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天使のような子に恋をした

作者:Evoluzione
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天使のような子と旅行先で出会った


 ──学校行事で最も大きなものは何か?

 それは間違いなく卒業式だろう。3年生が学校を巣立ち、将来へと向かって羽ばたく大事な式典だ。1、2年生も参加し、先輩を見送る。その中で部活でお世話になった人にはかなりの思い入れがあるだろう。

 卒業式の他にも入学式や、5年や10年単位となるが創立記念式典などもかなり重要な学校行事だ。

 ただ、こういった式典を除くと話は違ってくる。式典に匹敵するほどの一段と大きな行事。学生達が最も楽しみにしている行事。それは、主に中学校は3年次、高校は2年次に予定されている。学校行事の中でこれが一番大きなものという人もいるだろう。

 その学校行事とは──

「待ちに待ったぜこの日を……! 修学旅行を……!」

 そう、我が親友も言っているように修学旅行である。いつものことだがコイツのテンションは高い。

「あまり大きな声出すなよ。他の人の迷惑になるから」

「分かってるよそれくらい。でもさ、やっぱり興奮しちゃうよな。何か落ち着かないんだよ」

 まあ、気持ちは分からないでもない。こういう時って、いつもより遥かにワクワクするんだよな。実は、俺もワクワクしてたりする。

「うーん、まあとりあえず寝ろ」

「おいおい、折角雲の上を飛んでるんだ。寝るなんて勿体ねーよ」

「……確かにそうだな」

 今回の修学旅行は四泊五日で、行き先は沖縄県。そんなこともあり、現在俺達は飛行機に乗っている。

 窓の外には辺り一面に広がる雲海と、ありとあらゆるものを吸込みそうな宇宙の青。思わず、その景色の美しさに息を呑む。なるほど確かに寝るのは勿体無いな。

 そんな外の景色に目を奪われていると、翔真が驚くべき発言をする。

「そういや、この飛行機に音ノ木坂の生徒も乗ってるみたいだぞ」

「……何だって?」

 意味を理解するのに数秒を要した。音ノ木坂の生徒が同じ飛行機に乗ってるって? いや、まさか……

「蒼矢は見てないと思うけど、空港で音ノ木坂の生徒を見たんだ。キャリーバッグだって持ってた。何ならことりちゃんも見たぞ?」

「はぁ!?」

 自分でも驚くくらいの声量の大きさで声を上げ、思わず立ち上がってしまった。当然注目の的となる訳で、たくさんの生徒の視線が俺に集中する。

「あっ、すいません……」

 頭を下げながら再び腰を降ろす。まったく、とんだ恥をかいてしまった。

「大きな声出すなよって言っといて自分で大声出すのか」

「仕方ないだろ。そりゃ大声も出したくなるわ」

「ま、そうだろうな」

 ニヤニヤしながら俺を見る翔真。物凄くぶん殴りたい衝動に駆られたけど、ここはグッと我慢。それよりも気になることがある。

「……で、本当なのかよ? 南さんがいたって話は」

「ああ、本当だ。というか穂乃果ちゃんと海未ちゃんも一緒にいたぞ。あっちは俺達に気付いてなかったみたいだけど、アレは絶対ことりちゃん達だった。ファンである俺が見間違える訳がない」

 ……まあ、翔真がここまで言うんだから間違いないだろうな。

 ということはコイツの言う通り、この飛行機には南さん達も乗っているのか……。

 ──会えないかな。

「この飛行機って沖縄行だろ? だから音ノ木坂も修学旅行っぽいな。いやー、まさか重なるとは」

「……すごい偶然だ」

 もしかしたらあっちで南さんと話す機会があるかもしれない。いや、あっちじゃなくてもこの飛行機内でばったり会って、なんてことも──

 そんな事を考えながら、飲みかけのジュースに口を付ける。ああ──美味い。

「……そういや最近どうよ」

「……念のため聞くけど、どうって何がだよ?」

「決まってるだろ。ことりちゃんとの仲だよ」

「んぐっ!? ゲホッゲホッゲホッ!」

 何を聞いてくるかと思えば。突然そんな事を聞いてくるから器官にジュースが入ってしまった。相変わらず翔真はニヤニヤしながら俺を見ている。少しは俺を心配する気概があってもいいだろうに。

