探し求めてエデンの檻
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3-2話
前書き
見知らぬ土地は人を殺す。
旅慣れた人ならば、女でも見知らぬ土地でも生きられる。
だが何も知識も心得もない仙石アキラはきっと運がよかっただろう。
「ブハァ!! ハァ…うんめぇーーー!」
冷たい水が喉越しを通る。
顔ごと水面に突っ込んで水を飲み干すのは極上の清涼だった。
走り回ってクタクタになり、喉の乾きを訴える体が甦る。
「ス~……ハー」
呼吸するのも忘れてガブ飲みし終えたオレは、水場の真ん中で天を仰ぎながら深呼吸した。
ついでに髪が吸った汗も流れて、スッキリと爽やかになって一新した気分である。
落ち着いた所で、ようやくオレは周りを見る程度の思考と余裕が戻ってきた。
滝壺が喧しく水音を立てる水場。
散々走り回ったと思っていたけど、これほど嫌でも耳に入る水音を立てている滝壺をオレは見つけられなかった。
ビーバー?と思われる生き物の後をついていってここに行き着いていなければ、今頃密林の中で動けなくなっていただろう。
わずかな数時間とはいえ、肉体的にも精神的にもそれほど疲弊していた。
ここを見つけた瞬間に、靴下ごと靴を脱ぎ捨て一心不乱に水場に飛び込んだほどだ。
それが今、やっと一息ついた所だ。
あのビーバー?らしき生き物には感謝だ。
なんか他にも動物――子犬サイズの馬みたいのや、リスっぽいのがいる――が一緒に飲みに来ている様子から、ここはこいつらの水飲み場になっているらしい。
オレは運がいいよ。
「は~…ここ、マジに無人島なんかな…」
水場からあがり、濡れた足で靴に足を入れた所で早速途方に暮れる。
宛もなく走り回ったとはいえ、かなりの時間を費やして人を探したのにその成果は全くと言っていいほどなかった。
だがここに来るまで握り締めていたキャップ帽がという、人の痕跡がこの手の中にある。
しかし、この持ち主であると思われるあの不思議な女性の姿を見つける事すらなかった。
そこでいよいよと不安になる。
「まいったぞ…どーすりゃ…」
最終的にはサバイバル生活をしなければいけないのか、と将来の事を考えていた時より暗い未来に絶望しそうになる。
何とかの冒険みたく無人島で生活する物語を思い出した。
しかしその物語の内容など全く覚えていないし、道具の類など何一つ持っていない、から………?
「そーだ! ケータイ!」
そこでオレは閃いたように思い出した。
今の今まで忘れていた胸ポケットに締まってあった携帯電話の存在を失念していた。
上着のポケットから取り出してこれ幸い、と水場に飛び込んでいながらも濡れてはいなかった。
二つ折りのケータイを開いて、電子が照らすディスプレイに食い入るように見る。
「………」
だが画面隅で、電話状況を示すためのアンテナマークは三本どころか一本も立っておらず、その横には―――。
「圏外…」
という文字が無慈悲にも映し出されていた。
「ハッ……」
その二文字を見て、オレは乾いた笑いが漏れて呆けた。
それはそうだ…この携帯は海外にまで対応したものではないし、そもそもこの島にアンテナとかあるわけもない。
そんな事すら思い至らない自分が本当にバカに思えた。
「やっぱダメか…ハハ……バカみてぇ…オレ…」
天国から地獄に突き落とされた気分で、かなり落ち込んだ。
水分補給で回復したはずの気力も萎えて、近くにあった岩を背に預けた。
思い出したように疲れた足も膝から力が抜け、ズルズルと岩肌に背中を擦らせながら腰を沈ませる。
「本当ならとっくに家でメシでも食ってる時間だよな…おふくろのヤツ、心配してるだろうな…」
おせっかいながらもバカやっているオレをいつも見守るように気にかけてくれる母親の事だ…ヘタしたら泣かしてるかもしれない。
