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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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第五次イゼルローン要塞攻防戦3

 戦艦レオポルドβの艦橋では、受けた後退の命令を配下の艦隊に流していた。
 予定通りの行動であったといえ、予定時間よりも大幅に早い時間だ。
 敵の強い圧力に早期の後退を進言していたが、つい先ほど耐えるようにと断れたところ。しかし、その直後に予告もなく、即座の撤退命令が下った。
 準備をしていなかった艦橋は大慌てで、周囲に命令を下すことになる。

 レオポルドβの艦長トーマス・フォン・シラー大佐は怒声に近い声を張り上げていた。
 本来であったならば、定められた時間に同時に後退するはずが、突如として即座に後退しろとの命令が来た。残り少ない時間までに各艦隊に情報を伝達して、同時に後退をする。
 その間にも敵からは圧力が弱まることはない。
 レーザー光をはじく防御壁、砲術士官は艦隊の補助砲を使い、ミサイルを破壊し、機関を担当する者は予定時刻に向けて、動力機関を動かしていく。
 全員が険しく端末を操作し、わずかな余裕というのもない。
 そんな中で、ヘッドセットを抑えながら、通信士官が振り返った。

「駆逐艦エルムラントⅡより報告があがってきています」
「なんだ。この忙しい時に。誰だ、いったい!」
「ラインハルト・ミューゼル少佐です」
「あの金髪の小僧か」
 忙しい時に上がって来た通信に、シラーは不機嫌さを隠そうとはしなかった。
「それでなんと?」

「それが……」
 言いにくそうに口ごもる通信士官に、シラーは怒声をあげる。
「時間がないと知っているだろう、さっさと言え」
「はっ。敵の動きに異変を察知した。敵艦隊は後退と同時に追撃をかけ、接近戦をかける可能性がありと」
「馬鹿なことを」
 シラーは一笑する。
「敵が特攻でもかけるというのか。やはり金髪の小僧は金髪の小僧ということだな」

 馬鹿にしたようにシラーは肩をすくめる。
 だが、不安げに顔を持ち上げたのは通信士官だった。
「しかし……」
「問題はない。こちらの動きに合わせるためには、全艦隊でタイミングを揃えなければならない。思いついて、一朝一夕でできることでもない」
「相手がその作戦を立てていたら」
「問題はないと私は言っているのだ、何かあるか」
 声を出した副官を、シラーは睨みつけた。

 腰抜けばかりの平民どもがと、シラーは毒づいた。
 そもそもその作戦をあげてきたのが、まだ十六になる金髪の小僧であることを理解していない。姉のスカートの下に隠れる小僧が、手柄欲しさに適当なことを言ってきているだけなのだ。
「上には」
「何度も言わせるな。上に報告する必要を認めない、さっさと後退の準備に取り掛かれ」
「はっ」

 艦橋が慌ただしくなり、情報が飛び交う。
 副官はまだ言いたげであったが、シラーの命令を受けて、任務に戻ったようだった。
 時間を無駄にしたと、シラーは不愉快そうに自席へと腰を下ろす。
 敵の攻撃はさらに強くなっている。
 予定の時間まで粘っていたら、もしかすれば大きな被害を受けていたかもしれない。そう考えれば、急なこととはいえ後退の命令を早めたのは良かったかもしれない。

 防御壁に次々に打ち砕かれる、敵のレーザーを示す緑を見ながら呟いた。
 打ち返すこちらの青いレーザーも伸びるが、いかんせん数が少ない。
「反乱軍が、好き勝手にやるものだ」
 だが。すぐにそれは逆転するだろう。
 敵を射程に引き込み、イゼルローン要塞からの一撃を加える。
 崩壊する敵に対して、一気に攻勢をかける。

