儚き想い、されど永遠の想い
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124部分:第十話 映画館の中でその十四
第十話 映画館の中でその十四
今かけられている曲に重ねられる。自然に。そして話すのだった。
「それではです」
「それでは?」
「私は決めたのですが」
「決めたとは」
「伊上克先生は御存知でしょうか」
彼の名前をだ。真理にも話したのだ。
「あの方は」
「はい、知っています」
その通りだとだ。真理はすぐに答えた。
「今神戸に隠棲しておられる」
「そうです、あの方です」
「その方とですね」
「はい、私達はです」
会うというのである。
「そうします」
「わかりました。それでは」
真理はだ。義正のその言葉に頷いた。そうしてだった。
義正に対してだ。また話した。
「では私達は伊上先生とお話して」
「そのうえで、ですね」
「私達の道を開きましょう」
そのことを決めたのだった。この話の後でだ。
義正は手紙を書いた。その送り先は。
神戸のある洋館だ。そこは大きくしかも気品のある場所だ。そこにいる見事な和服を着た男のところにだ。その手紙が来たのである。
白い髪を油で丁寧に撫でつけ同じ色の口髭を固めている。痩せた顔をしており背は中背だ。その彼が手紙を受け取ったのだ。
そのうえでだ。長年彼に仕えている年老いた従者に話すのだった。
「これは珍しいな」
「珍しいといいますと?」
「八条家の若君からだ」
顔は厳しいがそれでもだった。強い光を放つ目まで頬笑まさせてだ。そうしてだった。
その従者にだ。また話したのである。
「三男殿からだ」
「八条家の三男殿といいますと」
「義正君だ」
微笑んでだ。その名を話したのである。
「あの彼からだ」
「義正さんからですか」
「そうだ。彼がこうして手紙を書いてきてくれるとはな」
「はじめてではないでしょうか」
「記憶にある限りはじめてだ」
こう話す口髭の男だった。
そのうえでだ。彼はこんなことを話した。
「わしに来る手紙は多いがな」
「今でも日に何通も来ますね」
「伊上克にな」
彼こそがだ。その伊上克だった。明治の頃より辣腕を振るい日本を創り上げた政治家、官僚の一人である。まさにその彼がなのである。
今は神戸に隠棲している彼がだ。手紙を手にして話すのだった。
「だが。彼からの手紙はだ」
「はじめてですね」
「そうだ。一体何の用か」
「何の御用件なのか気になりますね」
「別に白杜家の誰かと決闘するとかそうした話ではないだろう」
笑ってだ。それはないだろうというのだ。
「幾ら何でもな」
「そうですね。それはないですね」
「あの若旦那はそうした御仁ではない」
無意味な決闘をする様なだ。そうした者ではないというのだ。
「だからな」
「八条家と白杜家は」
「どうにかならないものかと思っている」
伊上は首を傾げさせて述べた。
「あの二つの家はな」
「そうですね。あの両家は」
「最初は些細な揉め事からはじまった」
両家の対立のことをだ。従者に話すのだった。
「そのことは覚えているな」
「はい、よく」
従者もだ。そうだというのである。
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