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太陽は、いつか―――

作者:biwanosin
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これにて、本編はおしまい。
さあ、クソッタレな後日談を始めよう。



 =☆=



「……また、懐かしい夢だなぁ」

ベッドから体を起こし、無意識のうちにそう呟く。
枕もとにおいてある端末の電源を入れて時間を確認。寝坊でもなく早起きでもない時間帯。落ち着いて着替え諸々をすませる方針で決定。
と、ベッドから降りて洗面所へ向かっているとどうしてもあの時のことを思い出してしまう。あんな夢を見たからだろうか。

ひとしきり泣いて泣いて泣き尽くした後、立ち上がった俺にランサーはどうするのか、と声をかけてきた。その姿を見て殺意がわかないではなかったが、無言で首を振った。生きてほしいと言われてしまったのだ。それを早速反故にするわけにはいかない。
そう伝えたところで、ランサーのマスターも現れた。聖杯はマスターの脱落者が出た際、優先的に脱落したマスターへ再度令呪を配布する。故に、セルフギアス・スクロールでその行動を制限することになる。聖杯戦争からの完全脱落と危害を加えないという制約。
まあもし仮に令呪を配布されたとしても参加するつもりはなかったので承諾。向こうが出してきた条件、危害を加えない、『魔術属性・虚数』に関する他言は一切しない、という条件につられた面もある。珍しすぎる魔術属性故にホルマリン漬けの危険がある身としては大変ありがたかった。

その契約をしながら少しでも気を紛らわせるために雑談をしていると、ランサーが自身のマスターを弄る目的でとあるへまについて話してくれた。なんでも、日本に来て早々に財布を落としてしまい樹の根をかじりながら野宿をしているのだとか。樹の根って、と思わずにいられなかった俺は家の前まで来てもらいマルガと買ってきた多めの食材や飲むか分からなかったけど残りのお酒なんかを持ち出し、鞄に入れて渡した。相手のマスターさんが中身を見た後反射的に直角に腰を曲げてきたのには若干引いた。そう言えばとコンビニで飛行機諸々の代金だけ引いて親から送られてきたお金の残りも引き出して渡したところまさかのジャパニーズDO☆GE☆ZAまで披露されてしまった。コンビニから離れて渡してよかったと心から思ったね。なおランサーは終始そんなマスターの様子を笑っていた。

そんなやり取りの後町を出てロンドンへ向かうために飛行場へ向かったところ、飛行場へついたあたりで聖杯戦争は終結したっぽかった。勝者が出たのか全員敗者となったのかはわからないけれど、まあそれなりの爪後は残ったらしい。ランサー陣営がどうなったのか、そもそも俺が出会っていない残りの陣営がどうなったのか等々もう謎しかなかったわけなんだけど、まあどうでもいいかと投げる。もし仮に聖杯が完成していたのなら、なんて未練はあるけれど、確実に死んでいただろうからと無理矢理に無視した。

ロンドン時計塔にきて真っ先にしたのは、父さんの研究室的なところにいって土下座をすることだった。事故が起こったら兄貴の代わりのスペアをするという条件こそあったものの魔術師の家系としてはありえないわがままを言ったのは事実なのだ。それを認めてくれて一般人として生きてくことを許してくれた。その為に必要だろうからといざってときに自分の魔術を制御する術を与えて、その記憶を封印してくれた。今回に至ってはその魔術属性を消すか書き換えるために聖杯戦争の参加枠の一つまで渡してくれた。にも関わらず、魔術を教えてくれである。呆れたようにため息を一つつかれて、目的を聞かれて、答えたら許してくれた。その後、目的達成のためと属性ゆえの身の安全保障のためにアニムスフィア家への養子入りの話までつけてくれた。本当に、感謝してもしきれない。これまでも感謝はしてきたが、マジで足を向けて寝られない人になるとは思ってもいなかった。