いや…もしかしたらそれ以上かもしれない…それほどまでに、どれだけ心配させているか想像もつかない。
こんな事になるなんて夢にも思わなかった…。
孤独が心をどこまでも苛《さいな》む。
人がいないという事実がオレを孤独にさせ、心の中で自分以外の知り合いを連想し続ける。
考える…不安から逃げるように他者を心に思い浮かべる事で、不安に疑問が色付き始めた。
なぜオレ一人だけ取り残されたのか…もしかして、自分一人だけ助かったのでは…?という考えに変化してきた。
「(そんなはず、ない!)」
かぶりを振る。
友達やクラスメート、そして幼馴染《りおん》の事が気掛かりになって落ち着かない気持ちが胸に落ちてくる。
自分以外の人の痕跡であるキャップ帽を握り締めた。
不安と孤独で心がバラバラになってしまわないように―――。
「………!」
咄嗟に全神経を集中させた。
感覚が拾ったわずかな情報に、身体に喝が入る。
「今…何か聞こえ……」
葉鳴りに混じっていたけど、五感の内の感覚が反応したのは“聴覚”。
それはすなわち…。
オーーーーイ……―――。
「人の声だ!」
間違いない。 幻聴ではない。
かなり遠くからだけど、オーイ…って人を呼ぶ声を放っている。
それを聞いてオレは、会心の思いが口から溢れ出た。
「ッシャアアァァッ!!!」
弾けるように動き出す。
「おーい!!」
こちらからも呼びかけながら、声のするの方向に走る。
オーーーーイ……―――。
「おーーい!!」
返す声に何度も呼び返す。
聞いた事のない声だった。
エイケンでもない。 コーちゃんでもない。 りおんでもない。
大人なのか子供なのか、男なのか女なのかも判別が付かない声。
いや!この際なんだっていい!
誰でもいい、とにかく人はいたんだ! オレ以外にも助かったヤツがいたんだ!!
声のする方に足を急がせる、ただそれだけを考えて走る。
間もない内に、抜け出せなかったはずの森から外へとオレは飛び出した。
「―――………!?」
光の下に広がる開けた空間。
そこで見たモノに、オレは凍りついた。
「は……はぁ…!? な、なんだ………これ…?」
オーーイ…オーーーーイ―――。
打つように声を鳴らす存在は目の前にいた。
たしかに、ソレは人を呼ぶ声を叫ぶ―――だが…それは決して“人間”ではなかった。
「―――と、鳥……!?」
それは鳥のような姿だった。
羽毛を蓄えた翼、人間と違い逆の方向に曲がる足関節、爪のように硬そうな嘴《くちばし》。
頭にあるイメージとは違いながらも、全体の特徴からソレが何となく鳥だと思わせる。
だが、その見た目は鳥でありながらも異常そのものだった。
鳥であって、それは鳥ではない。
「デ、デケェ……本物かよ、これ…? チョコボみてぇだな、こいつ……」
オレの二倍ほども身長…二メートル、いや…二メートル半は超えそうなソレを見上げてそんな事を口走った。
その姿は某ロールプレイングゲームに出てくる架空の生物を連想させた。
鶏よりも退化した翼らしき部位、荒野も草原も駆け抜けるような逞しい脚、鷲鼻《ワシばな》に似た幅広の大きな嘴《くちばし》。
共通点は多く垣間見えるが、その目に浮かぶ凶暴性と見上げるような体躯《たいく》からは異常性が窺えた。
オーーィ―――!
鳴き声か人の声が聴き違えてしまえそうなソレは、目の前の鳥らしき生き物から発せられていた。
オレを呼んだ……いや、誘ったのは人間ではなく、コイツだったって事だ。
現実離れしていた。
ぬか喜びを感じるよりも、ただ目の前の存在に圧倒された。
オレはこの時、正気ではなかったのだろう。
「え、えーと……写メ、写メ……」
心が揺れる事も危機感を覚える事も忘れ、間抜けにも携帯電話を取り出して…その未知の生物を画像に収めようとしたのだ。
カメラモードにしてディスプレイ越しに怪鳥《チョコボ》を覗き見た。
カッカカカカカ―――!!!
