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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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秩序のナイトメア

 
前書き
色々詰め込んでたら遅くなりました。とりあえず、この小説の最終目的が今回で示唆されています。 

 
「戻ったよ、公爵」

「ご苦労」

時空管理局本局の中でもごく限られた者しか知らない場所、かつて最高評議会がいた空間は完全に公爵のものとなっていた。シリンダーは全て無くなり、代わりにあるのはまるで機械の城とでも言うべき玉座、そこで公爵が様々な作業を行っていた。

そして、皮肉なことにこの場所が僕らの住居であった。クジラの腹の中にいる寄生虫にクジラは気付けないように、僕達は正義の味方の腸に潜んでいたのだ……。

「ポリドリ側との連絡も先程終わった。この機に乗じて奴らも動くとのことだ」

「そう。向こうの様子はどうだった?」

「相も変わらずニーズホッグはイライラしていたが、フレスベルグも反りの合わない奴が近くにいるせいで騒がしかった。改めて思うが、わざわざ犬猿の仲である両者を蘇らせるとは、ポリドリも見る目が無いな」

「それ以外に蘇らせられるイモータルがいなかったんだけどね」

「魔の一族は滅び、影の一族は文字通り影に潜んでしまったからな。ヨルムンガンドの件で封印が解除されたのは知っているが、太陽の戦士達との戦いで全滅したのか、それとも密かに浄化を免れた個体もいるのか、とにかく現状が定かではない。故に探しようもない」

影の一族には実力があのラタトスクに匹敵する奴もいるらしいけど、それ以上にわからないことが多い。ただ、元人間ばかりだって話は聞いたことがある。

「ま、あんなんでも蘇らせた理由を考えれば、むしろ都合が良いか」

僕が公爵の駒なら、あの2体はいわば……贄。何も知らず本能のままやりたい放題してる彼らだが、真実を知ってる僕からすれば哀れでもあった。

さて、ここに戻るまでの間のことを話すと、僕は公爵の指示通りに動いており、4年前の件から出所しても行き場を無くして毎日飲んだくれていたゲイザーに、管理局が公にしていない情報を教えてやったのだ。ゲイザーについてはそこまで詳しくはないが、魔導師への憎悪、コンプレックスは凄まじいものがあり、そのためならどんな手段も取りかねない男だった。

まぁ当然ながら最初は子供の戯言だと相手にされなかったが、イエガー社長の共犯者の弟子だと言うと彼の眼の色が変わった。数分前とは一転して、僕の話を真剣に聞いてくれたよ。……そんな話を持ち出した僕自身は、似て非なる戦法を取るとはいえ一応魔導師の枠内ではあるから、滑稽な話だね。

話を戻して、ゲイザーに渡した情報の内の一つは停戦協定についてなのだが、そもそも管理局はなぜ公表していないのか、それはイモータルに管理世界を譲渡するという条件が大きな理由なのさ。ミッド以外の管理世界出身者にとっては、ミッドに故郷を売られて身の安全を勝手に買われてることになるのだから、当然裏切られたと思うことだろう。

つまりあの会談そのものに、人間達を衝突させる爆弾が仕込んであったわけだ。全く……呆れを通り越して鳥肌が立つぐらい用意周到なことだ。一で十を動かす、最小の動きで最大の結果を引き寄せる。公爵に拾われてからというもの、僕は何度もこの人の底知れなさと無駄のなさに感心させられてきたが、人類種の天敵であるが故に誰よりも人類という存在を知り尽くしている公爵は、僕にとっては最高の師だった。

それにしても彼の修行では何度死にかけたか……というかガチで何度か心臓止まった。その度に力づくで蘇生されては修行再開という、ハートマン軍曹も真っ青になるかもしれないレベルで非人道的な訓練内容だったから、正直思い出すだけで身震いが止まらない。でもおかげで僕はこの短期間で、自分でも驚くほどの力を手に入れた。

それで……ちょいと恥ずかしい話だけど、一度調子に乗って公爵にタイマンを挑んでしまったんだよね、若気の至りで。まあ結果は言うまでもないだろう、借り物だったデバイスが完膚なきまでに壊れ、完全敗北を喫した。何事も調子に乗ってはいけないと身に染みて理解できたのは良いが、しかしあの勝負からは相手を手玉に取る方法を学べたし、いい経験にはなったよ。ただ、その戦闘中に僕は公爵に対して、ある違和感を抱いていた。

「元々拾ってもらった時から感じてたけどさ、公爵ってイモータルのくせにかなり“人間臭い”よね。僕の行動理念……奪われたものを取り戻すために何でもやる思想は公爵と鏡で映したように同じだった。……取り戻したい対象が違うってだけで」

「……今のオレは堕ちた太陽だ。もはや何も照らすことは出来まい。しかし、闇の底に堕ちてでもオレには果たさねばならない目的がある。あの時、命も尊厳も何もかもを失ったあいつらの無念を糧に、そして奴らと同じ業を背負い……永劫の時を戦い続けて来た。全てをやり直すために、オレは全てを捧げて来たのだ」

「かくして次元世界にもあったはずの希望の光は、皮肉にもヒトの手で絶望の闇へ染まり切ったと……。じゃあ公爵にとってはある意味分身とも言える彼を見てたら、なんかむず痒かったりするんじゃないの?」

「そうだな……運命が違えば、ヒトはああも変わるものなのだな。だがそれは、もう片方にも言える」

「辿った運命はかなり似てるのに、彼は絶望に染まらなかった。元から闇を受け入れても屈しない心……いや、魂の形をしてるんだろう」

羨ましい話だ、僕にはそんな強さは無かったんだから。……もし、そんな強さが最初から僕にあったら、あの人達に受け入れられていただろうか? いや、それはあり得ないな。未だアレに心が縛られてるとは、自分の事ながら未練がましくてイライラする。

「ま、どうせ永劫回帰の影響で全部滅ぶんだから、今更やり直す機会が訪れた所で何の意味も無いけど」

これから語るのは全て公爵から聞いた話だが、かつて……原初の魔導師と呼ばれし者がこの世に魔法をもたらしたが故に、次元世界には確約された滅亡……存在していられる時間に制限が与えられた。銀河意思ダークがもたらした“最古のロストロギア・ツァラトゥストラ”の行う“永劫回帰”……時が来れば今の次元世界に存在するモノはことごとく魔力素に分解され、次のやり直された次元世界に存在回帰される……。

でもツァラトゥストラの影響を免れる世界もほんの僅かにある。永劫回帰は何も次元世界全てを分解するわけではない。いつ、何度目の輪廻で起きたのか……それとも実は最初からなのか、コントロールを司る鍵が銀河意思ダークの下から奪われた。それが原因で制御がうまくいかず、効果範囲から逃れる世界が出始めたらしい。しかもかなり特殊な方法で隠されているのか、鍵の所在は銀河意思ダークさえも把握できないようだ。そうして運よく存在回帰を乗り越えた世界は永劫回帰の輪廻から完全に独立し、並行世界として存続していく。かの世紀末世界のように……。

そして分解されて搾りかすとなった前の次元世界は虚数空間に落ちて、次の次元世界で滅びた世界アルハザードという伝説の残滓として伝わる。……何気なく使ってる魔力素が元々前の世界のヒトの魂だったなんて知ったら、今の世界のヒトは果たしてどう思うのかな?

……ま、何を思ったところで、一度手にした力を捨てることはできまい。それがヒトという生物だからね。

「失敗した世界を強制的にやり直すロストロギア……ふと思ったけど、これを作った目的って何なんだろう?」

「それは察するしかない。まぁ、ゲームをリセマラしてる連中とかに聞けば大体把握できるだろう」

公爵なりのブラックジョークに、僕は苦笑する。とにかくツァラトゥストラの性質をゲームで簡単に例えると、ツァラトゥストラは世界の歴史をニューゲーム、またはコンティニューするための道具、永劫回帰も要はリセットボタンとなる。納得できない結果ならリセットボタンを押すかニューゲームでやり直し、やり直された側はリセットに一切気付けない、世界の成り立ちそのものに組み込まれたロストロギア。

そういう性質だからこそやり直した後、誰かが別の選択肢を選んだ世界では、本来死ななかったはずの者が生きていたり、あるいは逆になっていることも普通にある。この世界を箱庭と表現するなら、庭の中でIfを無限に試せるわけだ。そして公爵の目的とは即ち、運命から外れてしまった一部の者を取り戻すことなのである。……今まで色んな悪事に手を染めて来たようだが、目的がやっぱり人間らしいな、このヴァンパイア。

