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天使のような子に恋をした

作者:Evoluzione
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天使のような子と──


 時は過ぎ日曜日。時刻は午前7時30分。目覚まし時計の音で起床する。身体を伸ばし一呼吸。いつもならけたたましく煩わしいこの音も、今日だけはとても有難く感じた。

 ──待ちに待った南さんとのデートの日。

 昨晩は寝る前にガチガチに緊張して、最初は全然眠くならなかったのだが、考え事をしている内にいつの間にか眠っていたようだ。きっと南さんのことを考えていたから眠れたのかもしれない。

 それにしても、今日はなんて素晴らしい天気なのだろう。「今日の天気は?」と聞かれたらすぐさま快晴と言える程の天候。澄み渡る青空、10月にしては暖かい陽の光。窓を開けると、そよそよと心地よい風が部屋の中に入ってくる。

「今日もいい天気だ」

 そう、ぽつんと独りごちるくらいの絶好のデート日和。天候の神様、どうもありがとうございます。
 もう一度、身体を伸ばし一息つく。よし、完全に目が覚めた。

 今日は見た目にも気合いを入れなければならない。まずは服だが、これは予め決めておいた。上は白のTシャツと紺のジャケット。下はアイボリーのカーゴパンツというファッション。見た目も引き締まるし、動きやすいからお気に入りの服装だ。

 次に身だしなみ。洗面所の鏡の前に立ち、どこかおかしい所はないか確認する。寝癖をそのままにしておくなんてのは以ての外。きちんとドライヤーで直し、整える。何度も何度も入念にチェックしては修正の繰り返し。それのお陰でかれこれ30分くらい鏡の前に立っていた。ちなみに、母さんに「もしかしてデート?」なんてからかわれたりもしたが上手くはぐらかしておいた。親に恋愛のこと聞かれるとむず痒いというか、変な気持ちになるんだよな。

「よし、完璧かな。……多分」

 俺が見る限りではおかしいところは一つもない。これなら大丈夫だろうということで、洗面所を離れる。

 予定では9時に南さんの家に迎えに行くことになっている。女の子の家に赴くなんて人生初だから、今から緊張して心臓がバクバクして止まらない。だけど、これは南さん本人からのお願いだ。彼女のお願いを断れる筈なんてない。

 現在の時刻は午前8時30分を回った頃。まだ少し時間がある。その間に荷物の確認と最終的な身だしなみの確認を行おう。念には念を入れておいて損はない。



 ◆



 午前8時50分──つまり約束の10分前になり、家を出た。ちょっとだけ早いが、5分前行動や10分前行動ってよく言われるし、何ら支障はないだろう。それに南さんのことだ、この時間には既に準備万端の状態で待機しているだろうと思われる。

 100メートルほど歩き、南さんの家の前に到着。うん、やっぱりすっごい近いな。家が近いとデートの時などにわざわざ他の場所を指定する必要がないから楽だよな。それに迎えに行くというシチュエーションも楽しめるし一石二鳥だ。

 さあ、後はインターホンを押して南さんを呼び出すだけ。それだけ──なのだが中々それが出来ずにいた。緊張は勿論のこと、南さんのご両親が出た場合にどんな風に話すか、門前払いされないか、とにかく色々な要素が俺を足止めしている。

 だが、傍から見れば俺は人の家の前でウロウロしている変人だろう。幸い通りには誰もいないが、いつ人が通るとも分からない。下手したら通報され、デートが台無しになる可能性がある。

 ──それを考えると、自然に手が動いていた。

 えらく無機質なインターホンの音が耳を通り抜けてゆく。ああ、遂にインターホンを押してしまった。動悸が今までにないくらいに激しくなる。

『はい』

 声を聞いた瞬間、緊張が和らいだ気がした。インターホン越しだが、それでも分かる可愛らしい声──つまり、南さんが出てくれたのだ。

「あ、かかか、神崎です! 南さんをお迎えに上がりました!?」

『神崎くん! 待ってて、今行くね!』

 ……緊張のあまり、吃ったり意味不明なことを口走ってしまった。何だよお迎えに上がりましたって。お姫様に使う言葉じゃあるまいし……。ただ、南さんがあまり気にしてないようなのが吉か。

「おはよう、神崎くん!」

「ああ、おはよう南さ──」

 ドアを開け家の中から南さんが出てくる。その瞬間、思わず言葉を失ってしまった。

「神崎くん? どうしたの?」

「あ、いや、えっと……」

 服装は勿論のこと、特に目を引いたのは髪型だ。いつもの髪型ではなく──特徴的なトサカはそのままだが──後ろで赤いリボンで一つにまとめていた。俗にいうポニーテールというやつである。

