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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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悪魔のアグリーメント

 
前書き
やっと投稿できました。
前書きに書くつもりだった小ネタが文字数オーバーで本文の冒頭に入っていますので、すみませんがよろしくお願いします。 

 
『教えて! サバタ先生!!』

「はぁ……エピソード1で家庭教師の真似事をしたせいなのか知らんが、とにかく講義の時間だ。今回は“エナジー”について詳しく説明しようと思う。しかしその前に、お前達は属性ぐらいは知っているな? では属性の種類を……ティアナ生徒、答えてみろ」

「はい。ソル、ダーク、ルナ、フレイム、フロスト、クラウド、アース、この7属性です」

「正解だ。では今言ってもらった属性の特徴をそれぞれ説明しよう。まずソル属性、これは太陽の光そのものであり、暗黒物質の浄化作用がある。逆にダーク属性は暗黒物質から力を引き出す、ソル属性とは真逆でヒトに仇なす闇の力だ。ルナ属性は月の力で属性の中でも特殊だが、光にも闇にもなれる変幻自在の力だ。そして4大属性と広く知られるフレイムは炎、フロストは氷、クラウドは風、アースは大地の力で、炎と氷はそのままでもわかるから説明は省くが、風と大地には少々補足が必要だろう」

「あの~、それならこの際ずっと疑問に思ってたことを訊きたいんですけど、なんでクラウド属性には石化の、アース属性には毒の効果があるんですか?」

「スバル生徒の指摘は尤もだ、その二つは炎と氷のようにわかりやすくはないからな。ズバっと簡単に言うなら、薬も過ぎれば毒となる、が適している。例としてお湯で表すと、適温なら心地よくても、沸騰するほど熱ければ火傷するだろう? 風と大地も同じだ。風は世界を巡り、命の芽吹きと繁栄をもたらすものだが、それらだけでなくウイルスなどの有害なものも運んでしまうことがあるし、ハリケーンのように強すぎる風は災害と摩耗を招いてしまう。その果てにあるのが全てを退廃させる風、即ち“死せる風”だ。その風に触れれば、たちまちその者には風化と終焉が訪れる……石化はその終焉を目に見える形で現しているのだ」

「はぁ……なんとなくわかったような、最後だけボカされたような……。じゃあアース属性ではどうなるんですか?」

「いくら生命の営みを担う大地と言えど、腐ったら毒になる。スバル生徒も腐った食べ物を食べたらどうなるか、もはや言うまでもないだろう?」

「あ、はい。今のはすっごく納得できました!」

「とはいえ、何も腐ることが悪いことではない。例えば納豆のようにな。あえて腐らせることで旨味を出すとは、普通思いつけるものではない。このように、日本の食文化には学ぶところが多いぞ。ま、だからと言って今の時世では、余程の理由が無い限り腐ったものに手を出す必要は無いがな。それとついでだが、腐葉土は名前にこそ腐るという字は入っているが、実際は栄養素が満載である以上、大地にとってはむしろ薬に近い性質がある。だから大地が腐るという意味を簡単に言うなら、栄養素が枯渇し、植物が全く生えず、食物連鎖による命の循環が出来なくなった状態となる」

「そして毒は腐敗の象徴として、その身に降りかかる災いになるんですか。アース属性と毒の関係が何となく理解できました」

「では次にエナジーと属性の関係を説明する。実は俺やジャンゴのような特殊な血筋の人間や魔女を除くと、ほとんどの人間が持つエナジーには属性が無い。いわゆる無属性って奴だ。後天的に暗黒物質を宿した場合はダーク属性に染まるが、本来なら魔法使用時の術式や魔法陣、レンズなどを通すことによって、ようやく属性が付与されるわけだ。ただ、俺やネピリムの場合は月光仔の血の効果もあって、根本がダーク属性でありながら他の属性も使えるようになっている」

「となると、太陽仔のジャンゴさんは魔法を発動する前からエナジーがソル属性になっているんでしょうか?」

「察しが良いなリンネ生徒、正解だ。そして魔女の場合では、大抵4大属性のどれかが根本を司っていることが多い。カーミラの場合はクラウド属性といったようにな」

「ではザジさんとエレンさんにも最初から属性があるんですか?」

「その質問は半分正解で半分間違いだ。エレンはカーミラと同じクラウド属性の魔女だが、ひまわり……ザジは比較的珍しい無属性の魔女だ。ついでに言うと大地の巫女リタは魔女とは違うが、アース属性を根本にしている。話を戻して、そもそも普通の魔女……まぁ、魔女自体数が少ない上に異端扱いだから普通と言うのも変な話だが、とにかく大抵は何かしらの属性を司っているものだ。例えばフレイム属性の魔女は炎を自在に操ったり、フロスト属性の魔女は水の上を歩いたりできるようにな」

「それだけ聞くと何だか夢のある話に見えますが……そんな風に魔女の力がわかりやすいってことはつまり……」

「そうだ、魔女は世紀末世界でも迫害の対象になっている。ヒトは自分の理解が及ばない異質な存在には過剰な拒否反応を抱いてしまう。そして属性持ちの魔女は力の存在がバレやすい故、そういった人達の迫害を受けやすい。だから人里から追い出された魔女は、アンデッドの闊歩する危険な場所で細々と生き延びるしかない。俺が初めてザジと会った時の彼女の境遇を知っているのなら、追い出されるまでの経緯も大体想像つくだろう。そんなわけで他の属性持ちの魔女とは運が良ければいつかどこかでお目にかかれるかもしれんが、それは少なくともこの物語が終わった後になる」

「そうですか……ただ、私には魔女の境遇がどうも他人事には思えなくて……魔女を救う良い方法は何か無いのでしょうか?」

「リンネ生徒の気持ちは俺も理解できるが、残念だが今は答えを濁すしかない。ヒトが今以上の多様性を受け入れられるようになれば、その問題も自ずと改善するのだろうが……今できるのはマキナのように、多くをとにかく知ることだな。ま、機会があればマキナの旅日記でも読んでみろ。たった2年の間でありながら、中々興味深い場所を回ってきてるぞ」

「わかりました、言われた通り今は見聞を広めることにします。それにしても……エナジーと属性の関係って、レアスキルや魔力変換資質持ちの魔導師と似ていますね」

「そう、リンネ生徒の指摘は的を射ている。属性持ちの魔女と、魔力返還資質持ちの魔導師は、エナジーか魔力かの違いこそあるが性質は非常に酷似している。無属性の魔女とレアスキルもまた同じような関係だ」

「では先生、特殊な血筋や魔女の力を持っていない人がエナジーを使えるようになるには、一体どうすればいいんですか?」

「管理局が全力で知りたい内容だと思わしきティアナ生徒の質問だが、とりあえず方法だけならいくつかある。怒髪天を衝くレベルでの怒りといった一方向への感情の爆発や、自分と世界の生命力を魂で感知できるようになるというな。ただ、やはり……常に気を張り続けねばならない戦場や現場にいるより、スポーツや道場剣術などで精神修行をやっている者や自然と共存してきた者の方が感知しやすい傾向がある」

「なぜだか私達の次の世代の方が目覚めやすいと言われた気分ですが……隣でリンネさんがドヤ顔してるのが超イラつきますが、とにかくそれって、バトル漫画とかでよくある“気”の修行的なものなんですか?」

「ぶっちゃけるとその通りだ。しかしエナジーは気より魔力寄り……というより、両方混ざっているが気に寄っている、と言った方が正しい。とにかく発現させたいなら、精神統一と集中力が大事だ。一度発現してしまえば、後は自由自在に使えるようになる。尤も生命力を使っている以上、使い過ぎが体に毒なのは当然だがな。……さて、そろそろ頃合いだから今回の講義はこれで終了する。締めのついでと言っては何だが最後に―――女の話をしよう」

目覚めた時から、女は孤独に包まれていた。
その孤独には羽毛のような圧迫感と、柔肌のような抵抗があった。

自由はある、しかし志がない。
自由はない、しかし翼がある。

女は甘美な愛の毒に満ちた牢獄で窒息した。脱獄する力が無い以上、そこに順応するしかなかった。だが順応するためには、少しばかり心を切り捨てる必要があった。

自らの心を自ら砕いてようやく、女は周囲に順応できた。だが、それは同時に女の真の姿は誰も見れなくなったことを意味していた。

女が捨てた心はどこにある? 存在すら知らないものを探してくれる者なぞ現れるはずがない。そうして女は順応した世界の正しさという毒に傷付いていく。弱者を救い、正義を守る。眉目秀麗、品行方正。何も間違ったことはしていないのに、どうしてこうなった?


