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戦闘携帯への模犯怪盗

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STAGE2-2:アローラ、日差しが今日も強いね

「ピジョット、『エアスラッシュ』」
「ヴァネッサ、『バブル光線』だ!」

 午後三時、炎天下のコニコシティで始まったバトル。島キング・リュウヤのピジョットが放つ風の刃を、怪盗クルルクによってヴァネッサと名付けられたアシレーヌが泡を爆発させて相殺する。さらに泡を自分の周囲に纏い、風の攻撃から守る態勢に入った。

「ようやく始まったか!待ちくたびれたぞ!」
「早いことやっつけしまえ島キング!」
「がんばって怪盗クルルクー!」

 ギャラリーは始まったバトルに熱のこもった歓声をあげる。クルルクは声援に手を振ってから指示をだす。

「ピジョットのスピードは侮れないからね、ヴァネッサ『凍える風』!」
「上に逃げろピジョット!」

 アシレーヌの口から、冷しげな歌声が鳴り響く。それを爆発しない泡が運び、本当の冷気となって石畳の熱い地面に吹きわたった。ピジョットは旋回して空高くへ回避する。

「さて、クールになったところで……ヴァネッサ、『うたかたのアリア』でいこう!」
「ピジョット、『暴風』で泡を吹き飛ばせ」

 儚い歌声は大きな泡となった確かな力に。だがピジョットにぶつかる前に激しい風で空へ吹き飛ばした。空中ではじけ、細かい水が霧となってギャラリーの喉を潤した。

「もう一度『エアスラッシュ』」
「なら、『アクアリング』!」

 もう一度宙から放たれる刃を周囲の泡の爆発で守り、アシレーヌを覆う水のリングが受けた軽微なダメージを癒していく。さらに小さな木の実を口に入れて喉を癒す。俗に『たべのこし』と言われることもあるポケモンの道具だ。

「ヴァネッサ、『バブル光線』で守りをまた固めよう。君の喉が痛んじゃいけないからね!観客のみんなも、応援は嬉しいけど熱中症や喉には気を付けて!」
「レ~~♪」

 アシレーヌが周囲を泡で満たしながら歌う。その姿はさながら泡だらけのバスルームに入って歌う女優のようだ。冷気に霧、さらに空中を舞う泡で満たされた空間はもはやアローラの強い日差しと熱をものともしていない。ギャラリーたちがクルルクの言葉に気づいて水分を補給したりするのを見て、リュウヤは苦笑しながら言った。

「至れり尽くせりだな……バトルしながら野次馬のためにそこまでするとは、怪盗のわりにずいぶんと優等生なんだな」
「なんたって僕は、『模犯怪盗』だからね!それにこれで守りは万全。君とのポケモンバトルにも、しっかり怪盗してみせるつもりだよ」

 ただ盗む、ただ戦うのでなくクルルクは『模犯怪盗』としての誇りを持っている。炎天下、人の密集する場所で声を張り上げていれば熱中症で倒れる人が出るかもしれない。それを無視することは出来ない。警部に変装した時アネモネを気遣っていたのも、そういう信条からなのだろう。

「だが俺も島キングとしておまえを倒すことがやるべき仕事なんでな……その心遣いを台無しにするようで悪いが。ピジョット、『霧払い』だ」
「……ヴァネッサ、泡を爆発しないように切り替えて!」

 ピジョットが引き起こすのは風の刃ではなく、穏やかだが大きな風の動き。それはアシレーヌの纏う泡を爆発させずに吹き飛ばしていく。観客に泡がぶつかる前に、アシレーヌの歌声でただの泡となってシャボン玉のごとく消えていく。『凍える風』による冷気も吹き飛ばして周囲にまた強い日差しの熱気が戻った。 

「これじゃヴァネッサの守りが……!」
「これでお前の守りは消え去った。さらに『霧払い』が発動によりこちらの技の命中率は上がる」

 『霧払い』には相手の回避率を下げる効果がある。鉄壁の守りを一瞬にして崩した島キングにギャラリーから拍手が起こった。

「いいぞ大将!」
「戦いってのは周りに気遣うんじゃなくて相手を真剣にぶっ倒すためにやるもんだ!」
「もっとやっちまえ!スカした怪盗にアーカラ島キングの強さを見せてやれ!」
「……決めろピジョット。『暴風』」