「ところでさ、ツァラトゥストラが発動する条件って、制限時間以外に何かあるの?」

「当然ある。ヒトの手で全ての破滅が確定したその瞬間、ツァラトゥストラはこの世界では未来を望めないと判断し、自動で永劫回帰を行う。オレはその破滅の条件を模索し、強引にでもリセットさせるべくこれまで多くの策を弄してきた。今回の停戦協定も、ある意味その一つだ。しかし……つい最近判明したのだが、ツァラトゥストラはヒトの意思を観測している、接触も起動もヒトにしかできない。だからヴァンパイアのオレが何をしたところで一切反応しないし、そもそも触れることすらできないのだ」

「だから僕を駒として使うことを決めたんだね。公爵の望み通りにツァラトゥストラを使うヒトとして」

「ああ、だが心しておけ、エリオ。知識もなく迂闊に触れた者は肉体の時間と性質が狂い、寿命では死なない体になる」

「それは不老不死になるってこと?」

「いや、一定の年齢までは普通に老化するし、病気や怪我を負えば容易く死ぬ。要は世界の時間から取り残される、と言った方がわかりやすいか。実は相当昔、迂闊に触れてしまった者がいるのだが、そいつはこの世界から逃げるように去った。果たして今どうなっているかは皆目見当がつかんな」

「ふ~ん? 途方に暮れるぐらい長い時間を孤独に生き続けるのって、僕じゃ想像もつかないや。……ところでさ、リセットした所で要因が何も変わっていなかったら、同じ結末を辿ってしまう可能性ってあるんじゃない? それに僕達の行動すらも、実は何度も繰り返されてきた事なのかもしれない。それじゃあやり直す意味が無いように思えるけど……そこんところどうなのさ?」

「問題ない。月下美人のように特別な資格があれば、ツァラトゥストラは直接操作することもできる。その場合、永劫回帰を行った者には特別な力が宿るらしい」

「特別な力?」

「ああ、今の世界でも次の世界でも、神に匹敵するほどの圧倒的な力がな。オレ達イモータルはその者を“接触者”と呼んでいる」

「神に匹敵する力……なるほど、接触者になれば運命の一つや二つ、簡単にひっくり返せるって寸法か……ん? その言い方だとこの次元世界のどこかに、“前回の接触者”がいることにならない?」

「その通りだ。あと接触者は前の世界で起こった出来事を夢に見ると聞く。もしかしたら、前回の永劫回帰が始まった状況さえも見たことがあるかもしれないな」

「前回の永劫回帰……それによって今の僕達が存在する次元世界が始まった。なら前回の接触者は何を思って、永劫回帰を行ったのかな」

「さあな。そいつの目的が果たせたかどうかは知らないが、奇跡的に結果を知ることが出来ればオレ達の行動の結果がどうなるかも予想できる。……だがまあ、戻してもどうにもならなかった可能性もあるし、この場合は結果を知らない方が良いか」

確かに……せっかくやり直しても意味が無い結果になってしまったと知るぐらいなら、いっそ知らずに消滅してしまった方がマシだろう。どうせ永劫回帰が始まれば、僕達の恨みや憎しみだって全て輪廻の中に溶けてしまうのだから。接触者以外は、の話だけど……あれ?

今、ふと思ったんだが、銀河意思ダークは銀河の存続のために、ヒトを滅ぼそうとしている。だったらヒトが神の力を得ることは、むしろ否定的なんじゃないか? 眷属であるイモータル……公爵がやろうとしていることは、見方を変えれば銀河意思への反逆行為にも繋がりかねない。なのに銀河意思は何もしてこない……むしろ、ヒトがツァラトゥストラを使うことを容認している? 接触者の存在は自分に脅威を与えかねないのに……まるで結果を知ってるからこその余裕みたいな違和感が……。

……そもそも銀河意思とは高次元の存在、ヒトという脆弱な種族ぐらい、片手間で消し去れるほどの力があるはず。そう、それはまさに神とも言えるわけだ。ならツァラトゥストラと銀河意思には、何か深い関係があったりするのか? もしや接触者の力を得ることは、銀河意思の支配下に入ることを意味するのか? 確かに接触者がイモータルとなったら、人類にとって最悪の存在となるだろう。……そういえば世紀末世界にはかつて、“キング・オブ・イモータル”という存在がいたらしい。もしかしたら、そいつが接触者の成り果てた姿なのか……?

「ま、真相が何であろうとどうでもいいか。さて公爵、次はどんな手を打つ?」

「ゲイザーらが地上の目を引き付けている間に、今オレ達がいるこの時空管理局本局……その真の姿を知らしめる。“聖王のゆりかご”に匹敵する巨大次元航行艦……かつては星喰い(プラネットイーター)とも呼ばれたそれを、『環境改変システム・ギジタイ』として運用する」

「そしてミッドは闇に包まれる……か。永遠に夜になってしまえば、アンデッドが勝手に浄化されることは無くなるし、エナジー使い達も力を回復出来なくなる。心の支えになっていた者達の弱体化によって、ミッドの人間はこれからゲイザーが公表する例の情報にすがるしかない。じゃあ僕は邪魔にならないように、ここから一部始終を見届けるよ」

「いや、エリオ。お前には地上へ行ってもらう」

「また地上に? 構わないけど、何をすればいい?」

「大したことじゃない、そろそろ挨拶の時期だと思ってな」

「! ……そう。とうとうこの時が来たんだね……」

「ああ、成長したお前の門出だ。それで先日、調整とデータ収集が終わった玩具があってな。餞別として、お前にやる」

尋ねると公爵は部屋の隅にいる何者かに合図を送った。生気を含めて全く気配を感じさせずそこにいたそいつが明かりの下に姿を現すと、僕は眉をひそめた。なにせそいつは、敵である管理局員にして小柄な体躯の茶髪の女性……八神はやてを幼くして髪をロングに伸ばしたような容姿だったからだ。

「そいつは闇の書の被害者が裏で製作していた、八神はやてのクローンを素体にしたサイボーグだ」

「サイボーグねぇ。にしてもこいつ、色んな意味で凄く違和感があるんだけど」

「当然だ、“そいつは生きていない”」

「生きていない? つまりアンデッド……には見えないし、AIのサイボーグってわけでもない。どういうこと?」

「詳しく説明すると、フェイト・テスタロッサやベアトリクス・テスタロッサとは違い、クローンの人格などをサイボーグに改造する過程でほぼ全て取り除き、魂無きゴーレムとして再構成されたのがそいつだ」

「要はクローンを素体にしたロボットってことか。どれだけヒトをモノに変えられるかを実践してるようで、まるで人間の悪意を練り固められたみたいだ……」

反吐が出る気持ちを抱きながら、僕はこのクローンの頭に手を当てて目を閉じる。というのも暗黒物質と電気信号を組み合わせた微弱な電流を流し込むことで、対象の脳内から帰って来た記憶をほんの少しだけ覗き見ることができるのだ。まあ、見れると言ってもあくまでトラウマレベルで強烈にこびりついてる記憶だけなんだけどね。

……薄暗い研究室の中で並ぶ複数のシリンダーの一つに、彼女はいた。目の前には、復讐に執着してギラついた目をした人たちが大勢いる。

『まだだ……闇の書の主を殺すには、まだ力が足りない!』

『もっとだ……もっと力を引き出せるようにしなければ……!』

『しかしこれ以上改造を繰り返せば、誕生前に精神が崩壊して我々の指示に従わない化け物に成り果てるんじゃないか?』

『なに、これの精神なんて在っても何の意味も無いだろう』

『そうね。私達はこれに人権なんて求めてない、ただ復讐を果たしてもらうためだけの道具として作ってるんだもの。ましてや素体はアレのクローンなんだし、こんなモノをヒト扱いする気にはなれないわ』

そこから無限に続く実験、調整、改造、強化……憎しみに染まったヒトがぶつける非人道的行為。こいつは……一切抵抗できず、されるがままに何もかもをいじくり回された。その結果が、完全な人間性の喪失……そして精神の機械化。

「……あ~クソッ、気持ち悪い。こういう記憶を見ると、フェイト・テスタロッサの甘ったるい理想よりベアトリクス・テスタロッサの血塗られた信念の方がよほど正しく思える。それはそれとして、試しに魔力を繋げてみたけど、確かにゴーレムクリスタルの反応があるね」

「そのゴーレムクリスタルだが、連中もなかなか興味深い代物を使っていてな。古代ベルカ時代の遺物……晩年のヴィルフリッド・エレミアが死の直前に3体だけ製作した究極のゴーレム、“ギア・バーラー”。ゴエティア、アルス・ノヴァ、レメゲトン。その内のゴエティアに使われていたゴーレムクリスタルが核になっている」

「究極のゴーレム? ギア・バーラー?」

「俗世では鉄腕王と呼ばれるヴィルフリッドだが、かの聖王オリヴィエの義手を作った者でもある。そちらばかりが有名なせいであまり気付かれていないが、ヴィルフリッドは影で天才クラスのゴーレム生成技術を持っていた。それを全てつぎ込んだのがバーラーというわけだ」