アニムスフィア家としてもサーヴァントの使役経験のある人間は価値があったらしく、子供として扱われたことは一度たりともなかったものの悪い扱いはされなかった。そちらの目的が目的故に毎日それなりに厳しい訓練的なものもあったし虚数属性の方も鍛錬させられまくったけれど、まあ目的への一番安全な近道だ。そんな意識もあったために三十路になるまでの間結構頑張ることができた。

そしてつい先日、そのプロジェクトが始まった。周りが若い子供たちばかりなところでレイシフトメンバーに混ざっていたのはとっても複雑な気分であったけど、まあ身内(仮)ということもあってそれなりの立場としてメンバーに入っており、コフィンに入ってからの爆発である。最も力を入れて身に着けた自動防御影のおかげで破壊する形ではあるもののコフィンを脱出でき、にもかかわらずそのままレイシフト。そこからはもう落ち着く間もなく特異点を走り回り、スケルトンから走って逃げ回り、真っ黒なサーヴァントに目を付けられて陰で身を守りながら逃げ回り、キャスターになったランサーに出会って反射的に逃げ回り、とかしながら三十路にはつらい運動をした末に帰還することができた。

そして数日の間情報整理や設備の補修などを行う期間ほぼ休日として過ごしてからの今日である。改めてろくな日々を送っていないことが分かった。と言うか特異点でしたことってもしかして影で身を守ることと逃げ回ることしかしていないのではないだろうか。年下の藤丸くんとかマシュちゃんとかはかなり頑張っていたのに、情けない限りである。

「まあ、こんなもんかな」

顔を洗い、髪を整えて、この歳で着るにはちょっと恥ずかしい制服を着て。そうして準備を終えてから自室を出る。今日は予定が決められていたはずなのでひとまず、トレーニングルームではなく食堂へ。朝食を済ませていればその間にロマンかダ・ヴィンチちゃんがくるだろう。

「あ、おはようございます和也さん」
「うん?……ああ、おはよう藤丸君にマシュちゃん。今日も元気そうで何よりだ」

後ろから挨拶をされて振り向くと並んで歩く二人が。魔術師初心者とサーヴァント初心者の二人だからこそなのか、まだ会って短いはずなのに仲がよい。仲良きことは素晴らしきかな。

「フォーウ!」
「ああ、ごめんごめん。フォウもおはよう」
「フォウ!」

と、マシュちゃんの肩に乗っていた謎生物フォウから「俺を忘れるな」と言わんばかりの抗議の声があげられたので、別個で挨拶を返す。ずっと姿を見なかった謎生物なのに藤丸君が来てからよく見るようになった気がするから不思議なものだ。まあ今でも触れようとすると逃げられるのだけど。おっさんがダメなのだろうか……

「和也さんも今から朝食ですか?」
「も、ってことは二人もこれから?」
「はい。先輩と朝のトレーニングを終えたので朝食に、と」
「……若い子は元気だなぁ」

麻早起きしてトレーニングをするのはそろそろ難しくなってきた。体が付いて来てくれないのだ、困ったことに。

「和也さんも朝食後どうですか?一休みしてから魔術のことか教えてほしいんですけど……まだこの制服の機能も十分に扱えてないですから」
「そう言われると俺なんかで良ければ、って言いたくなるんだけどね。二人とも、今日は予定が決められてるの忘れてない?」

そう言うと二人は一瞬悩んだのち、ハッと思い出したようなりアクションを取る。彼らに直接かかわることではないけれど、今後の問題にはなるのだから覚えておいてほしい。そう言うところも教えていくべきなのかな?
……そう言うところはできるならキャスターにやっておいてほしいんだけど、彼実戦で学べって言い出しそうだよなぁ。危険からは守ってくれるだろうけど、ちょっと荒そうなイメージだ。実際マシュちゃんの宝具の件では荒っぽかった。

