太陽は、いつか―――
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捌
前書き
作中にてとある魔術系統を扱いました。一番最初に決めていた主人公の性格的な設定をもとに調べたところ、それを使える原作のキャラ設定からいい感じにできるのではないかな、と感じたためです。
そして自分、Fate関連は「stay night(アニメ)」「UBW(アニメ)」「Zero(アニメ)」「プリヤ(アニメ、原作)」「EXTELLA」「Apocrypha(原作、アニメ)」「Fake」「事件簿」あたりしか見たり読んだりできていない立場の者です。一番最初の原作だけでもどうにかして入手して全ルートやりたいんですけどね。特に桜ルート。ルートがあるヒロイン三人の中では一番好きです。ですから最も欲を言えばR-18いえなんでもありません。
とまあ長くなりましたが要するに何を言いたいかと言いますと、ですね。
自分の知識不足が原因として、独自解釈のもとその要項を扱っております。お目こぼしいただけますと、幸いでございます。
考えてもいなかったイレギュラー。なぜマタ・ハリと共にいるのかを考えれば当然のことでありながら、しかし彼はそれを忘れていた。忘れたかった。
それ故に想定外。そしてそれ故に、彼はこの上なく冷静に、かつ瞬時に状況を判断する。
《マスター……いや、最悪だけどサーヴァント。武器は槍で敏捷はA。ランサーのサーヴァントで間違い。行けるか賭けだけど……!》
異常なまでの判断速度。ランサーはまだ返事をまっており、マルガはその顔を驚愕に染めて振り返る最中。そんな速度で情報を整理しきった彼は、手袋の下の令呪を行使する!
「令呪を持って命じる!逃げるよ、マルガ!」
「え、ええ!」
本当に躊躇うことなく、その命令に二画の令呪を消費する。ランサーのステータス、その敏捷値はAであり、アサシンの敏捷値はEだ。いくらマスターとサーヴァント双方の考えが一致しているとはいえ、令呪一角で埋められる差ではない。最高の状態で二つ消費してギリギリ、その状態でマルガに抱えられてその場を離脱する。
「……返事もなく逃げやがった」
『冷静に判断するには時間が短すぎますね。みだりに出歩いているにしては優秀なマスターのようです』
そして。その鮮やかすぎる離脱にいっそ感心させられてしまったランサーはその場に残り、石を拾いながらマスターと念話を始める。
「しらを切るんじゃなく逃げ出した、ってのもそれなのかね」
『武器を見られている以上一般人であっても、と判断したのでしょう』
「なるほど、だとすれば確かに優秀なマスターだ。サーヴァントの方も警戒すべきかね」
『……おそらく、ステータスからしてアサシンのサーヴァントでしょう』
魔力込みで全て低いステータス。そこからクラスをアサシンだと判断したマスターは少しの間思考し、再び口を開く。
『アサシンで間違っていなければ、一度離脱して姿が見えなくなるのは危険ですね。時間を与えれば与えるほど、相手の手札を増やすことになるでしょう』
「暗殺者相手、ってんならそうなるわな。……んじゃ、このまま仕留めるってことでいいんだな?」
『はい、それで行きましょう。私もすぐに合流』
「やめとけ。アサシン相手にマスターが前に出るとかバカのやることだぞ」
『誰がバカですか!』
結構仲がいい気がする、この主従。
「それに、昨日セイバーとやり合った傷がまだ治りきってねぇんだろ?」
『敵がジークフリートでしたからね。……正直、まだ本調子ではありません』
「そらみろ。んな状態でアサシンの前に自分の体さらすなんざ、さあ殺してくれって言うようなもんだ。……逃げたアサシンの探索は任せた」
『仕方ありませんね……任されました。いざという時手を出せる位置に隠れています』
「ったく、おてんばなのか何なのか……」
自身も探索のルーンを小石に刻みつつそう言い、石の向かう先へ走る。
令呪二画を持ってブーストしたEランクの敏捷値。彼はそれを、素で超える。
=☆=
「カズヤ、さっきので令呪を二画も」
「あの状況だと二画使わないと逃げられなかった。……今だって、確実に逃げられたわけじゃないけど」
マルガに抱えられて屋根から屋根へ飛びつつ、ポケットに手を突っ込んで礼装を二つ取り出す。次々と流れていく景色から現在地を特定しつつネックレスを首にかけ、短すぎるナイフを右手に握る。