「なるほど、じゃあ他の個体はどこにいるの?」

「残念ながら一切の行方が不明だ。ただ、覇王クラウスなどのベルカの王に匹敵する力を秘めたバーラーは当時の人間に、“悪魔”と呼ばれていたらしい」

「悪魔ねぇ……。化け物ぞろいのベルカでそんな呼ばれ方をされた奴が今の時代で暴れまわったら、管理局のエースが総出でかかっても逆に皆殺しにしちゃうんじゃない?」

「本気を出せば確かにあり得る話だ。話を戻して……ゴエティアはヴィルフリッドから直接他者に譲渡された個体で、時代を経てそれを受け継いだのはまだ肉体があった頃の管理局最高評議会。彼らは管理局を設立し、維持していくために長期間ゴエティアを運用し、そして最高評議会が肉体を失うことになった事件の際に残骸となった……」

「……」

「その残骸から取り出したゴーレムクリスタルを、連中は後生大事に隠し持っていた。連中にとってゴエティアは最も従順で、かつ最強の駒だったからな、肉体を失い、時代を超えても信頼できる存在だった。そして今の時代……正義の名の下に腐った連中の脅威となる存在が増えて来たことから、連中は闇の書の被害者の憎悪を利用してゴエティアを蘇らせるべく、ゴーレムクリスタルを提供し、新たな肉体を用意させるのと同時に邪魔者を消し去ろうと画策した。エリオも大体察しただろうが、邪魔な思想を抱いていた八神はやてをゴエティアの手で秘密裏に処分し、存在と立場を丸ごと奪うつもりだったわけだ。まるでクローンがオリジナルに成り代わるようにな。尤も、こいつがここにいる時点で失敗に終わったのが察せるだろう」

「公爵が闇の書の被害者達のスポンサーだった最高評議会を始末したからね。今頃、資金も切り札も失って右往左往してるんじゃない?」

「いや、闇の書の被害者の中でクローン研究に携わっていた者はこいつの手で皆殺しにされた。肉体とゴーレムクリスタルの適合がうまくいかず暴走状態に陥り、それに巻き込まれたのだ」

あらら、皆殺しにされたんだ……ザマァ。

「実はバーラーは他のゴーレムと桁違いに出力が膨大だがその分不安定で、まともに動かすには起動前に大量のエナジーがこもった物質を融合させる必要があった」

「エナジーのこもった物質? 今では残骸しかないニダヴェリールで採掘されてた魔導結晶のような?」

「いや、魔導結晶では駄目だ。地竜の爪や火竜の牙のように触媒にも使えるほどの物質や、太陽結晶ぐらいの代物が必要で、連中はそれを知らずに魔導結晶を使って失敗したのだ。そして融合させて安定さえすれば、人間に近い生命体として活動できるようになる。そうそう、言い忘れていたが、こいつには修復したレンズ・ダークを融合させて安定化している」

「レンズ・ダーク?」

「最近よく発生する虚数空間へ通じる穴から出て来たものだ。恐らくこの銃が壊れるまで使われていたものだろう」

公爵が取り出したのは紫と黒いパーツで構成された大型の銃……かつて暗黒の戦士サバタが用いていた暗黒銃ガン・デル・ヘルだった。発見時は所々ひび割れて壊れていたのだが、公爵の手で修復と改修が行われた結果、新品同然の姿を取り戻していた。今ならレンズさえ取り付ければ、太陽銃と同じように使える。尤も、レンズ無しのままじゃ何の役にも立たないけど。

「ところでその銃、どうするの?」

「一応オレでも使えなくもないから携帯しているが……欲しいのか?」

「公爵がいらないなら……まぁ……欲しい、かな? カッコいいし……」

「……そうか、エリオも男の子だからな。見栄えのいい物には惹かれるか。まぁ持ってた所でオレには大した必要性を感じない物だ、譲ってやろう」

というワケで、レンズ無しの暗黒銃ガン・デル・ヘルをもらった。ヒトって自転車のハンドル部分だけとか、持ってる意味があるのかわからない物にも収集欲が働くから、興味深いよね。

「ありがとう。それで話を戻すけど、ゴエティアの以前の身体は人間に近かったの?」

「ああ。だが見た目はともかく本質はゴーレムだからな。体が無機物で構成されている特性を利用し、攻撃を受けて破損してもそこらの土壌から成分を吸収すれば一瞬で再生できる能力があった。まぁ、今はサイボーグになっているから無敵同然のその能力は失われているものの、サイボーグの膂力とバーラーの性能を重ね合わせた能力を発揮できる。……そういうわけで性能は折り紙付きだが、結局どう使うかはエリオの自由だ。とはいえお前の腕を疑うわけではないが、万が一ということもある。実戦に出るなら保険という意味でも連れていくがいい、最低限盾にはなる。あともう一つだけ渡したい物がある、ちょうど新たなデバイスが用意できたんでな、受け取れ」

そう言って公爵は僕に待機状態のデバイスを投げ渡した。受け取った際に違和感を感じたのでデバイスの性能を見た僕は、思わず苦笑した。まさかヴァンパイアソードと同じ材質で作るとは、まさに魔導師キラーな武器だな。

「“ヴェンデッタ”。お前のために用意してやった特別製だ」

「僕のために……」

「お前の実力は鍛えてやった俺が保証する、好きに暴れてこい。……できるな、我が息子よ?」

「息子……! ……あぁ、息子と認められることが、こんなにも嬉しいことだなんて……!」

初めて息子と呼ばれたことで僕は喜びで胸を張る。公爵から息子と呼んでもらえたことに、僕は親の愛情を確かに感じた。あんなろくでもないヒトとは比べ物にならない、尊敬に値する存在。その存在が僕を認めてくれた……それだけで僕は満足だった。

「……」

ただ、ふと気づいてしまった。僕が認められたのは良いけど、ゴエティア……いや、その力を持ってるだけで別の存在だが、とにかく彼女は誰にも必要とされていない宙ぶらりんの存在となっている。いくら“生きていない”と言われても、見た目は人型だからなぁ……ちっぽけな気遣いかもしれないけど、僕なりの存在価値を与えてやろうと思った。

「ゴエティア。これからは僕が君を使う。だから僕の許可無く死なないでよ」

「……」

反応は無かった。そりゃそうか、彼女の精神は既に機械も同然になっている。話しかけた所で受け応えするはずが無いか。

「(……ゴーレムクリスタルの出力が一瞬上昇した? ま、恐らくマスター認証で書き換えを行った影響だろうな)」

「じゃあ改めて行ってくるよ、公爵」

それから僕はゴエティアを連れて部屋を出て行き、公爵はゲイザー達が立て籠もったショッピングモールを映すテレビ放送を傍らで見る。同時に公爵はロストロギア・ドッペルゲンガーを使って見た目をクロノ・ハラオウンに変えるのと同時に本局の操縦システムを起動、長い間同じ座標から動くことがなかった巨大建造物をついに動かし始めた……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おお、おお、見てみろよお前ら。テレビ局のヘリがこっちを見て飛び回ってるぜ」

「管理局の魔導師どももそこら中にいるがな。ま、一生に一度の景色だ、存分に拝んどくぞ」

銃を持った誘拐犯の男達が窓の外にいる人達を見下ろし、下卑た笑みを浮かべていた。ここまでの道中で聞いた彼らの言動から、彼らは自棄になってる可能性が高い。つまり、懐柔などによる説得は困難となる。まあ元から人質の言葉なんかに耳を傾けてくれる人達ではないようだが……。

『こうなった以上、早急に魔力装束の術式を組み上げておくべきでしょう。すみませんが術式を組み上げてる間は返事が出来ませんので、しばらく奥に引っ込んでます』

そう言ってイクスは私の精神世界の奥にこもって、魔力装束……恐らく魔導師のバリアジャケットと同じものの術式を組み上げてる。しばらく彼女の声が聞こえないが、イクスは最善を尽くしてるだけなので文句は無い。

さて、私を誘拐した彼らはミッド中央の大手ショッピングモールに車ごと突っ込み、中にいた客と店員が混乱している間に丸ごと人質にした。そして現在、事件に気付いた管理局やテレビ局などが建物を包囲しつつあり、周囲は肌を刺すような緊張感に満ちていた。

私を含めた人質は建物の3階、イートインコーナーに集められた。1階では逃げられやすく、屋上の5階では管理局の魔導師に奪い返されやすいとのことで、途中の階を選んだらしい。ちなみに……、

「うっぷ……気持ち悪ぃ……」

「あの……さっきから顔色悪いですけど、お姉さん大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない……私、乗り物に弱くて……」

「車酔いですか……ずっと見てて辛そうですし、背中さすってあげますね」

「あぁ、ありがと……」

唯一縛られてるせいで身動きが取れない私の背中を、運悪く巻き込まれた少女―――後でラグナ・グランセニックだと教えてもらった子がさすってくれる。彼女は兄と一緒に買い物に来ていたらしいが、襲撃のどさくさではぐれてしまったらしい。ここにいない以上、彼女の兄は外にいるのだろうが、人質にされていることから胸中は不安で占められていることだろう。

「吐きたくなったらすぐ言ってください。私が全身で受け止めてあげますから」

「ちょっと何言ってるかわかんない……」

「ハァハァ……我慢できなく吐き出される粘液が私の身体にべっとりと……! ああ、私もテロリストに縛られてみたいです! そして自由に身動きできず何も抵抗できない私の幼い身体を、下卑た男達がいやらしい手で欲望の限りを尽くして……きゃー!」

訂正。どうやらこの子、相当な思春期らしい。かなりアレな性癖をこの年齢で目覚めさせていた……。っていうかこの子の兄! 妹が手遅れになる前に何とかしなかったの!?