「「和也さんのサーヴァント召喚!」」
「その通り」



 =☆=



『こっちの準備は完了した。緊急事態のためキャスターも待機済み。いつでもオッケーだよ、和也』
「了解、ロマン。報酬の件も受諾してくれた、ってことでいいのかな?」
『ああ。ある英霊を召喚するためだけの触媒の入手とフェイトを一回使う権利だろう?大丈夫、最悪の場合でも全て終われば僕のツテでなんとかなるよ』
「なら―――マスター登録No.1、御影和也。英霊召喚システム・フェイトの起動を申請します」

一度はアニムスフィアになった苗字も、しばらく前に元の苗字へ戻した。庇護下から外れたわけではなく、はっきりと後継者関連から身を引いているとアピールするために。湯集な実子がいるのに養子を後継者にする理由など万に一つも存在しないが、俺の持っている虚数属性というものはその一つの可能性を考えさせてしまったらしい。どれだけ焦っていたのだろうか、あの辺の人たちは。

『申請者の権限を確認、申請を受諾。英霊召喚システム・フェイトを起動します』

無機質な声と共に召喚システムが起動。右手の甲に意味もなく刻まれていた令呪が反応して魔力の線が繋がる。召喚そのものはシステムが自動的に行ってくれるから、後俺がやらなければならないのは、英霊を呼びかけることだけだ。
ネックレスに触れ、念のため身に着けたナイフを確認して、万全の態勢で右腕をつきだす。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が恩師アニムスフィア」

呪文を唱えながらスムーズに魔力回路を起動できているのを感じ、成長を実感した。あの頃は自傷のイメージをしないと起動できなかったのだから、俺にとってはこれだけでも大きな一歩である、

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

俺の魔力だけで段々と増してきた光に向けて天井から極彩色に輝く石が投入される。その石に込められた無色の魔力もまたフェイトを動かす燃料として取り込まれて、これまでとは比べ物にならないほどに輝きだす。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

懐かしい、どこかへとつながる感覚。改めて、これからサーヴァントと契約するんだな、と実感した。これから召喚するのは人理を救うため、強大な敵と戦う戦士だ。ということは……いや、考えるな。システムによってとりおこなわれるとはいえ、英霊召喚の最中に他所事を考えるのは危険すぎる。

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、人理の行く末は我らが覚悟に。カルデアの寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ」

今にして思えば、なんて尊大な呪文なのだろうか。まるでサーヴァントとマスターが対等な関係であるかのようだ。彼らは俺達なんかよりよっぽどできた人間であるというのに。

「誓いを此処に。我は常世全ての善となるもの、我は常世全ての悪を敷く者」

さあ、唱えろ。最後の一言を。願いのために我が身を捨て、死の香る戦場へ向かう宣言を。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、人理の防人よ――ッ!」

瞬間、視認できるほどに高められていた魔力が1点に集まる。それと同時に視界も光に満たされるが、目を閉じてはいけない。どんな英霊が召喚されたのかは確認しなければならないし、危険な反英霊であったらすぐに召喚室から退避して閉じ込め、霊基変換する必要がある。

と、そう気を張っていたら。ふと、甘い香りが漂ってきた。どこかで嗅いだ覚えがあるな、なんて思った時にはもう、体は意識から離れて動き出した。

「あっ、おいミカゲ!?」

キャスターの声は聞こえたけど、それくらいで体は止まらない。間違いないのだ。十年以上たっているが、それでもこの香りを……この花のような甘い香りを忘れるものか。
召喚陣へ踏み込み、そのまま中央へ向かう。光の中に入る形になって最初のうちは視界が最悪だったが眼球へ魔力を回しどうにか視界を確保する。

足を進める。その先にいたのは――――――

「あら、マスターの方が自分から来るだなんて」
「ごめん……どうしても、我慢できなくて」

姿を見て、声を聞いて。確信へと変わった瞬間涙がこぼれそうになったが、必死に耐える。唐突に自分を召喚した初対面の相手が涙を流している、だなんて気持ち悪い光景にもほどがある。状況が状況故に藤丸君くらいの年齢なら大丈夫なのかもしれないけど、残念ながらこちらは三十路だ。許されることではないだろう。