「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞いておきたい?」
「なら、悪い方からお願い。現状を把握しておきたいもの」
「ステータス、幸運以外が軒並み高い。大英雄レベルで間違いないと思う」
「確かに、悪い知らせねぇ。良い知らせは?」
「幸運は最低ランクだったから、つけ入る隙がないわけではない」
「さて、どうやって付け入ろうかしらね、そこに」
本当に、隙があるとすればそこだけどそこを付ける気がしない。そもそも幸運にたいして付け入る手段とはいったい何なのだろうか。
「ゴメン、状況が状況だから無神経に聞かせて。マルガの宝具はこの状況で効きそう?」
「…………」
少し答えたくなさそうにして。それでも、答えてくれた。
「使い方としては、1つ目に無関係な人を魅了して逃げ切るための盾にする」
「確かに逃げ切れそうだけど、お尋ね者になって詰みそうだなぁ」
「聖杯戦争のルール上、そうなっちゃうわよねぇ……」
二人そろって苦笑しつつのコメント。目撃者は消さなければならないが、関係ない人間を積極的に巻き込んでいくのはアウトだ。というわけで、これは却下。
「じゃあ二つ目。ランサーの方を魅了できれば、そのまま操り人形にできるわ」
「スゲェな、マルガ」
「ただ、それだけの間躍らせてくれるのかしらね?」
なるほど、踊りを見せてそれによって、という形なのか。しかし、うむ。何かあると悟れば、踊っている最中を狙うだろう。マルガのステータスでは槍を投げられて当たった瞬間終わりである。
踊りを見せる必要がある以上、アサシンらしく隠れて行うのも不可能だろう。なんだろう、結構詰んでるな。
「よし、方針を決めます」
「どうするの?」
「ひとまずは、このまま逃げる。で、人気のないところに出れたら思いっきり変装して家まで逃げよう。マルガのスキルなら、サーヴァントってのは隠して逃げられる」
家まで言ってしまえば結界でごまかせる。朝まで耐えられれば、礼装フル装備して逃げられるはず……!
「なるほど、確かにいい手段かもな」
「ッ、マルガ!」
と、気付かぬ間に背後まで来ていたランサー。その今にも蹴りぬかれようとしている足を見て、反射的に令呪を行使した。その魔力がマルガの体を無理矢理動かし、威力を殺す方向へ空中で移動させて……それでも空中だったため大した距離にならず、そのまま蹴り飛ばされる。落下地点を確認。空き地、周辺民家無し。しまった、逃げる方向を間違えた……!
「さ、これで令呪もなし。姿をさらした暗殺者の末路は決まっている。良い判断ではあったが、その思い切りの良さがあるのなら最初から令呪を三画使っておくべきだったな、坊主」
「そいつはどうも、ランサーさん」
そろって転がった後、マルガに抱えられていた都合でマルガより前で止まった。状況的にサーヴァント相手に生身をさらしてる状況なわけだけど、意味がないとわかった上でナイフを構え、一歩ずつ後ろへ下がる。
『どうするの、カズヤ?正直もう勝ち目は、』
『だとしても、やるしかない。無いってわかってもギリギリまで足掻くよ。……マルガとの別れがこんなのでたまるか』
声を出したかった。はっきり声に出して、そんな諦めるような真似をするなって言いたい。でも、そうはいかない。マルガはアサシン。今からやろうとしてることがバレるってのは、そのまま敗北につながる。
『踊りの準備、お願い』
『……了解、マスター』
マルガと合流、さらに一歩、二歩と前後位置を入れ替えていき……
「ま、もう手遅れだがな」
一瞬。本当に瞬きの間すらなく、槍を構えたランサーがそこにいた。
=☆=
蘇った記憶の中で、俺は魔術師として父さんから指導を受けていた。
何となく嫌で一般人として生きるって言ったんだけど、それでも……違うか。だからこそ、知っておかなきゃいけないことがあるって言って、その指導を受けていたんだ。
目標は、いざという時魔術師としてのスイッチをいれて自身の魔術を操ること。
スイッチは、普通ではありえない異常事態。又は意図的な切り替え。
魔術師をするわけじゃないのになんでこんなことを?と、俺は父さんに聞いた。父さんは苦笑いしながら俺の頭に手を置いて、「ちょっと特殊すぎるからな、我慢してくれ」って言っていた。その時の顔は魔術師の父さんの顔じゃなかったから、本当なんだな、って漠然と理解した。
そうして、俺はそれを学んだ。スイッチの切り替えを学んで、自分の魔術属性の魔術を二つだけできるようになって。基本魔術だけはまた折を見て教えるななんて言われてうへぇってして。
