戦闘携帯への模犯怪盗
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STAGE2-1:いらっしゃいませ、私の宝を頼みます。
怪盗クルルクの予告状が届いたことにより午後二時半、ジュエリーショップの周囲には大量の警備員が手配された。普段はあまり人通りの多くないこの町も、怪盗クルルクが来るとあっては訪れるものが増える。遊園地で人気のアトラクションを待つように、周りには人だかりができていた。アローラの日差しが強く輝くこの時間は、喉も乾きやすくトロピカルジュースを売り歩く人もいる。
「本日午後三時、コニコシティジュエリーショップ秘蔵のお宝、『黄金の竹の鉄扇』をいただきに参上する。怪盗クール・ピーター・ルーク……間違いなくヤツの予告状ですな」
店内ではさっき到着した警備員のボス、中年の男性で生え際の後退し始めた額が寂しいグルービー警部が予告状を睨む。この店の持ち主であるアネモネと店員が心配そうに予告状に書かれた宝を見ている。高価な宝石を扱う商品ということもあり、今回は隠すことなく宝石を陳列する棚から離れたところにはっきりと『黄金の竹の鉄扇』が古めかしい木箱に入れられている。
警部は喉が渇いたのか小さな霧吹きを口に当て渇きを癒した。アネモネが不安げに声をかける。
「あ、すみません……お茶をお入れしたほうがよかったでしょうか?」
「いえ、職務中ですので。アネモネさんは、いつこの予告状を?」
「朝ごはんの洗いものをすませて郵便受けをのぞいた時ですから……朝九時くらいでしょうか」
「なるほど、それから近くで様子の変わった人を見かけませんでしたか? 奴は変装もしますからな。朝直接郵便受けに予告状を入れたということは既にこの町にクルルクがいたことになります。例えば見慣れない店員がいたりしませんか?」
アネモネは改めて雇用している店員を見る。そして首を振った。
「大丈夫です、小さくとも宝石店ですので信用のおけるなじみのある方にしか任せていませんから……顔は覚えていますし皆さん変わりありません。今朝会った姉も、本当にいつも通りで……」
「……お姉さんと何か?」
「いえ、怪盗さんとは関係のないことです……ごめんなさい」
はあ、とため息をつきふわりとした髪を揺らすアネモネ。その様は春風に吹かれ散り落ちる一片の花びらのように可憐だ。グルービー警部の目線が、しばらくアネモネに固定される。
「よろしければ、詳しくお聞かせ願えませんか? もしかしたら、手掛かりがそこにあるかもしれません」
「そういうこと、でしたら……」
アネモネは今朝島キングに手紙とお茶を渡しに行った時、姉のマズミにジュナイパーの弓矢で狙われたことを話す。それをリュウヤがポケモンバトルで諫めたこと。義理の妹であるラディに自分とマズミ、そして長女と母親そろって冷たくしていたこと。マズミはそれがラディを深く傷つけたと認めた上で。
「リュウヤがバトルで勝った後、姉は私に言いました。『意地悪姉さんがいい顔してよりを戻そうとしても、シンデレラ姫には迷惑なだけでしょ?』って……私は謝って仲良くできればと思っていたんですけど姉の言う通り、私が彼女に何を言ってもあの子を傷つけるだけなのでしょうか……」
肩を落とすアネモネ。グルービー警部は少しの間悩まし気に考えた後、懐に手を入れる。
「ご心配なくアネモネさん。アローラ警察は住民のトラブルも解決いたします。怪盗騒ぎが終わったらぜひご連絡を」
グルービー警部は名刺をアネモネに渡す。彼女が受け取ると、仄かにハーブの香りがした。緊張をほぐすそれにアネモネの表情が、明るくなる。
「大丈夫です。私にはリュウヤがいてくれますから……怪盗さんのことも、主人が捕まえてくれると思います」
「あれ!? いや、私らの存在意義は!?」
「警戒の手間が減るから一応呼んでくれ、と言われまして……」
正直なアネモネにガクッ!とよろけるグルービー警部。
よろよろと立ち上がり、警部が聞く。
「そういえば、彼はどこに?」
「リュウヤなら店の屋根です……怪盗さんがどんな手段で来ようと見逃さないように、とのことで」
「なるほど、彼らしい……しかしこれで警備は万全ですな!外には屈強な警備員が並び立ち!内にはベテラン警部のこのグルービーが目を光らせ!何より上には冷静沈着な若き島キング様が空からくる怪盗を見逃さない!前門のライコウ後門のエンテイよりも強固な布陣!!怪盗の手を出す隙などありません!!」
ははは、と笑いながら警部は時間が過ぎるのを待つ。時折霧吹きで喉を潤しながら。
二時四十分、五十分、五十五分……。
三時になっても、怪盗クルルクがやってくることはなかった。
ほっと胸をなでおろすアネモネと店員たち。店内にどっと安堵の息が下り、外の野次馬達からはブーイングが上がる。
「ふふん、さすがの怪盗クルルクも、この鉄壁の守りを前に諦めたようだな……」
「なら、よかったです……警部さん、ありがとうございました」