 命中率は高くないが威力の高い『暴風』ピジョットがより大きく翼を羽ばたかせる。……が、変化はない。『霧払い』と同じく穏やかな風がゆっくりと吹くだけだ。
 リュウヤの鋭い目が、怪訝に細まる。状態異常にするような技を受けたタイミングはなかった。ピジョットはまだ何のダメージも受けていないはずだ。

「どうした!もっとやれ!」
「MOTTOMOTTO!!」
「ピジョットがんばれー!!」

 不自然なまでに集まる応援。クルルクがにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。リュウヤはそこで気づいた。

「これは……『アンコール』か」
「その通り、だけどもう遅いよ!ヴァネッサ、『冷凍ビーム』!」

 襲いくる蒼の光線。『霧払い』以外の技の使用を禁じられたピジョットは抵抗のすべなく氷漬けにされる。大人しくピジョットをボールに戻すリュウヤ。

「観客へのわざとらしい気遣いはこれのためか……」
「わざとらしいとは心外だね。熱中症とかになってほしくないのはほんとだよ」

 つまり、こういうことだ。宙を自在に舞い、様々な風を操るピジョットに地上で歌うアシレーヌが『うたかたのアリア』や『冷凍ビーム』を直撃させるのはそううまくいかない。
 だからクルルクは守りを固め、ピジョットの行動を誘導した。観客への気遣いを装う形で。
 誘導されていることに気づかず守りをどかすための特殊な手を打ったタイミングに合わせて『アンコール』を発動することで、ピジョットの行動は大きく制限され、『冷凍ビーム』を直撃させることができたというわけだ。
 優しさの裏にある確かな戦略。それを感じ取り、無表情なリュウヤの口角がわずかに上がりほかのだれにも聞こえないほど小さく呟いた。

「そういうところはあの人譲り、か……」
「さあ、次のポケモンは何で来る? あんまり遅いとライアーで逃げちゃうよ」
「そうだな……なら出てこい、アバゴーラ!」

 リュウヤの出した二体目、化石からよみがえった亀のようなポケモン・アバゴーラは登場と同時に唸り声をあげる。そして自身の体に大きく力を込めると、殻が軋み始めた。

「これは……!ヴァネッサ、『うたかたのアリア』!」
「ゴゴゴゴ……アアアアアアアッ!!」

 アシレーヌの放つ泡がアバゴーラに直撃し、殻にどんどん罅が入っていく。まるで戒めの鎖を解き放つように殻が破壊される。瞬時にリュウヤの命令が飛んだ。

「アバゴーラ、『ストーンエッジ』」
「ゴアア!!」

 アバゴーラは自身の粉砕された殻を鷲掴み、アシレーヌにぶん投げる。最高速度のピッチングマシーンが放ったような重さと速さはよける暇もなくアシレーヌの胸へ打ち込まれた。アシレーヌが胸を押さえ、歌声が止まる。張り手で胸をどつかれたようなものだ。とても歌えない。

「これでイーブンだ、『アクアジェット』」
「下がってヴァネッサ、来てテテフ!」

 今度は自ら水の噴射で肉薄するアバゴーラを、クルルクは即座にポケモンチェンジで躱す。『サイコメイカー』の特性を持ちフィールドに出た瞬間先制技の発動を許さないテテフがアシレーヌを守るように立ちはだかった。

「先制技を封じるフィールドは厄介だが……『殻を破る』の効果により速度が倍加したアバゴーラなら速さで負けることはない。『アイアンヘッド』!」
「だけど、一撃でやれるほど僕のテテフは甘くはないよ!『自然の力』!」

 アバゴーラが首をのけぞらせてヘッドバッドをしようとするのに対し、テテフは自然の力をフィールドの力を借りて念力に変える。アバゴーラの特性は相手の攻撃を必ず一発耐える『がんじょう』だが既にアシレーヌの攻撃はヒットしている。素の速度で負けようと耐えられれば返り討ちにできる。
 だが、クルルクは近づいたアバゴーラを見て気づいた。破壊した殻のうちに隠れていた、その腹に巻かれた布に。

「残念だがこの展開は読んでいる。この瞬間アバゴーラに持たせた『達人の帯』の効力が発揮される」
「『殻を破る』に加えて『達人の帯』!?」
「この道具を持つポケモンが相手の弱点を突いた技による攻撃を命中させるとき、そのダメージを1.2倍にする。この一撃で戦闘不能だ」
「くっ……仕方ない、テテフ『気合の襷』の力を使って!」