 ──それにしても南さんとの仲、か……。それを考えると、自然と心が重くなるような、そんな感覚に陥る。出来ることなら、あまり考えたくなかった。

 すると、翔真がまるで見透かしたように聞いてきた。

「おっ、その様子だと上手くいってないみたいだな」

「……上手くいってないというか、そもそも最近会えてないんだよ」

「あれ、そうなのか? てっきり毎日会っているかと思ってたけど」

 ──そう、実はここ2週間、南さんと会うことが出来ていない。普段なら俺の家の前で待っているくらいなのに、ある日を境にしてそれが無くなった。最初は用事でもあるのかなとも思ったけど、どうやらそうでもないらしい。事実、今日という今日まで会えてないんだから。

 そして、そのある日というのがライブの翌日──つまり、俺が南さんに初めて“可愛い”と言った日の次の日からで。

 ──原因って絶対コレだよなぁ……。

 最悪、南さんに嫌われてしまったということも十分に有り得る。もしそうだったら俺の初恋はそこで幕を閉じることになる。仮にそうなった場合、潔く諦めるしかない。ストーカーにはなりたくないし。

 ──考えたくもないけど。

 ちなみに何度もRIMEを送ろうとしたけど、南さんに迷惑が掛かると思って結局送るに至ってない。ヘタレだよなぁ、俺。

「なるほどな。だけどことりちゃんはお前のことを嫌ったりなんかしてないぜ」

 事の顛末を聞いた翔真は、どこか達観した様子で語る。それが単なる励ましや慰めじゃないって事は、彼と10年以上の付き合いがある俺にはすぐ分かった。

「あのさ、可愛いって言われて嬉しくない女の子なんていないさ。それが仲の良い友達なら尚更だよ。多分、ことりちゃんは照れ隠しで行動してるんじゃないか?」

「照れ隠しか……」

「実際、可愛いって言った後逃げるように立ち去っただろ? 嬉しくもあったけど恥ずかしかったんだよ」

 ──やはり、持つべきものは親友だ。今まで心がずっしりと重く沈んでいたのが嘘のように、すーっと軽くなった。これまで何回助けられてきたことか。今回もこうして助けられてしまった。

「……なるほど。そうだといいんだけどな」

「絶対そうだって! 多分!」

「いやどっちだよ」

「ハハッ、大丈夫大丈夫! 心配すんなって!」

 いつもの調子で笑う翔真。はぁ……コイツって奴は。

 ──でも、ありがとな。翔真。

 あっちで南さんに会えるかは分からない。だけど、偶然会ったときはどのように接すればいいだろうか。
 再び窓の外へ目を向ける。相変わらず宇宙は青く、雲は白かった。

 ……ちなみに、結局飛行機内で南さんの姿を目にすることは出来なかった。







「あっつー……」

「……夏服で来てほんとによかった」

 修学旅行2日目。今日は班別自主研修ということで、沖縄県の様々な名所を巡ることになっている。まあ、班といっても俺と翔真の2人だけなんだけど。他の班は4、5人いるんだけど、班分けの時に色々あって俺達2人だけになった。俺としてはこっちの方が気が楽でいいけどね。

 それにしても、暑い。もう10月──東京ではようやく肌寒くなってきた頃だというのに、それを感じさせないほどの暑さ。太陽は夏のようにギラギラと俺達を容赦無く照らし、今は真夏の真っ只中かと勘違いするほど。流石日本最南端に位置する県なだけある。

「蒼矢……そろそろ休憩しようぜ……」

「ああ……そうだな」

 流石にこの暑さではやってられない。それは翔真も同じようだった。

 幸いそろそろお昼時だし、休憩するには丁度いいだろう。どこか適当な飲食店でも見つけて、そこで休憩するついでに昼飯を食べるか。

 ──そういえば、今頃南さんは何をしているだろうか。予定が同じなら彼女も自主研修中だろう。結局昨日は話すことは勿論、会うことさえ出来なかったから今日こそは会いたいけど、そう上手く行く訳ないよなぁ。

 ──そんな時だった。背後からやけに聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。

「あれ? もしかして蒼矢くんと翔真くん?」

「えっ?」

 驚くほど翔真と同じタイミングで振り返る。そこにいたのは、なんと穂乃果さんに園田さん、そして──ずっと会いたかった南さんだった。どうやら神様は俺の味方をしてくれるらしい。