「そろそろか……テレビをつけろ。ゲイザーの暴露が始まる時間だぜ」

誘拐犯の一人が備え付けの大型テレビを起動、テレビ局の放送にチャンネルを変えた。……ちょっと顔が引きつってたのは、きっと気のせいだと思いたい。

『―――はい、こちら事件現場のショッピングモール上空です。突然の事件に多くの市民が動揺しており、巻き込まれた人達の身が案じられています。現在は管理局の魔導師が周囲を取り囲んでおり、犯人側に人質の解放と武装解除をするよう交渉を試みていますが、犯人側は近づいたら人質を殺すと脅迫しているため、膠着状態に陥っています。なお、監視カメラの映像から、犯人グループのリーダーは第4管理世界カルナログ出身のゲイザーという人物で、彼はかつてアレクトロ社前社長イエガーの悪事に加担していた前科がある者のようです。引き続き現場の様子をお伝え……あ、待ってください! 屋上にゲイザーらしき人物が現れました! 何か要求を伝えるつもりでしょうか、マイクを寄せてみます!』

野次馬というかマスコミ報道とはこうもズカズカしてくるものなんだなぁ、と改めて実感する中、テレビに大きく映し出されたゲイザーは持参してきた拡声器を手に大声で話し始めた。

『管理世界中の人間達よ、よく聞け! 管理局はお前達と管理世界を売り渡して、自分達だけ助かろうとしているぞ!』

この瞬間、テレビ画面に映る管理局の魔導師の一部が眉をひそめているのが見えた。一部の人間は犯人の戯言だと思っているようだが、次に続く言葉がそれを否定した。

『先日の襲撃の後、管理局地上本部にイモータルの大将である公爵デュマが訪問した! その時の会談で管理局は、ミッドを除く全ての管理世界と高町なのはを引き渡し、イモータルがミッドチルダを二度と襲撃しないようにする停戦協定を交わした!! 自分達の保身のために俺達の故郷を売り渡した貴様らは、俺達に対する明確な裏切りをしたのだ!!』

停戦協定……なるほど、あの夜にそんなことがあったのか。私がケイオスに話していたことの一部は的中していたらしい。

犯人側の声が一旦止まったことで映像が二カメに切り替わって管理局側……全力疾走でもしてたのか、やけに汗だくの金髪の女性が映し出された。一瞬見覚えがあると思ったら、彼女は昨日ケイオスに見せてもらったフレスベルグと戦ってた魔導師の女性だった。

『あなた達の言いたいことはわかりました。だけどこんな事件を引き起こしていい理由にはなりません! どうしても伝えたいことがあるなら正規の手続きを通じて……!』

『話を逸らすんじゃねぇ!! お前達管理局とミッドチルダは俺達や俺達の故郷を売って、自分達だけ助かろうとしているんだろう!? しかもそれを黙ったまま、正義の味方ヅラで振舞いやがって……! それでよく次元世界の守護者が名乗れるな、ええ!?』

衝撃的なゲイザーの言葉に、野次馬に動揺が広がっていく。中には局員に詰め寄って、今の言葉が嘘かどうか尋ねる者の姿もあった。

そして私の近くにいる人質の間でもその動揺は伝わり、いきなりの事態で混乱しているミッド以外の管理世界出身者もいた。

バンッ!

「うるせぇ、人質は静かにしてろ!」

パニックになりかけた所に、誘拐犯が銃を発砲して脅迫することで無理やり抑え込んだが……しかし完全に落ち着くことは不可能。パニックそのものは小さいながらも、確かに残っていた。

テレビの向こうではモニター越しで黒い服装の指揮官らしき人物と話をしている金髪の女性が映っていたが、何を言ってるかは聞こえなかった。それから女性がかなり驚きつつも渋々と言った表情を浮かべ、再び拡声器を手にゲイザーの方へ向き合った。

……ちなみに拡声器を通した声なら直接でも聞こえてくるから、テレビと合わせると若干うるさい気もある。が、何を言ってるか聞き取りやすいため、これはこれで状況が把握しやすい。

『その情報がどこから入ったのかはともかく、私達は管理世界を見捨ててなどいません! イモータルと停戦協定の会談を行ったことも、そんな事実は認められていません!』

『はぁッ!? まぁたそれか! 管理局お得意の嘘供述か! 懲りねぇな、お前らも!』

『嘘じゃない! 私達は断じて―――』

『嘘を、ついておいでですね』

突然、私の懐にあった“きよひーベル”から声がした。誘拐犯も人質も目をむく中、ラグナが私の懐をちょっといやらしい手つきでまさぐり、きよひーベルを表に出すと、外の言い争いに対して適度に『嘘を、ついておいでですね』と判別していた。

「おぉ、きよひーベルたぁいいモン持ってんじゃねぇか。よし、こいつをゲイザーの所に持って行けば、奴らの信用はガタ落ちだぜ。……だが、上に行くなら念のためにっと……!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「(逃げたシャロンをアースラのサーチャーを頼りに追ってたら、まさかこんな事件が起こるなんて……! なんて間の悪い……!)」

ショッピングモール立て籠もり事件はなかなかマズい状況を迎えていた。人質解放を訴えようにも、彼らの衝撃的な供述で市民の間で管理局と私達に対する疑惑の目が向けられてしまった。つまり、私達が強行突破などの強引な手段を取ってしまえば、それは彼らの供述こそが真実であるという誤解が市民に広まってしまう。それに近づけば人質を殺すと言っている以上、運が悪ければシャロンに危害が及ぶ可能性だってある。だからこそ今後のためにはどうしても穏便に済ませなければならないのだが、停戦協定の条件そのものに仕込まれていた爆弾は、彼らの裏にいる奴らの思惑通り最大限の牙をむいてしまった。

私だけでなくクロノやエイミィも、爆弾の存在には実は気付いてた。でも……私達はシャロンとなのはの件を優先して、停戦協定の話を今すぐ対処すべき問題ではないと思って、こうして隠すことで後回しにしてしまった。本来ならこちらから停戦協定の話をするべきだったのだ、奴らが手を打つより早く……。確かに説明を間違えれば一気に反乱が起きかねない内容だが、しかし自分から話すだけで誠実さが全く違う。なのに……、

「何度も言っているけど、停戦協定の話はでたらめです! 君達はその情報を教えた者に騙されているだけなんです! だから―――」

『嘘を、ついておいでですね』

「ッ!!!!!」

ゲイザーの近くに現れた誘拐犯らしき男の手にあったソレを目の当たりにした瞬間、私達は全員悪手を打ったと血の気が引いた。なお、彼の腕には年端も行かない少女が人質になっており、隣にいたヴァイス・グランセニック陸曹が「な、ラグナ!?」と驚愕の面持ちを浮かべていた。通信越しでアースラにいるエイミィ達が「あ、これヤバい空気!」と真っ青になる中、きよひーベルが何度も嘘を見破って真実を示唆し、全てに気付いた市民の間から「卑怯者!!」という声が発生し始めた。

「ふざけんな管理局! ずっと信じていたのに、俺達を売りやがった!」

「私達に嘘ついて自分達だけ助かろうとするなんて……酷いわ! あまりに卑怯よ!!」

「世界の治安のためとか言って、本当は私達の世界をミッドチルダが生きるための道具にしていたのね!」

「おい、ミッドチルダ人! お前らもそうなんだな! お前らも管理世界生まれの俺達のこと、本当はただの奴隷としか思ってなかったんだろ!!」

直後、空中にいる私の眼下でミッドチルダの市民と管理世界出身の市民の間で暴動が起きてしまった。いや、市民だけではない。局員の間でも言い争いが発生しており、統率は完全にガタガタ、部隊としての体裁が崩壊してしまっていた。それでも冷静な局員も中にはおり、辛うじて事件に対応しようとしているが、現場が混乱しているせいで上手く動けずにいた。

『……フェイト。現場の状況は……あぁ、大体察した』

「……ごめん、クロノ。争いの爆弾を止められなかった……」

『フェイト一人の責任じゃない、これは会議で発表を後回しにした管理局上層部たる僕達の責任だ。この暴動はそう簡単には収まらないだろうが、それは僕達が責任をもって何とかする。フェイト達は元凶となったテロリスト達の確保と、人質の救出に集中してほしい』

「ッ……了解」

苦虫を噛み潰したような顔で頷く私に、クロノは『あまり気負い過ぎるなよ』と忠告して、局員達に作戦を伝達していく。

『混乱で状況把握がし辛いが、それは向こうも同じだ。ならばこの場合、狙撃でテロリストのリーダーを無力化してからの電撃作戦が有効だろう』

それにしてもたった一回の嘘が、これほどに致命的な状況を招くとは……。あのドレビン神父が言っていた「嘘をつかない方が良い」という言葉を、もっと真剣に受け止めるべきだった……!