・・・・・・(本編開始)・・・・・・


まな板の上の鯉、とは今の私のようなことを言うのかな……。なんてことを頭の隅で考えながら、私はフレスベルグがダメージと瓦礫のせいで身動きできない私の身体を、某汎用人型決戦兵器な人造人間が量産型に鳥葬されるような感じで、丸かじりしようと迫るのを眼前に捉えつつ、必死に生き残る手段を模索する。

脱出……無理。
戦闘……無理。
交渉……無理。
嘆願……無理。

生存……………………困難。

あぁ……これは厳しいなぁ。私では何の手も打てないなんて……諦めない心こそが最大の武器と言われても、何もできないんじゃ……。

いや、瓦礫に挟まっているが、バルディッシュはしっかり右手にある。この状態でもフォトンランサーなどの遠距離攻撃なら使えるから、まだ悪あがきぐらいなら……、

「(動かない方が良い、死にたくなければな)」

瓦礫に埋まって動けなくなっている装甲車の影から、ドレビン神父がフレスベルグに聞こえないようこっそり声をかけてきた。どういう意味かはわからないが、この場は彼を信じてみよう。煙に巻くことはあるが、彼は決して嘘を言わない。その辺りの誠実さは信頼できる人物だ。……信用はしてないけどね。

「キシャロロロッ! 流石のエターナルブレイズもようやく諦めたね! だったらその絶望をもっと堪能してもらって、スパイスを利かせてもらわなくちゃ!」

「もっと堪能って……ッ!」

その一言に、私はハッと気づく。ドレビン神父を除いて、この場には私以外にもう一人いたことを。

血の気が引いた私から気絶しているラグナ・グランセニックに視線を向け、「いただきま~す!」と巨大な口を開けるフレスベルグ。反射的に左手を伸ばすが、届かないし動けない。

「や、やめて! その子まで殺さないで……! やめてぇえええええ!!!」

グシャァッ!!

思わず目を閉じた私の耳は、肉が潰れるような気持ち悪い音を確かに感じ取った。これまで私が頑張って助けて本局に保護してきた子供達を一度に失った上に、目の前にいる子供すら救えないなんて……私は……私は……!

「ギイイイィィィッッ!!!??」

「フッ、良い感じにクリティカルヒットしたな」

……? なんかフレスベルグの悲鳴が聞こえたと思ったら、ドレビン神父が感想を漏らしたような……。どうも想定してた状況とは違うらしく、目を開けた私の視界に入ったのは、天井に全身を叩きつけられてるフレスベルグと、レンチメイスを盛大に振り上げた状態のケイオス、ラグナを抱えて私の傍にいるドレビン神父だった、

「えっと……ラグナが食べられずに助かってたのは嬉しいけど、何があったの?」

「それを聞きたければ情報料……泣くな、冗談だ」

こんな状況なのに普段通り金にがめつい彼の一言で、財布の中の冬を思い出してつい涙がほろりと出たけど、なぜか幸運にもサービスしてくれることになった。

彼曰く、私達が撃たれた巨大ビームで起きたショッピングモールの崩壊から逃れるために、シャロンを連れて一階に退避していたケイオスが恐らく彼女を逃がした後、こっちに戻って来たのと同時にフレスベルグにレンチメイスで渾身のアッパーをかましたとのことだ。その一撃はフレスベルグの顎を盛大に粉砕したらしく、遠目でだがフレスベルグの口の下半分の歯が血だらけで粉々に砕けていた。なんというか……見ててすっごく痛々しい。

「キキキ……貴様ァ……! オレサマの歯を……!!」

「だから?」

「なんだと!?」

「あんたはここで終わる。もう二度と食べられないんだから、口が砕けようがどうでもいいじゃん」

「フザけたことを! まだまだ喰い足りないんだよ、オレサマはぁあああ!!!」

ブチ切れたフレスベルグが猛毒の羽を放射状に発射、壁を抉るような散弾が雨あられと降り注ぐ。私達も巻き込まれるほどの攻撃範囲だったが、ケイオスは大きめの瓦礫を盾にして凌ぎ、私とラグナはドレビン神父が―――

「破ァッ!!」

気迫だけで周囲の瓦礫ごと吹き飛ばす正拳突きを放ち、飛んできた羽を風圧で跳ね返してくれたおかげで助かった。

「フゥ~……。……ふむ、この程度しか力を引き出せなくなっているとは、私でさえ時の流れには逆らえないということか」

多分、老化のことを言ってるんだろうけど、あれで本調子じゃないこと自体驚きだ……。……ふと思ったけど、マキナの知り合いって地味に超人ばかりな気がする。ビーティーもサイボーグとはいえ十分超人に値するし。……まぁ、考えてみればマキナもあんな短期間で医学や薬学を身に着けてたし、類は友を呼ぶということかな。

なんてことを考えている私をよそに、戦闘は進行していく。盾にした瓦礫にレンチメイスをぶつけ、さっきやられたことをそのままお返しするように粉砕された瓦礫の破片が嵐のごとく上空のフレスベルグに襲い掛かる。だがフレスベルグは柔軟かつ素早い動きでそれらを避け切り、無傷のまま凌いでしまった。

ギリリリィッ!!

「ゲ!? マジかよ!」

しかしケイオスは相手が回避に専念している間に接近し、フレスベルグに太陽の力を感じる鎖を両腕から発射、巨鳥の全身を絡め……じゃなくて突き刺した。

「こういう時は……串刺しだね、わかるとも」

「イッテー! なんだこれ!? 刺さった所から浄化している!?」

「この鎖はブリガンディア。フェンサリル南方の強い砂漠の太陽を長年浴びた太陽結晶が構成した、浄化と破邪の鎖。あんたみたく心底腐ってる奴には、これは相当効くよ」

「今まで隠してた切り札か……だがこんなもの!」

「ッ……!」

鎖を外そうとして今まで見たことが無いスピードで空を飛び、ケイオスを振り落とそうとするフレスベルグ。ケイオスも歯を食いしばって堪え、あちこちの瓦礫に身体をぶつけられながらも鎖は決して手放さなかった。それどころかぶつけられた場所を逆に足場にして、力づくでフレスベルグをぶん回して別の瓦礫にぶち当ててもいる。互いに投げ技をかけまくってる、とでも言えばわかりやすいだろうか?

ぶっちゃけあのまま放っておいたら本当に一人で勝ちそうだ……あんな強力な鎖があるなら、何で今まで使わなかったんだろう? でもフレスベルグが必死に飛び回るせいで、猛毒の羽が周囲に飛び散っている。ドレビン神父によると、外では遠方で砲撃が飛び交う中、市民や局員の何人かがその流れ弾ならぬ流れ羽に刺さっては即死しており、戦闘上仕方ないとはいえ被害が出ていた。

流石に市民の被害は局員として見過ごせない。何か私にできることは……あった!

「あまり使ったことは無いけど……チェーンバインド!」

瓦礫の下のバルディッシュのサポートを受け、私は左手から鎖状のバインドを上空に発射する。お願い、届いて……!

「ん、そういうこと」

流石と言うべきか、瞬時に私の意図を理解したケイオスはレンチメイスの先端を開き、手ではわずかに届かない位置に飛んでいた私のチェーンバインドを挟む。フレスベルグもそれに気付いたようだが、時すでに遅し。私は残った全魔力を総動員して、彼らを引き寄せる!

そう、これは瓦礫で動けない私自身をアンカーにすることで、フレスベルグをこの場所に叩き落とす戦術。今までは濃い暗黒物質のせいで、フレスベルグには直接バインドをかけることができなかった。だが今はケイオスのブリガンディアが刺さっているから、彼に向けて使えば間接的に綱引きの要領でフレスベルグを引き寄せることが可能だった。

でもそれは、右腕の骨を犠牲にすることを意味していた。

「うぐ……!」

ミシミシ……ボキッ!

「あぁッ!」

二人分と巨鳥、そして装備云々の重さが全て私の右腕一ヶ所にかかり、いわば万力でギリギリと締め付けられてるような痛みに襲われ、痛々しく骨折の音が響いた。しかも……、

「しつこい! しつこい、しつこい! ウゼェ!!」

「い……! たぃ……ああぁあああ!!」

そう簡単に引き寄せてくれるわけもなく、フレスベルグは空へ逃げようと力づくで鎖を引っ張る。その足掻きで私の右腕にはのたうち回りたくなる激痛が走り、更に先程の砲撃で負った背中の傷からだくだくと血も流れて、たまらず声が漏れる。

「てこずっているようだな……手を貸そう」

そう言ってドレビン神父が私の鎖を掴み、引き寄せる協力をしてくれた。なぜか愉悦顔なのが気になるが、とにかく彼のおかげで右腕の痛みはそこそこ和らいだ。そしてこのわずかな猶予を利用して、ケイオスは一気に攻勢に打って出る。

「すぅ……はぁ……よっ!」

深く息を吐いたケイオスは、レンチメイスの先端からグンッとチェーンバインドを引き寄せ、それを自分の左腕に巻く。そしてフリーになったレンチメイスを力業で振るい、フレスベルグの右翼を先端で挟み込むなり、内蔵してあるチェーンソーを回転、血しぶきをまき散らしながらフレスベルグの右翼を斬り落とした。

「ギャァァアアアアアッ!!」

直後、飛ぶ手段を失って地面に引きずり落とされたフレスベルグに、すぐさまケイオスは鎖を引っ張って何度も持ち上げては地面に叩きつける|《ビートストーム》を繰り返し、イモータルと言えど全身がバラバラになりそうなほどのダメージを与えた。

「ギィェェェエエッ!!」

「後は死ぬまで叩き続けるだけ……!」

そこから始まったのは、一方的な暴力だった。右翼を失って飛べなくなり、更に太陽の鎖で磔にされて動けないフレスベルグに、ケイオスはレンチメイスで太鼓の達人の如くひたすら叩き続ける。

ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!

