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儚き想い、されど永遠の想い

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8部分:第一話 舞踏会にてその五


第一話 舞踏会にてその五

 その彼がだ。こう義正に言ってきたのだ。
「今日は少し御気をつけ下さい」
「気をつけるとは?」
「白杜家の方々も来ていますので」
 こう彼に言うのであった。
「ですから」
「白杜家もかい」
「はい、そうです」
 執事は端整な声でまた彼に話した。見れば彼も黒髪で長身である。顔は主よりもいささか年長に見える。その黒髪を丁寧に後ろに撫でつけ流麗な切れのある細い目をしている。
「あの方々がです」
「そうなのか」
 それを聞いてだ。義正は顔を曇らせた。そのうえでの言葉だった。
「あの家とはまた対立したからね」
「台湾の工場の件で」
「砂糖工場だったね、確か」
「はい、そうです」
 この時代台湾は日本領であった。日本は台湾に対してかなりの投資をしていた。産業も育成しており砂糖工場もその一環であったのだ。
「それの受注競争で我が家が勝ちました」
「それに対して白杜家は敗れた」
「その遺恨がありますので」
「わかったよ」
 義正もだ。困った顔になっている。
「それではね」
「我が家かあちらが主宰の宴なら呼ばれなかったのですが」
「今回は知事閣下が主催だから」
「ですから。私達もあちらもです」
「呼ばれたということだね」
「そういうこともあります」
 仕方がないといった口調であった。
「ですが。なってしまったからにはです」
「わかっているよ。じゃあ」
「御互いに触れ合わないようにということで」
 これが執事の提案だった。
「向こうもそう思っているでしょうし」
「それが処世術だね」
「その通りです」
 まさにそうだというのであった。
「ですから。そういうことで」
「わかっているよ。ただ朝鮮半島ではね」
 義正は自分の家の話をここでもした。
「我が家はあちらに負けたね」
「鉄道ですね」
「あちらでは負けたね」
 日本は当時日韓併合をして間もない。当時はまだその併合と統治が成功すると思っていた者も多かった。それも時代故のことであろうか。
 この統治がどれだけの赤字経営になるか、そしてどれだけの失政になるかは予測する者はいた。しかし肝心の伊藤博文が暗殺されてだ。併合してしまったのである。
 だが義正達はそのことをまだ知らない。それでこう残念そうに話をするのであった。
「鉄道は。非常に素晴しいものだけれどね」
「はい、半島の同胞達を大いに助けます」
「そして我が財閥に大きな利益をもたらしてくれる」
「それで狙っていましたが」
「あちらでは負けてしまったね」
 義正は残念そうな声をまた出した。
「残念ではあるけれどね」
「しかしこれで、です」
「一勝一敗だけれど」
「引き分けにはなりません」
 執事はシビアなこの現実も述べた。
「御互いに負けたのです」
「引き分けではなくだね」
「はい、互いに遺恨を残す結果になりました」
「どっちかが全敗すればよかったのかな、それじゃあ」
「それはそれで遺恨を残します」
 そうすれば敗れた方が一方的に恨み勝利した方もそれに応じざるを得ない。結局一勝一敗と結果は変わらないというのである。
「ですからそれはです」
「同じなんだね、勝っても引き分けでも負けても」
「どれも。まさにそうです」
「そういう間柄ってことだね」
「はい」
 執事はこう義正に答えた。
 
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