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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第百十六話 長崎の街その十二

「先程のお話の中で、ですね」
「はい、コーヒーの甘さですが」
「お砂糖を入れる以外に甘さを味わう方法ですか」
「いえ、恋の様にと」
「恋の様に甘い、ですね」
「裕子さんはそうお話されていましたね」
「父と」
 裕子さん自身もそうだと頷いて認めた、日差しが強い夏の長崎の道の中で。
「そうしていましたが」
「では恋愛の経験は」
「いえ、それがです」
「おありではないですか」
「はい」
 そうだという返事だった。
「まだ」
「そうだったのですか」
「ですが」
 それでもという返事だった。
「そうしたことはです」
「言葉、格言としてですか」
「知っていまして」
 だからだというのだ。
「父とも話が出来るのです」
「そうだったのですか」
「恋は知りませんがコーヒーの甘さは知っています」
 そちらはというのだ。
「ですから」
「お話が出来ましたか」
「左様です」
 こう早百合さんに話した。
「そうなのです」
「成程、そうでしたか。私もです」
 早百合さんも言った。
「実際の恋はです」
「ご存知では、ですか」
「ないです」
 早百合さんもだった、このことは。
「まだ」
「どうも私達はこうしたことについては」
「疎いですね」
「そうですね」
 納得し合っていた、二人で。
 そして裕子さんも早百合さんもグラバー園、今まさに上がろうとしているそちらを見上げてそれでこんなことも言った。
「蝶々さんは愛に生きられましたね」
「そして愛に死なれましたね」
「まさに花の様に、蝶の様に生きて」
「そして死にましたね」
「そうでしたね」
 僕もお二人に応えて言った。
「蝶々さんはそうでしたね」
「はい、儚くですね」
「そして奇麗に生きて死にましたね」
「歌劇の中のこととはいえ」
 創作上の人物だ、明らかに。
 だがそれでもだ、僕は敢えてこう言った。
「実際にいた様な」
「そう思えますね」
「蝶々さんについては」
「どうしてもですね」
「実在の方に思えますね」
「そうなんですよね」
 僕はまたお二人に応えた。
「不思議と」
「グラバー園があっても」
「それでもあそこには蝶々さんがおられた」
「そんな風に思えますね」
「不思議なことに」
「グラバー園はです」
 裕子さんが言うには。 
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