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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第百十七話 ある晴れた日にその五

「怖くて」
「そうされていますか」
「いつもそうしています」
「私も確かに」
「喉は、ですね」
「気をつけています」
「マフラーやマスクで」
 そうしたものでとだ、早百合さんは裕子さんに問うた。
「そうですね」
「はい、そうしていますので」
「わかって頂けますか」
「はい、本当に」
「それは何よりです」
 早百合さんは裕子さんに微笑んで応えた。
「どうしてもそうした風になりますね」
「オペラ歌手で夏でもマフラーを巻く人がいるとか」
「夏でも」
「喉が気になって」
 歌手にとって命とも言えるその喉をだ。
「喉頭癌になっても喉を手術すれば」
「歌えなくなる」
「そう思ってです」
「手術をですか」
「せずに死んだ人もいますし」
 聴いていて壮絶な話だと思った、歌を取るか命を取るか。その人は命を取ってそうして死んだというのだ。
「そうしたことを思いますと」
「歌う方にとって喉は」
「絶対のものです」
 早百合さんの両手と同じく、というのだ。
「まさに」
「そうなりますね」
「喉を切った歌手の人がいますが」
 僕はその人が誰かわかった、アイドルグループのプロデュースもしている人だ。あの人の曲はかなり好きだ。
「苦渋の決断だったと思います」
「間違いなくそうですね」 
 早百合さんは裕子さんのその言葉に深く頷いた。
「歌えなくなるのですから」
「歌手なのに」
「しかしご家族のことを思い」
「喉を切られました」
「そう思いますと」
「苦しいことです」
 ここで僕はある話を思い出した、あの昭和の大歌手美空ひばりさんも最後は喉の手術を了承したらしい。思えばあの人も昭和を象徴する人だった。昭和帝という偉大な天皇陛下に手塚治虫という素晴らしい漫画家がいてこの人がいてくれた、それが昭和だった。
「そしてその苦渋の決断の結果」
「手術をされた」
「それもまたです」
「一つの決断ですね」
「私ならどうするか」
 自分の喉に手を当ててだ、裕子さんは真剣な顔で言った。
「わからないです」
「私も手に何かあれば」
 早百合さんも言う。
「わからないです」
「そうですね」
「果たして自分がその時どうするか」
「どうした決断を下すか」
「それはですね」
「わからないです」 
その時にならないとだ、お二人はそんな話も三浦環さんの像の前でした。そして僕達はまた長崎の海を見た。青い緑の山から見える海を。
 そしてだ、奥さんは微笑んで僕達に言った。 
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