儚き想い、されど永遠の想い
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9部分:第一話 舞踏会にてその六
第一話 舞踏会にてその六
「我が八条家と白杜家はです」
「何が悲しくてそうなったのかな」
義正はここでは苦笑いになっていた。そのうえでの言葉だった。
「御互いにね。喧嘩する理由もないのに」
「因縁でしょうか」
「因縁なんだね」
「八条家と白杜家の仲は古来よりです」
歴史が遡った。さらにであった。
「御互いに公卿出身で平安の頃より争ってきました」
「そうだね。その頃からね」
それは義正もよく知っていた。己の家のことだからだ。八条家の歴史は古いのだ。それこそ平安にまで遡る程なのである。
「そして御維新からは」
「御互いにそれぞれ企業を起こして成功して」
「今の関係に至ります」
「本当に因縁だね」
義正はまた苦笑いになって述べた。
「その両家がここで顔を合わせる」
「くれぐれも御注意を」
執事は真剣な面持ちで主に囁いた。
「衝突だけは避けなければ」
「無意味な衝突はだね」
「あちらも避ける筈です」
その白杜家の面々もだというのである。
「ですから。御互いに避けてです」
「難を避けようか」
「それで御願いします」
こんな話をしてだった。義正は執事を連れて舞踏の場に入った。そこは前に来た時と然程変わらない内装であり置かれている酒も料理もであった。前と大して変わらないようなものであった。
来ている面々もだ。すぐにあの友人達が彼のところに来てて。こう言うのであった。
「やあ、今日も来たね」
「連続で来るのは珍しいんじゃないかな」
「そうかな」
気さくな笑みを浮かべてだ。義正はその彼等に返した。そのうえで場に入った。
そうしてだ。彼等と今日はこんな話をするのであった。
「最近白樺派がよくないかい?」
「ああ、小説だね」
「その話かい」
「うん、僕は特に武者小路実篤がいいね」
白樺派を話に出したその彼が言うのだった。
「ああした。恋愛ものがね」
「ああ、前の話だね」
「恋愛の話になるのかい?今日も」
「君も好きだね」
「いや、今日は文学だよ」
彼はだ。にこりと笑ってこう述べるのだった。
「そっちだよ」
「文学かい、その白樺派のだね」
「そっちだね」
「そうだよ。白樺派は文章が読みやすい人が多いからね」
それでいいというのだ。
「その武者小路実篤にしても志賀直哉にしても」
「ああ、志賀直哉かい」
「確か仙台藩出身だったな」
「そうそう、家老の家の出だったね」
皆志賀直哉についてはある程度知っていた。実際に志賀直哉は仙台藩の家老の家の出であった。武家としてはかなりの格式の家の者なのだ。
その彼の話に入る。その作品のことだ。
「あの作家の文章だね」
「確かに、あれはいいね」
「読みやすいね、とても」
「描写も上手だしね」
「最近芥川龍之介が流行だけれどね」
彼もこの頃から名前が売れだしていた。そうして瞬く間に日本で知らぬ者はないまでの作家になってゆくのである。それが大正の芥川だった。
「あの作家も凄くなるよ」
「じゃあ漱石や鴎外みたいになるかな」
一人が彼等の名前を出した。明治の文豪達だ。
「志賀直哉もね」
「そこまでなるかな」
「間違いなくなるね」
彼は太鼓判さえ押した。
「あの作家はね」
「ほほう、そこまでの作家なら僕ももっと読むか」
「そうだね、僕もそうしようか」
「僕は最近海外文学の訳本に凝ってるけれど」
他の面々もだ。楽しげに笑って話すのだった。
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