ディスプレイの中の怪鳥《チョコボ》は、怪音を鳴らしながら片足を持ち上げた。
それを後ろへとバックスイングさせると、一瞬にしてブレて消える。
「え?」
カメラのコマ送りで見失う片足の影。
ディスプレイの外で、ナニカが急速に迫ってくる。
顔に向かってくるソレに「ぶつかる」という原始的な危機感を覚え、オレは目を瞑って体が強ばった。
―――キンッ!
強烈な威力が手元を通り過ぎていき、チュンッ…とシャッター音と一緒に携帯電話が粉砕されたのは同時だった。
切り裂くような風切り音を立て、プラスチック素材が飴細工のようにバラバラになって四散《しさん》した。
狙いが逸れた?
外れた?
運が良かった?
どちらにしても、あのまま真っ直ぐ顔に向かっていたら…と、嫌な想像に冷や汗が流れる。
そうなれば間違いなく、携帯電話の代わりにオレは絶命していただろう。
―――ゲエェェアァ!!!
怪鳥《チョコボ》は片足をバタつかせて暴れ始める。
まるで痛がっているような仕草だが、こんな至近距離でそれをされたら巻き込まれそうな暴れっぷりで、危なくて仕方なかった。
「な……ぁ……う、わ、わああぁ……!」
理解が追いつくと、心臓が跳ねるように激しくなったきた。
トラックが猛スピードで目の前に通り過ぎた以上のような恐怖を、今更になって実感する。
とてつもなく恐ろしい存在だと思い知らされたその怪鳥《チョコボ》から少しでも離れようとする…が、足腰が砕けたのか思うように立ち上がらず、もがくようにみっともなく四つん這いに這って逃げようとした。
「せ…ん……仙…石……」
ふと、こんな状況の中で誰かに名前を呼ばれた。
振り向けば…そこには人がいた。
それも…オレの知る顔だった。
「ま…真理谷《まりや》!?」
怪鳥《チョコボ》に目を奪われて気付かなかったが、草むらの上で同級生が横倒れになっていた。
オレよりもチビで、メガネの向こうの目付きが冷たくて、マリヤなどという男の名前っぽくない奴だが、今はそれすら懐かしい。
「手を…貸せ……足を、やられた…」
見れば、真理谷は足を抱えていた。
いつも肌身離さず持っているノートパソコンを投げ出している辺りそれだけ痛むのだろうか、顔には苦悶《くもん》が浮かんでいた。
「お前も無事だったのか…!」
「シッ…! もう一人、いる……」
「もう一人?」
「きゃあああ~~~!!」
切羽詰っていながら、どこか間延びした悲鳴を聞こえた。
悲鳴は怪鳥《チョコボ》の方からしていて、オレは真理谷に肩を貸しながらそっちに振り返った。
すると、そこには…木の枝などで寄り合わせた巣らしき所に、怪鳥《チョコボ》に振り回されている女性がいた。
嘴《くちばし》に咥えられ、まるで体力や気力を奪うように振り回す。
女性は髪と悲鳴を振りまきながら、怪鳥《チョコボ》にいいようにされている。
あの制服、見覚えがあった。
旅客機の…乗組員のCA《キャビンアテンダント》か?
「逃げるんだ、今のうちに…」
肩を貸してやってる真理谷がそんな事を言い出した。
「急げ、あの女が襲われている今なら…」
確かに…怪鳥《チョコボ》は一羽だ。
それがあのCAに気を取られている今なら逃げ出せるだろう………だけど。
「ああ! ああぁあーーー!!」
そうなったどうなる?