「あ、やっぱりそうだった! 久しぶり2人とも!」

「穂乃果ちゃんに海未ちゃん、ことりちゃんも! 久しぶり!」

「お久しぶりです。こんな所で会うなんて奇遇ですね。お二人も修学旅行でしたか」

「そうなんだよ! いや、実はさ──」

 翔真達が色々話しているけど、俺はそれどころじゃなかった。久しぶりに会う南さんは、以前よりも可愛く、愛おしく見えた。ああ、やっぱり好きなんだな、南さんのこと。

「あっ──」

 彼女と目が合った。何だか気恥ずかしくてすぐ逸らしてしまったけど、それは向こうも同じみたいだった。キョロキョロと視線を泳がせていて、目が合ってもすぐ逸らしてしまう。それの繰り返しが何回か続いた。

 どうすりゃいいんだこれ……かなり気まずい状況なんだが……

 ──そんな俺達の様子を、ニヤニヤしながら見守る人物が約3名ほど……。

「……なんすか」

「いや? 別に? 何でも?」

「ちょっと微笑ましいなって見てただけだよ!」

「私達のことは気にしなくていいですよ」

「ほ、穂乃果ちゃん……海未ちゃん……!」

 助けを求める南さんだけど、穂乃果さんと園田さんはニヤニヤしたままだ。穂乃果さんはともかく園田さんまで乗るとは。案外ノリのいい人なのかもしれない。

 ……というか、この様子だともしかして、俺が南さんのこと好きってこと、バレてる? もしくは翔真がバラしたとか?

 後でちょっと尋問(おはなし)してみるか。丁度そう思った所で翔真が耳打ちしてきた。

「お前さ、ことりちゃんと話したいんじゃなかったのか? 今その時が絶好のチャンスだろ。これ逃したら次はないかもしれないぞ?」

「……分かってるよ」

 毎度のことながら翔真には助けて貰いっぱなしだ。お礼として尋問は軽めにしてやるか。

 さて、俺も男だ。勇気を出して話し掛けてみよう。翔真の言う通り、この機会を逃したら次はないかもしれない。それだけは絶対嫌だね。

 まずは心を落ち着かせて──よし!

「南さん」

「ひゃっ、ひゃいっ!?」

 ……何もそこまで驚くことなのだろうか。可愛いからいいけど。

「えっと、その……まずは改めて。お久しぶり、南さん」

「……久しぶり、神崎くん」

 2週間ほど耳にしていなかった、南さんの俺を呼ぶ言葉。それがもう、どうしようもないほど嬉しくて。油断したら思わず本音が漏れてしまいそうだ。

「元気だった?」

「うん、風邪とか怪我もないよ。神崎くんは元気だった?」

「俺も大丈夫。特にこれといった風邪とかも引いてないかな」

「ふふっ、よかった」

 優しく微笑む南さん。久しぶりに目にするこの表情。それがどれだけ俺の心に響いたか。言葉にしなくても分かるだろう。

 ──本当に、可愛いな。

「……なあ、蒼矢。話してるとこ悪いんだけど、いい加減場所変えようぜ……」

「あっ……そうだな……」

 南さんとの会話に夢中になってて忘れてたけど、これから休憩のついでに昼食を食べに行くんだった。でも好きな人との会話ってすごいな。暑ささえも忘れることが出来るんだから。

「穂乃果さん達はどうする? 俺達これからお昼にするんだけど、もう食べちゃったかな?」

「ううん、まだだよ!」

「お昼を食べようって話になった時に、丁度神崎くん達を見つけたんだ」

「おっ、それならさ、一緒に食べない?」

「うん、もちろん!」

 ……なんか自然な流れで誘ってしまった。傍から見たらナンパみたいに見えるかもしれない。

 ま、まあOKは貰ったし良しとしよう、うん。

「どこで食べようか?」

「それなら穂乃果が美味しそうな所があるって目を輝かせてましたけど……」

「そうなんだ  少し歩くけど、絶対に美味しいと思うんだ! 付いてきて!」

「あっ、穂乃果!」

「おい、2人とも!」

 一人で先に駆けていく穂乃果さんと、それを追いかける園田さんと翔真。この暑さの中でも、相変わらずの元気全開な彼女。というか追いかける園田さんもすごい。流石、日々の練習は伊達じゃないみたいだ。翔真も追い掛けているけど、アイツはどうせすぐにバテるだろう。

