戦闘携帯への模犯怪盗
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STAGE2-3:戦闘携帯への模犯怪盗
このアローラに伝わる通常のポケモンバトルとは異なるもう一つの決闘法、【戦闘携帯】。一匹のポケモンの力を携えトレーナーどうしが直接ぶつかり合うそれは、ポケモンバトルそのものが限られた人間だけが行うものになった今ではなかなか行われることはない。
ラランテス特製の鋭い木の葉を仕込んだトランプがリュウヤの視界を狭めるように二枚投げつけられ、それを右手に持つカミツルギそのもので過たず切り裂きながら余力でクルルクの体を狙うが、剣の間合いに入らないようにクルルクも距離を取りながらトランプを手札に補充する。
「すげえ……トレーナーどうしで直接斬り合ってる……」
「私、こんなの初めて見た!」
「決闘のルールとして聞いたことはあったが、まさか生きている間に目にするとは思わなんだ……」
島キングのリュウヤ自身、前に行ったのは島キングに即位するための最終試練の時だ。その時は一般の目には触れないところで行ったため、一般の島民は存在すら知らないものも多い。
今度は三枚のトランプが飛んでくる。リュウヤは一つ一つ受け止めず、大振りの一閃による風圧だけで薙ぎ払った。
クルルクは投げつけた分を手首に仕込んだ山札から補充し、また五枚のトランプが握られる。
「何度トランプをちまちま投げようと、俺の体には届かない。それとも、その程度の数しか一度に投げられないのか」
「たくさん投げる必要がないからね。これで役はそろった!僕の手にはスリーカード……『リーフブレード』!!」
手札にそろった三枚のジャックを見せつけると、絵札に描かれた三つの長剣が具現化してリュウヤに飛んでいく。さすがにカミツルギ一本では捌けない攻撃を、大きく横に飛んで躱すリュウヤ。体勢が崩れたところに補充したトランプを四枚投げつけ、カミツルギを振り払うが一枚のトランプがリュウヤの肩を切り裂く。痛みに顔をしかめるリュウヤ。
「スインドルのトランプには魔法がかけてあってね。手札にそろったポーカーの役が強ければ強いほど、威力の高い攻撃ができるってわけさ」
「投げるトランプをカードチェンジに見立てた細工か。面倒な技だな……」
「だろう? 自慢の神剣でも簡単には防げないはずさ。さあ、さらにワンペアの『葉っぱカッター』!」
ハートとダイヤの4を公開し、投げつけるクルルク。それはただのトランプではなく分裂して八枚の刃となってリュウヤを襲う。
「いいや、そういうことじゃない」
「え?」
「わざわざ手札に役を揃えなければ技を発動できないまわりくどさを言っているんだ。『リーフブレード』!!」
リュウヤの手にしたカミツルギが輝き、金色の熨斗が曲線を描いて伸びた。すべての木の葉を細切れにし、さらに。
「『スマートホーン』!」
「うわっ!!」
紙の体をより細く鋭く変えた突きを繰り出す。クルルクはとっさに身を低くして躱すが、被るシルクハットを貫通し穴を開けた。クルルク側と同じ技を使ったリュウヤはカミツルギをもとに戻して構えなおす。
「怪盗としての見栄え意識からか知らないが、命がけの【戦闘携帯】で悪ふざけが過ぎたな、怪盗クルルク。お前がカードゲームごっこをしている間に、こちらはいつでも好きな技を使える。それで勝てると本気で思ったのか」
クルルクは穴を開けられたシルクハットを握りしめる。その肩は震えていた。
「お前の移動に使うシルクハットは潰した。どのみちここから逃げることはできない。諦めてお縄につくんだな」
レイピアのようになった紙の神の剣をクルルクに突きつける。クルルクは涙を零し、絞り出すように言った。
「ああ……!これ高くて作ってもらうのお金かかるのにー……!」
「……」
人の話聞けよ!!という突っ込みが野次馬達から入るが、リュウヤは特に驚くこともなく平然と受け入れている。クルルクはため息をついて穴あきのシルクハットを被りなおす。
「リュウヤ、君の間違いを訂正するよ。僕もスインドルも悪ふざけなんかしてない。本気のギャンブルを仕掛けてるんだ」
