シークレットガーデン~小さな箱庭~
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立食パーティー編-3-
会場にいた全員が紫龍の奏でる幻想的な演奏に聞きほれ時間を忘れた。
「…………」
招待客達は食事をすることを忘れ、
「…………」
今後の利益の為にしようと思っていた黒い取引をすることも忘れ。
「…………」
従者や従業員達は料理を運んだり、主の世話をすることを忘れ呆然と立ち尽くし、紫龍の奏でる演奏に聞きほれていた。
中には感動のあまり大粒の涙を流す者までいるようだ。小さなハンカチ一枚ではとても拭ききれない程の大粒の涙は滝のように流れ落ちる。
「どうぞピアノの演奏とともにお食事をお楽しみください。
今宵が実りある一夜にならんことを」
会場を見渡し一言静かにそう言うと、カタリナは静かにゆるりと頭を下げて礼をしてくるりと身体を翻し特設ステージから降りて会場の外へと出て行った。
それが合図になったかは分からないが、カタリナが出て行ったのをきっかけに何か緊張の糸のような物が切れたような気がした。少しピリピリとしていた空気は和らぎ、止まっていた時間が流れ始め忘れていた時間を取り戻すように観客達は食事を楽しみ、
「……では百憶でどうでしょう?」
「それなら良いぞ」
「……良い買い物をしましたわ」
自分達の利益しか考えない黒い取引をひそひそと始め、思い思いにパーティを楽しんだ。
――それは"この子達"も同じ。
「もしゃもしゃっ」
「もぐっもぐっ」
初めて見る料理はどれも美味しかった。頬が落ちてしまうくらいに美味しかった。
こんな美味しい料理なら毎日でも、いくらでも食べ続けられる。いや、いつまでも食べ続けて痛いのが本音か。
餃子の皮で作った一口サイズのピザは手で持って気軽に食べれるのが良い、そして上にのっている焼き鳥がテリヤキ風味でとても美味しい。小さく刻んだゆで卵に刻みネギは彩り鮮やかでとてもオシャレだ。
王道の組み合わせ、タラコ&ポテトを組み合わせたグラタンは、間違いナシの美味しさ。
ルシアが好きな料理だからと、よくヨナが頑張って作ってくれた料理だ。ホワイトソースも電子レンジで簡単に出来る為小さなお子様でも簡単に作れるというわけだ。
美味し過ぎてついつい食べ過ぎてしまうが、それでも食べたいデザート。沢山の種類が置かれているようだがその中でも、四角い硝子容器入れられている、豆乳で作られたパンナコッタ。上に敷き詰められるようにのせられた苺が甘酸っぱいくてとても美味しい。
見る物、食べる物、全てが衝撃的で感動的なものばかり。……なのだが
「天下のドルファの主催とはいえ、所詮はビュッフェ形式のパーティー料理。
たいして美味くもないな」
料理をすくったスプーンは口元へ辿り着く前に皿へと戻された。普段からこうゆう料理を飽きる程に食べて来たリアにとって目の前に並べられた豪華絢爛な料理の数々は美味しくも何ともないのだろう。
ふぅ、ともう一度溜息ををつくとリアは、でも……と言葉をつづけた。
「でも……。彼の奏でるピアノの音色とともに食うと不思議と美味しく感じるな」
「……うん」
その答えにシレーナも静かに頷いた。
紫龍の奏でる演奏は確かに不思議な魔力めいたものを感じる。サブリミナル効果に近いもと言えばいいか。彼の演奏を聞いていると不思議と、ぽっかりと空いた心が満たされたような気分になり、今何か大きな買い物を吹っ掛けられれば二つ返事で買ってしまいそうだ。
ガバガバに開いた財布の口をキュッと閉め直す。
リアとシレーナのすぐ隣では……
「あっ、ランファ。僕の大トロ食べないでよっ!」
「モグモグ。へへっーん、早い者勝ちだもんねー」
大きな子供達が新鮮な魚介類が酢飯で握られた一口サイズの御飯の上にのせられた、寿司と呼ばれる料理を取り合いはしゃいでいた。
「そんな意地悪なこと言うんだったら、こうだよっ!」
「あぁーーー!! あたしのイクラちゃんがーー!!」
「んー、おいしい」
大きな子供達はお口を汚し、机の上は食べかすがぽろぽろと落ちて汚れている。
普段はランファの兄的ポジションをキープしている、ルシアだが彼もまだまだ子供だったというわけだ。初めて見る物に興奮し目を爛々と輝かせる、大きな子供だったというわけだ。
「素敵な演奏と残念な子供達……」
横目で隣の残念な子達を見つめ、リアは再びはあと大きな溜息を吐いた。だがその後、小声で「ま、楽しいからいいんだけどね」と言っていた事は誰も知れない事実。
用意された料理をあらかた食べつくした頃だったか。かなり腹が膨れもう今日は何も食べたくないと思った頃だったか。
ふと何気なく会場の外へ出て行く人影が見えたのは。
「あれは……ルシアのボディーガードの奴」
こそこそと辺りにいる人の目を気にするように、慎重で不自然な動きをしながら会場の外へ出てゆくムラクモ。
彼女の職業は主を護るボディーガード。ボディーガードなのに護るべき主から無断で離れて良いのかとツッコミを入れるのはもう止めた。
そんな些細な疑問よりも、もっと気になる重要なことがあるからだ。
