Raison d'etre
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二章 ペンフィールドのホムンクルス
8話 長谷川京子(2)
「デート……」
その日の夜、桜井優は自室のベッドで携帯を片手に一人で唸っていた。
望月麗からのデートの誘いに優は承諾の返事を出した。
しかし、具体的なプランがあるわけでもなく、何も思いつかないまま無駄に過ぎていく。
「あー! もうだめだ!」
携帯を放り出し、ベッドに倒れこむ。
その時、ノックの音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
大声で叫ぶと、玄関から京子が顔を出した。
「なに一人で騒いでんの?」
「んー……悩み事がありまして
優はそう言いながら上体を起こしてベッドに座った。
「京子はこんな時間にどうしたの?」
「特に用はないんだけど、暇だったからさ。悩み事って?」
京子がそう言いながら、優の隣に腰掛ける。
優は無言で液晶画面が見えるように携帯を突き出した。
京子がそれを不思議そうにのぞきこむ。
「……デート? 望月さんと?」
「うん。でも、どこに行ったらいいか分かんなくて」
優はそう言って、再びベッドに倒れ込んだ。
京子が上から怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
「……もしかして、そういう経験ないの?」
「うん。よく考えたらデートとかした事ないから困って」
「……冗談でしょ?」
優は少しムッとして、京子を睨んだ。
「デートした事ないってそんなにおかしいかな?」
「いや……そういうんじゃなくてさ、ちょっと意外だっただけ」
京子が言う。どこか歯切れが悪い。
「優はさ、その、付き合った事ないの? 一度も?」
「んー。一度もないよ。京子はどうなの?」
切り返すと、彼女は小声で「ないけど」と呟いた。
「私の事は別に良いじゃん。それより優はそれでいいの。初デートなんだよね。望月さんの事、別に好きじゃないんでしょ」
「でもお友達からって言っちゃったし、断るのも変じゃない?」
「まあ、そうかもしれないけど。でもさ、いないの? 他に好きな人とか」
「うん。いないかなー」
優はそう言って、ゴロゴロとベッドで回転した。
「……京子先生、デートとはどういうところに行くべきなんでしょうか」
「……そんなに気負わなくて良いんじゃない。変に格好つけず、友達と行くようなところで行けばいいって」
「普通のところかぁ。カラオケとか映画とかかな?」
「話題が続く自信がないなら、話題に富んだ場所を選ぶべし」
なるほど、と頷く。
「あー。でも、相手って二歳年下なんだっけ? 年上に変な幻想抱いてたらしんどいかもね」
「幻想?」
「お洒落なレストランに連れてって貰えるとか、そういう幻想持ってるタイプだと年下はしんどいよ。慣れてないなら先に同年代と付き合ったら?」
「そっか……幻想かぁ……」
「ま、合わなければ無理に付き合う必要ないんじゃない。気負いすぎだって」
「それはそうだけど……やっぱりこういうのは真剣に対応したいなぁと思うわけです、はい」
優は上体を起こして、何となく枕を抱えた。
その時、カシャリと変な音が響いた。
一拍遅れてシャッター音だと気づく。
いつの間にか京子が優に携帯を向けていた。
「いまって写真撮るような場面だっけ?」
「いや、何となく」
そう言いながら、携帯をいじる京子。
「いいじゃん。減るもんじゃないんだから」
気にするな、とばかりに片手をひらひらさせる京子を見て、優は呆れたようにため息をついた。
「……変なことに使わないならいいけど」
「それよりさ」
京子が言う。
「優って年下が好きなわけ?」
「……年上とか年下とかって気にした事ないかなー」
「ふーん」
じゃあ、と京子が言う。
「同年代の、例えば華とか愛はどうなの」
突然出てきた友人の名に、優は動きを止めた。
思わず京子を見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「なに本気にしてんの」
それから立ち上がって背伸びする。
「あー。もうこんな時間か。帰って寝よっと」
「あ、うん。おやすみ」
玄関に向かう京子に声をかけると、彼女はひらひらと左手を振って、それから最後に振り向いた。
「ま、初デート頑張りなよ。後で残念会開いてあげるからさ。おやすみ」
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