CAは必死に悲鳴を上げて、怪鳥に襲われて命の危険に晒されているのに……。
なのに、オレはどうする?
「どうした…仙石!? 逃げるぞ…!」
に、逃げる…?
それってつまり……あの女の人を“見捨てる”という事か?
そうなったらどうなる? あの怪物のような鳥の傍に置き去りにしたらどうなるってんだ!?
喰われる……のか、そうでなくても……殺される…!
何かが―――オレを突き動かした。
「!?」
真理谷に手を貸すのをやめ、怪鳥《チョコボ》とCAの方に向かって踵《きびす》を返した。
片足が利かず、草の上に倒れた真理谷が地面に沈む。
「せ、仙石…!? お前、何を考えて……ま、まさか」
頭のイイ真理谷だ、すぐにオレの考えている事に察しが付いた。
「ぼ、僕は嫌だぞ! あんな女放って僕らだけでも……!!」
ああ、そうだろう…命は惜しいだろうさ、オレだって死にたくない。
怖くて体が震えているのがわかる……だけど恐怖を押し殺してでも、オレはそれが嫌で嫌で仕方なかった。
「うっせぇよ……だ、黙ってろ……!」
無謀にもオレは駆け出した。
背を向けているとは言え、あの猛獣のような怪鳥《チョコボ》に向かって走り出した。
「せ、仙石ーーー!!!」
震えながらも足は動いていた。
今までここまで必死に…そして速く走った事はない。
それでも…あの怪鳥《チョコボ》からCAを助けられるか?
間に合え―――!!
クアッ―――!?
気付いた! ヤベッ…!!
怪鳥《チョコボ》はオレの気配にすぐ気付いた。
巣に置かれているCAからオレへと意識を移し、あの猛禽類《もうきんるい》のような獰猛な目を向けた。
気付けば当然攻撃される。
その事に理性《あたま》より本能《からだ》が先に危機感を感じた。
今更走るのは止められない。
止まったヤラれる…そう直感したオレは、目を瞑って野球のヘッドスライディングのように飛び込んだ。
カアアアァァァッ―――!!
頭上でハンマーをフルスイングしたような風が通り過ぎていって、オレは草むらの上を滑った。
「ぐうぅぅう………だああぁあ!」
巣に突っ込んで、我武者羅《がむしゃら》にCAを抱き留めた。
心臓が激しく動悸《どうき》して、息も物凄く荒れてる…無我夢中《むがむちゅう》ながらもすんげぇ怖かったし、今のはかなりヤバかった。
草と木の枝が舞い散る中、オレはCAを呼びかけた。
「おい、大丈夫か!?」
「うっ…うっ、うあぁあ~……」
よほど怖い思いをしたのか、一回りも年下なオレの前で泣き出し始めた。
いきなり大人の女性が目の前で泣かれるとかなり困る所だが……忘れてはいけない。
振り返れば―――嘴《くちばし》が迫ってきた。
「いっ!!?」
ゴオォォン―――!
轟音を立てて、傍にあった木が揺れた。
頭を沈めて咄嗟に避けていたから間一髪だったが……代わりに犠牲となった木の…表面が割れて嘴《くちばし》が食い込んでいた。
圧倒的な破壊力を見せつけた怪鳥《チョコボ》はギョロリ、と細い瞳孔をこちらに向けてきた。
その剥き出しの敵意が…殺意が……怖くて堪らない……!
