銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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第五次イゼルローン要塞攻防戦2
敵との距離が近づけば、互いに損害の数は多くなった。
主砲であるレーザー光の威力が高くなり、ミサイルの有効射程に入るためだ。
互いに備えるミサイルはレーザーとは違い、数が少なく、速度も遅い――途中で障害物やレーザーによって打ち砕かれる可能性もある。だが、威力は絶大。巡航艦程度の防御壁では防ぐこともできず、砲術士官が補助レーザーを使い、到達する前に撃墜するしかない。
その多くは撃墜されるが、一部が被弾して、大きな被害となる。
単発なレーザー砲とは違い、ミサイルの直撃を受けた艦が助かる可能性は少ない。
前線で一撃を受けた駆逐艦が、半ばからへし折れて、大きな炎を上げた。
だが、音はない。
音の伝わらぬ宇宙空間では、どれだけ大きな破壊であったとしても、艦にまで届かない。
ただ炎をあげて、塵と消えていくのを見ていくだけだ。
それとは対象的に、艦橋では報告の声が大きくなった。
司令部からの命令、分艦隊の被害、破壊された艦に対するフォロー。
それらは分艦隊司令官の耳へと入り、参謀たちがそれぞれに命令を下していく。
見習いであるセランも、いまは忙しく先輩について動き回っていた。
対照的に、アレス・マクワイルドは静かなものだ。
アレスがここにきているのは、総旗艦との意見調整の役割。
大きく作戦が変更になるのであれば、違うのであろうが、現在までのところ作戦は上手くいっている。分艦隊司令官に意見を求められていないのに、勝手に発言する権利はない。
前面の巨大モニターに映る戦況を、アレスはじっと見つめた。
通常の戦闘であれば、主に勝敗を決めるのはここから。
敵の動きに合わせて攻撃を集中し、艦隊を運用し、敵を包囲していく。
あるいはさらに前進し、宇宙空母などから戦闘艇を使う。
初めて見る艦隊戦を、アレスは目に焼き付ける。
あの中に、ラインハルトもいるのだろうか。
この様子を同様に見つめているのだろうか。
静かに思った問いは、虚空の中に消えていく。
先ほどから同盟軍の被害は拡大しているが、それ以上に被害を受けているのは帝国軍だ。
元より同盟軍と帝国軍では数が大きく違う。
敵も攻撃よりも防御を主体とした――間隔を広げて敵の集中砲火を避ける形をとってはいるが、それでも同盟軍よりも被害は大きい。敵をイゼルローン要塞まで引きずり込むという戦術であったのだろうが、わざとというよりも、こちらの攻勢によって下がらざるを得ない状況となっている。
「敵艦隊、要塞主砲射程内まで、残り一分」
「予定通りだな」
「はっ」
短い言葉でスレイヤーは呟くと、前方の敵艦隊から視線を移した。
そこに立つアレスと目が合った。
腕をあげて、小さく指を曲げた。
その動作の意図を理解して、アレスはスレイヤーの元へと近づいていった。
アレスの動きに、視線が向かう。
スレイヤーに近づいて、放たれたのは問いだ。
「ここまでは予定通りだ。総旗艦からは何か連絡は」
「いいえ。問題はございません」
「それは重畳」
スレイヤーは満足そうに頷けば、アレスに向いた視線も元に戻った。
スレイヤーも前を向き、アレスもそれに倣った。
モニターでは黒と赤が混ざり、それにレーザーの光が流れている。
「ここまでは予想通りだ。だが、君の嫌な予想はあたらないことを希望したいものだ」
独り言のように、スレイヤーは小さく呟いた。
アレスが視線を向ければ、スレイヤーは前方を睨んだまま。
「全艦隊、敵に対して圧力を強めよ」
艦橋に力強い言葉が響いた。
+ + +
「前線より、敵の圧力が強く後退の許可を求めています」
「後退ではない。誘い込むのだ――栄えある帝国軍に後退の文字はない」
通信士官を叱咤し、苛立たし気にヴァルテンベルクは机上を叩きつけた。
前方のモニターでは、同盟軍に圧迫されるように帝国軍が映っていた。
数の違いは圧倒的な力となり、帝国軍を押している。
こちらが一発の間に三発のレーザーが返ってくる。
既に敵の前線はミサイルの射程内に入っている。