『突入部隊の先陣はフェイト執務官に任せ、肝心の狙撃手はヴァイス陸曹に一任する。……この作戦の成否と人質の安否は君達の腕にかかっている、頼んだぞ』

「了解」

「……、了解」

クロノの命令を了承する私とヴァイス陸曹だが、彼の表情はかなり思い詰めているように見えた。それは自分の妹が人質にされているのを目の当たりにしたからだろう。しかも彼は今日、元々非番だった。妹と仲良く買い物に来ていたはずが、運悪くこんな事件に巻き込まれてしまった。彼の中では間違いなく、無数の感情が渦巻いているに違いない。

無言で狙撃ポイントへ移動するヴァイス陸曹の存在に気取られないように、私は彼らからも見える空中で待機、狙撃まで先程のように会話で彼らの注意を引き付け―――

スゥッ……。

「―――え?」

ようとした瞬間、異変が起きた。日没時間でも曇りでもないのに空が一気に暗くなっていき、ミッドチルダ全体が夜の闇に覆われていったのだ。

さっきまで暴動を起こしていた市民達も、事件の解決に尽力していた局員達も、この世界に生きる鳥や犬猫に至る全ての生物が動揺しながら、太陽が消えていく空を見上げた。そして……目を疑った。

「あれは……時空管理局本局!? な、なんで次元空間にあるはずの本局がミッドの宇宙空間に……ま、まさか!」

とっくの昔に本局はイモータルの手に落ちていた……! その事実に気付くのがあまりに遅すぎたことは、誰に言われなくとも本能的に理解した……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ミッドチルダ北部、聖王教会病院。

「真昼なのに夜になった……!? 本局にあんな機能があることにも驚きだけど、これじゃあアンデッドの浄化が……!」

病室の窓から空を見上げ、ユーノは戦慄した。太陽の光が届かなくなるということは、日中の安息すらも奪われるということ。どれだけ科学が発展した世界でも、太陽の光からもたらされる安心感は人々の安寧に大きく貢献していた。特に先日はクラナガンまでイモータルに襲撃された以上、市民の不安はアンデッドを浄化してくれる太陽の存在があるからこそ抑えられていたとも言えた。

そんなギリギリの状況だと言うのに、その光が奪われたのだから、市民の不安をせき止めていた心の堤防が一斉に瓦解しかねなかった。

「やられた……。太陽の光が届かなければ、イモータルを棺桶に封印できてもパイルドライバーで浄化できなくなるし、フェイト達のエナジーもまともな回復が出来ず、いずれ枯渇してしまう。地球のチェスで言うチェックをかけられたような状況だ」

早く次の手を打って状況を打破しないと、チェックメイトされて次元世界は完全に詰む。しかしその方法が思いつかず考え込んだユーノは、ふと視界になのはの寝姿が入ったことで冷静になる。

「そうだ、こんな時こそ冷静に対応しなければ、なのはが更に不安になってしまう。……ちょっとクロノ達に話を聞いてくるから、少しだけ待っててね」

病室で通信を繋げるのはマナー違反のため、一度退室するユーノ。彼が部屋を立ち去った数分後、むくりと無表情のままなのはが起き上がる。

「………来る」

ドクン……ドクン……。

「……ふふ」

ドクン……ドクン……。

「じゃあね」





コンコン。

「失礼します、なのはさん。外はあんな状況ですが定期診察の時間ですので……あれ? ……なのは……さん……?」

なのはの寝ていたベッドはもぬけの殻となっており、看護師が彼女の姿を探すも、ベッドの傍のカーテンが風でたなびいているだけだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


時空管理局本局、デバイスルーム。

「な、何……!? 本局がミッドチルダに転移するなんて、一体何が起きてるの……!?」

「これは……まさか! マリエル! 内部の人間全員に、直ちに本局から脱出しろと伝えろ! そこの局員達も早く施設内にいる皆に通達するんだ!」

「アインスさん!? 本局から脱出って、どうして……!?」

「むしろ本局が突然転移した原因を突き止めなくてはいけないのでは!? もし不届きな何者かが操っているのならば、管理局員として即刻確保する必要が―――!」

「私達が今いる場所はどこか!?」

「は?」

「ここは……宇宙空間の真っ只中なんだぞ!! とにかくただちに脱出せよ!! 本局が……目覚めるぞ!!」

アインスが叫んだ直後、本局の各所が一斉に死の空間に直結した。途端、建物の切れ目から凄まじい吸引力が彼女達を襲い、空気が一気に減少して呼吸が厳しくなる。

「ぃ……ぃき……が……うわぁああああああ!」

「だ、だめ……もう……いやぁああああああ!!」

「イヤ……だ……こんな形で死にたくな……あぁぁあああああ!!」

まるでブラックホールに飲み込まれるが如く、悲鳴を上げながらついさっきまで話していた人が無慈悲に外へ吸い出されていく。アインスは右手で近くの手すりを掴み、急激な酸素濃度の低下で意識が朦朧となっているマリエルを左腕で抱えながら辛うじて耐えているが、それも長くは持ちそうになかった。

「ぁ……レ、イジングハートが……!!」

マリエルの懐から零れ落ちる待機状態のレイジングハート。宇宙空間に放り出された赤い宝石を回収に行ける余裕は、現状では誰にも無かった。一応修理が終わって耐久度も上がったから、運が良ければ本局のどこかに引っかかるか、大気圏突破して地上までたどり着けるかもしれないが……少なくとも発見は厳しいだろうことは間違いなかった。

ギギッ……!

「手すりが……! このままでは私達も……」

二人の掴まる手すりが折れかけてきたため、周囲を見渡しながらアインスは助かる方法を必死に模索する。しかし飛行魔法では出力が足りず吸い込まれるし、強化魔法でも結局は時間稼ぎにしかならない。

そんな時、二人の近くに小型の宝箱らしき物体が落ちて来た。上を見ると幾多の力を秘めた物品が、無数に落ちてきては宇宙空間に吸い込まれていった。

「あれは……保管されていたロストロギアか? それにこの箱は……! そうだ、これなら大気圏突入にも耐えられるかもしれない! マリエル、あれに賭けるぞ!」

返事もおぼつかないマリエルにそう呼びかけたアインスは、強化魔法と飛行魔法を駆使し、宇宙空間に吸い込まれる寸前の際どい所でその箱の中に入った。そして二人が入った箱は次の瞬間、宇宙の闇に投げ出されるのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ミッドチルダ中央部、ショッピングモール前。

空を見上げていた私が真実に思い至った直後、本局が信じがたい動作を見せた。なんと、あの図体で変形を始めたのだ。目に見えるほどの電流を走らせながら本局は宇宙空間でいくつものブロックと設備が組み変わっていき、さらに停泊していた次元航行艦が変形の部品にされたせいで次々壊される。脱出の手段も封じられ、中の人間のことなんて全く考慮していない変形は即ち―――!

「あ、ああ……! う、宇宙空間に人が……投げ出されてる……! そんな……私達が保護してきた子供達まで、あんなにたくさん……!」

本局にいた人が次々と、まるで掃除機のように宇宙空間に吐き出されていく。人だけじゃない、管理局自慢の設備や戦艦の破片、保管していたロストロギアまでもが無慈悲に放り出されていった。物は大気圏突入時の大気摩擦でほとんど燃え尽きるだろうから市街地に降ってくることは無いだろうが、それよりも生身で宇宙に放り出されたら、人間の身体なんて耐えられるはずがない……! あんな極限の環境では、魔導師だろうとどうしようもないのに……! こんなの嫌だ……嘘だ……!!