 裾に黒いレースがついた、白とライトブルーのワンピースの上にクリーム色のカーディガン。茶色のブーツによってふくらはぎまで覆われている足。それが、今日の南さんの服装だ。

 ──可愛い。可愛すぎる。いや、はっきり言って可愛いという言葉だけでは物足りない。そこらの下手なモデルよりも可愛いと思う。思えば、南さんの私服姿を目にするのがこれが初めてだ。それもあってか、すっかり俺の目は南さんに釘付けになっていた。

 ……ここは正直に言うべきだろうか。また気まずい雰囲気にならないか不安である。しかし、デートの始めに服装を褒めることは定番だと翔真から聞いた。ならば──

「神崎くん、あの、そんなに見られると──」

「か、可愛いな」

「……へっ?」

「その服、南さんにすっごく似合ってる。ほんとに可愛いよ」

「……っ!」

 みるみる内に顔が赤くなってゆく南さん。だが彼女だけでなく、俺の顔も赤くなっているだろう。まだ可愛いって言うのは慣れないな。

「ま、またそうやって神崎くんは……! で、でも嬉しい……かな。ありがとう」

「お、おう……」

 俺の言葉を境に、無言の時間が訪れる。やっぱり気まずくなってしまった。何とも幸先の悪いこと。デートの最初からこの様子とか、先が思いやられる。

 だが、こんな所でへこたれている場合ではない。今日は俺が南さんをエスコートするんだ。

「さ、出掛けようか。時間が勿体無い」

「う、うん、そうだね。最初はどこ行くの?」

「まずはベタだけど、映画なんてどうかな? この映画なんだけど……」

 予め用意しておいた映画のチケットを懐から取り出し、南さんに見せる。

「うん、いいよ! 私も見たいと思ってたんだ!」

「そっか、良かった。じゃあ───行こうか」



 ◆



 今日のデートプランは全て俺が考えた。……といっても翔真にアドバイスを貰いながらではあるが。ただでさえデートに誘ったのが南さんなのに、プランまで任せてしまったら男である俺の示しがつかないというもの。彼女もそれで承諾してくれた。

『自分や相手だけが楽しめるようなプランでは駄目だ。自分と相手、両方が楽しめるようなプランじゃないといけない』

 ──という我が親友の言葉を参考に、綿密なデートプランを立てた。

 まずは映画。ということで10分程度歩いた俺達は映画館の前で並んでいた。開演まで時間はあるが、長い行列が出来ていた。

「神崎くんもまだ見てなかったんだ」

「ああ、見ようと思っても時間がとれなくてさ」

「私も。しかもμ'sの練習もあるから尚更ね」

「それは確かに無理だなぁ」

 今日見にきた映画は、簡単に言えば男女の恋を描くアニメ映画だ。アニメということで、オタク向けの映画と思いきや、老若男女問わず全ての層から絶大な評価を得ている映画だ。最近では海外でも放映されているらしく、そちらでも同じく高評価の嵐だという。

「実は友達がさ、この映画見る前は少しディスってたんだけど、見た後は手のひら返したように俺に熱く語ってきてさ。それで興味を持ったんだ」

「ということは、そんなに面白い映画なんだね」

「ああ、そうみたいだな」

「今度は穂乃果ちゃんと海未ちゃんも誘って来てみようかな。2人も見たい見たいって言ってたから」

「それがいいよ」

 そんなことを話していると、開演の時間がやってきた。ぞろぞろと場内の中に入っていく人々。俺達もそれに続く。

 中に入り、辺りを見渡す。殆ど席が埋まった状態だったが、奇跡的に端の方に丁度2つ空き席を見つけた。それも一番映画が見やすい場所。先に俺が座り、端に南さんを座らせる。

「あっ……」

「ん? どした?」

「……ううん、何でもないよ」

 気になったが、南さんが若干嬉しそうな顔をしていたので何か問題がある訳ではなさそうだ。

 着席してからしばらくして、場内が暗くなり他の映画の予告が始まる。恒例の映画予告。特に興味をそそる映画はないなぁと思いつつ流し見。
 そして、映画が始まった。それから約二時間、映画に身を委ねることになる。



 ◆



 結果として大いに盛り上がった映画。クライマックスでは場内が感動の渦に包まれ、涙を流している人も少なからずいた。そう言う俺も少し涙を流したのは内緒。南さんも泣いていただろうけど、正直映画に見入ってて気にする余裕なんてなかった。