火力は多くなり、当初は被害を報告していた士官も、今では戦艦など重要なものを除いて、パーセント単位での報告となっていた。
確かに兵では劣勢。
だが、握った拳とともに、声が震える。
白い肌が赤みを増していった。
「反乱軍風情に何を腑抜けたことを。まだ戦いは始まったばかりではないか。前線の腐向けに伝えろ、誘い込みは予定通りだ。それまで反乱軍に対して反撃を加えろ」
「情けない限りでありますな。烏合の衆相手に何を慌てているのか」
「その通りです」
ヴァルテンベルクの周囲では、同調するような言葉があがる。
だが、それを聞いてもヴァルテンベルクの不機嫌そうな顔は治らなかった。
いらだちを持ったまま、前方を睨みつけるようにしている。
「平民の奴らは予定通りのこともできぬか、無能が」
その怒りは同盟軍だけではなく、前線で戦う味方にも向いているようだ。
前線には一部を除いて、多くが平民である。
彼らにとって、平民は使い捨ての駒のようなものだ。
前線で戦わせて、死ねば新たに補充する。
それが平民たちに戦う力をつけ、今後――いや、今も台頭することになるのだが、ヴァルテンベルクを始めとして、門閥貴族の多くは知ることはない。
被害が拡大していると聞いても、考えるのは戦死者のことではない。
このままでは要塞司令官に手柄をもっていかれるかもしれないという、自己の保身によるところであった。睨むようにモニターを見るが、ヴァルテンベルクが睨んだところで戦況が変わることはなく、ただ被害の数だけが大きくなっている。
不機嫌そうな顔をしたままで、ヴァルテンベルクは背後を振り返った。
そこには立派な髭を蓄えた、中年の男が立っている。
ヴァルテンベルクの傍には近寄らず、しかし、呼ぶほどに遠いわけではない。
髭によって威厳を保っているが、眼光に欠けるが弱さが苛立ちを募らせる。
このまま無視をしようかと考えて、ふとヴァルテンベルクは口にした。
「レンネンカンプ大佐」
「はっ」
力強く返事をして、一歩前に出る。
ヴァルテンベルクはそれを手で制しながら、顎に手をかけ、髭を撫でた。
「そう言えば、貴官のところに配属された、あの金髪の小僧はどこで震えている」
馬鹿にしたような言葉に、周囲から笑いの声があがった。
その様子に、ヴァルテンベルクも笑みを浮かべた。
「心配ならば、様子を見に行ってもいいのだぞ」
「かまいません。部下一人だけを贔屓するわけにもいきませんから」
実直に答える様子に、ヴァルテンベルクは苦笑をした。
つまらない男だと。
「ミューゼル少佐であれば、あちらにいるかと」
そう指さしたのは、最前線の一部だ。
砲撃を最も受けており、被害が拡大していると報告のあった一角。
「はっ?」
ヴァルテンベルクも、そして周囲の人間たちも笑いを止めた。
同時に振り向くのは、レンネンカンプのさした前線だ。
その視線の先で、赤い爆発が起こった。
「れ、レンネンカンプ大佐……貴様は――あれを最前線に送ったのか」
「本人が希望するのであれば、小官に断る理由などございません」
「そういうことじゃない。奴が誰かを知っているだろう!」
「まだ若いが、立派な少佐です」
ヴァルテンベルクは殺しかねない視線を、レンネンカンプに送った。
まずいと、唇をかみしめる。
馬鹿にする程度であればいい。
だが、下手に金髪の小僧を殺したとなれば、皇帝陛下の御不興を買う可能性がある。
少なくとも、その寵姫はヴァルテンベルクを憎むだろう。
実直で公平と話は聞いていたが、ただ融通の利かぬだけではないかと、心中で怒声を向けるが、ヴァルテンベルクは叫んだ。
「全艦隊、後退だ」
「はっ、後退ですか?」
「何を聞いている。後退だ、今すぐ敵をイゼルローン要塞に誘い込め!」
焦りを隠すことなく、ヴァルテンベルクは叫んだ。
+ + +
第八艦隊旗艦 ヘクトル。
戦況は、予定通りに推移していた。
艦隊総司令官のシドニー・シトレを中央にして、左右に参謀たちが立ち並ぶ。
その最前列でヤン・ウェンリーは前方を見ていた。
シトレの周囲に立つ参謀たちは、この作戦の最大の山場を前にして、表情に緊張の色が浮かんでいる。並行追撃と簡単には聞こえる作戦であるが、過去四回の戦いで選択しなかったのには理由があった。