「いえいえ、これがわれらの務めですから」
アネモネが礼儀正しく頭を下げる。警部も敬礼で返した。
そのあと、警部がためらいがちに聞く。
「……ところでアネモネさん。この店、トイレはありますかな?」
「え、トイレですか……店の中にはありませんが、二階の私の住まいなら……」
ジュエリーショップでは、清潔感が重視される面もあるためトイレはついていない。警部は慌てて手を振る。
「いえいえ失礼しました。怪盗も諦めたようですし、少し席を外します。そして引き上げるとしましょう」
「よろしいのですか? 時間通りに来ないことを油断させて、いなくなった隙をついてくるかも……」
「それはあり得ません。何しろ奴は『模犯怪盗』ですから」
断言するグルービー警部。そこには絶対の確信があった。
「予告状を出しておいて時間を破るなど、テストの時間が終わってからこっそり記入欄に答えを書くようなもの。そんな真似は、あやつはしません。盗むなら、予告した時間には宝はあいつの手にあるということです」
「怪盗さんのこと、信用してらっしゃるんですね……」
「……いえ、これでも長年敵対してきましたからな。では失礼!」
よっぽど我慢していたのか慌てて店を出る警部。アネモネは小さく手を振ってそれを見送った。
ジュエリーショップから出た警部は、警備員たちに解散の命令を出した。そして店から離れコニコシティの船着き場に向かおうとする。
「予告状が届いたんじゃなかったのか!?」
「せっかく熱い中ここに来たのにー!」
「もう喉からからだよお……」
そんな人々の声を聴きながら、海のほうへ。コニコシティの光景を知る人ならご存知かもしれないが、そっちにトイレなどない。あるのは木で出来た停留所だけだ。
店内に注意が向かう人込みに逆流していく彼の様子は【上からよく見える】。
「海まで行って、立ちションでもする気か? 警部さん」
屋根の上からした青年の声に、人々がどよめいた。警部は突然かけられた声にびっくりして立ち止まる。
振り向くと、鋭い目で屋根の上から警部をはっきりととらえる島キング、リュウヤの姿が。ピジョットを隣に携え、日差しに照らされ汗の滴る彼は精悍という言葉がよく似合う。
「これはこれは島キング様……店内の声、聴いておられたのですか?」
「アネモネには携帯のスピーカーをオンにしてもらっていたからな。筒抜けだったよ」
「そうでしたか……しかし道を間違えたようですな。おっと、失礼──」
「ピジョット、『風おこし』!」
警部はまた霧吹きを喉にあてようとする。しかしそれを突風が弾き飛ばし、霧吹きが雑踏に紛れ手の届かないところへ。
「『模犯怪盗』に倣って一つお前の間違いを訂正してやる」
「ほお……」
「お前は俺が上を見張っているのは空からくる怪盗を見逃さないためだと言ったな。だが俺の狙いは逆だ。どこからきてどんな手段を使おうが、怪盗は宝を盗んだ後そこから脱出しなければいけない。三十分もあそこにいれば注意の緩んだ隙に木箱から宝を取り出すなどお前なら造作もないよな? グルービー警部……いや、怪盗クルルク!!」
リュウヤは竹刀で警部を差す。グルービー警部の顔をした彼は、ふっと笑みを浮かべた。
頭にまだ残っている髪をぎゅっと掴み引っ張る。べりべりと顔ごとマスクがはがれ、警部の服が上に舞った。
「さすがだね。僕の変装を見破ってくるとはさ!怪盗クルルク参上、『黄金の竹の鉄扇』は確かに頂いているよ!!」
ギャラリーが、大きくどよめいた。宙へ舞った服に一瞬気を取られた隙に現れたのは赤いジャケットに黒のデニムパンツ。黄金の扇を開いて見せつける怪盗クルルクと、その横に守るように立つソリストポケモン、アシレーヌだった。アシレーヌのバルーンには歌声を変える力がある。それを霧吹きに中に入れて、定期的に喉にあてることで声を変えたのだ。既にその声は、中年の警部のものから若い少年のものに戻っている。
リュウヤはピジョットの足をつかんで降下し、地面に降り立つ。ギャラリーが突風に慌てて離れ、怪盗と島キングがコニコシティの道路に向かい合った。
「決闘だ怪盗クルルク。三対三のポケモンバトルでお前が勝てば、宝は好きにしてくれて構わない。だが負けたら、宝を返して、ついでに本物の警部の居場所を教えてもらう」
「ああ、警部なら近くのトイレでちょっと居眠りしてもらってるよ。ほっといてもあと三十分もしないうちに目が覚めるんじゃないかな? もちろん決闘には乗るよ!挑まれたポケモンバトルは拒まない。それが僕、『模犯怪盗』だからね!」
「相変わらず話が早いな……なら行くぞ。先鋒は頼むピジョット!」
「かかってきなよ、島キング!まずは君に任せたよ、ヴァネッサ!」
ヴァネッサとニックネームをつけたアシレーヌの泡を、ピジョットが吹き散らしにかかる。アローラの日差しの下で、宝を賭けた戦いが今日も始まる。
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