その後、その記憶を封じる直前にもう少しだけ教えてくれた。
「お前の魔術属性は、他の魔術師に知られたらホルマリン漬け確定だ」
「だから、もし仮に記憶が戻ったとしてもソレは極力使うんじゃない」
「もし仮に使わざるを得ない状況に陥ったら、命を捨てるか、相手を殺せ」
「むしろ一般人として生きる方がお前にとっては厳しい道な気もするが……父親として、お前の選択を尊重しよう」
そういって父さんは、記憶操作で俺の記憶を一部封印した。
=☆=
マルガをつき飛ばし、槍の先には代わりに俺が入った。思考だけが加速し、それでも異常なほどに早く迫る槍を見ながら、しかし一気に冷静になる。
『普通のことは冷静にならなくてもいい。が、異常事態にこそ冷静になれ』。それが俺の魔術を操る術だと言った父さんの言葉に、スイッチの入った俺は忠実だった。
魔力回路の起動。自傷のイメージでは遅すぎる。自殺のイメージでもなお遅い。故に、右手に握っていたナイフを左腕に突き刺す。
ランサーの顔が少しいぶかしげに歪んだ。それでも槍は一切減速しない。だが魔力回路の起動は間に合った。マルガより少し後ろにいた分、百分の一秒にも満たないだろうが時間を稼ぐこともできた。
ただの人間にはサーヴァントの前に立つことすら自殺行為だ。俺だって、千回やって999回なにもできずに殺される。でも、一回だけなら。全てがうまくいった場合においては。一度きりの切り札もある……!
「Integral……」
呪文とはすなわち自己暗示。故に、今の知識で最も自分に分かりやすい形へ変更する。
己の影が平面から立体へ変わる。こちらへ向かっていた槍の穂先はその内側に取り込まれたが、構わず進んでくる。何かしようとしているとしてもそれを無視できると判断したのだろうか。確かに、人間のすること程度で英霊を傷つけることすら難しい。
正直この魔術属性、使ってると精神の暗黒面に引きずり込まれるし、これで引いてほしかったんだけど……!
「Differential!」
「何ッ!?」
続けての魔術行使。強化や治癒なんかの凡庸的なものを除けば、唯一出来る魔術。幽世の者にこそモロに通じるこの魔術属性、希少すぎて知ってる魔術がなかったからこそ俺のイメージだけで作ることが出来た名前も付けてない魔術。立体を平面へ潰すのではなく、立体から次元を一つ簒奪する。。勢いでランサーも突っ込んできてくれればベスト、武器だけでも奪うことが出来ればベター、一瞬でも引かせられたのならグッド!
それくらいの再び逃げるための時間稼ぎ程度を目的とした一撃は……止まり、槍を引いたランサーによっていともあっさり破られた。
「クソ……Integ」
「二度は喰わん」
喉元に、槍の穂先が突きつけられた。これ以上続ければ間違いなく突き破られる。そうと分かって、そしてその前に恐怖から言葉は止まる。
「褒めてやるよ、坊主。さっきのがもう一瞬遅かったら少なくとも槍は取られていた。オレ自身も危なかっただろうな」
「……そいつはどうも、ランサー。人類史に残る英雄サマにお褒めいただき恐悦至極、って言った方がいいか?」
「ハッ、いいね。この状況でそれだけ強がれるなら上出来だ」
獣のように獰猛な笑みを浮かべてそう言ってくるランサーは、この程度の軽口は乗ってくる程度らしい。英雄サマならもっとプライド高かったりしないかなって狙いだったんだけど……親しみやすそうなのが、この状況ではマイナスだ。
さてどうしたものか。笑みを浮かべてこちらを見ているけど、動きは全て把握されている。隠しようもなく影を使って攻撃したから、そっちも監視されているだろう。月が雲で隠れてしまえば把握されずに攻め込めるだろうが、しばらくはそれも望めない。
だったら礼装……ナイフは体に刺して回路の起動を促すためだけのもの。ブレスレット、こっちなら影をすこし込めてあるからうまく使えれば、マルガの踊りを見せる隙を作ることは、あるいは……
「ねえ、提案してもいいかしら、ランサーさん?」
と、そうして自分の手札を確認しているとマルガの方からランサーへ話しかける。
「ああ、どうしたよアサシン。なんか妙な動きを見せたらすぐ首をはねるぞ?」
「分かっているわ、そんなこと。私じゃ……マタ・ハリではこの状況を切り抜けることもできないですし」
「ちょっとアサシンさん!?」
しれっと真名を暴露されてしまい反応せざるを得ない。マルガ、何を考えて……
「そう言うわけで、1つ交渉なんだけれど」
