儚き想い、されど永遠の想い
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207部分:第十五話 婚礼その十六
第十五話 婚礼その十六
「ローエングリン第三幕の婚礼の合唱です」
「前に聴いた様な気がしますが」
「そうだったでしょうか」
その辺りの記憶は曖昧だ。だがそれでも二人はこう話すのだった。
「ですがそれでも今は」
「そうですね。はじめて聴く様ですね」
「とても新鮮に聴こえます」
こう二人で話すのである。
「清らかな音楽ですね」
真理はその第三幕の婚礼の合唱を聴いて述べた。
「とても」
「そうですね。聴いているだけで」
「音楽はです」
真理は珈琲を飲みながら微笑み話す。
「その時によって聴いていて感じるものが違うのですね」
「同じ音楽であっても」
「はい。そうも思います」
こう義正に話すのだった。
「それが今わかった様に思えます」6
「この音楽はです」
そのだ。ローエングリン第三幕の婚礼の合唱がどうかというのだ。この曲はローエングリンとエルザの婚礼の場で歌われる曲なのだ。
その曲を聴いてだ。真理はエルザに感情移入して話す。
「エルザ姫ですが」
「そのローエングリンのヒロインですね」
「そうなる人なのでしょうか」
「そうなるとは」
「はい、確かローエングリンに名を問うなと言われましたね」
「そうです。しかし問うてしまったのです」
これがローエングリンの物語の主題なのだ。それに問うて彼の名を知ってしまい別れになる。悲しみで幕を下ろす作品なのである。
しかし今の音楽はあくまで美しい。その音楽こそがなのだった。
「この曲を聴いていると」
「幸せにですね」
「永遠に幸せになりたいと思います」
「そう思わせる音楽」
義正も言う。地獄の様に熱く天使の様に甘い珈琲を飲みながら。
「それがこの音楽ですね」
「そうですね。二人で聴くと尚更思えますね」
「私は一人で聴いていました」
そのだ。ローエングリンをだというのだ。
「そうしていました」
「しかしそれではですか」
「こうは感じられませんでした」
「二人で。永遠に聴いていたい」
「ローエングリンもそう思った筈です」
エルザと別れざるを得なかっただ。そのローエングリンもだというのだ。
「実際にワーグナーも思ったのです」
「幸せな結末ですか」
「はい、結末です」
「それでは。その結末は」
「幸せに終わらせようかとです」
つまりだ。ローエングリンとエルザが結ばれる結末だ。それを考えたというのだ。
「しかし迷った末にです」
「ああした結末ですか」
「そうしたのです」
このことは様々なことがワーグナーの周囲でも話されていたのだ。ワーグナー自身も熟考した。しかしそれでもなのだった。
結果としてワーグナーは結末を悲しいものにした。幸せは一つにするしかなかったのだ。だが二人はその悲しい結末になる筈の音楽にだった。
今は幸せを見るのだった。二人の幸せを。それでだ。
真理は珈琲を飲み終え。そのうえで義正に話した。
「ところで」
「ところで?」
「もう一杯飲まれますか?」
珈琲をというのだ。その飲み終えた珈琲のお代わりだった。
「どうされますか」
「そうですね。では私も」
「飲まれますか」
「そうさせてもらいます」
義正も笑顔で応え。そうしてだった。
二人で珈琲をもう一杯飲むのだった。そのうえでだ。
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