「お、おい逃げんぞ! 立て!!」
もはや泣き喚かせる余裕なんかありはしない。
涙目で顔をクシャクシャにさせたCAを強引に立たせて、今すぐにでもここから逃げなければならなかった。
「ムッ…ムリ……た、立てな、ぃ……」
「(オイオイ、勘弁してくれよっ…!)あーっ、くそっ…!!」
もはや、しのごの言ってられなかった。
完全にお荷物状態なCAの体を肩に担いで逃げる事にした。
「あぁっ!」
バレー部所属だから一応体力がある方だが、女性一人を抱えるというのにはかなりの負担だった。
しかし、もはや投げ出す事は出来なかった。
そうなればもう死に物狂いで走る以外に選択肢はない。
「はぁ、はぁ…はっ…!!」
木の表面に嘴《くちばし》が食い込んでいた怪鳥《チョコボ》は、抜くのに手間取っているのかわずかに時間が出来ていた。
逃げる足先は真理谷の方。
するとそこには、片足を引き摺って何とか走ろうとする真理谷がいた。
「バカめ…死んだな仙石………って!? せ、仙石!? こっちに来るんじゃない!!」
「うっせぇーーー! なんだよ、走れんじゃねーかテメェー!!」
「ま、巻き添えにするなー!!」
今更そんな事言っても遅い。
今は方向を変えるより足を揃えてでも、一秒でも前へと走るため一緒になって死に物狂いになって走る。
コアァアァァァア―――!!
咆哮《ほうこう》のような怪音。
「あ…あぁ…う、後ろ……ッ!」
肩に担がれたCAの竦んだ声と恐ろしい鳴き声に誘われて後ろを振り返る。
だがそれよりも前に、オレと真理谷の間に大きな影が割り込んできた。
あっと言う間の一瞬。
わずか数秒でも距離は開いたはずだったのに…死に物狂いで走って突き放したのに、怪鳥《チョコボ》に追い付かれて真横に並んだ。
「(は、疾ぇっ……!)」
真理谷の姿が見えなくなり、視界を遮るように巨体を接近させてきた怪鳥は…ギョロリ、とその双眸がはっきりとオレを捉えた。
―――ゾクッ!
怪鳥《チョコボ》の片目と視線が合う。
その瞳の鋭さに怖気が走り、恐ろしさが増幅した。
その直感は正しく、オレ達に追いついた怪鳥は猛然と嘴《くちばし》を振り上げた。
―――キンッ!
コカアァァ―――!?
「うわぁ!!」
「ぐあっ!!」
「ぎゃん!?」
強烈な衝撃を受けた。
怪鳥は体を大きく揺さぶって、まるで闘牛のようにオレ達にぶつかってきた。
人を三人分合わせたよりも体重も体躯も勝るその巨大な体から繰り出される暴力的な手段は、紙屑のようにオレ達を吹っ飛ばした。
「あ……ぐっ……」
「うぅ……」
このままじゃヤバイ。
三人揃って大きな怪我はしなかったものの、衝撃を受けた体はダメージを受けた。
振り上げた嘴は来なかった…だがそれでも、走る力を奪うには十分な威力。 体がズキンズキンと痛む。
もはや逃げる事すらできないほどどうしようもない状況に叩き落とされた。
今すぐにも泣き叫びそうになるほど恐怖で押しつぶされそうになる。
それでも……死にたくなかった。
視線を流せば…森の入口辺りで、岩肌を晒す崖に亀裂らしきものがあった。
木の根が作った僅かな穴なのか、それとも岩が重なり合って出来た隙間《スペース》なのかわからない。
あれが…今この場でオレ達に残された唯一助かる道だった。
「あ、あそこに逃げ込め!」
草を掴み、這ってでもこの危機から逃れたくて、必死にもがいた。
真理谷もCAも、ダメージを受けた体で何とか動こうとした。
「は、早く…早くッ…!!」
だが―――捕食者《ハンター》はそれを見逃すほど甘くはない。
オレ達のちっぽけな足掻きの芽すら摘み取る…冷酷にして、非常な天敵は狙った獲物は逃がさない、とばかりにオレの前に立ちふさがった。
その巨大な影でオレを覆い尽くし、二つの脚で仁王立ちしていた。
「あ…あ……ぁ…」
手足が動かなくなった。
真理谷の選択肢が正しかったのだろう…。
オレの取った行動は間違えていたのかも知れないけど…それを後悔する事もできない。
それほどまでに―――オレは絶望した。
―――ここまでのようね。
どこかで、誰かの声を聞いた―――。
女性の声だったような気がしながら……怪鳥《チョコボ》は嘴《くちばし》を振り上げる。
―――キンッ!!