「あがっ! おごっ! い、いい加減に……あばっ!」

ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!

「……ヤ……ヤメロ……」

ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!

叩くたびにフレスベルグの返り血がケイオスの全身を赤く染め上げる。見てる方がトラウマになるほどの暴力にフレスベルグがもういっそ浄化してほしいと降参するがそれでも止めず、空のギジタイを背景に機械的なまでに叩き続ける彼の姿を、私はまるで悪魔のようだと思った。

「ア……ガ……」

「ん? なんだ、もう動かないんだね」

隣で見ていた者としては今夜は確実にうなされそうなぐらい叩いた後、ようやく手を止めたケイオスは淡々と目標の確認を行った。今のフレスベルグは何というか……トラックに踏み潰された毛虫みたく無残な姿となっており、これまで何度か戦ってきた私から見てもあまりに痛々しいというか、目を背けたくなるぐらい酷い姿だった。

「破ァッ!」

それからはケイオスとドレビン神父が周辺の瓦礫を力づくで一部撤去して、私と装甲車の中に閉じ込められた人質を助け出してくれた。しかし瓦礫から引きずり出した私の右腕は、さっきの綱引きの代償で逆方向にぷら~んとゴム手袋みたく折れ曲がっていた。いやはや、自分の腕がこんな状態になるとは……いい加減無茶も大概にしないといけないか。うん、反省しよう。

「喜べ執務官、ここにいた人質は衰弱こそしているが、二人を除いて無傷だ。そのうちの一人は多少の傷こそあるが、おおむね命に別状はない。左目の失明もアウターヘブン社を頼れば十分治療可能だ。そしてもう一人にはたった今、首輪付きが向かった。放っておいても問題あるまい」

「そう……良かった……」

「むしろ重傷なのは執務官だな。背中の砲撃痕もそうだが、右腕を見る限り相当の負荷をかけたようだ。治癒魔法を使用したとしても、完治までにはそこそこの日数が必要だろう」

「しばらく私も戦線離脱ってわけか……。まぁ、人質の無事とイモータル1体が引き換えなら、十分お釣りがくる……かな? でも敵戦力の中核の一部を倒せたんだから、少しは大局に……あいたたた……!」

「ふむ、ところで執務官、ここで商売の話をしないか? 包帯や傷薬などの応急処置ができる医療セット、1500GMP。購入するか?」

「う……い、今持ち合わせがなくて…………その……経費で落とせる?」

「問題ない。人質救出料も含めてまとめて請求しよう。ちなみに一人頭5万GMPだ」

「がめつい!?」

「何を言う。私の装甲車が無ければ、人質のほとんどは間違いなく死んでいた。遺族への謝罪や命の喪失と比べれば、金で決着がつけられるだけマシだろう」

あぁ、だから救出に参加したんだね、このぼったくり業者。確かに人質救出という功績に報酬を求めるのは、当然の権利だろう。でも管理局の資金もそこまで潤沢じゃないから、払いはするだろうけど、今後更にカツカツになるだろうなぁ……。今月の私の給料、ちゃんともらえるのかなぁ……。

フレスベルグを棺桶に封印した私は遠い目をしてそう考えていると、遠方からいくつもの爆発音が聞こえてきた。そうだった、私達がここで勝ったところで、全体の戦いはまだ終わってなかったんだ。

それにさっき私達を撃った少年もどこかにいる。彼が何者なのかわからないけど、人間が銀河意思の側に付くなんて余程の事情があるはずだ。今はちょっと無理そうだけど、何とかして話を聞かないと……。

「へぇ、そんな状態なのにフレスベルグと戦ったんだ。エターナルブレイズも思ったよりタフだね」

「ッ!?」

噂をすれば影が差す、件の少年がギジタイを背景に上空から降りてきた。全身に黒い雷を走らせる年端も行かない赤毛の少年……彼は私達を見下ろしながら、傍にいたもう一人の連れに……え!?

「はやて……!? ううん、身体が小さい、だけどその姿は紛れもないサイボーグ……どうなってるの?」

「黒雷を纏う赤髪の少年……そうか、お前があのエリオ・モンディアルか。胎児期に暗黒物質を埋め込まれしクローン、会えて光栄だな」

「そこまで僕の事を知ってるとは、余程情報収集力の高いドレビンのようだね。とりあえず今日は挨拶に来たんだ。初めまして、フェイト・テスタロッサ。僕はエリオ・モンディアル、こっちはゴエティア、よろしく」

「挨拶……!? 暗黒物質を埋め込まれたクローンって……!」

「いちいち驚かれるのも面倒だ、事前知識程度の情報ぐらいはサービスで教えてやろう。エリオ・モンディアルは代用の利くエナジー使いを生み出す研究によって作られたクローンだ。彼が暗黒の力を使えるのは高町なのはのダークマターが使われているからで、なぜ彼女のが選ばれたかというと、彼女に宿っていた暗黒物質は他のヒトにも定着しやすいように少々変質しているからだ」

「代……用……。なのはの……ダークマターを使って……」

「彼はオリジナルの両親に拒絶され、暴走によって彼らを抹殺した後、公爵に拾われた。以後の動向は公では不明だったが、その様子を見る限り“親子関係”は良好らしいな」

「ほんと、ドレビンのくせにどこまで知ってるんだか……。まぁ、それよりも……フェイト・テスタロッサ、僕はあなたに用がある。先に言っとくけど、応援を呼んでも無駄だよ。近くにいた外の局員のほとんどは僕とゴエティアで撃墜したし、残った奴も市民の避難やニーズホッグの端末兵器にかかりきり。こんな場所で一人弱体化している今なら、誰にも邪魔されないよね……」

「……!?」

何をするのかわからないが、エリオは私を害するつもりのようだ。思わず背筋が寒くなり、即座にバルディッシュに手をかける。右腕がイカレてるけど、左腕が動かせるからまだ戦えなくはない。ただ、あまり頼りたくないけど、ドレビン神父にも応援を要請しないと……。

「あ、そうだ。ドレビン、10万GMP払うから僕らの邪魔をしないように」

「フッ、心得た」

あぁぁああああ!!??

ドレビン、ここでそれは無いよぉおおお!!

お金で手を出さない約束をされてしまい、ドレビンは愉悦顔で私達の傍から離れた。情には決して流されない、信じているのはお金だけ……その意味を心底理解したよ。金次第でどちらにも付くってね……。

「くっ……でも私は絶対君の思い通りにはならない!」

左だけザンバー・モードにしたバルディッシュで、一直線に走って縦斬りを放つ。その刃を前に呆れ顔を浮かべたエリオは、

「先に仕掛けてくるとは、血気盛んな先輩だ。メギドロザリウム!」

即時展開した赤い槍で私の一撃を弾き、侵略する炎の如く連続攻撃を叩きこんできた。私の全力時にも匹敵する速度の攻撃に、片腕しか使えない今の私では完全に対応できるはずがなく、最後の一発だけ防ぎ切れなかった刺突を受けてバリアジャケットが破損してしまう。

「うぐっ……」

「これは驚いた……片腕しか使えないのに、最後の一突き以外は全部防がれるなんて」

流石に予想外だったのか目を丸くするエリオ。しかし私の体力を一気に削られたことに変わりはなく、たまらず膝をついてしまった。

「はぁ……はぁ……。それだけの力を持っているのに、どうしてイモータルの味方を……」

「そりゃあ公爵の駒だからね、僕は。自分からあの人の道具であることを求めてるんだし」

「駒って……!? そんなの変だよ……!」

「そんなに否定されるほどのことかな? 昔のあなたは母親の駒であることを自ら望んでいたというのに?」

「違う……! 私は……私達は政治や誰かの道具じゃない……! こんなことでしか自分を表現できなかったけど、いつも自分の意思で戦ってきたんだ……!」

「へぇ、面白いこと言うね。そこまで駒という表現が嫌なら、僕は僕の意思で公爵の味方をしている、と言い換えておこうか。これなら文句ないでしょ?」

「それなら……公爵に味方してる理由を聞かせてよ……。エリオ……君もヒトなんだから、ヒトを滅ぼそうとする存在の傍にいちゃダメなんだ……」

「じゃあなおさら公爵の傍にいた方が良いや。歪だとしても、僕はこの関係に満足している。ツァラトゥストラの滅びが必然である以上、最後の刻までは充実していたいからね」

「……ツァラトゥストラ?」

「おっと、口が滑ったかな。けどま、いっか。さっさと用事を果たそう。ゴエティア、彼女を押さえてて」

「……」

「どうした、ゴエティア? さっきから反応が鈍いけど、どこか故障でもした?」

エリオの質問に首を振って否定するゴエティア。彼女の眼はなぜか離れた場所にいるドレビン神父に向いており、そこには警戒の色が濃く表れていた。対するドレビン神父も、ゴエティアを見るだけで愉悦顔を浮かべていた。もしかして……両者には何か関係が?