「映画、とっても面白かったね!」

「ああ。高評価の理由が分かったよ」

 映画館を出た俺と南さんは、とある街道を歩いている。話題に出てくるのはもちろん映画の感想。『あの王道的な展開が人気の所以なんだな』とか『作画もすごかった』とか、面白かった故に次々と言葉が出てくる。

「そういえば、お昼は何処で食べよっか?」

「ああ──そうだな」

 気が付けばお昼時になっていた。昼飯を食べる店も事前にしっかり調査して決めてある。南さんならきっと気に入ってくれる筈だ。かなり評価の高い店で、お昼時にはかなり混み合うという。そろそろ行かないと待つことになってデートの予定が狂ってしまう可能性もある。

「近くに良いレストランがあるんだけど、そこでいいかな?」

「うんっ、いいよ!」



 ◆



「あー美味かった」

「そうだね。お店もオシャレで気に入っちゃった!」

「そっか、それなら良かった」

 昼食を食べ終えた俺達は、再び街道を歩いていた。隣を歩く南さんはかなりご機嫌な様子。それ程あの店が気に入ったのだろう。俺にとってもお気に入りの店だからこっちまで嬉しくなってくる。

 ちなみに俺がナポリタン、南さんがカルボナーラを食べた。……食べさせ合いっこをしようと意気込んでいたけど、ヘタレな俺には結局出来ませんでした。だって南さんに引かれたらイヤだし。

「それで、この後はどうする?」

 時刻は午後1時14分。まだまだデートの時間はある。というより、寧ろこれからが本番だ。
 自分も相手も楽しむデートということを意識して考えたプラン。次の予定は──

「カラオケなんてどうかな?」

「うん、もちろん! 今から楽しみだなぁ!」

「よかった。この先にあるからこのまま歩こう」

 それにしても南さん、本当に小さなことでも一つ一つのことで喜んでくれるからかなり気分が良い。この喜び具合から建前や演技などではなく、正真正銘の本心ということが分かる。

 ふと、南さんの手が目に入った。俺の手よりも小さく、見るからに柔らかそうな手。そういえば、握ったことはおろか触ったこともない気がする。

 ──手を、繋いでみたい。

 別に手を繋ぐくらいなら大丈夫だよな? しかも今はデート中だし、その方が自然に見えると思う。自惚れるつもりはないけど、もしかしたら南さんも期待しているかもしれない。

 ──よし、俺も男だ。

「……えっ?」

 突然のことに驚く南さん。だけど俺はそれを気にする余裕なんて無かった。

 まるでマシュマロのような柔らかい感触と、直に伝わる彼女の体温。女の子の手ってこんなに柔らかいのか。触っていてとても心地が良い。何これ感動なんですけど。

 ──と、ここで我に返り、やってしまったという自責の念が俺を苛む。

「ご、ごめん! いきなりで吃驚したよね! ほんとごめん!」

 慌てて南さんの手を離す。しかし、すぐにまた柔らかい感触が俺の手を包んだ。

「えっ、み、南さん?」

「べ、別に手を繋ぐくらい、普通じゃないかな? だってほら……今はデート中だし」

「そ、それもそうだね……」

 顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうに話す彼女。よかった、南さんも俺と同じ考えだったみたいだ。

 ……あれ。ということはつまり──

「こ、このままカラオケまで行く?」

「神崎くんがいいんなら。わ、私は全然いいよ?」

「そ、そっか。……それじゃあこのままで」

「……うんっ、えへへ」

 ──神様仏様、この素晴らしい機会を与えて下さり本当にありがとうございます。もう死んでもいいくらいに幸せです。



 ◆



 歌を上手に歌うということは、誰もが憧れることだと思う。音程をしっかり取れるということは大前提として、そこからビブラート、こぶしなどをどのようにして効かせて歌えるかが上手い下手の別れ道になってくる。

 特に、音楽関係の部活動をやっている人はそれらの要素が重要だろう。最初は全然下手でも、練習を重ねていく内に自然と上達していく筈だ。

 ここまで俺の考えを述べてきたけど、つまり何が言いたいのかというと、

 ──スクールアイドルってマジぱねぇ。

 いや、ほんと。その凄さを改めて思い知った。

 カラオケでの南さん。もう吃驚するほど上手くて、俺が歌っていいのかって思ってしまった。しかも、有名スクールアイドルである南ことりの生歌を目と鼻の先で聞ける。これはファンにとっては、これ以上ないくらい幸せなことなのではないだろうか? とんでもない贅沢だ。まあデートしてる時点で贅沢だから今更って感じがするけど。