「あはは……私達も行こっか」

「そうだな」

 思わず2人で苦笑い。そうして穂乃果さん達の後を追い始めた。といっても、ゆっくり歩きながらだけど。

 ──そして、3人が先に行ったから俺と南さんの二人っきりとなった。もしかして、穂乃果さん達は俺のことを気遣ってこの状況を作ってくれたのか? ……いや、考えすぎか。

「こうやって並んで歩くのも久しぶりだね」

「……ああ、そうだな」

「神崎くんは私と並んで歩くの、嫌い?」

「なっ、そんな訳ないじゃないか」

「そっか、良かった」

 どうしてそんなことを聞くのか。とても気になったけど質問するのはやめておいた。それを聞くのは野暮のような、そんな気がしたから。

「じゃあ逆に聞くけど、南さんは俺と一緒に歩くのは嫌じゃないの?」

「もちろん嫌じゃないよ。どうして?」

「だってほら、二週間俺と会ってくれなかったし……」

「えっ……あっ、そ、それは違うの! えっと……」

「恥ずかしかった……そうでしょ?」

「な、なんで知ってるの〜!?」

 顔を真っ赤にして慌てふためく南さん。可愛いけど、あまりやり過ぎないようにしないと。

「ま、まあ、俺も悪かったよ。いきなり可愛いなんて言われたら、そりゃあ顔も合わせずらくなるよね」

「本当だよ〜! あの後恥ずかしかったんだからね! ……嬉しかったけど」

「え、何だって?」

「ううん、なんでもないのよ! なんでも!」

 最後の言葉が聞き取れなかったけど、まああまり大したことではないだろう。南さんもこう言ってるし。

「と、とにかく! いきなり可愛いなんて言っちゃダメ!」

「ごめんごめん。……でも、あの時の言葉は本心だからさ」

「……!?」

 突如として南さんの動きが止まった。今回もまたやらかしてしまったのだろうか。

「……もう、神崎くん、いじわるです」

「……!? ご、ごめん……」

 その時の南さんの表情は、今まで見たことがないものだった。目には涙を浮かべ、顔は真っ赤に染まり、上目遣いで俺を見てくる。当然、やらかしてしまったという焦燥感が沸いてきたけど、それ以上に今の彼女にはクるものがあった。

 ──キミがそんな表情をするから、俺はもう一度キミに恋をしたじゃないか。

 会話がぷつりと途切れ、俺と南さんの間に沈黙が訪れる。だがそれは長く続くことはなく、意外にもそれを破ったのは彼女の方だった。

「……今度の日曜日、空いてるかな?」

「えっ? まあ一応空いてるけど……」

「良かった。もし──もし神崎くんが良ければだけど、い、一緒に出掛けてくれないかな、なんて」

 ……今なんと? 一緒に出掛けてくれ? それってもしかしたら世間一般に謂うデートって奴では……?

「えっ、それって……」

「うん、簡単に言えばデート……だよ?」

 デート、デート、デート……その言葉を良く考え反芻する。

 ──やっぱりどう考えてもあのデートしかないよな……?

 南さんとデート、南さんとのデート……。
 どうしよう。思考という名の回路がショートしそうだ。

 とりあえず落ち着け、俺。一旦冷静になろう。

「え、えっと……それじゃあその日、一緒に出掛けようか」

「ほ、ほんと!? ありがとう神崎くん!」

「お、おう。こんな俺だけどよろしくな」

「こちらこそよろしくね!」

 南さんに恋をしてから早一ヶ月。人生初のデートは意外にも早めにやってきた。誘ったのが男である俺からではないのは何とも情けないけど。

「蒼矢ー! ことりちゃーん! こっちは着いたぞー!」

 いつの間にか先に行った3人は、目的の店へ着いていたようだった。100メートル先から手を振る翔真と穂乃果さんの姿が見える。

 やっぱり南さんと一緒に歩いていると、時間が短く感じる。時間にしておよそ10分。本当にあっという間だった。

「おーう! 今行く! 南さん、行こうか」

「うんっ!」

 駆け足で翔真達の元へと急ぐ。南さんの手を引こうかとも思ったけど、流石にそれはまだ出来そうにない。

 ──でも、いつか。いつかは必ず南さんの手を引いて歩いてみせる。絶対に。

 そして、その後は5人で昼食を食べながら、他愛もない話で盛り上がった。店を出た後はすぐ別れることになったけど、東京に戻っても俺達は会おうと思えば会える。そんな期待を胸にして、南さん達と別れた。

 ──ちなみに別れ際、南さんに「デート、楽しみにしてるね」と耳打ちされ、今度のデートを絶対に成功させてみせると決心したのはまた別の話。
 
 

 
後書き

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