頼りにしていた。
知り合ったのはついさっきだけど…一緒にいると心細さがないし、心強い味方として安心感があった。
女性に対してこんな風に思うのは情けないかもしれないけど…こうも一方的だと納得しきれなかった。
「ずいぶんと勝手だな」
すると真理谷はオレを代弁して辛辣に言う。
「ええ、そうね。 アタシは勝手よ」
「開き直りのつもりか?」
「“自分自身に正直であることはなんと困難なことだろう。 他人に正直である方がはるかにやさしい”―――エドワード F・ベンソン」
「む…―――」
「どう捉え、どう思うのは貴方の自由よ。 アタシはアタシの都合で個人で動くわ」
どうして…と疑問が浮かぶ。
だがその答えは予見していたのか、オレが口に出す前に睦月さんは先に返事を述べた。
「知る必要はない。 ここから先は貴方達自身の事を考えて生き延びないといけないのよ、他人と協力しながら行動するのなら尚更ね」
ぐっ、と言葉が詰まる。
睦月さんの行動自体は勝手だけど、彼女の語る“方針”は間違ってない。
またあの怪鳥…ディアトリマを前にしたら……自分はどうするべきか、それをちゃんと考えていなかった。
「睦月さんは……一緒に来てくれないのか?」
「一緒にいて、どうするの?」
「そ、それは……」
うまく言葉にできなかった。
一緒に人を探そうとか、力になってくれとか、そういった理由は思い浮かぶのに…それが彼女に求めているものかと言うと…どうもしっくりこない。
この人に…どうして欲しいのだろうか?
「…この場で、アタシを引き止められる言葉を持ち合わせていないのなら諦めなさい」
「……」
それじゃあね、と踵を返して彼女は後ろ姿を見せる。
もはや何も言えなかった…CAも真理谷も同じように、自由奔放な彼女を止める言葉が見つからない。
気安そうに見えて、我意が強く、独自の考え方をするその姿勢に…オレ達は追いつけない。
「まぁせいぜい…今夜は薄暗がりの中、ひっそりと息を潜めて眠る事ね」
彼女が夕闇の森の中へ去っていくのを、オレ達は見送るしか出来なかった。
後書き
■「自分自身に正直であることはなんと困難なことだろう。 他人に正直である方がはるかにやさしい」エドワード F・ベンソン
他人のために正直になる方が、己の良心を引き出しやすい。
自分のために良心を引き出すというのはエゴの塊。ならば他人のために、という建前に良心を引き出すエゴと比べればどうだろう?
その差違を測る事は難しく、どうせならば正直な方がマシかもしれない。
(※格言を使った筆者/睦月の自己解釈です)
原作をお読みになっている方ならお気付きでしょうが、このタイミングでのプティロドゥスの登場についてはご理解下さい。
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