 ダンスも出来て歌も上手に歌える。プロのアイドルと何ら遜色がない。

「──わぁ、この服可愛い!!ね、神崎くんもそう思うでしょ?」

「え、あ、ああ。確かに可愛いな」

 いけないいけない。デート中だというのに考えに耽ってしまっていた。切り替えなくては。

 カラオケを終えた俺と南さんは、ショッピングモールで買い物を楽しんでいた。南さんが作るらしい衣装の材料を買ったり、次のμ'sの衣装の参考にする為に、服屋を回ったり。

 ほとんど彼女が主導だけど、楽しんでいるようだし別に構わない。俺としても南さんの楽しんでいる姿を見れるのは嬉しいし。

「これで大丈夫かな」

「おっ、もういいの?」

「うん。色々イメージできたからね」

「そっか、それは良かった」

 時刻は午後4時に差し掛かるという頃。予定ではもう1箇所行く予定がある。デートの最後を飾るにはもってこいの場所だろう。

 その旨を南さんに伝えようとした時だった。

「……あ、あの、すみません!」

「ん?」

 背後から声を掛けられた。聞き覚えのない声。誰かと思って振り向くと、そこには見知らぬ女の子2人組がいた。橙色の長髪の女の子と、南さんと同じベージュのナチュラルボブの女の子。どちらも年齢は小学6年生くらいに見える。

「神崎くんの知り合いかな?」

「いや、違うよ。南さんの知り合い……でもなさそうだね」

 ということは赤の他人か。一体俺達に何の用だろう? 様子からしてかなり困ってるようだけど……

「どうしたの? 私達に何か用かな?」

 南さんが優しく聞く。ここは俺より彼女の方が適任だろう。この子達からしたら南さんは優しいお姉さんだから。

「あの、秋葉原駅に行きたいんですけど道に迷ってしまって……それでここに辿り着いてしまったんです」

「そうなんだ。ということは東京の子じゃないのかな?」

「はい。私達、静岡県の沼津というところから来たんです」

 ベージュ色の髪の子が話す。

「沼津? え、遠くない? まさか君達だけで東京に来た訳じゃないよね?」

「いえ! 曜ちゃん……えと、私達2人だけで来たんです!」

「マジか」

 沼津といえば、東京から約120キロの距離だぞ? 小学生の頃は親に連れられて水族館に行ったり、海に遊びに行ったりしたが、車でも一時間は掛かっていた。

 この子達は2人だけで来たらしいから、必然的に電車か新幹線ということになる。今時の小学生は電車とか新幹線にも平気で乗れるのか。

「それじゃあ、早く秋葉原駅に行かないとだね。ここからあまり離れてないけど、案内する?」

「えっ、良いんですか!?」

「うんっ、もちろん! 神崎くんもそれでいいよね?」

「ああ、このまま放って置くわけにもいかないし」

「わあっ、ありがとうございますっ!」

 デートの予定が多少狂ってしまったが、まあ支障はきたさないだろう。それにこの子達のことが心配だ。しっかりと沼津へ帰るのを見届けてやらないと。

「じゃあ、案内するよ。着いてきて!」



 ◆



「本当にここまででいいの? 良かったら東京駅まで送ってあげるよ?」

「いえ、大丈夫です! ここまで来れば後は帰れますので!」

「蒼矢さん、ことりさん、本当にありがとうございました!」

「いえいえ」

 秋葉原駅にて。件の少女2人組──橙色の髪の子が千歌(ちか)ちゃん、ベージュ色の髪の子が(よう)ちゃんというらしい──との別れが迫っていた。最初は俺のことを警戒していた2人だけど、道中、話をしていく内に仲良くなっていった。お互いのことを質問したりされたり。

『2人は付き合ってるんですか?』

 ──なんて質問もされたけど、慌てて否定した。いや、出来れば肯定したかったけど南さんに怒られそうだったし。ただ、それでも彼女の顔が不機嫌だったのは解せないが。

「じゃあ私達、そろそろ行きますね」

「おう、良かったらまた遊びに来なよ」

「はい、そのつもりです!」

「その時はまた会えるといいですね!」

「うんっ、そうだね!」

「それじゃあ、さようなら!」

 律儀にお辞儀をした後、ひらひらと手を振る千歌ちゃんと曜ちゃん。それに振り返してあげた。

「──あの子達とは、またどこかで会える気がするな」

 そう、ぽつんと呟いた南さん。その表情はどこか未来を見ているようだった。何の意味もなく、ただ適当に放った言葉なのか、確信があって放った言葉なのかは、俺には分からない。