ッ―――カアアァァ!!
突然、怪鳥《チョコボ》の体が跳ねるように片足を暴れさせた。
まただ…同じような動きを、この怪鳥《チョコボ》は痛がっているような仕草をさせた。
不意に、這い蹲っていたオレの傍にピンポン玉くらいの大きさの石ころが落ちた。
まさか………まさか、とオレは想像を膨らませた。
この石で……この怪鳥《チョコボ》にぶつけたのか?と、そんな仮定が浮かんできた。
まさか、と再びと自問する。
―――キンッ!!
カカァアア―――!!
「(…!! 間違い、ない!)」
一瞬だった。
一瞬だったが……怪鳥《チョコボ》の後頭部に、鋭く飛来して何かがぶつかった。
弾丸のように飛んだソレは、怪鳥《チョコボ》に苦悶の声らしき怪音を上げさせ、そして地面に落ちた。
それはやはり…ピンポン玉サイズくらいの石つぶてだった。
クアァアッ―――!!
これに怪鳥《チョコボ》は怒りを露にし、オレ達から意識を逸らして背後――森の方向――へと振り返った。
ドスン、ドスン…と不器用な動きで反転する怪鳥《チョコボ》。
だが……その鈍重な動きに、今度は必殺の一撃が飛んだ。
ァオォォン―――!
亜音が鳴った。
笛を鳴らしたかのような風切り音が森の中から飛来し、太陽に照らされて銀光が閃いたのを見た。
ブジュ―――。
肉を切るような、あるいは潰すような不快な音。
亜音は怪鳥《チョコボ》を過ぎ去って、耳朶《じだ》を鈍く響かせる。
次の瞬間…怪鳥《チョコボ》の片目に鮮血《ち》が飛び散った。
「なっ…!?」
「ひっ…!」
■■■■ァァァッッ―――!!!
怪鳥《チョコボ》は絶叫のような恐ろしい声を上げた。
その片目には綺麗な一筋の赤い線がはしっており、それが斬り傷なのだと判った。
オレ達の目の前で…こいつは片目を容赦なく奪われた。
“手”というモノがない怪鳥《チョコボ》は傷ついた目をどうする事も出来ず、首を左右に振り回して…逃げるようにその場から立ち去っていった。
土煙を上げ、草原を荒々しく駆けていくその後ろ姿を、オレ達は呆然と見ているしかなかった。
怪物を遠くなっていて、全身の力が抜けていくような感が満ちた。
「は…っ、は……ははっ……はぁ…!」
肺の中の空気を絞り出す空笑いが出てきた。
鳴り止まない胸の動悸で、自分がどれだけ極度の緊張感を強いられたのかがわかる。
ただ、これだけはわかる。
助かった…という実感。
息を吸う事すらこの上なくありがたく思えるほど…絶望から逃れた喜びが大きかった。
それは真理谷もCAも同じだった。
「た…助かった……」
ホ~…っと揃って安堵する。
「―――ずいぶんとボロボロね」
不意に、声をかけられた。
危機を脱したばかりのオレの心臓がドキリ、と跳ねた。
飄々とした口調を投げかけられて、オレ達は怪鳥《チョコボ》が去っていった逆の方向――そこは森の入口――に振り返る。
そしてそこに立っていたのは…。
「ハロハロ~」
蒼い髪と青い眼をさせた不思議な女性《にんげん》だった―――。
後書き
■ハロハロ~
ゲーム「EVE ZERO」における主人公キャラ「まりな」の口癖だったが、それの影響を受けて筆者((自分))が使い続けていたらそのまま天信睦月の口癖となって定着した。
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