と、そういった彼女は。今日来ていた服装のまま両手を広げて、その提案をする。
「私の脱落と引き換えに、私のマスターは見逃して下さらない?」
驚愕で、何も言えなくなった。
=☆=
召喚された時真っ先に思ったのは、随分と物好きなマスターだな、ということだった。
確かに、聖杯への願いはある。生前手に入れた価値の無い金銀宝石ではなく、お金がなくてもいいから好きな人と幸せな家庭を築きたい、という願いが。だから召喚対象となってもおかしくはないが、実力もなく、一発逆転を狙える技もなく、知名度もない。そんな自分を召喚するとはよっぽどの物好きだなと考えた。
その後視界がはれるまでに思ったのは、もしやそういうことが目的なのだろうか、ということだった。
そんなことのためにサーヴァントの召喚を行う魔術師がいるとは思えないけれど、自分を使って優勝を目指すよりは現実味がある。さてそうだったらどうしようか。相手に令呪がある以上こちらは抵抗することはできないだろう。だったらいっそこちらから行こうか。魔術師、即ち一般人よりもプライドも実力もある立場。であれば、人並み以上の欲望もあるだろう。そこに付け入り、スキルと宝具で魅了して、聖杯戦争が終わるまで現代を楽しませてもらう……なんてのもありかもしれない。
視界がはれてすぐに思ったのは、随分と可愛らしいマスターだな、ということだった。
顔だけを見れば14、5だといっても通じるだろう。しかし、その表情や目に見られる精神の成長度合いからすると、17くらい。そんな年で聖杯戦争へ参加するとは、よっぽどの事情でもあるのかもしれない。権力者のために身を粉にするのはこりごりだが、こんな可愛らしい男の子のためであれば、良いかもしれないな、なんて。誠実さを持っていそうなその表情と何か奥底に抱え込んでいそうなその瞳に、ふとそう思った。
言葉を交わして思ったのは、不思議な少年だな、ということだった。
意図的に私を召喚した以上魔術師なはずなのに、そしてなにか暗いものを抱えているのに、普通の少年にしか見えない。そして、親に強制されたことだから、と聖杯戦争の行く末にすら興味を持っていないと来た。瞳を覗き込んでも回答が変わらなかった以上、本音なのだろう。女性慣れしておらず、可愛らしい顔立ちの男の子で、魔術師らしさが存在しない。物好きなマスターでも性行為を狙ったマスターでもなかったけれど、特異なマスターであることは間違いない。現代を楽しませてくれるというし、適度にからかいながら楽しませてもらおう、なんてそう思った。
一緒に二度出かけて思ったのは、なるほどこういう少年なんだな、ということだった。
おそらく彼も、魔術師としての側面を持ち合わせている。ただ、それを切り替えるスイッチの存在とそもそもその側面のことを忘れているのだろう。どことなく、そんな違和感がある。しかし、それは別に今の彼が偽物であるというわけではないの。生前にも見たことがある、どちらも全く同じ人間のちょっと違う側面である、と言うだけのこと。普段はひょうきんものなのに仕事となれば血も涙もない冷酷な人間になる、なんて人もいた。180度違う側面を持っていたとしても、そのどちらもその人間だなんてのはよくある話だ。むしろ全く違う面の方が作っていたりするわけでは無かったりする。だとすれば今抱いている居心地の良さも偽物ではないな、なんて。そんなことを考えだした時点で、こうなるのは決まっていたのかもしれない。
カズヤと遊園地に来て思ったのは。一緒にまるで女の子のように走り回って思ったのは。一緒に昼食を取って思ったのは。観覧車に乗って、小指を絡めて思ったのは。彼のためなら死ぬことだってできる、ということだった。
積極的に死ぬつもりはない。でも、それでも。私はサーヴァントで、とっくに死んだ英霊で。カズヤは人間で、今を生きて、未来のある少年で。だとすれば、彼の命をつなぐために私の命を捨てるのは、何らおかしなことではない。今を生きる人間と過去を生きた英霊の命を等価に考えてはいけないだなんて、まるで騎士様みたいで自分でもおかしな話だとは思うけれど、そう思ってしまったのだから仕方ない。だって、どうしようもないのだ。それだけ大切で、名前を呼ぶと嬉しくなって、無言が苦しくなくて、その未来を祝福したい。
だって私は、私の願いは―――
=☆=
「マルガ、何、言って……」
言葉は、あまり形になってくれなかった。
だってそれは、その言葉は、あまりにも予想外だったから。ないはずのものだったから。