『エイミィ、緊急出撃だ! アースラは直ちに宇宙空間に放り出された彼らの救出に向かえ! 一人でも多く助け出すんだ!!』

『りょ、了解!!』

クロノの迅速な指示を受けてエイミィ達アースラクルーが彼らの救出に動くが、それでも宇宙空間では魔導師といえどまともに活動できない以上、助けられる人間は半分もいかない。それに助かった所で宇宙空間の放射線や圧力などの影響で後遺症が残る可能性もある。何の影響もなく助かる可能性は、恐らくゼロに等しいだろう。

変形を終えて世紀末世界の暗黒城と似たような構造に変わった本局を、絶望の面持ちで見上げる私に、ゲイザーはまるで挑発するように言ってきた。

『なぁ、管理局期待の執務官殿よぉ。アレを見てもまだ未来があるなんて世迷言をほざけるのか? イモータルはとっくに、お前ら管理局を手中に収めていたってのによぉ? しかも管理局や魔導師どもは魔法至上主義がどうの、質量兵器は禁止だのと謳っておいて、その実、本局は天候を操作し、星を破壊できる質量兵器だったんだぜ? とんだ茶番で笑えるじゃねぇか!』

「本局そのものが質量兵器……。天候を操作し、星を破壊できる……」

管理局を根底から覆す衝撃の事実に、私だけでなく他の局員も市民達も言葉を失う。そこからゲイザーは自慢するように本局の真の姿、ギジタイの機能をペラペラしゃべってくれた。

ギジタイは星全体の天候を自由に操作でき、昼夜の概念すら操ることができる。つまり、公爵の自由にミッドはいつでも灼熱の夏にも極寒の冬にも変わるし、太陽の光も遮られて常に夜を維持できるってことだ。そしてそれは、私達にとって非常に深刻な問題だった。

太陽の光が無ければ、私は太陽チャージができない。はやても系統は若干異なるが、エナジーをチャージできないという点は同じだ。それは即ち、イモータルやアンデッドに有効な武器が封じられたことを意味する。

しかもギジタイはニブルヘイムの周囲にあるような次元断層を展開する機能もあるから、本局への接近はおろか次元世界間の移動すら封じてしまう。つまり私達は世界を移動してチャージするという手段も使えず、文字通りミッドチルダに閉じ込められてしまった。この世界は、文字通り牢獄に変わったのだ……。

「それじゃあ……あの停戦協定は一体何だったの……! 公爵はどれだけこっちを翻弄すれば気が済むの……!」

いくら考えても、全くわからなかった。ただ、逆に何もわからないからこそ、私達の想像もつかないことを公爵は仕出かそうとしていることはわかった。

「そんな……本局が……俺達の希望が……!」

「こ、殺される……もうダメだぁ……!」

「イヤ、イヤだ! 死にたくない、死にたくないぃ!!」

マズいことに、市民達のパニックが再燃してしまった。そりゃあ今まで自分達を守ってくれた本局が実は敵に乗っ取られていて、しかも元は兵器だったと知れば、彼らの恐怖はとてつもないものとなる。とにかく早く落ち着かせないと、被害は更に……!

―――Ahaaaaaaaaa!!

何か叫ぶような大声が聞こえた直後、混乱の最中にあったこの場所にひと際大きく、轟音が響いてくる。パニックを起こしていた市民も何事かとそっちを向くと―――、

―――ストライカー装甲車が空をぶっ飛んできた。

「うわっととと!」

『な、なんだありゃあ!? うぉわああああああ!!??』

2年前にビーティーが壊れたビルをぶん投げて来た光景が脳裏にフラッシュバックするが、ひとまず私は飛んできた装甲車を多少の驚きはあったが冷静に横から避ける。その避けた瞬間、私は装甲車の上にレンチメイスを持ったケイオスの姿を目の当たりにし、そして……

ズドォォォォォォオンッ!!!

彼を乗せた装甲車はそのままショッピングモールの3階に、爆撃のごとく飛び込んでいった。これには周囲のメディアもパニックを起こしてた市民も、局員達もこの場にいる全員が一様に呆然としていた。

……っていうか、あれドレビン神父の車だよね? なんでこんな時に……というのは人質の中にシャロンがいて、ケイオスが装甲車にいた時点でおおよそ察したが、しかしあのぼったくり業者にここまで協力させるなんて……なんかちょっとずるい気がした。

「って、ボーっとしてる場合じゃない! すぐに私も犯人確保に向かわないと!」

さっき、すれ違いざまに見えたケイオスの冷たい表情……下手すれば犯人達が殺されかねない。こんな言い方もアレだが、彼らは公爵と接触した貴重な情報源でもある。何としても確保して、突破口を手繰り寄せる手がかりを得ないと……!

「ゲイザー、あなた達を暴行及び騒乱罪などのテロ行為により現行犯逮捕します! 大人しく武装解除してください!」

屋上に降り立った私はまだ事態を飲み込めていない彼らに、局員として降伏勧告をする。

「っていうかお前、なんでアレを見て冷静に対応できるんだ!? 装甲車が飛んでくるのが当たり前なのか!?」

とち狂ったように言ってくるゲイザーだが、別に当たり前ではないと思う。私が冷静に対応できたのは、ビーティーのビル投げを経験したからで、大しておかしなことでは……。

「なぜそこで首を傾げる!? 魔導師って奴はどいつもこいつも精神がイカレてやがるのか!?」

い、イカレてないよ……。ただ、潜って来た状況が色々ぶっ飛んでるだけで……って、よく見たらゲイザー達だけでなく、他の局員達も私を残念な人を見るような目で見ていた。……え? 私、そんなにおかしいの?

『ビルとか装甲車なんてものが空を飛んできたら、普通は驚き過ぎて腰抜かすと思う……』

冷静なツッコミありがとう、クロノ……。でも……出来れば指摘しないでほしかった。何ていうか、自分の感覚が他の人のそれより大分ズレてるっていうか、擦れてきてるって自覚しちゃうから……。

「……ハッ! た、助けて~! 人に言えないようなイケナイ乱暴されちゃう~!」

「あ、テメッ!」

我を取り戻した人質のラグナが助けを求めながら逃げようと暴れ出したが、しかしテロリストに逃がすまいと力づくで抑え込まれる。しかし……それはあまりにタイミングが悪かった。

BANGッ!

『し、しまっ―――!』

「ッ! あ、あぁあぁあああああああ!!!!!!! め、目がァアアアア!!!!」

「な、狙撃だと!? チクショウ、どこだ!!」

潜伏させていたヴァイスが狙撃したのだが、相手が暴れまわってて動きが激しかったのと、ギジタイのせいで見えにくかったせいでミスショットしてしまい、人質であるラグナの左目に当ててしまった。突然の攻撃にゲイザー達が臨戦態勢になり、私は即座にゼロシフトで突貫、屋上にいたテロリスト2名の銃撃を回避しながらすれ違い様に一閃する。

非殺傷設定の大ダメージを受けて吹っ飛び、フェンスに当たって倒れるゲイザー達を尻目に、私は目を押さえているラグナの下へ駆け寄る。

「君、大丈夫!? ごめんね、すぐに救護班を呼ぶから!」

「ハァハァ……眼球虐待プレイとはまた新しい……!」

「……え」

どうしよう……この子なんかおかしい。呼吸が激しいのは当然だけど、なぜか妙に甘さと熱さを感じる。これって……興奮してるの?

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――』

ヴァイス陸曹の方もかなりヤバい精神状態に陥っており、虚ろな目で謝罪を無限に繰り返していた。そりゃあ妹の目にミスショットなんてトラウマにもなるか。

さて……問題は山積みだが、まずはテロリストの制圧だ。フォローは仲間に任せて、私はショッピングモール内にいるテロリストの確保に向かおうと……ッ!

「まだ、だ……まだ終わりじゃねえ……!」

「ゲイザー!? この期に及んで何を……」

這う這うの体で懐から何やらスイッチのようなものを取り出したゲイザーは、自らの上着を脱ぎ捨てる。そこにあったのは、無数の爆弾……! 彼は、自分の身体に大量の爆弾を身に着けていたのだ!

「最初から勝つとは思っていなかったが……まだ鬱憤は残ってんだよ!」

「まさか自爆するつもり!? 止めるんだそんなこと……!」

「貴様も! イモータルの連中も! 俺の邪魔をする奴は、皆死ねばいい!! どうせ未来が無いなら、貴様を道連れにして死んでやる!!」

完全に自棄を起こしたゲイザーは血走った殺意満々の眼で私に突進、スイッチを点火した。私一人ならミッド式ゼロシフトで逃げられたが、ラグナがいる以上その手は使えなかった。スイッチを入れられた以上反撃しても止められないため、咄嗟にディフェンサーの術式を発動しようとしたが、爆破までに展開できそうになく、せめてラグナだけは守らなくてはと思って彼女を抱きかかえる。

直後……、

『ゲイザー。仲間外れはよくないなぁ、僕も入れてくれないと』

「この声は!? 貴様、何をする気だ!」

『いやいや、ちょっとお手伝いをね!』

ドゴォオォォォォォンッッ!!!