 その時には、敵兵など一隻残らず皆殺しにしてやる。
 シラーの顔に嗜虐的な笑みが広がっていく。
「命令はまだか」
「は。ただいま各艦隊と調整中とのこと」
「命令が出たら、すぐに後退する。それまで敵に好きにさせておけ――駆逐艦や巡航艦を前にだして、防げ」
 本来ならば敵を防ぐためには、盾となるべき大型艦を前にするべきだ。つまるところ平民の多くを壁とする命令であった。

 だが、副官は反発することもできず、命令を下した。
 破壊の色が大きくなる。
 前線に出され、炎をあげて、塵と消えていく。
 だが、シラーにとっては被害よりも、戦艦に向かうレーザーの数が少なくなったことを満足げに頷いた。平民がいくら死んだところで、シラーが不愉快になるわけではない。破壊される艦の様子を絶望的な視線をもって見る平民の兵たちの姿が目に入るわけがない。

「艦隊司令から入電。後退を開始する」
「よし。全速で後退しろ!」
 通信士官が命令文を読み上げると同時、シラーは立ち上がり、叫ぶ。
 即座に防御壁に使用していたエネルギーが切り替わり、動力機関へ変換される。
 必然的に防御壁は弱くなり、敵の攻撃がやすやすと防御壁を貫き、艦を破壊する。

 だが、それは最前列に置かれていた駆逐艦や巡航艦が真っ先に標的となり、戦艦レオポルドβには到達しなかった。
 機関が強く動き出し、唸りに近い振動が環境に広がった。
 微かな運動力が艦橋を揺らして、敵艦隊との距離が動き出す。
 同時、周囲の艦隊も後退を開始する。
 多少の被害はあったが、大きな被害はない。

 上手くいったと、シラーは笑みを浮かべた。
「敵艦隊との距離――広がりません」
「なに!」
 何を馬鹿なことと、報告した索敵士官へと強い視線を送る。
「敵艦隊接近――!」
 叫ぶように索敵士官が、悲鳴のような声をあげる。
「そんなことがあるわけがない。しっかりと見ろ!」
「見ています、敵艦隊との距離、接近――あ」

 絶望的な声をあげて、索敵士官は手元の端末から正面を見上げた。
 呆然と、誰もが前を見ている。
 そこには――こちらの後退と同時に加速して突っ込んでくる艦隊がある。
 第五艦隊分艦隊旗艦ゴールドラッシュ。
 同盟軍の最精鋭を従え、動き出す様子は迅雷のようだ。
 前線に押し上げていた駆逐艦や巡航艦を破壊して、戦艦へとその牙を向けている。

「ばかな、そんなこと、そんなことあるはずがない」
「艦長。命令を!」
「撃て、敵を撃ち殺せ!」
「砲撃、間に合いません」
「撃て、撃てと言っている」

 既に、敵艦隊の姿がはっきりとわかるようになった。
 帝国艦隊とは違い、ブロックを組み合わせたような無骨なデザイン。
 その中央に置かれた方向が、緑色に光り――。
「そんな馬鹿なことがあるはずがない!」
 敵戦艦の主砲は、レオポルドβの艦橋を貫いた。

 その脇で、一隻の駆逐艦が素早く離脱する様子をシラーは見ることすらなく、蒸発した。

 + + +

「食らいつけ!」
 怒号に近い言葉とともに、ドワイド・グリーンヒル中将の声が飛んだ。
 帝国軍イゼルローン駐留艦隊が一気に引き込むと、ほぼ同時。
 その動きを、いまかと待ち構えていた同盟軍は、シトレ総司令官の命令を受けて、前進行動へと移った。流れるような動作で、第五艦隊スレイヤー分艦隊が敵の前線に接近し、一撃。
 敵は予測すらしていなかったようで、敵の前線は一瞬をもって崩壊した。

 身じろぐように敵の動きが弱くなった瞬間を、グリーンヒルは見逃すことはない。
 普段の穏やかな様子を消して、叫ぶように下された命令を受けて、第四艦隊の面々も、第五艦隊に負けるかと、追撃を開始した。
 帝国軍も接近されるのを嫌い、先ほどに倍する砲撃とミサイルを撃ち込み、同盟軍の被害も大きくなる。だが、後方から次々と変わりが現れ、同盟軍を引き離せないでいる。