「俺、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「へ? あ、うん……いってらっしゃい?」
急に言われて意味がよくわからなかったが取り敢えず返事をしておく。
お手洗いに行くと言ったリアは会場内にもあるにかかわらず、あえて止める従業員を制して会場の外へと出て行った。
リアが会場の外へ出て行くの見送ると
「にっひひ~」
薄気味悪い笑い方をし始めたランファ。その顔にはなにか悪い事を考えていますよ、と書いてある。
「リアってさぁどっちのトイレ使うのかな?」
ニヤリと大きく口角を上げてランファは言った。
「どっちとは?」
「女子トイレか、男子トイレかって事だよ!」
「え…そんなの男子トイレなんじゃ…」
「あの恰好で?」
あの恰好で、と言われて思い出した。そうだった、今のリアは女性の姿をしていたのだった。
だがリア本人は男性なわけで……では男子トイレに行くべきなのだが、女性の姿のままで入れば大問題になり大騒ぎとなるだろう。だがかと言って、女子トイレに入ると言うのは何とも言えない罪悪感がある。
「気になるでしょ?」
「そ、それは……まぁ……?」
確かに気になると言えば気にならないこともない。だが、だからと言って自分達が何か出来る事なんてなにも……。
「よっし、じゃあ覗きに行こう!」
「えぇぇ!?」
……ない、と思っていたのはどうやらルシアだけだったようだ。
ランファは瞳を小さな子供のように輝かせ、リアのお手洗い光景を覗く気満々で
「大丈夫っ。大丈夫。ばれない自信あるから」
「そうゆう問題じゃなくて…」
止めるルシアのかいもなく
「ランファ、いっきまーす!」
「あっ、ちょっとっ!?」
片腕をぴんっと天高くあげ大きく宣言すると駆け足で会場の外へと出て行ってしまった。その表情は清々しい程に煌めいて
「…………」
「ってシレーナまでっ!?」
静かにスタスタとあと追いかけて行くシレーナもまた同じ表情だった……。
一人会場に残されたルシアは両手で頭を抱え、大きく振るい
「女の子が考える事はわからないよ」
溜息混じりに大きな独り言を言っていると
「本当ですよね……」
返っては来ないと思っていた返答が背後からさせたのだ。
驚き振り返ってみると、そこには男性用の執事風衣装を着たムラクモが立っていた。片手には赤ワインの入ったグラスがのったおぼんを持ってることから、今はウエイターとして働いているようだ。
「男性のお手洗いが見たい、なんて私には理解できません」
「そ、そうですよね!」
良かったそれが普通の反応ですよね、変わっているのはあの子達の方ですよねと、ほっと胸をなで下ろして一安心すると同時に変な違和感に気が付いた。
「あれ? どうしてリアさんが男の人だって知っているんですか?」
「えっ」
ムラクモとリアが初めて出会った時は女性の姿だったはず、ルシアが知る限り男性の姿でリアが現れたのは彼の家でのみ、それ以外ではいつも女性の姿だった。
女性の姿のリアはまるで本当の女装にしか見えない完成度。男性の姿のリアは男らしいというよりもどちらかと言えば中世的な美男子だ。
見方によっては女性が男装しているようにも見える。そう勘違いしても可笑しくはないはずなのだが……?
ムラクモはいつ、リアの男性姿を見たのだ? それとも元からリアが男性だという事を知っていたのか?
「ムラクモさん……貴女はいつ……リアさんの事を……」
ちょっとした疑問のはずだった。なのにたった一つの疑問から沢山の疑問が発生してゆく。怖いくらいに。疑問は疑惑へと変わってゆく。
「わっ!?」
ルシアの中で疑惑が確信に変わりかけた時だった。急にムラクモが大勢を崩しルシアの方へ倒れたのだ。
持っていたワイングラスは床に落ちて大きな音をたてて粉々に割れてしまった。中に入っていた赤ワインは全てルシアにかかり、白いシャツが赤紫色染まってしまった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
ルシアの真上に転げ乗ってしまったムラクモはすぐに起き上がり、ズボンのポケットから菫が刺繍されたハンカチを取り出し、シャツをふくが
「と、とれないっ」
完全に染み込んでしまった。赤ワインはそう簡単にはとれなかった。
「僕は大丈夫ですから。ムラクモさんこそ大丈夫でしたか?」
ぺたぺたと叩き赤ワインをとろうと頑張るムラクモにそっと手を添える。
「フギャーーー!!!」
軽く手を添えただけのつもりだったのだが、何故かムラクモは耳まで真っ赤になり奇声をあげて大きく飛び上がり、離れて行った。もしかしてまた何かいけない事をしてしまったのだろうか。
心なしか、彼女の頭から白い湯気が上がっているように見えるのは気のせいだろうか……。
「ムラクモ……さん?」
声をかけても彼女から返ってくる返事はない。視線を合わせようと顔を動かしても、右へ左へとそっぽを向かれ全然合わせてくれない。これはこれでかなり傷つくものがある……。
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