「フッ、手を出さない契約をした以上、私は何もせんよ。故に警戒する必要は無い、お前は思うままに振る舞うがいい」

「……」

「ドレビン、あなたはもしかしてギア・バーラーのことを知ってるのか……?」

「さて、どうかな? 私はお前達が知る以上のことを知っているだけだ。……とはいえ、話すとは一切言ってないがな」

「やれやれ、つかみどころがない。こういう言葉巧みな相手はホントやりにくい」

「フッ、その褒め言葉に免じて一つ助言をしてやろう。……そいつはゴエティアと呼ばれるのを地味に嫌がっているぞ」

「……は? 名前を嫌がっているって……(あ~言われてみればこいつはある意味転生したような存在だ。経緯はともかくこうして生まれ変わった以上、本人の意思が失われているとしても新しい名前をつけてあげるのも一興か)……わかったよゴエティア、君はこれから“カナン”だ。次からはそう呼ぶことにするよ」

「……」

一瞬、ゴエティア―――カナンの表情が嬉しそうに見えた。なんだろう、この二人の間からはただの主従とは違う、妙な関係がある気がした。それと、なんでドレビンはカナンの小さな機微に気付いたのだろう? やっぱり何かしらの関係があるとしか思えない。

とはいえ、そんなことを他人事のように考えてる場合では無かった。エリオにバルディッシュを取り上げられ、カナンにあり得ない力で押さえつけられた私に、為すすべは何も無かった。

「さて、フェイト・テスタロッサ。これから一つ取引をしないかい?」

「と、取引?」

「そう、取引。これから僕達はカナンと一緒に戦場に戻るつもりだけど、何か一つだけ約束を取り付けてあげる。その代わり、あなたには僕の願いを一つ叶えてもらう」

「要するに、お互いがお互いの願いを一つ叶えてもらうってこと? なんでそんな取引を……」

「なに、かのエターナルブレイズに一つ楔を打ち込んでおけば、好都合かと思ってね。時に貸しは金銭より価値が上回ることもあるし」

「一見すると悪くない取引に聞こえるけど、あえて断ったらどうなる?」

「さぁ、どうなるんだろうねぇ? もしかしたら、コレを使うことになるかもね?」

そう言ってエリオが取り出したのは―――って、えぇ!?

「そ、その銃は……ガン・デル・ヘル!? どうしてそれを君が持ってるの!?」

サバタお兄ちゃんが使ってた銃をこの私が見間違えるはずがない。レンズは無いし、壊れたはずのフレームなどが新品同然に直ってたりはするが、それは紛れもなく暗黒銃ガン・デル・ヘルだった。

だからこそ、私はそれを向けられている意味を一瞬で理解した。この銃は暗黒物質ダークマターを操る特異な武器、使い方次第では高ランク魔導師とも渡り合えるし、撃たれたらダークマターに侵食されて魔法が使い物にならなくなるから、まさに魔導師にとって天敵とも言える。レンズが無いから銃口を向けてるのはただのハッタリかもしれないけど、改造してレンズ無しでも使えるようになってる可能性は拭いきれない。それに、エリオは単に状況を示唆しているだけで、今の暗黒銃はただの舞台装置とも言える。だから心残りはあるけど、暗黒銃に今は意味を見出す必要は無い。

「先に言っておくけど僕は人殺しも辞さないから」

「つまり取引に応じなければ私を殺すつもり? 君みたいな子供が、そんなのできるわけ……」

「嘘だと思う? 残念ながら嘘じゃないよ。だってさ……ほら」

エリオが指さした方を首を動かして見ると、そこには血で汚れた“きよひーベル”が転がっていた。アレはゲイザーの仲間が持ってきて、私達の嘘を見抜いた道具……。あれもここまで落ちてきていたんだ。

傍観者だったドレビン神父が拾い上げて調べると、「ふむ」と唸る。

「製造番号を見るに、以前私がシャロンにプレゼントしたものだな。爆破に巻き込まれた以上、機能が壊れていないか試しておくか。では……“エリオ・モンディアルは人殺しが出来ない”」

『嘘を、ついておいでですね』

「よし、壊れてはいないようだ。次に会えた時に返すとしよう」

そんな……エリオにそんな覚悟があったなんて。それにカナンの存在もある以上、私には取引の拒否権が無い……。

「ほらね、だから取引を受けるんだ。死にたくないなら、他に選択肢は無いはずだ」

「……先に聞かせて。エリオはどうして私と取引をしようと思ったの? 自分で言うのもなんだけど、エリオにとって私は敵のはず。満身創痍の今なら何をされても一切抵抗できないのに、どうして……?」

「……さっきの戦闘」

「え?」

「正直、そんな身体なのに最後の一撃以外全て防がれるとは思わなかった。これでも公爵の下で強くなったと自負してたんだけどね……。ま、要は超えたい目標が出来た、本気のあなたと戦って勝ちたくなったのさ」

「……」

「だけどここで何もしないで帰る訳にはいかない、こっちにも都合がある。だから取引を持ち掛けることで、一応の体面を取り繕うつもりなのさ」

エリオの言ってることは、私にも理解できた。本当なら彼はカナンと共に、ここで私を殺すはずだったんだろう、公爵の忠実な駒として。だけどさっきの短い戦闘で、彼は私に何かを感じ、それに挑んでみたいという意思を抱いた。

圧倒的な力の差の前にひれ伏すのが犬なら、立ち上がってようやく獣、そして挑む意思を持った者を……戦士と呼ぶ。エリオは、私を通じて戦士になろうとしている。今まで他のヒトと接してこなかった彼に、人間らしい目標ができたんだ。……もしかしたらこの目標を通じて、彼と分かり合うことができるかもしれない。それに気づいた途端、私の意思は決まった。

「わかった。取引を受ける」

「良かった、無駄な殺生をせずに済んで。じゃあ早速取引だけど、まずは僕の手を取って。カナン、彼女の右手を……」

「いや、自分でやる。大丈夫、抵抗はしないから……」

少し力を緩めた……と言っても右手を自由にしてもらっただけで、体は依然として押さえつけられたままだが、とにかく私はエリオが差し出した右手を掴み、握手をする。途端―――、

「ッ!?」

ピリッと全身に刺激が走り、私の意識が吸い込まれるようにエリオの精神世界へ接続する。原理は不明だが、エリオの魔力と電気によって、私の脳内電気が彼と交流したようだ。こんなことが出来る辺り、どうやら彼は私と同じ電気変換資質を持っていたらしい。

「電気を自在に操れる僕達だけが交わせるこの取引は、脳神経に直接刻み込まれるが故に絶対遵守、決して破ることが出来ない特別なギアスロールとなる。だから互いに契約を破られる心配は持たなくていい。さて……フェイト・テスタロッサ、あなたは僕に何を求める?」

エリオに求めること? そんなの公爵じゃなくて人類の方に付いて……ううん、これは駄目だ。

今、私はエリオの精神世界に繋がっている。だから周りを見れば、彼の記憶がそこら中で再生されている。親に存在を拒否されたこと。彼の怒りと憎しみの強さ。公爵へ抱く親愛の情。そして公爵の厳しくも子を導く父親同然の在り方。両者はイモータルと人間だが、それでも真っ当な親子の関係を為していた。普段の公爵を知らない私からすれば目が点になる光景ばかりだが……それでも言えることがある。

今のエリオを公爵から引き離しては駄目だ。公爵はイモータルでありながら、エリオをしっかり育てている。エリオが修行で望まない限り、彼は虐待じみた行為は行わないのだ。それに……公爵はエリオを“我が息子”と認めている。昔の母さんと違って……。

あぁ……そうか。彼らは昔の私達と似てはいるが、正反対なんだ。もし昔の母さんが何も知らなかった頃の私にこんな風に愛情をもって接してくれていたら、きっと私もそれだけで満足していただろう。血が繋がっていながら親子関係が破綻していた昔の私達と、血どころか人とヴァンパイアという異種族同士でありながら親子関係が成立しているエリオ達。これは……私の一存だけで引き裂いてはいけない関係だ。