「へぇ、なるほどな。思ったより忠誠心のあるサーヴァントだった、ってわけだ」
しかし、そんな俺を気にする者がいるはずもなく。ランサーは槍を喉元につきつけたまま、マルガへ言葉を投げる。
「あら、そんなに以外かしら?」
「ああ、正直意外だね。アンタ、そんな人生送ってきたタマじゃねえだろ」
「まあ確かに、その通りね。でも、彼に対してはそれだけの信頼を感じているのよ」
「へぇ、この小僧が、ね……」
カラン、と。ナイフが手から滑り落ちる。ランサーはそんな俺を見て槍をどけて、マルガの方へ歩き出す。
止めなきゃいけない。なのに、俺の体は動かない。マルガの方を見たまま視線は動かせず、膝に力が入らなくて地面についた。なぜこの状況で体が動かないのか。なんで俺は、彼女のあんな顔を見て―――悲しそうに、それでもうれしそうに笑う彼女を見て、体を動かすことすらできないのか。
「まあ、そんなことはいい。テメエの提案は自分の命と引き換えにマスターを見逃すこと、でいいんだな?」
「ええ、それで。そちらのマスターさんにもお願いしたいのだけれど」
「ウチのマスターはそれでいいっつってるよ。新しくサーヴァントと契約したりして敵対したら別だけどな」
新しいサーヴァントと契約、と言われても。そんな発想を頭が受け入れない。そもそもこの状況を受け入れていないのだから、それも当然なのだろうが。
「その時は、仕方ないわね。でも、そうじゃなかったら見逃してくださるの?」
「そうするつもりっぽいな。まあ俺も、その時はともかくそうでなければ令呪使われるまでは抵抗してやる」
「あら太っ腹、男前なのね。じゃあ欲張ってアフターサービスもお願いしちゃおうかしら?」
「強かで抜け目のない女は嫌いじゃねえが、あんまり欲張るといいことねえぞ?」
「一応、ケルトの流儀に習ってみたつもりだったのだけれど、違ったかしら?」
「ハッ、確かにウチは色んな欲が強いやつばっかりだったな。そう考えてみれば、そんな提案まだ可愛い方か」
そう言うと、ランサーは槍を構える。俺に向けてきたときとはまるで違う、介入できる隙など全く見えない姿勢。一切容赦のない殺戮準備。そこまで見てようやく、体に力が入った。膝に手を当て、さらに力を込めて立ち上がろうと
「カズヤ」
その瞬間、狙ったように。マルガが、俺の名前を呼んで。
「私、とっても楽しかった。聖杯へ託す願いも半分以上叶ったようなものだったから」
と、そういって。こんな場面だというのに、色香を纏って笑う。そこでようやくここまで体が動かなかったのは彼女のスキルによるものだと気づいた。
「だから、お願い。太陽はいつか、沈むもの。折り合いを付けて、笑って―――」
魔術師としてのスイッチを入れている俺が感情に支配されるはずもなかった、すぐに気づくべき簡単な事柄であった。しかしそうとわかった時にはもう、俺の体が言うことを聞くはずもなくて。
「長生きしてね。大好きよ、カズヤ」
彼女の心臓が槍に貫かれるのを、ただ見ていることしかできなかった。
=☆=
サーヴァントの消滅が始まった。
少年は慟哭した。金色の粒子となって消えゆくサーヴァントを見て、ほんの数日の日々を思い出して、ただ何もできずに涙を流す。
少女は破顔した。少年を悲しませてしまったことを悲しんで、同時に自分の死を悲しんでくれる人がいることを喜んで。だからどちらでもない表情へ破顔する。
槍兵は敬意を払う。目の前にいるのは弱者だ。己のように戦場を駆けた人生もなく、怪物を相手取った逸話もない。だがそれでも、最後の覚悟は気高い。戦士であっても中々手に入れられないものだ。
サーヴァントは消滅した。
少年は立ち上がった。魅了は解け、体の自由は完全に戻っている。ナイフを持ち上げ、再び腕につき立てようとしたところで、少女の最期の言葉を思い出す。たったそれだけで、もう何もできない。
槍兵は何もしない。女は自らの命と引き換えに少年の助命を請い、マスターも何も言ってこない。であればせめて、落ち着いたところで己を殺したくはないのかと問う必要があるだろうから。アフターサービスの一環、明日を生きていくために乗り越えるべき壁として。
繋がりは断たれた。
少年の手から、最後の痕跡が消えうせた。本当に全て終わってしまったのだと言われて、再び膝をつく。ナイフを落とし、滂沱の如く涙を流し、夜空へ向けて咆哮する。
全てが終わった。
少年の戦争は、これにて終結。
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