 テテフの頭にリボンのように巻いておいた襷の力が発動される。テテフは特性『がんじょう』と同じ効果を持つ道具で体力ギリギリでヘッドバッドに耐え、カウンターでの念力をその腹に叩き込む。アバゴーラの体が吹き飛ばされ、腹を天に向けて倒れたまま起き上がることができない。
 テテフはぎりぎり戦える状態ではあるが、ヘッドバッドを直接受けた額の部分は赤くなり、目には涙が溜まっているのがクルルクにははっきり見て取れた。

「……テテフ、痛かったね。 ありがとう、後は休んでて」
「これで二対二……そういうことでいいんだな?」
「ヴァネッサもテテフもあれ以上ダメージを追わせたくないからね。もちろんいいよ」
「相変わらず、瀕死になるまで戦わせることをしないな。お前は」

 ボールにテテフを戻したクルルクに、瀕死になったアバゴーラを戻しながらリュウヤは言う。リュウヤの知る限り、クルルクは自らの意志でぎりぎりまで戦わることをしない。よほど不測の事態にならない限り、そうなるまでにある程度ダメージを受けた段階でポケモンを戻している。たとえその結果敗北し、宝を逃すことになったとしてもだ。

「宝は欲しいけど、この子たちの命には代えられないしね……万が一のことを考えて、無茶はさせたくないんだ」
「それも『模犯怪盗』としてのプライドか」
「いいや、これは僕の個人的なバトルスタイルさ」
「そうか。臆病者──と言われたら、お前はどう思うんだ?」

 返事は、スナップを利かせて投擲されたトランプだった。リュウヤは眉一つ動かさず、竹刀でトランプを受け止める。ポケモンの技を受けても粉砕されない強度を持つ竹刀に、ただの紙のはずのトランプは刃のように食い込んだ。
 クルルクの表情は、図星を突かれて慌てるわけでもなければ、心にもないことを言われて憤慨するでもない。島キング・リュウヤの挑発を受けて、楽しそうに笑みを浮かべながらトランプを構えている。

「僕が臆病かどうか、試してみればいい。島キングもう一つの決闘スタイルで。このトランプで受けて立つ」
「なら、そうしよう。最後の一体……招来せよ、俺をこの世界に招きし者よ!」

 リュウヤ左の籠手の中から右手を一枚の紙を引き、竹刀を地面に置く。それと同時、クルルクとリュウヤの頭上。天と地を遮るように、空間に渦のようなホールが出現した。
 彼の呼び声によって空いた穴から降り立つのは、まるで折り紙をいくつも合わせて作ったがごとく薄い剣。しかしリュウヤの手元に納まったそれは、まるで古代の英雄が持つ神器のように淡い金の光を放ち、三十センチほどの短剣とは思えないほどの存在感を放っている。
 クルルクもそれに合わせ六つのうちの一つからポケモンを呼び出し、自分で持っていた『黄金の竹の鉄扇』を投げ渡す。桃色の着物に身を包んだような華やかさを持ち、袖に隠れた腕で扇を開くその様はまるで丁半博打に命を懸ける博徒のような気迫が備わっている。
 二人は、お互いのポケモンの名を呼び合う。ただ出すのではなく、今から行われるもう一つの決闘にふさわしい名乗りで。

「ウルトラホールより俺の存在に応え現れろ。世界の隔たりを切り裂く神剣──カミツルギ!!」
「頼むよ、僕のトランプ師匠にして作り手!美しき花の姿に潜む鋭き勝負師──ラランテス!!」

 リュウヤの右腕に握られる、熨斗に近い金の装飾が施された異世界の剣。クルルクへ鋭い木の葉を仕込んだトランプを、マジシャンのように離れたところに一束渡す華の蟷螂。
 序盤のお互い堅実な動きから一転、一気に動いたうえ、始まろうとするもう一つの戦いにギャラリーたちが大騒ぎする。それをリュウヤが神剣を握る腕を振るって制し、島キングとして宣言する。

「諸君!今から行われるのはアローラもう一つの決闘法。ただのポケモンバトルではない、人間である俺たち自身がポケモンとともに斬り合う勝負、【戦闘携帯】だ……覚悟はいいか、怪盗クルルク!」
「僕から挑んだ決闘だからね……来い、島キング・リュウヤ!」

 リュウヤが踏み込み、神剣を大上段から振り下ろす。それをバックステップで躱し、トランプを二枚リュウヤの腹に投げつけた。それを手首の返しのみで神剣で一薙ぎ、トランプを真っ二つにするリュウヤ。
 このアローラのポケモンバトルの形は一つではない。今この時、決闘はトレーナー自身の力を示す戦いに移り始めた── 
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