だから、今は完全な部外者である私がエリオに何かを望むとしたら、これしかない。

「エリオ、私は君に、“決して人殺しをしないこと”を望む」

「ッ!」

直後、私の身体から流れた黄色の電気が、今の発言に驚いたエリオの身体に注ぎ込み、不殺の契約を刻み付けた。

そう、私に出来るのは、エリオがこれ以上道を踏み外さないようにすること。人生という道路にガードレールを取り付けること。そうすれば……エリオはいつでも人類側に戻ってこれるようになる。もし彼が今の居場所を失ったとしても……私が受け皿になれる。エリオは……もう二度と孤独にならずに済むんだ。

「はは……あっはっはっは! 面白い! ああ、本当に面白い! 無辜の市民や味方が殺されないようにするという意味もあるんだろうけど、まさか同時に敵である僕に別の道を示唆してくるなんて! てっきり僕は公爵に関する情報を洗いざらい吐けとか、自分の下に来いとか、暗黒銃を返して~なんて言うと思ってたのに、流石はエターナルブレイズ、知略も一筋縄ではいかないや!」

「全てのクローンを救うこと、それは私の使命だからね。エリオも、私にとっては救うべき子供の一人なんだよ」

「“既に救われているクローン”に言われてもねぇ。……ま、ここで取引を交わした以上、僕は今後自主的な人殺しはできなくなった。もしその場面が訪れた時、何らかのセーブや齟齬が発生するようになると思う。……でもさ、次に自分が何の契約をされるのかを考えなかったの?」

「別に……次元世界の暗黒少年に一つ楔を打ち込めるなら、むしろ好都合だよ。私が契約をするだけで子供が殺しに手を染めずに済むなら、それは金銭を上回る価値があるからね」

「……呆れを通り越して尊敬するぐらい骨の髄まで善人だね。じゃあフェイト・テスタロッサ、僕はあなたに―――」

エリオが持ち出した契約は、ある意味私が持ち出した契約に対するカウンターのようなもので、私にとっては寝耳に水と言えるものだった……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ショッピングモールの1階で突然襲ってきた少女の攻撃を凌ぎながら逃げ続けて、いつの間にか私は地下駐車場に来ていた。エネルギー不足の影響か、ここに停めてある車は少なく、上下のスペースこそ狭いが横には相当な余裕があった。ただ……、

「あ! 他の道が瓦礫で塞がってる、ここは袋小路だ!」

『まんまと誘い込まれましたか……』

「彼女は!?」

『まだ追ってきてます』

後ろを向くと、確かにあの少女が幽鬼の如く追いかけてきていた。どうやら諦めてくれる気は微塵も無さそうだ。はっきり言わせてもらうが、バトルドレスを纏った所でいきなり強くなるわけでもない以上、あんなのとはまともに相手せず逃げるのが最も得策なのだが……唯一の逃げ道を塞がれている以上、苦手でも戦うしかないか。

「もう、このしつこさ、どこかのバイオな追跡者を彷彿とさせるよ。イクス、強化お願い!」

『任せてください、ブーストワン! オフェンシブ!』

筋力系の身体強化魔法をもらって気を引き締めなおした私を見て、件の少女はニィッと肉食獣のような笑みを浮かべた。

「降伏はムダだよ、抵抗して」

「それ、間違ってるよ。『抵抗はムダだ、降伏しろ』じゃないの?」

「…………フフ、なんでそう思ったのかな?」

「! なるほど……それなら望み通りに抵抗してあげるよ!」

やせ我慢気味に叫んだ刹那、少女が禍々しい左腕を振りかざして突貫。対するこちらも身を屈めて刀で受け止める。ただ、完全には受け止めきれず、勢いを流すべくバックステップした私が駐車場内を走って距離を保つと、少女は壁や車を足場にして飛んだりしてはこちらに襲撃、暗黒の爪と私の刀が衝突する。その度に火花が飛び散り、空気が震動する。

しかし今は際どい所でどうにか凌げているけど……相手の殺意満々の獣じみた動きには対応が難しい。特にあの爪から繰り出される化け物じみた力のせいで、刀は無事でも私の手首が徐々に痺れてきている。あまり戦いを長引かせるのは愚策だろう、早くやり過ごして逃げなければ……ッ!?

「え、足に何か……?」

防御していたら突然、足を何かに掴まれて動きを阻害された。慌てて正体を確かめると、それは実体のある真っ黒な手の影だった。

「なにこれ!? 動かせない……!」

「影の腕。影の一族が使う能力の一つだよ」

「影の一族!? じゃああなたは―――ゴハッ!!!」

動けなくなった隙を突かれ、少女から放たれた渾身の一撃は私の防御を力づくで抜き、腹部にクリティカルヒットする。無理やりくの字に身体が押し曲げられた私はあまりの衝撃で右手の刀を手放してしまい、そのまま砲弾のように吹き飛ばされて車のボンネットに衝突、ガラスにヒビを入れるほどの衝撃を全身にくらった。恐らくバトルドレスが無かったら、間違いなくあばら骨が何本か骨折していた上にどこかの内臓が破裂していただろう……。

「あれれ? 抵抗するんじゃなかったのぉ~?」

「ぐ……かはっ! ハァ、ハァ……!」

あ、駄目……今のダメージのせいで呼吸が……!

『シャロン! 早く逃げてください! 彼女が……!』

イクスの急かす声が聞こえてくるが、返事もままならない。緩慢な動きでボンネットの上から降りようとするが、それより先に少女の右手が私の首を掴んでしまう。

「ウフフフ……結局ムダな抵抗だったね」

「が……は……離し……て!」

「フフ……あ、そうだ。あなたの心臓をもらう前にイイコト教えてあげる。さっき『たった一人の心臓と薬品、雑魚アンデッドだけじゃ全然物足りない』って、私言ったよね? じゃあさ、その一人って誰のことだと思う? 誰の心臓を奪ったと思う?」

もったいつけるように少女は言うが、私は酸欠で意識が朦朧としてきていた。このままじゃ死ぬ、でも少女が強すぎて抗うことができない……! 死神が迫ってくるのを実感していた私は、少女の次の一言で思考が停止した。

「―――マキナ・ソレノイド。私はマキナ・ソレノイドの心臓を喰ったんだ」

―――え……。

マキナの?

心臓を?

喰った?

「彼女の心臓は極上だったよ……喰った瞬間、全身にすっごい力が溢れて来たんだから。まぁ尤も、最後の最後で太陽の戦士共々盛大にやってくれたせいで私は消滅寸前まで力をそぎ落とされた。おかげで長い時間潜伏せざるを得ず、挙句こんな面倒くさい回り道をしなくちゃいけなくなった。でも自称友人の彼女達がこの肉体の崩壊を恐れてパイルドライバーで浄化しなかったおかげで、私は再び力を取り戻すことができたんだ」

「何……を……」

コイツハナニヲイッテイル?

『シャロン!? 気を確かに―――』

マキナを……喰ったって……、う……嘘だ……!

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! マキナが死んだなんて……そんなの嘘だ!!

『うッ! だ、だめです……あなたが憎悪に囚われては……! 月下美人の心が闇に堕ちてしまったら……!』

憎悪に染まった私の感情が流れ込んでるイクスにはすまないけど……私は聖人君子みたいな高潔な精神を持ってるわけじゃない。大事な人を殺したと聞かされれば、怒りも憎しみも湧いてくる。

「嘘をつくなぁあああああああああああ!!!!!!!!!!」

「ッ!?」

涙と共に魂の慟哭を叫んだ私の身体からエナジーが大量かつ粒子状に放出、バリアのように包み込む膜を発生させ、次の瞬間、それが爆発する。あまりの威力に天井や床のコンクリートに私を中心にしたクレーターが生じ、周囲の車が根こそぎ吹き飛んでスクラップになる。爆発の直前、咄嗟に左腕を盾に防御態勢をとった少女だが、今の爆発をまともに受けた左腕は肩の先から凄まじい損傷を負った。

流石にそのダメージは堪えたのか、彼女は血が滝のように流れ出している肩を押さえて俯いている。私も今の衝動的な力の発動による消耗が激しく、ボンネットの上から全然動けないが、それでも彼女をにらみつけることは出来ていた。

「う……う~~~ううう、あんまりだ……HEEEEEYYYY!! あァァァんまりだァァアァ!!」

『な、なんですか一体!? 怒り狂うかと思えば、まるで駄々っ子のように泣きわめいています! ものすごく涙を流しています!?』

「わあああぁぁぁぁたァァァしィィィのォォォォうでェェェェがァァァァァァ~~~!!!!」

『い、怒るより、逆に不気味です……。それほどまでに手痛い反撃だったのでしょうか……?』

「うわァァああああァァ! っ……はぁ~……」

『……!?』

ピタァッ! と擬音が付きそうなぐらい、彼女は一瞬で泣き止んだ。イクスが唖然としている中、私は彼女の一挙一動に警戒する。肩の出血は未だに激しいが、ゆっくりと私の方を見つめてくるその姿には、得体のしれない不気味さとおぞましさが醸し出されていた。

