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儚き想い、されど永遠の想い

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125部分:第十話 映画館の中でその十五


第十話 映画館の中でその十五

「中々忘れられません」
「全く。些細な揉め事からだ」
「それからことあるごとに衝突して」
「今に至る」
 苦い顔でだ。伊上は両家のそのことを話すのだった。
「明治から大正になるまで」
「今に至るまでも」
「そうだ、困ったことだ」
 そしてだ。こんなことも言うのだった。
「山縣公爵も何とかしたいと思われている」
「あの方もですか」
「他の元老の方々もだ。思われていたがだ」
「どなたもどうすることもできず」
「今に至る」
 そうなっているというのである。そしてだ。
 伊上はだ。まだ封を切っていないその手紙を己の顔の高さに持って来た。安楽椅子に座りその落ち着いた中でそこまでやったのだ。
 そのうえでだ。己の傍らに立つその従者にまた話した。
「あれだな。結び目だ」
「結び目ですか」
「希臘の話だったな」
 そのだ。欧州の一国の話を引き合いに出すのだった。
「あの国の話だが」
「希臘の結び目ですか」
「ゴルディアスの結び目だったか」
 話すのはだ。それのことだった。
「あれの様になってしまっているな」
「それは一体何でしょうか」
 従者はそのゴルディアスの結び目が一体何なのか。それを己の主に尋ねた。
「そのゴルディアスの結び目とは」
「車輪に結び付けられている複雑な結び目でだ」
「複雑なですか」
「それは誰がどうしても解けなかった。しかしだ」
「しかし?」
「若しその結び目を解けるならば」
 どうなるかというのである。そうした話だった。
「解いた者は英雄となる。そうした伝説だ」
「そうした話があったのですか」
「それと同じになっている」
 伊上は本来そうであると思われる厳しい顔になっていた。その顔でだ。
 こうだ。従者に話すのだった。
「まさにな。若しあの両家の対立を解消できれば」
「それは」
「それができた人間はまさに大物だ」
 そうだというのだ。
「そう思う」
「確かに。両家の対立は」
「今ではどうしようもないな」
「元老の方々でもどうにもなりませんでしたし」
「根深くそして無意味だ」
 二つの負のものに満ちている、そうした対立だというのだ。
「まさにな。ゴルディアスの結び目は解かれたが」
「解かれたのですか」
「剣で断ち切られた」
 そうなったというのである。それで解かれたというのだ。
「アレクサンドロス大王によってだ」
「アレクサンドロス大王とは」
「その希臘の英雄だ」
 そうした人物だというのだ。
「希臘から波斯、印度まで攻め入ったな」
「随分と広いのですね」
「世紀の英雄だろうな」
 その英雄の話になったのだった。
「まさにな」
「それがその大王ですか」
「アレクサンドロス大王だ」
「では。両家の対立は」
「剣が必要だ」
 その結び目を断ち切る剣がだというのだ。
「それが必要だな」
「ですがその剣は」
「誰も持っていない」
 これが現実だった。だから今まで誰もどうしようもなかったのだ。
 そのことについてだ。伊上は憂いの顔で話す。
「どうすればいいのかもだ」
「わかりませんね」
「わからない。当然わしもだ」
 伊上自身もだというのだ。その憂いの顔での言葉だ。
 
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