 だけど、千歌ちゃんと曜ちゃんにはまた会える。何となくだけど俺もそんな気がしてならなかった。

「いや、また会えるよ。絶対に」

「ふふ、そうだといいね」

 気が付けば、2人の背中は見えなくなっていた。



 ◆



「わぁ……綺麗……」

「でしょ? お気に入りの場所なんだ」

 太陽がもうじき沈む。夕日がよく見えるこの場所は、音ノ木坂を一望できる高台。そう、ここがデートの最後を飾るに相応しい場所である。

 とても楽しかったデートも、これでお終い。まだ南さんと別れる訳ではないが、実質ここがデートの最後の場所である。

「神崎くん」

「ん? どした?」

「……今日のデート、とても楽しかったよ」

「……そっか、良かった。俺も楽しかった」

 近くにあったベンチに腰を下ろす。南さんも隣に座った。

 現在、俺と彼女以外に誰もいないこの高台。正真正銘、2人きりの状況だ。
 右隣には、儚げな表情で夕日を見据える南さん。夕日に照らされた彼女の顔は、いつもより格段と美しく見えて。しばらく釘付けになっていた。

 ──それが理由なのかもしれない。俺が南さんを抱き寄せる様にして、肩に手を回したのは。

「……あっ」

 完全に無意識の内だった。自分でもよく分からない。自惚れだとか、調子に乗っただとか、俺を貶す言葉はいくらでも出てくる。南さんにそのようなことを言われても文句は言えまい。

 だけど彼女は、少し驚いただけで、その後は何も言わずに俺を受け入れてくれた。コツン、と右肩に体重を感じる。南さんが頭を乗せてきたのだ。

「……」

 会話もなく、ただそよそよという風の音だけが通り抜けてゆく。いや、最早会話すらも必要ないのかもしれない。

 ──だって、これ以上ないくらいに幸せな今、変に言葉を交わすより、このまま幸せに身を委ねる方が良いに決まってるから。

 一体どのくらいの時間、南さんと寄り添っていただろうか。いつの間にか、夕日が沈み切っていた。辺りも徐々に暗くなり始め、街灯が点いているところも確認できる。

 そろそろ、帰るべきか。

「……そろそろ帰る?」

「……」

「南さん?」

 ずっと会話がなかった為、若干ではあるが恐る恐る南さんに聞いた。しかし、肝心の彼女の反応がない。どうしたのかと顔を覗くと、目を瞑っていた。寝息も聞こえるし、どうやら眠っているようだ。

 今日は結構歩いたし、疲れてしまったのだろう。そういう俺も、久しぶりにたくさん歩いたから足が痛い。身体も疲れが溜まっているように感じる。帰ったらシャワーを浴びてそのまま寝てしまうのもいいかもしれない。

「南さん、起きて」

 声を掛けながら、彼女の身体を優しく揺する。あくまで優しくである。

「んん……うん? あれ……私、眠ってた?」

「うん、おはよう」

「おはよう……じゃなくて! ご、ごめんね!」

 意識が覚醒したのか、いつも通りの南さんに戻った。いつも通りの南さんも可愛いけど、寝起きの南さんもとても可愛かったな。まるで抱き締めたくなるような可愛さだ。今まで寄り添ってはいたけれど。

「いや、大丈夫。それでさ、もうそろそろ帰ろうかなって思って」

「あっ……そっか。もうそんな時間なんだ……」

 どこかもの哀しそうに、地平線を見つめる南さん。デートの最後を惜しんでいるのだろうか。

「うん、名残惜しいけど……ね」

「そう、だね……」

 俺としてもまだデートは終わって欲しくない。まだ南さんと遊んでいたい。もっとこの幸せな時間に身を委ねていたい。

 だが、そうもいかないのが現実だ。大人であればこのまま遊び明かすのも可能だろうけど、俺達はまだ未成年。親だって心配するし、あまり遅い時間に歩き回っていると補導されるかもしれない。

「……ねえ、神崎くん」

「どうした?」

「また、デートしたいって言ったら……してくれる?」

 目にはうっすらと涙を浮かべ、頬を赤く染めながら聞いてくる南さんは──今日一番可愛く見えた。
 愛おしい。ただ、南さんのことが愛しい。最早俺の南さんを想う気持ちは、とてつもなく大きくなっていた。

「……当たり前だよ。南さんさえ良ければ、何度でも出掛けよう」

「ほんと? ふふっ、嬉しいな」

 若干告白のようになってしまったが、これは揺るぐことのない俺の本心だ。幸い南さんは告白と受け取っていないようだし、そのままにしておこうと思う。

「それじゃ、帰ろっか」

「うんっ!」

 茜色に染まる夕焼けの空の下、俺と南さんは帰路に着いた。

 ──お互いの手を、しっかりと握りしめながら。
 
 

 
後書き

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