「それに、君にしてみたら、今から俺が言うことは意味不明だと思う。全く心当たりがなくて、初対面の相手がわけわからないことを言ってるだけかもしれない。でも、俺は、」

それでも、涙は我慢できたが、言葉は我慢できなかった。涙を無理に我慢しているからか言葉が変にとぎれとぎれだけど、それでも、はっきり言わなきゃいけない。この時のためだけに、俺は魔術の世界に入ったんだから。


「俺、は」

一々どこかで召喚された記憶なんて、英霊側に残っているわけがない。座へ情報として保存されることはあるかもしれないけど、たったあれだけの期間が、何も与えられなかった俺の行動が、覚えられているわけがないと。

「あら……もしかして、カズヤ?」

だから、期待していなかったから。俺の名前が呼ばれた瞬間、もう涙をこらえることはできなかった。

「なんで、覚えて」
「……不思議ね。私にも、なんでなのか分からない。たった数日のことだったけど、これまでで一番楽しい時間だったからかしら」

そう言いながら、マルガは涙を流す俺を抱きしめてくれた。力が入らなくなって膝から崩れて、一緒にしゃがんでくれたマルガの顔が俺の顔の横に来る。

「あれから何年たったのか分からない。でも……大きく、カッコよくなった。もう可愛らしいマスターだなんて、言えないわね」
「マルガ、俺、あれから、」
「ええ……何も知らないけど、頑張ってくれたのは分かるわ。本当に、頑張ったのね」

もしも、マルガが覚えていたら、なんて考えなかったわけではない。未練がましく、何度でも考えた。だからいくらでも話したいことがあったはずなのに、何一つ口をついてこない。嗚咽に邪魔されて、マルガの涙声が聞こえてきて、何よりも間違いなくそこにいることが体温で分かったから。マルガの腕が俺の背に回されているように抱きしめ返すと、柔らかさと温かさが帰ってくる。固い人形でもなく、冷たい死体でもなく、カルデアによって半受肉されて間違いなくそこにいる。
大切にしたいと思った人がそこにいて、また名前を呼べることがうれしくて、無言でこうしているだけでも心が満たされて、再び共に過ごす日常が輝いて見える。

それでも、これだけは言わなくちゃいけない。絶対にもう一度あって伝えるのだと決めていたことと、マルガが覚えてくれているとわかって改めて伝えたくなったことの2つを。



「マルガ、あの時はありがとう。あの日々と、あの最後があったおかげで、今、人間らしく生きてる。―――――――大好きです」
「カズヤ、あの数日間をありがとう。生前得られなかった宝物をくれて、こうして別の場所でも覚えてられて、再会できて、とっても幸せよ。――――――大好きよ」



 =☆=



これにて、彼らの物語はおしまいだ。実に自分本位な終わりを迎えたものだろう。
確かに、一度は触媒なしの相性召喚で召喚された身なのだから、同じことを行って同じ現象が起こることもあるだろう。そうはいっても、他の候補もいくらでもいた。その中からマタ・ハリを呼ぶなんて、ご都合主義と言うほかないだろう。

それだけではない。そもそも彼が聖杯戦争後に送った人生そのものが、本来ならありえないようなご都合展開だというほかない。あまりにも、彼らにとって都合のいい点が重なり過ぎている。見世物としては二流三流どころではない低さだろう。

だが、だからこそ。『物語』としては価値がないが、『人生』としては大きな価値を持つ。

女は、太陽はいつか沈むものだ、と言った。そして男は、太陽を再び昇らせて見せた。太陽はいずれ沈むのが道理だというのならば、再び昇るのもまた道理だろう。そんな(さま)をただの人間が見ることが出来た人生なのだ。価値がないわけがない。

だからこそ、この言葉を送って終わりにしよう。

ハッピーエンド、と。
 
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