「フー、スッとしたよ。私はちょっと荒っぽい性格でね、激昂しそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているんだ」

彼女のスッキリと擬音が浮かぶほど清々しい表情を前にして、私の胸中は苛立ちと憎悪が渦巻いてきていた。こんな奴にマキナが殺されただなんて……本当ならこいつは私にとって最悪の仇だ。

「しかし想像以上だよ、まさかエナジーの衝撃波でダークハンドを吹き飛ばすなんてね。それでこそ喰い甲斐があるってものだ……!」

「そんなダメージを受けて、まだやるつもり……!? 片腕も最大の武器も失っておいて……!」

「フフ……まあ確かに、これ以上の戦闘は厳しいかもね。でもそれはそっちも同じ……ううん、そのまま身動きできないなら、結果的には私の勝ちだよ」

ニヤリと笑った少女は、先程の攻撃で私の右手から手放された刀……“共和刀”を拾い、慣らしも兼ねて軽く振るった。たった一回の素振りではあるがその太刀筋は妙に洗練されており、彼女は剣の扱いに心得があるのか、もしくは熟練者の動きを長く見てきたのかもしれない。対となる“民主刀”はまだ私の手にあるが……くっ、早く動かないと自分の刀で斬られることになる……!

全身の痛覚が叫ぶ中、私は体に鞭を打って無理やり動かし、ボンネットから降りてふらつきながらも刀を正眼に構える。疲労やダメージは凄まじいが、抜刀術の構えをとった相手の動きに警戒しつつ、深呼吸して体に酸素を送り込む。酸欠だった全身に若干の力が戻り、思考もそれなりにクリアとなった。……憎悪はそのままこびりついているが。

『シャロン……』

心配で私の名を呼ぶイクスだが、私は彼女に意識を集中させていて、返事する余裕が無かった。外では戦闘の地響きが立て続けに起き、つい意識がそれてしまいそうになるが……それをしたら確実に死ぬ。故に集中を途切れさせる訳にはいかなかった。

「……」

「……」

『……』

かつてのベルカの王でも、固唾を飲んで見守ることしかできない緊張感と圧迫感。彼女から発せられる獣のような殺気を、ひたすら私は水面の如く受け流しては耐え忍ぶ。私達は別に剣豪ではないが、この場に漂う緊迫感は生死を賭けた決闘同然だった。

そして――――先に仕掛けたのは彼女の方からであった。

「破ッ!」

抜刀術の基本である、真横に振るう一閃。こちらは少し大股になり、しっかり足場を固めた防御をする。

そこから一合、二合と幾重もの刃が立て続けに交わる。彼女は素早さより重さを重視した、攻撃的剛剣。対する私は重さより素早さを重視した、防御的柔剣。私達の剣術の性質は真逆と言っても過言ではなく、ある意味では長所同士が衝突しているものだった。

「てぇあ!」

ギシュッ!

「ぐッ!!!」

『シャロン!?』

私より一手先んじた彼女の刃が私の眉間を切り裂き、血が飛び散る。辛うじて深手にはならず、目も避けられたが、どちらにせよ視界不良で状況は悪化した。だが……まだだ、まだ終わってない!

「あ、やば―――!」

歯を食いしばって私は目に血が入るのも構わず、斬り上げるように刃を振るい、彼女に反撃の一太刀を入れた。慌てて離れた彼女だが、眉間の辺りを押さえている所から、どうやら私と同じような傷を与えたらしい。

「やってくれたね……! もうこの際、慢心は全て捨てる。次の攻撃で……確実に仕留める」

「……」

「御神流、奥義―――!」

「ッ!!」

先程までの殺気がそよ風に思えるほどに凝縮された殺気……否、殺意! 理性も本能も同時に「離れろ!」と叫んだ私の肉体は、意識が肉体に指示を出す前に左横へ飛んだ―――刹那!

「虎切!」

―――遅かった!?

ガキキキンッ!!

音さえも置き去りにした一閃が、数瞬前まで私の首があった場所を通過。背後にあったコンクリートの柱が、まるで豆腐のようにスパッと切断された。

あ、危なかった……イクスの展開したバトルドレスの防御が無ければ、それにほんのわずかでも反応が遅れていたら確実に首、上半身、下半身とでバラバラになった死体が転がる羽目になっていた。紙一重で凌げたから良いものの、剣の技量において彼女は私よりはるかに上だった。というか御神流奥義って言ってたけど、流派なんていつどこで身に着けたんだろう?

「凌いだか……! ……グフッ!」

「!?」

なぜか彼女は突然、血を吐いて膝をついた。とはいえ私もこの戦闘中に蓄積したダメージで起き上がる体力すらなくなり、この場には血まみれで傷だらけの女が二人倒れる状況となっていた。

「片方は肉体が損傷に耐え切れず崩壊し、もう片方は体力切れ……なんとも有耶無耶な決着ですね……」

そんな場所にいきなり謎の声が響き、何者かが転移してきた。そいつは緑色の肌で黒いフード付きコートを被っており、何というか……一言で言えば変装中の宇宙人っぽい外見だった。

「あなたは……!」

「お初にお目にかかります、ニダヴェリールの月下美人シャロン。ワタクシは銀河宇宙からの使者、ポリドリ」

『ポリドリ……まさか!?』

「新しいイモータル……!?」

「アナタ方から見ればワタクシは確かに新顔ですね。尤も、存在してきた時間だけで言えばヴァランシアの連中よりはるかに長いのですよ。さて、アナタ方をこれからワタクシの拠点へご招待します。心配せずとも、丁重にもてなしますよ」

「おっと早々に悪いけど、その招待は辞退させてもらうよ!」

少年の声と同時に緑色のチェーンバインドが私と少女の身体を縛り、唯一の出入り口である通路に引き寄せる。そこにいたのは、民族衣装のようなバリアジャケットをまとった童顔の少年……。

「やあ、久しぶりだね、シャロン。僕の事、覚えてるかい?」

「……ユーノ・スクライア?」

「そうだよ。ただ……この状況を見る限り、色々なことが悪化の一途をたどり過ぎな気がする。君となのはが戦うだなんて、どうしていつもこんなはずじゃないことばかり起こるんだ……」

息切れしている少女の方を見て鬱々とした表情を浮かべるユーノ。一方で少女は何も言わずにそっぽを向いており、言葉を返す気は無さそうだった。

「おやおや、4年前ジュエルシードを発掘したスクライアの少年ではありませんか。アナタとは少々縁がありましてね、一度お会いしたかったのですよ」

「縁? ラタトスクならまだわかるけど、お前と僕に何の縁があるっていうのさ?」

「それはもう、大きな縁ですよ。なにせアナタはワタクシの封印を解いてくれたのですから」

「「「ッ!?」」」

え、要するにユーノはこのイモータルの封印を解いたってこと?

『ジュエルシードって、やはり聞き間違いでも見間違いでもありませんでしたか……』

「イクス?」

『こいつは……ポリドリは、私がまだガレアを収めていた時代に現れたイモータルです。ベルカ全土を未曽有の危機に陥れた奴にガレアはマリアージュや騎士達の総力を尽くして挑み、多大な犠牲を出しながらも辛うじて封印することができました。封印の動力源としてジュエルシードを用い、建物全体に術式を張り巡らせた巨大な古墳……地下深くに沈めたはずのその施設を、どうやらこの少年は発掘してしまったようですね……』

つまり封印の動力源だったジュエルシードをユーノが発掘してしまったから、封印が解けてポリドリが復活したってことか。……やれやれだ。

「…………はぁ、また僕の罪が重なったか。嫌になって来るよ、余計なものばかり掘り起こして、ほんと僕ときたら……」

「罪悪感を持つ必要はありません、アナタは正しいことをしたのです。ええ、このワタクシを忌まわしい封印から解放してくれたからには、この世界をあるべき形に戻してあげます。そう、世界全ての人類種を滅亡させるという―――ぐばぁっ!?」

「……え?」

あ、ありのまま今起こったことを話すよ。自信満々にポリドリが人類抹殺を宣言したと思ったら、次の瞬間衝撃でぶっ飛ばされていた。何を言っているのかわからないと思うが、私も最初は何が起きたのかわからなかった……。

「到着が遅いから迎えに来てみれば、こんな所にいたとはね」

「え……シオン?」

まるで子供を迎えに来たような調子でシオンは悠々と通路から現れた。まさかこのタイミングで彼女まで来るなんて……。

Pi♪

「ケイオス、こっちでシャロンを発見。座標を送信する」

通信機でケイオスに連絡を取ったシオンは簡潔に物事を伝え、通信を切る。直後、

ドゴォォォォンッ!!!