どこからか放たれた極大のビーム砲撃が、ゲイザーごと私達のいる屋上を飲み込み、彼の爆弾が連鎖爆発したせいでキノコ雲が出るほどの大爆発を引き起こす。そして……為すすべなく爆発に巻き込まれた私達は、屋上ごと崩壊した4階を突き抜けてそのまま3階に落下していった。

『ん? ゴエティア、ターゲットが違うんじゃないかって? アハハハハッ! そうだっけ!? ま、いいんじゃないの、どうでも』

至近距離の爆発を聞いたせいで鼓膜が痛い……けど……少年の声? この子が……今の砲撃を撃ったのか? 彼は……どうしてこんなことを……?

今は考えても仕方ない……とにかく状況を……!?

「グッ……! カハッ!?」

血を吐きながら体を起こそうとしたものの、全然動けなかった。体を見ると右腕が瓦礫に挟まってて、軽く引っ張ってみたが簡単には抜け出せそうになかった。ただその際、視界に入ったラグナの身体に、左目を除いて目立った損傷は無かった。気絶はしていたけど……。

バサッ、バサッ!

上空から聞こえた大きな羽音に、私はこんな時に来てほしくなかった存在の接近を把握した。

「キシャロロロッ!! お楽しみの時間がやって来たぜ! さあ、晩餐会の始まりだ!!」

「フレスベルグ……!? なんで、こんなタイミングで……!!」

上空から現れた巨大怪鳥フレスベルグ。立て続けに現れる脅威を前に、私は背筋に冷たい汗が流れた。今の私はさっきの爆発で大ダメージを負って、背中から大量の血が流れている上に、呼吸も困難で身動きが取れない。こんなのどうすれば……!

「そもそも、停戦協定の話は、一体どうなって……!?」

「停戦協定が締結するまで襲撃をしないなんて、誰も言ってないだろう? 気付かない方が悪いんだよ!」

いや、普通は停戦協定の話を持ち込んだら、返答が来るまで待つものだと思う。……でも考えてみれば、それはヒト同士の話であり、イモータルにまで通用するものではないのか……!

『緊急連絡! ニーズホッグ及び端末兵器の接近を確認! 戦闘可能な局員は直ちに現場へ出撃せよ!!』

『こちら八神、私らはニーズホッグの方へ向かう。ニーズホッグは私らに任せて、フェイトちゃん達はフレスベルグの方を頼むで!』

管理局員全体に通達された緊急連絡に、体調が心配だけどはやて達が対応してくれることになった。だけど……こっちはこっちで絶体絶命なんだよなぁ……。

……そういえば、ここに先に来ているはずのケイオス達はどこに……?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


少し時を戻して空がなぜか急に暗くなった頃、私はウェアウルフ社で匿われていた時期で、サバタさんに言われたことを思い出していた。

『シャロン、改めて言うが、お前は正直弱い。運動能力は確かに良いが、それは歌やスポーツなどで発揮できるものであって、戦いには向いていない』

『じゃあどうして私に刀の訓練をさせてるの……? 前は自衛のためって言ってたけど……?』

『それは間違っていない。しかし、護身術とはそもそも助けを呼ぶ勇気を身に着けるために覚えるものなんだ。普段、どんなに練習をしていたところで、普通の人間はいざとなったら怖くて動けなくなる。なら下手に武術とか覚えて変な自信をつけるより、大声で人を呼ぶ練習をしておくべきだ』

『じゃあどうしてその練習をしないの?』

『シャロンの場合は先に、怯えてる時でも声を出せるようになる必要があった。社員証を渡した頃にそれぐらいの勇気は身に着いたように見えるから、これから大声を出す練習も加えようと思ってな』

『そっか。私の方の準備ができてなかったから、今説明してくれてるんだね……』

『ああ。さて、まずは大声を出す利点についてだが、一つは相手を動揺させられる。例えば実際の路上強盗などの場合、大抵の犯人は大声を出すなと脅してくるが、逆に言えば大声を出されると目的どころじゃなくなるからだ。まあ犯人に逆らわずに言う通りにする、という考えもあるにはあるが、犯人にこいつは逆らわない奴だと思われると、要求がエスカレートして最終的に殺されることもある。シャロンだって怖い奴に自分の身体を好き勝手されるのは嫌だろう?』

『う、うん……それは当然だよ……』

『だからこそ大声を出すことが重要になる。大声を出されれば、犯人は必ずと言って良い程驚き、誰かが来たら捕まるかもしれないと考えるようになる。そうなると、自棄を起こして相手に怪我をさせるより、むしろこのまま何もせず逃げた方が良いのでは、と考える訳だ』

『でも、諦めが悪かったり、助けてくれそうな人が周りに誰もいなかったら? そんな状況で大声を出す意味ってあるの?』

『ある。大声を出すことで全身の筋肉が適度にほぐれるから、恐怖で委縮していた身体が動けるようになる。そこから先は反撃するなり逃走するなり色々あるが、攻撃が下手な以上、シャロンは反撃を考えず一目散に逃げるべきだろう』

『なるほど……でも……やっぱり恐怖を感じてる時は大声を出せないと思う。それに知らない人に助けを求めるのも怖い。私、臆病だからマキナやマテリアルズのようにはいかないよ……』

『そうか……少し面倒だが、シャロンには自らを鼓舞するための手段が別途で必要なのか。なら、威勢のいい歌でも歌ってみるか?』

『威勢のいい歌って……ロックバンドの曲とか?』

『まあ、そういうので良いだろう。シャロンは他人より目の前の出来事に対する恐怖心が大きくなりやすいから、一時的にでも恐怖心から意識を逸らす方法を覚えるべきだ。例えばこういう行動をしている間は絶対他に意識を向けないなど、一般でも使われる自己暗示みたいなものだな』

『私の場合だと、歌ってる間は周りで何が起ころうと歌うのを止めないみたいな? でも……そんなことできるわけ……』

『今すぐは当然無理だ。長い時間反復練習して体が覚えることで、無意識にできるようになれば上出来だ。とはいえ、助けを求められるなら素直に求めろ。頼れる者がいるなら、そいつの名前を呼んでもいい。とにかくこの次元世界でシャロンが安全に生き延びるためには、このことを決して忘れるな。今の俺では、こういう知識を教えるぐらいしかできないからな』

……ごめんなさい、サバタさん。せっかく教えてくれてたのに、世紀末世界に暮らしてる間にその心構えを忘れていました……。

……大声、か。この状況なら確かに……威勢のいい歌の方が良いかもしれない。出だしから迫力を出せる歌……アクシア・イーグレット!

「…………!」

「あん?」

出せ……! 声を出すんだ……! もっと……もっと!

「Ah……!」

「ボソボソうるせぇな、静かにしてろ!」

誘拐犯の一人が私の左腕を掴んで、怒鳴り散らしてくる。その瞬間、私は昔サバタさんに教えられた通りに全身の力を振るって大声を出した。

「Ahaaaaaaaaaaaaッ!!!」

「ッ、う、うるせぇっつってんだろ!」

苛立った誘拐犯が一瞬驚いたものの、無理やり黙らせようと殴りかかろうとして……、

―――ズドォォォォォンッ!!!

いきなり窓の外から飛び込んできた装甲車の上からケイオスが跳躍、レンチメイスを誘拐犯の脳天に叩きつけて床に頭をめり込ませた。間一髪で殴られる所だったけど、大声で驚いた一瞬のおかげでギリギリ殴られずに済んだ。

「な、なんだお前は!?」

「動くんじゃねぇ! ここにいる人質がどうなっても―――」

「うるさい、シャロンの歌が聞こえないだろ……!」

誘拐犯の話に全く耳を貸さず、ケイオスは床がめり込むほどの力強い跳躍と同時に、バレルロールしながら弾丸のごとき速度で突貫、CQCらしき格闘術を用いてここにいた誘拐犯5人全員をわずか3秒で、床や壁や天井に頭をめり込ませていた。……明らかにあれは頭蓋骨破損レベルでオーバーキルなんだけど、正直スカッとした。

「は? え? 私達、助かったの……?」

「さ、流石はアウターヘブン社……マジであっという間だった……」

ショッピングモールの人質はあまりに超光速の解決故に呆然としてしまい、助かったことを頭が理解するのに時間がかかっているようだった。ケイオスが私を拘束していたロープを引き千切ったおかげで、私は自由を取り戻せたが、アクシア・イーグレットはまだ終わってないので歌い続けていた。

「全く……人の車を飛び道具にするとは。中には私の大事な商売道具があるのだぞ?」

ドレビン神父が車から出て来たけど、なんか妙な愉悦を感じてるっぽい。車で空を飛ぶなんて滅多にできない経験が出来たからだろうか?