「ポケモンと人の真剣勝負でギャンブルなどする意味がない……不要なギャンブルに手を出したお前の未来は破滅だ」
「まだまだ、勝負の行方は分からないよ」
「ならばそのギャンブルごと終わらせてやる、『リーフブレード』!」
金の熨斗が曲線を描いて伸び、クルルクの胴を狙う。身をひねって躱そうとするが、さらにクルルクの体の前で熨斗が曲がり──トランプを持つ方の手首を貫いた。
「ぐっ……!!」
「引き寄せろ神剣!そしてこのひと振りで終わりだ、怪盗!」
手首を貫いたまま、熨斗の長さを戻すカミツルギ。するとクルルクの体がリュウヤの方に引っ張られていき、飛び込んでくるクルルクを切り伏せようとする。
クルルクは苦悶の表情を浮かべながら、右手に握ったカードを放った。
「手札にあるのはすべてハート……フラッシュの『光合成』!!」
「くっ……」
リュウヤの視界が眩み、振った一撃は脇腹を掠めるに終わる。そしてクルルクはバックステップで距離を取り、『光合成』の力で傷を癒した。
「たまたま回復の役がそろっていたのか……姑息な真似を」
「姑息でもなんでも、首の皮一枚、骨一本繋がってれば続けられるからね。それがスインドルから教わった、勝負師の心得だよ」
クルルクはちらりと後ろに控えるラランテスを見る。扇を広げ、細めた目の彼女は今の主のピンチに全く動じていない。
回復したとはいえ、一度手首を貫かれたクルルクの表情にはすでに笑みが戻っている。
「……大したポーカーフェイスだ」
「どんな展開にも驚かない君ほどじゃないさ。僕にトランプをやめさせたかったら手ごと斬り落とすべきだったね、リュウヤ」
「……なら、次はそうしよう。元に戻らなくなっても恨むなよ」
リュウヤが剣を構える。その時、クルルクがシルクハットを大きく天に放り投げた。全員の目線がシルクハットに向き、落ちてくるそれをキャッチして一礼するクルルクにみんなが注目する。
「残念だけど、次はないんだよ。このドローで終わりにするからね」
「……できるものならやってみればいい」
「もちろん、このチェンジに全てを賭けるよ!お集りのみなさん、もし奇跡の役を引き込めましたら拍手御喝采のほどを!!」
フラッシュで五枚のカードを手放したクルルクの手札はない。ポーカーとは手札をチェンジして役を揃えるものだ。五枚全てをチェンジした後で強い役がそろうことなど、限りなく可能性は薄い。だがクルルクは自信に満ちた表情で、カードの束に傷の塞がった右手を据える。リュウヤも突きの構えを取った。
「これで僕が勝ったら、驚いてくれるかな?島キング」
「何も驚く理由がない。怪盗がトランプで戦う。派手なはったりをかます。最後の最後で奇跡を起こす。珍しくもなければ意外でもない。よくある話だ。だが俺はその奇跡を上回って勝つ」
アローラの陽ざしをものともしない絶対零度の揺るぎない無表情。どうせ奇跡など起こらない、とタカをくくりはしない。確率がどれだけ低かろうと目の前の怪盗はそれを起こすと確信している眼。
「つれないなあ……さて、君の異世界の剣が勝つか。僕の勝負師の魂が勝つか……これが決着の、ディステニードロー!!」
五枚のトランプを一気に引く。同時にリュウヤが動いた。
クルルクの手札にそろったダイヤの10、ジャック、クイーン、キング、エース。ロイヤルストレートフラッシュのカードたちが強烈な光を放ち、クルルクの両手が太陽に掲げられその手に光の大剣が握られる。
リュウヤのカミツルギが強い金色に染まり、神話の聖剣のような鋭さを持って突き出される。技をして放たれる名前は、奇しくも同じだった。
「「『ブルームシャインエクストラ』!!」」
クルルクの大上段からの振り下ろしと、リュウヤの突き。二つの太陽がぶつかり合ったような激しい閃光が巻き起こり、すべての人間の視界を眩ませた。
同じ草タイプのZ技なら、威力の高いほうが勝つのは必然。そしてウルトラビーストに名を連ねるカミツルギとあくまで一般的なアローラのポケモンであるラランテスでは前者の方が明確に攻撃力は上。
閃光が消え、視界が戻った時には、当然決着がついていた──
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