とてつもない轟音がして天井が崩壊、返り血塗れのケイオスが現れた。途中にいたポリドリを邪魔だと言わんばかりにレンチメイスでぶん殴ってどかしてから、彼は倒れていた私に声をかけてくれた。

「待たせたな」

「うん、待ってたよ……来てくれて嬉しい……」

「ん。……で、何でここに“高町なのは”がいる?」

ケイオスが見ているのは、先程まで私と戦っていた少女。どうやら彼女の名は高町なのはというらしい……。

「何でって、彼女が私の心臓を狙って襲ってきたから……」

「あ……ちょっと待っ―――!」

正直に答えた瞬間、ケイオスは凄まじい殺意の目を高町なのはに向ける。ユーノが静止の声を上げるが、それを全く意に介さずケイオスはレンチメイスを振りかぶり、彼女に向けて振り下ろす―――!

ギンッ!

「さ、させない……! なのはは僕が守るんだ……!」

「邪魔」

咄嗟に間に入ったユーノのプロテクションとケイオスのレンチメイスが衝突、耳障りな音が響き渡る。怒りに任せて何度も武器を叩きつけるケイオスに対し、ユーノは必死に彼女を守っていた。

「止めてくれ、ケイオス! 僕の大事ななのはをこれ以上傷つけないでくれ!」

「は? 俺の大事なシャロンを傷つけておいて、何を言う」

「それは何か事情があったはずなんだ! だから少しだけ待ってほしい!」

「事情があるから、黙って受け入れろと? そっちがそう言うならこっちにも事情はある。そいつがいると、シャロンは幸せになれない」

「そんなことはない! 話せばきっと分かり合えるはずだ!」

「犠牲なき解決の機会は、遥か昔に失われている。贖罪に痛みが伴うならば、それは甘んじて受け入れなければならない。それが、あんた達の咎だ」

「この、分からず屋!」

「分かっていないのはそっちだ。そいつはあのリトルクイーンだ、あんたの知っている女じゃない」

「なのははリトルクイーンじゃない! リトルクイーンはもう浄化されているんだ!」

「はぁ、リトルクイーンの正体も知らないくせに、よくそんな事が言えるね」

リトルクイーン……正体? マキナを殺した奴に関して聞き捨てならない言葉がケイオスの口から発せられ、私は同じことを知ってそうなシオンに視線を移す。

「これは推測が交じってたんだけどね……リトルクイーンは高町なのはの負の側面が自立した人格を得て誕生したんだ。彼女の根底には“良い子にならなければ誰も自分を見てくれない”というトラウマとも呪いとも言える思念が刻まれていて、嫉妬や憎悪、殺意といった感情は“良い子には不要なもの”として切り捨ててきた。しかし父親の家……不破の血統は人斬りの血で、遺伝子に刻まれていた殺人衝動も彼女はしっかり継承してしまっていた。常人と比べたらはるかに強いその衝動さえも本人は無意識下に封印していたせいで、これまで切り捨てた感情の澱みは一種の地雷となった。彼女自身や周りは一切気付かなかったが、表向き彼女の運動神経が壊滅していたのは、自らの内にある殺人衝動を覚醒させないためでもあったんだ。実際には彼女の兄に匹敵するほどの才能を得ていたにも関わらず……」

「……」

「しかし魔法との出会いが、彼女の中に眠る殺人衝動を目覚めさせてしまった。暗黒物質を取り込んだことでそれはより強くなり、ついには人格を得るに至った。それがリトルクイーン、幾重もの偶然と血の運命が重なったせいで誕生した、高町なのはの暗黒面。ただ、人格を得たといっても身体を乗っ取るほどの力はなく、高町なのはの魂の裏で潜み続けるしかなかった。……彼女がニブルヘイムで撃墜するまでは」

「ニブルヘイム……」

「スカルフェイスに囚われてから、リトルクイーンは主人格である高町なのはの魂を眠っている内に砕いては外に捨てていき、着々と肉体の掌握を進めていった。そして髑髏事件で(サヘラントロプス)から解放された頃には、リトルクイーンは高町なのはの肉体を完全に掌握していた。そこからは周知のとおり、マキナ・ソレノイドの心臓を奪い、力を得て肉体を再生しようと画策していった、とアウターヘブン社は考えていた。そして今、彼女がシャロンを狙ったことで、その推測は正しいことが証明されたんだ」

なるほど……どこかで誰かがイド化している、なんて言ってたみたいだが、どうやらそれは的を射ていたようだ。

話を簡単にまとめると、マキナを殺したのはリトルクイーンだが、リトルクイーンも高町なのはであるということだ。魂が拡散している以上、元の精神を取り戻す可能性は無いにも等しい。拡散した傍から誰かが集めでもしていない限りは……。

「リトルクイーンが、なのはのもう一つの側面……そんな……」

「本当は会うつもりは無かった。会えばもう止められなくなるから。なのに会ってしまった。だから俺は、マキナの仇を討たなければならない!」

「ハッ!? しまっ―――」

パリンッ!

落ち込んで集中が乱れたことでユーノのプロテクションが砕け散る音が響き、彼ごと高町なのはを潰そうとケイオスは一気に踏み込む。だが直後、

「ワタクシを忘れては困りますよ……!」

いきなりケイオスとユーノが何の兆候もなく吹き飛ばされ、天井に叩きつけられる。それをやったのは、ポリドリだった。

『あれは念動力! 念じるだけで物体などを自由に動かせる超能力です!』

「つまりサイコキネシスってこと……? イモータルにESPがいるなんて……うわっ!?」

ポリドリのサイコキネシスで私と高町なのはの身体が浮かび上がり、グンッと引き寄せられる。くっ……体力切れで動けない上に、サイコキネシスなんてどう抵抗すればいいのか全くわからない……!

「そっちも甘いですよ、レイ・アルオム!」

シオンが何かの魔法を発動した直後、大気が水に変化、ポリドリの上から滝の如く降り注いだ。

水の圧力で集中を乱したポリドリはサイコキネシスのコントロールを一時的に失い、私達の身体は引き寄せる時そのままの勢いで投げ出された。危うく壁に頭から突っ込むかと思ったその時、私はケイオスに、高町なのははユーノに受け止められた。……お姫様抱っこは流石に恥ずかしいけど……。

「ケイオス!」

「ESP……これまでに無いタイプのイモータルだ。厄介だな」

「もしかして……ここで倒すつもりなの?」

「できたら倒したいが、今はシャロンの安全が最優先だ。シオン!」

「言われずとも準備完了、早く戻って!」

シオンの声を聞いたケイオスはすかさず私を抱えたまま跳躍した。シオンの展開した魔法陣の範囲内に入った瞬間、彼女は転移魔法を発動、この場から私達の姿が消えるのだった。

「月下美人には逃げられましたか。まあ構いません、ギジタイでこの世界からは逃げられないのですから。それより……」

「……!」

「一人でワタクシと戦うおつもりですか、ユーノ・スクライア? ワタクシもなめられたものです、アナタ如きに太刀打ちできるとでも?」

「思ってないさ。でもね、男には絶対引けない時がある。僕にとっては今がその時なんだ!」

「アナタは聡明なようで、ここぞという場面では致命的なことを見逃しています。ここは大人しく高町なのはを引き渡してくれませんか?」

「断る!」

「余計な意地を張らない方が身のため、この世界のためですよ。それでもですか?」

「何度言われようと断る!」

「頑固ですね。ではアナタの意地に対して、ワタクシからの返答はコレです。この端末のスイッチを押すと……さてさて、一体どうなるんでしょうね……?」

カチッ!

「な、僕の魔力が封印された……!? これは髑髏事件でフェイト達が味わったSOPシステムのリンカーコア封印機構……!」

「管理局に属するアナタ方は本来、抵抗すらできないのです。このスイッチを押した直後から、管理局員は全員リンカーコアが封印されました」

「ぜ、全員……!? じゃあはやて達も……!」

「さて、アナタの意地のせいで、外の魔導師達がニーズホッグの端末兵器を前にいきなり丸腰にされた気分はどうですか? アナタは一人の女を優先して、他の仲間を犠牲にすることを選んだのです」

「ち、違う……僕はそんなつもりじゃ……!」

「おや、動揺しましたね、精神が不安定になりましたね! ふふ、そんなアナタには、ワタクシの更なるESPを堪能させてあげましょう! ESPとは、念動力だけのことではないのですからね!」

「え……な、なんだこれ!? あ、頭の中が……あ、ああああああ、ウワァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ミッドチルダ中央区画、湾岸地区。

「ん? この感覚は……マジか、このタイミングでアレかいな!」

またしても私らの魔力が髑髏事件の時と同じように封印され、ついさっき私が放ったエアッドスターも掻き消えてしまった。

「はやて、これって……!」

「む……!」

「ま、また治癒魔法が使えなくなるなんて……!」

すぐにヴィータ達も気付いたようやな。ただ、シャマルはマキナちゃんが目の前で消えた時の光景がフラッシュバックして、情緒不安定になりかけとった。

周りで一緒に戦ってた局員も自分達の魔法がいきなり使えなくなったことに激しく動揺しており、彼らの隙をすかさずニーズホッグの端末兵器が攻撃、戦死者のカウントが一気に増加した。

「モォ~!!」

「ミ~ン!!」

アウターヘブン社のIRVINGの軍勢が敵の兵器を足や銃で薙ぎ払い、辛うじて防衛ラインを維持してくれているが……数の暴力までは流石に覆せず、徐々に撃破されていった。まだ機体が残っている内に、突破口を切り開かんとクラナガンはマジで壊滅してしまう。

「ま、待ってください! はやてちゃん、市街地からこの戦域に急速接近する魔力反応を感知したです!」

「魔力反応? アウターヘブン社所属の魔導師か!? 確かに彼らはSOPの支配下には無い、私らの状況を聞いてすぐに応援を寄越してくれたんやな!」

「い、いえ、それが……違うんです!」

「違う?」

ドーンッ!!