「壊れないようにしたって飛ぶ前に確認したじゃん。車も無事だし」

「空挺戦車並みに頑丈とはいえ、傷はつくんだぞ。……まあいい、それよりも人質の皆さん、いらっしゃいませ。ドレビンショップ特別出張版へようこそ。今ならもれなく私の装甲車への乗車券が一人につき10万GMPで販売中ですよ?」

う、うわぁ、商魂逞しいにも程があるというか……ここが稼ぎ時だと言わんばかりに、安全を売り始めた。いきなりの商売に人質の皆さんもポカンとしちゃってるよ……。でも装甲車に乗せてもらって脱出できるってのは、今すぐ助かりたい人にとってはまさにいくら金を払っても構わない案件だろう。利便性や快適性はともかくとして、安全面は確実に確保できると思い当たった彼らは、こぞって乗車券を求めた。……まぁ、あの車大きいし、頑張れば全員乗せられるだろうけどね。

「……」

ケイオスが無言で私を見てくる。……彼の眼には、呆れと心配の色が見て取れた。

「今朝の不安が的中したね。目を離したら案の定こんなことになったし」

うん、返す言葉も無い。

「だからさ、ここで改めて誓うよ。俺はシャロンを守る、例え全てを敵に回したとしても、シャロンのためにこの力を振るう。今この瞬間からあんたが、俺の一番の優先順位だ」

……、……!?

こ、これ……軽くプロポーズじゃない!? こんな時にするセリフなのかはわからないけど、とりあえず返事を……!

と思った直後、屋上の方からとてつもない轟音が発生した。ショッピングモール全体が震動するほどの衝撃……咄嗟にドレビン神父は人質を装甲車に乗せて安全を確保、私はケイオスに抱えられて1階へ移動していた。

「立てる?」

「うん、大丈夫……」

『キシャロロロッ!! お楽しみの時間がやって来たぜ! さあ、晩餐会の始まりだ!!』

3階から聞こえて来たフレスベルグの声に、私は思わず震えた。また、あんな苦しい目に遭うのは嫌だ……。

「あの鳥が来たってことは、またイモータルの襲撃が始まったか。……俺がアイツを倒すから、シャロンはシオンの所まで逃げて」

「だ、大丈夫なの……?」

「大丈夫、今日は勝てる。ちゃんと策を用意してくれたんだから」

「策って、昨日の?」

「ん。それに切り札もある、敗北は絶対に無いよ。……いや、俺にとっての敗北はシャロン……あんたの死だ。だから俺が勝つために、あんたは生き残れ」

「ケイオス……。……わかった、でも絶対帰ってきて。帰ってきたら、私なりにお礼するから……」

「ふ~ん? 今までの中で一番期待できる報酬だ。……ああ、忘れるところだった。捕まった時、刀落としたでしょ?」

「うん……ありがと」

ケイオスが届けてくれた刀を再び腰にまとい、私と彼は背を向け合う。彼は戦場に行くために、私は避難所に逃げるために。

「じゃ、行ってくる」

爆音を轟かせてケイオスは3階へ跳躍、“敵”を殲滅しに向かった。さてと、私も生き残るために急いでシオンの所へ行かないと……。

「ふふ……」

「!?」

「ふふふふふ……見ぃつけた♪」

殺気!?

私は反射的に二刀を抜き、殺気を受けた方角で十字に構える。直後、

ガキィッ!!!

金属音を響かせて、何かの攻撃が防がれた。攻撃してきた何者かはすぐさまバックステップし、私の眼にその姿をさらした。

ダーク属性に染まった赤い目と、禍々しい巨大な左腕を持つ病人服の少女……。ただ、その容姿はシュテルに酷似していた。

「あなた、何者?」

「ふふふ……ねぇ、月下美人。あなたの心臓、私にちょうだい?」

「え……!?」

「私はね、まだ死にたくないの。たった一人の心臓と薬品、雑魚アンデッドだけじゃ全然物足りないの。だからね……お願い、私のために死んでちょうだい?」

「そんなの、イヤに決まってるよ!」

「そっか……こんなにお願いしても聞いてくれないんだ? だったらもうお話しても意味ないよね!」

目が赤く光り、彼女は突撃してくる。左腕から繰り出される怪力を、私は逃げながら必死に受け止める。

彼女は本気だ、本気で私の心臓を狙っている。でも私はこんな所で死ぬわけにはいかない、だってケイオスと約束したから! 生き残って、今度こそマキナと一緒に暮らすんだ……!!

『魔力装束の術式、構成できました! バトルドレス、どうぞ使ってください!』

「良いタイミング、イクス! でも……どうやって使うの?」

『これは魔力とエナジーを混成させた特別製なので、あなたの持ち歌の一つを発動術式にしています。その歌は―――です』

「え、まさかのその歌チョイス? ……ま、四の五の言ってる場合じゃないか!」

彼女の猛獣じみた攻撃を凌ぎながら、私はあの歌を詠唱する。イクスの魔力と私のエナジーによって編み出される戦闘装束。生き残るために……私は甘んじて魔導師の衣装を身に着けよう!

「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー……♪」

そうして私が身にまとった衣装は、ガレアの王が用いる民族衣装と、かつてサバタさんが使っていたメイル・オブ・ルナの要素を併せ持った、青のかかった白と紫で構成された服だった……。

 
 

 
後書き
ポリドリ:ボクタイDS ラスボス。宇宙人みたいな見た目ですが、戦う時は針だらけになります。
ツァラトゥストラ:ゼノサーガ3 ラスボス。これのせいでこの世界は無限ループしています。要はFF零式に近いです。
接触者:ゼノギアスにおける超重要用語。誰が接触者なのかはお察し。
ギジタイ:ボクタイDS 世界観の一つ。本局はシンボクの暗黒城的扱いなので、変形などの属性を付けました。
はやてクローン:サクラ、ビーティーと来たら当然出します。なお、オーバードな砲台を構えてたのは彼女で、撃ったのがエリオという二人態勢です。
ギア・バーラー:ゼノギアス アニマの器と融合したギア。ここではゴーレムの一種として扱いますが、精神面はヒトにかなり近いです。
暗黒銃:エピソード1で虚数空間に捨てたものが戻ってきました。
ヴェンデッタ:ゼノギアスより。かませにはなりません。
ラグナ:なのはStSキャラ。時期が良いので出しました。しかしM属性を加えた結果、なぜか兄のヴァイスの方が不憫に……。
アインス:マリエル共々箱入り。
空飛ぶ装甲車:ケイオスが力任せに地面を叩き、無理やり飛ばしました。
OR・なのはの異変:ゼノギアス 教会発掘場が元ネタ。
バトルドレス:MGSで戦闘向けのスーツ。しかしどこか装者じみてきました。発動術式にアレを使ったのは、彼女を戦わせ過ぎると最終的にどうなるかを示唆しています。
メイル・オブ・ルナ:ゾクタイ サバタの防具。結構優秀。


マ「こんにちは~♪ うっかりミスしちゃった君にケツバットォ! 夢のレスキューコーナー・マッキージムでーす!」
フ「今ちょっと鬱気分な弟子フーカなのじゃ……」
マ「へいへい、もっと元気出してこうぜ!」
フ「限度があるわ! なんじゃい今回の話は、皆追い込まれ過ぎじゃろ!?」
マ「というかエピソード3はマジで容赦ないよね。フェイトは主任砲撃たれたし、高町はある意味イド化してるし」
フ「八神家もヤバいフラグが立っとるんじゃが……」
マ「今の次元世界は毎日がダイハード!」
フ「車でヘリを落とす木曜洋画劇場が始まりそうじゃな」
マ「ま、そんぐらいの気概が無いとこの先かなり厳しいんだよね。原作キャラだろうと容赦なく怪我するこの物語を生き残るにはさ」
フ「わし、無事に成長できるんじゃろうか?」
マ「無理」
フ「即答じゃと!? え、まさかわしもヤバいのか!?」
マ「だって、大人モード使っても胸小さいままじゃん」
フ「そっちか! 余計なお世話じゃ!」
マ「ま、フーカは多分大丈夫。シャロンが守ってくれるから」
フ「むぅ……逃げてばかりの彼女が守ってくれると言われてものう……」
マ「勇気と無謀は別物、勝てない相手から逃げるのは当然のことなの。ちゃんと力量を見極めてる時点でシャロンは及第点に達してるよ。だって初遭遇時にフレスベルグに挑んでたら、二人とも確実に死んでるよ?」
フ「あ、納得したのじゃ」
マ「じゃ、今回はここまで!」 
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