失敗した場合のデメリットの大きさと、成功する可能性の問題だ。
仮にこれが過去の平地で戦っていた時代であったならば、退却する敵を追随して砦からの攻撃の盾とすることは簡単だったろう。実際にそういった戦いは過去には枚挙にいとまがない。
だが、それは互いが徒歩で――あるいはせいぜい騎馬であったからだ。
撤退する艦隊との距離を一気に詰めようとすれば、同時にこちらも動く必要がある。
遅すぎれば、要塞主砲の狙い撃ちであるし、早すぎれば敵艦隊への突貫だ。
防御行動を解いて、突っ込んでくる艦隊は実に狙いやすい事だろう。
どちらにしても、一つ間違えれば戦争どころの話ではない被害を受けるのだ。
それを防ぐため、同盟軍の中でも練度の高い精鋭部隊を三個艦隊揃え、参謀の数を増やし調整し、訓練を重ねた。
成功するために万全を期した。
それでも周囲に伝わる緊張と不安さは隠しておくことができない。
ただ一人。
中央に立つシトレだけは違った。
わずかな緊張の揺らぎすら見せず、不敵な様子で直立不動。
腕を組んだままに、立つ姿は、まさしく総司令官たるに相応しい姿だと言えた。
さすがだな。
普段を知っていれば、目を疑うような――だが、そこに確かに存在する将器の器。
一般の兵卒から、士官に至るまで人気の厚い理由を改めて実感する。
とはいえ、そればかりに目を奪われているわけにもいかない。
ヤンが担当するのは、この作戦の肝となる並行追撃へのタイミングだ。
全ての艦隊には事前にデータとして行動を送信しており、合図があると同時に一斉に行動ができる手はずとなっているが、それでも微調整は必要である。端末を叩きながら、修正をかける。
それに、ヤンが緊張を感じているのはそれだけではない。
アッテンボローが生意気な後輩と評価し、しかし、どこか憎めない男。
そんな彼から渡された爆弾ともいえる作戦――それがヤンの右手にあった。
手のひらに収まるほどの、小さな二つのメモリチップ。
それを見れば、気が重くなる。
それが実現してほしくないという希望――そして、実現した場合に委ねられた重さ。
端末前で足を組む、決して褒められない姿勢をとりながら、ヤンはそれを眺めた。
アレス・マクワイルドとの接点は、過去にシミュレート大会で顔を会わせたくらいであり、彼が参謀として配属されるまでほとんど会話をしたことがなかった。そんな人物に託すにはあまりにも重く、正直なところ買いぶり過ぎだと愚痴も言いたくなるが、それを口にはできない。
ただ、わずかな緊張が吐息となって漏れた。
「なんだ、緊張しているのか、ヤン少佐」
そこにかかったのは、随分と明るさの混じる声だった。
周囲の参謀たちとは違い、不安さを一切感じさせない声音と表情。
力強い瞳が、ヤンを見ていた。
「そりゃあね。これは大役だ、ワイドボーン少佐」
「いま考えたところでどうにかなるわけでもない。なるようになる。そのための作戦だ」
そうだろと問いかける自信を持った口調に、ヤンはそうだねと同意した。
見事なものだなと、ヤンは小さく笑う。
シトレには劣るかもしれないが、少なくとも自分にはない貫禄というものだった。
仕方がないと髪をかきながら、それでもエルファシルの状況に比べれば随分とましだ。
自分は一人ではないと思えるから。
最もそんな感情は彼の性格から、言葉にだすことはなく、表情に出すだけに終わった。
満足そうに頷けば、ワイドボーンは離れていった。
彼は彼で任務があるのだろう。
むしろ並行追撃作戦が成功してからが、彼の出番だ。
「なるようになるか――彼らしい言葉だな」
ゆっくりとベレー帽をかぶりなおして、ヤンは前方へと視線を戻した。
モニターが敵軍の様子を映していた。
艦の正面を映しているモニターとは別に、全体像を映すモニターがある。
そこに、動きができた。
視界に捉えた動きに、全員が息を飲んだ。
小さく誰かが、きたと呟いた。
「敵艦隊、後退を開始します」
同時、叫ぶような報告が索敵士官からあがった。
「全艦隊に伝達。これより、作戦コードA-1――『巨狼の鎖』を実行する」
艦橋に、シドニー・シトレの声が響き渡った。
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