後方でいきなり爆発が発生し、音がこっちにまで聞こえて来た。って、ちょい待ちぃ! 確かあの辺りは管理局の別動隊がおったはず……まさか!

「魔力反応の傍に高エネルギー反応も……ふぇ!? なんですか、このゲインは!? はやてちゃん、信じられません……こんな……人? まるで反応弾が飛び回って……」

「落ち着け、リイン。魔力が無くても解析映像ぐらいは出せるはずだ、見せてくれ」

「は、はい……」

ザフィーラの冷静な指示を受けて、リインは取り乱しつつも映像を展開した。……は?

「ちょ……ウソだろ!?」

「バ、バカな……!」

「冗談……よね……。なんで……こんな残酷なことばかり……!」

映像に出た敵の姿を見て、騎士達は全員絶句した。かくいう私も、何も言葉が出んかった。なにせ映っとったのは、私そっくりのサイボーグやったんやから……!

「ふざけんじゃねぇ……はやてのクローンに天敵を入れてくるとか、ガチで最悪じゃねぇか……!」

「天敵……?」

「説明します、主よ。我らが闇の書の守護騎士として縛られていた頃、闇の書には天敵とも言える存在がおりました。闇の書は無限に転生して、魔力を集めては暴走するロストロギア。そして我らは主の下に、魔力を集める強力な道具でした。我らの魔力蒐集を阻止できる実力者は、どの時代でも数えるほどしかおらず、力なく敗れ去った者達の大事な人や仲間を我らは襲い、蹂躙してしまった。しかし……どの時代でも、我らを退ける力を持った存在がいたのです。そいつは闇の書が覚醒する度に、必ず我らを撃退してきました。いくら闇の書が転生しようと、全ての時代でそいつはウイルスに対する抗体の如くこちらを待ち受け、確実に倒してくる存在……ギア・バーラー、ゴエティア」

「ギア・バーラー、ゴエティア?」

「ゴエティアはゴーレムの一種であるが故に、人間みたく寿命では死なないの。だからどれだけの時を経ても、闇の書に対するカウンターとして機能できた。何度も破壊されてきたことから闇の書もゴエティアの対策は考えていたけど……全て無駄だった」

「ゴエティアは強すぎたんだ。暴走してた闇の書が『絶対に倒せない』って諦めてしまうほどに、アイツは圧倒的だった。だから何故か途中から現れなくなっても、闇の書はゴエティアを恐れ、可能な限り目立たない主を選ぶようになったんだ」

ザフィーラ達の話を聞いて、今向かってきている私のクローンの中身がとんでもないってことはわかった。まぁ途中で現れなくなったのは、元の身体が何らかの理由で使えなくなったからやろう。そして……次に使われた身体が、サイボーグになった私のクローン……。

ヴィータ達も私そっくりの奴と戦うのは抵抗があるから、どうしても全力を出せなくなる以上、まさに私らを倒すために特化した存在やった。そして闇の書が恐れるほどの強さを持っているとなれば、今の魔法が使えない私らがゴエティアと戦って勝てる見込みは無いも同然。

闇の書の犠牲者達の憎しみが強いのは理解しとったつもりやけど、まさかここまで本気で私らを殺そうとしてくるなんてなぁ……。曲がりなりにも彼らを制御しとったカエサリオンやアルビオンがいなくなったことで、憎しみに歯止めが効かなくなったんやろう。敵だったはずの彼らの存在が私らにとってどれだけ大きな意味を持ってたのか、こんな時に思い知る羽目になるとは……。

「私らは味方はおろか、敵にすら守られていたんか……。もしアルビオン達が今も聖王教会におったら、ゴエティアが来るほどの事態にはならんかったのかもしれへんな……いや……もしそうなっていたとしたら、2年前のニブルヘイムでの決戦で私らは敗北しとった。あれは必要な戦いやったんや……でも……それが私らの命運を絶つことになるなんて思わんやろ……!」

『ターゲットを目視した。安っぽい言い方だけど、夜天の書の主と守護騎士には消えてもらわなきゃいけないんだ。……カナン、行くぞ。キャノン発射!』

その時、右眼の力(リフレックスモード)が何の前触れもなくいきなり発動し、私の体感時間がスローになる。だがそれで見えたのは、なのはちゃんのSLBを彷彿とさせるような青色の砲撃やった。そして魔法が封印されたせいで防御魔法も飛行魔法も騎士甲冑も何も使えなかった私らは為すすべなく、その光に飲み込まれて身体がチリ紙の如く吹き飛ばされ、瓦礫の闇に落ちていった……。

『やっぱり契約の影響が出たか……ま、威力が威力だ。ちゃんと助かるかは運次第って奴だね』
 
 

 
後書き
ブリガンディア:ゼノギアス バルトのギアより。砂漠で発見されたのと鞭繋がりで鎖として出しました。
フレスベルグ:退場。
メギドロザリウム:ゼノサーガ ペレグリーの技。
カナン:ゼノサーガのキャラより引用。
フェイト:戦線離脱。
影の腕:ゾクタイ 黒きダーインの技。
民主刀、共和刀;シャロンとなのはとで一本ずつ分かれました。互いが負った眉間の傷はFF8をイメージ。
御神流、虎切:なのはが兄の稽古を見ている内に、リトルクイーンが習得していました。
サイコキネシス:MGSOPSの敵にESPがいるので、こっちにも出しました。
レイ・アルオム:ゼノギアス エメラダの水系単体エーテル。
ユーノ:シンボク序盤をイメージ。
はやて:戦線離脱。

マ「こんばんは~! ここぞって場面でポカしちゃった君を導くヒントコーナー・マッキージムでーす!」
フ「案の定、撃墜フラグが成立してしまったのじゃ!」
マ「はいはい自己紹介は忘れないでね、弟子フーカ」
フ「何余裕綽々としとるんじゃ、師匠!?」
マ「戦闘不能ぐらいで慌てないの。エリオにはフェイトが付けた不殺の契約があるんだから、八神もなんだかんだで助かるよ」
フ「お、押忍……しかし助かってたとしても、状況は絶望的なままじゃぞ?」
マ「そりゃ実力差あり過ぎだからね、まともに準備しないで挑んだら負けて当然だよ。この物語じゃ事前の準備や情報収集、手回しがモノを言うんだから、ステイナイトばりに切り札や策を用意しておかないとね。ケイオスがフレスベルグを倒せたのも、事前にシャロンが策を練っておいたからだし」
フ「無策で挑むなって話じゃな。しかし今回のシャロンは逃げ道を塞がれたことで普通に戦っとるぞ? というか彼女、攻撃しないんじゃなかったんか?」
マ「誤解してるようだけど、防御特化なだけでシャロンは下手なりに攻撃するよ。アサルトアーマーじみたアレも今後は攻撃面で切り札になるし、音速で走る青いハリネズミぐらい足の速い彼女がそんな範囲攻撃を使えるとなれば、有効な場面は多岐にわたる。ま、本人はそんな特攻じみたことは間違いなく嫌がるし、歌で後方支援してくれた方がよっぽど良いんだけどね」
フ「ほうか……ところでシャロンの持つお守りには、ドゥラスロールが集めた”彼女の魂”があるはずじゃろう? 元の身体に戻らなかったのはなぜじゃ?」
マ「正確にはまだ戻れなかった、と言うべきかな。なにせバラバラにされてたからね、魂の修復がちゃんと終わらないと、戻った途端リトルクイーンに粉砕されること間違いなし!」
フ「ふむ、ということはその時が来たら、リトルクイーンとオリジナルの彼女とで自らの存在を巡る戦いが起こるんじゃな。もう一人の自分と決着をつける展開自体はわし好みじゃが……やはりどちらかが消えてしまうことにはどうしても思うことがあるのぅ」
マ「その辺りは当人達が納得できるようにするしかないね。それじゃ、今回はここまで!」 
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