 既に帝国軍と同盟軍双方が、トールハンマーの射程内に入り込んでいる。
 だが、後退してイゼルローン要塞に向かえたのは帝国軍でも後方に位置していた部隊の一部だけであり、その多くは同盟軍と接敵して、実に――無様な殴り合いを繰り広げていた。
「なんと、無様な。敵を振り切れ」
 イゼルローン駐留艦隊総司令官のヴァルテンベルクは叫ぶように、命令を出すが、同盟軍は振り切ることを許さず、既に艦隊の中腹近くまで侵攻を許していた。

 それは不意を突かれたという点もあったであろうが、一番の大きな原因は数の差だろう。
 殴り合いになれば、敵を一隻倒す間に、こちらも一隻が失われる。
 そんな状態であれば、数に有利な方が上回るのが道理である。
 帝国側も前線で壁を作り、後方の艦隊をイゼルローン要塞に戻そうと試みているが、そこに同盟軍第八艦隊が来襲する。

 より一層な圧力が、駐留艦隊に対する自由を奪う。
 彼らの前には第五艦隊と第八艦隊が道をふさぎ、自由になった第四艦隊がイゼルローン要塞への攻撃を開始したのだった。

 + + +

「何をしている。ヴァルテンベルクの阿呆が――これでは撃てないではないか」
 この様子に激怒したのは、イゼルローン要塞司令官のクライスト大将であった。
 要塞モニターに映るのは、帝国軍と同盟軍が無様にも入り混じる姿であり、砲撃を加えれば、その多くはこちらに近い位置にある駐留艦隊に被害を与えることとなる。

 イゼルローン要塞の補助砲を使うしかないが、焼け石に水といってもいいだろう。
「敵――第四艦隊。スパルタニアンを射出」
 第四艦隊から、単座式戦闘艇――スパルタニアンが動き出し、要塞へと向かった。
「ワルキューレを出せ」
 イゼルローン要塞から帝国軍の単座式戦闘艇が射出され、近づくスパルタニアンに対して攻撃を加えた。要塞の補助砲のサポートもあって、多くのスパルタニアンが撃ち抜かれ、宇宙に消えていったが、数が多く、ワルキューレは撃ち落され、補助砲も炎をあげた。

「敵艦船――!」
 悲鳴に近い声が、通信士官から聞こえる。
 無人艦だ。
 単座式戦闘艇に向いた間隙を抜いて、無人艦らしき艦艇が要塞へと急降下をする。
 駐留艦隊は役には立たず、補助砲もすべてを打ち落とすことはできない。

「接触しまっ――」
 叫んだ索敵士官の声と同時、イゼルローンが大きく揺れて、モニターにノイズが走った。
 爆発音は、遠いイゼルローン要塞指令室にまで聞こえてきた。
「被害。第二隔壁まで損傷――モニター切り替えます」
 切り替えられたモニターには、無人艦によって撃ち込まれたイゼルローン要塞の様子が映し出されていた。液体金属の壁が大きく避けて、中の無骨な鉄骨をむき出しにしている。

 時折、ゴミの様に外に吸い出されるのは、そこで任務をしていた人間であろう。
「何という事だ」
 あまりにも痛々しい姿に、クライストは絶句する。
 過去四度の戦いがあって、イゼルローン要塞は無傷の様子を保ってきていた。
 それが、愚かな敵軍に。
 いやと、クライストは怒りを滲ませながら、モニターに映る艦隊を見る。

 それもこれも愚かな駐留艦隊によるところだ。
 奴らがいなければ、トールハンマーを使い、このようなことになることはなかった。
 いまだに交錯する無様な様子に、吐き捨てるようにクライストは叫んだ。
「ヴァルテンベルクの阿呆に、さっさと後退するように伝えろ」
「はっ!」
 慌ただしく、端末を操作する様子に、クライストは怒りを抑えきれずに、唇を噛んだ。

 駐留艦隊の阿呆のせいで、偉大なイゼルローン要塞に、初めて傷をつけたのが自分となることが腹立たしかった。
「なぜ、阿呆のしりぬぐいを俺がせねばならぬのだ」

 その呟きは、誰にも聞かれずに消えたが、クライストの心に残すことになった。

 + + + 

「敵要塞への攻撃――第二層目まで届いております」
 敵防衛設備の損害に対する報告があがり、上機嫌でシトレは後方を振り返った。
 アップルトン、リバモア、ビロライネンなど各司令部の主任級の人間もまたほっとしたような面持ちで立っている。

「このまま第三層目まで破壊することができれば、陸上部隊の攻略が可能となるでしょう」
「いまだに敵施設の詳細な図面は手に入っていないからな。どのような罠があるかもしれん」
 アップルトンの言葉に、シトレは頷いた。
 しかし、それでも攻勢をかけていれば、罠があったとしても打ち破れる。
 陸上部隊の突入はそれからでも遅くはないと考えて、どこか浮かない顔をしている人影を見つける。

「どうかしたかね、ヤン少佐」
 問いの言葉に、ヤンはモニターから視線を外した。
 迷うような様子に、シトレはもう一度問いかけた。
「どうかしたかね」
「は。対空設備の危険は消えたと言え、いまだに敵主砲の範囲に艦隊はおります。早急に陸上戦部隊を突入させるべきかと」

「何を言っている、ワイドボーン。敵主砲は既に並行追撃によって沈黙している」
「撃てないわけではないかと」
「何を馬鹿なことを」
 笑えば、ビロライネンがワイドボーンの上司である参謀へと視線を向けた。

 だが、言葉にするよりも先にシトレが厳しい表情を向ける。
「撃てないわけではないか」
「僭越ではございますが。突入のタイミングは今を置いてないかと」
 シトレの――いや、参謀級の上位士官の視線が一直線へとワイドボーンへと向かう。
 だが、ワイドボーンの瞳は二つしかない。

 その二つはまっすぐに、シトレを見ていた。
 視線を外したのは、シトレだ。
 ヤンへと向かい、ヤンは驚いた表情をした。
「ヤン少佐もそう考えているということかね」
「ええ。敵に時間を与えるのは不利になると考えます」

「何を馬鹿な……」
 呻くような参謀の言葉を、シトレが腕を伸ばして防いだ。
 一直線に伸ばされた分厚い腕に、他の参謀は言葉にすることはできない。
 ただ、視線だけがシトレを見ている。

「この時点で陸上部隊を突入させた場合、問題はあるか。アップルトン中将」
「敵要塞内の防御力は未知数です。無理に急ぎ、陸上部隊が壊滅した場合には作戦続行は不可能となります。敵の援軍は期待できず、攻撃を強めてからでも遅くはないかと」
「敵が要塞主砲を撃つ可能性は」
「それを考えますと、小官は何とも」

「恐れながら。そのようなこと、あるわけございません」
 アップルトンの言葉にかぶせるように、声高にビロライネンが主張し、そうか――と、シトレは一言呟いた。
 顎に手をあて、しばし考え、瞳を開けた。
「ならば……」
「閣下。私も突入に賛成です」

「黙れ。アロンソ!」
 叫んだビロライネンに視線が集中した。
 全員の視線が集中することに慣れていないのか、あるいは別の理由からか。
 叫んだことを隠すように、ビロライネンは咳払いをした。
 怪訝そうに眉を顰めるシトレに対して、その上官であるリバモアは口にした。

「そ、そもそもですが。意見は様々であります。ですが、シトレ大将の命令を受け、我々参謀は最善を選択するのが、仕事でございます――閣下、ご命令を」

 ぶん投げた。

 
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